カテゴリー「書評:ノンフィクション」の105件の記事

2017年3月12日 (日)

ジョーゼフ・キャンベル「千の顔を持つ英雄 上・下」ハヤカワ文庫NF 倉田真木・斎藤静代・関根光宏訳

本書の目的は、(略)宗教上の人物や神話に出てくる人物の姿に形を変えられてしまった真実を、明らかにすることである。
  ――1949年版序文

夢は個人に属する神話で、神話は個人を排した夢である。
  ――プロローグ モノミス 神話の原形 1.神話と夢

神話は、伝記や歴史、宇宙論として誤読されている心理学なのである。
  ――第二部 宇宙創成の円環 第一章 流出 1.心理学から形而上学へ

【どんな本?】

 テセウスやギルガメシュなどの英雄の冒険、オルフェウスやイザナギの冥界行きなど、世界の神話や英雄物語には、幾つかの似たパターンがある。それは、人間の深層心理を表しているのではないか?

 ギリシャ神話・北欧神話・聖書・仏典など有名なものから、アルジェリアのヨルバ族・ニュージーランドのマオリ族・アメリカのブラックフット族などマニアックな民話まで広くかき集め、その共通点を洗い出した上で、フロイトやユングの精神分析の手法によって解析し、これらの物語が示す真実を明るみに出そうとする、神話学の古典である。

 と同時に、ジョージ・ルーカスのスター・ウォーズに大きな影響を与えたエピソードで有名なように、「面白い物語」の構造を示す、クリエイターのアンチョコでもある。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Hero With a Thousand Faces, by Joseph Campbell, 1949。私が読んだ日本語版は2015年12月25日発行のハヤカワ文庫NFの新訳版。それ以前だと、遅くとも1984年1月に人文書院から単行本が出ている。

 文庫本で上下巻、縦一段組みで本文約275頁+279頁=約554頁に加え、風野春樹による解説6頁。9ポイント41字×18行×(275頁+279頁)=約408,852字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。上下巻としては標準的な分量。

 ズバリ、かなり読みにくい。特に著者が持論を展開する部分は、表現が曖昧模糊として掴みどころがないし、論理の進め方も矛盾してたり飛躍してたり。

 ただし、各地の神話や伝説を語る所は、けっこうわかりやすい。やっぱり論理の飛躍や矛盾が多いのだが、神話や伝説ってのは、物語として頭に入りやすい構造になっているんだと思う。

【構成は?】

 手っ取り早く全体を掴みたい人は、「プロローグ モノミス 神話の原形」だけ読めばいい。相当に歯ごたえがあるけど。

 先に書いたように、キャンベルが自説を披露する部分は難しいが、そこで紹介している各地の神話・伝説・民話は、わかりやすくて楽しい。いっそ神話・伝説・民話の所だけを拾い読みしてもいいだろう。

 贅沢を言うと、神話やその登場人物の索引が欲しかった。

  •    上巻
  • 1949年版序文
  • プロローグ モノミス 神話の原形
    • 1 神話と夢
    • 2 悲劇と喜劇
    • 3 英雄と神
    • 4 世界のへそ
  • 第一部 英雄の旅
    • 第一章 出立
      • 1 冒険への召命
      • 2 召命拒否
      • 3 自然を超越した力の助け
      • 4 最初の教会を越える
      • 5 クジラの腹の中
    • 第二章 イニシエーション
      • 1 試練の道
      • 2 女神との遭遇
      • 3 誘惑する女
      • 4 父親との一体化
      • 5 神格化
      • 6 究極の恵み
  • 謝辞/原注/図版リスト
  •    下巻
  • 第一部 英雄の旅(承前)
    • 第三章 帰還
      • 1 帰還の拒絶
      • 2 魔術による逃走
      • 3 外からの救出
      • 4 期間の境界越え
      • 5 二つの世界の導師
      • 6 生きる自由
    • 第四章 鍵
  • 第二部 宇宙創成の円環
    • 第一章 流出
      • 1 心理学から形而上学へ
      • 2 普遍の円環
      • 3 虚空から 空間
      • 4 空間の内部で 生命
      • 5 一つから多数へ
      • 6 世界創造の民話
    • 第二章 処女出産
      • 1 母なる宇宙
      • 2 運命の母体
      • 3 救世主を孕む子宮
      • 4 処女母の民話
    • 第三章 英雄の変貌
      • 1 原初の英雄と人間
      • 2 人間英雄の幼児期
      • 3 戦士としての英雄
      • 4 恋人としての英雄
      • 5 皇帝や専制君主としての英雄
      • 6 世界を救う者としての英雄
      • 7 聖者としての英雄
      • 8 英雄の離別
    • 第四章 消滅
      • 1 小宇宙の終末
      • 2 大宇宙の終末
  • エピローグ 神話と社会
    • 1 姿を変えるもの
    • 2 神話、カルト、瞑想の機能
    • 3 現代の英雄
  • 謝辞/解説/原注/図版リスト/参考文献

【感想は?】

 読者の厨二病の進み具合がわかる本。

  1. ワケわかんねえ:陰性です。厨二病の心配はありません。
  2. 神話とか精神分析とか、なんかカッコいいじゃん:軽い厨二病の気があります。
  3. ケッ、今どき精神分析かよ:やや厨二病をこじらせつつあります。
  4. うをを、『マビノギオン』キターッ!!:かなり厨二病がこじれています。手遅れかもしれません。

 正直言って、私は精神分析を信じていない。だから序文でいきなりフロイトの名が出てきた時、「こりゃ地雷か?」と思った。が、こんな事を言われたら、なんか気になるじゃないか。

『ヴェーダ』にはこうある。「真実はひとつ。賢人はそれにたくさんの名前をつけて語る」

 で、読み進めていくと、ヴェーダに始まりアポリジニの儀式やテセウスとミノタウロスやブッダの瞑想など、その手の怪しげなモノが好きな人にはたまらんネタが、次から次へと出てくる。しかも、「様々な神話・伝説・民話を比べてみよう」ってテーマなので、自分が知っている物語と比べ始めると、妄想が走り出して止まらない。おかげで、なかなか頁がめくれなかったり。

 例えばテセウス(→Wikipedia)の冒険はスサノオの八岐大蛇退治っぽい、なんてのから始まって。

 メラネシアのト・カビナナとト・カルヴヴの兄弟の話は、舌切り雀や花咲爺さんと似てる。ト・カビナナがココナッツの実を投げると美女になり、ト・カルヴヴが投げると不細工になる。ト・カビナナが魚の木彫りを海に放すと、獲物を浜に追い込んでくれるが、ト・カルヴヴが真似をするとサメになって魚を食べてしまう。いじわる爺さんだな、ト・カルヴヴ。

 やはりピンとくるのが、ロシアの森に棲む魔女。毛深いけど美人で、森に迷い込んだ旅人を死ぬまで躍らせたりとイタズラもするけど、里の若者と結婚することもある。ただし夫が約束をやぶると「跡形もなく姿を消してしまう」。まるきし雪女か夕鶴か。

 イザナギの冥界行きなど日本の神話も調べてて、ちょっとした疑問が解けたのも嬉しい。私が知ってる他の神話だと、太陽神はたいてい男なんだが、天照大神は女だ。これ珍しいよねと思ってたんだが、やっぱり珍しいようだ。

男神ではなく、女神としての太陽のモチーフは希少であり、古代から広まっていた神話的状況の貴重な生き残りと言える。アラビア半島南部の大母神は、イラートという太陽の女神である。

 どうやらアポロンより古い世代の神話らしい。

アマテラスは、楔形文字で神殿の粘土板に記された古代シュメール神話において最高位の女神とされる大イナンナ(→Wikipedia)の、東洋における姉妹の一人

 と、古式ゆかしい神なのだ。だがそのイナンナ、西に進むとアスタルテ(→Wikipedia)を介してヨーロッパじゃ悪魔アスタロト(→Wikipedia)になってしまうから納得いかない。

 色で方向を表すのも世界各地にあるようで、私が知ってるのは中国の四神(→Wikipedia)で東:青龍,南:朱雀,西:白虎,北:玄武だけど、ナヴァホ族は東:白,南:青,西:黄,北:黒になり、西アフリカのヨルバランドの神エシュの帽子だと東:赤,南:白,西:緑,北:黒となる。色と方向の関係づけと共に、ヒトが認識する色の基本が白・黒・青・赤・黄・緑らしいのが見えてくる。

 など遠くに住む見知らぬ民族ばかりでなく、仏典も漁っているようで、ブッダのエピソードもアチコチに出てくるんだが、どうも私が知ってる話とだいぶ違う。というのも、私が知っているブッダの話には神様がほとんど出てこないのだが、この本の挿話じゃヒンズー教の神様がズラズラと出てくるのだ。

 タイやカンボジアの仏教ってなんか違うよな、と思ってたが、聖典そのものが全く違うのかも。とか言っちゃいるが、日本の仏教の聖典がどうなってるのかすら、私は全く知らないんだけど←をい

 そんなわけで、スターウォーズを読み解く鍵とするもよし、厨二な物語を作る際に使う固有名詞のネタに使うもよし、物語構成の参考にするもよし。それより何より、諸星大二郎や柴田勝家が好きな人は、とりあえず読んでおこう。

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2017年1月 2日 (月)

ブルース・ブエノ・デ・メスキータ&アラスター・スミス「独裁者のためのハンドブック」亜紀書房 四本健二&浅野宣之訳

…指導者というものは、権力を握り、権力者の地位を守るという目的を達成するためなら何でもする。
  ――日本語版へのはしがき

…小さな盟友集団を頼みとする支配者はより専制的な支配に、大きな盟友集団を頼みとする支配者はより民主的な支配に傾く傾向がある。
  ――訳者まえがき

利害を持っているのは、「国家」ではなくて「人」である。
  ――序章 支配者を支配するルール

権力の頂点にのし上がるために必要な能力と、それを維持するために必要な能力は、まったく違う。また、権力の座で生き残るための支配と「より良い」支配を行うための能力の間にさえ、共通点はないのが常である。
  ――第3章 権力の維持 見方も敵も利用せよ

金になる資源を持つ国は、そうした資源を持たない国よりも制度的にうまく統治されないという、しばしば「資源の呪い」と呼ばれる現象が起こる。経済成長を伴わない資源産出国は、内戦が起こりやすく、資源の乏しい国よりも独裁的になる。
  ――第4章 財政 貧しき者から奪い、富める者には与えよ

【どんな本?】

 スターリンは最後まで巧くやったのに、なぜゴルバチョフは失脚したのか。多額の援助が送り込まれるアフリカは、なぜいつまでも貧しいままなのか。パキスタン政府は、なぜビン・ラディンを匿ったのか。独裁的な国家において、往々にしてマイノリティー出身の閣僚がいるのはなぜか。エジプトのムバラクは、なぜ失脚したのか。FIFAやIOCから腐敗を一掃する方法はあるのか。

 今も昔も、世界には独裁者が君臨する国があり、その多くで国民は貧しく飢えている。それは、その方が独裁者に都合がいいからだ。地震や津波などの災害でも、専制的な国は国民を見捨てる。どころか、他国からの支援を断ることさえある。なぜそんな非業な真似をするのだろう?

