カテゴリー「書評:ノンフィクション」の149件の記事

2019年9月19日 (木)

オーウェン・ジョーンズ「チャヴ 弱者を敵視する社会」海と月社 依田卓巳訳

本書の狙いは、(略)「チャヴ」という戯画の陰で見えなくなっている大多数の労働者階級の実像を、多少なりとも示すことだ。(略)われわれが最終的に取り組まなければならないのは、差別そのものではなく、差別を生み出す源、すなわち社会だ。
  ――はじめに

…本書には、重要なテーマが三つあった。
第一に、イギリスは階級のない社会であるという迷信を打破すること。(略)
第二に、貧困などの社会問題は個人の責任であるという有害な主張に立ち向かうこと。
そして第三に、同じような経済的利益をめざす人々が改革に取り組むことで社会は進歩する、という考えを後押しすることだ。
  ――ふたたび、親愛なるみなさんへ

「保守党は特権階級の仲間の連合で成り立っている。大きな党是はその特権を守ることだ。そして選挙に勝つ秘訣は、必要最小限のほかの人々に必要最小限のものを与えることだ」
  ――2 「上から」の階級闘争

…「福祉のたかり屋」を叩けば、低賃金の労働者の支持が集まりやすい。(略)しかし、現実に社会保障制度で攻撃されたのは、「怠け者」ではなく、工業の崩壊で最大の被害を受けた労働者階級のコミュニティだった。
  ――3 「政治家」対「チャヴ」

よく知らない人のことを馬鹿にするのは簡単だ。
  ――4 さらしものにされた階級

「フランク・ランバートやデイビッド・ベッカムといった労働者階級のヒーローが、まず何をすると思う? 労働者階級のいる地域からチェシャー州やサリー州に引っ越すんだ。ロールモデルたちも、自分の階級を信頼していないということだ
  ――4 さらしものにされた階級

英国犯罪調査は、労働者階級の人々の方が、中流階級より明らかに犯罪被害に遭いやすいことを示している。
  ――7 「ブロークン・ブリテン」の本当の顔

【どんな本?】

 チャヴ。イギリスで、貧しく教養のない白人労働者を示す言葉。アメリカならホワイト・トラッシュやプアアホワイトが近いと思う。日本だと、ヤンキー、かな?

 進学する能力も意思もなく、定職につかず気分次第で低賃金の仕事に就いたり辞めたりして、若いうちに子供を作り、公共住宅に住み、失業手当や生活保護に頼って暮らし、酒を飲んで街をほっつき歩いちゃ仲間内の喧嘩に明け暮れ、隙があれば盗みや恐喝で小遣いを稼ぐ。服はジャージやパーカーなどのスポーツウェアにスニーカー。新聞やワイドショウの犯罪報道の常連。

 そんな印象の人を示す言葉だ。往々にして蔑み嫌う意図で使う。

 だが、彼らの本当の姿は、どうなのか。なぜ彼らは蔑まれ嫌われるのか。かつては産業の基盤を支える誇り高い存在だった労働者は、どこに消えたのか。

 著者は1970年代以降のイギリスの政治・経済政策を追い、チャヴの存在やその印象は、保守党政権によって作られたものだ、と主張する。その政策とは何で、どのように作用したのか。貧しい者の代弁者であるはずの労働党は、何をしていたのか。

 20世紀末から現代にいたる、民主主義国家の政治・経済政策を、「階級」という視点で鋭く分析し批判する、熱い怒りに満ちたアジテーションの書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CHAVS : The Demonization of the Working Class, by Owen Jones, 2012。日本語版は2017年7月28日初版第1刷発行。私が読んだのは2018年9月1日の第2刷。売れてます。ソフトカバー縦一段組み本文約370頁。10ポイント49字×19行×370頁=約344,470字、400字詰め原稿用紙で約862枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容はイギリスの経済政策の批判である。なので、多少は政治と経済の知識があった方がいい。外国の話なので、ちょっと見は近寄りがたく感じるだろう。だが、ここに書かれている保守党サッチャー政権の政策は、日本の自民党政権の政策とよく似ているし、対抗する労働党の政策も、旧民主党と似ている。加えて、貧しい人の話なので、豊かな人にはピンとこないかも。

【構成は?】

 全体を通してのストーリーはある。が、それぞれの章は独立した記事としても読める。なので、気になった所から拾い読みしてもいい。

  • まえがき
  • 1 シャノン・マシューズの奇妙な事件
  • 2 「上から」の階級闘争
  • 3 「政治家」対「チャヴ」
  • 4 さらしものにされた階級
  • 5 「いまやわれわれはみな中流階級」
  • 6 作られた社会
  • 7 「ブロークン・ブリテン」の本当の顔
  • 8 「移民嫌悪」という反動
  • 結論 「新しい」階級政治へ
  • 謝辞
  • 親愛なるみなさんへ
  • ふたたび、親愛なるみなさんへ
  • 原注

【感想は?】

 はじめにハッキリさせておこう。本書は貧しい人向けの本であり、学歴のない人向けの本だ。「貧しい」にもいろいろあるが、年収500万円に満たないなら、読む価値はある。これはあなたの本だ。もちろん、私の本でもある。

 中には豊かでないにもかかわらず、右派を支持する人もいるだろう。そんな人は、「8 『移民嫌悪』という反動」だけでも読んでほしい。特に「ガイジンは俺たちの職を奪い、安い公共住宅を占領している」と思うなら、是非とも読んでほしい。あなたの本当の敵は、ガイジンじゃない。

移民が賃金の影響を与えたという問題について、タブロイド紙が先頭に立ったキャンペーンでは、攻撃の矛先がまちがったほうに向いている。雇用者が賃金削減の口実に移民を用いたのなら、国民の非難を受けるべきは雇用した側だ。(略)
移民を取り締まらなくても改善はできる。たとえば、最低賃金を引き上げ、外国人労働者をほかの労働者より低賃金や悪条件で雇用するのをやめればいい。
  ――8 「移民嫌悪」という反動

 すまん。興奮して突っ走りすぎた。仕切りなおす。

 読みながら感じたのは、「これは本当にイギリスの話なのか。日本の話ではないのか」だ。

 たしかに固有名詞は違う。自民党ではなく保守党だし、民主党ではなく労働党だ。だが、描かれるストーリーはほとんど同じなのだ。

 もともと、イギリスは福祉国家として名をはせていた。だがイギリス病(→Wikipedia)と呼ばれる不況に陥り、サッチャー政権が登場する(→WIkipedia)。大胆に民営化し、金融緩和を推し進めた。結果、シティ(金融業)は活気を帯びたが、製造業は壊滅する。

 製造業壊滅の例として、本書は炭鉱を挙げている。これが私には国鉄民営化や郵政民営化と重なって見えた。イギリスの労働運動は炭鉱の労働組合がリードしていたが、廃鉱で組合は壊滅する。日本も国鉄の労働組合が賃上げをリードしていたが、民営化で影響力を失う。郵政民営化でも、最近は派遣労働者の待遇が問題になった。結果はイギリスも日本も同じだ。全国的に労働組合が力を失い、労働者の権利を代弁する全国的な組織がなくなったのだ。

 クビを切られた炭鉱労働者は、別の職を探す。ないわけじゃない。だが、あるのは低賃金で不安定な派遣やパートだ。人の出入りが激しいから、労働組合もない。

2009年12月に発表された統計によると、金融危機にもかかわらず、就労者の数は増えはじめている。だが、5万件の新しい仕事の大部分はパートタイムだった。
  ――5 「いまやわれわれはみな中流階級」

 …まるきし、今の日本じゃないか。まあいい。これに対しイギリス政府の見解はこうだ。「自己責任」。小泉改革かよ。資本主義である以上、競争があるのは仕方がない。私も能力主義は正しいと思っていた。しかし…

「…純粋なメリトクラシー(能力主義)を導入するなら、財産の相続は無効にし、私立校も廃止しなければならない」
  ――3 「政治家」対「チャヴ」

 そう、能力主義を主張する者は、相続税の増税を主張するだろうか? ねえ、麻生太郎さん。しかも、だ。

イギリスで私立学校にかよえるのは100人中7人だけだが(略)上級公務員の半数近くは私立学校出身で、財務担当の重役の7割、著名ジャーナリストの半数以上、弁護士の10人中約7人…
  ――6 作られた社会

 能力を身に着けるための教育の機会が、生まれつきで決まっているのだ。そもそも日本の自民党は世襲議員ばっかりだし。加えて、能力主義には困った弊害もある。

…メリトクラシー(能力主義)は、「頂点に立っている者はそれだけの価値があるから」とか、「底辺にいる者はたんに才能が足りず、その地位がふさわしいから」といった正当化に使われる。
  ――3 「政治家」対「チャヴ」

 昔なら産業の礎としての誇りを持てた労働者が、能力主義では無能と蔑まれてしまう。働いて子供を養うトーチャン・カーチャンが、自分に誇りを持てないってのは、国としてもヤバいんじゃないの? というか、昔は働く者が誇りを持てたのだって所に、私は全く気付かなかった。そう、労働者は誇りを持っていいい、というか持つべきなのだ。

 同様に、「保守系の人は犯罪などを家族の問題にしたがるけど、それ自己責任と同様に、制度や政策のツケを個人に押し付けてるんじゃね?」なんて指摘には、目からうろこが落ちる気分になった。

 これに対し、労働者の代弁者であるべき労働党は、何をやっているのか。実は、労働党の議員は、労働者の暮らしの実態を知らないのだ。なぜって、彼らの多くは中流階級出身の高学歴だから。昔は労働組合出身で叩き上げの議員がいたけど、今は組合がアレだし。だから…

タイムズ紙メラニー・レイド「私たちのようなおとなしい中流階級には、この事件は理解できない」(略)「なぜならこの種の貧困は、アフガニスタンで起きることのように私たちの日常からかけ離れているからだ。デュースベリーの白人労働者の生活は、まるで外国のようだ」
  ――1 シャノン・マシューズの奇妙な事件

 そして、労働党は戦略を誤った。労働者の生活改善を放置して、マイノリティに優しいリベラルを演じた。だが…

リベラルな多文化主義は、不平等を純粋に「人種」の視点からとらえ、「階級」を無視している。
  ――8 「移民嫌悪」という反動

 これに失望した労働者は、労働党を見限る。その票を喰ったのは、愛国を訴え、生活保護を不正受給するたかり屋を叩くナショナリストだ。本書ではBNP=イギリス国民党だが、日本なら維新の会だね。だが、不正受給ったって…

(公認会計士リチャード・)マーフィーの試算では、脱税による財務省の損失は年間700憶ポンド(約10兆円)にのぼり、生活保護の不正受給額の70倍以上だ。
  ――5 「いまやわれわれはみな中流階級」

 なんだけど、彼らはパナマ文書(→Wikipedia)には大人しいんだよなあ。失業手当にしたって…

雇用者側から見ると、失業を「偽装」して生活している何十万人もの人々から給付金を奪い取ることは、少なくとも利益になる。いっそう多くの人が低賃金の仕事をめぐって競い合い、賃金の下落に拍車がかかるからだ。
  ――7 「ブロークン・ブリテン」の本当の顔

 資本主義の基本、需要と供給の関係だね。労働力の需要が変わらず供給すなわち求職者が増えれば、安い賃金で働く者も出てくる。それで得するのは雇う側だ。

不況が労働者の生活を踏みにじり、何千人もの人を失業させているなかで、再富裕層1000人の富が2009年から10年の間に30%も増え、史上最高の増加率だった…
  ――  ――結論 「新しい」階級政治へ

 もう一つ、維新やBNPが得意とする手口がある。宣伝だ。

徹底した宣伝活動には、お決まりの仕掛けがある――極端な例を見つけ出し、偏った情報にもっぱら取材し、統計や事実による裏づけのない大胆な主張をするのだ。
  ――ふたたび、親愛なるみなさんへ

