カテゴリー「書評:ノンフィクション」の116件の記事

2017年11月 5日 (日)

トレイシー・ウイルキンソン「バチカン・エクソシスト」文藝春秋 矢口誠訳

イタリアでは、非常に多くのカトリック教会で悪魔祓いが行われている。これは信仰心の篤い人々によって行われているバチカン公認の儀式だ。
  ――プロローグ

悪魔はラテン語を嫌っている。
  ――第二章 儀式は聖水とともに始まる

被術者がたった一回の悪魔祓いで治癒することはめったにない。アモルス神父から悪魔祓いをうけている人たちのなかには、何年も神父のもとへ通っている者もいる。記録保持者は、なんと16年間だ。
  ――第二章 儀式は聖水とともに始まる

アモルス神父がエクソシストになった1986年、イタリアには20人のエクソシストしかいなかった。しかし、現在(本書の出版は2007年)ではほぼ350人になっているという。
  ――第三章 歴史

人々が求めているのは即効性のある解決法だ。大きな宗教はどれも、そんなものは提示していない。しかし、いわゆる新興宗教はしている。それに、魔術師もだ。
  ――第四章 横顔

「臨床病理学に35年間たずさわってきたわたしの経験から言えば、悪魔祓いは明らかに催眠術の一種だ」
  ――第八章 懐疑主義者と精神科医

【どんな本?】

 1973年に大ヒットした映画「エクソシスト」。てっきり全部作り話かと思ったら、そうでもなかった。

 悪魔はともかく、エクソシストは実在する。それもモグリでもなんでもなく、バチカン公認で。しかも、21世紀の今日、イタリアではエクソシストを求める人が急激に増えている。そして助けを求める声に応えるため、バチカンもエクソシスト育成に取り組んでいる。

 悪魔祓いとは、いかなる儀式なのか。エクソシストとはどのような者で、どんな考えを持っているのか。バチカンは、悪魔祓いをどう考えているのか。エクソシストを求めているのは、どのような者なのか。そして、科学の立場に立つ医師たちは、悪魔祓いをどう見ているのか。

 LAタイムズのローマ支局長を務めるジャーナリストの著者が、当のエクソシストを始め、その被術者・医師・警察そしてバチカンの関係者に取材し、その実態と意向に迫ったノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Vativan's Exorcists : Driving Out The Devil In The 21st Century, by Tracy Wilkinson, 2007。日本語版は2007年5月20日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本部約205頁。9ポイント42字×18行×205頁=約154,980字、400字詰め原稿用紙で約388枚。文庫本ならやや薄め。今は文春文庫から文庫版が出ている。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、舞台の多くがイタリアなので、イタリアの地図があるとより迫力が増すかも。また、イタリアの南北問題を知っていると、より切実さが増す。バッサリ言うと、豊かで都会的な北部と貧しく伝統的な南部、みたいな構図(→Wikipedia)。

【構成は?】

 一応、頭から順番に読む構成になっている、が、美味しそうな所をつまみ食いしてもいいだろう。

  • プロローグ
  • 第一章 現代の悪魔祓い師たち
  • 第二章 儀式は聖水とともに始まる
  • 第三章 歴史
  • 第四章 横顔
  • 第五章 悪魔に憑かれた三人の女性
  • 第六章 悪魔崇拝者たち
  • 第七章 教会内部の対立
  • 第八章 懐疑主義者と精神科医
  • エピローグ
  • 訳者解題 日本のカトリック教会の場合

【感想は?】

 あくまでも冷静に客観的かつ公平な立場を貫いた、真面目なルポルタージュ。

 まず、エクソシストが本当に居ることに驚いた。それも、バチカン公認で。と書くと熱心に取り組んでいるようだが、事態はそれほど単純じゃない。

 そもそも悪魔祓いに対し、バチカンの中でも意見が分かれている。積極的に後進の育成に取り組んでいる人もいれば、あまり大っぴらに騒いでほしくないと考えている人もいる。その根底には、キリスト教の教義の根本に迫る重大な問いがある。

 「悪とは何か? 悪魔とは何か?」

 それは実体を伴うものなのか。もっと抽象的なものなのか。バチカンにとっては重大な問いなのだが、今のところ意見は統一されていない様子。そのためか、悪魔祓いについても、バチカン全体としては慎重な姿勢。つまり、「まず医師の診断を受けてね」って態度だ。

 が、もっと積極的な人もいる。「別に悪魔祓いを受けたからって、医学的な害があるワケじゃない。悪魔祓いが効けばよし、効かなきゃ医師に任せりゃいい」なんて神父もいる。

 かと思えば、そういう姿勢を強く批判する人もいる。

医学的な治療をすべて試すまえに悪魔祓いをはじめれば、被術者は悪魔祓いだけを信じてしまい、ほかの方法で問題に立ち向かう意志を失ってしまう。

 と、極めて慎重だ。これを、当のエクソシストであるダーミン神父が言っているんだから面白い。実際、イタリアじゃエクソシストは引く手あまただ。ダーミン神父も、エクソシストの仕事が大忙しで、多くの苦しむ人々を救おうと、長年役割を果たしてきている。加えて…

ここへくる90%の人たちは、ほんとうに憑依されているわけではない。たんに心霊現象に逢っているだけなんだ。

 なんて言ってて、彼らが「悪魔憑き」と「心霊現象」をキッチリ区別している由もうかがえる。

 こういう考え方の違いは、医師にもあって。「別に害もないようだし、それで気持ちが楽になるなら」と、患者が悪魔祓いを受けるのを認める医師もいれば、「それは患者を惑わすだけだ」と批判的な医師もいる。

 けっこう本質を突いてるんじゃないかと思うのは、やはりエクソシストのジェンマ司教。

「ときには、話を聞いてもらったり、祈祷に招かれたり、信頼してもらうだけで、苦しんでいる人たちにとっては大いなる救済になるんだ」

 確かに、愚痴や悩みを聞いてもらうだけで、気持ちが楽になるって事はあるんだよなあ。かと思えば、辛辣に批判する人もいて…

「司祭のなかにもヒステリー症の人間がいるんだ。なかにはいつまでも(儀式を)やっているような者もいる。そうした司祭は、自分自身がコントロールできていないのではないか」

 と、エクソシスト自身に疑惑の目を向ける人も、教会の中にいる。

 私のような素人だと、バチカンは一枚岩に見える。でも、実際には、様々な考え方の人がいるってのが分かっただけでも、ちょっとした収穫だった。また、「精神病は恥だが、悪魔憑きはそうじゃない」なんてイタリア南部の感覚も、ちょっとした驚き。

 また、巻末の「日本のカトリック教会の場合」も、狐憑きなどを引き合いに出し、更なる思索(というより妄想)のネタを提供してくれる。

 文章は読みやすいし、文字数も多くない。が、こういう「真面目と怪しげの境界」の話が好きな人には、興味深いエピソードが次から次へと出てくる、興味の尽きない本だ。

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2017年11月 1日 (水)

田中辰雄・山口真一「ネット炎上の研究 誰があおり、どう対処するのか」勁草書房

人々を情報発信から遠ざけた炎上はなぜ生じたのだろうか。炎上を防ぐ方法はあるのだろうか。炎上はネット社会に不可避な現象で、これを甘受するしかないのだろうか。これらの問いに答えようというのが本書の問題意識である。
  ――はじめに

炎上は年間400件(1日に1件以上のペース)発生しており、それによる経済的被害まで発生している。
  ――第4章 炎上は誰が起こすのか

【どんな本?】

 特定の人物や組織が、非難や罵倒の集中砲火を浴びる「炎上」。この言葉には、悪い印象がつきまとう。

 例えば、スマイリーキクチ中傷被害事件(→Wikipedia)。芸能人のスマイリーキクチ氏が、凶悪犯罪の犯人と間違われ、10年近くデマに悩まされた。芸能人や政治家のなどの有名人は、言葉尻をとらえられ大騒ぎになる事は多い。

 だが、炎上が有益な場合もある。例えばグルーポンすかすかおせち事件(→Wikipedia)では、タチの悪い商行為の告発につながった。ステルス・マーケティングが明るみになると、たいてい大騒ぎになる。最近では、健康・美容サイトの WELQ が、医学的に信用がおけないと話題になった。

 無名だからといって、油断はできない。未成年の喫煙・飲酒自慢が非難を浴びた例は多い。大人でも、暴力行為の自慢が身を滅ぼした例がある。明らかな犯罪行為ならともかく、居酒屋に子供を連れていくなど、微妙な線で燃え上がる事もある。

 公開の場ばかりではない。最近はメールや LINE から炎上に発展するケースもあり、誰もが炎上の餌食になりかねない。

 炎上は、なぜ起きるのか。どのような経過をだどって炎上に発展するのか。今までは、どんなケースがあったのか。対象者はどんな対策を取り、どんな結果になったのか。それぐらいの期間、炎上は続くのか。誰が炎上させているのか。そして、効果的な対策はあるのか。

 多くの事例や関係者へのインタビュウ、そしてアンケートなどのデータに基づき、炎上の歴史と現象と構造、そして対策までを語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年4月25日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約233頁。9.5ポイント35字×30行×233頁=約230,670字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれている。幾つか統計関係の式が出てくるが、わからなければ無視しても大きな影響はない。その式が意味する事を、普通の日本語で書いてある。紹介している事例の多くは、2ちゃんねるや Twitter などで話題になった事件なので、ネットに浸っている人ほど迫力を感じるだろう。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて次の章が展開する形なので、素直に頭から読んだ方がいい。具体的なデータに基づいた歴史と現状分析は第5章までで、第6章以降は思索的な内容が中心となるので、即物的な内容を求める人は第5章まで読めば充分だろう。

 構成はとても親切で、特に拾い読みしたい人への配慮が行き届いている。最初の「はじめに」で、本全体の流れを語り、また各章の冒頭でも、その章のまとめを述べている。そのため、必要な部分をスグ見つけられる。

 加えて、注を頁の下においてあるのも嬉しい。いちいち頁をめくらなくていいので助かる。

 参考文献も4頁に渡り、内容的にも形式的にも学術書と言って差し支えないわりに、文章は親しみやすく読みやすく、また表やグラフを活用し、素人向けのわかりやすさに配慮しているのもありがたい。

