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2021年1月 3日 (日)

ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポター「反逆の神話 カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか」NTT出版 栗原百代訳

本書では、カウンターカルチャーの反逆の数十年は何も変革しえなかったと主張する。(略)
妨害すべき「単一文化」や「単一システム」なんてものは存在しない。
  ――序章

カウンターカルチャーの思想は多くの点でフロイトの心理学理論から直接導かれている。
  ――第2章 フロイト、カリフォルニアへ行く

最も信頼のおける研究は、売上げは広告についていかない、むしろ逆に広告が売上げについていくことを示している。
  ――第7章 地位の追求からクールの探求へ

貧困と画一化のどちらかを減らすことを選ぶかといわれたら、たいていの人は貧困を減らすほうを選ぶ
  ――第8章 コカ・コーラ化

二つのシンプルな質問がある。
その一、「自分の個性はほかの人たちの仕事をふやしているか?」
その二、「全員がそんなふうに振る舞ったらどうなるか?」
  ――第8章 コカ・コーラ化

過去20年間に増大した外国貿易のほぼすべては、貿易の激化より多様化に伴うものだった。
  ――第8章 コカ・コーラ化

外国を旅する人たちの主な動機は、表のシミュラークルから裏の現実に侵入することだ。
  ――第9章 ありがとう、インド

【どんな本?】

 1960年代、ヒッピーたちは体制への反逆を訴えて暴れまわった。彼らのコミューンは大半が潰れたが、反逆の思想は21世紀の現代にも生き残り、スローフードやヒップホップとして受け継がれている。

 そしてナイキやSUV,Apple の Macintosh は…って、アレ? 彼らは大量消費社会に反発していたのではないのか? でも、どう考えたってナイキ消費社会そのものじゃないか。なんでナイキなんだ。コンバースにしろよ。

 なぜカウンターカルチャーは世界を変えられなかったのか。何を間違っていたのか。そもそもカウンターカルチャーの源流は何か。そして、これからどうすべきなのか。

 カナダの哲学者二人が、アメリカのカウンターカルチャーの失敗を指摘し、より適切な方向性を指し示す、左派向けの思想書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE REBEL SELL : Why The Culture Can't Be Jammed, by Joseph Heath & Andrew Potter, 2006。日本語版は2014年9月26日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約395頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×395頁=約345,230字、400字詰め原稿用紙で約864枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの文字数。

 文章は比較的にこなれているし、内容も特に難しくない。途中でルソーやホップスなど哲学者の名が出てくるが、同時にその思想や主張のあらましを短くまとめているので、知らない人でも大丈夫。それより『アドバスターズ』やはアラニス・モリセットなど、アメリカのポップ・カルチャーの固有名詞が辛かった。さすがにカート・コバーンは知ってたけど。

【構成は?】

 単なる野次馬根性で読むのか、真面目な思想書として読むのかで、相応しい読み方は違う。各章は比較的に独立している。と同時に、全般的に前の章を受けて後の章が展開する形にもなっている。野次馬根性で読むなら、美味しそうな所を拾い読みすればいい。だが真面目に思想書として読むなら、素直に頭から読もう。でないと、特に批判する際に、的外れな批判をする羽目になる。

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  • 謝辞
  • 序章 
    反逆者が履くナイキ/「マトリックス」を読み解く/カウンターカルチャーの快楽主義
  • 第1部
  • 第1章 カウンターカルチャーの誕生
    誰がカート・コバーンを殺したのか/反逆思想の系譜/カール・マルクスの診断/ファシズムと大衆社会/ミルグラムの「アイヒマン実験」/「システムからの開放」という目的/「体制」はなぜ崩壊しないのか
  • 第2章 フロイト、カリフォルニアへ行く
    フロイトの登場/イド・自我・超自我/心の「圧力鍋」モデル/現代社会は「抑圧」する/マナーの起源/アメリカはファシズム社会か/「アメリカン・ビューティー」と「カラー・オブ・ハート」/ドラッグによる革命/パーティーのために闘え
  • 第3章 ノーマルであること
    フェミニズムがもたらしたもの/アナーキズムの罠/集団行為問題の解決法/異議申し立てと逸脱の区別/フロイトvsホッブズ/フロイトvsホッブズ(その2)/日常の中の「ルール」/わがパンク体験
  • 第4章 自分が嫌いだ、だから買いたい
    反消費主義=大衆社会批判?/降伏のパラ度ドックス/消費主義の本質/ボードリヤール「消費社会と神話の構造」/マルクスの恐慌論/ヴェブレンの洞察/消費主義の勝利は消費者のせい/都会の家はなぜ高い/「差異」としての消費/バーバリーがダサくなった理由/ナオミ・クラインのロフト
  • 第5章 極端な反逆
    ユナボマーのメッセージ/反体制暴動は正当化されるか/マイケル・ムーア『ボウリング・フォー・コロンバイン』/精神病と社会/「破壊」のブランド化/オルタナティブはつらいよ/消費社会を活性化するダウンシフト/お金のかかる「シンプルな生活」
  • 第2部
  • 第6章 制服と画一性
    ブランドなしの「スタトレ」/制服は個性の放棄か/制服の機能/「全体的制服」をドレスダウン/軍隊の伊達男/反逆のファッション/イリイチ『脱学校の社会』/学校制服の復活/女子高で現地調査/なぜ消費社会が勝利したか
  • 第7章 地位の追求からクールの探求へ
    「クール」体験/クールとは何か/『ヒップとスクエア』/アメリカの階級制/ブルジョワでボヘミアン/クリエイティブ・クラスの台頭/クールこそ資本主義の活力源/侯国は意外に効果なし?/どうすれば効くのか/ブランドの役割/選好とアイデンティティ/流行の構造/広告競争のなくし方
  • 第8章 コカ・コーラ化
    レヴィトタウン/現代の建売住宅事情/画一化の良し悪し/みんなが好きな物はあまり変わらない/少数者の好みが高くつく理由/「マクドナルド化」批判の落とし穴/グローバル化と多様性/反グローバル化運動の誤謬
  • 第9章 ありがとう、インド
    自己発見としてのエキゾチシズム//エキゾチシズムの系譜/ボランタリー・シンプリシティ/東洋と西洋/香港体験記/カウンターカルチャーは「禅」がお好き/先住民は「自然」か?/「本物らしさ」の追求/胡同を歩く/旅行者の自己満足/ツーリズムと出張/代替医療の歴史/代替医療はなぜ効かない
  • 第10章 宇宙船地球号
    サイクリストの反乱/テクノロジー批判/「スモール・イズ・ビューティフル」/適正技術とは何か/サイバースペースの自由/スローフード運動/ディープエコロジー/環境問題の正しい解決法
  • 結論
    ファシズムのトラウマ/反逆商売/多元的な価値の問題/市場による解決と問題点/反グローバル運動の陥没 ナオミ・クラインを批判する/そして何が必要なのか
  • 後記
    倫理的消費について/簡単な「解決策」などない/左派は文化的政治をやめよ/カウンターカルチャーの重罪/資本主義の評価/僕らはマイクロソフトの回し者?
  • 原注/訳者あとがき/読者のための読書案内/索引

【感想は?】

 団塊ジュニア世代の左派による、団塊世代左派の批判。

 団塊世代の左派と一言で言っても、中はいろいろだ。例えば60年代の人権運動だと、穏健派のキング牧師 vs 過激派のマルコムXがわかりやすい。本書はキング牧師の肩を持ち、マルコムXを批判している。

 もちろん、団塊世代の左派は今だって生き延びているし、世代を超えて受け継がれている思想もある。その一つが、ルソー的な「高貴な野蛮人」(→Wikipedia)の幻想だ。彼らは大量生産による消費社会を嫌い、有機農法やスローフードを持ち上げる。だが、それがもたらすものは…

カウンターカルチャーの反逆は、(略)進歩的な政治や経済への影響などいっさいもたらさず、もっと公正な社会を建設するという喫緊の課題を損なう、芝居がかった意思表示に過ぎない。
  ――第3章 ノーマルであること

 うーん。これを書いてて気が付いたんだが、マルコムXと有機農法はだいぶ違うような気がする。が、著者のなかでは同じくくりになっている。共通するのは、ソレが「クール」な点だ。ある種の人にとって、そういうのがカッコいいのだ。

 なぜカッコいいのか。それは、他の人より一歩先んじているからだ。これには困った点がある。みんなが同じことをやったら、ソレはダサくなってしまう。人込みで同じ柄のシャツを着た人とすれ違うと、なんか気まずいよね。そんなワケで、クールへの道は険しく果てしない。常に人の一歩先を行かなきゃいけないんだから。

たいていの人間は周囲になじむためのものより大勢のなかで目立つためのものに大金を費やす。
  ――第4章 自分が嫌いだ、だから買いたい

 シャツぐらいならともかく、自動車や家にまで、この行動原理はまかり通っている。これに対し、著者はやたら手厳しい。

クールがカウンターカルチャーの中核をなす地位精度を築き上げていることは、社会全体に高校生のロジックがまかり通っていることの表れにほかならない。
  ――第7章 地位の追求からクールの探求へ

 最近の日本語には「高校生のロジック」よりもっと便利な言葉がある。厨二病だ。ああ、胸が痛い。こんな風に、みもふたもない実情バラシが本書のアチコチにある。例えば男の服装については…

50年代の男性の服装は味気なく、画一的だった。しかし主な理由は、男性が多くの服を持たなかったことだ。
  ――第6章 制服と画一性

 なぜアンダーシャツが必要なのか。シャツを直接着たら、シャツが汗で汚れてしまう。アンダーシャツに汗を吸わせれば、シャツが汚れないから、洗濯しないで済む。昔の映画で男優が着替えないのは、そういう事だ。「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘップバーンは次々と華やかな衣装を披露するが、ジョージ・ペパードが着たきりで押し通す。それは当時の風俗を反映し…ってのは無理があるなw だって、あの映画の主題はオードリーを魅力的に見せることだし。

 そして何より、カウンターカルチャーの困った点は、体制の破壊を目論むことだ。彼らは「体制」や「ルール」を敵視し、慈愛や思いやりによるやすらかな社会を求める。が、そんなのは夢だ。往々にしてルールは、それに従う者すべてに利益をもたらす。

これら(行列に割り込まないなど)のルールで大切なポイントは、ルールが設ける制約から誰もが利益を得ているということだ。
  ――第3章 ノーマルであること

 行列の割り込みぐらいで済めばいいが、無政府状態はもっと怖い。あなた、ソマリア南部やシリア北部に行きたいですか? とはいえ、内戦前のシリアも理想郷じゃなかった。北朝鮮も秩序だっちゃいるが、住みやすくはないだろう。問題はルールや体制がある事じゃない。それが適切じゃないことだ。

左派批評家が資本主義の重大な欠陥としていることのほとんどは、実際には市場の失敗の問題であって、市場がしかるべく機能していた場合の結果ではない。
  ――結論

 そんなワケで、闇雲に反逆するんじゃなく、今のルールの欠陥をキッチリ調べ、真面目に政治運動をして、法や制度を変えるよう議会に促そうよ、と著者は主張する。

個人のライフスタイルの選択は大切だ。だが誰が国を支配するのかというような伝統的な政治問題のほうが、もっとずっと大切なのだ。
  ――後記

 言いたいことはわかるし、正論でもあると思う。何より、アチコチに胸をえぐられるような指摘があって、これが実に効いている。

 とまれ、難しいかな、とも思う。だって政治や経済に口出ししようとしたら、真面目にオベンキョしなきゃいけない。それよか有機農法の野菜を買う方が楽だし。確かに思考停止だけど、「何かをしている」って満足感は得られる。イチイチ調べるのって、面倒くさいよね。

 著者が指摘するカウンターカルチャーの問題点は、カウンターカルチャーが人々の道徳性に頼っている点だ。みんなが譲り合い分け合えば、パラダイスになる。そんな発想で、制度を変えるのではなく、人々の考え方を変えようとした。これ、今思えば、一種の宗教だよなあ。

 そういう点では、著者も同じ過ちを犯している。つまり、カウンターカルチャーがラブ&ピースに頼ったように、著者も人々の勉強熱心に頼っている。「左派は有機野菜を買ってお手軽に満足するんじゃなく、真面目に政治や制度や経済を学べ」と言ってるんだから。そういうのは賢い人に任せて、後をついていく方が楽なんだよね。でもって、自分で考え出すと、人それぞれで解が違っちゃうんで、一つの政治運動としてはまとまりにくい。

 とかの文句はあるにせよ、エスニック趣味批判など私自身の好みにケチつけられてムカついたんだろ、と言われたら、確かにそれもある。他にも、フロイトの思想的な影響や、広告と売り上げの関係など、興味深い指摘も多い。広告に税金をかけろとか、面白い提言もしている。きっとマスコミがこぞって反対するだろうけど。迷惑メールをなくす方法は…これもキチンと考えると、プロバイダのビジネスモデルを理解する必要があるんで、やっぱりおベンキョしなきゃいけないんだよなあ。

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2020年12月 9日 (水)

ダニエル・C・デネット「心の進化を解明する バクテリアからバッハへ」青土社 木島泰三訳

本書の内容は、私たちの心がいかに存在するに至ったか、私たちの脳がその驚異のわざを生み出すのはいかにしてか、それにとりわけ、心と脳について、暗に潜む哲学的罠の数々に引っかからずに考えるにはどうすべきか、といった問題に関する、今のところ最善の科学的説明の素描であり、またその根幹となるものである
  ――はじめに