 増えてもいない事象を「相次いでいる」と言って増えているように思い込ませる(→「日本の殺人」)なんてのは日本のマスコミの常套手段だが、BBCの例はもっと怖い。

 2009年にリンジー石油精製所でストライキが起きた。労働者の一人はこう話した。「ポルトガル人やイタリア人とはいっしょに働けない」。これを見た人は、こう思うだろう。「この労働者は人種差別主義者だ」。だが、放送は次の言葉をワザと省いていた。

「彼らから隔離されているからね」

 これでは意味が正反対になる。あのBBCですら、そういう印象操作をしているという事に、私は暗澹たる気持ちになった。

 他にも、

ジャーナリストのニック・コーエン「富裕層が見事にやりとげたことのひとつは、中流階級以下の多くの人々に、自分たちは中流だと信じ込ませたことだ」
  ――結論 「新しい」階級政治へ

 なんてのに、「そういえばかつて日本も一億総中流社会とか言われたなあ」なんて遠い目になったり。あれで「労働組合って、なんかビンボくさくてダサいよね」的に思い込まされたんだ。

 やたらエキサイトしたせいで、無駄に長いわりにまとまりのない記事になってしまった。中身はわからなくとも、興奮している事だけでも読者に伝わればいいと思う。つまり、そういう本です。

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2019年8月14日 (水)

ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 3

最初の詩人は神々だった。詩は<二分心>の誕生とともに始まった。古代の精神構造における神の側はたいてい、いやことによるとつねに、韻文で語っていたのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

…音楽を聞いて味わうときにも人は脳の右半球を使っている…
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

<二分心>を持つ人間は空想などしない。経験するだけだった。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

時代とともに性質が移り変わるという事実は、催眠が所定の刺激に対する決まった反応ではなく、時代の期待や先入観に応じて変化することを如実に物語っている。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第4章 催眠

互いに敵意を抱いていたのは、科学と宗教ではなく、科学と教会なのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第6章 科学という占い

意識と認知は別物で、この二つははっきりと区別されるべきだ。
  ――後記

紀元前1000年以前の人々は、けっして罪悪感を抱かなかった。
  ――後記

 ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 2 から続く。

【どんな本?】

 ヒトが意識を獲得したのは、約三千年前だ。
 それ以前、人は<二分心>に従っていた。神々の声を聞く心と、それに従う人間の心である。

 本書は、この大胆かつ独創的な仮説を唱え、歴史の遺物や文献によって検証し、現代にも残る名残りを挙げてゆく。

 この記事では、現代の名残りを挙げる「第3部 <二分心>の名残り」を中心に紹介する。

【はじめに】

 第3部で<二分心>の名残りとして挙げているのは六つ。宗教,憑依,詩と音楽,催眠,統合失調症,そして科学とエセ科学だ。なお、最後の「後記」は、本書の初版に寄せられた批判への反論が中心となっている。

 どうでもいいが、私が最近に読むノンフィクションは、よくダニエル・デネット(→「解明される宗教」,→Wikipedia)が出てくる。こっちの世界じゃ有名な人なんだと、いまさら思い知った。

【宗教】

<二分心>の名残りをひときわ色濃くとどめるとりわけ大切なものと言えば、複雑な美しさを備えた多種多様な宗教の伝統だろう。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第1章 失われた権威を求めて

 という事で、最初の名残りは宗教だ。神の声を失った人々は、それに代わるものを求めた。すべての人が一斉に神の声を失ったワケじゃない。数少ないながらも、神の声が聞こえる者もいた。そういう人が、神託を受けたのだ。文化人類学だとシャーマンと呼ばれる人たちだね。現代日本の霊能者も、この系譜なんだろう。

 ここで面白いのはイエス・キリストの話。彼はユダヤ教を改革しようとした。その理由を、こう説明している。ユダヤ教は<二分心>向けだ。意識を持つ人間には、新しい宗教が必要だったから、と。

 ちなみに Wikipedia によると釈迦は紀元前5世紀、老子は紀元前6世紀、孔子も紀元前5~4世紀なので、もしかしたら東洋の方が先に意識を獲得したのかも。

【憑依】

憑依が初めて現れたのはいつだろうか。(略)
少なくともギリシアにおいては、(略)『イーリアス』にも、『オデュッセイア』にも、ほかの初期の詩にも、憑依はもとより、憑依をわずかにでも匂わせる場面はいっさい出てこない。(略)
<二分心>が消えた後を受けたのが憑依だった。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第2章 預言者と憑依

 悪魔憑きや狐憑き、そして恐山のイタコがこれだろう。でも「首尾よく神を呼び寄せるには、霊媒が純朴で垢抜けていないほうがよい」って、ヒドスw。あ、そういえば、~の霊言とか自称する人もムニャムニャ。

 ここではウンバンダ(→コトバンク)なんてオカルト心をくすぐるネタも出てくるが、それ以上に面白いのが異言(→Wikipedia)。知らない筈の言語を喋る、という現象なのだが、これには特徴があって…

ホメロスの叙事詩に非常によく似た、強勢の有無の規則的な変化と、上がっていって最後に下がる抑揚は、信じ難いことに、異言を語る者の母国語が何語であっても変わらない。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第2章 預言者と憑依

 共通する独特のリズムとビートを持っている、というのだ。それって、もしかして…

【詩と音楽】

 そのホメロスのイーリアス、ギリシア語の朗読が Youtube にある。いかにも上品だが、このリズムってもしかしたらラップになるんじゃね?と思ったら、やっぱりやってる人がいた(→Wikipedia)。ラッパーとは現代の詩人だと思うこともあるんだが、その確信が強まる動画だなあ。

 長い文章などを覚えるには、リズムや抑揚があると覚えやすい。「古代の詩ははるかに歌に近かった」とあるが、そうでない詩は忘れられたのかも。それはともかく、歌に近いとなると、ますますラップに似てくる。著者がヒップホップを聞いたら、どう思うんだろう? まあいい。問題は、詩と二分心にどんな関係があるのかって事だ。

詩は、<二分心>の神の側が語る言葉として始まった。<二分心>が崩壊すると、まだ神の言葉を聞くことのできる者が預言者として残る。(略)また一部は詩人という特別な職業について、神が語る過去の出来事を人々に伝えた。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

 詩人が言う詩神とは、二分心時代の神の声の再降臨だ、というわけ。詩神の正体が無意識の叫びだとすれば、現代のヒップホップがアレなのも当然だよね。

【催眠】

 催眠状態とはどういうものか、私は知らなかった。この本にはわかりやすい例が出てくる。催眠にかかったフリしてる人と、本当に催眠にかかった人の違いだ。

 部屋の端から端まで歩けと命じ、途中に邪魔物になる椅子を置く。そして「椅子などない」と告げる。すると…

 ニセモノは、椅子にぶつかる。が、ホンモノは、椅子をよけて歩くのだ。よけてるんだけど、それを自覚していない。そういえばオリバー・サックス(だったかな?)の著作に、自分の足が動かないことを認めない人、というのが出てきた。「そうである」事を、自覚できないのだ。ヒトの脳は、時としてそういう働きをするらしい。

【統合失調症】

…本書の仮説によると、前2000年期より前は誰もが統合失調病だった…
  ――第3部 <二分心>の名残り 第5章 統合失調症

 と、大胆な仮説で始まるこの章、中身は皆さんのご想像通り。もっとも、私は統合失調症について全く分かっていない事を思い知らされた。例えば、こんな事とか。

統合失調症患者は通常の意識的なやり方では想像できないので、役を演じたり、見せかけの行動をしたり、架空の出来事について話したりすることが不可能なのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第5章 統合失調症

 演技ができないいのだ。だから、「もし医者だったらどうするかと訊かれても、自分は医者ではないと答えるだろう」。これと似たようなやりとりを某匿名掲示板でやった事があるんだが、相手は患っていたのか、単に面倒くさがってたのか。たぶん後者だろうなあw

【科学】

 最後のまとめとなる章だ。ここでは簡潔に、人類の歴史をまとめてある。

前2000年期に、人間は神委が身の声を聞くのをやめた。
前1000年期には、まだ神の声が聞こえた人たち、つまり宣託者や預言者もまた、徐々に消えていった。
紀元後の1000年期には、かつて預言者が言ったり聞いたりした言葉の記録された聖典を通して、人々は自分たちには聞こえぬ神の言いつけを守った。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第6章 科学という占い

 そして、神託にも聖典にも頼れぬとわかったヒトは、他の確実なものを求め、科学やオカルトやエセ科学に頼るのだ。

【最後に】

 正直、読み終えた今でも半信半疑だ。特に第3部は、ちと突っ走りすぎの感がある。第2部も、根拠が地中海周辺に偏っているのが気に入らない。はい、感情的になってますw でもやっぱりヴェーダ(→Wikipedia)にも触れて欲しいじゃないか。特にリグ・ヴェーダは Wikipedia によると「紀元前18世紀ころにまで遡る歌詠を含む」とあるし。いや読んだことはないけどw

 というか、この本を真剣に検証しようとすると、ヴェーダ語から学ばなきゃいけない。つくづく、学問の道とは遠く果てしないものだ。

 それはともかく、ピーター・ワッツの諸作品(「ブラインドサイト」「エコープラクシア」「巨星」)を読みこなすには、必須の一冊だろう。SF者としては、読んでおいて損はない。また、歴史上の人物は私たちと全く違う考え方をしていた、なんてのは当たり前ではあるけど、それをキチンと考慮するのはいかに難しいかを実感させてくれる本でもあった。

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2019年8月13日 (火)

ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 2

文明とは、全住民が知り合い同士でないほどの広さの町々における生活術を指す。
  ――第2部 歴史の証言 第1章 神、墓、偶像

神々は誰かの想像から生まれた虚構などでは断じてなく、それは人間の意志作用だった。神々は人間の神経系、おそらくは右大脳半球を占め、そこに記憶された訓戒的・教訓的な経験をはっきりした言葉に変え、本人に何をすべきか「告げた」のだ。
  ――第2部 歴史の証言 第2章 文字を持つ<二分心>の神政政治

神々の崇拝において祈りが中心的な位置を占める行為として顕著になるのは、もはや神々が人間と(「申命記」第34章10節の言葉を借りれば)「面と向かって」話さなくなってからだ。
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化 

ごく最近まで、偶然という概念はいっさい存在しなかった
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

以上、前兆占い、籤占い、卜占、自然発生的占いという占いの四つの主要な型を見てきた。ここで注意したいのは、それらは思考や意思決定が、自己の精神の外側からもたらされる方法だと考えられる点と、それらはこの順番で意識の構造にどんどん近づいているという点だ。
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

意識の特徴である時間の空間化がなければ、歴史は誕生しえない
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

意識の出現は、(略)聴覚的な心から視覚的な心への転換と解釈できる。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

『イーリアス』には隠し事がない。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

意識と道徳は一体となって発達する。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

旧約聖書とは本質的に、<二分心>が失われ、残存するエロヒムが穏やかに沈黙の中へと後退し、それに続いて混乱と悲劇的暴力が起こり、預言者たちの中に神の声を再び得ようと空しく探したあげく、ついに道徳的規範にその代用品が見出されるまでを描いた物語なのだ。
  ――第2部 歴史の証言 第6章 ハビルの道徳意識

 ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 1 から続く。

【どんな本?】

 約三千年前まで、人類には意識がなかった。

 それまで、人類は二つに分かれた心<二分心>で生きていた。片方は神のように語る=命じる心であり、主に脳の右半球が担っていた。もう一つは神の言葉を聞く=従う心であり、主に脳の左半球である。

 確かに、人類はその歴史のどこかで意識を獲得したんだろう。だが、三千年前とは、いささか新しすぎるのではないか。なぜ三千年前だとわかるのか。三千年前に、何が起きたのか。また、意識の代わりが<二分心>とは、あまりにオリジナリティがすぎるのではないか。