 著者は主張する。独裁的な国も民主的な国も、権力者の目的は同じであり、従っているルールも同じだ。違うのは、権力者が置かれた状況であり、ゲームバランスが違うだけだ、と。

 では、彼らはどんなルールに従っているのか。どうすれば独裁者として君臨できるのか。独裁者に都合がいいのは、どんなゲームバランスなのか。

 国際政治学者が、自ら唱えた権力支持基盤理論を元に、過去現在の独裁的な政治体制と民主的な政治体制を比べ、独裁者が権力を維持する秘訣を明らかにし、その結果として打ち出される政策の裏にある法則を明らかにしながら、逆に独裁者を倒す方法や、企業や委員会などの組織の腐敗を防ぐ手立てを探る、一般向けの刺激的な政治学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Dictator's Handbook : Why Bad Behavior is Almost Always Good Politics, by Bruce Bueno de Mesquita & Alastair Smith, 2011。日本語版は2013年11月21日第1刷発行。私が読んだのは2014年1月6日発行の第2刷。

 単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約329頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント45字×19行×329頁=約281,295字、400字詰め原稿用紙で約704枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。国際政治学と聞くと難しそうだし、ところどころに二重否定などのまわりくどい表現もあるが、たいていは何度か異なった表現で繰り返し説明しているので、思ったよりとっつきやすい。

 世界各国の指導者や政策が例として出てくるが、国際情勢に疎くても大丈夫。ソコはどんな国でどんな状況でどんな指導者がどんな政策をいつ打ち出したか、大ざっぱに説明しているので、知らなくてもだいたいの雰囲気は掴めるようになっている。

【構成は?】

 「訳者まえがき」が、とても巧く「独裁者のルール」をまとめているので、できれば最初に読もう。以降は、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 日本語版へのはしがき/訳者まえがき
  • 序章 支配者を支配するルール
    • 一般市民の困惑
    • ベル市の底知れない憂鬱
    • イデオロギーでもなく、文化でもなく
    • 偉大な思想家の思い違い
    • 注目すべきはリーダーの利害と行動
  • 第1章 政治の原理 「金」と「仲間」をコントロールせよ
    • ルイ14世を支えたもの
    • あらゆる政治の土台となる三つの集団
    • 独裁と民主主義の間に境界はない
    • カギを握るのは「3D」のサイズ
    • 支持者は金でつなぎとめる
    • 搾りとった税金の使い道は
    • 裏切られる前に切り捨てる
    • 独裁者のための五つのルール
    • 民主主義国家にもルールは通用する
  • 第2章 権力の掌握 破綻・死・混乱というチャンスを逃すな
    • 独裁者の理想のスローガン
    • 現リーダーを排除する三つの方法
    • 「善」は急げ
    • 金の切れ目が縁の切れ目
    • リーダーの死は絶好のチャンス
    • 生きていることが最大のアドバンテージ
    • オスマン帝国の「兄弟殺害法」
    • 財政破綻を逆手にとったロシア革命
    • 沈黙は金である
    • ゴルバチョフが陥ったジレンマ
    • 民主国家で権力を握るには
    • 民主国家における世襲
    • アトリーがチャーチルに勝利できた理由
    • 盟友集団の力学
    • ドウ曹長の末路
  • 第3章 権力の維持 味方も敵も利用せよ
    • ヒューレット・パッカードの政治事情
    • フィオリーナの改革と失墜
    • ビジネスの正解が政治的失敗に
    • アドバイザーを粛清して権力を固めたフセイン
    • 盟友集団を不安定にしておく
    • 功労者でも躊躇なく粛清する
    • 民主主義者は天使か
    • 「票が値下がり 一山いくら」
    • リーダーが生き残れる確率
  • 第4章 財政 貧しき者から奪い、富める者には与えよ
    • 金の流れを掴め
    • 理想の税率
    • 国を豊かにしてはいけない
    • どれだけ、どのように搾り取るか
    • 石油は「悪魔の排泄物」
    • 借金を返すのは次のリーダー
    • 債務は削減すべきか?
  • 第5章 公共事業 汚く集めて、きれいに使え
    • リーダーの地位を保証する公共財
    • 優れたリーダーに市民意識はない
    • 高等教育という潜在的脅威
    • 国の豊かさは子どもを救うか?
    • 水と政治体制の関係
    • その道路は誰のため?
    • 公共の利益のための公共財
    • 地震からの復興と政治体制
    • 公共財の整備はリーダーを長生きさせる
  • 第6章 賄賂と腐敗 見返りをバラ撒いて立場を強化せよ
    • 腐敗はリーダーを力づける
    • 成功するリーダーは汚れ仕事を厭わない
    • 私的な見返りのコストパフォーマンス
    • 娯楽と金を追及するIOC
    • オリンピックは一票10万ドル、ワールドカップは80万ドル
    • 善行は万死に値する
    • 盟友が常に味方だと思うな
    • 私腹を肥やすか、人々に施すか
    • 国庫の金をうまく使ったフセイン
    • 腐敗した民主主義者、高潔な独裁者
  • 第7章 海外援助 自国に有利な政策を買い取れ
    • 海外援助の政治的論理
    • 援助が人々を苦しめたケニア
    • 海外援助の損得勘定
    • 高くついたアメリカの中東政策
    • 貧困を救わない援助をなぜ続けるか
    • 「病院が患者を殺す」のか
    • 海外援助を効果的にするために
    • 評価基準は「比較優位性」
    • 災害援助は誰のふところに入る?
    • 目的達成の報酬としての援助
    • 「貧しい国は助けたいが、自腹は切りたくない」
  • 第8章 反乱防止 民衆は生かさず殺さずにせよ
    • 抗うべきか、抗わざるべきか
    • 大衆運動の芽を摘み取れ
    • 民主国家における反乱と独裁国家における反乱
    • 反乱の引き金
    • 災害というチャンスに何をすべきか
    • ビルマの「理想的な」独裁政治
    • パワー・トゥ・ザ・ピープル
    • しぶしぶ民主主義国となったガーナ
    • 経済崩壊が革命のチャンス
  • 第9章 安全保障 軍隊で国内外の敵から身を守れ
    • 「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続である」
    • 「六日間戦争」の損得勘定
    • 民主国家が奮闘する条件
    • 湾岸戦争という政治的サバイバル劇
    • 独裁国家は勝敗に鈍感
    • 兵士一人を救うために軍隊を投入する
    • 民主国家の本音
    • 民主国家が戦争を仕掛けるとき
  • 第10章 民主化への決断 リーダーは何をなすべきか
    • 今の苦境は変えられる
    • 曲げられないルール
    • 盟友集団は縮小すべきか拡大すべきか
    • 盟友が民衆と手を結ぶ前に
    • グリーン・ペイ・パッカーズの教訓
    • 民主主義を定着させる
    • 移民の効果
    • 苦難を終わらせる変革のために
    • 民主化を目指す動機
    • 「自由で公正な選挙」 偽りの自由
  • 謝辞/訳者あとがき/人名・事項索引

【感想は?】

 かなり単純化し、割り切った理屈に沿って書いた本だ。しかも、その理屈が実に実もふたもない。

 理屈の原則は経済学と同じだ。「人は誰でも利に従う」。なんとも殺伐とした世界観だし、そういうのが嫌いな人には向かない。そもそも権力なんて綺麗事じゃ済まないよね、と考える人向き。

 この理屈だと、福祉予算を削る右派政党が貧乏人に人気がある理由を説明できないと思うでしょ? でも、よく読むと、回りくどいながらも、うっすらと理由が見える仕掛けになっている。この辺は「選挙の経済学」にも少し説明があったが、この本ではIOCとFIFAや、中東戦争のイスラエル軍とエジプト軍の例で説明している。

 人はカネで転ぶ。大金なら、より転びやすい。あなた、幾らなら選挙権を売ります?

 有権者が多い大都市だと、買収は難しい。軍資金は限られている。一億円あっても、有権者が十万人いたら、うち半分を買収するにしても、一人当たりせいぜい二千円しか配れない。これで転ぶ人は少ないだろう。

 でも有権者が少なければ、一票の価値はグンと高くなる。IOCで開催地を獲得するには、理事のうち58票を得ればいい。とすると、一億円あれば一人頭約170万円を配れる。FIFAの理事は24人なので、必要な13票を得るには一人約770万円。実際にはもう一~二桁多いんだけど。

 報酬が少なければ、人は買収に応じない。日本の国会議員選挙じゃ、一票の価値は軽い。貧しい人にとって、そりゃ福祉などは魅力的かもしれないが、自分に大きな利益があるとは思えない。それより、家族観や歴史観や国家観が似てる人を応援したほうが、気分がいい。

加えて右派の政治家は演説が上手だと思う。学のない人にもわかりやすい話を、親しみやすい言葉遣いで語りかけてくる。おまけに地元のイベントやお祭りに足蹴く通い、名前と顔を覚えてもらう努力を惜しまない。こういった姿勢はリベラルや左派も見習って欲しい。

 そう、この本のキモは、「一票の価値」にある。

 独裁者も、本当に一人じゃ支配はできない。取りまきが要るのだ。いかに取りまきをつなぎとめるかが、独裁者の運命を決める。

 適切な選挙が行われる場合、取りまきとは有権者になる。日本のように議内閣制だと、第一党の過半数の票が必要で、だいたい全有権者の1/4以上の支持、約2500万票が要る。これを買収で賄うのは、まず無茶だろう。

 だが取り巻きが少なければ、話は違ってくる。軍の要人など10人の支持さえあれば権力を維持できるなら、買収は現実的だ。油田などの財源を押さえていれば、そこからあがる利益を山分けすればいい。国民? なにそれ美味しいの?

 だからサウド家は安泰で、エジプトのムバラクは失脚した。ムバラクはアメリカの支援から分け前を手下に分けていたが、アメリカが財布の紐を締めたために取り巻きが見捨てたのだ。対してサウド家は独自の財源=油田を持っているので、ヨソ者に頼る必要はない。

 今でも冷戦構造の名残は残っていて、特に軍の装備がわかりやすい。旧東側は戦車や戦闘機がロシア製だし、西側はアメリカ製が多い。西側には専制的な国もあれば民主的な国もあるのに対し、旧東側はみな専制的で、民主的な国はない。民主的な方向を目指すと、ウクライナのようにゴタゴタが起きる。

 これも「一票の価値」で説明できる。傀儡政権は専制的な方が安上がりなのだ。民主的な政権だと、多くの有権者を買収しなきゃいけないが、専制的なら独裁者にだけカネを渡せばいい。二千円じゃ買えない忠誠も、二億ドルなら違ってくる。断ったら、ライバルに同じ話を持ち掛ければいい。

 革命などで権力を奪った新しい支配者が、それまでの同志を粛清するのも同じ理屈だ。山分けするなら、仲間の数はなるべく少ない方がいい。盟友は同時にライバルでもある。伸びそうな芽は早めに摘め。だから独裁者はインフラや教育を放置する。インフラは成金を生み、教育はインテリを育てる。成金やインテリはライバルになりかねない。

 などの理屈を、エチオピアのハイレ・セラシエやビルマのタン・シュエなど、世界中の独裁者の陰惨なエピソードと、その裏にある力学をわかりやすく解き明かし、賢くなった気分になれるだけでなく、ヒューレット・パッカードの事例などで、「ビジネスにも応用できますよ」とそれとなく伝え、その気になって読めばいくらでも黒い応用が出来そうな、困った本だ。

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2016年11月18日 (金)

セシル・アダムズ「恥ずかしいけど、やっぱり聞きたい」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳

もしシャワー中に抗菌石鹸を落としたら、菌だらけになりますか、それとも「抗菌」作用がちゃんと働くのでしょうか?
  ――1 エッチな話、怖い話

イエバエはどのくらい天井に近づいたところで方向を変えて天井にとまるんでしょうか。
  ――2 自然・生物・科学

耳垢はいったい何のためにあるんですか?
  ――3 医学の話

ジャガイモをアルミホイルで包むとき、キラキラした側を外側にすべきですか、それとも内側?
  ――4 テクノロジー・時間・天気

どうして女性はみんな連れだってトイレに行くの?
  ――5 文化・生活で考えさせられること

アーリア人ってだれのことですか?
  ――6 エトセトラ

【どんな本?】

 副題は「禁断の領域に踏み込む雑学Q&A大全」。

 初夜権って本当にあったの? なんでコインの肖像画はみんな横向きなの? 西部劇のお産の場面では湯をわかすのはなぜ? 雲に乗るのって、どんな感じ? 死後に女だったとバレたジャズマンがいるって本当? 野球場の外野の芝生のチェック柄はどうやって作るの?