私たちの中には「正当化しやすい決断を好むが、必ずしも優れた決断を好むわけではない」ような才能が根を下ろしているのである。
  ――第10章 ミームの目からの視点

…発見は勝ち誇って説明するが、コストの大きな誤りや見当ちがいの探索は見過ごしてしまうものなのだ。
  ――第13章 文化進化の進化

【どんな本?】

 ヒトには心がある。その心は、どのように生まれたのか。心を持つには、どんな条件が必要だったのか。なぜヒト以外の種は心を得なかったのか。精巧な巣をつくるシロアリは、どうヒトと違うのか。そして、現在、凄まじい勢いで発達しつつあるAIは、心を持ちうるのだろうか。

 ダーウィン的な進化論および人間機械論の立場に立ち、神秘的な魂などの仮定を用いずに、ヒトが心を獲得した過程を明らかにし、またAIと共生する将来を想い描く、一般向けの哲学書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は From Bacteria to Bach and Back : The Evolution of Minds, by Daniel C. Dennett, 2017。日本語版は2018年7月18日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約600頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント47字×19行×600頁=約535,800字、400字詰め原稿用紙で約1,340枚。文庫なら上下巻~上中下巻ぐらいの大容量。

 文章はやや硬い。何せ青土社の本だし、読む人は覚悟してるだろうなあ。でも、もう少し親しみやすさにも配慮してほしい。「ないわけじゃない」等の二重否定を減らすとか、長い文は幾つかに分けるとか。

 内容は、やはり面倒くさい理屈が多い。言ってる中身そのものが難しいのもある。それに加え、著者の癖が少なくとも二つある。一つはクドいこと、もう一つは例えとしてコンピュータをやたら引き合いに出すこと。詳しくは後で述べる。

【構成は?】

 原則として前の章を踏まえて次の章が展開するので、素直に頭から読もう。ただ、後で述べる理由で、11章は飛ばしてもいい。また、気が短い人は、「第15章 ポスト知的デザインの時代」の「旅を終え、帰還へ」だけ読もう。たったの6頁で済みます。

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  • はじめに
  • 第1部 私たちの世界をさかさまにする
  • 第1章 序論
    • ジャングルへようこそ
    • この旅の鳥観図
    • デカルトの傷
    • デカルトの重力
  • 第2章 バクテリアとバッハの前に
    • なぜバッハか?
    • 前生物的世界の探求とチェスの類似点
  • 第3章 理由の起源
    • 目的論は死んだのか、復活したのか?
    • 「なぜ」の様々な意味
    • 「なぜ?」の進化 「いかに生じるか?」から「何のために?」へ
    • 前進し数を増やせ
  • 第4章 二つの奇妙な推理の逆転
    • ダーウィンとチューリングはいかに呪縛を解いたか
    • 存在論と外見的イメージ
    • エレベーターを自動化する
    • オークリッジとGOFAIの知的デザイナーたち
  • 第5章 理解の進化
    • アフォーダンスに向けてデザインされたものとしての動物
    • 志向システムとしての高等動物 理解力の創発
    • 理解力は斬新的に発展する
  • 第2部 進化から知的デザインへ
  • 第6章 情報とは何か?
    • 情報時代へようこそ
    • 私たちは意味論的情報をどのように特徴づけられるだろうか?
    • 企業秘密、特許、著作権、そしてバードのビバップへの影響
  • 第7章 ダーウィン空間 幕間として
    • 進化について考える新しい道具
    • 文化進化 ダーウィン空間を逆転させる
  • 第8章 多くの脳から作られている脳
    • トップダウン式のコンピューターとボトムアップ式の脳
    • 脳の中の競争と同盟
    • ニューロン・ラバ・シロアリ
    • 脳はいかにしてアフォーダンスを選び出すか?
    • 野生化したニューロン?
  • 第9章 文化進化における語の役割
    • 語の進化
    • 語に関するさらに詳しい考察
    • 語はいかにして自己複製〔増殖〕するか?
  • 第10章 ミームの目からの視点
    • 語とその他のミーム
    • ミーム概念の利点
  • 第11章 ミーム概念の難点 反論と答弁
    • ミームなど存在しない!
    • ミームは「離散的」かつ「信頼性のある仕方で伝達される」ものだと述べられているが、文化的変化の多くはそのいずれにも当てはまらない
    • ミームは遺伝子とは違い、遺伝子座をめぐって競合する対立遺伝子をもたない
    • ミームは、私たちが文化についてすでに知っていることに何も付け足さない
    • ミーム科学と称する者が予測力をもつことはない
    • ミームが文化の様々な特徴を説明することはできないが、伝統的社会科学にはそれができる
    • 文化進化はラマルク主義的進化である
  • 第12章 言語の諸起源
    • 「ニワトリが先か、卵が先か」問題
    • 人間の言語へ至る、複数の曲がりくねった道
  • 第13章 文化進化の進化
    • ダーウィン流の出発点
    • 人間のコミュニケーションにおける浮遊理由
    • 思考のための道具を用いる
    • 知的デザインの時代
    • ピンカー、ワイルド、エジソン、フランケンシュタイン
    • 知的デザインのランドマークとしてのバッハ
    • 人間文化に対して〔自然〕選択を及ぼす環境の進化
  • 第3部 私たちの精神を裏返す
  • 第14章 進化したユーザーイリュージョン
    • 開かれた心で心に向き合う
    • 人間の脳が「局所的」有用性を用いて「大局的な」理解を達成するのはいかにしてか?
    • 私たちの外見的イメージはいかにして私たちにとっての外見となるのか?
    • 私たちはなぜ物事をこのように経験しているのか?
    • ヒュームの奇妙な推理の逆転
    • 志向的対象としての赤い縞
    • <デカルトの重力>の正体と、それが根強い理由
  • 第15章 ポスト知的デザインの時代
    • 私たちの理解力の限界はいかなるものか?
    • 「ママ見て、ひとりでできたよ!」
    • 知的行為者の構造
    • この先私たちに何が生じるか
    • 旅を終え、帰還へ
  • 付録 本書の背景/訳者あとがき/文献表/索引

【感想は?】

 結局、私もよくわかってない。ただ、著者の意気込みはわかる。

 テーマはルネ・デカルト(→Wikipedia)の二元論への挑戦だ。

 デカルトはヒトを身体と心に分けた。じゃ心はどこから来たのか、というと、そこはムニャムニャ。対して著者は、身体で全てを説明しようとする。まあ、身体というより、脳なんだけど。

 ただ、あまり脳の医学的な部分には立ち入らない。それより、機能に注目する。いかにして様々な機能を獲得したのか。その機能とは、どんなモノか。

 ここで議論の中心軸をなすのは、ダーウィンの進化論だ。それも適者生存と突然変異の、素朴な理解で充分。まあATCGとか出てくるけど、あんまし気にしなくていいです。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式に、遺伝と突然変異が組み合わさり、当たった弾の末裔が私たちヒトであり他の生物である、そんな感じ。

 ここは、けっこうエキサイティング。私は機能としたが、著者は有能性と言っている。つまりは生き残り子孫を残すのに役立つ能力だ。

ダーウィンとチューリングは共に、人間の心について真に心休まらぬものを発見したのである――すなわち理解力なき有能性という発見を。
  ――第4章 二つの奇妙な推理の逆転

 例えばシロアリは見事なコロニーを作るが、考えて設計してるワケじゃない。Google翻訳はそこそこ使えるが、単語や文の意味はわかってない。そんな具合に、ヒトの脳も、わかっちゃいないが役に立つ、一見したら知的に見える有能性を幾つか獲得してきた。この獲得の過程も、「脳細胞同士の競争の結果だろう」ってのは、なかなかに面白い仮説だ。

脳は、知的にデザインされた共同組合や軍隊よりも、シロアリのコロニーによく似ているのである。
  ――第8章 多くの脳から作られている脳

 実際、それを支持する現象もある。ヒトは、意外な事柄に驚き、強く記憶する。例えばジェット機がビルに突っ込むとかだ。ジェット機を見たら、上空を飛び去るだろうと予想する。その予想が外れると驚く。ヒトの脳は常に予測していて、当たれば何もしないが、外れると思考回路を調整するのだ。

脳は絶え間なく「先取りモデル」ないし確率論的な予測を創り出し、得られた情報を――必要に応じて――正確さを高めるための情報の刈り込みに利用する
  ――第8章 多くの脳から作られている脳

 そうやって、生存競争の過程で幾つもの有能性をヒトは獲得した。その一つが「語」だ。

私たち人間は他の動物と同じく、必要な研究開発の見返りとして得られる目的を達成すべく、秀逸きわまる仕方でデザインされたさまざまなシステムの、無自覚な受益者なのであり、これは理解力をほとんど、あるいはまったく要せずに進化した有能性のまた別の事例である。
  ――第12章 言語の諸起源

 正直、このあたり、つまり「どのように語を獲得したか」は、よく分からなかった。が、語が便利極まりないことは、よくわかる。

語というものが、単なる状況に結びつけられた音声ではなく、私たちのおなじみの道具になってしまうと、私たちは語を用いて、自分たちが遭遇するあらゆるものについての新たな視座を創り出すようになるのだ。
  ――第15章 ポスト知的デザインの時代

 集団で狩りをするにしても、一部の者を伏兵として潜ませるとか、勢子が獲物を追い詰めるとかの手口は、相当なコミュニケーション能力が必要だろう。

 ただ、そうやって獲得した「心」を、いざ分析しようとすると、案外と私たちの「心」は役に立たない。ここでも、内省を重んじたパスカルに異議を申し立てている。

私たちの思考に対する私たちのアクセス、またとりわけ、思考のサブパーソナルな部分での因果作用や動態に対する私たちのアクセスは、実のところ消化作用に対する私たちのアクセスと大差ないものである。
  ――第14章 進化したユーザーイリュージョン

 「ヒトは内省だけじゃ自分の消化器官の事がわからないように、思考の事もわかんないんだよ」というわけ。まあ、わからないからこそ、心理学や行動経済学があるわけだし。

 とはいえ、わからんからといって、機械に任せすぎると、ソレはソレでヤバかったりする。今だって Twitter じゃBOT が暴れまわってるし。ソコには何らかの規制が必要だよねってのは、多くの人が同意すると思う。

私たちは気づいてみるといつのまにか、自分たちが間接的に作り出した存在物を自分たちが部分的にしか理解しておらず、しかもそれらの存在物が、今度は自分たちにはまったく理解できない存在を創り出すことがありうる、という状態に至っていた。
  ――第15章 ポスト知的デザインの時代

 以上、よくわからないなりに、本書を紹介してみた。

 なお、本論とは関係ないいが、逸話で「なるほど」と思ったのが、麺。極東から東南アジアまで、麺の文化は豊かに実っている。けどインドでプッツリ途絶えペルシャ・アラブ・バルカンの不毛地帯を経て、なぜかイタリアでひょこり顔を出すのだ。不思議に思っていたが、マルコ・ポーロが持ち帰ったって説があるとか。今調べたら、Wikipedia のマルコ・ポーロの項にも書いてあった。でもパスタの項を見ると紀元前四世紀の道具がローマで出土してる。うーん、結局わからん。

【著者の癖】

 さて、先に述べたように、著者には悪い癖が少なくとも二つあって、これが取っつきやすさを損ねている。クドさとコンピュータへの偏愛だ。

 クドさの原因は、予想される異論に対し丁寧に反論していること。これは「解明される宗教」でもそうだったんで、著者はそういう人なんだろう。

 本書だと11章が目立つ例だ。章一つを丸ごと使って、「ミーム」への異論を取り上げ、それにいちいち答えている。確かに姿勢としては姿勢だ。また、「現代の哲学じゃそういうのが流行ってるのか」と哲学全体を見渡せるのはいい。が、正直まだるっこしくて、「さっさと論を先に進めろ」と言いたくなる。

 もう一つは、やたらコンピュータの例えを使いたがること。これ、きっと著者の好みのせいだ。世間じゃコンピュータやスマートフォンの動作原理を分かってる人なんか滅多にいない。そもそもプログラミングで飯食ってる者でも、機械語を使える者は1%未満だろう。だもんで、ソースプログラムとコメントと実行コードの例は、ごく一部の者にしか通じない例えになっちゃってる。

 一般向けとしては、自動車の運転席の方が伝わりやすい。例えば電気式燃料計。

 あれ、燃料の容量そのものを表してるんじゃない。ガソリンタンク内に「浮き」があり、浮きは可変抵抗に連動してる。で、可変抵抗の電気抵抗を測り、その値を換算して燃料計に示している。にも関わらず、ドライバーは燃料計から残りの燃料を読み取るし、たいていはソレでうまくいく。もちろん、燃料計の針をイジっても、燃料は増えない。

 長々と書いたが、要は「ナニかを示す表象であって、ナニかそのものではない」、そんな例です。

 そういう点では、機動戦士ガンダムの「たかがメインカメラをやられただけだ!」は、見事な演出だったなあ。見てる人が「頭」だと思い込んでたのを、「たかがメインカメラ」と冷水を浴びせた。いやどうでもいい話だけど。

 また、プラットフォーム(OS)を選ばない例として、JAVA アプレットを出してたけど、それよか Microsoft Excel のマクロか JavaScript の方が伝わりやすいよね。もっとも、最近のスマートフォン・ユーザだと、JavaScript すら意識してないもかもしれない。

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2020年11月 4日 (水)

ピーター・ゴドフリー=スミス「タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源」みすず書房 夏目大訳

感覚、知性、意識というものが、果たして物質からどのようにして生じたのか。大きすぎるテーマかもしれないが、本書ではそれを考えていく。(略)
注目するのは頭足類だ。
  ――1 違う道筋で進化した「心」との出会い

頭足類のほとんどの種は色の識別ができないらしいのだ。
  ――5 色をつくる

【どんな本?】

 「心」とは、どのように生まれたのか。この疑問に対し、著者は幾つかの道筋で挑んでゆく。

 一つは、科学的・生物学的な手法だ。どんな器官が必要か。それはどんな役割を果たすのか。生き延び、子孫を残すのに、そんな役割が有利となる環境と生態は、どのようなものなのか。