  • はじめに
  • 第1章 ソーシャルメディアと炎上:特徴と発生件数
    • 1-1 炎上とは
    • 1-2 炎上の特徴
    • 1-3 炎上の発生件数推移と傾向
    • 1-4 参考となる論文・書籍
    • 1-5 ネットコミュニケーションのゆくえ
  • 第2章 炎上の分類・事例・パターン
    • 2-1 炎上の分類
    • 2-2 Ⅰ型:反社会的行為や規則に反した行為(の告白・予告)
    • 2-3 Ⅱ型:何かを批判する、あるいは暴言を吐く・デリカシーのない発言をする・特定の層を不安にさせるような発言・行為をする
    • 2-4 Ⅲ型:自作自演、ステルスマーケティング、捏造の露呈
    • 2-5 Ⅳ型:ファンを刺激(恋愛スキャンダル・特権の利用)
    • 2-6 Ⅴ型:他者と誤解される
    • 2-7 炎上のパターンと予防・対処
  • 第3章 炎上の社会的コスト
    • 3-1 情報発信の萎縮
      企業炎上・触法自慢/情報発信からの撤退/五輪エンブレム事件/炎上経験者の体験談/サイバーカスケード
    • 3-2 若干の統計的検討
      アンケート調査より/SNSの変遷より/社会的コストのラフ推定
    • 3-3 初期インターネットとの比較
      ネット楽観論の暗転/フレーミング(Flaming)との違い
    • 3-4 炎上対策の検討
      炎上対策1:話題の限定/炎上対策2:謝罪
    • 3-5 結語:炎上のコストは情報発信の萎縮
  • 第4章 炎上は誰が起こすのか
    • 4-1 人々の炎上とのかかわり方
    • 4-2 データから見る炎上参加者のプロフィール
    • 4-3 炎上参加者の分析:年収の多い若い子持ちの男性が書き込み
    • 4-4 炎上行動に有意でない属性:ひとり暮らし、学歴、ネット時間等
    • 4-5 炎上の捉え方と予防方法
  • 第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか
    • 5-1 なぜ参加者数を調べるのか
    • 5-2 アンケート調査での炎上参加者推定
    • 5-3 Twwitterでの炎上参加者推定
      ルミネCM炎上事件/6つの炎上事件
    • 5-4 炎上での直接攻撃者
      炎上への参加者数のまとめ/有識者は知っている/炎上の主役はどんな人たちか
    • 5-5 結語:炎上参加者はごく一握り
  • 第6章 炎上の歴史的理解
    • 6-1 炎上の理解:集団極性化とデイリーミー
    • 6-2 近代化の歴史より
      国家化・産業化・情報化の三段階論/若干の統計的補足
    • 6-3 草創期の力の濫用
      軍事力・経済力の濫用/情報発信力の濫用/炎上は解決すべき課題
  • 第7章 サロン型SNS:受信と発信の分離
    • 7-1 炎上の真の原因
      発信規制/過剰な発信力/インターネットの学術性/受信と発信の分離
    • 7-2 サロンの構想
      サロン型SNSの仕様/サロン型SNSの詳細/サロン普及後のイメージ/非公開サロン/その他の仕様
    • 7-3 自由参加かメンバーシップか
    • 7-4 結語:サロンの必要性
  • 第8章 炎上への社会的対処
    • 8-1 炎上とのかかわり方とインターネットに対するイメージ
    • 8-2 政策的対応の検討
    • 8-3 炎上への規制対応は難しい
  • 付録 炎上リテラシー教育のひな型
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 ブログの書き手としては、どうしても注目してしまう本だ。

 幸か不幸か、このブログは閑古鳥が鳴いている。そのため、どうしても油断しがちだが、その気になれば世界中の人がこのブログを見れる。いつどこから火の手が上がるか、わかりゃしない。

 そんなわけで、多少の警戒はしている。自宅の住所や電話番号など、身元が割れそうな事は書かない。写真を使う際も、撮影場所や日時を示す Exif は消す。当然ながら、過去の悪行を自慢したりはしない…していないつもりだ。

 これらはインターネットを使う際に、あたりまえの自衛方法として、むしろ周知徹底すべき事柄だろう。

 が、ダークサイドもある。萎縮だ。本来、インターネットは自由に意見交換できる場だった筈だ。だが、炎上を恐れるあまり、ある種の話題は避ける場合がある。というか、正直言って、私も避けている。特に、政治やホットなネタは、よく知らない上に事実確認が面倒なので、慎重にしている。つまりビビってるワケです、はい。

 そういう萎縮は社会的な損失だ、そういう視点で書かれているのが、この本の好きな所。

 とはいえ、ネットイナゴども、まっとうに議論が成立するなら、教えていただきましょうって気にもなるんだが、炎上の場合はそうはいかない。「第3章 炎上の社会的コスト 」に曰く、「そもそも攻撃側に議論する気はなく…」。単に袋叩きにしたい、それだけの人が多いのだ。

 そんな風に、インターネットは特異な場所と思われているが、炎上のプロセスを見ると、従来のメディアの力を再確認したり。というのも、炎上に発展するのは、こういう経過だからだ。

  1. 何か問題が起きる。
  2. 誰かが Twitter や2ちゃんねるなどにタレこみ、祭りになる。
  3. まとめサイトやニュースサイトが騒ぐ。
  4. テレビや新聞が取り上げる。

 マスコミが取り上げれば騒ぎが大きくなり、そうでなければ小炎上で済む。マスコミが騒ぎの大きさを左右してるわけで、従来メディアの力は侮れない。

 全般的に多くのデータを基にしているのも、本書の特徴。例えばブログ、Twitter や LINE に押されて下り坂の雰囲気があるが、「ブログのユーザ数は300万程度で安定している」(第3章 炎上の社会的コスト)なんて嬉しい話も。もっとも、データ自体は2009年までしかないんだけど。

 ただし、肝心の炎上参加者のプロフィールについては、アンケートの回答を元にしているので、ちと疑問が残る。炎上参加者は「高年収・ラジオやSNSをよく使う・子持ちの若い男」などが相関が強い、とあるが、あくまでも「自称」なんだよなあ。

 それより信頼性が高いと思われるのが、ニコニコ動画の川上量生や2ちゃんるの西村博之の証言。

川上量生:炎上参加者が少数派である一方で、炎上参加者自身は自分を少数派だと思っていない
  ――第4章 炎上は誰が起こすのか

西村博之:2ちゃんねる上でのほとんどの炎上事件の実行犯は5人以内であり、たったひとりしかいない場合も珍しくない
  ――第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか

 つまりは自演で多人数に見せかけているわけ。結論としては…

炎上事件に伴って何かを書き込む人はインターネットユーザの0.5%程度であり、1つの炎上事件では0.00X%のオーダーである。
  ――第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか

 と、ごく少数の粘着が暴れてるだけ、って事になる。仮に0.01%とした場合、騒いでいるのは1万人に一人って割合だ。もっとも、それでも日本1億2万人だとすると、全体で1.2万人なんて数になっちゃうんだが。加えて、その性質は…

炎上を起こしているのはネットユーザのごく一部であり、通常の対話型の議論をすることが難しい特異な人である可能性が高い。
  ――第6章 炎上の歴史的理解

 要は話が通じない人ですね。あなたのまわりにもいませんか、相手の話を聞かない人。

 また、時間も重要な要素。スマイリーキクチ氏は10年近く苦しんだが、これは極めて珍しいケース。人の噂も75日どころか、下手すると75時間で収束しちゃう。2ちゃんねるの「ニュース速報+」板のスレッドの寿命が三日ほどなので、それが一つの目安かな。炎上したら、とりあえず1週間ほど放置するといいかも。

 炎上を防ぐため実名制にしよう、なんて意見もある。韓国がやったけど…

誹謗中傷の書き込みはわずかに減っただけで、それよりもコメントの絶対数がはっきり減少し、情報発信の萎縮効果の方が顕著だったという。
  ――第7章 サロン型SNS:受信と発信の分離

 と、害の方が大きかった模様。

 思索が中心の第6章も、面白い視点を提供している。曰く…

 「火力が発達した16世紀は軍事力が濫用されたし、産業革命の18世紀末からは経済力が濫用された。炎上は情報力の濫用だろう。新しい力の草創期には濫用が起きるもの。軍事力や経済力に抑制がかかったように、炎上もいずれブレーキがかかるだろう」。本当にそうだといいなあ。

 炎上を扱う本は他にもあるが、多くのデータを基にしている点が本書の特徴。残念ながら即効性のある解決策は示していないが、「実は少数による自作自演」とか「たいてい数日で沈静化する」とか、参考になる話も多いし、何より自分に関係の深い内容なので、私にはとても面白かった。

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【楽観論】

 以降は私の考えで、本書の内容と直接の関係はない。よって、書評だけに興味がある人は、読み飛ばして構わない。

 実は私も、長い目で見ると炎上は減っていくんじゃないかと思っている。特にブログや Twitter では。

 というのも。

 このブログにも、スパム・コメントが頻繁に飛んできている。が、私はほとんど気にならない。大半のスパムを、ココログが自動で防いでくれてるからだ。

 スパム・フィルタは、メールでも活躍している。そのメールがスパムか否かは、幾つかの方法を組み合わせて判断してる。過去のスパムの文面と似ているとか、特定の単語を含むとか、異様に短いとか、発信源が怪しいとか。

 スパム・フィルタを欲しがる人は多い。だからフィルタ技術が発達した。同様に、荒らし対策も、多くの人が欲しがっている。

 実際、Twitter も様々な対策を講じている。卑猥な画像や、物騒な言葉を含む投稿は、ブロックされてしまう。残念ながら今はフィルタの精度が悪く、蚊を潰した投稿も「悪意の投稿」と判断されたりする。Twitter は精度に問題があることを分かっているし、商売に差し支えるんで、今後も精度を上げるべく改善を続けるだろう。

 ココログなどのブログ・サービスや Facebook など他のサービスも、荒らし対策フィルタが欲しい。だから、フィルタを開発し精度を上げるため技術者と金を投資する。または、他社が開発したフィルタを買い入れる。

 そんな具合に、少なくともブログと Twitter と Facebook などは、炎上対策フィルタが使われるようになり、ブログ炎上は減るだろう、そう私は思っている。

 が、2ちゃんねるや悪質なまとめサイトは、むしろ炎上させてアクセスを稼ごうとしているフシがあるんで、暫くは野放し状態が続くだろうなあ。

 とまれ、こういう技術で防げるのは、悪口や脅迫の類で。

 今のところ、自然言語解析は、単語の出現頻度で判断するなど表層的な技術に留まっている。文章の意味を理解してるワケじゃない。だから、藁人形論法や悪魔の証明などの詭弁(→Wikipedia)は見抜けないし、デマも防げない。

 それでも、需要はあるから、少しづつでも技術は進む…んじゃ、ないかな。つか、頼むから進んでくれ。

 そうなれば、ネット上の情報を使ってマシンは自ら学習し、やがて人智を越えた存在になり、シンギュラリティへと向かう。その結果、下手すっと人類みな無職になるけど、ま、いっか←をい

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2017年9月26日 (火)

ホーマー・ヒッカム・ジュニア「ロケットボーイズ 上・下」草思社 武者圭子訳

「サニー、きっといつか、ぼくらここにトロフィーを飾ることになるよ。ぼくらのロケットでね」
  ――6 バイコフスキーさん

「礼だったらな」と、バイコフスキーさんが箱のほうに顎をしゃくった。「そいつを思いっきり飛ばしてくれ。そんでわたしとサニーとでつくったものがどんなにすばらしいか、お父さんに見せてやってくれよ」
  ――7 ケープ・コールウッド