 <シカゴ・リーダー>紙などで人気のQ&Aコラム、ストレート・ドープ。読者からの難問・珍問・奇問に答えるのは、自称「何でも知っている」セシル・アダムズ。時は世紀末、最新テクノロジーのチェックも欠かさないセシル先生は、ついにネットの世界に進出し、AOLの掲示板でも大暴れ。

 「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 快答乱麻の巻」「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 疑心暗鬼の巻」に続く、嬉し恥ずかしの愉快なQ&Aを集めた雑学本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Triumph of the Straight Dope, by Cecil Adams, 1999。日本語版は2002年1月31日発行。文庫本で縦一段組み、本文約315頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント39字×17行×315頁=約208,845字、400字詰め原稿用紙で約523枚。文庫本としては標準的な量。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ただ、アメリカ固有のネタも混じっているので、わからなかったら読み飛ばそう。

【構成は?】

 それぞれの章は多くのQ&Aを含む。個々のQ&Aは1~5頁程度なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

 編者まえがき
1 エッチな話、怖い話
2 自然・生物・科学
3 医学の話
4 テクノロジー・時間・天気
5 文化・生活で考えさせられること
6 エトセトラ
付録 ロンドンの<ビザール>誌によるエド・ゾッティのオンライン・インタビュー
 訳者あとがき

【感想は?】

 セシル先生もインターネットに進出し、読者との応酬も激しさをました様子。

 付録では「インターネットで仕事はやりやすくなった?」なんて質問も。的確な答えが手に入れやすくなった半面、「気のふれた説が山のように集まりました」「くだらない質問の水準が下がった」けど、「全体的には、非常にやりやすくなりました」。なんであれ、使い方次第ってことかな。

 流れる情報が増えれば雑音も増える。この巻ではイヤーキャンドルなんて懐かしいネタが…と思って検索したら、セラピーと称してまだ生き延びてるのかい。

 都市伝説はお国それぞれ。いい気分にラリって女とシケこんだ次の朝、目を覚ますと氷でいっぱいのバスタブの中。胸には口紅で「911(日本の119)に電話せよ」の文字。腰の後ろに20cmぐらいの切り傷がある。医師によると、腎臓が盗まれていて…。 日本だと、ダルマ女って有名なのがあるなあ。

 やっぱ怖いのが、SPAM。迷惑メールじゃなくて、缶入り肉のスパム。あれハワイじゃ大人気なんだけど、その理由は「かつて彼らは人食いの習慣があって、スパムの味は人肉に似てるからじゃね?」とか物騒なのも。このネタ流した人は人肉を食った事があるんだろうか。あ、ちなみに、ネタ元はポール・セローのまぎらわしいギャグです。

 他にも、騎乗した英雄の銅像は上がってる馬の脚の本数に意味があるとか、電線にスニーカーが引っかかってるのはアウトローのシマを表すとか、結婚式で投げた米粒を食べた鳥が爆発して死ぬとか、なかなか想像力豊か。

 ただし「蚊が血を吸ってる時に筋肉を緊張させると蚊が爆発する」ってのは、嘘じゃないけど破裂はするとか。私も昔やった事があって、破裂はしなかったけど抜けなくなってたなあ。

 盛り上がったのは「煙草で超人的な力を得るスーパーヒーロー」。オヂサンはピンときたよ。セシル先生はちゃんと知ってます。元は日本の漫画だと。けど向こうで無茶苦茶にアレンジされちゃったみたい(→Youtube)。んなもん知っててもオヂサンにしかウケないけどw

 こういう、んなもん知ってどうする的なネタも、この本の欠かせない味。チャック・ベリーのジョニー・B・グッドは1958年のヒットチャートじゃ最高8位だったけど、その上の7曲は何? とか。

 昔の牛乳やチーズなどの乳製品のパッケージには、鼻輪をつけた牛のイラストがよくあった。あれ、実は意味があったとか。大抵の牛は鼻輪をつけなくて、つけてるのは3種類。種牛か危険な牛か、または品評会に出す優秀な牛。つまり鼻輪つきの牛のイラストは、「いい牛だよ」ってメッセージなのね。

 動物ものでは猫の謎も。「猫はどんな高いところから落ちても大丈夫なの?」実は獣医が集めたデータもあって、7階までは猫の怪我の程度と落ちた高さは比例してたけど、それ以上になると「怪我の数は急降下します」。…え?

 はい、ちゃんとオチがあります。だって死んだ猫は獣医に持ち込まれないから、勘定されません。

 とかのしょうもないネタばかりではなく、少しは役に立つネタも。「粘土を食べるのがやめられません」なんて質問には、「鉄分不足による貧血かも」なんて温かいアドバイスも。また「ウチの犬はチョコレートが好きなんだけど」ってな質問には、「犬にとっては深刻な問題」と釘をさしてる。

 ちなみに耳垢にはちゃんと役割があって、「細菌や埃が鼓膜にまで入り込まないようにします」とか。たいていの場合はほっといても大丈夫で、「耳から自然に排出されます」。そうだったのか。

 それぞれのQ&Aは1頁~4頁ぐらいなので、面白そうな所だけを拾い読みしてもオッケー。役に立つかと言われるとアレだけど、ちょっとした暇つぶしや、難しい本を読んでる時の気分転換には最適でしょう。

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2016年11月17日 (木)

セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 快答乱麻の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳

なぜゴキブリはきまってあおむけにひっくり返って死ぬんですか?
  ――第1章 都市に棲みつくものたち

『2001年宇宙の旅』の宇宙船の中で、人がどうやって逆さまに歩いていたのか理解できていなかったことに、先日気がつきました。シリンダーの内側に沿って歩いているように見えるんですけど、どうやってやっているの、セシル?
  ――第7章 スクリーンの“?” ブラウン管の“?”

長~い糸を使えば、口から肛門まで通すことはできませんか?
  ――第8章 世界の神秘・謎・変わり者

アメリカ大統領はどうやって「ボタンを押す」んですか?
  ――第9章 放射能こわい

【どんな本?】

 <シカゴ・リーダー>紙などアメリカの多くの新聞の人気コラム<ストレート・ドープ>は、読者から寄せられた珍問・難問・奇問に、自称「何でも知っている」謎の人物セシル・アダムズが、おごそかで華麗かつ慇懃無礼に答えを宣託を下すもの。

 ゴキブリやネズミの退治法・自動車の燃費を良くする方法など役にたつものから、吸血鬼の撃退法・惚れ薬のレシピなど怪しげなもの、ゴルゴ13でお馴染みスイス銀行の秘密から主演と助演の違いなどあまり役には立たない(けどちょっと気になる)もの、そして「なんだってそんな疑問を持つんだ」と質問者のオツムを疑うものまで、愉快なQ&Aを集めた雑学本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Straight Dope : A Compendium of Human Knowledge, by Cecil Adams, 1984。日本語版はこれを[疑心悪鬼の巻 日常生活を笑わす雑学Q&A大全]と[快答乱麻の巻 興味本位で何が悪い的雑学Q&A大全]にわけ、それぞれ2001年5月31日・2001年8月31日発行。

 「疑心暗鬼の巻」は文庫本で縦一段組み、本文約372頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント39字×17行×372頁=約246,636字、400字詰め原稿用紙で約617枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ただ、アメリカ固有のネタも混じっているので、わからなかったら読み飛ばそう。

【構成は?】

 それぞれの章は多くのQ&Aを含む。個々のQ&Aは1~5頁程度なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

第1章 都市に棲みつくものたち
第2章 消費者は裸だ!
第3章 テクノロジー・パラダイス
第4章 病めるときも健やかなるときも
第5章 金は天下の回りもの
第6章 アミューズメントの奥深き世界
第7章 スクリーンの“?” ブラウン管の“?”
第8章 世界の神秘・謎・変わり者
第9章 放射能こわい
第10章 言葉の森はきりがない
第11章 残り物には福がある
 訳者あとがき

【感想は?】

 雑学本は色々あるが、その中でこのシリーズの特徴は、問いが読者からよせられたものって点だろう。

 解答者のセシル・アダムズの正体は謎ながら、挑発的なユーモアの持ち主。そのためか、読者もケッタイな質問を寄せてくる。

 まさしく「こんなこと、だれに聞いたらいいの?」な代表が下ネタ。超高層ビルの最上階のトイレに流したブツは、400mも勢いよく落下するの? 思わずアホかい、と突っ込みたくなるが、改めて考えると実は大変な事なのかも。腹を下している時ならともかく、一週間続いた便秘が開通した際には、相当なショックになるのでは?

 こういう質問にも真面目に答えてくれるのがセシル先生。管を横に向けたりして、勢いを調整してるとか。むしろ問題は上水道で、水を持ち上げるのが大変。そこで超高層ビルでは複数の階にポンプを置き、リレー形式で持ち上げるとか。ブルジュ・ドバイも大変だろうなあ。

 連載開始が1973年だけに、時代を感じるネタもある。音楽なんて今は電子配信で、その前はCDやLPだったが、更に古くなると、エジソンが発明したシリンダー型レコードに遡る。これ、なんと、一回の録音でシリンダーが一個しか作れなかったとか。

 じゃどうやって多数のシリンダーを作ったかというと、アーティストが何回も演奏したんですね。なんとも贅沢な話だ。でもその分、生演奏を聴かせるバンドや歌手の仕事は多かったろうなあ。

 昔はトラ箱なんてのがあって、酔いつぶれて道で寝込む酔っぱらいがいたんだが、冬には危ないようで。飲むとあったまる気がするけど、「総合的な作用は体を冷やすことなんです」。血管が広がり肌から熱を逃がすので、凍死の危険が増すとか。湯上りのビールが美味いのは、そのためかな?