 第2部では、これらの疑問に答え、根拠を示すべく、様々な遺跡や文献を漁り、また歴史上の出来事を挙げてゆく。町の形、偶像、そして『イーリアス』と『旧約聖書』。

 独動的で大胆かつ奇想天外な仮説を、膨大な知識によって裏付ける、圧倒の第2部。

【はじめに】

 今は第3部の半ばぐらいまで読み終えたところだ。正直、著者の仮説はちと怪しいと思い始めている。が、だとしても、SFや伝奇小説は、敢えて騙された方が楽しい。そういう姿勢でこの記事を書いている。

【衝突】

 三千年前とは言うが、全世界で同時とは言っていない。

 そう、所によって早かったり遅かったりした。だから、<二分心>の社会と意識の社会が衝突する事もある。1532年11月のスペイン人とインカ帝国の出会いがソレだ。

 インカ帝国滅亡の原因を探る説としては、なかなか斬新だと思う。もっとも、私はブライアン・フェイガンの意見を聞いてみたい(→「水と人類の一万年史」)。

【物的証拠】

 さすがにモノから心を探るのは難しい。が、それでも都市の形や絵画などから、著者はなんとか根拠を見いだそうとする。

 中でも気になったのは、神像や偶像の目比率だ。これは 目の直径/頭の長さ の数字である。要は目がデカい。これは目力とでもいうか、神の権威を強調したもの、としている。

 人間の目は約10%なのに対し、シュメールの遺跡やエジプトの神殿から発掘された神像は、目比率が18~20%に及ぶ。インダス文明も20%超える、とあるが、今Google画像検索でざっと見ると、確かに大きいけど切れ長の目が多いなあ(→画像検索)。

 それより私が連想したのは、遮光器土偶だ。Wikipedia によると遮光器土偶は「縄文晩期のものが多い」とあるので、著者が主張する三千年前とほぼ合致する。

 実はもう一つ、「ねんどろいど」を思い浮かべたのだが、これが将来に発掘された時、果たしてどう解釈されるのやらw

【神々の戦い】

 神話の解釈にはいろいろある。その一つに、様々な神は、有力な部族を象徴している、とするものだ。これに<二分心>を当てはめると、実に面白い構図が出来上がる。つまり、部族同士の争いは、まんま神同士の戦いになるのだ。少なくとも、当時の人にとっては。

 エジプト神話で解釈が難しい「カー」も、二分心仮説なら理屈が通る。つまり脳内の声がカーだ。おお、すげえ。とすると、守護霊ってのは、<二分心>の残響なんだろうか。

【変化】

 では、何が<二分心>を消したのか。

 著者は七つの原因を挙げている。うち四つは<二分心>より意識の方が有利だ、とする理由だ。だが、それは、生存競争に勝った事を示すだけで、なぜ意識が出現したのかは説明しない。

 なら、何が意識を生んだのか。

 一つは文字だ。これで神の声が弱まった。例えばハンムラビ法典だ。脳内の声に従えばいいなら、法律は要らない。文書化とは、脳内の声を外に出すことだ。これにより、脳内の声を超える権威ができてしまった。

 次に大災害。BC1628のデラ島(→Wikipedia)の火山噴火により、地中海周辺地域は壊滅的な打撃を受け、難民が近辺にも押し寄せた。難民は神に見捨てられたと感じただろう。

 そして最後に、難民や交易などを通じた異民族との接触。他者を理解するには、脳内の声だけでは不充分だ。特に交易では、異民族を理解しなきゃいけない。

相違を観察することが意識のアナログの空間の起源になるかもしれない。
  ――第2部 歴史の証言 第3章 意識のもと

 それ以前からボチボチと現れていた意識を、これらの要素が育てていったのだ。

【懐古】

 去っていった神を、人々は探し求める。

世界の諸宗教に共通する大テーマが、ここで初めて問われている。なぜ神々は人間のもとを去ってしまったのか。
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

 これを補うために、ヒトは様々なモノを生み出す。祈り、占い、そして道徳。

『イーリアス』に出てくる、神々の操り人形である人間は、道徳的判断ができない。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

 昔は道徳がなかった、というのも衝撃的だ。第2部第6章では、旧約聖書を元に仮設の検証を企てる。旧約聖書には残酷で理不尽な場面が多いが、それを道徳の欠如として解釈するとは、なんとも大胆だよなあ。

 ちなみに第2部第5章は『イーリアス』での検証だ。私は旧約聖書もイーリアスも読んでいないので何とも言えないが、いずれもアレな説のネタとしては鉄板なだけに、なんか怪しいと感じると共に「巧く料理したら面白い物語が書けるかも」などと思ってしまう。

【最後に】

 などと、色々と茶化しつつ読んだのだが、そうでもしないと著者の世界に引きずり込まれるという危機感を抱いたからだ。幸か不幸か私は古典も歴史も教養に欠けるため、キチンとした検証はできないが、できれば反論の書も読んでみたいと思う。そういう毒消しがないと、洗脳されそうな気配になっている。

 などと危ぶみつつ、次の記事に続く。

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2019年8月12日 (月)

ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 1

…私たちは意識とは何かを規定することから新たに始める必要がある。(略)あるものの正体を明かす手がかりすら得られないとき、それが何でないかを問うことから始めるのは賢明なやり方だ。
  ――序章 意識の問題

何かを理解するというのは、より馴染みのあるものに言い換え、ある比喩にたどり着くことだ。つまり、馴染み深さが、理解したという気持ちに通ずる。
  ――第1部 人間の心 第2章 意識

意識が言語の後に生まれたとは!
  ――第1部 人間の心 第2章 意識

おしなべて、『イーリアス』には意識というものがない
  ――第1部 人間の心 第3章 『イーリアス』の心

…意思は神経系における命令という性質を持つ声として現われたのであり、そこでは命令と行動は不可分で、聞くことが従うことだったのだ。
  ――第1部 人間の心 第4章 <二分心>

私が<二分心>と呼ぶ構造にまとめられた脳は、何千年もの間。人間の文明の基礎だった。それなのに、訓戒の声が聞こえなくなり、代わって意識という新しい仕組みを得るというような機能の変化を、どうしてこれほど短い間に遂げえたのだろうか。
  ――第1部 人間の心 第5章 二つの部分から成る脳

…ほとんどの種にとって、群れの大きさの上限を決定するのは、この意思疎通システムだ。
  ――第1部 人間の心 第6章 文明の起源

【どんな本?】

 約三千年前まで、人類は意識を持っていなかった。

 本書は、この大胆かつ奇想天外な仮説を唱え、その根拠を示して検証し、現代にも残る名残を挙げてゆくものだ。

 しかし、誰だって反論したくなるだろう。ヒトが歴史上のどこかで意識を獲得したのは確かだ。だが、三千年前=紀元前千年ごろとは、いささか近すぎるのではないか。もっと前から、メソポタミア/エジプト/インダス/黄河などの四代文明があったではないか。意識もなしに、どうやって文明を築き維持していたのか。そもそも、意識の有無を、どうやって検証するのか。

 著者は、これらの問いに対し、まず「意識とは何か」「それは何の役に立つのか」から問い直し、古代の遺物・遺跡や『イーリアス』に代表される文献を検証し、仮説に裏付けを与えてゆく。

 正規の大発見か、はたまたトンデモか、または今後の発展が期待される新たな学問の源なのか。各界に話題を読んだ問題の書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Origin of Consciousness in the Breakedown of the Bicaameral Mind, by Julian Jaynes, 1976, 1999。日本語版は2005年4月6日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約560頁に加え、訳者あとがき8頁。9ポイント45字×18行×560頁=約453,600字、400字詰め原稿用紙で約1,134枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの大容量。

 学術書らしく文章はやや硬い。内容もけっこう難しい。何せ扱うのが「意識」だけに、深く考えないと理解できない部分もある。また、古代史の知識もあった方がいい。特に大事なのはメソポタミアとギリシア。そして、最も重要なのは『イーリアス』だ。いや私はいずれも疎いんだけど。

【構成は?】

 序文では、こう説明している。

第1部では、私がたどり着いた考えの数々をそのまま提示する。
第2部では、歴史的な証拠を検証する。
第3部では、推論を行って現代における現象の説明を試みる。

 そんなワケで、素直に頭から読むといいだろう。

  • 序文
  • 序章 意識の問題
  • 第1部 人間の心
  • 第1章 意識についての意識
  • 第2章 意識
  • 第3章 『イーリアス』の心
  • 第4章 <二分心>
  • 第5章 二つの部分から成る脳
  • 第6章 文明の起源
  • 第2部 歴史の証言
  • 第1章 神、墓、偶像
  • 第2章 文字を持つ<二分心>の神政政治
  • 第3章 意識のもと
  • 第4章 メソポタミアにおける心の変化
  • 第5章 ギリシアの知的意識
  • 第6章 ハビルの道徳意識
  • 第3部 <二分心>の名残り
  • 第1章 失われた権威を求めて
  • 第2章 予言者と憑依
  • 第3章 詩と音楽
  • 第4章 催眠
  • 第5章 統合失調症
  • 第6章 科学という占い
  •  後記/訳者あとがき/原注/事項索引/人名索引

【感想は?】

 第2部の第5章まで読み終えた時点で、この記事を書いている。

 何せ読み終えていないので、著者の説に賛成も反対もできない。が、とりあえず、野次馬根性をそそられるのは事実だ。なんたって、「ヒトが意識を獲得したのは三千年前だ」なんて大胆な話なんだから。

 そんなことを言われたら、「ブラインドサイト」「エコープラクシア」「巨星」と読んできたSFファンとしては、読まずにいられないじゃないか。果たして意識を持たぬ者が、文明を構築できるのだろうか。そんな社会は、維持できるんだろうか。あ、でも、蟻やミツバチは社会を作ってるなあ。

 と、突然にヒト以外の生物の話を出したのは他でもない、著者も最初は動物行動学の研究者としてキャリアを歩み始めたからだ。そこで興味深い実験の話がある。ネズミに電気ショックを与える実験だ。

 単に電気ショックを与えるだけなら、腫瘍はできない。餌や水を得るには通電した格子板を通らなければならいと、腫瘍ができる。「食べたい、でもビリビリは嫌」という葛藤が腫瘍を作るのだ。葛藤のストレスってのは、相当に大きいものらしい。そういえばスティーブ・ジョブスはいつも同じ服を着ていたって話があるなあ。何かを選ぶのは、心の負担になるからって理由で。

 そんなワケで、ヒトは指針を求める。指針が必要なのは、意識があるからだ。意識がなければ、そんなモノは要らない。自動的に体が動くんだから。でも、それで暮らしていけるのか?

