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2024年8月30日 (金)

SFマガジン2024年10月号

「それはあなたの夢の形をしていない」
  ――斜線堂有紀「お茶は出来ない並んで歩く」

「おれたちに思いつけるような仮説は、きっと違う」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第15回

「上下の枚数を素数で準備したら、順番に着ていくだけでもカブリは最低限に抑えられるよ」
  ――菅浩江「世はなべて美しい」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ファッション&美容SF特集」。

 小説は11本+3本。「ファッション&美容SF特集」で6本、連載が5本+3本、読み切りはなし。

 「ファッション&美容SF特集」の6本。暴力と破滅の運び手「あなたの部分の物語」,斜線堂有紀「お茶は出来ない並んで歩く」,櫻木みわ「心象衣装」,池澤春菜「秘臓」,菅浩江「世はなべて美しい」,ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「美徳なき美」紅坂紫訳。

 連載の5本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第15回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第55回,吉上亮「ヴェルト」第二部第二章,夢枕獏「小角の城」第77回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第24回,田丸雅智「未来図ショートショート」3本「コオロギ狩り」「ロイとの景色」「VR祭りの夜」。

 「ファッション&美容SF特集」から。

 暴力と破滅の運び手「あなたの部分の物語」。マネージャーのタンギーの提案で、王子様役のフアンは部分をダクトテープで隠す羽目になった。なにせ、不規則な周期で機能的な状態になるのだ。先の大戦で、<連邦>の男性の多くが放射線で不妊化してしまった。これに対応するため、男性の外性器を遠隔地すなわち<連邦>の部分銀行が管理し…

 「部分」だの「機能的な状態」だのとかの、回りくどく堅苦しい言葉が妙に可笑しい作品。なんか真面目なテーマも含んでいそうなんだが、とにかく笑えてしょうがない。「あなた」の仕事とかね、もう切なくて悲しくて馬鹿々々しいw なにが悲しくてそんな仕事を背にゃならんのだw

 斜線堂有紀「お茶は出来ない並んで歩く」。やっと手に入れた ALICE and the PIRATES のワンピースをまといラフォーレ原宿に繰り出した扇堂伴祢は、BABY, THE STARS SHINE BRIGHT を着た巫女常出鶴に駄目だしされる。厳しい言葉だが、ロリータファッションへの情熱は本物だった。それから15年後、再会した二人は…

 仕事でも趣味でも、優れた導師やメンターに出会えることは滅多にない。出鶴のいでたちも行動も、ブランドに相応しくある姿を求めた結果なんだが、同時に「ごっこ」でもある。それでも、そこには確かにファッションへのリスペクトが溢れている。

 櫻木みわ「心象衣装」。ファッション界の公開新人オーディション、ネクスト・クロ――ゼットのファイナルに残った二人、ユーリと紫陽花は対照的で犬猿の仲だった。最終課題は心象ファッション。着用者の脳神経と連動し、その感情や内的反応を取り入れたファッション。一般的に生物模倣と併せて用いられる。

 ファッションとバイオ技術って未来的な気もするが、改めて考えると綿や絹や羊毛は生物素材そのものだし、藍やコチニールなどの染料も生物由来なワケで、とするとファッションとバイオ技術は新しいどころか伝統的な結びつきなのかも。そういや「織物の世界史」には色付きの繭を作る蚕の話もあった。とかは置いて、昭和の少女漫画っぽい味わいもある作品。

 池澤春菜「秘臓」。小学三年生の息子を送り出し、朝食を食べている夫に声をかけ、チヒロはサロンに出かける。サロンではレアを指名する。レアはエステックことアンブレラのエンジニアで、抜群の腕前を誇る。アンブレラは極薄の膜状装置で、ウイルスや有害物質から身を守るだけでなく、ちょっとした外見の補正もできる。久しぶりに会った旧友のアメちゃんは…

 美容に対し対照的なレアとアメちゃん。チヒロはややレア寄り。美容と考えると一次元の右と左で対照的となるけど、ファッションとして捉えると人により目指す方向性は様々で、幾何学的な意味での次元も多くなる。などと思いながら読んでたら、お話は意外な方向へ。

 菅浩江「世はなべて美しい」。<フィーリー>は骨伝導で音楽を流す。その時の状況に相応しい曲を指定し、自分の気分を調整する。そうやってカナは人間関係をしのいできた。地元に戻ったカナは、高校時代の人気者キョウの姿に驚く。怪我で、世界がすべて美しく見える疾患を抱えたキョウは、黒づくめでくすんだ姿になっていた。

 まあ、アレだ。スタイルのいいイケメンは、無難な格好でもカッコいいのだ、やっぱり。うう、くやしい。疾患のせいでキョウは人生ハードモードなのに、どうにも同情する気になれないw

 ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「美徳なき美」紅坂紫訳。ファッション・モデルは、肩から腕を移植する。14歳以下で亡くなった子供の腕だ。マリアが19歳の時にメゾンは彼女を見いだした。腕を移植して6カ月間は人目から隔離し、上流階級のアクセントを叩きこむ。ビスポーグ誌は彼女を「薔薇とダイヤモンドの姫」と呼んだ。

 スラリとした妖精のような体形が多いファッション・モデルの世界では、何かと悪いうわさもあって、その辺を大きくデフォルメした作品。描いているのは華麗な世界ながら、ハードボイルド調にキレのあるキビキビした文体なのが、ファッション業界の冷たさと厳しさをうまく伝えている。

 連載。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第55回。シルヴィアを喪った<クインテット>は、事件の背景の調査を始めると同時に、迅速に体制を変えてゆく。ハンターはシルヴィアの死をイースターズ・オフィス攻撃に使おうと画策する。ウフコックは自らの姿を大衆の前に現してスピーチを行う練習を始めるが…

 ウフコックのスピーチ練習の場面が、この作品には珍しく微笑ましい。そうだよね、見た目だけなら、レイチェルの反応が普通だよね。能力はひどく物騒だけど。「勤勉な無能」には笑った。そしてますます人間離れしてくるレイ・ヒューズ。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第15回。零と桂城が乗った雪風が、ジャムを発見した。旧機体が投下したポッドの一つが5秒ほど信号を発した後に沈黙したのだ。ジャムがポッドを破壊したのか、またはジャムの偽信号か。高速で現場に向かう雪風の前に、異様な存在が現れる。

 今回の後半はシリーズを通した大きな曲がり角の予感。未知の脅威に突撃する雪風の後ろに控えるレイフが頼もしい…とか思ってたら、とんでもねえシロモノを積んでた。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第24回。舞台は青野、啄星高校の文化祭。やはり区会の住人が、世界の描画制度を認識したり操作したりする描写にはギョッとする。そして『クレマンの年代記』にも影響が。

 吉上亮「ヴェルト」第二部第二章。革命はなったが、フランスは内外共に危機にある。外からはプロイセン・オーストリア・イギリスに攻められ連戦連敗、内ではフランス各地の騒乱に加え政権はジロンド派と山岳派で睨み合いが激しさを増す。そんな時に、バスティーユの襲撃を逃れたサド侯爵はパリに潜む。

 名前だけは知っていたマルキ・ド・サドことドナシアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド、この連載では作品を書いただけでなく…。えっと、なかなかに大変な人で、悪役ではあるけと、大物というより卑劣で狡猾って感じだなあ。いや今のところ噂だけで本人は登場してないんだけど。

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