 同じ体を温める飲み物ならってんで、「タバスコ60ml一気飲みして大丈夫?」なんてアホな質問する人も。セシル先生も呆れたのか、「データが乏しいので、検死報告書のコピーを送るよう遺族に頼んどいてね」って、酷いw

 日本の都市に野生のリスは滅多にいないけど、アメリカには多い。そこで最初の問いは「リスの調理法」。これにも使えそうなさばき方を教えてくれるのがセシル先生の親切な所。ただし狂犬病持ちが多いとか。

 読者が多いだけに、目の付け所が違う人もいる。「歯医者さんの五人に四人がシュガーレスガムを薦めるなら、残りの一人は何を薦めるの?」おお、そういう発想もアリか。ちなみにセシル先生曰く「実は五人目の歯医者さんはガムをまったく薦めない」。そりゃそうだ。

化け物好きとして思わず見入っちゃったのが、吸血鬼の殺し方。銀の弾丸じゃないの?と思ったら、これ意外と難しくて、なんと「出身地を確かめる必要があります」。吸血鬼伝説は各地にあるようで、アルバニア・バイエルン・ボヘミア・ブルガリア・クレタ・ギリシア…と対処法は様々。楽そうなのはプロシアの「墓の中に芥子の種を入れる」で、困るのがスペイン出身で「とくに方法はなし」。ひええ。

 作家って奴は…と思ったのがウィリアム・フォークナー。彼の綴り、Falkner が Faukner になったんだが、その理由は「最初の本を印刷した印刷屋が間違えた」。確かカート・ヴォネガットが Jr. を取ったのも同じ理由だったよなあ。

 終盤に出てくるル・ペトマーヌもなかなか強烈。Youtube で Le Petomane を調べると変なのが出てきます。

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2016年11月15日 (火)

セシル・アダムズ「こんなこと、だれに聞いたらいいの? 疑心暗鬼の巻」ハヤカワ文庫NF 春日井晶子訳

…地下鉄や高架線の駅のプラットフォームから(給電用の)レールに小便をひっかけたら、あの世行きになるんですか?
  ――第4章 危険があぶない!

【どんな本?】

 セシル・アラムズ。週刊誌<シカゴ・リーダー>紙をはじめ多くの新聞で人気のコラム<ストレート・ドープ>を担当し、読者からの奇妙奇天烈であらゆる分野にわたる質問に、自信たっぷりかる慇懃無礼に応える、自称<全知>の男。その正体は謎に包まれているが、どんな難問にも解を見つけ出す能力は誰もが認めている。

 貧乳絶滅の危機からバチカンのポルノ・コレクション、果物の種の危険からノミのサーカス、缶ビールを早く冷やす方法からスーツの袖のボタンの由来まで、役に立つものからどうでもいい事まで、ユーモラスな毒舌で送る雑学Q&A集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Straight Dope : A Compendium of Human Knowledge, by Cecil Adams, 1984。日本語版はこれを[疑心悪鬼の巻 日常生活を笑わす雑学Q&A大全]と[快答乱麻の巻 興味本位で何が悪い的雑学Q&A大全]にわけ、それぞれ2001年5月31日・2001年8月31日発行。

 「疑心暗鬼の巻」は文庫本で縦一段組み、本文約391頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント39字×17行×391頁=約259,233字、400字詰め原稿用紙で約649枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。ただ、アメリカ固有のネタも混じっているので、わからなかったら読み飛ばそう。

【構成は?】

 それぞれの章は多くのQ&Aを含む。個々のQ&Aは1~5頁程度なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

 編者まえがき
第1章 心と身体
第2章 S・E・Xのすべて
第3章 万物を統べる法則の世界
第4章 危険があぶない!
第5章 神の作りたもう生き物たち
第6章 飲食物にご用心
第7章 科学者を困らせよう!
第8章 愉しき法と政治の世界
第9章 ヒトとモノに歴史あり
第10章 ミュージカル・トリヴィア
 訳者あとがき

【感想は?】

 Wikipedia を読んでると飽きない人のための、楽しい暇つぶし本。

 原書は1984年発行だし、連載が始まったのは1973年だけに、少々古臭いネタも混じってるけど、私のような古い者には、その古さも懐かしくて嬉しかったり。

 最初の質問は「フィリピンには尻尾のある部族がいるってホント?」なんてムー民大喜びのネタ。曰く、米西戦争の後、米国陸軍がルソン島のジャングルで見つけた首狩り族には1.2mの尻尾があり、遺伝子汚染を恐れすみやかに隔離したとか。

 そんな噂があったのか。もしかしてエリア51に…と期待したが、「1900年代のでっちあげです」。セシル先生のいけず。

 占い棒で地下水脈を探すウィッシング(ダウジング、→Wikipedia)を一刀両断する所も、なかなか爽快。「アメリカ東部の多くの場所では、穴を掘れば必ず水が出てきます」。おかげで「こうした穴掘りの成果は100%に近い」。ヨーロッパからアメリカに渡った植民者だからこそ、こういう噂が広がったんだろうなあ。

 やっぱり興味深々なのが「第2章 S・E・Xのすべて」。いきなり「平均的な男性が放出する精液は何カロリーですか?」と楽し気な質問。おお、もしかして頑張れば新たなダイエット法が…とか変な期待をしたが、セシル先生の概算によるとたった2カロリー。

 だいたいではあっても、ソレナリに理屈が通りそうな計算をしてる所はアチコチにあって。「全中国人がいっせいに椅子から飛び降りたら、地球の軸がぶれる?」なんて質問にも、真面目に答えてる。

 意外だったのがブルームーン。日本でも「月がとっても青いから」なんて歌があるけど、あれは本当だとか。大気圏の上層部に硫黄の粒が浮かんでる時に、適切な角度で月を見ると、青白く見えるとか。で、硫黄の粒が多い時ってのは、大森林火災か火山の噴火って、物騒だなあ。

 44マグナムで撃たれたら、かすっただけでもお陀仏ってのも本当らしい。ヒトの体は水が詰まった袋みたいなもんで、どっかに大きな衝撃があると、体中の水分が暴れまわってグシャグシャになるわけ。ただし大事なのは弾丸の速さなんで、拳銃よりライフルの方がヤバい。

 「それは気が付かなかった!」みたいなのもあって。ちとJALの世界時計から、東京の時刻とインドはデリーの時刻を調べてみよう。なんか変じゃないか? 普通、時差ってのは時間単位なのに、インドは日本時間-3時間30分なのだ。ネパールは更にすごい。なんと日本-3時間15分(→Time-j.net)。フリーダムだ。

 かと思えば、「そういうもんだ」と思ってたのにちゃんと由来があるネタも。例えばスーツの袖にあるボタン。これの由来は18世紀のフリードリヒ大王(→Wikipedia)にまでさかのぼる。

 当時の兵隊さんはかいた汗を袖で拭ってた。そのため兵の袖は汚れ放題。これを解決するため、大王様は考える。「袖にボタンをつけよう。ボタンが邪魔で兵は袖で顔をぬぐえないぞ」。これの名残が、今のスーツの袖のボタンだとか。トレンチコート(→Wikipedia)とか、紳士服は軍由来のモノが多いんだなあ。

 最後の「第10章 ミュージカル・トリヴィア」は、音楽好きには美味しい所。日本のミュージシャンはあまし人の曲をカバーしないけど、米英の人は積極的にカバーを出す。Van Halen なんて、デビュー曲が Kinks のカバー You Really Got Me だし。

 で、これ、カバーされる側が嫌だといっても、強引に押し通せるとか。ただしアメリカの場合は。普通は予め許可を取るんだが、最悪の場合は強制認可って手があるらしい。「レコーディングの終了後30日以内かつ発売以前に著作権所持者に報告すれば、誰でも好きな曲をレコーディングできる」とか。ただし、所定のロイヤリティは払わにゃならんけど。

 そういうわけなので、高垣彩陽さんには是非とも Camel の Never Let Go(→Youtube)をカバーして頂きたい。このバンド、いい曲はたくさんあるのに、シンガーが弱いんだよなあ。そこで声が綺麗で歌が巧いシンガーがいれば…と思うんだけど、どう?

 死後やバンドの解散後にレコードが出る秘密も、ジミ・ヘンドリクスの例で教えてくれる。なんと未発表の音源が500時間分もあるとか。中にはしょうもない出来のもあるんだけど。とすっと、フレディ・マーキュリーやマイケル・ジャクソンも掘れば山ほど見つかるんだろうなあ。

 と、お下劣なものから真面目なもの、「どこからそんな疑問が?」なんて奇天烈なものまで、玉石混合の雑学を並べたお楽しみ本。今はインターネットが発達したんで、たいていの事は Google 先生に頼めば教えてくれるんだけど、そもそも疑問を持たなきゃ質問すらできない。そういう意味では、変な質問こそがこの本の価値なのかも。

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2016年11月11日 (金)

トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 2

過去の成長は、(略)通常は年率1~1.5%の成長でしかなかったのだ。それより目に見えて急速な、年率3~4%以上の成長が起こった歴史的な事例は、他の国に追いつこうとしていた国で起こったものだけだ。
  ――第2章 経済成長 幻想と現実

 トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 1 から続く。

【主題】

 この本の主題は、富と所得の格差だ。しかも悲観的なもの。

 富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しくなる。まっとうな資本主義社会が平穏に続けば、自然とそうなる。格差は広がる一方で、減らない…人為的に是正しない限り。

 この理屈を、主に18世紀から21世紀初頭のデータを基に検証し、そのメカニズムを明らかにしたのが、この本だ。異様に分厚いが、それは似たような事柄を様々な視点とデータで検証しているため。言ってる事自体はけっこう繰り返しが多い。

 それとは別に、軍ヲタとして読むと、実はとっても物騒なメッセージが隠されている事がわかる。決してソレを著者は表に出していない。が、示した問題に対する解決策が、読めば自然と浮かび上がってくる。とんでもなく鬼畜で野蛮で冷酷な解決策ではあるけど。

【原理】

 この本の話をする際に必ず引き合いに出される r>g が根拠。

 と言っても、これだけじゃ何の事だかわからない。rは資本収益率、gは経済成長率。

 資本収益率rとは何か。1億円投資して、1年に100万円儲かれば、100万/1億=0.01=1%となる。これが、普通は5%ぐらいになる。今の銀行の定期預金利率はもっと安いって? うん、そうだね。

 一般に投資として銀行預金はとても効率が悪いのだ。いいのは不動産や株。18世紀あたりだと、お金持ちと言えば地主だった。小作人に農地を貸して地代を取る。この地代が、だいたい農地の値段の5%ぐらい。

 「史記」の貨殖列伝には当時の借金の利率が出てて、だいたい年利20%。「カナート イランの地下水路」によると、カナートによる灌漑農地の収益率は年10~25%ほど。ソースは忘れたが羊や牛の放牧だと、現頭数の10%ぐらいづつ増えるとか。

 これから踏み倒される分やカナートの保守費用、牧童や加工業者への払いなど、損金・費用・減価償却分を引くと、だいたい5%ぐらいになるんだろう。

 これが現代だと、マンションを建てたり株を買ったり自分で事業を起こしたり。いずれにせよ、手元に相応のお金があるからできる話なんだが、そういう「お金持ちだけにできる」儲け口があるわけ。

 対して経済成長率は、GNPとかGDPとか言われるシロモノ。細かく言うとGNPとGDPは違うし、この本が使うのはGDPから減価償却(だいたい一割ちょい)を引き、貿易収支を加えた国民所得だが、そういう細かいことは気にしない。そもそも、元の数字も計算もかなり荒っぽいので、小さな違いを気にしても仕方がないのだ。

 で、これがだいたい年1~1.5%。そう、最近の日本じゃ低成長だのなんだの言われてるけど、年1%の成長は普通なのだ。少なくとも、歴史的には。かつての高度成長期が異常なだけで。なぜ異常かというと、実は今の中国と同じ現象。

 どう異常か。高度成長は、一時的な現象なのだ。ビンボな国が他の豊かな国に追いつく時に、一度だけ現れる。それが高度成長。追いついたら、以降は低成長に戻る。少なくとも、歴史的にはそういうデータが出ている。

 では、なぜ資本収益率rが経済成長gより大きいとマズいのか。

 お金持ちは年率5%を稼ぐ。稼いだ分で別の土地や株を買えば、更に儲けも富も増える。お金持ちの富は毎年5%づつ増えるわけ。ところが国全体の富は1%づつしか増えない。とすっと、国の富全体の中で、お金持ちの富と貧乏人の富の割合は、どうなるだろう?