「この世の中に、簡単にできるようなることなんてそうはないからな、サニー。簡単だったら疑ってみたほうがいい。そんなものは、たいした価値のないことかもしれないからな」
  ――9 ジェイク・モスビー

「なにかを学ぶというのは、それがどんなにむずかしいことでも、どうしても知りたいという気持ちが強ければ、そんなにむずかしくはないということだ」
  ――10 ライリー先生

「ねえ、サニー。わたしはあなたにその本をあげるだけ。なかに書いてあることを学ぶ勇気は、あなたがもたなければならないのよ」
  ――13 ロケットの本

「この町のこどもは、みんなのこどもなんだ。それがこの町の不文律だ」
  ――18 落盤事故

「これはまた、ずいぶんと立派なパイプ爆弾のようですね?」
  ――22 理想のロケット

「サニー、だれだって先のことを考えれば怖いのさ」
  ――25 全国大会

【どんな本?】

 1957年10月。ウエストヴァージニア州コールウッドは炭鉱の町だ。人々の話題といえば石炭、そして地元のビッグクリーク高校のアメフト・チームの成績だけ。そんなコールウッドに、新しいネタが舞い込む。ソ連が打ち上げたスプートニク1号がアメリカの上空を横切ったのだ。

 14歳の少年、サニーは決意する。「ぼく、ロケットをつくることにしたよ」。そして同じ高校の仲間たちと組み、かき集めたガラクタを組み合わせた試作品一号は…

 責任感が強い仕事人間の父親、アメフトのスターの兄、鷹揚な理解者の母。憧れの同級生に寄せる想い、背中を押す教師、支えてくれる町の人々。沈みつつある炭鉱の町コールウッドを舞台に、「かつてあったアメリカの小さな町」を鮮やかに描き出し、そこで育つ少年たちの高校時代を綴る、NASA技術者の自伝。後に映画「遠い空の向こうに」も制作された。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ROCKET BOYS, by Homer H. Hickam Jr., 1998。日本語版は上巻2000年1月5日第1刷発行、下巻2000年2月1日第1刷発行。今は草思社文庫から文庫版が出ている。

 単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約281頁+307頁=約588頁に加え、土井隆雄「本書に寄せて」2頁+訳者あとがき3頁。9.5ポイント44字×18行×(281頁+307頁)=約465,696字、400字詰め原稿用紙で約1,165枚。文庫本でも少し厚めの上下巻ぐらいの容量。

 文章はこなれていいて読みやすい。単位系もメートル法に換算してある。内容も特に難しくない。たまに専門用語が出てくるが、わからなければ読み飛ばしても構わない。それより、大事なのはアメリカの入学時期。だいたい8月末~9月です。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  • 1 コールウッド
  • 2 スプートニク
  • 3 母
  • 4 父
  • 5 クウェンティン
  • 6 バイコフスキーさん
  • 7 ケープ・コールウッド
  • 8 基地の建設
  • 9 ジェイク・モスビー
  • 10 ライリー先生
  • 11 ロケット・キャンディ
  •  下巻
  • 12 機械工たち
  • 13 ロケットの本
  • 14 炭柱の倒壊
  • 15 州警察
  • 16 決断
  • 17 ヴァレンタイン
  • 18 落盤事故
  • 19 再出発
  • 20 オーデルの宝物
  • 21 亜鉛ウィスキー燃料
  • 22 理想のロケット
  • 23 科学フェア
  • 24 インディアナポリスへ着ていく服
  • 25 全国大会
  • 26 打ち上げ準備完了!
  • エピローグ
  •  本書に寄せて 土井隆雄(宇宙飛行士)
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 上質で心温まる青春物語。

 何より、著者が故郷のコールウッドを深く愛しているのが伝わってくる。もちろん、いい所ばかりじゃない。どころか、序盤から相当に差し迫った状況だと予告される。

「コールウッドはもうおしまいなの。死んだ町なのよ」

 これを予告するのが、母親のエルシーってのが巧い。なんたって、炭鉱の町だ。掘りつくせば何も残らない。そうでなくても、海外産の安い石炭が入ってくれば、どうなるかわからない。今までも景気の不沈に左右されてきたように、今後も危うい綱渡りが続くのは見当がつく。

 が、炭鉱の仕事にドップリ浸かった仕事人間の父ホーマーには、そこまで冷徹に事態を見ることはできない。にしても、エルシー母ちゃん、なんでそこまで先が読めるんだ? と思ったら、ちゃんと終盤で種明かしがあった。いろいろと視野が広い人なのだ。

 にも関わらず、この町を出ていくのは難しい。なんとか大学に進む手立てを考えないと、主人公サニーの人生も行き詰まってしまう。そんな先行きの暗い舞台で、話は進んでゆく。

 にしても、ロケットを飛ばすったって、昨日まで中坊だったガキのやらかす事だ。当然、最初は悲惨な結果に終わる。その顛末が、あっという間に町中に広がっちゃうのも、アメリカの小さな町コールウッドならでは。

 ここで登場するのが、頼りになる?助っ人が現れる。同級生のクウェンティンだ。典型的な理系オタクで、屁理屈を並べ始めると長いあたりが、とても他人とは思えないw 

 これを「クウェンティンと話すには、なにかもっと具体的なことを訊かなくてはだめだ」と気づくサニーも、たいしたもの。クウェンティン、賢いには賢いんだが、コンピュータみたいな奴なのだw

 彼が加わったことで、ロケットボーイズのチームBCMA(ボッグクリーク・ミサイル・エージェンシー)が発足、計画は進み始めるが…

 以後、ロケットを設計し、原材料を調達し、それを加工して…とすべき事は山ほどあり、中には大人に協力してもらわなきゃならない所も出てくる。ここで出てくるコールウッドの人たちと、サニーたちの関係も、古き良きアメリカならでは。

 やたら規則を押し付ける人もいれば、ぶっすり顔しつつ陰で手助けしてくれる人もいる。RPGのおつかいクエストよろしく、あっちこっちの利害調整に走り回ることもある。そういう事柄から、少しづつ少年は大人たちの世界を知ってゆく。

 中でも印象深いのは、やっぱり父ホーマーに関するエピソード。どうにも折り合いの悪い父と息子ながら、ジニーヴァとの関係に続き本棚でお宝を発見するあたりは、かなりホロリとくる場面。

 やはりアメリカならではと思わせる話も多い。ガキのお遊びを記事にする地方紙マクダウェル・カウンティ・バナーと、その記者バジル・オーグルソープ。町の騒ぎを丸く収める保安官タグ・ファーマー。密造酒酒場を営むジョン・アイ。密かにBCMAを後押しする小学校「六人組」の女教師たち。

 そして、何度も失敗を繰り返し町に人々に噂の種を提供しながらも、彼らの飛ばすロケットは少しづつ高度を上げてゆく。

 衰えゆく炭鉱の町コールウッドを舞台に、自分の道を見つけようとする少年たちと、それを見守る大人たちの、ちょっとだけ気持ちが温かくなる物語。文章はこなれていて読みやすいし、中学生でも充分に楽しんで読める。と同時に、それぐらいの息子がいるお父さんも、別の視点で楽しめるだろう。

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2017年8月16日 (水)

エドワード・ヒュームズ「『移動』の未来」日経BP社 染田屋茂訳

この本は、交通に関する推理小説だと思っていただきたい。ただし目的は犯人を見つけることではない。これまで陰に隠れていた事実や場所、神話にスポットをあてて、買ったものがその日に届く、交通過密なこの世界の仕組みを知ることである。
  ――序文 300万マイルの通勤

製造に使われる原材料のなかで唯一、アルミニウムは無限にリサイクルが可能なのだ。(略)しかもリサイクルした場合のほうが、ポーキサイトを採掘して精製する場合と比べて、92%もエネルギーを削減できる
  ――第2章 缶のなかの幽霊

1979年までにさかのぼる、アメリカとイギリスで行われた大規模な調査によれば、90~99%の交通事故の責任は人間の過失にあるという。
  ――第4章 1週間に旅客機4機

ドミノ・ピザ社の本当のビジネスはピザづくりではない。物流と輸送なのだ。
  ――第6章 ピザ、港、そしてバレンタイン・デー

「なぜ港が要るんです?」その女性は尋ねた。「ここにはウォルマートがあるのに」
  ――第7章 物流レディース

UPSは2004年に有名な左折禁止ルールを定めた。(略)左折の9割を回避するルートを選択すれば、アイドリングの時間は1年間で9800万分(約163万時間)(略)節約できることがわかった。さらに左折は右折と比べて衝突事故は10倍、歩行者の死亡事故は3倍起きている
  ――第10章 最後の1マイル

ヒューストン市が2010年に交差点から赤信号監視カメラを撤去すると、重傷事故が84%、死亡事故も30%、全体で交通事故が116%増加した。
  ――第13章 未来の扉

【どんな本?】

 iPhone は、あなたの手元に届くまで、少なくとも25万kmを旅する。部品を世界中から調達し、様々な工程を多くの国が担っているため、各部品の移動距離を足すと、それぐらいになるのだ。無駄なように思えるが、そのお陰でアップル社はコストを削減できている。

 これらの部品は、どのように旅をするのか。その旅の途中で通る港や道路や倉庫、乗り込む船やトラックの現状はどうなっているのか。旅程を調整するサプライヤーや施設を管理する港湾局長、配送を担う運輸業者は、何をやっているのか。

 道路を使うのは業者ばかりではない。ロサンゼルスの道路は連日渋滞している。だが、そんな道路事情に、新しい動きが出てきた。若い世代は自動車を持たず、Uber などの配車サービスが活況を呈し、グーグルカーなどの自動運転車が登場しつつある。

 物品の流通から人間の移動、ロサンゼルス港など運輸施設の管理からUPSなど配送業者の実態、iPhone からコーヒーなどモノの移動経路、そして疲弊しつつあるアメリカの輸送基盤と、それを解決する思い切った提案まで、モノとヒトの移動に関わる現状と展望を描く、驚きに満ちたドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Door to Door : The Magnificent, Maddening, Mysterious World of Transportation, by Edward Humes, 2016。日本語版は2016年10月31日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約390頁に加え、付録14頁。9.5ポイント43字×18行×390頁=約301,860字、400字詰め原稿用紙で約755枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。距離はマイル表記だが、1.6倍すればキロメートルになる。また、ご存知のようにアメリカは自動車が右側通行。

【構成は?】

 序文が見事に全体をまとめているので、味見にはちょうどいい。各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 序文 300万マイルの通勤
  • 第1章 朝のベル
  • 第2章 缶のなかの幽霊
  • 第3章 朝のコーヒー
  • 第4章 1週間に旅客機4機
  • 第5章 13日の金曜日
  • 第6章 ピザ、港、そしてバレンタイン・デー
  • 第7章 物流レディース
  • 第8章 エンジェルズ・ゲート
  • 第9章 バレエの動き
  • 第10章 最後の1マイル
  • 第11章 交通のピーク
  • 第12章 楽園のロボット
  • 第13章 未来の扉
  •  付録/謝辞/注/おもな企業・団体・個人名索引