 もう一つは、哲学的な手法である。ヒトの心には、どんな働きがあるのか。哲学者は、心をどう捉えてきたのか。それを「心」と呼ぶためには、どんな能力を持たねばならないのか。

 哲学者でありダイバーでもある著者は、オーストラリア東海岸の海で、多くのタコが集まる「オクトポリス」を見つける。そこで観察したタコやコウイカたちの生態と、科学・哲学にまたがる大量の文献から、一つの大胆な仮説を思い付く。

「頭足類にも心があるのではないか? もっとも、それはヒトの心とは全く違うものだろう」

 頭足類を深く愛する著者が、科学・哲学双方の知識を駆使して、「心」の問題に挑む、ちょっと変わった一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Other Minds : The Octopus, the Sea, and the Deep Origins of Consciousness, by Peter Godfrey-Smith, 2016。日本語版は2018年11月16日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約246頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×246頁=約219,678字、400字詰め原稿用紙で約550枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 この手の本にしては、文章はこなれている部類。面倒くさい問題を扱っているわりに、内容もわかりやすい。科学や哲学の概念や理屈も出てくるが、たいていはその場で基本的な事柄を説明しているので、じっくり読めばだいたい理解できる。

【構成は?】

 だいたい前の章を受けて後の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。

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  • 1 違う道筋で進化した「心」との出会い
    • 二度の出会い、そして別れ
    • 本書の概要
  • 2 動物の歴史
    • 始まり
    • ともに生きる
    • ニューロンと神経系
    • エディアカラの園
    • 感覚器
    • 分岐
  • 3 いたずらと創意工夫
    • カイメンの庭で
    • 頭足類の進化
    • タコの知性の謎
    • オクトポリスを訪ねる
    • 神経革命
    • 身体と制御
    • 収斂と放散
  • 4 ホワイトノイズから意識へ
    • タコになったらどんな気分か
    • 経験の進化
    • 「新参者」説vs「変容」説
    • タコの場合
  • 5 色をつくる
    • ジャイアント・カトルフィッシュ
    • 色をつくる
    • 色を見る
    • 色を見せる
    • ヒヒとイカ
    • シンフォニー
  • 6 ヒトの心と他の動物の心
    • ヒュームからヴィゴツキーへ
    • 言葉が人となる
    • 言語と意識的経験
    • 閉じたループへ
  • 7 圧縮された経験
    • 衰退
    • 生死を分かつ問題
    • 老化の進化理論
    • 長い一生、短い一生
    • 幽霊
  • 8 オクトポリス
    • タコが集住する場所
    • オクトポリスの起源
    • 平行する進化
  • 謝辞/訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 旧いSFファンなら、デビッド・ブリンの傑作「スタータイド・ライジング」をご存知だろう。

 あの作品だと、人類はイルカとチンパンジーに手を加えて知性を与えていた。ヒト以外に知性を持ちうる生物がいるとしたら、それは鯨類か猿類だろう、当時はそう考えていた。現代では、それにコンピュータが加わっている。いわゆる「シンギュラリティ」だ。

 いずれにせよ、肝心の問いをおいてけぼりにしている。そもそも「知性」や「心」とは、何なんだろう? たしか人工知能の学会でも、「とりあえずその問いは棚上げにしよう、今は結論が出せないし」みたいな合意に至った…と思う。

 そこにタコとイカだ。「は?」と思う人が大半だろう。そんな人に対し、著者はタコが持つ不思議な能力のエピソードを紹介していく。曰く「ヒトの好き嫌いがある」「電灯に水を吹きかけて水族館を停電に陥れた」「ヒトの目を盗んで逃げる」「タコは遊ぶ」。

 それだけなら、犬や猫などの特定の生物に入れ込んだ人には、よくあるケースだ。特に猫に関するエピソードは多い。

 本書の特徴は、それらに加えて、頭足類の神経系など、科学的な知見を多く盛り込んである点だ。神経の研究では実験動物としてイカがよく使われるように、頭足類は妙に神経系が発達している。

ごく普通のタコ(マダコ)の身体には、合計で約5億個のニューロンがある。(略)
人間のニューロン数は(略)約1000億個だ(略)
タコのニューロン数は、犬にかなり近い。
  ――3 いたずらと創意工夫

 ただ、その設計はヒトなど哺乳類と大きく違う。

タコの場合、(略)腕にあるニューロンの数は、合計すると脳にある数の二倍近くになる。
  ――3 いたずらと創意工夫

 ヒトの神経系が強力な中央集権型、つまり巨大コンピュータと多くの端末のような形なのに対し、頭足類の神経系は分散型である。ハードウェアが違うんだから、そこで走るソフトウェアもまったく違うだろう。

 とはいえ、生物の進化は、まずもって要らない器官を発達させない。そこで著者は、「そもそもなぜ神経系が必要なのか」「神経系は何をやっているのか」から迫ってゆく。ここでは、単細胞生物から多細胞生物への進化から始まる議論が、なかなかに面白い。つまりは刺激を受けて行動するまでの間、生物の神経系は何をしているのか、みたいな話である。

 ここでは環境も大きな役割を果たす。食うか食われるかの関係は、神経系の発達を促す。食う側は獲物の動きを予測できれば有利だし、食われる側も脅威の行動が判れば逃げやすい。カンブリア紀以降に、この淘汰圧が強くなったと著者は語る。

この時点(カンブリア紀)以降、「心」は他の動物の心との関わり合いの中で進化したのだ。
  ――2 動物の歴史

 もちろん、神経系には別の働きもある。私たちの目は、動くモノを捉えるのが巧みだ。ただし、視神経が捉えた変化を、「動いた」と解釈してはマズい。そうした場合、単に首を傾げただけでも「世界が動いた」と解釈してしまう。自分の動きも、計算に入れなければならないのだ。別の言い方をすると、計算に入れられれば、動きを捉えられる。

 ヒトの場合、このシステムは意外と柔軟性が高い。本書では、視覚障碍者向けの視覚代行器を紹介している。

視覚代行器のシステムは、その映像情報を、圧力や振動などのパターンに変換して、使用者の背中へと伝える。訓練を積んだ使用者は、単に背中に圧力や振動を感じたという風には経験しない。目の前を何かの物体が通り過ぎたと感じるのだ。ただし、そういう現象が起きるのは、使用者がカメラの操作をできる場合に限られる。
  ――4 ホワイトノイズから意識へ

 ソレを思い通りに制御できれば、自分の体の一部だと認識できるのだ。ベテランのタクシー運転手が自動車を自分の体のように扱えるのも、この働きによるものだろう。逆に下手なドライバーは、自分が運転している自動車の位置や形がよくわからない。だから縦列駐車は難しい。

 つまり、神経系の発達には、体の形が重要な意味を持つ。ところがタコは…

タコには、体が決まった形を持たないという稀有な特徴がある。
  ――4 ホワイトノイズから意識へ

 うーむ、これは困った。しかも、著者には更なる追い打ちが待っている。

ジャイアント・カトルフィッシュのように大きく複雑な構造を持った動物でも、寿命は非常に短いのだ。わずか1,2年しか生きない。
  ――7 圧縮された経験

 ここでは動物を分類する際の基準として、一生のうちの生殖の回数、つまり一生に一回だけ生殖するホタルと、何度も生殖する哺乳類の違いなどの話も興味深かった。そういう分け方もあるのね。

 などと絶望に叩き落した末に、「8 オクトポリス」では鮮やかな逆転の目を見せてくれるから嬉しい。

オクトポリスを観察していると、タコがこれから先、今とは違った生物に進化し得る道筋の一つが垣間見えるのは事実である。
  ――8 オクトポリス

 そう、私はこの章で、デビッド・ブリンともシンギュラリティとも違う、もう一つの「知性化」の方法を思い浮かべたのだ。デビッド・ブリンの手段が改造、シンギュラリティが創造なら、本書の手段は「養殖」とでも名付けるべきか。

 「心」とは何か。それはどのように生まれたのか。何が必要で、それを育てる環境と生態はどんな状況か。そしてヒト以外に「心」を持つ生物は存在しえるのか。哲学的に大きな問いであると同時に、ファースト・コンタクトSFが好きなSFファンにはたまらなく楽しい問題でもある。ケッタイな異星人が好きな人には、とても美味しい本だ。だからと言って異星人がタコ型であるとは限らないけどw

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【今日の一曲】

The Beatles - Octopus's Garden

 タコといえば、もちろんこの曲。読んでいる最中、この曲が頭の中で流れっぱなしで、なかなか読み進められなかったw

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2020年10月 1日 (木)

カール・シファキス「詐欺とペテンの大百科」青土社 鶴田文訳

詐欺という太陽の下には、実は目新しいものはなく、すべての手口は、古くからある詐欺の新しい形にすぎない
  ――序

物理学者がほとんど霊能者のインチキを見抜くことができないのは、注目すべきである。こういうことは、騙すことが仕事の手品師や奇術師に任せた方がいい。
  ――スレ―ド、ヘンリー 偽霊能者

ファーガスンの一番の大成功は、自由の女神をたった十万ドルの前金でお人好しのオーストラリア人に売りつけたことだった。
  ――ファーガスン、ア-サー 詐欺師に転身した俳優

ミケランジェロ(1475~1564)の伝記作家の多くが言及していることだが、巨匠自身贋作者として画家生活を始めたのである。
  ――ミケランジェロ 美術品贋作者

【どんな本?】

 つり銭詐欺、デンスケ賭博、投資詐欺。世の中には昔から様々なペテンや詐欺がある。本書は、缶詰作戦(→Wikipedia)のように国家ぐるみで世界史に影響を与えたものから、今でも絶えない投資詐欺やインチ療法など悪質な詐欺やペテンに加え、「氷ミミズのカクテル」など人をかつぐのだけが目的のイタズラ、ワシントンと桜の木など流布してしまったデッチアゲ、世間を騒がせたデマ、有名な詐欺師など、多くの実例を集めたものだ。

 本書の大きな特徴は、それらのペテンを敢えて分類はせず、事典風に語順で並べた点にある。読者は続々と続く奇妙な記事に呆れ怒り悲しみ笑い、歴史を通して変わらぬ人の悪知恵と愚かさを思い知った挙句、多くの事件に共通するパターンが次第に見えてくるだろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Hoaxes and Scams : A Compendium of Deception, Ruses and Swindles, by Carl Sifakis, 1993。日本語版は1996年に青土社より初版、私が読んだのは新装版で2001年10月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組み本文約543頁に加え序6頁+訳者あとがき2頁+新装版のためのあとがき2頁。8ポイント28字×23行×2段×543頁=約699,384字、400字詰め原稿用紙で約1,749枚。文庫なら3~4冊ぐらいの巨大容量。

 文章は皮肉なユーモアに満ちていて親しみやすい。内容も特に難しくない。

 著者がアメリカ人のため、アメリカや西欧の例が多い。だが、殻ゲームはデンスケ賭博とソックリだったりと、騙しの手口は似通っているので、あまり気にならない。敢えて言えば、日本人にはあまり馴染みのない小切手(→Wikipedia)を使うセコい詐欺が多いぐらいか。また、郵便を使う手口は、そっくりそのまま媒体を電子メールに替えて今も盛んに使われている。

【構成は?】

 本文の「詐欺とペテンの大百科」は、詐欺の実例を50音順の事典風に並べたもの。なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。


謝辞
詐欺とペテンの大百科
訳者あとがき
参考文献

【感想は?】

 ミステリ・ファンには薦めていいのか悪いのか。

 冒頭の引用にあるように、詐欺の手口の多くは、昔も今もまったく変わらない。その代表は投資詐欺だろう。手口はみな同じだ。

  1. 「金鉱が見つかった」「高配当の株がある」などと触れ回り、投資を集める。
  2. 集めたカネから、気前よく配当を払う。
  3. 配当を受け取ったカモたちは、知人友人に触れ回る。
  4. 噂に釣られたカモたちもペテン師に投資する。
  5. 上の 2.~3. を繰り返し事業を大きくする。
  6. やがて会計監査が入りウソがバレて破綻する。

 この手のペテンは被害金額が大きく、往々にして米ドルで億を超える。また政治家や財界の大物が絡む事件が多く、大きなスクープにもなるが、たいてい真相は藪の中だったりする。なんか納得いかん。

 やはり似ているのは沼地詐欺師だろう。手口は原野商法(→Wikipedia)と全く同じで、ロクでもない土地を「将来有望な土地」と称して高値で売り飛ばす。これの教訓は単純で、現物を自分の目で確かめろ、だ。

 やはり今も相変わらず栄えているのがニセ薬だ。男ってのは馬鹿な生き物で、下半身が絡むと理性が9割ほど蒸発する。だもんで回春剤は定番商品。いや今はバイアグラが出てきたんで状況が違うのかもしれないが。中には賢い奴もいて…

回春剤詐欺師は当局の取締を恐れているので、この頃は製品を『驚異のプラセボ薬』と広告している者もいる…
  ――回春剤 不朽のインチキ療法詐欺

 …ああ、うん、確かに嘘はついちゃいないw

 そんな風に、被害者が訴えにくい手口も多い。わかりやすいのが偽札製造機。いろいろと口上を述べた上に、ちゃんと実演もするのだ。もっとも、その際には予め本物のお札をセットしておくんだけど。引っかかった被害者も、通貨偽造を企てた弱みがあるから、訴えられない。続く項目には偽札の通信販売なんてのも。

 この手のペテンの狙いは、「楽してズルしていただきかしら!」な奴をカモにすること。やはり訴えようがないって点が似てるのは、酒場の酔っ払いを騙す手や、イカサマ博打だろう。イカサマでも賢いと思うのは、ティー倒し。リチャード・ファインマン原作で福本伸行作画なんて異色コンビの漫画になりそうな手口だ。