 案外と、たいていの事はできたりする。酔っぱらいは意識がなくても、ちゃんと自分の家に帰るし。本書では自動車の運転を引き合いに出す。助手席の人とお喋りしていても、たいていは問題なく運転できる。クラッチを踏みシフトレバーを入れ替えアクセルを踏んで再びクラッチをつなぐ。こういう動作を、ドライバーは無意識に行っている。

 どころか、多くのスポーツは、個々の筋肉を意識すると、かえって巧くいかない。自分がどうやって歩いているのか、普通は考えたりしない。往々にして、意識なんてない方がいいのだ。

ここでは、私たちの活動の多くに意識はたいした影響を持たないと結論しておけば事足りる。
  ――第1部 人間の心 第1章 意識についての意識

 では、それ以前の人々は、どうやって暮らしていたのか。そこでこの本のもう一つの大胆な仮説、<二分心>が出てくる。極論すると、神々の声を発する右脳と、それを聞く左脳だ。ヒトは、自らの脳が発する声を「神々の声」と考え、それに従って生きてきたのだ。

前章で導き出された途方もない仮説は、遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分に二分されていた、というものだ。
  ――第1部 人間の心 第4章 <二分心>

…人間の側に必要な機能は左(優位)半球にあり、神々の側に必要な機能は右半球により顕著に現れていると考えられる。
  ――第1部 人間の心 第5章 二つの部分から成る脳

 もっとも、「生まれつき大脳の半分がないけど普通に暮らしてる60歳の男」なんてニュースもある(→RUSSIA BEYOND)。だから実はそれほどハッキリと右脳・左脳が役割分担してるワケじゃないらしい。物理的な脳の部位=ハードウェアと、それが担う役割=ソフトウェアは別、と考えれば、著者の説もアリかもしれない。コンピュータでアプリケーションが主記憶のどのアドレスにロードされるか、みたいな感じかな?←もっとわかんねえよ

 それはともかく、著者の説を受け入れると、SF者としては第1部の終盤で強烈なアッパーを食らうから怖い。

現在、意識が神経学的にどのようであろうと、その状態がいつの時代にも不変であると考えるのは誤りだろう。
  ――第1部 人間の心 第5章 二つの部分から成る脳

 おお、これぞまさしくピーター・ワッツの世界ではないか。将来、脳とコンピュータが直結したら、ヒトの精神構造は、根本的に変わるかもしれない。意識に成り代わる何者かが、立ち現れる可能性がある。なんかゾクゾクしてきたなあ。いや著者の視線=過去とは逆の方向=未来を向いた発想だけど。…ああ、ボーグって、そういうことか。

 というところで、次の記事に続く。

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2019年6月 9日 (日)

セス・スティーヴンズ=ダヴィッドウィッツ「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性」光文社 酒井泰介訳

よきデータサイエンスの方法はえてして直感的だが、結果は往々にして反直感的である。
  ――第1章 直感は裏切り者

ビッグデータ革命の勝負では、より多くのデータを集めるよりも、正しいデータを集めるほうが大切だ。
  ――第3章 何がデータになるのか 驚くべき新データの世界

ソーシャルメディア(SNS)上では、サーベイと同じく、真実を述べるインセンティブが働かない。
  ――第4章 秘められた検索

ビッグデータなら有意義な下位集団に絞り込んで人の性質について新たな洞察が得られる。
  ――第5章 絞り込みという強力な手法

「このデータで証券市況を予測できると思うかい?」
  ――第7章 できること、できないこと

本書の場合それは、社会科学は本物の科学になりつつあるということだ。
  ――結びに ここまで読み通した人は何人?

【どんな本?】

 Amazon で本を調べると、「よく一緒に購入されている商品」が出てくる。Twitter は、「おすすめユーザー」を教えてくれる。私が Youtube を開くと、70年代または70年代風のロックが「あなたへのおすすめ」にズラリと並ぶ。おかげで私はポール・ロジャースの歌声に不自由しない。ちなみにエッチなのは別のサイトで…いえ、なんでもない、ないったら!

 Amazon も Twitter も Youtube も、別に私の好みを知っているワケじゃない。知っているのは、今まで私が何を見たか、だ。そこから推測して、私の好みに合うものを薦めてくる。と言ってしまえば簡単だが、では、どうやって推測するんだろう?

 彼らは膨大な数の利用者を抱えている。その中には、私と好みが似ている人がいる。そこで、例えば Youtube なら、私に似た人が見ていて、私が見ていない動画を、私に薦めるのだ。

 似たような事を、Google や Facebook もやっている。私たち利用者が「どう使ったか」のデータを集め、より使いやすく、より楽しく使えるように、日々工夫しているのだ。だってたくさん使ってもらった方が儲かるし。

 と同時に、集まったデータの一部も公開している。例えば Google トレンド は、指定したキーワードが、いつ、どこから、どれぐらい検索されているかを教えてくれる。おお、津原泰水さん人気爆発してるなあ←記事を書いてる最中に遊ぶな

 いずれも、膨大なデータが集まったからこそ出来ることだ。また、インターネットが普及して多くの人が使っていること、そして大量のデータをコンピュータが処理できるようになったことも大きい。

 このような「ビッグデータ」は、私たちの意外な姿を明らかにしてくれる…場合も、ある。また、地域の治安や健康状態の向上にも役立つ。と同時に、使い方によっては困った事もできてしまう。

 ビッグデータとは何なのか。それで何ができて、何ができないのか。ビッグデータはどこにあるのか。どのように使うのか。そして、ビッグデータが暴き出した私たちの正体は、どんな姿をしているのか。それが何の役に立つのか。

 哲学と経済学を専攻した著者が、ビッグデータの基礎と面白話を集め、社会学の革命を目論む問題の書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は EVERYBODY LIES, by Seth STephens-Davidowitz, 2018。日本語版は2018年2月20日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約314頁。9.5ポイント42字×17行×314頁=約224,196字、400字詰め原稿用紙で約561枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も難しくないし、適度に野次馬根性を刺激するネタが入っているので、意外とスラスラ読める。社会学の本でこれほど楽しく読める本は珍しい。敢えて言えば、アメリカ人向けに書いているため、特にバスケットボールやアメリカンフトボールの例がピンとこないかも。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただし、終盤で明らかになるのだが、けっこう真面目かつ理論的な話もしていて、それの全体像をつかむには素直に頭から読んだ方がいい。

  • 序文 スティーブン・ピンカー
  • 序章 いま起きているビッグデータ革命
  • パートⅠ 
  • 第1章 直感は裏切り者
  • パートⅡ 
  • 第2章 夢判断は正しいか?
  • 第3章 何がデータになるのか 驚くべき新データの世界
  • 第4章 秘められた検索
  • 第5章 絞り込みという強力な手法
  • 第6章 世界中が実験室
  • パートⅢ 
  • 第7章 できること、できないこと
  • 第8章 やってはいけないこと
  • 結びに ここまで読み通した人は何人?
  • 謝辞/注

【感想は?】

 え? 社会学の本なの? 社会学って、こんなに楽しかったっけ?

 とか言い出したくなるぐらい、面白いネタがギッシリ詰まってる。その面白さには幾つかの種類があるんだが、その筆頭は書名にあるとおり、著者の研究が明らかにした人間の本性だ。

 これは序章に巧くネタを配置していて、私たちが興味を持ちそうなネタを軽く紹介してくれる。これは巧い構成だ。映画でいえば、最初に予告編を上映するような感じだ。特に、アクション映画の。

 アクション映画の予告編は、たいていが「これでもか!」というぐらいの爆発の連続だ。そこで「おお!」とは思うが、お話が繋がっていないので、いまいちピンとこない。「いったい、何がどうなってこんなシーンになるんだ?」と気になって、私たちは映画館に足を運ぶ。この本もそんな風に、序章で美味しそうなネタをチラリと見せて、本文へと私たちを誘う。

 で、本文を読むと、やはり期待にキッチリ応えて野次馬根性を満足させてくれる。

 例えば男がポルノを検索する際、女役の職業設定は何を好むのか。これを青年・壮年・高齢者で比べてるんだが、実に意外なのが不動の一位だw きっとこれはアメリカ特有の現象だと思うんだが、どうなんだろうね。どうでもいいけど私の趣味はかなり爺ムサい事もわかってしまった。いや私が惹かれるキーワードは年寄りにウケるんだ。

 こういうシモネタは、やっぱり読んでて楽しい。と同時に、上の例では、もう一つ意外な点が明らかになる。データのソース、ネタ元だ。上では Amazon, Twitter, Facebook, Google を例に出した。もちろん本書ではそれらも使っているが、ポルノの例では PornHub を使っている。ほんと、あらゆる所からデータを調達しているのだ。

 これはインターネットに限らない。例えばアメリカの分断をテーマとするところでは、書籍からデータを得ている。とはいっても、グーグルがスキャンして電子化したモノなんだけど。ここでは、調べ方も面白い。

 合衆国は英語じゃ United States になる。複数形だ。だから、理屈じゃ be 動詞は複数形の are が正しい。が、現在では主に単数形の is が使われる。実は、18世紀じゃ are が多かったのだ。もともと、それぞれ別々だった植民地=州政府が、独立戦争の際に手を組んだってのが成り立ちだし。それがいつの間にか is に変わった。つまり、州政府の連合って感覚から、USA という一つの国って感覚に変わったのだ。

 それがいつごろからなのかを調べるために、どうしたか。書籍の中に出てくる States are と States is の数を、年代別に数えたのだ。まあ、数えるったってヒトが数えるんじゃなくて、プログラムにやらせたんだろうけど。お陰で、意外なことがわかった。従来の歴史学者は「南北戦争の終わりごろ」と主張していたのだが…

 これは単純に数えただけで見当をつけた例だ。だが、書名「誰もが嘘をついている」とあるように、出て来た数字は素直に信用できないって話もいくつかある。その代表がアンケート調査だ。

 要はみんな見栄をはるのだ。そのため、アンケートだと選挙の投票率が高めに出るが、実際はそれより低い。特に性生活じゃ見栄をはる人が多い。例えば性交回数について、本書ではコンドームの消費量で検証している。他にも気になるのが同性愛者の割合。一般に保守的な地域ほど、アンケートで同性愛者だと答える者が少ない。

 いちおう、言い訳はできるのだ。同性愛者は進歩的な所に引っ越すから、と。対して、著者は巧みな方法で覆す。サンプルを高校生に絞るのである。大人なら引っ越せるが、高校生じゃそうはいかない。で、検証してみると、ご想像のとおり。こうやって本性をあぶりだす手口も、読んでいてとっても楽しい。

ちなみに「ネット炎上の研究」では、炎上に火をくべるイイナゴどもを「高年収・ラジオやSNSをよく使う・子持ちの若い男」との相関が強いとしている。が、私はこれを疑っている。だってソースがアンケート調査だし。

 と、そんな風に、ビッグデータを巧く使えばヒトの本性を暴けるのがわかってきた。当然、Google や Facebook も、手をこまねいて見ているわけじゃないよ、なんてのを終盤では明らかにしてくれる。もちろん、他の企業だってイロイロと…

 やっちゃあいるが、その限界も明らかにしているのが、いかにも学者らしい所。そこを書いているのが「第7章 できること、できないこと」。なんだけど、実はここ、多少の確率の素養がないと難しいかも。要は大数の法則なんだけどね。でも、いい加減なニュースに踊らされたいためにも、この章は時間をかけてじっくり読んでいただきたい。

 俗なネタで耳目を集め、ちゃんと野次馬根性は満足させた上で、キチンとその裏付けとなる理屈や手法もわかりやすく説明し、より広い応用の可能性を示して希望を持たせると共に危険性も警告し、また限界があるとも明言し、最後に大風呂敷を広げて「うおお!」と興奮させる、実に読んでて楽しい本だった。

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2019年6月 4日 (火)

マイケル・ギルモア「心臓を貫かれて」文藝春秋 村上春樹訳

僕らはいったい何を引き継いだのだろう? そしてそれはどこからやってきたのだろう? それが問題なのだ。
  ――夢

「あいつがそばまで迫っていたんだ」
  ――第2部 黒い羊と、拒絶された息子 第4章 さすらいの年月

「母さん、大丈夫だよ」と彼(ゲイリー)は言った。「俺が自分を傷つけてほどには、誰にも俺を傷つけることはできないんだから」
  ――第5部 血の歴史 第1章 ターニング・ポイント

【どんな本?】

 1977年1月17日、アメリカ合衆国ユタ州で死刑が執行される。処刑されたのはゲイリー・ギルモア(→Wikipedia)、罪状は二件の殺人。幼い頃から犯罪を繰り返し、人生の半分以上を監獄で過ごした男の末路だった。当時のアメリカでは死刑廃止に向けて動きつつあった。しかしゲイリーは自ら死刑を望み、当時のアメリカに大きな議論を巻き起こす。

 著者はゲイリーの弟である。父フランク、母ベッシーの間には四人の男の子がいた。長男フランク・ジュニア、次男ゲイリー、三男ゲイレン、そして四男の著者マイケル。

 ゲイリーは殺人の科で死刑となり、その前にゲイレンは刺された怪我が元で亡くなっていた。彼ら呪われた一族はいかにして生まれ、どのように暮らしてきたのか。

 ローリングストーン誌などに寄稿し筆力を磨いた著者が、長兄フランク・ジュニアなどの協力を得て描き出した、壮絶な一家の愛憎の物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Shot in the Heart, by Mikal Gilmore, 1994。日本語版は1996年10月15日第一刷。単行本ハードカバー縦二段組み本文約582頁に加え、訳者あとがき15頁。8.5ポイント25字×20行×2段×582頁=約582,000字、400字詰め原稿用紙で約1455枚。文庫本なら上中下の三巻ぐらいの大容量。今は文春文庫から上下巻で出ている。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、舞台の多くがアメリカの1940年代~1960年代なので、その頃の風俗を知っていると迫真感が増すかも。