【感想は?】

 やはり交通・流通関係の本は面白い。誰にも身近で関係がある上に、意外性に満ちている。

 まずは iPhone だ。ホームボタン1個を作るだけでも、中国の湖南省→江蘇省→台湾の高雄市→日本… と、極東をウロつきまわる。外交的には犬猿の仲のはずの中国と台湾が、iPhone の製造では仲良く?力を合わせているのだ。

 ジュースやビールでお馴染みのアルミ缶が、リサイクルの優等生なのも意外。リサイクルしても品質は落ちず、どころか安上がりだったりする。しかも、かつてのクズ鉄のように、アメリカの缶製造企業は、「ヨーロッパをはじめ、世界各国から使用済みの缶を輸入」してたり。グローバル化すげえ。

 これを支える基盤の一つ、ロサンゼルス港の規模と、その存在感の薄さも驚き。混雑時には、入港待ちの貨物船の列が32kmも並ぶ。それでもコンテナ化で飛躍的に効率は良くなったのだ。昔は1時間かかってた荷揚げが、たった2分で終わるのだから。

 当然、クレーン操縦士は高給取りだ。「週30時間労働で年収は25万ドル」。下手な医者よりよっぽど稼いでる。これは水先案内人も同じで…

 この辺で描かれる海運業界の実態も、驚きの連続。ナンバーワンがデンマークの会社だったり、コンテナ船の建造を日本と韓国がリードしてたり、アメリカの衣料の97%が輸入だったり。ウォルマート恐るべし。

 などと港の話はデカいだけに私の中の男の子が騒ぎ出すが、陸に上がると呑気に喜んでもいられない。とにかくアメリカの交通事情は恐ろしい。2014年だけでも、自動車の交通事故で3万5千人以上が亡くなっている。

 これは銃で亡くなった人とほぼ同じ。アメリカ旅行じゃ銃と同じぐらい車に気を付けなきゃいけない。ちなみに同年の日本の交通事故死は4千人ぐらい。人口比で調整しても、アメリカの道路は3倍以上ヤバい計算になる。

 なんでこんなに酷いのか。

2014年、ウォールストリート・ジャーナル紙が交通裁判および刑事裁判のデータを徹底調査し、ニューヨーク市の交通死亡事故の95%が起訴にいたらなかったことを明らかにした。

 そう、アメリカはドライバーに異様に甘いのだ。「なら道路交通法を変えろよ」と日本人なら考えるだろう。ところが、これがうまくいかない。そんな事を議員が言い出すと、確実に議席を失う。

 アメリカじゃ大半の市民はドライバーでもあり、みんなクルマびいきなのだ。自転車をひき逃げした事故のケースでも、多くの市民は「道路を塞ぐ自転車が悪い」と決めつける。運転免許を取るのに縦列駐車を免除する州まであるってんだから呆れちまう。

 お陰で交通マナーは良くならず、どころか重く頑丈なSUVの流行はタフガイ気どりのオラオラ運転を蔓延させる始末。

 自動運転を目指すグーグルカーは、そういう状況から生まれた。単に便利ってだけじゃない。アメリカの、特に西海岸じゃ、命がけの問題だったのだ。である以上、近い将来に無人自動車が普及するだろうと思うんだが…

全米都市連盟が、国内の人口上位50に各州最大の都市を加えた合計68の都市を対象にそれぞれの交通計画を分析したところ、無人自動車の潜在的な影響を考慮して計画を立てていた都市はわずか6%だった。

 と、政府や役人の発想は全滅に近いありさま。これは日本でも似たようなモンだろうなあ。どうせ経済特区を作るなら、Google と協力して無人自動車特区でも作ればいいのに。巧くいけば外科医が余るだろう。

 本書のネタの大半はアメリカ国内の話だが、UPSは宅急便みたいなモンだし、ドミノ・ピザや Uber は既に日本に進出している。渋滞に悩む都市も多いし、日本が貿易で食うためには港湾が経済の命運を握る。そう思って読もう。とっても身近で切実な話題が詰まったエキサイティングな本なのだから。

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2017年8月 2日 (水)

R・P・ファインマン「ご冗談でしょう、ファインマンさん ノーベル賞物理学者の自伝 Ⅰ・Ⅱ」岩波書店 大貫雅子訳

パズルや謎々をやりはじめたら最後、僕はやめられないたちだ。もしあのときあのおばさんが、「あんまり大変なら、もうあきらめなさいよ」とでも言ったとしたら、僕はきっと癇癪を起したに違いない。
  ――1 ふるさとファー・ロッカウェイからMITまで

僕に誰かが何かを説明してくれている間、今でも理論の成否を知るのに使っている、なかなか便利な「策略」があるのだ。それは自分の頭の中で、例を作りあげていくことだ。
  ――2 ブリンストン時代

コンピュータで困ることは、これを使ってついつい遊んでしまうことである。
  ――3 ファインマンと原爆と軍隊

世の中では僕が育てられてきた考え方とは全然違った形で、物事が動いていくもんだ。そういうことに気がついたのは、実に面白い経験だった。
  ――4 コーネルからキャルテクへ ブラジルの香りをこめて

【どんな本?】

 1965年にノーベル物理学賞を受賞した R・P・ファインマン(→Wikipedia)による、お茶目なエピソード満載の自伝的エッセイ集。

 ラジオ小僧だった少年時代、原爆の設計・開発に携わったロスアラモス時代、コーネル大学・カリフォルニア工科大学での教授時代と時は流れつつも、その底に流れるのは人を驚かせて喜ぶイタズラ小僧であり、好奇心いっぱいの野次馬であり、積極的に人生を楽しもうとする陽気なアメリカ人の姿である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は "Surely You're Joking, Mr. Feynman!" : Adventures of a Curios Character, by Richard P. Feynman with Ralph Leighton, 1985。日本語版は1986年6月23日第一刷発行。私が読んだのは1987年2月25日発行の第12刷。当時はすさまじい売れ行きだったんだなあ。なお、今は岩波現代文庫より文庫版が出ている。

 単行本ソフトカバー縦一段組みでⅠ・Ⅱ巻、本文約302頁+266頁=約568頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント44字×17行×(302頁+266頁)=約424,864字、400字詰め原稿用紙で約1,063枚。文庫でも上下巻でちょうどいいぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。高名な物理学者が書いた本ではあるけれど、理科や数学が苦手でも全く問題ない。たまに「線積分」とか「ポテンシャル」とか出てくるが、「数学か物理の言葉だな」ぐらいに見当がつけば充分に楽しめる。国語が得意なら中学生でも読みこなせるだろう。

【構成は?】

 時系列順に話が進むが、美味しそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  •  
  • まえがき
  • はじめに
  • 僕の略歴
  • 1 ふるさとファー・ロッカウェイからMITまで
    考えるだけでラジオを直す少年/いんげん豆/ドア泥棒は誰だ?/ラテン語? イタリア語?/逃げの名人/メタブラスト社化学研究主任
  • 2 ブリンストン時代
    「ファインマンさん、ご冗談でしょう!」/僕、僕、僕にやらせてくれ!/ネコの地図?/モンスター・マインド/ペンキを混ぜる/毛色の違った道具/読心術師/アマチュア・サイエンティスト
  • 3 ファインマンと原爆と軍隊
    消えてしまう信管/猟犬になりすます/下からみたロスアラモス/二人の金庫破り/国家は君を必要とせず!
  • 4 コーネルからキャルテクへ ブラジルの香りをこめて
    お偉いプロフェッサー/エニ・クウェスチョンズ?/一ドルよこせ/ただ聞くだけ?
  •  
  • 4 コーネルからキャルテクへ ブラジルの香りをこめて(続)
    ラッキー・ナンバー/オー、アメリカヌ、オウトラ、ヴェズ/言葉の神様/親分、かしこまりました!/断らざるを得ない招聘
  • 5 ある物理学者の世界
    「ディラック方程式を解いていただきたいのですが」/誤差は七パーセント/13回目のサイン/唐人の寝言/それでも芸術か?/電気は火ですか?/本の表紙で中身を読む/ノーベル賞のもう一つの間違い/物理学者の教養講座/パリではがれた化けの皮/変えられた精神状態/カーゴ・カルト・サイエンス
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 クスクス笑いから大爆笑まで、とにかく笑いが止まらない作品。

 「ノーベル物理学賞を受賞した偉い人の本だから、きっと小難しくて高尚なんだろう」なんて思ったら、大間違い。野次馬根性旺盛なイタズラ小僧の武勇伝と考えた方がいい。

 出だしから、理工系の人には見につまされる話がいっぱい。当時の例に漏れずラジオ小僧で、ジャンクを漁っては修理の腕を磨いている。しまいには腕を活かして小遣い稼ぎしてたり。はいいけど、フォードコイルのくだりは、さぞかしご両親も肝を冷やしただろう。

 なんてのは可愛い方で、ロスアラモスでは原爆の設計・開発なんて軍の最高機密に関わる仕事をしつつ、軍のお偉方が聞いたら卒倒しそうな真似をやらかしてる。なんと、金庫破りの修業だ。とにかく謎を示されると、食いつかずにはいれないタチらしい。

 かと思えば、厳しい検閲をからかうためか、奥さんとの手紙で遊んだり。とことん軍や役人と相性が悪いんだよなあ、この人。

 やはりロスアラモス時代のエピソードで楽しいのが、計算機関係のエピソード。中でも現代のハッカーの元祖、スタンレー・フランケルの物語はヒトゴトじゃない。届いたIBMのマシンを使いこなし、最初は優れた仕事をしていたのだが、ある時パタリと進捗が止まり…。わかるなあ、その気持ちw

 とまれ、当時のマシンは機械式で、速度はファミコンにも遥かに及ばない。てんで、高速化しようとするんだが、ここで使われる手口が、現代の最新鋭CPUや通信制御でも使われてるから面白い。最適化の技法って、基本はあまり変わらないんだなあ。

 など理系のネタも楽しいが、それ以外にもアチコチに手を出してるのが、ファインマンの凄い所。

 絵を描いたり外国語を習ったりと、とにかく好奇心と学習意欲の塊なのだ、この人は。中でも目立つのが、ドラムへの拘り。

 ドラムのエピソードはアチコチに出てくるが、白眉はブラジルでの大暴れだろう。ブラジル学士院に招かれリオ大学で講義をする傍ら、街のバンドに加わり、練習に精を出す。ばかりか… そりゃ給仕頭も驚くよなあw

 とまれ、ブラジルはいい事ばかりじゃない。講義では、ブラジル流の学習法に徹底したダメ出ししてたり。こういう傾向は日本の英語教育もそうだし、最近じゃ掛け算の順番とかが変に話題になってるよなあ…と思ったら、終盤ではアメリカの教育界にも噛みついてたり。

 これはカリフォルニア州の教科書選定に関わった時の体験談。当時のアメリカの教科書の酷さがよく伝わってくる。

 などと偉ぶった人々への軽蔑がよく現れているのは、「平等の道徳性」なるテーマの、学際的な会議に出席した時の話。某社会学者の論文を「翻訳」した話とかは、本好きなら「あるあるw」と笑うところだろうか。ここでは、速記タイピストのオチが強烈。