 ビリヤードの台の上に、ゴルフ用のティーを立てる。それを囲んで三つのビリヤードの玉を置く。もう一つ玉を取り出し、それをキューでついて、先の三つの玉に当てる。ティーが倒れればあなたの勝ち、倒れなければ私の勝ち。

 これ、玉の置き方がキモなのだ。三つをピッタリくっつけて置くと、倒れない。隙間が空いてると倒れる。後は話の持ち掛け方でカモを翻弄すればよろしい。まあ、博打なんてイカサマもバレなきゃ勝ちって世界だしなあ。

 とかの殺伐とした話も多いが、喝采したくなる話もある。

 その一つがデボラ・サンプソン。アメリカ独立戦争に従軍する。勇敢な兵士として戦友からは尊敬され、清潔なイケメンなので女にもモテモテ。何人かの女にしつこく言い寄られた彼は、上官ジョン・パターソン少将に打ち明ける。彼は女だったのだ。

 こういう、男のフリして職に就き、優れた実績で尊敬を集めた女の話も幾つかあって、時代を感じてしまう。

 かと思えば、いかにもアメリカらしいユーモラスなネタもある。中でも傑作なのが、「シカゴ以西で最も物騒な町」。1870年代、ネヴァダ州パリセードは物騒な町として有名だった。列車が止まると、乗客は真実を目の当たりにする。保安官と助手は銀行強盗一味と銃撃戦を繰り広げ、目抜き通りではインディアンが馬で駆けながらライフルを乱射して女子供も構わず虐殺に興じていた。

 …というのは、人口290人の町ぐるみのヤラセ。地元の軍までグルだったというから酷いw それもこれも町おこしのため。しょうもないw 実際は物騒どころかノリがよくて楽しい人たちだったんだろうなあw

 似たようなのでデッチアゲやデマの類も幾つかある。有名なのはポール・マッカートニー死亡のデマ。アルバム「アビーロード」のジャケットじゃポールだけ裸足だし。噂を聞いたマッカートニー曰く…

「僕が死んでいるなんて、自分でも知らなかった」
  ――ポールが死んだ! ビートルズの死のデマ

 だろうなあw 関係ないけど、同じデマでも日本やイギリスは「○○が死んだ」って形のが多く、アメリカじゃ「○○は生きている」って形が多いって聞いたような気が。「エルヴィス・プレスリーは生きている」とか。それをネタにした「ババ・ホ・テップ」は…えっと、エルヴィスのファンは読まない方が幸福です。

 中には私が騙されてたのも幾つかあって、例えばジョージ・ワシントンと桜の木。あれ作り話かい。許すまじマロン・L・ウィームス牧師。やっぱり有名なヴォルテールの「あなたが言う事には一切同意できないが、あなたがそれを言う権利は死んでも守ってみせる」も…

1935年に、(E.ビーアトリス.)ホールがその引用句をでっち上げたことをクリストファー・モーリーと『土曜書評』に告白した…
  ――ヴォルテールの有名な引用句 作り話

 酷いw 信じてたのにぃ…と思ったら、Wikipedia にはちゃんと「ヴォルテールの名言とされてきた文言」と記されてた。

 もっとも、ホンモノになっちゃった作り話もある。オランダの「堤防の孔を指で塞いだ少年」だ。元はアメリカ生まれのメアリー・メイプス・ドッジによる1986年の児童文学「ハンス・ブリンカーまたは銀のスケート」に出てきたエピソード。これを信じ込んだ米国人観光客が後を絶たないので、オランダも音を上げ1950年に少年の像を立てた。お陰で観光客も増えましたとさ。

 そんな罪のないネタもあれば、行き詰まった人からなけなしの財産を巻き上げる酷い話も多い。50音順と愛想のない構成ながら、つらつらと読んでいくと、幾つかのパターンが次第に見えてくるのも面白かった。漫画や小説など物語に使えそうな話も多く、ネタに詰まった時に開くのも一興かも、ただし、熱中して締め切りを過ぎても私は一切責任を取らないので、そのつもりで。

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2020年8月 6日 (木)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 4 イラク編

「(イラク経済の)民営化のことなんか誰一人気にしちゃいませんよ。彼らは生き延びるだけで精一杯なんです」
  ――第16章 イラク抹消

「まだ流血が続いているときこそが投資に最適の時期です」
  ――第16章 イラク抹消

 ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 3 から続く。

【どんな本?】

 民営化・規制緩和・社会支出の大幅削減を目指す経済学者集団シカゴ・ボーイズは、その政策を進める方法ショック・ドクトリンを見いだす。災害に見舞われ人々が呆然としているスキに、手早く政策をまとめ実施してしまえ。

 やがて彼らは気づく。手をこまねいて災害を待つ必要はない。人為的に災害を起こせばいい。

 彼らの目論見はネオコンが率いるブッシュJr.政権で日の目を見る。標的はサダム・フセインが支配するイラク。ここを政治的に更地にして過去のしがらみを断ち切り、シカゴ・ボーイズが理想とする政体を作り上げよう。

 経済学者のミルトン・フリードマン率いる新自由主義者シカゴ・ボーイズとIMF(国際通貨基金)および世界銀行の蛮行を暴く、驚愕のドキュメンタリー。

【はじめに】

 この記事ではイラク戦争(→Wikipedia)と占領政策を描く第16章~第18章を紹介する。私はここが最も面白かった。ニワカとはいえ軍ヲタで、「戦争請負会社」「戦場の掟」「ブラックウォーター」などでソレナリに知ったつもりになっていたのもある。

 現場で何が起きているのかは、多くの本で描かれている。「兵士は戦場で何を見たのか」などは、とても生々しい。だが、そもそもなぜブッシュJr.政権がイラク侵攻に拘ったのかは、見えてこなかった。タテマエ上は大量破壊兵器が云々だったが、それは良くて被害妄想、下手すりゃデッチアゲだとバレている。改めて思えば、当時のブッシュJr.政権は異様に執着していた。

【動機】

 これに対しミルトン・フリードマンはこう語る。

「われわれがイラクで行おうとしているのは国家の建設ではない。新たな国家の創設である」

 つまりシカゴ学派の理想郷を建設しようというワケだ。理想の社会を築くため、今ある国家の破壊も辞さない。もはや経済学者というより狂信者であり、手段は自由主義というよりクメール・ルージュにソックリだ。

【占領】

 もっとも、CPA(連合国暫定当局)にはクメール・ルージュほどの兵員はいない。そもそも治安維持への熱意が欠けていた。代表のポール・ブレマーが最初に打った手は経済政策で貿易の自由化だ。経済封鎖を受けていたイラクにとってはありがたい…

 ワケじゃない。なにせチグリスとユーフラテスの地だ。人類史上の貴重な資料が山ほどあり、市場じゃ高値がつく。そして多国籍軍は兵力が足りず、博物館の警備に余計な人員を割けない。だもんで、イラクの博物館や図書館は大規模な略奪の被害に遭う。そこで貿易を自由化だ。賊どもは戦利品をやすやすと国外に持ち出せる。

 だけでなく、国家所有の車やトラックなども続々とパクられた。なにせフセイン政権下のイラクは社会主義で、事業資産の多くは国家所有だ。となれば損害は膨大なものになる。だが、合衆国企業は大喜びだった。

「プログター&ギャンブルの製品をイラクで流通させる権利が得られれば、金鉱を当てたようなものだ」
  ――第16章 イラク抹消

 モノがなければ有望な市場ってわけだ。にしても、せめてウォルマートやフェデックスが全国展開できるぐらいに治安が良ければ、イラクの人にも恩恵があったんだけどねえ。

【占領】

 そんな新自由主義者が手本としたのは、東欧崩壊後のポーランドとソ連崩壊後のロシアである。特にロシアでは大きなミスを犯してしまう。国営企業を買い漁る際、ロシア人に仲介させたため、転売ヤーであるオリガルヒの台頭を許してしまったのだ。そこで合衆国政府はキッチリとタマを握る。

 代理人であるポール・ブレマーに仕切らせ、IMFも世界銀行もカヤの外に置いたのだ。イラク暫定政府は単なる飾り物にすぎない。そしてブレマーは徹底した新自由主義社会を築こうとする。

ある法律は、それまで約45%だった法人税を一律15%へと引き下げ(略)、別の法律は、外国企業がイラクの資産を100%保有することを認めた。(略)投資家はイラクで上げた利益を100%無税で国外に持ち出せるうえ、再投資の義務もなかった。
  ――第17章 因果応報

 海外の投資家の皆さん、存分にイラクを食い物にしてください、そういう法律である。これをドナルド・ラムズフェルド国防長官は絶賛する。

ラムズフェルド国防長官は上院の委員会で、(アメリカ代表特使ポール・)ブレマーの「抜本的な改革」によって「自由世界でも有数の賢明かつ魅力ある税法および投資法」が誕生したと証言した。
  ――第17章 因果応報

 そりゃ確かに投資は活発になるだろう。企業が盛んに進出すれば仕事も増える。折しもバース党員の追放で街には失業者でいっぱいだ。彼らだって仕事を得られれば嬉しい。となるはずが…

 「戦場の掟」で、ひっかかる所があった。民間軍事企業が雇うトラック・ドライバーは、なぜかパキスタン人ばかりなのだ。地元に失業者がたくさんいるんだから、地元の者を雇えばいいのに。なぜワザワザ外国から人を連れてくる?

 「アメリカン・スナイパー」では、基地で働くイラク人を SEAL の著者がからかう場面がある。多少は地元の人を雇っていたらしい。が、やはり抵抗組織のスパイが紛れ込むのは怖かった。逆らわないパキスタン人の方が都合がよかったのだ。パキスタン人は現地のアラビア語もわからないから、地元の抵抗組織に寝返ったりしないだろうし。ま、少々費用がかさんでも、原価加算方式だしね。

 「ブラックウォーター」ではブッシュJr.政権とキリスト教カトリックの関係を暴いていたが、本書も右派キリスト教の選挙協力やモルモン教との関係にも触れている。「カルトの子」でも統一協会の自民党への選挙協力が書いてあったけど、どの国でも宗教組織と保守系政党の癒着があるんだなあ。

【叛乱】

 当然、イラク人の中には不満が渦巻き、グリーンゾーンの外では職を求めるデモが続く。対する合衆国の対応は、力づくで抑え込むこと。その象徴がアブグレイブ刑務所での捕虜虐待(→Wikipedia)である。

「アブグレイブは反米抵抗勢力の温床となった。(中略)辱めや拷問を受けた連中は今すぐにでも報復してやろうという気になった」
  ――第18章 吹き飛んだ楽観論

 これ「倒壊する巨塔」でエジプトの刑務所でサイイド・クトゥブが過激化し、「ブラック・フラッグス」でザルカウィが覚醒したのと同じ構図じゃないか。米軍は、わざわざ敵を筋金入りに鍛えていたのだ。

【決算】

 そうやって海外からの投資を促した結果、果たして効率はよくなったのか、というと…

イラク復興事業の監査にあたったスチュアート・ボーウェン特別監査官の報告によれば、イラク企業が直接契約した数少ない事業のほうが「効率的かつ安価であり、イラク国民に職を与えたことで経済も活性化させた」という。
  ――第18章 吹き飛んだ楽観論

 金を無駄遣いして無意味に血を流したあげく、経済も悪化させた、と。いいことなしじゃん。でも、ブラックウォーターにとっては、そっちの方がいいのだ。だって治安が悪くなれば護衛の仕事が増えるし。

【おわりに】

 やたら興奮して書いたため、支離滅裂な記事になってしまったが、それぐらいこの本はエキサイティングで面白かったのだ。とりあえず鼻息の荒さだけでも伝われば幸いです。

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2020年8月 5日 (水)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 3

1994年12月、エリツィンは、いつの時代でも必死で権力にしがみつこうとする多くの指導者がやったのと同じことを実行する――戦争である。
  ――第11章 燃え尽きた幼き民主主義の火

ハリケーン(・カトリーナ)災害関連の契約事業は87憶5千万ドルに上ったが、連邦議会の調査委員会は「大幅な過剰請求、無駄な出費、ずさんな管理」などがあることを指摘した。
  ――第20章 災害アパルトヘイト

「災害の被災者に緊急支援を提供しようという政府の温情的措置は、民間市場のリスク管理対策に悪影響を及ぼす」
  ――第20章 災害アパルトヘイト

1993年イスラエル外相シモン・ペレス「国家間の和平を目指そうというのではない。市場の和平が重要なのだ」
  ――第21章 二の次にされる和平

外国勢力によってプライドを傷つけられたと感じた人々は、国内の最も弱い者に攻撃の刃を向けることで国家の誇りを取り戻そうとしているのだ。
  ――終章 ショックからの覚醒

2005年、IMFの融資総額のうちラテンアメリカ諸国への融資は80%を占めていたが、2007年にはわずか1%に激減している。(略)わずか三年間で、IMFの世界各国への融資総額は810憶ドルから118億ドルに縮小し、現在の融資の大部分はトルコに対するものだ。
  ――終章 ショックからの覚醒

 ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 2 から続く。

【どんな本?】

 ミルトン・フリードマンを首魁とする経済学者集団シカゴ・ボーイズは、三つの政策を主張する。民営化,規制緩和,社会支出の大幅削減だ。これらの政策を推し進めるべく、彼らは合衆国政府・IMF・世界銀行と手を組み、世界各国でショック・ドクトリンによる強引な手段に出る。

 政変や災害などで人々が呆然としているスキにつけこみ、強引に政策を実現させてしまえ。

 南米で、アジアで、東欧とロシアで。彼らが行ったショック・ドクトリンの手口とその結果を暴く、衝撃的なルポルタージュ。

【ロシア】

 第11章と第12章はソ連崩壊と現在のロシアに至る道筋を描く。細かい手口は「強奪されたロシア経済」に詳しいが、本書はより俯瞰した視点で描いてゆく。

 ゴルバチョフは生ぬるい改革で共産党支配体制の存続を望んでいた。それが私の印象だが、本書では北欧型の高福祉社会を目指していた、とある。しかも10~15年ほどかけて。対するエリツィンは、より早くより過激な自由主義化を目論む。