【構成は?】

 ほぼ時系列で話が進むので、できれば頭から読んだ方がいい。

  • プロローグ
  • 第1部 モルモンの幽霊
  • 第1章 兄弟
  • 第2章 血の絆
  • 第3章 ジョーダン・レインの家
  • 第4章 アルタと死んだインディアン
  • 第2部 黒い羊と、拒絶された息子
  • 第1章 黒い羊
  • 第2章 拒絶された息子
  • 第3章 フェイの秘密
  • 第4章 さすらいの年月
  • 第5章 定着した一家
  • 第3部 兄弟
  • 第1章 見知らぬ者たち
  • 第2章 片隅の少年
  • 第3章 青春の暴走
  • 第4章 父との暮らし
  • 第4部 ある種の人々の死にざま
  • 第1章 兄たちの肖像
  • 第2章 丘の上の家
  • 第3章 あるセールスマンの死
  • 第4章 レクイエム
  • 第5章 武装強盗事件
  • 第6章 離散する家族
  • 第7章 それぞれの帰還
  • 第8章 反抗
  • 第9章 歩く死者
  • 第5部 血の歴史
  • 第1章 ターニング・ポイント
  • 第2章 高名なる殺人者
  • 第3章 最後の言葉
  • 第6部 涙の谷間に
  • 第1章 家族の最後
  • 第2章 新しい家庭、古い幽霊
  • 第3章 秘密と骨と
  • 第4章 故郷からの手紙
  • エピローグ 
  • 審判
  • 後記
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 愛と暴力のクロニクル。

 この一家の歴史を掘り起こすのは、かなり骨の折れる作業だったと思う。特に父親フランクの足跡を辿るのはひどく難しいし、最後まで明らかになっていない部分も多い。

 父フランク、ある意味じゃ才人なのだ。奇術は巧みだし、金儲けも巧い。だが過去は詳しく語らない。母ベッシーと結婚してしばらくの間は、なかなかに謎な暮らしを続ける。長い間アメリカ各地を巡る旅に出て、大金を稼いで帰ってくる。ここでピンときた人は、かなり鋭いか、または古い映画のファンだろう。

 母ベッシーはユタのモルモン教徒で、ご多分に漏れず子だくさんの大家族に育つ。いささか進歩的な気質はユタの風土に合わず、父フランクと出合い正体も知らずに結婚。

 次第にフランクの正体が明らかになるあたりは、そこらの小説の上を行く驚きの連続だ。それでも愛想をつかさないのは、女が一人で生きてくのが難しい時代背景もあるんだろうけど、ベッシーの気性の激しさも感じさせる。またユタ州とモルモン教の歴史、特に血生臭い部分を拾い上げていて、ここが読者の意見の分かれるところ。

 つまりモルモン教の影響を感じるか、違うんじゃないかと思うか。私はあまり関係ないと思った。いやソレ以外の要素が大きすぎるのだ。

 やがてベッシーも父フランクの正体を知り、彼が奇妙な旅を続ける理由も理解するようになる。だが子供が生まれ成長するに従い、家族揃っての定住を望むベッシーが出すアイデアは、暗い場面が続く本作の中じゃ珍しく大笑いが止まらないところ。しかも、それが巧くいっちゃうんだから世の中は分からない。改めて考えると、まっとうにやれば充分に良き紳士となれる資質があるんだよな、父フランク。

 ところが、家庭の外じゃともかく、家の中じゃ暴れまくるのだ、父フランクが。何かとケチをつけては妻や子供を痛めつける。ベッシーも黙っちゃおらずにやり返したり、ちゃぶ台返しカマしたり。にも関わらず、別れようとはしないんだから、家族の関係ってのはわからない。

 そういう家庭で育ったゲイリーとゲイレンは、お約束通りの不良街道まっしぐら。事件を起こす度に、父フランクとベッシーは駆けずり回り、弁護士を手配して有力者に嘆願書を出し、何とか丸く収めようとする。ゲイリーのご機嫌を取るために車を買い与えたりしてるあたりは、単に外面を気にしてるだけじゃなく、やっぱり息子が可愛いんだろうなあ、としみじみ感じてしまう。

 なら家族で喧嘩なんかしなけりゃいいじゃん、またはサッサと縁を切りゃいいじゃん、と思うんだが、そんな事を思いつきすらしない絆の強さがあるのだ、この家族は。が、暴力の嵐に包まれて育ったゲイリーは、どうしても社会に適応できない。

「俺が権威というものを憎むのは、そいつらが俺に、親父のことを思い出させるからだよ」
  ――第3部 兄弟 第1章 見知らぬ者たち

 そのワリを食っちゃったのが、長男のフランク・ジュニア。読んでいて、私はこの人が最も切なかった。幼い頃はゲイリーのトバッチリで折檻を食らい、長じては家族の尻ぬぐいに奔走する。にも関わらず、グレもせずひっそりと生き続ける。本質的に賢くて優しい人なのだ。学歴さえあれば、是非とも教師になってほしいタイプ。にも関わらず、彼は全く報われない。

「…俺は、なんとかできるだけ母さんの役に立とうと、心血を注いできたんだ。でもその見返りに俺がもらったのは、ただ憎しみだけだった」
  ――第6部 涙の谷間に 第3章 秘密と骨と

そのときこう思った。そんなに自分が大変な思いをしていても、親に相談することもできないんだなって……。
  ――第6部 涙の谷間に 第4章 故郷からの手紙

 もう一つ、フランク・ジュニアの悲しさを際立たせる一文がある。あまり目立たないんだが、母ベッシーが、末っ子のマイケルにこう語る所だ。

「私はせめてひとりの子供にだけはまともに育ってもらいたいんだよ」
  ――第4部 ある種の人々の死にざま 第8章 反抗

 おいおい、なんでフランク・ジュニアを勘定に入れない? 彼だってまっとうに生きてるじゃないか。もっとも、本書の多くがフランク・ジュニアの協力によるものなので、そういう部分はあるのかもしれない。

 なぜゲイリーのように歩く凶器のような人間が生まれるのか。その謎の一端を、この本は示していると思う。著者の傾向か、オカルトっぽい記述もあって、その解釈は読者次第だ。著者が自らのルーツと心の暗黒部に向き合い、血と涙を流しながらも真実を掘りあてようと足掻き、なんとかその一端を日の当たる場所に引きずり出した、痛みと悲しみの年代記。

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2019年5月16日 (木)

ポール・ブルーム「反共感論 社会はいかに判断を誤るか」白揚社 高橋洋訳

本書の目的の一つは、読者も共感に反対するよう説得することだ。
  ――はじめに

…共感は、特定の個人ではなく統計的に見出される結果に対しては反応を示さない。
  ――第1章 他者の立場に身を置く

最善の結果は理性に依拠することで得られる。
  ――第1章 他者の立場に身を置く

…(共感は)焦点の狭さ、特定性、数的感覚の欠如という特質を持つがゆえに、自分の注意を惹くもの、人種の好みなどの影響をつねに受けている。私たちが少なくともある程度の公平さや公正さを保てるのは、共感の作用から免れ、規則や原理、あるいは費用対効果の計算に依拠した場合に限られる。
  ――第3章 善きことをなす

政治的議論は一般に、誰かに共感すべきか否かではなく、誰に共感すべきかに関して見解が分かれるのである。
  ――幕間Ⅰ 共感に基づく公共政策

他者を怒らせた自分の行為は、罪のないものであるか、強制されたものであり、自分を怒らせた他者の行為は、理不尽なものであるか、邪悪なものなのだ。
  ――第5章 暴力と残虐性

共感は私たちが戦争の恩恵を考慮するよう仕向ける。それを通じて被害者のために復讐し、危機に直面している人々を救い出させようとするのだ。それに対して戦争のコストは抽象的かつ統計的であり、しかもコストの大きな部分は、自分たちが気づかうことがなく、したがって共感の及ばない人にのしかかる。
  ――第5章 暴力と残虐性

【どんな本?】

 嫌な小話がある。

朝起きたばかりの、ぼおっとした頭で洗面台に向かった。歯ブラシを手に取って磨いていたんだが、様子がおかしい。洗面台が血だらけになっている。よく見ると、歯ブラシだと思っていたのはカミソリで…

 嫌な話を書きやがって、と思う人もいるだろう。共感とは、そういう事だ。他の人の痛みを、わがことのように感じること。ヒトには、そういう能力が備わっている。だから、苦しんでいる人を助けようとする。少しでも他人の苦しみを取り除こうと、お互いに助け合う。

 いいことじゃないか。

 ところが、著者はこう主張する。「本書の目的の一つは、読者も共感に反対するよう説得することだ」。

 は? 何を考えている? 自分の利益だけを追求しろ、とでも? 心を捨ててマシンになり、合理性だけで生きていけ、と言いたいのか? 世界を弱肉強食のジャングルにしたいのか?

 違う。

 むしろ著者は互いに助け合い分かち合う世界を望んでいる。だが、そのためには、時として共感が邪魔になる、と言っているのだ。

 なぜ、そんなケッタイな理屈が成り立つのか。苦しむ者を助けようとして、何がいけないのか。それなら、私たちはどうしろというのか。

 挑発的な書名で読者を煽りつつ、ヒトの心の動きを解き明かし、より適切な判断と行動を促す、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Against Empathy : The Case for Rational Compassion, by Paul Bloom, 2016。日本語版は2018年2月26日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約284頁に加え、訳者あとがき8頁。9.5ポイント44字×18行×284頁=約224,928字、400字詰め原稿用紙で約563枚。文庫本なら普通の厚さだろう。

 文章はやや硬く、二重否定などの面倒くさい表現もある。が、落ち着いて読めば充分に意味はわかる。内容も特に難しくない。国語が得意なら、中学生でも充分に読みこなせるだろう。敢えて言えば、アメリカ人向けに書いた本なので、出てくる例もアメリカの話が多いってぐらい。ドナルド・トランプは共和党で保守系、バラク・オバマは民主党でリベラル、程度に知っていれば充分だろう。

【構成は?】

 「はじめに」に読み方のガイドがあるので、それに従おう。忙しい人は第1章だけを読めばいい。

  • はじめに
  • 第1章 他者の立場に身を置く
  • 第2章 共感を解剖する
  • 第3章 善きことをなす
  • 幕間Ⅰ 共感に基づく公共政策
  • 第4章 プライベートな領域
  • 幕間Ⅱ 道徳基盤としての共感
  • 第5章 暴力と残虐性
  • 第6章 理性の時代
  • 謝辞/訳者あとがき/原註

【感想は?】

 本書の結論を私なりに解釈すると、こうなる。「落ち着け。そして収支を計算しろ」。

 何やら偉そうだが、誰だって多かれ少なかれやっている。例えば。子供は注射が嫌いだ。だが、たいていの親は、子供に予防接種を受けさせる。親として、子供に痛い思いをさせるのは嫌だ。でも、伝染病で死ぬよりは、注射で痛い思いをする方がマシだ。

 つまり、「子どもが痛がっている」という共感より、「将来の伝染病を防ぐ」という理性に従って行動する。その結果、一時的に子供は痛い思いをするが、その後は健やかに育つだろう。

 予防接種の例は、収支がわかりやすい。政府や自治体も教育と宣伝に力を入れるので、多くの人がその利害を知っている。

 だが、そうでない場合も多い。政治が絡む場合は、政党や派閥によって主張が違う。それでも政治の場合はまだマシで、両派が損益をめぐって論戦を繰り広げる。根気強く両派の主張を読み解けば、支持すべき意見を判断できる…かもしれない。

 もっと怖いのは、そもそも収支を無視している場合だ。本書では、こんな例を挙げる。

 10歳の少女シェリは難病にかかった。療法はあるが、順番待ちの列は長い。療法を受けるまで、シェリは痛みに苦しみ続ける。シェリを列に割り込ませるべきか?