 対して、偉ぶらない人からは自ら頭を下げて教えを乞うあたりが、野次馬根性もとい学習意欲旺盛なファインマンらしい。読心術師からはタネと仕掛けを教わり、ラスベガスではプロのギャンブラーから必勝法を学び、バーでは踊り子から美人と巧くヤる方法を学ぶ。

 ここで役立つのは、個々の具体的な知識より、それを聞き出す方法だろう。思ったより簡単に聞き出せる場合もあるが、本腰を入れて学ばなきゃいけないものもあるけど、いずれにせよ、その道の達人を敬っている事はよくわかる。

 夏休みの読書感想文のネタとしちゃ、ノーベル物理学賞に輝いた人の本だから教師にはウケがいいだろう。気に入ったエピソードを書き写せば、枚数も稼げる。でも、それ以上に、とにかく意外性とユーモアにあふれ、人生を楽しむコツもタップリ詰まった本だ。肩の力を抜いて、ニヤニヤしながら読もう。

 あ、ただし。物理学の勉強には、全く役に立たないので、そのつもりで。

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2017年7月 7日 (金)

エドワード・グレイザー「都市は人類最高の発明である」NTT出版 山形浩生訳

環境経済学者マシュー・カーンは、世界中での自然災害による被害を調べた。彼によれば、災害による死者数は当然ながら人口の多い国の方が多いが、死亡率は人口密度の増加につれて減少する。
  ――日本語版への序文

物事がうまく機能するときには、政府の複数のレイヤー――連邦、州、市――がお互いをチェックできる。これはそれぞれの層を左右する政党がちがうときは特に言える。
  ――4.3 街路清掃と汚職

ニューディールは連邦のセーフティーネットを大幅に強化して、地元政治家がたまにエサをまいて支持を買収する能力を大幅に下げた。
  ――4.3 街路清掃と汚職

開発を制限する代償は、保存地区が高価になり金持ち専用になるということだ。
  ――6.5 保存の害悪

世帯収入と世帯規模を補正すると、世帯当たりのガソリン消費は、人口密度が倍になるごとに106ガロン(402リッター)減る。
  ――8.2 汚れた足跡 炭素排出の比較

専制国家での最大の都市――ほぼまちがいなく首都だ――は、平均で国の都市人口の35%を持つ。安定した民主主義の最大の都市は、国の都市人口の23%しか保有しない。
  ――9.1 帝都東京

住宅費用が下がれば、雇用主の払う賃金も少なくて済む
  ――9.5 成長都市 シカゴとアトランタ

地方政府が競争するのは健全なことだ。競争は都市にもっとよいサービスの提供を促し、費用を下げる。国の政府が、ある特定の場所をひいきにするのはようことではない。
  ――10.1 都市に競争の公平な機会を

貧しい人を助けるのは政府のやるべきことだが、貧しい場所や経営能力の貧しい企業を助けるのは、政府の仕事ではない。
  ――10.1 都市に競争の公平な機会を

持ち家補助は、人々の支出を奨励することで、実は住宅価格を押し上げる。そして控除の便益は、圧倒的に、金持ちのアメリカ人に集中している。年収25万ドル以上の世帯の控除は、年収4万から7万ドルのアメリカ世帯の控除額の10倍以上なのだ。
  ――10.8 スプロール偏重

【どんな本?】

 多くの人口を抱え、道路は渋滞し、空気が淀む都市。いかにも環境保護の敵のように目される都市だが、実は環境に優しい。信じられない? では、ちょっと考えてみよう。

 東京は鉄道や地下鉄やバスなど、公共交通機関が発達している。だから、車がなくても暮らせる。週末にしか運転しない人も多い。郊外だと、車がなければ買い物もできない。では、どちらがより多くのガソリンを使うだろうか?

 とはいうものの、東京の通勤列車は酷く混む。それでもムンバイよりはマシだ。ムンバイでは、ほぼ毎日、通勤列車で死人が出るし、道路は常に渋滞だ。対して、シンガポールは、ほぼ渋滞がない。

 昔のパリは貧乏学生がタムロできたが、今は金持ちしか住めない。少し前のデトロイトはブイブイいわしてたが、今は見る影もない。対して、ヒューストンは急成長しているし、ニューヨークやシカゴは何度も苦境を乗り越えた。

 都市とは何なのか。都市にどんな利点があるのか。なぜ人は都市に集まるのか。成長する都市と衰える都市の違いは何か。渋滞を減らす秘訣はあるのか。国家と地方行政のあるべき姿はどんなものか。

 アメリカの経済学者が、アメリカを中心に各国の都市を見比べ、それぞれの特徴と長所・短所を挙げ、あるべき都市政策を唱える、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Triumph of the City: How Our Greatest Invention Makes Us Richer, Smarter, Greener, Healthier, and Happier, by Edward Glaeser, 2011。日本語版は2012年9月28日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約360頁に加え、訳者あとがき11頁。9ポイント46字×19行×360頁=約314,640字、400字詰め原稿用紙で約787枚。文庫本なら厚め一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。出てくる都市は比較的に有名な街が多いが、気になる人は Google Map や地図帳などで補おう。

【構成は?】

 全体としての流れはあるが、気になる所だけをつまみ食いしても結構美味しい。

  • 日本語版への序文
  • はじめに われら都市生物
  • 第一章 バンガロールの産物は?
    • 1.1 知的入港地 アテナイ
    • 1.2 バグダッドの叡智の館
    • 1.3 長崎で学ぶ
    • 1.4 バンガロール ブーム都市への歩み
    • 1.5 教育と都市の成功
    • 1.6 シリコンバレーの台頭
    • 1.7 明日の都市
  • 第二章 なぜ都市は衰退するのだろう?
    • 2.1 赤錆地帯の台頭
    • 2.2 自動車以前のデトロイト
    • 2.3 ヘンリー・フォードと工業都市デトロイト
    • 2.4 暴動はなぜ?
    • 2.5 都市の刷新 1970年以降のニューヨーク
    • 2.6 コールマン・ヤングの正義の怒り
    • 2.7 カーリー効果
    • 2.8 壮大な建築物
    • 2.9 赤錆地帯に残る
    • 2.10 縮小して偉大になる
  • 第三章 スラムのよいところ
    • 3.1 リオのファヴェーラ
    • 3.2 社会の梯子を上がる
    • 3.3 リチャード・ライトの都市脱出
    • 3.4 アメリカゲットーの興亡
    • 3.5 インナーシティ
    • 3.6 政策で貧困が拡大
  • 第四章 貧困者住宅の改善方法
    • 4.1 キンシャサの窮状
    • 4.2 病んだ都市の治療
    • 4.3 街路清掃と汚職
    • 4.4 道路を増やすと交通は減る?
    • 4.5 都市を安全に
    • 4.6 健康上の便益
  • 第五章 ロンドンは豪華リゾートか
    • 5.1 規模の経済とグローブ座
    • 5.2 分業とラム・ヴィンダルー
    • 5.3 靴・アンド・ザ・シティ
    • 5.4 結婚市場としてのロンドン
    • 5.5 高賃金の欠点
  • 第六章 高層ビルのすばらしさ
    • 6.1 摩天楼の発明
    • 6.2 A・E・レフコートのそびえたつ野心
    • 6.3 ニューヨークを規制する
    • 6.4 高さが怖い
    • 6.5 保存の害悪
    • 6.6 パリ再考
    • 6.7 ムンバイの失策
    • 6.8 三つの簡単な規則
  • 第七章 なぜスプロールは拡大したか?
    • 7.1 自動車以前のスプロール
    • 7.2 アーサー・レーヴィットと量産住宅
    • 7.3 アメリカを車中心に債券
    • 7.4 ウッドランズにようこそ
    • 7.5 蓼食う虫も なぜヒューストンに100万人も移住したのか
    • 7.6 なぜサンベルトの住宅は安いのか?
    • 7.7 スプロールの何がいけないの?
  • 第八章 アスファルトこそ最高のエコ
    • 8.1 田園生活の夢
    • 8.2 汚れた足跡 炭素排出の比較
    • 8.3 環境保護主義の予想外の影響
    • 8.4 皇太子と市長 二つのエコビジョン
    • 8.5 最大の戦い インドと中国のエコ化
    • 8.6 もっと賢い環境保護論を求めて
  • 第九章 都市の成功法
    • 9.1 帝都東京
    • 9.2 マネジメント良好都市 シンガポールとガボロン
    • 9.3 スマートシティ ボストン、ミネアポリス、ミラノ
    • 9.4 消費者都市 バンクーバー
    • 9.5 成長都市 シカゴとアトランタ
    • 9.6 ドバイは多くを望みすぎ
  • 第一〇章 結論 フラットな世界に高層都市
    • 10.1 都市に競争の公平な機会を
    • 10.2 グローバル化を通じた都市化
    • 10.3 人的資本に手を貸そう
    • 10.4 助けるべきは貧乏な人で、貧乏な場所ではない
    • 10.5 都市貧困という課題
    • 10.6 消費者都市の台頭
    • 10.7 NIMBY主義の呪い
    • 10.8 スプロール偏重
    • 10.9 エコシティ
    • 10.10 都市の贈り物
  • 謝辞/訳者あとがき/注/参考文献/索引

【感想は?】

 都市に暮らす人には、とっても気分のいい本。原題からして Triumph of the City。都市の勝利だ。

 単に「都市はいいぞ」ってだけじゃない。「各国を見ると、都市化と繁栄はほぼ完璧な相関を見せる」と、都市が国全体に利益をもたらすと主張しているのだ。

 確かに数字の上じゃそうかもしれないが、いい所ばかりじゃないぞ、と言いたい人もいるだろう。例えば東京の山谷だ。この本ではリオデジャネイロのファヴェーラを例に出している。映画「シティ・オブ・ゴッド」の舞台で、要はスラムだ。「アメリカでは、都市内の貧困率は17.7%だが、郊外では9.8%だ」。

 ほれみろ、都会は人を貧しくする。と言いたくなるだろうが、実はそうじゃない。山谷の利点は、安く泊まれて交通の便が良く、仕事にありつける事だ(→Wikipedia)。つまり、山谷が人を貧しくしたんじゃなくて、貧しい人が山谷に集まったのである。

 これはリオも同じで、田舎に住むよりファヴェーラに住む方がマシだからファヴェーラに集まるのだ。仮に仕事をクビになっても、都会なら他の仕事が見つかる。雇う側も都会の方が便利だ。賢い人であれ単純作業であれ、都会は人を集めやすい。

 とまれ、矛盾もあって。こういうスラムを改善するため、公立学校や上下水道や鉄道の駅を作ると、どうなるか。更にスラムが膨れ上がるのですね。スラムの居心地がよくなると、更に貧乏人が集まるわけ。そういえば、バックパッカーが集まる安宿も、駅の近くが多いんだよなあ。