 簡単だ。貧乏人の富の割合が減り、お金持ちの富の割合が増える。豊かな者が国の富を買い占め、貧しいものは何も持てなくなる。富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しくなるわけ。

 これが病的な現象ならともかく、健全な資本主義社会だとそうなるってのが、この本の主張。

【なんでこんなに厚いの?】

 上の主張を、様々なデータで裏づけしたのが、この本だ。同じテーマを、様々な視点で見てデータを集め、何度も検証する。

 そういう本だから、主題を知りたいだけなら、たくさん出ているアンチョコ本を読む方が早いと思う。どの本がいいかまではわからないけど、少なくとも読むのに一週間もかかったりはしないだろう。

 じゃ一週間かける値打ちがないかというと、それは人によりけり。

 マクロ経済学に疎いけど興味がある人には、けっこう衝撃的なデータや、経済学の意外なデータが出てくるので、それなりに楽しめる。逆にマクロ経済の常識、例えば欧米でのお金持ちトップ10%の富のシェアの移り変わりや、GNPに対する国債の適切な割合を知っている人には、当たり前の事しか書いてない。

 ちなみに今の日本の国債はGNPの約2倍で、結構ヤバい数字なんだが、これを減らす方法も書いてある。小泉改革って、そういう事なのね、と納得。

【どこが面白いの?】

 本書の大きな特徴の一つは、バルザックやオースティンなど当時の文学を何度も引用している点。これにはちゃんと意味があって。

 というのも、当時の英仏文学には、資産や収入の額が具体的に出てくるため。当時はインフレもデフレもなくて、お金の価値は安定してた。だから、具体的に「1200フラン」と書けば、どの程度の金額なのか、後世の者でもわかると考えたのだ。

 対して、現代の作家は大変だ。阿佐田哲也は「麻雀放浪記 2 風雲篇」でこう書いてる。

昭和26年頃の六百円は、ストリップをのぞいてコップ酒を軽く呑み、丼飯が食えた。むろん、金というほどのものじゃない。でもドヤ街の段ベッドになら、それで一週間は寝ていられた。ヒロポンのアンプルが、ルートからの直販で25円だった頃だ。

 お金の価値を、「それで何をどれぐらい買えるか」で伝えなきゃいけない。もっとも、阿佐田哲也は、そこにストリップやヒロポンを引き合いに出し、下品でガサツで物騒な作品世界を築き上げるための道具として、巧く使ってたりする。

【最近の若者は】

 などと嘆くオジサン・オバサンは多い。私も、自分が若い頃と比べて、最近の若い人は未来にあまり大きな期待を持ってないように思う。その理由の一端が、わかった気がする。

 この本に出てくる20世紀の景気や富の構成の変化が、それだ。これは大きく4つに分かれる。

  1. ~1910年代:停滞期。経済成長は1~1.5%ほど。
  2. 1910年代~1940年代半ば:崩壊期。第一次世界大戦・大恐慌・第二次世界大戦で世界が壊れた。
  3. 1940年代後期~1980年代:復興期。高度成長が続く。
  4. 1990年代~:現代。復興が一段落し、低成長が続く。

 高度成長の頃は、頑張れば稼ぎも増えた。親から相続できる財産も、大半は戦争で失っているので、資産の格差も少なかった。仕事で結果を出せば評価される社会だったのだ。

 でも1990年代以降は、格差が見えるようになった。親が持つ財産で未来も決まっちゃう社会になった。頑張って働いて貯めても、土地や株を持つ人には敵わない社会になっちゃった。

 「株で稼げばいいじゃん」。残念ながら、貧乏人には難しい。お金持ちなら、リスクを分散して複数の会社の株を買える。もっとお金持ちなら、専門のコンサルタントも雇える。でも朝から晩まで働いてる貧乏人は、株の価格の上がり下がりをチェックしてる暇もない。

 先の資本収益率rには、残酷な性質がある。資本が大きいほど、rも大きい。お金持ちほど効率よく稼げるのだ。この本だと、大学基金の例が出ている。100億ドルを超えるハーヴァードなどの基金は10.2%を稼ぐが、1億ドル未満は6.2%しか稼がない。

 お金持ちには会社の売り買いやマンションを建てる手もあるけど、貧乏人にそんな元手はない。せいぜい1社か2社の株ぐらいで、たいていは定期積立預金がせいぜいだ。

 そんなわけで、貧乏人とお金持ちの差は開く一方なのだ。

【ブラックホール】

 世界の純外国資産も面白い。

 世界の各国は国債や公債を買ったり売ったりしているし、民間の銀行や基金も外国の債券や株を売り買いしてる。国同士が互いに貸し借りしてるわけ。そこで、貸してる分と借りてる分を相殺したら、どうなるか。

 意外な事に2010年現在の日本は、GNPの4%ほど黒字になる。欧米は4~5%の赤字。意外と日本って健全じゃん。国債はGNPの2倍だけどw

 もっと面白いのが、世界中の借金と貸し付け分をならした数字。普通に考えるとプラスマイナス0になるはずなんだが、「世界全体が大幅にマイナス収支になっているのだ」。どこかにお金が消えている。

 なぜ、どこに?

 ガブリエル・ズックマンによると、これはタックス・ヘイブンに消えているとか。パナマ文書で有名になった、アレです。しかも、その額が凄い。「世界GDPのおよそ10%」ときた。別の推計だと、その2~3倍にもなる。

 マジかい。

【解決策】

 この差はヤバいよ、と著者は訴える。ちょうど今、合衆国の大統領選の結果がトランプ勝利と出ているが、これなんか貧しい者の怒りの声そのものだろう。彼らは変化を求めている。

 これに対する著者が示す解決策は、野心的だが比較的に穏やかなものだ。きわめて大雑把に言うと、金持ちから沢山税金を取れ、となる。

 が、実はもっとヤバくて残酷で破壊的な解決策もあると、私は気づいた。きっと著者も気づいている。あまりに物騒なので書けないのだ。トランプに投票した人も、本能的に嗅ぎつけている。

 そういう方向に向かない事を、私はひたすら祈る。

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2016年11月 9日 (水)

トマ・ピケティ「21世紀の資本」みすず書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳 1

資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき(19世紀はそうだったし、また今世紀でもそうなる見込みがかなり高い)、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出し、それが民主主義社会の基盤となる能力主義的な価値観を大幅に減退させることになるのだ。
  ――はじめに

【どんな本?】

 フランスの経済学者トマ・ピケティが著し、2015年に話題を呼んだ、一般向け経済学の解説書。

 主に18世紀から21世紀初頭までの富裕国のデータを基に、富とそれが生み出す資本所得と、労働所得の分配を調べ上げ、戦争・不況・人口増加・技術革新など経済成長の動きと、富や所得の格差の関係を暴き出し、21世紀以降の社会の変化を予言し、対策を示す問題作。

 なお、元となるデータは、フランスとイギリスを中心に、ドイツ・イタリアなど西欧先進国,アメリカ・オーストラリアなど新興国,スウェーデンやデンマークなど北欧諸国に加え、日本も少し出てくる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Le capital au XXIe siècle, de Thomas Piketty, 2013。日本語版は2014年12月8日第1刷発行。私が読んだのは2015年1月15日発行の第7刷。凄い売れ行きだなあ。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約608頁。9ポイント52字×20行×608頁=約632,320字、400字詰め原稿用紙で約1,581枚。文庫本なら上中下の三巻分ぐらいの大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も意外と難しくない。数式はいくつか出てくるが、わからなくても文章で説明しているので、説明についていくのに大きな問題はない。ハッキリ言って、これを読み通すのに必要なのは、優れたオツムじゃない。体力と気力と時間、それだけ。

 ただし、著者は思想的にリベラルに属し、大きな政府と累進課税を好む立場なので、小さい政府とシカゴ学派が好きな人には不愉快だろう。

【構成は?】

 第Ⅰ部~第Ⅲ部で問題を示しデータで裏を取りその原理を明らかにする。第Ⅳ部は解決策を示す。手っ取り早く結論を知りたい人は第Ⅳ部だけを読んでもいいけど、むしろ沢山出ているアンチョコ本の方が楽だと思う。