 シェリの痛みに共感し、割り込ませろと考える人もいる。だが、その場合、割り込まれた他の人は、どうなるんだろう?

 著者が指摘する共感の欠点は、そこだ。「10歳の少女シェリ」なんて具体的な年齢や名前が出てくると、私たちはその人物像を思い浮かべる。だが、問いの中に、割り込まれる人の事は何も書いていない。だから、私たちは割り込まれる人の事を失念してしまう。シェリの利益は考えるが、割り込まれる名無しの損害は思い浮かべない。

 これが共感のやっかいな点の一つだ。問いの中に割り込まれる人の事も含めれば、名無しの損害を考える人も増えるだろう。だが、テレビのワイドショウや Twitter の140文字では、そこまで触れない。ひたすら視聴者やフォロワーの感情を刺激しようとする。だって、その方が数字が取れるし。

 また、共感には偏りがある。

 誰だって家族や恋人には強く共感するが、遠い地域のオッサンへの共感は少ない。ケニアのキクユ族の農家は更に少ないだろうし、北朝鮮の朴氏ともなれば敵意すら示すだろう。その人と自分との関係により、強くなったり弱くなったり、時として反転することだってある。

 しかも、共感が暴力を呼ぶことだってあるのだ。どころか、たいていの戦争は共感を利用して始まる。

 わかりやすいのがパレスチナ問題だろう。パレスチナ側はイスラエル軍に撃たれたパレスチナ人をアピールし、イスラエル側はハマスのロケットによる被害を報道官が発表する。お互いが自分を被害者だと主張し、人々の共感を勝ち取ろうと報道合戦を繰り広げる。

 共感には偏りがある。自分に近い者には強く共感し、異なる者への共感は少ない。これを巧みに利用すれば、人々を争いへと駆り立てることができる。イスラエルとパレスチナは極端な例だが、似たような図式は Twitter や匿名掲示板でしょっちゅう見かける。社会問題などに対し、○○派 vs ××派という対立構造に仕立て上げ、罵倒の応酬にしてしまうのだ。

 ネットでの泥試合ならたいした害はないが、法や条例を決める議会でやられたら、たまったものではない。

 では、どうしろと言うのか。著者の主張はこうだ。「最善の結果は理性に依拠することで得られる」。もっとくだけた言い方をするなら、こうだろう。「落ち着いて考えよう」。

 …とか書いてて、やっと気がついた。つまりはそれだけの本なのだ。思いやりがイカン、と言ってるんじゃない。少し落ち着いて、視野を広げて、問題の本質を見つめなおして、見落としがないか確かめて、費用対効果を計算して、もっといい案がないか検討しようよ、そういう事なのだ。

 なんだツマラン、と思う人もいるだろう。でも、ヒトは自分に何が見えないかには気づかないものだ。ソコを指摘してくれるという点では、ありがたい本でもある。

 とりあえず、政治家が具体的な個人の例を挙げて議会の空気を誘導しようとしている時は要注意、と私は考えるようになった。

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2019年5月 8日 (水)

デヴィッド・M・バス「『殺してやる』 止められない本能」柏書房 荒木文枝訳

殺人に魅了されるのはまったく筋が通っている――これは優れた生き残り戦略だからだ。
  ――第1章 殺人の長い歴史

アメリカで起きた殺人事件のうち、男性が犯人の割合は例年87%ぐらいである。殺人の被害者もほとんどが男性なのは意外かもしれない。年間の殺人被害者のうち男性が占める割合は平均75%である
  ――第2章 人間が手に入れた殺人戦略

わたしたちが直面するもっとも容赦ない競争は、好ましい伴侶を見つけてつなぎとめておくことだ。
  ――第3章 三角関係の悲惨な帰結

浮気する女性は他の男性への欲情のおもむくままに、浮気相手とセックスするタイミングを排卵に合わせるのに対して、連れ合いとのセックスは一番妊娠しにくい時期に合わせるのだ!
  ――第4章 愛と殺意の微妙な関係

社会経済的階層のトップにいる男性では、他の男性の子どもは2%にすぎない。中産階級では寝取られ率は12%に上がり、下層階級では20%に上がる。
  ――第4章 愛と殺意の微妙な関係

虐待、過剰な監視、隔離は、自らを傷つける関係に女性をつなぎとめるという非道な働きをするのである。
  ――第5章 夫や彼女を殺す女たち

この法律(テキサス州のベビー・モーゼス法)により、女性は生後一カ月未満の赤ん坊を消防署や救急ステーションに放置しても、何の詮索もされないのだ。
  ――第7章 殺し合う家族

アメリカでは一人またはそれ以上の代理の親――結婚による継親や、同じような役割を背負った者――と暮らす子どもは、実の父親と暮らす子どもに比べて、家庭内で殺される確率が40倍から100倍も高いのだ。
  ――第7章 殺し合う家族

【どんな本?】

 デーヴ・グロスマンは「戦争における[人殺し]の心理学」で、こう主張した。「敵と戦っている最中でも、敵を殺したがらない兵士は多い」と。だが、平和な世の中でも、殺人事件は起きている。実際に行動に移さないまでも、誰かを殺したいと考えた経験のある人は多い。逆に「このままでは殺される」と思った事もあるだろう。

 なぜ人殺しが絶えないのだろう? 著者は、こう主張する。「ヒトは殺意を抱くように進化した。生存競争の過程で、人殺しは有効な戦略だった」と。私たちには、人殺しの血が流れているのだ。

 では、どんな時に、どんな人が、どんな相手に殺意を抱くのだろうか。生存競争の上で、人殺しはどんな役割を果たしたのだろうか。映画やゲームの暴力描写が影響しているのだろうか。悲劇を避けるには、どうすればいいのだろうか。

 テキサス大学オースティン校の心理学部教授が、世界中から集めたアンケートや犯罪統計、そしてヤノマミ族など部族社会の研究結果を元に、ヒトが殺人に至る原因を明らかにした、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Murderer Next Door : Why the Mind Is Designed to Kill, by David M. Buss, 2005。日本語は2007年3月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約295頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント46字×19行×295頁=約257,830字、400字詰め原稿用紙で約645枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。敢えて言えば、アメリカ人向けに書かれた本なので、南部と北部の文化や風俗の違いを知っていた方がとっつきやすいかも。

【構成は?】

 刺激的な書名のわりに実は真面目な本なので、できれば頭から読んだ方がいい。が、困ったことに、美味しそうな所をつまみ食いしても、かなり楽しめてしまう。

  • 第1章 殺人の長い歴史
    愛する人が抱く殺意/意外な人が殺意を抱く/殺人に魅了される理由/殺すところを生々しく想像する/殺人の動機/人は昔から人を殺してきた/殺すメリットと殺されるリスク/進化が作り上げた防御手段/それでも殺人は起こる/殺人調査
  • 第2章 人間が手に入れた殺人戦略
    殺人に対するいくつかの誤解/統計から見た殺人/人が人を殺す理由/プロファイリングの不十分さ/誰もが殺意を抱いている/絞め殺すか、首をはねてやりたい/殺人の予行演習/殺しに至るまで/進化心理学で殺人の謎に迫る/殺人の恩恵/死んだ男はわが子を守りきれない/殺されないために進化した/チンパンジーも殺し合う/狙う者と狙われる者
  • 第3章 三角関係の悲惨な帰結
    憎い恋のライバル/恋人探しの激しい競争/誰でもいいわけではない/男と女の好みの違い/男が伴侶に求めるもののライバルを蹴落としたい女/男を駆り立てる女とは/男の暴力、女の暴力/暴力が女を惹き付ける
  • 第4章 愛と殺意の微妙な関係
    なぜ愛する人を殺してしまうのか/愛が殺意に変わるとき/愛が求められる理由/愛とは強い絆である/進化が用意した冷徹な戦略/生涯の愛を誓ったのに/優秀な遺伝子を得る/失恋の危険/寝取られる代償/寝取られ男の損失/彼女を心から愛している/伴侶を殺す男の条件/プレイメイトの血まみれの死体/彼女を取り戻したい/誰もがやりかねない伴侶殺し/女が感じる身の危険
  • 第5章 夫や彼女を殺す女たち
    女の動機/進化から見た虐待の理由/異常なまでに支配的な夫/自分を守るために刺した/殺さなければ逃げられない/拒絶された男/死に至るストーカー/レイプの深い傷/殺人とレイプの意外な関係/そいつの性器を撃ってやりたい/レイプによって失うもの/殺されたレイプ犯
  • 第6章 略奪愛の代償
    略奪愛 人間から昆虫まで/伴侶の奪い合い/略奪者の多様な戦術/どうして密通したいのか/危険な略奪愛/密通は歓迎されない/寝取られないよう用心しろ/殺人という解決法/男も女も凶暴である/彼は絶対に渡さない/死をもって復讐する/密通と殺される危険
  • 第7章 殺し合う家族
    不可解な子殺し/進化が子殺しをさせて来た/邪魔な子どもを殺す親/どうせ殺してしまうなら/「おまえなんか殺してやる」/子どもを殴り殺す継父/邪悪な継母の物語/継子殺しの心理回路/子どもによる殺人回避手段/虐待する継母/親を殺す子ども/殺すのは息子か娘か/兄弟姉妹が殺し合う/一族の名誉を守るために
  • 第8章 誇り高き殺人者
    高い地位が得をする/出世するための殺人/ライバルや上司の邪魔/侮辱された男/マッチョ/名誉の文化/性的評判に傷がつく/連続殺人犯も同様である/権力者の動機/大量殺人という戦略/殺人はもっとも効果的である
  • 第9章 どこにでもある殺意
    集団殺戮の原動力/殺しを進化させてきた人間/殺人はこれからも有効か/殺人者は待っている
  • 謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 読んでいる最中はもちろん、読み終えてからも、しばらくは胸の高まりが収まらなかった。

 とはいえ、いわゆる「面白い物語」を楽しんでいる時のトキメキとは違う。何か嫌な感じのする高まりだ。恐れか怒りかもしれない。

 そもそも、本書の主張からして、はなはだ物騒で面白くないモノだ。「ヒトには人殺しの本能が備わっている、殺した者がより多くの子孫を残せたからだ」なんて説なのだから。

 実に忌まわしい説だが、これを統計や実際の事件を根拠とした上に、進化上の生存競争を絡めて説得力の高い理屈で裏付けするから困る。この理屈、何が困ると言って。

 実は「ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち」なんて本がある。炎上の被害にあった人を調べた本だ。この本では「人前で恥をかかせるのは死刑より厳しい」みたいな事が書いてある。心に傷を負うのですね。そのため、炎上の被害者は、長く苦しむ羽目になる。ところが、恥があまり痛くない場合もあるのだ。例として、有名人の男が若い女とアレなナニしたのがバレた話が出ている。

 「ルポ」じゃ「性的な規範が変わった」みたいな解釈をしてた。が、この本の理屈の方が納得いく。極論すれば「ソレも男の甲斐性」みたいな理屈だ。現在の文明社会ならともかく、部族社会なら充分に通用する理屈なのだ。

 実のところ、部族社会は決して平和な社会じゃない。「文明と戦争」や「昨日までの社会」にもあるが、戦争も殺人も部族社会の方が遥かに多い。戦争の利得は幾つかあるが、その一つは女だ。