 人が集まるのはいいとしても、道が混むのは困る。ムンバイは常時渋滞だ。じゃもっと道路を作ろう、とアメリカは考えたが、「車両の走行距離は新しい高速道路の新規建設延長とほぼ一対一で増加」するから、いくら道を作っても追いつかない。

 これをうまく解決したのがシンガポールとロンドン。要は渋滞税で、混む所ほど高い税を取る。ドライバーは納得できないだろうが、道路だって資源なのだ。場所により地価が違うように、道路だって場所(と時間)により利用料金が違ったっていいじゃないか。

 都会には他の欠点もある。夜の歌舞伎町はヤバい。都市はまっとうな経営者が稼ぎやすいだけでなく、犯罪者にとっても美味しいナワバリになる。この点も正直に認めている。

どんな犯罪でも都市人口が倍になると、逮捕される確率は8%ほど下がる。
  ――4.5 都市を安全に

 じゃ、どうするか。刑期を長くするのも、効果はある。ただし、反省するからじゃない。ムショにいる間は犯罪を犯せないからだ。著者によると、効果的な対策は二つ。警官を増やす事と、警官と地域の住民の交流を増やすこと。そういう点じゃ、日本の交番は巧みな方法なんだなあ。

 などと良い所ばかりのようだが、デトロイトのように衰える都市もある。日本だと夕張だね。共通点は、一つの産業に集中しちゃってる点。こういう都市は、主要産業がコケると町もコケる。こう書くと、あたり前すぎてみもふたもないなあ。対して、繁栄が続いたり何度も復活する都市の特徴は…

教育は、都市の成長の指標としては一月の気温に次いで最も信頼できる予測指標で、これは特に古い都市についていえる。
  ――10.3 人的資本に手を貸そう

 と、教育の重要性を強調している。どの国でも学歴が高いほど収入も多い。それだけ地元で使う金も払う税金も多いわけで、自治体にとっちゃ有り難い。デカいビジネスを成功させてくれれば、更にいい。

 ただし、単に金を出せばいいってわけじゃない。「よい教師と悪い教師の有効性にはすさまじい差がある」。これはアメリカも日本も共通してて、いずれも駄目教師のクビをなかなか切れないんだよなあ。おまけに日本は飛び級もないしブツブツ…

 全般的に著者は自由主義より。例えば厳しすぎる建築基準には反対で、高層ビル歓迎だ。面白いのは環境問題への視点で、何を造るにせよ、「ソコ以外に作った場合と比べてみよう」なんて提案もしている。

 著者の言い分の全てに賛同できる人は少ないだろうが、多かれ少なかれ、何らかのインスピレーションを受け取る人は多いだろう。都市が好きな人には、特にお薦め。

 でも東京の満員電車をどうにかする案は…都心にタワーマンションを建てまくる?

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2017年6月 6日 (火)

デイヴィッド・マクレイニー「思考のトラップ 脳があなたをダマす48のやり方」二見書房 安原和見訳

本書の三大テーマは、認知バイアス、ヒューリステック、そして論理的誤謬だ。
  ――0 はじめに 人の性

人は、あるテーマについて知らなければ知らないほど、知るべき知識の総体も小さいと思い込む傾向がある。
  ――11 ダニング=クルーガー効果

なにかをよいものと判断したときは、悪い点は目につかなくなる。
  ――25 感情ヒューリスティック

実際のところ、知り合いという集団のうち、確実に連絡をとりつづけられるのは150人程度にすぎない。
  ――26 ダンバー数

【どんな本?】

 あばたもえくぼ。のど元過ぎれば熱さも忘れる。偉い人が言ってる事だから正しい。せっかく今まで頑張ったのに。そろそろツキが回ってきたぜ。自分の事は自分が一番分かってる。実るほど首を垂れる稲穂かな。地位が人を造る。

 人の心や行動について、昔から様々な事が言われてきたし、多くの人が使う決まり文句もある。その幾つかは当たってるし、幾つかは見当はずれだ。加えて、最近の実験によって明らかになった、意外な傾向もあり、その中には政治家や広告代理店や詐欺師の常套手段もある。

 テクノロジーと心理学を得意とするジャーナリストが、心理学の面白トピックを集め、わかりやすく紹介する、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は You Are Not So Smart, by David McRaney, 2011。日本語版は2014年9月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約402頁に加え、訳者あとがき4頁。10ポイント42字×16行×402頁=約270,144字、400字詰め原稿用紙で約676枚。文庫本なら少し厚め。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。国語が得意なら、小学生の高学年でも楽しんで読めるだろう。

【構成は?】

 それぞれの章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 0 はじめに 人の性
  • 1 プライミング効果
  • 2 作話
  • 3 確証バイアス
  • 4 あと知恵バイアス
  • 5 テキサスの名射手の誤謬
  • 6 先延ばし
  • 7 正常性バイアス
  • 8 内観
  • 9 利用可能性ヒューリスティック
  • 10 傍観者効果
  • 11 ダニング=クルーガー効果
  • 12 アポフェニア
  • 13 ブランド忠誠心
  • 14 権威に訴える論証
  • 15 無知に訴える論証
  • 16 わら人形論法
  • 17 人身攻撃の誤謬
  • 18 公正世界仮説
  • 19 公共財供給ゲーム
  • 20 最後通牒ゲーム
  • 21 主観的評価
  • 22 カルトの洗脳
  • 23 集団思考
  • 24 超正常刺激
  • 25 感情ヒューリスティック
  • 26 ダンバー数
  • 27 魂を売る
  • 28 自己奉仕バイアス
  • 29 スポットライト効果
  • 30 第三者効果
  • 31 カタルシス
  • 32 誤情報効果
  • 33 同調
  • 34 消去抵抗
  • 35 社会的手抜き
  • 36 透明性の錯覚
  • 37 学習性無力感
  • 38 身体化された認知
  • 39 アンカー効果
  • 40 注意
  • 41 セルフ・ハンディキャッピング
  • 42 自己成就予言
  • 43 瞬間の自己
  • 44 一貫性バイアス
  • 45 代表的ヒューリステック
  • 46 予断
  • 47 コントロールの錯覚
  • 48 根本的な帰属の誤り
  •  謝辞/参考文献/訳者あとがき

【感想は?】

 「本当は間違っている心理学の話」や「影響力の武器」と同じ種類の本だ。ネタもかなりカブっている。

 比べると、「本当は間違っている心理学の話」が最も内容が充実している。名声では「影響力の武器」が一番だろう。

 この本の特徴は、読みやすさと親しみやすさ。各章が短く、また文章も親しみやすいので、スルスルと頭に入ってくる。それぞれのトラップに、「一貫性バイアス」や「公正世界仮説」などの名前がついているのもありがたい所。なんであれ、名前がつくと、覚えやすくなるしね。

 「確証バイアス」あたりはモロかぶりだろう。自分の考えに近い話には頷き、そうでない話は無視する、そういう傾向だ。

 Twitter などのSNSを使っていると、自然に自分と共通点が多い人の記事ばかりが目に付くようになり、それが世の中の平均だと思い込んでしまう。類は友を呼ぶとでも言うか。お陰で、私の世界観だと、世の人の多くはSFファンのように見えるのだが、どうもリアルの世界はそうじゃないらしい。何故だ。

 少しホッとしたのが、「40 注意」。

 最近の iPod Nano にはフィットネスなる機能があって、万歩計としても使える。これで歩いた歩数を測るんだが、歩数と同じ画面に時刻も出る。で、よくやらかすのが、「どれぐらい歩いたんだろ?」と思って iPod を見て、仕舞った直後に「ところで今何時だっけ?」と再び iPod を取り出すのだ。

 こういう真似をしょっちゅうやらかしてて、「なんか最近の俺ってアホになったんじゃないか」などと思っていたんだが、どうもそういう事ではないらしい。ヒトってのは、何かに集中すると、他の事に頭が回らなくなる生き物なのだ。私が阿呆なんじゃない。そういう事にしておこう、うん。

 やはり、やりがちなのが、「セルフ・ハンディキャッピング」。実力テストなど難しい事に挑む際、前日に深酒するなど、どう考えても愚かな真似をやらかす傾向だ。なぜかというと、失敗した時の言い訳を用意するのである。そうしておけば、コケた時にプライドが傷つかないで済むから。

 これで不思議なのが、気分によって傾向の強弱がある点。暗い気分と明るい気分、どっちが予防線を張りやすいかというと、なんと明るい気分の方が「セルフ・ハンディキャッピングに走りやすい」。ハイな気分を維持したいと考えるんだろうか。

 議論のマナーとも関係が深いのが、「権威に訴える論証」「無知に訴える論証」「わら人形論法」「人身攻撃の誤謬」「公正世界仮説」あたり。

 「権威に訴える論証」は、広告がよく使う手口で、有名人を登場させるもの。健康食品ではなぜか工学博士の出番が多いんだよなあ。「無知に訴える論証」は、IT系がよく使う。専門用語をまくしたてられると、聴いてる側は間違いだと断言できないから、正しいんじゃないかなあ、なんて気分になっちゃう。

 「人身攻撃の誤謬」は、議論の相手の人格を Dis る手口。情けない事に議会でもよく使われるんだよなあ。「公正世界仮説」は、「世界は公平な筈だ、奴が不幸なのは自業自得」なんて考え方。いじめや児童虐待にコレが絡むと、とっても悲惨な事になってしまう。

 などとヒトゴトのように書いているが、グサリと突き刺さったのが「内観」。なぜソレが好きなのか、その理由をヒトは何もわかっちゃいないんだよ、という話。

 このブログ、記事の大半は、「私はこの本が好きだ、何故かというと…」みたいな事を書いてるんだが、それまみんな私のオツムが勝手にでっち上げたもんだよ、と切って捨てているのだ。がびーん。でもいいや。なんたって、本の最初にこう書いてあるんだから。

人はみんなだまされている。
しかしそれでいいのだ。
正気でいられるのはそのおかげだから。
  ――0 はじめに 人の性

 そう、こうやってブログを書いてりゃ私は楽しいんだから、それでいいじゃないか。

 この章にはもう一つ、役に立ちそうな事が書いてあって、それは落ち込んだ時は考え込まないで気分転換するといいよ、って事。逃避も時には役に立つのだ。そういえば、本宮ひろ志の漫画で好きな台詞があるんだよなあ。「涙のかわりに汗を流してみろ」だったかな? 案外と真実なのかも。

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2017年4月28日 (金)

リチャード・バック「飛べ、銀色の空へ」草思社 稲葉明雄訳

飛行機がそれ本来の位置、つまり空中にあるときは、死を賭するようなことはりえない。ほんとうに危険が迫るのは、それが地面とかかわるときだけなのだ。
  ――p14

リチャード、子供であることをやめてはいけない。大気やエンジンや爆音や日光といった偉大なものを、自分のうちに味わい、感じ、ながめ、興奮することをやめてはいけない。世間から子供らしさを護るために必要とあれば、仮面をかぶるのもいい。が、その子供をほんとうに抹消すれば、おまえは大人になって死んでしまうのだ。
  ――p203

【どんな本?】

 1920年代、アメリカ合衆国。陸軍で飛ぶことを覚えた若者たちは、軍からの払い下げで手に入れたカーチスJN-3 などの小型飛行機を駆り、自由に空を飛び回った。小さな町に近い広い牧草地に機を止め、客を集めては数分間の遊覧飛行を楽しませる、ジプシー飛行士として。

 そして1960年代。

 空軍で飛ぶことを覚え、ジェット戦闘機F-86セイバー などで経験を積んだリチャード・バックは、航空雑誌 Antiquer の編集長を務めるうちに、複葉機の魅力にとり憑かれる。1929年製の複葉機パークスを手に入れた彼は、ちょっとした実験を思いつく。

 現代でもジプシー飛行士は生きていけるのだろうか?

