ジョン・キーガン「戦争と人間の歴史 人間はなぜ戦争をするのか?」刀水書房 井上堯裕訳
戦争とは、歴史的には、略奪行為であった。
――序
【どんな本?】
著者は英国サンドハースト士官学校で王立士官学校で軍事史の教官を務めたのち、デイリー・テレグラフ紙の特派員となった。要は英国の軍事史家でジャーナリストである。
元はBBCラジオの講座らしい。「人間はなぜ戦争をするのか」という問いに対し、歴史上の戦争の様子や各勢力の立場と目的などを解説し、逆に戦争を避けようとした努力や工夫とその結果を語り、また現代における戦争・戦乱への歴史家なりの視点をのべ、戦争をなくすために何をすべきかを訴える、一般向けの軍事史解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は War and Our World, by John Keegan, 1998。日本語版は2000年9月7日初版第1刷発行。単行本縦一段組み本文約164頁に加え、訳者のあとがき16頁。10ポイント39字×14行×164頁=約89,544字、400字詰め原稿用紙で約224枚。文庫ならかなり薄い。/p>
文章は「です・ます」調で親しみやすいが、イギリスの知識人らしく二重否定などの皮肉な表現が多く、落ち着いて読む必要がある。内容も比較的にわかりやすいが、軍事史家らしく素人にはなじみのない戦争の名前が頻繁に出てくる。
【構成は?】
一応は前の章を受けて後の章が展開する形だが、気になった章だけを拾い読みしても楽しめる。
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- 序
- 第1章 戦争と我々の世界
- 1億人の死者
- 「昼間の恐怖」
- 不安で死んだ母親
- 徴兵制度が消耗戦を生み出す
- 戦争がもたらした物質的損害
- 文化財の破壊
- 第2章 戦争の起源
- 戦争は人間本性に由来するのか
- 「攻撃性の座」
- フロイトによる戦争の起源
- 動物行動学の攻撃性の理論
- 戦争は人類の発明か
- 原始社会の戦争
- 狩猟生活の終わり
- 農耕民が砦を築く
- メソポタミアで軍事文化が発達する
- 第3章 戦争と国家
- 与える国家
- 消滅に向かう兵役義務
- 国家と戦争の関係の再検討
- 戦争をしない国家 古代エジプト王国
- 国家なしの軍隊 モンゴル族
- 国家は必然的に戦争をするか
- 宗教の権威が戦争を抑制する
- 宗教改革 非道徳的な主権国家の出現
- クラウゼヴィッツの戦争論
- 戦争を抑制しようとする企て
- 第4章 戦争と個人
- 国を守り犠牲となった兵士
- 兵士は嫌われ蔑まれていた
- 公正な戦いと戦士の名誉
- 戦闘行動の道徳的規範が生まれる
- 市民の多くは戦闘に耐えられない
- 第5章 戦争はなくなるだろうか
- 闘争はもう人間社会の必然ではない
- 核戦争は避けることができる
- 局地的な戦争の増大
- 安い兵器が戦争を蔓延させる
- 戦争をなくすために
- 参考文献/訳者のあとがき
【感想は?】
結局、「人間はなぜ戦争をするのか?」の結論は出ていない。幾つかの説は紹介するが、断言はしない。
とはいえ、その始まりについては有力な説を冒頭で示している。
戦争とは、歴史的には、略奪行為であった。
――序
みもふたもない話だ。農耕が始まったころ、農耕民を狩猟民が襲い略奪したのが始まりだろう、そんな説だ。ロマンもへったくれもない。まあ文書が残っているはずもなく、遺跡などのモノから推測するしかないんで、あやふやなのは仕方あるまい。
文書が残る時代になると、著者の歴史家としての素養が効いてきて、意外なエピソードが次々と出てくる。戦争の悲惨さはよく話題になるが、歴史的には疫病の方が怖かった、とか。
1864年から70年のパラグアイ戦争(→Wikipedia)を除けば、どこの戦争も黒死病の致死率に肩を並べたことはなく…
――第1章 戦争と我々の世界
ここでは逆にパラグアイ戦争を知りたくなって調べたが…いやはや、とんでもない戦争もあったもんだ。なんと男の9割が死んだとか。