  •  謝辞
  • はじめに
    データなき論争?/マルサス、ヤング、フランス革命/リカード 希少性の原理/マルクス 無限蓄積の原理/マルクスからクズネッツへ、または終末論からおとぎ話へ/クズネッツ曲線 冷戦さなかのよい知らせ/分配の問題を経済分析の核心に戻す/本書で使ったデータの出所/本研究の主要な結果/格差収斂の力、格差拡大の力/格差拡大の根本的な力 r>g/本研究の地理的、歴史的範囲/理論的、概念的な枠組み/本書の概要
  •  第Ⅰ部 所得と資本
  • 第1章 所得と産出
    長期的に見た資本-労働の分配 実は不安定/国民所得の考え方/資本って何だろう?/資本と富/資本/所得比率/資本主義の第一基本法則 α=r×β/国民経済計算 進化する社会構築物/生産の世界的分布/大陸ブロックから地域ブロックへ/世界の格差 月150ユーロから月3000ユーロまで/世界の所得分配は産出の分配よりもっと不平等/収斂に有利なのはどんな力?
  • 第2章 経済成長 幻想と現実
    超長期で見た経済成長/累積成長の法則/人口増加の段階/マイナスの人口増加?/平等化要因としての人口増加/経済成長の段階/購買力の10倍増とはどういうことだろう?/経済成長 ライフスタイルの多様化/成長の終わり?/年率1%の経済成長は大規模な社会変革をもたらす/戦後期の世代 大西洋をまたぐ運命の絡み合い/世界成長の二つの釣り鐘曲線/インフレの問題/18,19世紀の通貨大安定/古典文学に見るお金の意味/20世紀における金銭的目安の喪失
  •  第Ⅱ部 資本/所得比率の動学
  • 第3章 資本の変化
    富の性質 文学から現実へ/イギリスとフランスにおける資本の変化/外国資本の盛衰/所得と富 どの程度の規模か/公共財産、民間財産/歴史的観点から見た公共財産/イギリス 民間資本の強化と公的債務/公的債務で得をするのは誰か/リカードの等価定理の浮き沈み/フランス 戦後の資本家なき資本主義
  • 第4章 古いヨーロッパから新世界へ
    ドイツ ライン型資本主義と社会的所有/20世紀の資本が受けた打撃/米国の資本 ヨーロッパより安定/新世界と外国資本/カナダ 王国による所有が長期化/新世界と旧世界 奴隷制の重要性/奴隷資本と人的資本
  • 第5章 長期的に見た資本/所得比率
    資本主義の第二法則 β=s/g/長期的法則/1970年代以降の富裕国における資本の復活/バブル以外のポイント 低成長、高貯蓄/民間貯蓄の構成要素二つ/耐久財と貴重品/可処分所得の年数で見た民間資本/財団などの資本保有者について/富裕国における富の民営化/資産価値の歴史的回復/富裕国の国民資本と純外国資産/21世紀の資本/所得比率はどうなるか?/地価の謎
  • 第6章 21世紀における資本と労働の分配
    資本/所得比率から資本と労働の分配へ/フロー ストックよりさらに推計が困難/純粋な資本収益という概念//歴史的に見た資本収益率/21世紀初期の資本収益率/実体資本と名目資産/資本は何に使われるか/資本の限界生産性という概念/過剰な資本は資本収益率を減らす/コブ=ダグラス型生産関数を超えて 資本と労働の分配率の安定という問題/21世紀の資本と労働の代替 弾性値が1より大きい/伝統的農業社会 弾性値が1より小さい/人的資本はまぼろし?/資本と労働の分配の中期的変化/再びマルクスと利潤率の低下/「二つのケンブリッジ」を越えて/低成長レジームにおける資本の復権/技術の気まぐれ
  •  第Ⅲ部 格差の構造
  • 第7章 格差と集中 予備的な見通し
    ヴォートランのお説教/重要な問題 労働か遺産か?/労働と資本の格差/資本 常に労働よりも分配が不平等/格差と集中の規模感/下流、中流、上流階級/階級闘争、あるいは百分位闘争?/労働の格差 ほどほどの格差?/資本の格差 極端な格差/20世紀の大きなイノベーション 世襲型の中流階級/総所得の格差 二つの世界/総合指標の問題点/公式発表を覆う慎みのベール/「社会構成表」と政治算術に戻る
  • 第8章 二つの世界
    単純な事例 20世紀フランスにおける格差の縮小/格差の歴史 混沌とした政治的な歴史へ/「不労所得生活者社会」から「経営者社会」へ/トップ十分位の各種世界/所得税申告の限界/両大戦間の混沌/一次的影響の衝突/1980年代以降のフランスにおける格差の拡大/もっと複雑な事例 米国における格差の変容/1980年以降の米国の格差の爆発的拡大/格差の拡大が金融危機を引き起こしたのか?/超高額給与の台頭/トップ百分位内の共存
  • 第9章 労働所得の格差
    賃金格差 教育と技術の競争か?/理論モデルの限界 制度の役割/賃金体系と最低賃金/米国での格差急増をどう説明するか?/スーパー経営者の台頭 アングロ・サクソン的現象/トップ千分位の世界/ヨーロッパ 1900-1910年には新世界よりも不平等/新興経済国の格差 米国よりも低い?/限界生産性という幻想/スーパー経営者の急上昇 格差拡大への強力な推進力
  • 第10章 資本所有の格差
    極度に集中する富 ヨーロッパと米国/フランス 民間財産の観測所/世襲社会の変質/ベル・エポック期のヨーロッパの資本格差/世襲中流階級の出現/米国における富の不平等/富の分岐のメカニズム 歴史におけるrとg/なぜ資本収益率が成長率よりも高いのか?/時間選好の問題/均衡分布は存在するのか?/限嗣相続制と代替相続制/民法典とフランス革命の幻想/パレートと格差安定という幻想/富の格差が過去の水準に戻っていない理由は?/いくつかの部分的説明 時間、税、成長/21世紀 19世紀よりも不平等?
  • 第11章 長期的に見た能力と相続
    長期的な相続フロー/税務フローと経済フロー/三つの力 相続の終焉という幻想/長期的死亡率/人口とともに高齢化する富 μ×m効果/死者の富、生者の富/50代と80代 ベル・エポック期における年齢と富/戦争による富の若返り/21世紀には相続フローはどのように展開するか?/年間相続フローから年間相続ストックへ/再びヴォートランのお説教へ/ラスティニャックのジレンマ/不労所得生活者と経営者の基本計算/古典的世襲社会 バルザックとオースティンの世界/極端な富の格差は貧困社会における文明の条件なのか?/富裕社会における極端な能力主義/プチ不労所得者の世界/民主主義の敵、不労所得生活者/相続財産の復活 ヨーロッパだけの現象か、グローバルな現象か
  • 第12章 21世紀における世界的な富の格差
    資本収益率の格差/世界金持ちランキングの推移/億万長者ランキングから「世界資産報告」まで/資産ランキングに見る相続人たちと起業家たち/富の道徳的階層/大学基金の純粋な収益/インフレが資本収益の格差にもたらす影響とは/ソヴリン・ウェルス・ファンドの収益 資本と政治/ソヴリン・ウェルス・ファンドは世界を所有するか/中国は世界を所有するのか/国際的格差拡大、オリガルヒ的格差拡大/富裕国は本当は貧しいのか
  •  第Ⅳ部 21世紀の資本規制
  • 第13章 21世紀の社会国家
    2008年金融危機と国家の復活/20世紀における社会国家の成長/社会国家の形/現代の所得再分配 権利の論理/社会国家を解体するよりは現代化する/教育制度は社会的モビリティを促進するだろうか?/年金の将来 ペイゴー方式と低成長/貧困国と新興国における社会国家
  • 第14章 累進所得税再考
    累進課税の問題/累進課税 限定的だが本質的な役割/20世紀における累進税制 とらえどころのない混沌の産物/フランス第三共和政における累進課税/過剰な所得に対する没収的な課税 米国の発明/重役給与の爆発 課税の役割/最高限界税率の問題再考
  • 第15章 世界的な資本税
    世界的な資本税 便利な空想/民主的、金融的な透明性/簡単な解決策 銀行情報の自動送信/資本税の狙いとは?/貢献の論理、インセンティブの論理/ヨーロッパ富裕税の設計図/歴史的に見た資本課税/別の形態の規制 保護主義と資本統制/中国での資本統制の謎/石油レントの再分配/移民による再分配
  • 第16章 公的債務の問題
    公的債務削減 資本課税、インフレ、緊縮財政/インフレは富を再分配するか?/中央銀行は何をするのか?/お金の創造と国民資本/キプロス危機 資本税と銀行規制が力をあわせるとき/ユーロ 21世紀の国家なき通貨?/欧州統合の問題/21世紀における政府と資本蓄積/法律と政治/気候変動と公的資本/経済的透明性と資本の民主的なコントロール
  • おわりに
    資本主義の中心的な矛盾 r>g/政治歴史経済学に向けて/最も恵まれない人々の利益
  • 凡例/図表一覧/原注/索引

【感想は?】

 そういうわけで、感想は次の記事から。とりあえず家賃や住宅ローンを払ってて懐が寂しい人には、いろいろと身に染みる本です。

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2016年9月 9日 (金)

C.G.ユング他「人間と象徴 無意識の世界 上・下」河出書房新社 河合隼雄監訳

この本は広い一般の読者にたいする彼(ユング)の遺産である。
  ――序

元型とは実際、本能的な傾向性であって、鳥の巣を作る衝動であるとか、蟻が組織化された集団を形成するのと同じように、顕著なものである。
  ――Ⅰ.無意識の接近

人はいろいろな理由で厳密には見つめたくない自分自身の人格の側面について、夢を通じて知らされることとなる。これが、ユングのいう“影の自覚”である。
  ――Ⅲ.個性化の過程

【どんな本?】

 フロイトと並び20世紀の精神医学をリードし、分析心理学を打ち立てたカール・グスタフ・ユング。現代でも、アニマ/アニムス/元型/シャドウ/同時性(シンクロニシティ、synchronicity)/ペルソナなど、彼が唱えた概念は、アーティストやクリエイターに好んで取り上げられる。

 だが、彼の著作の多くは難解で、一般人には近寄りがたい。ユング自身、一般向けの啓蒙書には消極的だった。テレビでのインタビュウをきっかけに、彼とその弟子によって書かれた本書は、彼自身がかかわった唯一の、分析心理学の一般向け入門書である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Man and His Symbols, by Carl G. Jung, M. L. von Franz, Joseph L. Henderson, Jolande Jacobi, Aniela Jaffé, 1964。日本語版は1975年9月15日初版発行。私が読んだのは1981年2月25日発行の14版。順調に版を重ねてるなあ。

 単行本ハードカバー横一段組みで上下巻、本文約245頁+272頁=517頁に加え、訳者あとがき4頁。8ポイント34字×31行×(245頁+272頁)=約544,918字、400字詰め原稿用紙で約1,363枚だが、図版を豊富に収録しているので、実際の文字数は6~7割だろう。文庫本なら厚めの上下巻ぐらい。

 文章は硬く、典型的な「学者の文章」。入門書だが、内容もかなり歯ごたえがある。特に最初の「Ⅰ.無意識の接近」が難しい。ユングの思想を手っ取り早く掴むには、いっそ最後の「Ⅴ.個人分析における象徴」から取り掛かるのがいいかも。

【構成は?】

 ⅠからⅣまでは入門書らしく例をあげながら理論を紹介する。Ⅴでは一つの臨床例を詳しく紹介し、ユング派の理論を臨床に応用したケースを具体的に描いてゆく。

  •  上巻
  • 序 ジョン・フリードマン
  • Ⅰ.無意識の接近 カール・G・ユング 河合隼雄訳
    • 夢の重要性
    • 無意識の過去と未来
    • 夢の機能
    • 夢の分析
    • タイプの問題
    • 夢象徴における元型
    • 人間のたましい
    • 象徴の役割
    • 断絶の治癒
  • Ⅱ.古代神話と現代人 ジョセフ・L・ヘンダーソン 樋口和彦訳
    • 永遠の象徴
    • 英雄と英雄をつくるもの
    • イニシエーションの元型
    • 美女と野獣
    • オルフェウスと人の子
    • 超越の象徴
  •  下巻
  • Ⅲ.個性化の過程 河合隼雄訳
    • 心の成長のパターン
    • 無意識の最初の接近
    • 影の自覚
    • アニマ 心の中の女性
    • アニムス 心の中の男性
    • 自己 全体像の象徴
    • 自己との関係
    • 自己の社会的側面
  • Ⅳ.美術における象徴性 アニエラ・ヤッフェ 斎藤久美子訳
    • 聖なるものの象徴 石と動物
    • 円の象徴
    • 象徴としての現代絵画
    • 物にひそむたましい
    • 現実からの後退
    • 対立物の含一
  • Ⅴ.個人分析における象徴 ヨランド・ヤコビー 並河信子・阪永子訳
    • 分析の開始
    • 初回の夢
    • 無意識にたいする恐れ
    • 聖者と娼婦
    • 分析の発達過程
    • 神託夢
    • 不合理への直面
    • 最後の夢
  • 結論 M・L・フォン・フランツ 西村州衛男訳
    • 科学と無意識
  • 注/訳者あとがき/索引

【感想は?】

 この本の最大の魅力は、豊富に収録した写真や図版だ。だから、できるだけ状態の良い物を手に入れよう。

 分析心理学と学問っぽい名前だが、改めて読むと結構アブない。何回か量子力学の不確定性原理を引き合いに出して箔をつけようとしているが、その解釈は不出来なSF小説にありがちなパターンだ。つまり「現代科学はラプラスの悪魔(→Wikipedia)を否定してんだから、決定的な解が出ない俺の理屈も科学だぜ」的な無茶理論である。

 この手の本にありがちなように、自分の理屈に都合のいい例をたくさん挙げて、「ほら、合ってるでしょ」と理論を補強しようとするが、別に統計を取っているわけじゃないし、数値化もしていない。そもそも数値化しようなんて最初から考えていないし。

 などと悪口で始まったし、私はそういう姿勢でこの記事を書いている。が、それでも面白い本ではあるのだ。特に、諸星大二郎や京極夏彦あたりが好きな人には、たまらない吸引力がある。