 お馬鹿な変わり者はいるもので、実験に付き合うモノ好きが二人も現れる。カメラマンで単葉機ラスコムを駆るポール・ハンスン、パラシュート降下要員のステュアート・サンディ・マックファースン。かくして大アメリカ飛行サーカスは、アメリカ中西部へと飛び立った。

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたリチャードバックが、憧れのジプシー飛行士の暮らしを実践し、次作「イリュージョン」のヒントを得た、ひと夏の実験のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nothing By Chance : A Gypsy Pilot's Adventures in Modern America, by Richard Bach, 1969、日本語版は1974年10月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約248頁に加え、訳者によるあとがき4頁。9ポイント47字×19行×248頁=約221,464字、400字詰め原稿用紙で約554枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。一部に航空機関係の専門用語が出てくるが、分からなければ無視しても大きな問題はない。敢えて言えば、長さの単位だろう。1マイルは約1.6km、1フィートは約30cm、1フィートは約91cm。

 ただし今じゃ新刊は手に入らないだろうから、古本を当たるか、図書館で借りよう。

【感想は?】

 つくづくアメリカが羨ましい。

 なんたって、ジプシー飛行士だ。こんな商売が成り立つのは、アメリカとオーストラリアぐらいだろう。アルゼンチンも、なんとかなるかな?

 広く平坦で、人口がまばらな土地。航空燃料(どうやらハイオクのガソリンらしい)や航空機の部品が潤沢に手に入る程度に、産業が発達し工業製品が人々に浸透した社会。ただし勝手気ままに空を飛んでも文句を言わない程度に緩い政府と航空管制。

 幾つもの植民地がそれぞれに発達し、その連合体として州政府と連邦政府ができたアメリカ合衆国ならではの、自由と産業力、そして末端までは管理が行き届かない政府など、幾つもの条件が重なって成立した、絶妙のバランスの上に成り立つ商売である。

 とまれ、実際に飛び回るリチャードら一行は、そんな難しい事なんか考えちゃいない。単に「とりあえずやれるかどうか試してみようぜ」ってな感じで、稼ぎながらその日その日を過ごしてひと夏を楽しもうとする、お馬鹿な野郎三人組の気楽な旅のお話だ。

 そんなわけで、作品としては、ちょっと変わった飛行機物語としても楽しいし、ドサ回りの小さなサーカスのルポルタージュとしても面白い。

 やっぱり飛行機に熱中するのは、ガキどもである。人口776人の小さな町リオでは、リトルリーグの試合を見ていたガキどもが、二機の飛行機とステュのパラシュート降下で大騒ぎで、週末には大繁盛だ。いい土地ばかりとは限らないが、町の人とソリが合えば大儲けできる。

 ばかりでなく、曲芸飛行を披露するパイロットは大人気で、サインをねだられることだってある。もっとも、最大のヒーローは…。わはは。でも、ガキどもの気持ちはわかるなあ。私も、ガキの頃、近くに飛行機が止まったなんて聞いたら、きっと走って見に行っただろうし。

 もっとも、世の中いい事ばかりとは限らず。夜にシャツを干そうとすれば朝露で濡れちゃうし、寝ようとすれば蚊の大群に襲われるし、珍しく屋根のあるねぐらにありつけたと思ったら…。こういうへっぽこな旅も、気の合う相棒とだったら、それなりに楽しめるんだよなあ。そんな旅日記としても面白い。

 お客さんも楽しんでるようで、単葉機のラスコムと複葉機のパークス、それぞれに乗った客が「どっちがいいか」で語り合うあたりも、飛行士としては気分のいい所。子供たちにいい所を見せようと一計を案じる親父さんとかもいて、なかなか微笑ましい。いい父ちゃんだなあ。

 意外と楽しんでるのが年配の人で、かつてのジプシー飛行士の想い出を語ってくれたりするのも、ちょっとホロリとする。ばかりか、飛び続けると、かつてジプシー飛行士だった人まで登場するから、アメリカも広いようで狭い。他にも様々な飛行機仲間が登場しては、ちょっとした思い出を残してゆく。

 中でも印象的なのが、スペンサー・ネルスン。「イリュージョン」にも登場したトラベル・エアーに乗り、はるばるネブラスカから駆けつけた勤め人。なんちゅう贅沢な休暇の過ごし方だ。

 そうやって飛び続けるうちに、リチャードは商売も巧みになtってゆく。と同時に、人はどんな環境にも慣れるのか、ジプシー飛行士の日々が単なる繰り返しにも感じてきて…

 口数少ないステュの意外な秘密、常に最悪を想定するパイロットならではの注意深い視点、バラエティ豊かな客の数々、様々な立場で飛行機を愛する仲間たち、そして次から次へと降りかかるトラブル。

 呑気な三人の男が、気分次第で行く先を決めたドサ回りのヘッポコ道中。あまり知られることのないアメリカの田舎を見せてくれると共に、一種の旅芸人の気分も楽しめる、ちょっと変わった旅の記録。

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2017年4月23日 (日)

リチャード・バック「翼の贈物」新潮社 新庄哲夫訳

古来の格言によると、プロの作家というのは、ついに筆を捨てなかったアマチュアなのだそうである。
  ――十秒の間がある

「いやでたまらないいまの生活よりも、自分の知らない世界のほうがずっとこわいのね……」
  ――願いごと

“飛行”という言葉も、結局は脱出と同意語なのだから。
  ――完全なる場所への旅

「シービーを着水できる飛行機と考えちゃいけない」ドン・カイトが、何年か前にそう言ったことがある。「空飛ぶ船と考えるんだね」
  ――空飛ぶサマーハウスの冒険

【どんな本?】

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたアメリカの作家リチャード・バックが、その前後に発表したエッセイや短編をまとめたもの。

 彼が大好きな飛行機やパイロットにまつわる話が大半で、登場する飛行機の多くは古い複葉機だが、空軍時代に操縦した F-100 スーパーセイバーや、当時の先端技術を集めた単翼の軽飛行機、水陸両用機からグライダーまでバラエティ豊か。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Gift of Wings, by Richard Bach, 1974。日本語版は1975年2月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約234頁に加え、編者の言葉1頁+訳者による解説4頁。9ポイント42字×17行×234頁=約167,076字、400字詰め原稿用紙で約418枚。文庫本なら標準的な一冊分。イラストも多いので、実際の文字数は8割程度だろう。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。航空機関係の専門用語がよく出てくるが、分からなければ「何か専門的な事を言ってる」程度に流しておけば充分。

 ただし今は新品を手に入れるのは難しい。古書を漁るか、図書館で借りよう。

【構成は?】

 それぞれの作品は独立しているので、お好みの所だけを拾い読みしてもいい。

  • 十秒の間がある
  • 空飛ぶ人々
  • 私は風の音を聴いていない
  • 願いごと
  • 消えたパイロットの帰還
  • 常に空はある
  • 過去から来た女
  • 空からの眺め
  • 雪と恐竜
  • ラガーディア飛行場でのパーティー
  • サム福音書
  • ペカトニカの淑女
  • カモメはどうかしている
  • 闇の中の声
  • 本日、巡業飛行中
  • ひとかけらの土地
  • 完全なる場所への旅
  • 寝椅子の下にあるもの
  • 七万一千ドルの寝袋
  • 午後の死 ある滑翔物語
  • 飛行場少年への贈物
  • エジプト人はいつの日か飛ぶ
  • 楽園は自ら造るもの
  • わが家は他の惑星
  • 空飛ぶサマーハウスの冒険
  •  編者の言葉/解説

【感想は?】

 重症のオタクが、相応しい対象に出会い、幸せに暮らすお話。

 当時はオタクなんて言葉はなかったが、彼が飛行機に寄せる想いはオタクの熱情そのものだ。わずらわしい俗世を離れ、自分だけの自由を堪能できる時間、それが彼にとっての飛行である。

 リチャード・バックは冷戦時代に合衆国空軍で F-86 セイバーなどを操縦し、航空関係のジャーナリストを経て作家となった。成人して以来、ずっと飛ぶことに憑かれて過ごし、プライベートでも複葉機や軽飛行機に乗り続けている。とにかく飛ぶことが好きなのだ。

 ただしスピード狂ではなく、好きなのは1920年代の複葉機ってのが彼の特徴。クルマでもクラシック・カーに拘る人がいるように、古いけど「自分でメカを操っている」感覚が好きなんだろう。

 当然ながら、最新の飛行機には性能じゃ敵わない。けど、古いメカが好きな人は、なんだかんだと自分の愛機の長所を見つけ出すものだ。「私は風の音を聴いていない」では、F-100 スーパーセイバーに対し、「排気ガスの臭いもしなけりゃ発動機の咆哮も聞こえない」と噛みついている。

 こういったあたりはオッサンの愚痴そのものなんだけど、そこが可愛い所でもある。「ラガーディア飛行場でのパーティー」では、木製の飛行機は長持ちするんだ!と大威張りだったり。

 その F-100 を、ちょっと変わった形で堪能できるのが、短編「猫」。ベルリン危機(→Wikipedia)で召集されドイツで任務に就いた頃の体験を元にした小説だ。ここでは、次から次へと F-100 に不調が起こる。軍事物でも、あまり機体の不調の話は出てこないので、なかなか貴重なネタが楽しめた。

 やはり F-100 にまつわる話が、「消えたパイロットの帰還」。ドイツ時代の相棒ボウ・ペヴァンを描いたエッセイだ。僚機のミスを指摘するペヴァンの態度は、映画「トップガン」とはまた違った戦闘機パイロットの姿を感じさせる。その後のペヴァンの生き方は、オタクへの力強い応援歌でもある。魚から水を奪ってはいけないのだ。

 とまれ、そんな生き方ができるのも、アメリカならでは。「本日、巡業飛行中」では、彼がジプシー飛行士としてドサ回りの旅を試みた時の体験談で、後にドキュメンタリー「飛べ、銀色の空へ」や長編小説「イリュージョン」の原型となるもの。

 このジプシー飛行士ってのが、当時のアメリカならではの商売で。

 複葉機で田舎へ飛び、空いてる農地に着陸する。大声で客を集め、10分間3ドルで空中散歩を楽しませる。適当に稼いだら、次の町へと飛んでゆく。孤独だけど、自由気ままな商売である。