現在ヤノマミ族の女性の17%は、襲撃中に拉致されて妻となった者である。
  ――第9章 どこにでもある殺意

 進化とは、いかに自分の遺伝子を残すかの競争だ。女を奪って自分の子を産ませれば、自分の遺伝子が残る。だから邪魔な男を殺す。そういう理屈だ。

 戦争は他の部族との間の話だが、同じ部族の中でも睨み合いはある。若く健康な女は、将来たくさん子を産むだろう。そこで邪魔なライバルがいいるなら、蹴落としてしまえ。他の男のものになっていても、奪ってしまえばいいい。逆に、モノにした女がいても、他の男は常にスキを窺っている。下手にナメられたら奪われる。だから、常に睨みをきかせておけ。そういう本能を、進化の過程でヒトは育んできた。

…人――男女どちらも――は人前での侮辱を、男性の男らしさ、体力、精力、味方としての値打ち、性的侵害から女性を守る能力への挑戦とみなすものだ。応酬しなかったり、無視してやり過ごそうとしたりすれば、侮辱された男性は面目を失う。
  ――第8章 誇り高き殺人者

 メンツが潰れれば、弱者とみなされ、自分の遺伝子を遺せない。だから、恥で苦しむ。対して、若い女とヤったなんて醜聞は、道徳的には責められても、遺伝子を残すにはむしろ「巧くやった」事になる。そのため、社会的には痛手でも、本能の部分ではむしろ武勇伝になる。あまり痛く感じないのは、そういう事だろう。

 そんなわけで、殺しの本能は誰にでもあるって結論になる。実際、本書が扱う統計や実例の大半は、連続殺人犯ではない。「連続殺人犯は大々的に報道されるが、実際にはアメリカで起こった殺人事件の1~2%を占めるに過ぎない」。では何を扱うかというと、最も多いのが「痴情のもつれ」なのですね。次に家族間の殺人。これに「いかに自分の遺伝子を残すか」で説明をつけていくのが、本書。

 と書くと、本能を称えているかのようだが、もちろん違う。例えば、人種差別感情について、「第9章 どこにでもある殺意」で、こう理屈をつけている。

昔の人々は現代のような移動手段を持たなかったので、多かれ少なかれ自分に似た者にしか出会わなかった。(略)見た目が似ていないと、敵対的な意図を持つ可能性は偶然よりも高かった。(略)先祖の時代には、外国人嫌いは適応上筋が通っていたのだ。

 私たちのご先祖にとって、ヨソ者は物騒だった。だから、見慣れぬ者を警戒する本能が身についた。だが、現在は航空機や自動車がヒトの移動距離を伸ばしたし、多くの人が集まって住む都市も発達した。法や警察などの社会制度も整ってきた。お陰で、ヨソ者の危険は消えた。どころか…

実際の殺人の圧倒的多数は、同じ人種や民族間で起こっている。アメリカでは白人被害者の88%は白人に殺され、アフリカ系の被害者の94%はアフリカ系に殺される。

 なんてのが現状だ。まあ、社会的な分断があって、接触の機会が少ないってのもあるんだろうけど。

 などと、ここでは男による殺しを中心に紹介したけど、もちろん女による殺しの話も出てくる。また、お堅い話ばかりではなく、野次馬根性で面白い部分もたくさんある。というのも、「殺したい」と思った事はあるか?なんてアンケートを取っており、これの回答が豊富に載っていて、なかなか身につまされるのですね。

 そんなワケで、真面目に読んでも、野次馬根性で読んでも、実に刺激的な本だった。

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2019年4月22日 (月)

デヴィッド・ハジュー「有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代『悪書』狩り」岩波書店 小野耕世・中山ゆかり訳

ジャニス・ヴァロー・ウィンクルマン(ジャニス・ヴァロー)「私はそこには戻れなかったのです――死ぬほど怖かったんですよ。あの人たちが私になにをしたか、あなたは知らないんですか?」
  ――プロローグ

…スーパーマンは大恐慌を生きのびた者たちに直接話しかける。彼自身も他の星からの移民なのだ。
  ――第1章 社会なんかくそくらえ アメリカン・コミックス誕生

ジュールズ・ファイファー「その当時、俺たちのものだとほんとうに思えるものは、ほかになかった」
  ――第2章 金かせぎだったのさ コミックスのゴールド・ラッシュ時代

「見たかね? 絵によって何が可能かわかったかね?」
  ――第4章 若者が危ない カトリック教会の禁書リスト

「彼らがぼくらを利用しようとしているのだと思ったし、それが正しいことだとは思えなかった。そのことが、ぼくを相当に怒らせた。そしてそれ以後は、先生たちのことを以前とは同じように考えることは二度となくなってしまった」
  ――第7章 ウーファーとツイーター 大騒ぎは続く

「…子どもたちは、われわれがしようとしていたことをほんとうに気に入ってくれていた。それはこちらが彼らを子ども扱いしなかったからだと思う。というか、われわれ自身が実際には子どもだったんだな。まあ、だからこそわれわれは、子どもたちを見下したりしなかったわけだけど」
  ――第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!! 花咲くロマンス・コミックス

「なぜなら、これは親たちの問題であって、子どもたちの問題ではないと思っていたからだ」
  ――第10章 頸静脈のなかのユーモア ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊

ビル・ゲインズ「彼らは自分たち向けのコミックスが嫌いなのではない!」「君たち向けのコミックスが嫌いなのだ!」
  ――第13章 われわれは何を恐れているのか? 公聴会が開かれる

ビル・ゲインズ「私は今、そのホラーと犯罪もののコミックスのすべてを廃刊にする決心をしました。この決断は即時に実行されます」
  ――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが……

…親たち(略)は、そのための解決策を必死に求め、そしてコミックブックがそのお格好のターゲットとなった。……なぜならコミックブックには、信頼に足る擁護者がいなかったからだ。
  ――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが……

コミックスの題名に使われる言葉に関するフィッツパトリック法の規制が、もし他の書籍にも適用されることがあれば、ドフトエフスキーの『罪と罰』やソモーヌ・ド・ボーヴォワールの「第二の性』も禁止されたことだろう。
  ――第15章 マーフィーの法則 コミックス・コードという自主検閲

チャールズ・F・マーフィー「だめだ。黒人を描くことはできない」
  ――第16章 受難は続く ゲインズが選んだ道

【どんな本?】

 スーパーマン,バットマン、キャプテン・アメリカ、スパイダーマン…。アメリカン・コミックスと聞けば、多くの人がヒーロー物を思い浮かべるだろう。そのアメリカン・コミックスは、19世紀末に新聞の日曜版のコミックに始まり、1950年代前半までは隆盛を誇る。だがコミックスの流行と共に反発も強まり、1954年の「コミックス・コード」制定に伴ない市場は崩壊、長い雌伏を強いられる。

 アメリカのコミックスはいかに始まったのか。それはどんな者たちがどのように作り、どんなところで売られ、誰が買って読んだのか。コミックスが描いたのはどんな内容で、何を売り物にし、売れ筋はどう移り変わったのか。そして「コミックス・コード」はどんな経緯で制定され、どんな規制がどんな形で行われたのか。

 コミック・コード制定と共に派手に飛び散ったEC社(→Wikipedia)を中心に、アメリカン・コミックの勃興と繁栄そして突然の没落を描く、20世紀のコミック黙示録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE TEN-CENT PLAGUE : The Great Comic-Book Scare and How It Changed America, by David Hajdu, 2008。日本語版は2012年5月24日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約409頁に加え、小野耕世の訳者あとがき「アメリカのコミックブックとともに育って」12頁。9ポイント24字×21行×2段×409頁=約412,272字、400字詰め原稿用紙で約1,031枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、登場人物がやたらと多いので、できれば人名索引が欲しかった。当然ながら、アメリカン・コミックスに詳しい人ほど楽しめる。SF者の私はハリイ・ハリスンが顔を出したのが嬉しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列に話が進むので、できれば素直に頭から読んだ方がいい。

  • プロローグ
  • 第1章 社会なんかくそくらえ
    アメリカン・コミックス誕生
  • 第2章 金かせぎだったのさ
    コミックスのゴールド・ラッシュ時代
  • 第3章 犯罪はひきあう
    犯罪コミックス大躍進
  • 第4章 若者が危ない
    カトリック教会の禁書リスト
  • 第5章 血だまり
    コミックス弾劾の声
  • 第6章 では、ぼくらがなすべきことをしよう
    有害コミックスを燃やせ!

 

  • 第7章 ウーファーとツイーター
    大騒ぎは続く
  • 第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!!
    花咲くロマンス・コミックス
  • 第9章 ニュートレンド
    ホラー・コミックスの大ブーム
  • 第10章 頸静脈のなかのユーモア
    ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊
  • 第11章 パニック
    「マッド」の姉妹誌「パニック」
  • 第12章 ペイン博士の勝利
    ワーサムの新著「無垢なる者たちへの誘惑」

 

  • 第13章 われわれは何を恐れているのか?
    公聴会が開かれる
  • 第14章 もう、うんざりなんだ!
    ゲインズは反撃したが……
  • 第15章 マーフィーの法則
    コミックス・コードという自主検閲
  • 第16章 受難は続く
    ゲインズが選んだ道
  • エピローグ
  • 訳者あとがき アメリカのコミックブックとともに育って 小野耕世
  • 付録/原書註

【感想は?】

いかにも悪書狩りに焦点を当てたような書名だが、通して読むとだいぶ印象は違う。

 先に書いたように、アメリカン・コミックスの誕生から勃興と隆盛、そして1954年の崩壊に至るまでの歴史とする方が相応しいだろう。もちろん、崩壊の原因は悪書狩りだ。だから、コミックスを敵視する運動についても、その始まりから1954年の勝利まで、詳しく書いてある。

 そういう点では、コミックス平家物語といった趣もあったり。

 表紙でもだいたい想像がつくんだが、当時のアメリカン・コミックスは、私たちに馴染みのある日本の漫画とは、大きく違う。全頁がカラーで、頁数は16頁~32頁。一つのストーリーは8頁ぐらい。だから、2~4個ぐらいの別々のお話が入ってる。売り場も書店じゃない。ニューススタンドやドラッグストアだ。それが「1952年には、アメリカ合衆国では約五百タイトル」もあった。

 日本の漫画雑誌は、一つの雑誌に様々な傾向の作品が載っている。スポーツ物、ラブコメ、群像劇、冒険ファンタジイ、ギャグ、ホラー、ミステリ。でも、当時のアメリカン・コミックスは、傾向ごとに分かれていた。犯罪物、恋愛物、ホラー、ヒーロー物、戦争物など。「ONE PIECE」と「ぼくたちは勉強ができない」は、別のタイトルとして出るのだ。

 出版体制も全く違う。週刊少年ジャンプは「小説すばる」と同じ集英社が出している。が、当時のEC社はコミックス専門だ。日本じゃ漫画家は出版社と独立している。だがEC社は、社内に制作チームを抱えている。そうそう、日本の漫画家は一人で書く人もいるけど、アメリカン・コミックスは早いうちからスタジオ形式でチーム制作だ。それも、かなり細かく工程が分かれている。

 キャラクター・デザイン、ストーリー展開、レイアウト&下書き、主人公を描く人、脇役を描く人、背景を描く人、色を塗る人、文字を描く人。それぞれ別々の人が担当する。日本でも売れっ子の漫画家はキッチリと会社形式にしてるだろうけど、アメリカはかなり初期から分業体制だった。たぶん、これは、手のかかるカラーばっかりってのも原因なんだろう。

 しかも、EC社だと、社内で制作スタジオを持ってたりする。そのためか、ボスのビル・ゲインズの影響力がやたら強い。また、地理的にも、大半のコミックスの制作陣はニューヨークに集中してるのも特徴だろう。これが検閲に対する大きな弱点になる。というのも、ニューヨークで規制が強まれば、アメリカのコミックスが全滅してしまうからだ。

 1930年代から興隆に向かうコミックスだが、ハッキリ言って業界はどうにも節操がない。スーパーマンは流行れば続々と他のスーパーヒーロー物が後を追い、犯罪物が売れれば柳の下のドジョウが百近くも現れ、それが世間の顰蹙を買えば恋愛物に乗り換え、次にはドオギツさが売り物のホラーへと誰もがなびく。