 とにかく、写真や図版がいい。世界各地の民族の祭礼や、宗教関係の絵画・彫刻、文化遺産や遺跡など、ナニか出てきそうな怪しげなシロモノが次から次へと出てくる。これを眺めているだけで、好きな人はトリップできるだろう。

 本書の内容の多くを占めるのは、夢の解釈だ。フロイト同様、ユングも無意識の存在を認めている。ただし無意識の中身が違う。フロイトは無意識を性欲のゴミ箱と考えた。対してユングは、「本人が感じているが気づいていない何か」みたいな解釈をする。性欲以外も含む、もっと幅広い何か、だ。

 この本で紹介する例は、多くが変化の兆しとして解釈されている。たまに死の予兆など暗い物もあるが、大半は成長の兆しだ。生真面目で厳格に生きてきたが遊びを知らぬ中年男。宗派の違う女性との結婚に踏み切れない理系の若い男。創作活動を手掛けたいと願う中年女。

 あるカトリックの婦人は、「その信条の細かい、外的ないくつかの点で抵抗を感じていた」。そしてこんな夢をみる。

町の教会が取り壊されて再建されたが、聖体を安置してある聖櫃とマリアの像は、古い教会から新しいほうに移された。

 この夢をユング派は、彼女の無意識からのメッセージとして解釈する。曰く、宗教の細かい所は変わっても、信仰の根本的な所は変わってないから大丈夫だよ、と。

 夢判断だけでなく、各地の神話・民話・伝説を紹介しているのも、本書の読みどころ。聖クリストファー(→Wikipedia)がキリストを背負う話では、思わず「子泣き爺(→Wikipedia)かい!」と突っ込んだり。これ世界的にありがちな話のパターンなのか、子泣き爺がネタを流用したのか…などと考えると、妄想は広がりまくる。

 やはり神話では、ギルガメッシュやスーパーマンの後にスサノオの八岐大蛇退治が出てきて、ここでは英雄神話の定型に例えながら人の心の成長のパターンを述べてるんだげど、同時に物語づくりの定石も身につくような気分になる。やっぱりヒーローはピンチに陥りながらも美女の助けを借りて切り抜け、美女と結ばれるのが王道なのだ。

 ヒーローに必要なのは、美女だけじゃない。魅力的な悪役も大事だ。ユング的にはシャドウ(影)。ガンダムに例えるとアムロに対するシャアがピッタリ。単純な悪ってわけでなく、主人公が抑圧している人格の一部分を象徴する人物ですね。

 そんな感じに、オカルトが好きな人や、各地の奇習や風俗に興味がある人、または創作を手掛ける人にとっては、美味しそうなネタがギッシリ詰まった上に、ウケそうな骨組みまで与えてくれる便利な本でもある。かなり歯ごたえはあるし、人によっては洗脳されかねない危ない本ではあるけど、それを承知で読むなら、充分な収穫が期待できるだろう。

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2016年8月21日 (日)

ジョン・K・ガルブレイス「不確実性の時代」講談社学術文庫 斎藤精一郎訳 2

ある国民が地理的に離れたところにいる他の国民を支配しようとする場合について、確実にいえることの一つは、それがきっと失敗に終わるということであり、植民地支配の終わりは、支配される者ばかりでなく、支配する者の望みでもあるということです。
  ――4 植民地の思想

明快な著述は、頭の悪さをわかりにくい文章で包み隠している多くの学者たちには、ある種の脅威として、ひどい打撃を受けるものとして受け取られるのです。
  ――7 ケインズ革命

不確実性の時代にあって、企業こそが不確実性の主たる源泉なのです。
  ――9 大企業

私がいつも思うのは、スイス人が原則よりも結果にずっと大きな関心を払ってきたということです。経済学でも政治でも、戦争と同じく、驚くほど多くの人が、鉄道の踏切りにぶつかって自分の通行権を守ろうとする人みたいに、敢然と死んでいきます。
  ――12 民主主義、リーダーシップ、責任

 ジョン・K・ガルブレイス「不確実性の時代」講談社学術文庫 斎藤精一郎訳 1 から続く。

【レーニン】

 本書の中でも特に楽しいのが、ウラジミール・イリッチ・ウリアノフつまりレーニンを扱う「5 レーニンと大いなる解体」。ここではガルブレイス師匠の毒舌が機関銃のごとく炸裂していく。

 まずはレーニンがオーストリア当局にスパイ容疑で逮捕される場面から。当局の疑惑を深めたのが、数字をびっしりと書き連ねたノート。当局はこれを暗号表と考えたのだが、実際は…

農業問題に関する統計数字が記されていました。

 ヒトってのは、自分が理解できないモノはとりあえず「怪しい」と考える生き物なんです。最近もこんな事件があったなあ。経済を研究する人ってのは、風体の怪しい人が多いんだろうか←をい

 スイスに渡ったレーニンは、仲間と連日のように会合を開く。ここでも、ロシア人の下宿人はしょっちゅう夜通し議論するので、下宿屋のおかみさんはロシア人だけ下宿代を割高にした、とかのジャブの次に、現代日本の月給取りが喝采しそうなネタをカマしてくる。なぜレーニンが連日のように会合したかというと…

 真面目な会議についていえば、情報交換を目的とするものはごく少なく、何らかの決定を下すための会議というのはもっと少ないものです。たいていの会議が開かれるのは、共通の目的を宣言し、参加者に各人が一人ではないことをわからせ、連帯意識を強めるためです。

 うんうん、あるよね。特に意義がよくわからない研修とかは、モロに連帯感のためだよなあ。などと感心してたら、更に続けて…

また会議は、実際に行動できないとき、行動のかわりとなります。会議が開かれることによって、参加者ばかりでなく、往々にしてそれ以外の人びとも、実際には何も起こらず、また起こりえないのに、何かが起こっているという感じを受けるのです。

 それ言っちゃらめえw どんなテーマでも、会議が開かれると、なんか盛り上がってるような気持になるんだよな。終盤では、ロシアの不作が国際市場での穀物価格を引き上げ云々ってネタも出てきて、これフレデリック・フォーサイスがネタにしてたと思ったんだけど、なんだったっけ?

【フィッシャーからケインズへ】

 「6 貨幣の浮き沈み」では、この本で唯一の数式が出てくる。アーヴィング・フィッシャーが見つけた式で、P=(MV+M11)/T。大ざっぱに言うと、物価=カネの量×実質的な経済活動の量、みたいな意味かな?

 景気が悪い時は物価が下がる。ならモノを買う人が増えそうなもんだが、みんな節約して取引量は増えない。そこで政府がお札を刷ってカネの量を増やせばいいじゃん、と思ったが、みんな貯め込むばっかしで使ってくれない。

フィッシャーが発見したのは、多くの経済学者たちを含めて人びとが何としても信じたがらなかったことでした。貨幣だけを問題にする安上がりで手軽な発明によっては、あらゆる経済問題を解決できるどころか、どんな経済問題も解決できないということです。

 と、困った事をフィッシャーは見つけてしまった。どないせえちゅうねん。

 この難問に答えを出したのが、ジョン・メイナード・ケインズ。カネを増やしてもダメだら、取引を増やしゃいいじゃん。どうやって増やす? 政府が借金して作った元手で、なんか事業を始めりゃいい。

 ケインズは何をしたらよいかということについて、明快な答えをもっていました。政府が借金をして、その資金を支出することを望んでいたのです。

 今風に言えば、国債を発行して公共事業やんなさいってこと。この説を納得させるためにケインズは色々と苦労する。今風に言うとケインズって賢くはあるけどコミュ障っぽい人だったらしく、文字でのコミュニケーションは得意だけと顔を突き合わせての対話は苦手だったみたい。

 ってんで、『一般理論』を書いたはいいが、この本の評がまた、ガルブレイス師匠の芸炸裂しまくり。

『一般理論』は、刊行されたあとずいぶん時間が経って完成されました。聖書や『資本論』と同じく、それはたいへん曖昧であり、また聖書やマルクスの場合のように、その曖昧さが帰依者を増やすうえで大いに役立ちました。

 つまり、やたら難しくてわかりにくい本だったわけ。なんでそんな本が信者を増やすのかというと…

理解するのに多大の努力を重ねたとなると、読者はその思想に強く執着するものです。

 …ああ、うん、グレッグ・イーガンがウケる理由には、そういう部分があるよね。というか、私の場合は多大な努力を重ねた挙句に理解できなかったりするけど。おまけに、ここでもガルブレイス師匠はワンツーパンチをキメてくるから憎い。

矛盾や曖昧さが随所に散見されると、読者はいつもそこに自分の信じたいと思うものを読み取ることができます。これも信徒を増やすのに役立つわけです。

  ああそうさ、よーわからんので好き勝手に解釈できるから俺はイーガンが好きなんだよ、悪いか。

 ってのはおいて。時は大恐慌の傷跡で苦しんでるさなか。アメリカでの布教はイマイチだったけど、ケインズ理論を知ってか知らずか、積極的に推し進めたのがアドルフ・ヒトラー。大胆な借金で公共事業をしまくってアウトバーンを整備し、失業者をなくしちゃった。

 ただヒトラーはやりすぎて、世界中を戦争に巻き込んだ。お陰でアメリカも軍需で政府支出がドンと増え、失業者が減っていく。これをガルブレイス師匠は評して曰く…

ヒトラーは、ドイツの失業をなくしたあと、敵国の失業にも終止符を打たせたのです。

 …く、黒い。実際、政府の予算ってのは困った性質があって、鉄道やバスの赤字路線支援じゃなかなか予算はおりないけど、敵の脅威に備えるためなら、アッサリ予算がつくんだよなあ。どの国でも。

【大企業】

 大きな政府を志向する人のためか、「9 大企業」では鋭く国際資本を分析してる。

EECが出現したのは、現代の多国籍企業にとって国境やそれにともなう関税や貿易制限がわずらわしかったから

 とかは、今のEUを見ると確かにそういう所はあるかも。TPPとかも、国際資本には嬉しい話なんだろう。それが日本の利益になるかというと、どうなんだろうなあ。

 とまれ、ここの終盤では相当に過激な事を言ってる。

 「現代の大企業の株主は、力ももたなければ何の機能も果たしていません」として、いっそ政府が株主になれよ、なんてブチあげるのだ。日本でも東電の救済とかを見ると、「いっそ国営化しちまえ」と思うこともあるけど、小さい政府を求める人には決して受け入れられないだろうなあ。

【貧困対策】

 「10 土地と住民」では、更に好き嫌いが分かれそうな問題を問い始める。発展途上国での貧困の撲滅だ。

 経済問題で、なぜこれほど多くの人びとが貧しいのかという疑問ほど重要なものはありません。また人間の状態に関する事柄で、これほど多くの異なった相反する答えが、これほど自信たっぷりかつ無頓着に提示されている例はほかにありません。

 この本では、彼らにロクな土地がないのがイカンとして、先進国が移民を受け入れろ、と主張する。途上国の多くは農業国であり、一人当たりの土地が足りない、先進国が移民を受け入れれば土地が足りるだろ、と。

 私が思うに。土地というより足りないのは資本っじゃなかろか。だから途上国への工場移転で途上国の仕事を増やしたり、「貧困のない世界を創る」で実績を示したマイクロ・ファイナンスにより起業を促すとかもアリじゃね?と思うんだけど、どうなんだろ。

【おわりに】

 なにせ出たのは1977年の本なんで、東欧やソ連が崩壊する前だ。それだけに「最近の話題」を扱う終盤は少々古臭くなってる感はあるものの、中盤までのわかりやすさに加え、随所で発揮される強烈な毒舌ギャグは凄まじい破壊力を持っている。