 1920年代~1930年代ノアメリカには、そんなジプシー飛行士がいたそうだ。離着陸可能なだだっ広く平らな土地と、安く潤沢に手に入る飛行機&燃料、仕事を求めるパイロット、航空法などの煩い取り締まりをしない御上など、幾つもの条件が重なって可能となる稼業だ。

 いくら短い距離で離発着できる複葉機といえど、日本じゃ休耕地は少ない上に一枚の畑が小さく、また土地に起伏が多くて、臨時にでも飛行場にできる場所が少ない。御上も煩いから、流れ者には厳しいだろう。航空法も厳しくって、予め航路を届けなきゃいかんだろうし、燃料もバカ高くてブツブツ…

 まあいい。ここでは、とりあえず、そんな当時のアメリカを素直に羨ましがっておこう。でもホント、そういう旅烏な暮らしって、どうしても憧れちゃうんだよなあ。

 そんなリチャード・バックが勤め人になろうとした「楽園は自ら造るもの」は、ちょっと笑える話。まあ、どうしたってネクタイを締められない人って、いるもんです。

 ちょっと変わった飛び方としては、「午後の死 ある滑翔物語」がユニークだ。これは、グライダー競技に参加した時の体験談。同じ航空機とはいえ、なにせエンジンがないので、複葉機とは全く違う事に気を配らなきゃいけない。ある意味、「飛ぶ」事の身も蓋もない現実を、否応なしに突きつけてくる作品だ。

 社会に適応できないオタクが、愛する飛行機に巡り合って、幸せに暮らすお話。生きていくには稼がなきゃならないけど、稼いだ分は趣味につぎ込んだっていいじゃん、そんな気分にさせる、もしかしたらちょっと危険な本かも。

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2017年4月11日 (火)

アレックス・ヘイリー「プレイボーイ・インタビューズ」中央アート出版社 マレー・フィッシャー編 住友進訳 2

ヘイリー:弁護士に医学の心得は不可欠なものなのですか?
ベリー:絶対に必要です。
  ――メルヴィン・ベリー

 アレックス・ヘイリー「プレイボーイ・インタビューズ」中央アート出版社 マレー・フィッシャー編 住友進訳 1 から続く。

【メルヴィン・ベリー】

 個人傷害保険や医療事故などの訴訟で保険会社などから恐れられ、マスコミからも注目を集めた弁護士。ケネディ暗殺犯オズワルドを殺したジャック・ルビーの弁護が有名。有罪判決が気に入らなかったためか、散々にダラスを貶している。保守的なテキサスの中でも更に酷い、と。

 生い立ちを語る所で、若い頃に政府調査官の職に就いた話が凄い。なんと浮浪者と共に暮らし、彼らが勘新を持っていること、望んでいることを調べるのだ。目的は浮浪者救済策を手引を作ること。アメリカって国は、そこまでやるんだなあ。

【ジョージ・リンカーン・ロックウェル】

 ある意味、この本で最もエキサイティングなインタビュー。なんたってアメリカ・ナチ党総統だ。

 こんな、平然と人種差別やユダヤ人弾圧を主張する奴のインタビューを取り付けたってだけでも凄いのに、黒人でありながら一人で本部に向かい、あけすけな本音を語らせてるのも凄い。

 いきなり「ニガーは野生動物なんだ」とカマし、その後も平然とニガーを連発し、ユダヤ人への憎しみも隠さない。白人の優越性やユダヤ陰謀論を滔々と語り、その根拠をあげ、「証拠を送ってあげよう」といっているが、それに対し編集部がいちいち「証拠は届いていない」と註をつけてるのが笑える。

 遺伝学の優性・劣性を勘違いしてるのもお約束通り。浅沼稲次郎暗殺事件も、自分の部下がやったとか、もう無茶苦茶だ。これが単に口だけならともかく…

 ホロコースト生存者を乗せた船がイスラエルを目指す映画「栄光への脱出」上映を邪魔するため、上映を待つ群衆の真ん中に突っ込んだロックウェル一党、おもむろにコートを脱ぐと、その中は「ナチスの制服姿」。それでユダヤ人が怒ったのを見て、「ユダヤ人も愚かな振る舞いをする」。

 ナチスによるホロコーストはなかったと主張するロックウェルだが、彼が実行しようと望む政策は…。論理的な思考ができない典型的なトンデモさんなんだが、それなりに支持者がいて組織が運営できてるってのも信じられない現実。

 ところでアレックス・ヘイリー、100ドルは受けとれたんだろうか?

【サミー・デイヴィスJr.】

 前のロックウェルの正反対みたいな人で、この本に登場する中では最もカッコいい。

 サミー・デイヴィス・Jr、オジサン・オバサンには有名なエンタテナー。どこがカッコいいって、自分の欠点を隠さず、かといって僻みも開き直りもせず、素直に認めちゃってるのがカッコいい。

 『人から認められたいという熱望』がある、なんて問いに対し、アッサリと「おそらくその通りだと思うよ」と認め、観衆を楽しませる、いや熱狂させるため常に考えていると続ける。学校に行けず読み書きできなかったと認め、綴りを間違っちゃ恥ずかしい思いをしてると語る。

 ここまで率直に、怒りも恥ずかしがりもせず自らをさらけ出せる素直さが、やたらカッコいい。そんな彼が軍に入って本を読み始めたきっかけを語る所は、本好きなら感涙物のエピソード。売れ始めて散財し、借金が嵩んだ事についても…

「俺はそんなヘマなんて一度もしたことがない」と思うより、「そんなヘマもしたな」と思ってた方がずっといい。

 と、力まず受け入れてる。たぶん、気持ちが若くて、自分はもっと成長できると信じてるんだろうなあ。

 そんな彼の売れない頃のドサ周りの話はやたら悲惨だし、黒人だからと差別されたエピソードも多い。従軍した時は二度も鼻を折られてるし。にも関わらず、ここまでまっすぐな気持ちを持ち続けられるのは、なぜなんだろう?

黒人が実力によって判断される権利を獲得したということは、エンターテイナーとして、スターダムに登る権利だけでなく、“並み、及第、まあまあ、ぱっとしない”という評価を得る権利も獲得したってことだ。

 なんて言ってるように、実力を正当に評価されやすい芸能界で成功してるからなんだろうか?なんにせよ、とにかくカッコいい人なのだ。

【ジョニー・カーソン】

 TV番組「トゥナイト・ショー」の司会で有名な人。日本だとタモリのポジションかな?

 ジョークには型があって、使いまわしが効くってのは知らなかったなあ。大学で喜劇の論文を書いたってのも驚き。曰く…

当時演じられていた最高のコメディーを分析し、急所となる文句、オチの工夫、連発ギャグを構成する所作と台詞のテンポや演出の一連の流れなどを説明するため…

 と、コメディを分析して論文にしてる。アメリカじゃお笑いも真面目な研究の対象になるのか。お話を自動生成する人工知能なんて研究もあって、でも喜劇は難しいだろう、とか思ってたけど、案外とギャグににもパターンはあるのかも。

【ジム・ブラウン】

 アメリカン・フットボールの花形プレイヤーから俳優に転身し、活発な社会運動も始めた人。

 アメフト時代の話は、プロ・スポーツ界の物騒さがヒタヒタと伝わってくる。もともと球技だか格闘技だかわからん競技だけに、審判の目が届かない所じゃ大変な事が起きてるのがわかる。

 とはいえ、彼もモハメド・アリ同様に頭のいい人で、プレイ前には集中して戦略を練っているとか。そのせいで「周囲にとけこまない」と噂されちゃうんだけど。身体能力があれば一流のプレイヤーになれるが、超一流になるには賢くないといけないようだ。

 幼い頃は不良のボスとしてブイブイいわしてた人に相応しく、彼の社会運動の手段もユニークなもの。曰く…

暴動が起きないようにしたいなら、通りにいるチンピラであれ何であれ、暴動を起こす人間を牛耳っていられる人物が、プログラムを実施する資格がある人間だ。

 と、その地域のボスを味方につけろ、と説く。一見無茶なようだけど、占領軍が住民を掌握する際に使う手口も同じですね。そう考えると、当時のアメリカは内戦状態だったって事にもなるけど。問題は、どうやってボスを味方にするかって事だけど、そこは「もの凄い忍耐のいる仕事だ」と認めてる。

 結局のところは経済力だよね、としつつ、「ストリートを捨てて、教室、大学、図書館に入れ」と、その手法は王道そのもの。スポーツ選手が社会問題に携わる理由についても、実に説得力のある説明をしてくれる。酷い差別がある半面、こういう人が活発に活動できるのも、アメリカなんだよなあ。

【「ルーツ:血の交わり」】

 小説「ルーツ」の抜粋。語り手がクンタ・キンテからキッジーに交代する場面。

【アレックス・ヘイリー】

家族のひとりが社会で成功すると、まず自分の母国――それにその伝統や文化――を忘れ、新しい母国に自分を適合させていこうとするものなんだ。

 これはアレックス・ヘイリーが逆にインタビューを受ける側に回った記事。「ルーツ」創作にまつわる話が中心。作家が小説を書き上げるために、どれだけの事をやっているのか、その凄まじい手間と努力が恐ろしくなる記事。なんたって12年もかかってるし。

 加えて、締め切りを伸ばす秘技もありますぜw

【有名にならなければよかったと思う日もある】

 アレックス・ヘイリーによるエッセイ。有名になるとはどういう事かを、ユーモラスに語る。やたら親戚や友人が増えるのは想像通り。忙しさも相当なもので、肝心の「ルーツ」のドラマを見る暇すらなかったりするw

【クインシー・ジョーンズ】

ポップスの世界に入る決心もした。素晴らしい批評は書いてもらえても、レコードを買ってくれる人がいないジャズのプロデュースをするのは飽き飽きしていたからね。

 マイケル・ジャクソンの「スリラー」のプロデュースなどで知られる、大物ミュージシャン。日本ツアーの途中で倒れたエピソードは、読んでるこっちの背筋が寒くなる。無茶しやがって。「ウィー・アー・ザ・ワールド」製作秘話もチラリ。

【「回想のマルコムX」】

マルコムX「殉教者になる時が来た。だが、自分が死んだとしても、それは同胞たちのためなのだ」

 アレックス・ヘイリーによる、マルコムX追悼文にして、アレックス・ヘイリーが最後に発表した文章。当初、警戒感バリバリのマルコムXの心を、どうやって開いたのか。ジャーナリストとしいてのアレックス・ヘイリーの力量をうかがわせる文章。

【終わりに】

 激動の60年代に書かれたものが多く、また大半のインタビューで人種問題を扱っており、かなり政治的かつ刺激的な本だ。市民運動が活発なアメリカだけあって、運動のコツも少しだけわかる。机に向かって文書を書いてるだけじゃダメで、やっぱり街に出て体を動かし人に会うのが王道なんだろうなあ。

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