 その顛末はご存知の通り、エリツィンの勝利だ。以後、民営化の名のもとに火事場泥棒が跳梁する。まずオリガルヒが民営化した企業の株を握り、多国籍企業に売り飛ばす。オリガルヒって転売ヤーだったのね。その結果…

ショック療法が実施される前の1989年、ロシアでは約200万人が1日当たりの生活費4ドル未満の貧困状態にあったが、世銀の報告によれば、ショック療法の「苦い薬」が投与された90年代半ばには、貧困ラインを下回る生活を送る人は7400万人にも上った。
  ――第11章 燃え尽きた幼き民主主義の火

 この時、エリツィンの尻を叩いたのが「貧困の終焉」のジェフリー・サックス。U2のボノが師を仰ぐ経済学者だ。まあボノはミュージシャンであって学者じゃないからなあ。

【アジア】

 某ゲームにこんな台詞がある。「死体は探すより作るほうが簡単」。フリードマンらも同じ事に気づく。「危機は待つより作ったほうが確実じゃね? 超インフレとか」。ということで彼らは危機感を煽る。

1995年には、ほとんどの西側民主主義国家の政治的言説においては、「債務の壁」や「迫りくる経済崩壊」といった言葉が飛び交い、政府支出のさらなる削減や積極的な民営化促進が叫ばれていた。その旗振り役を担っていたのが、(ミルトン・)フリードマン主義を奉じるシンクタンクだった。
  ――第12章 資本主義への猛進

 かくして1997年のアジア通貨危機(→Wikipedia)が演出される。その目的は…

米連邦準備制度理事会(FRB)議長アラン・グリーンスパン「今回の危機はアジア諸国にいまだ多く残る政府主導型経済システムの撤廃を促進するだろう」
  ――第13章 拱手傍観

 民営化と言えば聞こえはいいが、実態は政府部門や国内企業の海外資本への切り売りだったりする。

【逆流】

 この波は合衆国にも押し寄せる。刑務所・教育・医療そして国防の民営化だ。国防に関しては「戦争請負会社」や「戦場の掟」「ブラックウォーター」が生々しい。上手いこと経費を削減できりゃいいが…

イラク戦争の際に連合国暫定当局が置かれたバグダッドのグリーンゾーンでも「大丈夫、原価加算方式だから」という言葉が盛んに飛び交った
  ――第14章 米国内版ショック療法

 掛けた費用に利益を上乗せして請求すりゃ政府には気前よく払ってくれる。効率化もヘッタクレもない。これを後押ししたのが911。

9.11以前には存在しなかったに等しいセキュリティー産業は、わずか数年のうちに映画産業や音楽産業をはるかに上回る規模へと驚異的な成長を遂げた。しかし、もっとも驚くべきなのは、セキュリティー・ブームが一つの経済分野として分析されたり議論されたりすることがほとんどないという点だ。
  ――第14章 米国内版ショック療法

 そしてブッシュJr.政権のドナルド・ラムズフェルドやディック・チェイニーやジェームズ・ベイカーも荒稼ぎする。そんな彼らが目を付けたのがイラク。このイラクを扱う第六部は本書のハイライトなんだが、敢えて後に譲る。いや文字数の関係なんだけど。

【津波】

 第19章は2004年12月26日のスマトラ沖地震に伴う津波に襲われたスリランカ東海岸が舞台だ。漁民たちは家も船も失う。世界中から彼らに義援金が送られ、スリランカ政府はこの金を再開発プロジェクトに使う。問題はこの「再開発プロジェクト」の実態だ。漁村の再建? うんにゃ。

「津波が観光産業に味方をしてくれました。無許可の建造物のほとんどが津波で壊され、海岸から姿を消したからです」
  ――第19章 一掃された海辺

 観光業者は、前から美しいビーチに目をつけていた。でもみすぼらしい漁民が邪魔だ。そこで津波を言い訳に、関係者以外立ち入り禁止にする。関係者とは他でもない、観光業者だ。そしてビーチには美しいホテルが立ち並びました。そして漁民は避難所に閉じ込められたまま。

【ハリケーン】

 2005年8月末、ハリケーン・カトリーナ(→Wikipedia)が合衆国島南部を襲い、ニューオーリンズが水没する。ブッシュJr.政権はいち早く対応に動き出す。

 ハリバートン傘下のKBRに南部沿岸の米軍基地修復を、悪名高い傭兵企業ブラックウォーターにFEMA(連邦緊急事態管理庁)職員の護衛を委託する。ちなみにFEMAは、まさしくカトリーナのような災害に備える組織だ。計画策定を民間企業に委託していたが、肝心の対策は「何ひとつ実施されていなかった」。原因は予算不足。

 福島の原発事故の除染作業での中抜きみたいなのはカトリーナでもあって、防水シートをかぶせる仕事に対しFEMAは1平方フィート175ドル払っているが、現場作業員が受け取るのは2ドルのみ。そりゃカニエ・ウエストも怒るよ。

【約束の地】

 風が吹けば桶屋が儲かる。911に象徴されるテロは、意外な者に利益をもたらす。

「イスラエルでは日々テロの脅威にさらされているが、(テルアビブの株式)市場はずっと上がり続けている」
  ――第21章 二の次にされる和平

カリフォルニア州オークランド国際空港航空部門責任者スティーヴン・グロスマン「セキュリティー分野ではイスラエルの右に出るものはいない」
  ――第21章 二の次にされる和平

 そう、イスラエルだ。なにせ彼らには実績があるしね。お陰でイスラエルはアラブの意向を気にする必要はなくなった。今までは近隣のアラブ諸国を相手に商売してたけど、最近は欧米相手のITやセキュリティー産業で稼げる。それまでパレスチナ人に頼ってた労働力も、崩壊したソ連から逃げてきたロシア系ユダヤ人が担ってくれる。

 ここでは、大量に雪崩れ込んだロシア系移民と、第二次インティファーダや分離壁や入植地との関係がクッキリ見えてきたのが面白かった。いやむしろパレスチナ問題の解決は絶望的になってるんだけど。

【おわりに】

 社会支出の大幅削減はわかるけど、民営化や規制緩和が何をもたらすかは、実のところよくわかってなかった。その目的や結果を見せつけてくれる点では、極めて刺激的な本だ。とはいえ、岩波書店って所で、なんとなく避けちゃう人も多いだろう。あと、ハードカバー上下巻の圧迫感も避けられる原因になってしまう。ハヤカワ文庫NFあたりで抄録の文庫版を出してほしい。あ、一応、次の記事で終わる予定です。

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【今日の一曲】

Blackberry Smoke / One Horse Town (Official Acoustic Video)

 いや本書とは全く関係ないんだけど、どしても紹介したくなったんで。好きなんすよ、こーゆーの。浜田省吾ファンにはウケると思うんだけど、どう?

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2020年8月 4日 (火)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 2

イギリス労働党議員トニー・ベン「…問題はサッチャー夫人の評判であって、フォークランド諸島ではまったくない」
  ――第6章 戦争に救われた鉄の女

危機に直面した国民は、魔法の薬を持つと称する者には誰にでも多大な権限を喜んで預ける
  ――第8章 危機こそ絶好のチャンス

2006年の調査によれば、中国の億万長者の90%が共産党幹部の子息だという。こうした党幹部の御曹司(中国語では「太子」と呼ばれる)およそ2900人の資産は、総計2600憶ドルにも上る。
  ――第9章 「歴史は終わった」のか?

気まぐれなグローバル市場に対して自国市場を解放すれば、シカゴ学派の正統理論から外れた国は瞬時に、ニューヨークやロンドンのトレーダーから通貨の下落という痛い仕打ちを受け、その結果危機は深まってさらなる債務の必要性が生じ、いっそう厳しい条件がつけられる
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 1 から続く。

【どんな本?】

 経済学のシカゴ学派は新自由主義を信奉し、俗にネオリベとも呼ばれる。フリードリヒ・ハイエクに始まりミルトン・フリードマンが熱心に広げた彼らは、三つの政策を唱える。民営化,規制緩和,社会支出の大幅削減だ。

 この政策を広げるために、彼らはショック・ドクトリンを採用した。危機こそ機会である。戦争や経済危機や自然災害などで人々が呆然としているスキに、政府を乗っ取り強引に政策を進めてしまえ。

 南米に始まりイラクで今なお続くショック・ドクトリンの歴史と成果を赤裸々に暴く、一般向けの衝撃的な告発の書。

【南米】

 ネオリベこと新自由主義は最近になって出てきたように思っていたが、とんでもない勘違いだった。というか本書に出てくる彼らの手口は、かつてのファシストとたいして変わらない。つまり軍と富裕層が組んで支配権を握り国民を奴隷化する、そういう政策だ。往々にして伝統的な宗教勢力も支配層に媚びを売る。

 本書の最初の例は、チリの軍事クーデターだ。1973年9月11日、アウグスト・ピノチェト将軍(→Wikipedia)がサルバドール・アジェンデ大統領(→Wikipedia)を倒し政権を握る。悪名高いピノチェト政権の誕生だ。この陰で動いていたのがCIAとシカゴ学派だ。

 つか今 WIkipedia のチリ・クーデターを見たら、かなり詳しく書いてありました。なんにせよ、新自由主義者が先導するショック・ドクトリンは、少なくとも1973年には姿を現していたんです。

 同1973年にウルグアイで、続く1976年にはアルゼンチンで、同じ手口が繰り返される。

 もっとも合衆国のカリブ海諸国や中南米諸国に対する傲慢な振る舞いは「バナナの世界史」や「砂糖の歴史」で見当はついてたけど、予想以上の酷さだ。

【イギリス】

 第6章ではフォークランド紛争を巧みに利用したイギリスのマーガレット・サッチャー政権を取り上げる。このドタバタでサッチャーの支持率は25%から59%に跳ね上がる。その結果は「チャヴ」に詳しい。保守党にとって目障りな労働党は壊滅し、福祉社会は粉みじんに吹き飛んでしまう。

 911もそうだけど、現役のタカ派にとって、軍事衝突は美味しいのだ。日本でも国会議員選挙が近づくと、中国軍や北朝鮮軍の活発な動きのニュースがなぜか増えるんだよなあ。

【ブッチとサンダンス】

 第7章では1985年のボリビアにおけるジェフリー・サックスの活動を暴く。そう、「貧困の終焉」の著者だ。ハイパーインフレに対して彼が提案した政策は「食料補助金の廃止、価格統制の撤廃、石油価格の300%引き上げ」。あの人、こんな事してたのか。これに対しIMF職員は…

「これはまさにIMFの職員全員が夢見てきたことだ。でも、もしうまくいかなかった場合、外交特権のある私はすぐに飛行機で国外に逃げ出しますがね」
  ――第7章 新しいショック博士

 IMFってのは、そういう所らしい。その結果はコカ栽培の急増である。輸出産業が育ってよかったね。

【対外債務】

 第8章では、荒れた国が立ち直る際に足を引っ張る対外債務の正体を、アルゼンチンの例で描き出す。一般に強権的な政府の元では貧富の差が激しくなる。軍や政府と結託した金持ちは、更に金をため込むわけだ。特に新自由主義下の場合、政府は電力網や水道など政府機関を売り飛ばす。代価を受け取るのはもちろん貧民じゃない。アルゼンチンは1983年まで軍政が続いたが、例えば1980年には…

FRBによれば、1980年1年間でアルゼンチンの債務は90憶ドル増大し、同年、アルゼンチン人による海外預金の合計額は67憶ドル増加していた。
  ――第8章 危機こそ絶好のチャンス

 国としてカネを借りる。受け取ったカネは権力者がパクって海外に隠す。そして国民には借用書が残る。そういうコトです。だからジェフリー・サックスは「借金を棒引きにしろ(→『貧困の終焉』)」って言うのね。

 しかも、政権交代直前の1982年に、大手多国籍企業の債務を国が引き受けてる。外国企業の借金まで国民に押し付けてトンズラかましたのだ。

【失望】

 第8章ではレフ・ワレサが率いたポーランドの連帯の、第9章ではネルソン・マンデラで有名な南アフリカのANCの失墜を描く。ANCは政治的な平等を手に入れたが、経済部門の交渉で大きなミスをした。

南アフリカの調査報道ジャーナリストのウィリアム・グリード「あの時(南ア体制移行期)は政治のことしか頭になかった」「でも本当の戦いはそこにはなかった――本当の戦いは経済にあったんです。自分があまりにも無知だったことが不甲斐ない」
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 白人が持つ土地に政府は手を出せない。銀行や鉱山も白人の支配下にある。旧政権下の公務員の職と年金も保証せにゃならん。そのため新政府は借金まみれ。資金を調達するため、新政府は「民営化によって国家の財産」を売る。買い手はもちろん…。

 そもそもマンデラ氏に対し…

彼(ネルソン・マンデラ)が釈放されるや、南アの株式市場はパニック状態に陥って暴落し、通貨ランドは10%下落した。数週間後、ダイヤモンド関連企業デビアス社は、本社を南アからスイスに移した。
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 そうか、デビアスの本社は南アフリカにあったのか。それはさておき、南アフリカの黒人たちは旧政府の白人の年金のため、今もせっせと税金を払い続けている。その結果…

マンデラが釈放された1990年以降、南ア国民の平均寿命はじつに13年も短くなっている
  ――第10章 鎖につながれた民主主義の誕生

 結局のところ、政治的な差別が経済的な差別に変わっただけで、しかも格差はさらに酷くなっているのだ。

【おわりに】

 うう、まだ上巻が終わらない。どうしよう。などと悩みつつ次の記事に続く。

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2020年8月 3日 (月)

ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上・下」岩波書店 幾島幸子・村上由見子訳 1

アメリカン・エンタープライズ研究所「ルイジアナ州の教育改革者が長年やろうとしてできなかったことを(中略)ハリケーン・カトリーナは一日で成し遂げた」
  ――序章 ブランク・イズ・ビューティフル

ピノチェトは急激な収縮によって経済に刺激を与えれば、健全な状態に戻すことができるという未検証の理論に基づき、故意に自国を深刻な不況に追いやった。
  ――第3章 ショック状態に投げ込まれた国々

国家による虐殺が認められる限りにおいて、軍事政権はそれをソ連国家保安委員会(KGB)から資金を受けた危険な共産主義テロリストとの戦いであるとして正当化した。
  ――第3章 ショック状態に投げ込まれた国々

治安当局の手入れによって逮捕された人々の大多数は軍事政権が主張する「テロリスト」ではなく、政府が推進する経済プログラムにとって重大な障害になるとみなされた人々だった。
  ――第4章 徹底的な浄化

拘束者に対して広範に行われる虐待は事実上、その国や地域の多くの人々が反対するシステム――政治的なものであれ、宗教的、経済的なものであれ――を政治家が強制的に実施しようとしていることの確実な兆候である。
  ――第5章 「まったく無関係」

【どんな本?】

 チリ・グアテマラ・アルゼンチンなどの中南米諸国,ベルリンの壁崩壊後のロシアや東欧諸国,サッチャー政権下のイギリス,アパルトヘイト撤回後の南アフリカ,通貨危機時のアジア,フセイン政権打倒後のイラク、そしてハリケーン・カトリーナに見舞われたルイジアナ州。

 財政危機・体制崩壊・経済危機・戦争・自然災害と、それぞれ原因は様々だが、そこに住む人々は、いずれも似たような状況に陥った。とりあえず生きていくのに精いっぱいで、他のことに頭が回らない。

 そんな時、彼らを支えるべきIMF(国際通貨基金)や世界銀行は、一貫して共通の姿勢を示した。

 それはどんな姿勢なのか。そこにはどんな思惑があるのか。彼らは何を目指しているのか。その思想の源流はどこにあるのか。

 カナダ生まれのジャーナリストが、グローバル経済の発展と多国籍企業の躍進がもたらした「惨事便乗型資本主義」の来歴と正体を暴き、その危険性を警告する、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Shock Doctrine : The Rise of Disaster Capitalism, by Naomi Klein, 2007。日本語版は2011年9月8日第1刷発行。単行本ハードカバー上下巻の縦一段組みで本文約345頁+325頁=約670頁に加え、訳者幾島幸子による訳者あとがき4頁。9ポイント46字×19行×(345頁+325頁)=約585,580字、400字詰め原稿用紙で約1,464枚。文庫なら上中下巻ぐらいの大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、南米やスリランカなど日本人にはなじみの薄い地域が舞台となるので、人によっては戸惑うかも。

【構成は?】

 章ごとに舞台が変わるので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  •  上巻
  • 序章 ブランク・イズ・ビューティフル 30年にわたる消去作業と世界の改革
  • 第1部 二人のショック博士 研究と開発
    • 第1章 ショック博士の拷問研究室
      ユーイン・キャメロン、CIA そして人間の心を消去し、作り変えるための狂気じみた探求
    • 第2章 もう一人のショック博士
      ミルトン・フリードマンと自由放任実験室の探求
  • 第2部 最初の実験 産みの苦しみ
    • 第3章 ショック状態に投げ込まれた国々
      流血の反革命
    • 第4章 徹底的な浄化
      効果をあげる国家テロ
    • 第5章 「まったく無関係」
      罪を逃れたイデオローグたち
  • 第3部 民主主義を生き延びる 法律で作られた爆弾
    • 第6章 戦争に救われた鉄の女
      サッチャリズムに役だった敵たち
    • 第7章 新しいショック博士
      独裁政権に取って代わった経済戦争
    • 第8章 危機こそ絶好のチャンス
      パッケージ化されるショック療法
  • 第4部 ロスト・イン・トランジション 移行期の混乱に乗じて
    • 第9章 「歴史は終わった」のか?
      ポーランドの危機、中国の虐殺
    • 第10章 鎖につながれた民主主義の誕生
      南アフリカの束縛された自由
    • 第11章 燃え尽きた幼き民主主義の火
      「ピノチェト・オプション」を選択したロシア
  • 原注
  •  下巻
  • 第4部 ロスト・イン・トランジション
    • 第12章 資本主義への猛進
      ロシア問題と粗暴なる市場の幕あけ
    • 第13章 拱手傍観
      アジア略奪と「第二のベルリンの壁崩壊」
  • 第5部 ショックの時代 惨事便乗型資本主義複合体の台頭
    • 第14章 米国内版ショック療法
      バブル景気に沸くセキュリティー産業
    • 第15章 コーポラティズム国家
      一体化する官と民
  • 第6部 権力への回帰 イラクへのショック攻撃
    • 第16章 イラク抹消
      中東の“モデル国家”建設を目論んで
    • 第17章 因果応報
      資本主義が引き起こしたイラクの惨状
    • 第18章 吹き飛んだ楽観論
      焦土作戦への変貌
  • 第7部 増殖するグリーンゾーン バッファーゾーンと防御壁
    • 第19章 一掃された海辺
      アジアを襲った「第二の津波」
    • 第20章 災害アパルトヘイト
      グリーンゾーンとレッドゾーンに分断された社会
    • 第21章 二の次にされる和平
      警告としてのイスラエル
  • 終章 ショックからの覚醒 民衆の手による復興へ
  • 訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 経済学とは、科学のフリをした宗教なのだ。

 何かと数式を持ち出して科学っぽい雰囲気を出しちゃいるが、肝心の元になるデータは都合のいい所のつまみ食いだ。主張はいろいろある。が、どれにしたって、結論が最初にあって、それに都合のいい理屈をつけてるだけ。データから結論を導き出す科学とは、まったく逆の手口でやりあってる。

 同じ不況対策でも経済学者によって正反対の意見が出るってのも奇妙だ。数学や工学じゃまずありえない話だが、最初から結論が決まってるんだからそうなるのも当然である。この辺は「経済政策で人は死ぬか?」の冒頭に詳しい。

 宗教なんだから、宗派争いも激しい。大雑把には二派に別れる。ケインズ派とハイエク派だ(というか、私は大雑把にしか知らない)。ケインズ派は大きな政府を望み貧乏人に優しく、ハイエク派は小さな政府を望み金持ちに優しい。

 ケインズ派の始祖はジョン・メイナード・ケインズ(→Wikipedia)で、その理論はニューディール政策(→Wikipedia)で結実する。不況に対し政府が大金を投じて大事業を行い、人びとに職と収入を与えた。

 これを憎むのがフリードリヒ・ハイエク(→Wikipedia)の名を冠するハイエク派だ。本書ではミルトン・フリードマン(→Wikipedia)が頭目のシカゴ学派や新自由主義としているが、ネオリベ(→Wikipedia)の方が通じるかも。「ゾンビ経済学」では淡水派と呼んでいる。

 新自由主義の政策は三つに集約できる。政府事業の民営化,規制緩和,そして社会支出の大幅削減だ。たいていの事は政府より民間企業の方が効率的で巧くやれる、だから政府は事業を売り払って民営化を進め、自由競争に任せろ。そういう主張だ。どっかで聞いたことがありませんか?

 東欧に続くソ連崩壊で共産主義の幻想は消えた。ベルリンの壁崩壊後、東欧からはウヨウヨとトラバント(→Wikipedia)が這い出してきた時、私は思い知った。アレが東欧の大衆車なのだ。当時の日本の大衆車といえば、ニッサン・サニーかトヨタ・カローラだ。私はホンダ・シビックが好きだが。いや排気量的にダイハツ・ミラやスズキ・アルトと比べるべき? いずれにせよ資本主義の方がクルマの質はいいし庶民にも普及してる。政府は余計な事すんな。自由競争ばんざい。

 などと唱えるものの、なかなか世間は納得しない。東欧崩壊以降はだいぶ風向きが変わったが、その前は強い抵抗にあった。そこでシカゴ学派は思い切った手段に出る。それがショック・ドクトリン、著者が呼ぶところの惨事便乗型資本主義だ。

 カタカナだったり漢字ばっかりだったりで小難しそうだが、火事場泥棒に雰囲気は掴める。大惨事で人々が右往左往しているウチに政府を乗っ取り、強引に民営化・規制緩和・社会支出の大幅削減をやってしまえ、そういう手口である。酷い時には、自ら火をつけたり。

 この時に協力するのが合衆国政府だったりIMFだったり世界銀行だったり。そして利益を得るのはグローバル企業だ。人々は職を失うだけで済めば御の字で、土地や家、そして命までも奪われる。

 ショック・ドクトリンの源を探る第1部に続き、第2部以降では世界を股にかけたシカゴ学派の活躍を描いてゆく。そのメロディはどれも同じだ。政治的・経済的・軍事的または自然災害などの大規模な衝撃が人々に襲い掛かる。政府が財源に悩み人々がアタフタしている間に、電気や水道など政府の公共事業や規制されていた土地が民間それも海外の企業に叩き売られる。企業は経費削減で従業員のクビを切り、失業者が大幅に増える。

 それで経済が立ちなおりゃともかく、まずもってロクな事にならない。停電や断水が頻発し物価は上がり医療は崩壊する。人々は街に繰りだしデモで政府を批判するが、政府もシカゴ学派も反省しない。「御利益がないのは信心が足らないから」とばかりに、更なる民営化と規制撤廃を進めてゆく。

 このあたりは、「ポル・ポト ある悪夢の歴史」が描くクメール・ルージュとソックリだったり。この記事の冒頭で「経済学とは、科学のフリをした宗教」としたのは、そんなシカゴ学派の姿勢が狂信者とソックリだからだ。誰だって「自分は間違った」と認めるのは嫌だ。まして、結果として多くの人が死んだのなら尚更だ。この辺は「まちがっている」が詳しい。

 ああ、ゴタクばっかしでなかなか本書の紹介に入れない。それというのも、本書がとてもショッキングであり、頭が混乱して右往左往しているからだ。次の記事から、少し落ち着いて内容を紹介するつもりだ。

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2020年7月 3日 (金)

佐藤岳詩「メタ倫理学入門 道徳のそもそもを考える」勁草書房

メタ倫理学においては、そもそも規範倫理学が前提としている様々なことが疑問に付される。たとえば「正しいこと」など本当に存在するのだろうか。そもそも「正しい」とはどういう意味なのだろうか。私たちはなぜ「正しいこと」をしなければならないのだろうか、などである。
  ――第1章 メタ倫理学とは何か

道徳について何かを問うても、答えなど見つからない。偉そうなことを言っている人も、結局は自分の感情を表現しているだけだ、と表現型情緒主義者は述べる。
  ――第7章 道徳判断を下すとは自分の態度を表すことである

非実在論―非認知主義―表出主義的な世界観は、道徳を自分たちの中から生み出されて、私たち自身を導くものとして捉えた。他方で、実在論―認知主義―記述主義的な世界観は、道徳を世界に実在する真理と考え、それが見えれば私たちは自らそれに向かって歩みを進めるものと捉えた。
  ――第8章 道徳判断を下すとは事実を認知することである

まっとうな心をもった人であれば、そうした場面に遭遇したときに、そうしなければならないことがわかるし、それでいい。そう直感主義は考える。
  ――第9章 そもそも私たちは道徳的に善く振る舞わねばならないのか

【どんな本?】

 倫理学は大雑把に三つの分野がある。規範倫理学、応用倫理学、メタ倫理学だ。

 規範倫理学は、善悪の基準を求める。最大多数の最大幸福を求める功利主義、善き性質を身に着けるのが大事とする徳倫理学などだ。

 応用倫理学は、私たちが直面している切実で生々しい問題を扱う。脳死臓器移植の是非、IT技術者などの規範を決める専門職倫理学、環境問題を考える環境倫理学などだ。

 対してメタ倫理学は、規範倫理学の根拠に疑問を呈する。

 そもそも善悪の基準は存在するのか? そもそも善悪とは何なのか? そもそも善悪について語る必要はあるのか?