 書名こそこそ近寄りがたいものの、実はとっても親しみやすくユーモア満載の楽しい本だった。

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2016年8月19日 (金)

ジョン・K・ガルブレイス「不確実性の時代」講談社学術文庫 斎藤精一郎訳 1

産業革命が起こるまで、そして多くの国ではその後も長いあいだ、すべての経済学は農業経済学だったのです。
  ――1 予言者たちと古典的資本主義の約束

自身の利益をはかろうとして個人は公共の利益に貢献するというのです。(アダム・)スミスの最も卓抜な言葉によれば、人はあたかも神の見えざる手に導かれたかのように、そうするのです。
  ――1 予言者たちと古典的資本主義の約束

かねてから、マルクスの著作から自分に都合のよい意味を読みとり、他人のすべての説を悪しざまに扱うというのが、マルクス主義を信奉するすべての学者の当然の権利とされてきたのです。
  ――3 カール・マルクスの異議申し立て

【どんな本?】

 アダム・スミス,カール・マルクス,ジョン・メイナード・ケインズ…。彼ら経済学の巨匠は、どんな時代に、どんな生涯を送り、どんな問題に対し、どんな解決策を示したのか。彼らの唱えた理論は、どのようなもので、現代の経済学や政治にどんな影響を与えたのか。

 リベラル派の経済学者であるガルブレイスが、BBC放送のテレビ番組を元に書いた一般向けの経済思想史の解説書であり、出版当時は流行語ともなったベストセラー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Age of Uncertainty, by John Kenneth Galbraith, 1977。日本語版は1978年にTBSブリタニカより単行本、1983年6月に講談社文庫。私が読んだのは講談社学術文庫版で2009年4月13日発行の第1刷。

 文庫本縦一段組みで本文約479頁に加え、訳者あとがき4頁+根井雅弘の解説5頁。8.5ポイント41字×18行×479頁=約353,502字、400字詰め原稿用紙で約884枚。上下巻には少し足りないぐらいの分量。

 文章は思ったよりこなれている。内容は、難しそうな書名と裏腹に、とてもわかりやすい。数式も出てくるのは一つだけ。しかも、皮肉なユーモアをたっぷりまぶしてあり、親しみやすさもバッチリ。

 ただし、著者は大きな政府を求める立場だ。郵便・通信・公共運輸などを国有化し、不況時には緊縮財政ではなく赤字国債を発行してでも公共事業を求める立場だ。これは後ろに行くに従い色濃く出てくる。そのため、小さな政府を求める立場の人は、終盤を不愉快に感じるだろう。

【構成は?】

 話は時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はしがき 不確実性の時代について
  • 1 予言者たちと古典的資本主義の約束
    源泉/風景/始祖/理性の人/農業の制度/諸国民の富/ピンと分業/人の結びつきと法人企業/住民一掃/典型的な紡績の町/インディアナの試み/リカードとマルサス/リカードの見解/イングランドとアイルランド/脱出/スミスはいま
  • 2 資本主義最盛期の行動と紀律
    裕福な者の自然淘汰/スペンサーとサムナー/キリストの再臨/適者はいかにして選ばれたか/世評/自然淘汰と教会/ソースタイン・ヴェブレン/衒学示的消費/記念碑 ニューポート/さまざまな儀式/宣伝/リヴィエラ/賭博/現代の金持の行動と紀律
  • 3 カール・マルクスの異議申し立て
    万能の人/トリール/若きロマンティスト/ベルリンとヘーゲル/ケルンとジャーナリズム/社会主義者の誕生/共産党宣言/ある種の革命/ロンドンへ/資本論/インターナショナル/再びパリへ/死と生
  • 4 植民地の思想
    マルクスと帝国主義/植民地の使命/東方へ/財政的な側面/スペインの達成/官僚制度/メキシコ/ルイジアナの場合/ラホール/アメリカの経験/鎮魂歌
  • 5 レーニンと大いなる解体
    クラカウからの眺め/領土至上主義/愚かさの問題/変異反応/労働者/ポーランドにおけるレーニン/真の革命家/レーニンとマルクス/八月の砲声と警察/機関銃と士官階級/スイス/会議/帝国主義と資本主義/最高の試練/革命/またしても腐った扉/トリノからの眺め/西欧の対照的な結果/ある回想
  • 6 貨幣の浮き沈み
    起源/機能/銀行と貨幣/アムステルダムの情景/1719年のパリ/イングランド銀行/紙幣/カナダ風変奏/紙幣と革命/銀行と中央銀行/ジャクソン対ビドル/金/新旧の不確実性/連邦準備制度/アーヴィング・フィッシャー
  • 7 ケインズ革命
    イギリスのケンブリッジ/戦争と平和/チャーチルと金/アメリカからの衝撃/全員が金持ちになるべきだ/暗い木曜日/解決策/試運転/一般理論/大学という経路/ワシントンへ/アメリカのケインズ主義者/戦争の教訓/勝利/ブレストンウッズ/ケインズの時代
  • 8 致命的な競争
    1945年のベルリン/官僚の関心/ベルリン封鎖/ジョン・フォスター・ダレス/ワシントンにおける冷戦/不道徳へのお墨付き/フルシチョフ/キューバ/深淵をのぞく/ヴェトナム/共生的な罠/経済的な結果/変化のはじまり
  • 9 大企業
    エサレン・インスティテュート/創立者/今日のUGE/戦闘司令本部/ワシントンの情景/テクノストラクチュア/アイントホーフェンでの実践/企業の世界/起業はなぜ愛されないのか?/多国籍症候群/ゼネラル・モーターズのあとにくるもの
  • 10 土地と住民
    パンジャブ地方/可能性/産児制限/追放と移住/綿の均衡/メキシコ/出稼ぎ労働者/どこでうまくいったか/都市国家
  • 11 大都市圏
    権力の座/ファテプル・シクリ/商業都市/工業都市/二つのバーミンガム/都市の経済学/ベッドタウン/移民/大都市圏/資本主義ではうまくいかないところ/状況の暴虐
  • 12 民主主義、リーダーシップ、責任
    スイスの場合/もちまえの指導性/見世物スポーツとしての政治/妥協のバランス/リーダーシップとは何か/ネール/リーダーシップとヴェトナム/マーティン・ルーサー・キング/バークリー/献身/スキドゥー/デス・ヴァリー/核というまやかし
  • 訳者あとがき/解説 根井雅弘

【感想は?】

 読む前は「なんか難しそう」と思ってた。読んでみたら、捧腹絶倒。売れるわ、そりゃ。

 なんたって、書名がハッタリ効いてる。「不確実性の時代」って、なんか頭よさげだし。これ読んだと言えば、周りに自慢できそうだよね。

 で、恐る恐る読んでみたら、全く違った。とにかくわかりやすい。だけでなく、語り口がいい。洗練された知識人の口調で、恐ろしくキツいギャグをかます。著者はカナダ出身でアメリカで学んだ人だが、ギャグのセンスはむしろバーナード・ショーの影響を感じさせる、毒がたっぷり詰まったもの。例えば…

知識人のほうではおおむね、自分たちが嫌われるのは、他の連中が自分たちの頭のよさを嫉んでいるからだと思っていました。ところが、しばしば嫌われるのは、彼らが騒ぎを起こすからなのです。
  ――7 ケインズ革命

 と、実に手厳しい。こういう毒舌が随所で炸裂し、真面目な本のはずなのに、読んでる最中はついつい笑ってしまう。通勤電車の中で読んだら、中身を知らない人からは「コイツ頭おかしいんじゃないか」と思われるだろう。

 さて。書名の「不確実性の時代」とは何か。これ流行った当時は「よくわかんない」と言う代わりに「そりゃ不確実性の時代だから」と言えばカッコついたってぐらい、なんか頭よさげな言葉だけど、著者は全く違う意味で使っている。

前世紀(19世紀)にあっては、資本家は資本主義の繁栄を確信し、社会主義者は社会主義の成功を、帝国主義者は植民地主義の成功をそれぞれ確信しており、支配階級は自分たちが支配するのは当然だと考えていました。しかし、こういった確実性はいまやほとんど失われています。
  ――はしがき 不確実性の時代について

 どういう事か。

 昔の人は、それぞれに確固たる信念を持っていた。自分の主義主張は揺るぎない正義であり、その正義に基づいて生き、社会を運営すれば、みんな幸せになる、そう信じていた。でも今は、そんな揺るぎない確信を持ちにくい時代だよ、そういう意味だ。

 これから先がどうなるかわからないって意味じゃ、ないのだ。個々人が、強い確信を持ちにくい時代だ、と言っている。で、こういった時代が始まったのは…

第一次世界大戦においてこそ、長年にわたって確実だと思われてきたものが失われたのです。それまで、貴族や資本家は自分たちの地位に確信を抱き、社会主義者でさえもゆるぎない信念を持っていました。二度とそういう確信は生まれませんでした。
  ――5 レーニンと大いなる解体

 と、第一次世界大戦からだ、としているのが、大きな特徴の一つ。特に西部戦線での塹壕戦で、おぞましいまでの犠牲を払い、将軍たちが救いようのない無能を晒すなどの現実を目の当たりにし、人々の持つ既成概念が大きく揺らいでしまった、と著者は説く。

私はリデル・ハートの「第一次世界大戦」しか読んでいないけど、確かに司令官たちの無謀と無能は凄まじい。機関銃と鉄条網で堅く守られた敵陣に対し、大軍による力押しをひたすら繰り返しては力尽きるの繰り返しで、その度に数万の戦死者を出してるんだから、読んでて気分が悪くなる。

 それはともかく。

 この本の主題は、経済学の思想史だ。経済学史と素直に云えないのが経済学の辛い所で、経済学者の立場や思想によって、理論も結論も違ってきてしまう。国家の運営や私たちの生活がかかってるんだから、もちっとシッカリして欲しいんだが、どうもその時々の政策を決める人に都合のいい理論がもてはやされるらしい。

経済的な事柄では、意思の決定は思想によって影響されるだけでなく、経済的な既得利権によっても影響されるからです。
  ――1 予言者たちと古典的資本主義の約束

 と、きたもんだ。

経済学者というのはおたがいに意見があわないことで定評がありますが、たった一つの点では考えが一致しています。すなわち、経済学に始祖がいるとすれば、それは(アダム・)スミスだということです。
  ――1 予言者たちと古典的資本主義の約束

 なんて、経済学者である自分も含めた自虐ギャグを飛ばしつつ、アダム・スミスの偉大さを印象付ける文章は見事。先の、経済学者は立場によって言う事が違うよね、ってのを鋭く見抜き、厳しく指摘したのが…

「知的生産は、物質的生産が変化するのに比例して、その性格を変える。各時代の支配的な思想は、つねに支配階級の思想だったのである」
  ――3 カール・マルクスの異議申し立て

 そう、かの有名なカール・マルクス。経済学者や思想家の太鼓持ちっぷりを暴露して、挑発的かつ戦闘的なメッセージを叩きつけた。そんな彼の影響の偉大さは認めつつも、マルキストに対しては…

(資本論の)二巻は、読んだと自称する人の数のほうが実際に読んだ人の数よりもずっと多い
  ――3 カール・マルクスの異議申し立て

 と、これまた容赦ない。この毒舌は「5 レーニンと大いなる解体」で、更に鋭さを増すんだけど、それについては次の記事で。

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