もっとも、そこまで戦いつづけるのは稀で、というより国民皆兵かつ総力戦みたいな発想はむしろ近代的な国家が生んだシロモノで、それ以前は、少なくとも欧州じゃ兵隊は嫌われ者だった模様。
中世やルネサンスのヨーロッパでは、(略)兵士は嫌われ者でした。また、蔑まれる存在でもありました。
――第3章 戦争と国家
少なくとも戦場となった土地に住む者にとっちゃ、軍は山賊とかわらない、どころかそれ以上に忌まわしい存在だったのは、「戦場の中世史」や「補給戦」に詳しい。
また、戦いにかかる時間も、昔と今とじゃ大ちがいで。
…ギリシアの戦争はとても短いものだった(略)。最大限、1日の戦争で、(略)1時間ほど殺しあううちにどちらか一方が崩れ、敗北した方は逃げ帰り、勝利したほうは戦死者を埋葬します。
――第4章 戦争と個人
「ほほう」と納得しかけたけど、これ、籠城戦を無視してるなあ。というか、「戦争」と「戦い」の区別、かな? 最近の戦争は一度の決戦でケリがつくのは稀で、ウクライナ戦争のように前線がジワジワと前後したり、シリア内戦みたく前線がどこにあるかわかんなかったり。
いずれにせよ、被害が大きいのは分かり切ってるのに、なかなか戦争はなくならない。その理由はなにか。本書は有力な二つの説を紹介する。
戦争の起源を研究している研究者は、何か人間本性のなかに埋め込まれている根拠を探求しようとする人々と、人間本性に作用した外的なあるいは偶然的な閉胸に根拠を求める人々とに大きく分かれています。
――第2章 戦争の起源
本性のなかにある派も二つに分かれてて、某匿名掲示板風に書くと、こんな感じ。
- ヒトの本能なんだよ派
- すべてのヒトの本能に埋め込まれてるんだよ派
- 一部のヒトだけがバグを抱えてるんだよ派
- 環境や状況のせいだよ派
「戦争文化論」は、どちらかと言うと本能派かな? いや文化は環境だから…いや、そういう分類の仕方に異を唱える説かも。まあいい。最近の戦争を見る限り、ヒトの暴力衝動もあるけど、権力者の都合もあるワケで、これは政治学も絡んでくるなあ。
とまれ、第二次世界大戦以降は、戦争の傾向も大きく変わってきた。
戦争は、しだいに豊かな国よりも貧しい国が行う活動になってきています。
――第5章 戦争はなくなるだろうか
戦争するから貧しいのか、貧しいから戦争するのかは難しい所だけど、相関関係はありそう。これに対し、著者は武器に目をつけてる。
主に言戦争を起こすのは貧しい国々なのですから、安価な武器が簡単に手に入ることは、私たちが生きている現代の軍事状況のもっとも不安な要素の一つなのです。
――第5章 戦争はなくなるだろうか
実際、政情不安定なアフリカの国々では、カラシニコフが安く大量に出回ってる(「カラシニコフ」)。
で、この状況に対し、著者が唱える対策は。
武器取引は、それが政治的な動機に基づいていようと、あるいは経済的な動機に基づいていようと、いずれにせよ、主に政府の活動です。
――第5章 戦争はなくなるだろうか
ということで、世界が協力して武器取引を取り締まりましょうよ、と。
まあ、気持ちは分かるし、やる価値もあると思う。でも、どれだけ有効かと言うと、うーん。例えば北朝鮮が素直に言うことを聞くとは思えないし、旧ユーゴスラヴィア諸国からカラシニコフが流出したのは東欧崩壊のあおりだし、ハマスは手製のカッサム・ロケットを飛ばしてるし。
などとケチはつけたが。ヘルメットやシートベルトで全ての交通事故は防げないけど、少なくとも一部の被害は軽減できるワケで、万能薬を求めるのが間違いなのかも。
学者の書いた本だけに、歯切れの悪い所はあるが、学者だからこそのトリビアはアチコチに出てきて、そこは楽しいし、自分の無知無学も痛感させられる。良くも悪くの量が少ないので、軽く読める反面、食い足りない感もある。軍事史の入門書というより、更に広い層に興味を持ってもらうための本、といった位置づけだろう。
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