 そう、メタ倫理学の特徴は「そもそも」にある。規範倫理学が礎としている基本的な事柄に対し、「そもそも、○○って何なの?」と疑い、何らかの解を示す。それがメタ倫理学だ。

 ただし、今のところ、メタ倫理学に決定的な解は出ていない。幾つもの流派が分かれては合流して新しい流派を生み、喧々囂々の戦国時代にある。

 そこで本書は、メタ倫理学の入門書として、メタ倫理学の全体を見渡す「地図」を目指している。

 メタ倫理学は、どんな問題を扱うのか。それぞれの問題に対し、どんな説や流派があるのか。流派の間では、どんな議論が交わされているのか。そして、そもそもメタ倫理学とは何なのか。

 敢えて個々の流派の深みに踏み入る事を避け、あくまでもメタ倫理学全体を俯瞰する立場で著した、素人向けのメタ倫理学の入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年8月20日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約325頁に加え、あとがき8頁。9ポイント52字×20行×325頁=約338,000字、400字詰め原稿用紙で約845枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 つまりは哲学の本なので、どうしてもややこしい表現が多いのは覚悟しよう。ただし、できる限り分かりやすくするために、著者は工夫を凝らしている。なるべく身近で具体的な例を示す、部や章の最初と最後に「まとめ」を入れる、箇条書きを使う、などだ。また、本文頁に脚注を入れ、頁をめくらずに済むようにしているのも嬉しい。

 表紙の漫画っぽいイラストや、手に取りやすいソフトカバーの製本など、ややこしい事柄をできる限りわかりやすく伝え、読者をメタ倫理学の泥沼に引きずり込もうとする、著者の熱意と陰謀が伝わってくる本だ。

【構成は?】

 最初に全体を俯瞰して、続く章で個々の話を述べる形だ。なので、なるべく素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • Ⅰ 道徳のそもそもをめぐって
  • 第1章 メタ倫理学とは何か
    • 1 倫理学とは何か
    • 2 倫理学の分類
    • 3 メタ倫理学はなんの役に立つのか
    • 4 メタ倫理学では何が問われるのか
    • 5 本書の構成
  • 第2章 メタ倫理学にはどんな立場があるか
    • 1 客観主義と主観主義
    • 2 道徳的相対主義
    • 3 客観主義と主観主義のまとめ
  • Ⅱ 道徳の存在をめぐって
  • 第3章 「正しいこと」なんて存在しない 道徳の非実在論
    • 1 道徳の存在論
    • 2 錯誤理論 道徳の言説はすべて誤り
    • 3 道徳の存在しない世界で
    • 4 道徳非実在論のまとめ
  • 第4章  「正しいこと」は自然に客観的に存在する 道徳実在論 1)自然主義
    • 1 実在論の考え方と二つの方向性
    • 2 素朴な自然主義 意味論的自然主義 もっともシンプルな自然主義
    • 3 還元主義的自然主義 道徳を他の自然的なものに置き換える
    • 4 非還元主義的自然主義 道徳は他と置き換えられない自然的なもの
    • 5 自然主義全般の問題点
    • 6 自然主義的実在論のまとめ
  • 第5章 「正しいこと」は不自然であろうと存在する 道徳的実在論 2)非自然主義的実在論
    • 1 神命節
    • 2 強固な実在論
    • 3 理由の実在論
    • 4 非自然主義的実在論のまとめ
  • 第6章 そもそも白黒つけようとしすぎじゃないのか 第三の立場と静寂主義
    • 1 準実在論 道徳は実在しないが、実在とみなして構わない
    • 2 感受性理論 道徳の実在は私たちの感受性を必要とする
    • 3 手続き的実在論 道徳は適切な手続きを通して実在する
    • 4 静寂主義 そもそも実在は問題じゃない
    • 5 第三の立場および第Ⅱ部のまとめ
  • Ⅲ 道徳の力をめぐって
  • 第7章 道徳判断を下すとは自分の態度を表すことである 表出主義
    • 1 道徳的な問いに答えること
    • 2 表出主義
    • 3 表現型情緒主義 道徳判断とは私たちの情緒の表現である
    • 4 説得型情緒主義 道徳判断とは説得の道具である
    • 5 指令主義 道徳判断とは勤めであり指令である
    • 6 規範表出主義 道徳判断とは私たちが受け入れている規範の表出である
    • 7 表出主義のまとめ
  • 第8章 道徳判断を下すとは事実を認知することである 認知主義
    • 1 認知主義
    • 2 内在主義と外在主義
    • 3 ヒューム主義 信念と欲求は分離されねばならないか
    • 4 認知は動機づけを与えうるか
    • 5 道徳判断の説明のまとめ
  • 第9章 そもそも私たちは道徳的に善く振る舞わねばならないのか
    • 1 Why be Moral 問題
    • 2 道徳的に善く振る舞うべき理由などない
    • 3 道徳的に善く振る舞うべき理由はある プリチャードのジレンマ
    • 4 道徳的価値に基づく理由
    • 5 最終的価値に基づく理由 理性主義
    • 6 そもそも理由なんていらなかった? 直感主義、再び
    • 7 Why be Moral 問題および第Ⅲ部のまとめ
  • おわりに
  • あとがき/文献一覧/事項索引/人名索引

【感想は?】

 そう、この本は地図だ。惑星「メタ倫理学」の地図だ。

 きっとあなたは、メタ倫理学なんか知らない。聞いたこともないだろう。だが、この本のどこかに、あなたは居る。

 なぜなら、あなたは善悪を判断できるからだ。何が正しくて何が正しくないかを分かっているからだ。いや、時として分からなくなることがあるかも知れない。というか、普通に生きてりゃ「どうすりゃいいのか」と悩むことは必ずある。

 それでも、悩んだ挙句に、あなたは何らかの解を出す。つまりは、あなたなりに「正しさ」の基準を持っているのだ。

 ただし、往々にして、人によって「正しさ」の基準は違う。体罰や夫婦別性などでは、激しい議論が沸き起こる。賛否いずれの側も、自分が正しいと思っている。では、「正しい」って、何なんだろう?

 その解は、人によって違う。違うけど、みんな自分なりの解を持っている。それはつまり、誰もが惑星メタ倫理学上のどこかに居るってことだ。

 そういう点で、この本は万民向けの本だ。あなたはメタ倫理学上において、必ず何らかの意見を持っている。ただ、自分の意見がどう呼ばれているか知らないだけだ。

 この本の面白さのひとつが、ソレだ。自分の居場所がわかる。自分だけじゃない、あなたとは意見が異なる人の居場所もわかる。もっとも、居場所がわかるだけで、なぜ違うのか、どっちが正しいのかまでは判らないけど。その辺は中立的というか、議論を紹介するに留めているのが、この本のもう一つの特徴だろう。

 ちなみに私は非実在論―非認知主義―表出主義らしい。これを突き詰めると、ある意味ヤバい考え方になる。なにせ…

非実在論の立場によれば、道徳的な事実や性質といったものは、いっさい存在しない。
  ――第3章 「正しいこと」なんて存在しない 

 と、解釈の仕方によっては、とんでもねえ思想って事になりかねない。なんたって、極論すれば「正義なんてない」って思想なのだから。少なくとも、アブラハムの神を真剣に信じている人からすれば、不道徳きわまりない奴に見えるだろう。つか、こんな事を全世界に向けて書いて大丈夫なのか俺。まあ、そういう発想は生理的に受け入れられないって人向けに、こういう論も紹介している。

その説明があまりにも、私たちの直感からかけ離れたものであるとすれば、それはそれで理論としては問題含みである。
  ――第5章 「正しいこと」は不自然であろうと存在する

 理屈はどうあれ、結論が納得できないなら、やっぱ間違ってるんじゃね? と、そういう事だ。ソレはソレで、世の中の仕組みと合ってるだろう。賢い人がいくら精緻な理屈を述べようと、国民の多くが反対する制度や法律は、たいてい成立しないし。

 などと、「こんな問題があります」「それについてはこんな論があります」「対してこんな反論もあります」と話を進め、なんか賢くなった気分にさせた後で、一気にちゃぶ台返しを食らわすから、この本は油断できない。

この考え方(静寂主義)によれば、そもそも私たちは道徳的な事実の実在をめぐって議論する必要はなく、そのような形而上的な議論については静寂を保つべきである。それはなぜかと言えば、道徳的な事実が存在しようとしまいと、私たちの日常には何の影響もなく、何の道徳的問題も解決されないからである。
  ――第6章 そもそも白黒つけようとしすぎじゃないのか

 をいw 今までの議論は何だったんだw せっかく頑張ってややこしい理屈を読み解いたのにw

 私の感想としては、どの主義も「有り/無し」のデジタル思考に囚われすぎというか、ヒトの心を単純化しすぎというか、そんな風に感じた。

 例えば、この本では、大雑把に二つの対立陣営を紹介している。非実在論―非認知主義―表出主義的と、実在論―認知主義―記述主義だ。これキッパリ切り分けられるんじゃなくて、たいていの人は双方を含んでいて、その割合が人によって違うし、時と場合と状況によっても割合が変わるんだろう、とか。

 また、今のところメタ倫理学は理屈から現象を検証しようとしてるけど、逆に現象から理屈を導き出そうとしてる行動経済学とかと交流が盛んになったら、なんかとんでもねえ化け物が出てきそうな気がする。

 と、自分の位置を確かめるって読み方をしてもいいし、自分には理解できない立場、例えば人種差別主義者の立ち位置を想定してみてもいい。または「哲学者ってのは何をやってるのか」を覗き見する楽しみもある。ややこしくて面倒くさいけど、ソレはソレで面白そうな仕事だよなあ、と思ったり。少なくとも、倫理学にハッキリした解は(少なくとも今のところは)出ていないのだ、ってのだけでも分かれば、この本を読んだ価値は充分にある。

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2020年4月 6日 (月)

ブラッド・トリンスキー&アラン・ディ・ペルナ「エレクトリック・ギター革命史」リットーミュージック 石川千晶訳

鶏が先か卵が先かと言われたら、先に登場したのはエレクトリック・ギターでなくアンプのほうだろう。
  ――第1章 ブラザー、ミュージシャン、聴け、奇跡の音を

すぐに来なさい。ベニー・グッドマン本人に会わせよう。
  ――第2章 偉大なるチャーリー・クリスチャンの功績

ホロウ・ボディのギターは内部が音響室となり、様々に異なる周波数で共鳴するから音が鳴るのだというのがこれまでの常識だった。しかし、そこで弦だけを独立させたらどうなるんだろう?
  ――第3章 レス・ポール ウォキショーから来た魔法使い

振り返ってみれば、テレキャスターはフェンダー王朝が世に送り出すソリッド・ボディ、シングルコイル・ピックアップ、ボルトオン・ネックを特徴とするエレクトリック・ギターの記念すべき第1弾だったのだ。
  ――第4章 モデルT テレキャスターが切り拓いた新世界

…楽器店には安価でも素晴らしい機能を持つもう一つのオプションがあった。どんなアコースティック・ギターでも取り付けた瞬間から電気楽器に変えることができる独立型装置、それが比較的手頃な25ドルという価格で購入できたディアルモンドの電磁ピックアップだ。
  ――第5章 ブルース(とカントリー)から生まれた子、ロックンロール

(セス・)ラヴァーの(ハムバッキング・ピックアップの)コンセプトとは、従来1本だったコイルを2本使い、各々の巻き線の向きと磁極を逆にセットすることにより、電流の流れに干渉、すなわちハムノイズを相殺し合う、もしくは抵抗を大きくするという考え方だった。
  ――第6章 ソリッド・ボディのストラディバリウス

ブリティッシュ・インベーションのサウンドとはすなわちヴォックス・アンプのサウンドだったのだ。
  ――第7章 ファブ12 ビートルズがやって来た

(マイケル・)ブルームフィールドがゴールドトップをプレイしていた頃には、サンバーストの(レスポール・)スタンダード)など誰も欲しがらなかった
  ――第8章 ジミ・ヘンドリクス アンプリファイドされた革命

エドワード・ヴァン・ヘイレン「ともかく俺はトーン・コントロールには触ったこともない」
  ――第9章 噴火 伝説の爆撃機、世界へ

スティーヴ・ヴァイ「いったい何がトレモロ・ユニットの可変幅を抑止しているのだろう?」
  ――第10章 メイド・イン・ジャパン

ポール・ロード・スミス「当初から僕は、エレクトリック・ギターとは磁気マイクロフォンを搭載したアコースティック・ギターであり、エレクトリック・サウンドとなったときに大きな違いを生むのはソリッド・ボディ・ギターの<アコースティック・サウンド>なのだという独自の推論を立てて製作にあたっていた」
  ――第11章 ギター・オタクの逆襲

人々がその楽器を使って新しい音楽を作ろうとしない限り、楽器も進化していかない。
  ――第12章 プラスティック・ファンタスティック ビザール・ギターの復権

【どんな本?】

 始祖チャック・ベリー,革命児ジミ・ヘンドリックス,重爆撃機エドワード・ヴァン・ヘイレン…。エレクトリック・ギター・プレイヤーには、綺羅星の如く輝けるスター・プレイヤーが連なっている。

 そんな彼らも、アイザック・ニュートンと同様に、巨人の肩の上に乗っているのだ。では、彼らを乗せた巨人とは、どんな者なのか。いつ生まれ、何を食らい、どのように育ってきたのか。

 エレクトリック・ギターは、バイオリンやピアノに比べ、歴史が浅い。それだけに、演奏法も楽器そのものも、今もって激しい変異を繰り返している。その変異は、プレイヤーにみならず、ギター製作者との共謀によって成し遂げられてきた。

 エレクトリック・ギター誕生前夜のリゾネーターから現代のビザール・ギターまで、エレクトリック・ギターの進化史を明らかにする、ユニークでエキサイティングな現代史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Play It Loud : An Epic History of the Style, Sound, and Revolution of the Electric Guitar, by Brad Tolinski and Alan Di Perna, 2016。日本語版は2018年2月23日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約519頁。9ポイント39字×19行×519頁=約384,579字、400字詰め原稿用紙で約962枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。意外と内容も親切だ。というのも、多くのエレキギターの本は、ベグやブリッジなどギターの部品の名前を何の説明もなしに使う本が多いんだが、この本はちゃんと説明している。ただし、頭から順に読めば、だが。