 中でも酷いのが、「ザ・スピリット」。これががヒットすると、同じ制作陣にまるきしパクリの「ミッドナイト」を作らせるのだ。「ザ・スピリット」の作者ウィル・アイズナーに何かあった時の保険って理由だが、著作権にうるさい現在のアメリカからは考えられない話だ。

 新しいモノが流行れば、それに反発する者たちもいる。コミックスも例外じゃない。まして犯罪だのドギツいホラーだのを、派手なカラーで描けば、反射的におぞましく感じる人も出てくる。1940年に児童文学者ノスターリング・ノースが始めたコミックス批判は、第二次世界大戦後にカトリック教会が受け継ぎ、精神科医のフレデリック・ワーサムの著書「無垢なる者たちへの誘惑」として結実する。

 この動きに対しては、根拠の薄さや論理の破綻を本書内でもさんざんに指摘しているが、同時に冷静に話し合える雰囲気じゃなかったのも伝わってくる。まあ、現代日本でコミック規制を叫ぶ人たちも、話が通じないって点じゃ同じだけど。

 中でも泣いていいのか笑うべきなのかわかんないのが、12歳で首を吊って自殺したウィリアム・ベッカーの母親。息子は絶えずコミックブックを読んでいた、「私はコミックブックを見つけ次第、一冊残らず埋めていました」。いや子供だって自分の好きな物を否応なしに奪われたら絶望するだろ、と思うんだが、母親はそうは考えない。

 息子はコミックブックの真似をしたんだ、と言い張るし、陪審も「事故死と認定したが、コミックブックに責任があると認めた」。いったん悪役を割り振られたら、そのレッテルをはがすのは難しい。

 こういう人たちの考え方を最もよく表していると私が思うのは、コミックス・コードの一般規定パートAの第五条だ。

警察官、裁判官、政府官僚や尊敬されるべき機関が、これら既存の権威者たちに対する軽蔑を生み出すような手法で表されてはならない。

 権威には逆らうな、というわけだ。これを他ならぬアメリカ人が望むってのが腹立たしい。

 OK、じゃアメリカもイギリス国王ジョージ3世に逆らうべきじゃなかったよな。ルターは教会に歯向かうべきじゃなかったし、ジーザスはローマに頭を下げるべきだった。フランスはマキなんか組織してナチスと戦っちゃいけなかったし、1944年のワルシャワ蜂起もけしからんってわけだ。違うか? こういうのを望む人ってのは、ジョナサン・ハイトが言う「権威/転覆」に敏感な人たちなんだろう。

 すまん、興奮して本書の内容から外れてしまった。

 終盤ではコミック・コードが敷かれた後の悲惨な状況を描いてゆく。これはまさしく理不尽な検閲で、「審判の日」(→Wikipedia)をめぐるやり取りは狂気すら感じてしまう。

 アメリカン・コミックスの黎明期から勃興、そして規制による壊滅まで、膨大な資料と取材によって裏を取り、誠実に描いた歴史書と言っていい。単に世間の流れを追うだけでなく、コミック業界の内側にまで入り込み、その営業形態や制作体制に至るまで細かく書いているのも嬉しい。表現規制に興味があるなら、一度は読んでおこう。

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2019年4月11日 (木)

ジョーン・C・ウィリアムズ「アメリカを動かす『ホワイト・ワーキング・クラス』という人々」集英社 山田美明・井上大剛訳

本書では、アメリカ(およびヨーロッパ)が独断的なナショナリズムに向かう原因となっている階級間の認識の差を取り扱う。
  ――第1章 なぜ、階級の話をするのか?

『政府の施しなんていらない、自分でなんとかする』
  ――第3章 なぜ、ワーキング・クラスは貧困層に反感を抱くのか?

なぜエリートは目新しいものを求め、ワーキング・クラスは安定を求めるのか?
  ――第4章 なぜ、ワーキングクラスは専門職には反感を抱き、富裕層を高く評価するのか?

優秀さを重視する専門職エリートは、有色人種は優秀さに欠けると見なしている。一方、道徳性を重視するホワイト・ワーキング・クラスは、有色人種は道徳性に欠けると見なしている。
  ――第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?

一つクイズを出そう。「高度な科学知識と重い物を持ち上げる力、その両方を必要とする仕事とはいったい何でしょうか?」
答えは「看護」だ。
  ――第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

なぜ、2012年のロムニーのときよりも多い、全体の1/3ものヒスパニックがトランプに投票したのだろうか?
  ――第13章 リベラル派はこれまでの重要な価値観や支持者を捨てることなく、ワーキング・クラスを受け入れることができるのか?

ホワイト・ワーキング・クラスは政府が貧困層を補助することに怒っている。そのため、貧困層への補助が減りさえすれば、たとえ自分たちが不利益を被ろうともその政策は魅力的なのだ。
  ――第14章 なぜ、民主党は共和党に比べて、ワーキング・クラスの扱いが下手なのか?

【どんな本?】

 2016年のアメリカ合衆国大統領選は、世界中の注目を集め、激戦の末に共和党のドナルド・トランプが勝った。過激な言動で最初は共和党内でもイロモノ候補と思われたトランプが勝ち残ったのだ。

 なぜヒラリー・クリントンは勝てなかったのだろう? 民主党の政策は貧しい者に手厚いのに、なぜ多くの市民はソッポを向いたのだろう? 著者はその原因を、民主党の勘ちがいにある、としている。アメリカ人の多くは、白人の賃金労働者だ。民主党は彼らの支持を失い、トランプは彼らの心を掴んだ、と。

 では、アメリカの主流である白人の賃金労働者は、どんな状況にいるのか。彼らはどんな風に暮らしているのか。彼らは何を求めているのか。彼らは何を守ろうとしているのか。なぜ彼らはトランプを称え、クリントンを嫌うのか。

 ハーバード・ビジネス・レビュー誌の記事「アメリカのワーキング・クラスについて多くの人が知らないこと」を元に、民主党を再生させる方針を提案する、一般向けの解説書。

 なお、「世界に吹き荒れるポピュリズムを支える“真・中間層”の実態」との副題がついている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は White Working Class : Overcoming Class Cluelessness in America, by Joan C. Williams, 2017。日本語版は2017年8月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約213頁に加え、渡辺靖の解説8頁。9.5ポイント40字×16行×213頁=約136,320字、400字詰め原稿用紙で約341枚。文庫本なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。アメリカでは共和党がやや保守的、民主党がややリベラル、ぐらいを知っていれば充分。

【構成は?】

 第1章と第2章は、テーマである「ホワイト・ワーキング・クラス」を定義する部分なので、最初に読んだ方がいい。それ以外の各章はほぼ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 第1章 なぜ、階級の話をするのか?
  • 第2章 ワーキング・クラスとは、どんな人々なのか?
  • 第3章 なぜ、ワーキング・クラスは貧困層に反感を抱くのか?
  • 第4章 なぜ、ワーキングクラスは専門職には反感を抱き、富裕層を高く評価するのか?
  • 第5章 なぜ、ワーキング・クラスは仕事がある場所に引っ越さないのか?
  • 第6章 なぜ、ワーキング・クラスは大学に行こうとしないのか?

 

  • 第7章 なぜ、ワーキング・クラスは子供の教育に熱心に取り組まないのか?
  • 第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?
  • 第9章 ワーキング・クラスは性差別者なのか?
  • 第10章 ワーキング・クラスは、製造業の仕事が戻ってこないことを理解していないのか?
  • 第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

 

  • 第12章 なぜ、国からもっとも恩恵をうけているはずの人たちが、感謝しないのか?
  • 第13章 リベラル派はこれまでの重要な価値観や支持者を捨てることなく、ワーキング・クラスを受け入れることができるのか?
  • 第14章 なぜ、民主党は共和党に比べて、ワーキング・クラスの扱いが下手なのか?
  • 最後に
  • 解説 渡辺靖

【感想は?】

 「ヒルビリー・エレジー」や「社会はなぜ左と右にわかれるのか」と同じく、リベラルの立場から右派を理解しようとする本だ。いや、エリートの立場から、白人の賃金労働者をわかろうとする、と言った方が妥当かもしれない。これを「上から目線で見やがって」と感じ、鼻持ちならないと思う人もいるだろう。

 キッカケは2016年のアメリカ合衆国大統領選だ。共和党のドナルド・トランプが勝ち、民主党のヒラリー・クリントンが負けた。これが出発点だ。潔く、本書はこう語る。

私たちは負けたのです。
  ――第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?

 「私たち」とは、民主党であり、その支持者であるリベラルでもある。なぜ負けたか。アメリカの所得中間層から嫌われたからだ。ちなみに中間層とは、家計所得分布の下位3割より上で上位2割より下を示す。100世帯を所得順に並べたら、21位~70位までの50世帯にあたる。要は「普通の人たち」ですね。

 そういう普通の人たちは、ヒラリー・クリントンを嫌い、ドナルド・トランプに熱狂した。似たような事は日本でも起きている。貧しい者に優しい共産党は嫌われ、金持ちを優遇する自民党は強い。それはエリートを中心としたリベラルが、賃金労働者である普通の人々をわかっていないから、そう主張する本だ。

 例えば、引っ越しを例にとる。優れた専門技能を持つ人は、気軽に引っ越しできる。どこであろうと仕事は見つかるし、大学時代の友人も全国にいる。一流大学は、世界中から人材が集まっている。だから、世界中にコネがある。

 対して、高卒の労働者はそうはいかない。地元には昔から親しく付き合った人がたくさんいて、困った時はお互いに助け合えるが、他の土地に行ったらよそ者になる。引っ越しで背負うリスクが違うのだ。こういう近所付き合いを、「ロケットボーイズ」は巧みに描いていた。となれば、教育方針も違ってくる。

「エリートの子供たちは、いずれ巣立っていくものとして育てられ、実際に巣立ってゆく。ワーキング・クラスは子供を地元に引き留めておきたがる」
  ――第5章 なぜ、ワーキング・クラスは仕事がある場所に引っ越さないのか?

 だが、「ロケットボーイズ」の舞台となったコールウッドは、次第に寂れてしまう。コールウッドだけじゃない。デトロイトに象徴されるように、仕事は減って賃金労働者は誇りを持てなくなっている。幸い「ロケットボーイズ」の著者の親はそれを見越し、地元を離れるよう驚異良くしたが、誰もが先を見通せるわけじゃない。

1970年以降、専門職エリートの給料が劇的に上昇し続けたのに対し、高卒男性の賃金は47%も減少した。
  ――第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

 日本でもバブル崩壊後、景気は良くて停滞、実質的には悪くなる一方な気配だ。企業は即戦力を求めるが、働く側からすれば経験を積もうにも仕事がない。どないせえちゅうねん。うがあ。

 なら賃金を上げようとするリベラルが人気を集めそうなもんだが、現実は逆だ。これには労働組合への失望がある。アメリカでも労働組合の加入率は減り、力を失ってしまった。こうなると、鶏が先か卵が先か、わかんないなあ。

 それより不可解なのは、貧しい者に対する救済策を、彼らが嫌うことだ。「それって妬みじゃねえの?」と私は思っていた。でも、現実はそれほど単純じゃない、と本書は教えてくれた。つまり、制度的な欠陥もあるのだ。普通の人から見ると、貧困層の救済策は、全く恩恵がないように見えるのだ。にも関わらず税金はふんだくられる。となれば、怒りたくもなる。

 ちなみに生活保護制度の欠陥は日本も似ているから、同じような現象が起きるのも仕方がない。

 などの問題を明らかにするだけでなく、本書はちゃんと解決策も出している。党の方針を決める者に届くかどうかはともかく、私たちが声を上げる価値はあると思う。

 などとは別に、ハッキリと「私たちは負けたのです」と認め、それは己の無知が原因だと考え、ソッポを向いた人々から学び、自らを変えようとする姿勢は、さすがエリートだと思う。こうやって常に学ぼうとする態度が、エリートを支えてるんだろうなあ。

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