 もっとも、この手の音楽本の例に漏れず、Youtube で音源を漁りはじめると、なかなか前に進めないのが困り物w

【構成は?】

 お話は時系列で進むが、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 序文 カルロス・サンタナ
  • 第1章 ブラザー、ミュージシャン、聴け、奇跡の音を
    マグネティック・ピックアップの生みの親、ジョージ・ビーチャム/ナショナル&ドブロとドピエラ兄弟/“フライング・パン”の誕生
  • 第2章 偉大なるチャーリー・クリスチャンの功績
    初のエレキ・ギター・ヒーロー、チャーリー・クリスチャン/ギブソンES-150と“チャーリー・クリスチャン・ピックアップ”
  • 第3章 レス・ポール ウォキショーから来た魔法使い
    発明家ギタリスト、レス・ポール/ソリッド・ボディのエレキ・ギター“ログ”/多重録音とエフェクトが生み出した未知のサウンド
  • 第4章 モデルT テレキャスターが切り拓いた新世界
    レオ・フェンダーとポール・ビグスビー、マール・トラヴィス/画期的な量産エレキ・ギター、テレキャスターの誕生/ストラトキャスターとサーフ・ミュージック
  • 第5章 ブルース(とカントリー)から生まれた子、ロックンロール
    マディ・ウォーターズとディアルモンド・ピックアップ/グレッチとチェット・アトキンス/ロックンロールの伝道者、チャック・ベリー
  • 第6章 ソリッド・ボディのストラディバリウス
    光り輝くレス・ポール・モデルの誕生/エリック・クラプトンと1960年製レス・ポール・スタンダード/ギブソンのモダニズム、ES-335とフライングV
  • 第7章 ファブ12 ビートルズがやって来た
    ビートルズという社会現象とリッケンバッカーの躍進/英国勢の大侵略を支えたヴォックス・アンプ/ローリング・ストーンズの愛器たち
  • 第8章 ジミ・ヘンドリクス アンプリファイドされた革命
    ボブ・ディラン、エレキ・ギターを手にする/フォークを葬ったマイケル・ブルームフィールド/フィードバックの料理人、ジェフ・ベックとピート・タウンゼント/マーシャルの咆哮/ジミ・ヘンドリクスの破壊と創造
  • 第9章 噴火 伝説の爆撃機、世界へ
    エドワード・ヴァン・ヘイレンの実験/ディマジオ・スーパー・ディストーション/シャーベルトシェクター/フランケンストラトの誕生/フロイド・ローズが覆すビブラートの概念
  • 第10章 メイド・イン・ジャパン
    スティーヴ・ヴァイの探求心/日本製エレキ・ギターの躍進/アイバニーズJEM/MTV時代のロック・ギター/異端児、スタインバーガー
  • 第11章 ギター・オタクの逆襲
    ポール・リード・スミスのギター・オタク的視点/カルロス・サンタナの要望/ギブソン+フェンダー=PRS/ビンテージ・ギターの再評価/テッド・マカーティに贈る栄冠
  • 第12章 プラスティック・ファンタスティック ビザール・ギターの復権
    安物ビザール・ギターの逆襲/時代を先取ったヴァルコ・エアライン/ガレージ・ロッカーたちの選択/エレクトリック・ギターのこの先
  • 年表/索引

【感想は?】

 やはり楽器は音を聴かなきゃピンとこない。ということで、Youtube の助けを借りながら紹介していこう。

 はじまりは1920年代。ハワイアン・ギタリストのジョージ・ビチャムは悩んでいた。ギターは他の楽器に比べ音が小さい。そこでジョン・ドビエラと組んで作ったのが…

Swamp Dog Blues / 1930s Broman Resonator Guitar

 リゾネーター・ギター、俗にドブロと呼ばれるギター。ブリッジ下に共鳴コーンを取り付けたのが特徴。独特のやや金属的な音だ。今でも桑田佳祐が愛用してる…と、思った。

 だが、まだ音量が足りない。ここで蓄音機のピックアップにヒントを得て、革命的な発想に至る。「弦の振動を直接拾えばいんじゃね?」ピックアップの誕生だ。この偉大さはいくら強調してもしきれない。なにせ、エレキギター自体は、音=空気の振動を伴わない。電気で増幅することで、はじめて音になる。従来の楽器とは、根本的に発想が異なるのだ。

Rickenbacker Frypan Hawaiian Jam

 そして完成したのが、フライング・パン。ブリッジ近くのカバーの下に、シングルコイル・ピックアップがある。動画のように、膝の上にのせ、スティール・ギターの要領で弾く。

 一見ハワイアン向けの楽器のように思えるが…

Rickenbacher, A 22 Electro Hawaiian Guitar

 こんな風に、アンプの使い方次第で、ヘヴィメタルにも使えそうなディストーション(というよりオーバードライブ)・サウンドになったり。この妙に粘っこい音、とっかで聞いたような気がしたが、ジェフ・ヒーリーだった。膝の上で弾くと、こういう粘り気のある音になるんだろうか?

 フライング・パンの成功は、柳の下に次々とドジョウを集める。その一つがギブソン社のES-150。ホロウ・ボディに2個のf型サウンド・ホール、フロント側にバー・ピックアップ、ノブはボリュームとトーン。そしてプレイヤーは…

Charlie Christian SWING TO BOP (1941)

 世界最初のギター・ヒーロー、チャーリー・クリスチャンだ。実は彼のプレイを聞いたのは初めてなんだが、フレージングがあんまりにもスリリングなんで驚いた。その音色はエリック・ゲイルやジョージ・ベンソンなど現代のジャズ・ギタリストに今なお受け継がれている。1942年に25歳の若さで亡くなるって、早すぎる。ここでは人種差別に叛旗を翻すベニー・グッドマンの逸話も心地よい。

 チャーリー・クリスチャンが見つけたフロンティアに、続々と開拓者が集まってくる。中でも野心に溢れていたのが…

Les Paul - Lover - 1948

 今もギブソンの名器に名を残すレス・ポールだ。電気工作にも通じていた彼は、棒切れのような自作ギター「ログ」(→Google画像検索)などで実験を重ねる。動画の「ラヴァー」では、それに多重録音や自宅スタジオでのエフェクトなども試してゆく。後にジミ・ヘンドリックスやプログレ者が向かう「新しい機材による新しい音の追求」の第一走者でもある。

 もちろんメーカーだって黙っちゃいない。新しい楽器に相応しく新しい企業も参入してくる。その代表がレオ・フェンダーことクラレンス・レオニダス・フェンダー。電化の時代の空気を読んだのか、それまでの楽器の概念を覆し「量産の工業製品」然としたエレクトリック・ギターを生み出す。

Johnny Burnette Trio-Train Kept A Rollin'

 レオはカントリーが好きだったが、往々にして優れたモノは作者の思惑を超えて使われる。ギターのポール・バリソンが使っているのは、たぶんエクスワイアだろう。やがてレオはギタリストたちとの交流を通じ、もう一つのベストセラーとなるストラトキャスターや、ガレージ・バンド最後のピースであるプレシジョン・ベースも生み出してゆく。

 安価な市場を切り開いたテレキャスターにすら、貧しい者には手が出ない。だが貧者には最後の手段があった。既存のギターにピックアップを取り付けりゃいいのだ。

Muddy Waters - I Feel Like Going Home

 この救済策に救われたのがシカゴ・ブルースの帝王マディ・ウォーターズ。ここではシカゴ・ブルース誕生の物語も面白い。このマディが Free に大きな影響を与え、Free は MR.BIG へと受け継がれてゆく。ちなみに Free のポール・ロジャースは Muddy Waters Blues なんてソロ・アルバムも出してて、これの参加メンバーが豪華絢爛なんだよなー。

 などの動きは、老舗も無視できない。だが老舗には誇りがある。ブランドに値する品質でなければならない。ここで出てきたのが先のレス・ポール。ただし本書によると、彼はほぼ名前を貸しただけっぽいw

John Mayall and The Bluesbreakers with Eric Clapton

 そんなギブソン・レスポールの名をあげたのが、エリック・クラプトン。ここで聴ける音は、現代のヘヴィメタルに欠かせないディストーション・サウンドだ。いやたぶんアンプによるオーバードライブだけど。もっとも、アルバムが出たのは1966年で、レスポール・スタンダードの発売は1958年~1960年。同時期にギブソンはトチ狂ってフライングVやエクスプローラーも出すんだが、これの売り上げが見事に爆死する話は切ないw ES-335は評判がよかったようだけど。

 そのクラプトンに先立つ1964年、四頭の怪物がアメリカに上陸する。そう、ビートルズだ。

A Hard Day's Night (Remastered 2015)

 これにいち早く目を付けたのがフランシス・ケアリー・ホール率いるリッケンバッカー。最初の来米時に四人と会見の約束を取り付け、グレッチ・マニアだった彼らに売り込みをかける。特にジョージ・ハリスンが12弦の360/12を気に入ったのが功を奏し、飛躍を遂げる。今でもオッサンは動画の最初のコードで理性が蒸発してしまう。ここでは港町リバプールが四人に与えた影響も面白い。

 ビートルズに続きローリング・ストーンズなど、次々と続く侵略に対し、アメリカもイギリスに逆上陸を仕掛け、見事に成功を果たす革命児が現れる。

Jimi Hendrix The Star Spangled Banner American Anthem Live at Woodstock 1969

 恐らくロック史上で最も有名なパフォーマンスだろう。左利きでありながら右利き用のギターをそのまま使い、ギターの常識を覆すサウンドと演奏を次々と生み出した男、ジミ・ヘンドリックス。これを可能にしたのが、ジム・マーシャル製作のギター・アンプと、ロジャー・メイヤーが生み出した数々のエフェクターだ。ギター&エフェクター&アンプの組み合わせによる無限の音色は、音楽の姿そのものを変えてゆく。デッドのサウンド・オブ・ウォールの原点もコレだったのね。

 この後もイーグルスやジョージア・サテライツなど、地元アメリカではパッとしなかった連中がロンドンで成功を勝ち取るケースは続くのだが、それはさておき。

 それだけ選択の自由が増えても、既製品に満足できない者はいる。なければ自分で作るしかない。折しもフェンダー,ギブソン共に儲け路線に走って品質が落ち込んでいた時代。自動車の改造と同じ感覚で、ギターのパーツ交換や改造を試みる者も現れる。そんな者向けの改造用パーツを供給した一人が、ラリー・ディマジオ。レスポール用にパワフルなハムバック・ピックアップを製作・販売し、マニアックながらも評判を得る。

Eddie Van Halen - Eruption

 だが、ディマジオの想像すら超える改造屋が現れた。ギブソンES-335のハムバック・ピックアップを、あろうことかライバルであるフェンダーのストラトキャスターに取り付けるとは、掟破りの改造である。改造もクレイジーだが、プレイは更に常識を外れていた。2分にも満たないソロで、エドワード・ヴァン・ヘイレンはエレクトリック・ギターの歴史を永遠に変えてしまう。そういやバック・トゥ・ザ・フューチャーでも、ヴァン・ヘイレンは宇宙人だった。あの最後のステージの場面は、ギターの歴史を凝縮してた。

 ギブソンとフェンダーの凋落と、エディ・ヴァン・ヘイレンの異次元殺法により、エレクトリック・ギター市場は一気に変貌する。このスキに乗じ日本のメーカーも安価な製品で米国市場振興を図る。最初は安かろう悪かろうだったのが、次第に品質も向上し、またアイバニーズがキンキラなJEMシリーズでステーヴ・ヴァイを射止めたりと、ヴィジュアルが大事なMTVとも相まって、次第に地位を固めてゆく。そういえばジャパン・パッシングで議員が東芝のラジカセを壊したのも、この頃でした。

The Police -Every little thing she does is magic (live´82)

 同じころ、キンキラとは逆に機能美を追求したのがネッド・スタインバーガー。ベースにはデッド・スポット(デッドポイント)がある。特定の音程だけ、妙に「鳴らない」のだ。これは周波数が一致しちゃってヘッドが弦の振動を吸収しちゃうから。「ならヘッドを無くしゃいいじゃん」と、画期的なデザイン変更を成し遂げる。という事で、動画はアンディ・サマーズよりスティングに注目してください。と言いつつ、やっぱアンディはブリッジ改造してるなあ。あれテレキャスターの弱点だしねえ。

 市場の変革は、新しい血の流入も促す。その代表がポール・リード・スミス率いるPRS社だ。ES-335などかつての名器に学びつつ、徹底して品質にこだわった高価な製品を世に送り出し、トップ・ギタリストたちの信頼をかち得てゆく。同じころ、リック・ニールセンやジョー・ウォルシュらコレクターも育ち、ジョージ・グルーンがビンテージ・ギターの市場をリードし始める。

Carlos Santana Victory is Won Live (En 16:9 y Sonido Remasterizado)

 動画はPRSを操るカルロス・サンタナ。もともとふくよかで官能的な音色と永遠とも思える伸びやかなサスティンにこだわるサンタナだけに、売り込むのは苦労したようだが、見事に眼鏡にかなった模様。ここでは団塊のオッサンたちが財力にモノをいわせてヴィンテージを買い漁る描写もあって、なんとも遠いところまで来てしまった的な感慨も。

 もちろん、動きがあれば反動もある。どこの国でも若者は貧しい。でも情熱だけはある。彼らはホームセンターの安物やリサイクル・ショップで中古品を漁り、ガレージで自分たちの音を奏で続ける。

White Stripes Grammy Awards

 彼らの想いを鮮やかに体現したのが、ホワイト・ストライプス。ジャック・ホワイトが抱えるギターは、ゴミ捨て場から拾ってきたようなオンボロだ。しかもバンドはベースすらいない、ギターとドラムのツーピース。これをグラミー賞のゴージャスなステージで演じる度胸には感服すしてしまう。そのステージで彼の出す音は、行き場のない怒りと狂気を否応なしに聴き手に突きつけてくる。

【おわりに】

 リゾネーター→フライング・パン→ES135→ログ と試行錯誤が続いた末に、テレキャスターで一つの完成形へとたどり着くあたりは、ヘンリー・ペトロスキーの「鉛筆と人間」や「フォークの歯はなぜ四本になったか」のように、右往左往しつつ次第に洗練されてゆく工業製品と同様の、技術史としての面白さがある。

 と同時に、作り手と使い手が互いに意見を出し合い、またはレス・ポールやエディ・ヴァン・ヘイレンのように双方を兼ねた者が、突飛なアイデアと職人芸を駆使して新しいモノを作り上げてゆく様子は、初期のオープンソース・ソフトウェア開発の熱気を見るような気分になってくる。

 とかの偉そうな理屈はともかく、この記事を書いている際に、色とりどりなギターの音を聴けるのも楽しかった。The 5, 6, 7, 8´s なんて卑怯なまでにオジサン殺しなバンドも見つけたし。いやホント、あの音には一発で参っちゃったぞ。

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