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2024年6月の3件の記事

2024年6月13日 (木)

ジョン・キーガン「戦争と人間の歴史 人間はなぜ戦争をするのか?」刀水書房 井上堯裕訳

戦争とは、歴史的には、略奪行為であった。
  ――序

【どんな本?】

 著者は英国サンドハースト士官学校で王立士官学校で軍事史の教官を務めたのち、デイリー・テレグラフ紙の特派員となった。要は英国の軍事史家でジャーナリストである。

 元はBBCラジオの講座らしい。「人間はなぜ戦争をするのか」という問いに対し、歴史上の戦争の様子や各勢力の立場と目的などを解説し、逆に戦争を避けようとした努力や工夫とその結果を語り、また現代における戦争・戦乱への歴史家なりの視点をのべ、戦争をなくすために何をすべきかを訴える、一般向けの軍事史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は War and Our World, by John Keegan, 1998。日本語版は2000年9月7日初版第1刷発行。単行本縦一段組み本文約164頁に加え、訳者のあとがき16頁。10ポイント39字×14行×164頁=約89,544字、400字詰め原稿用紙で約224枚。文庫ならかなり薄い。/p>

 文章は「です・ます」調で親しみやすいが、イギリスの知識人らしく二重否定などの皮肉な表現が多く、落ち着いて読む必要がある。内容も比較的にわかりやすいが、軍事史家らしく素人にはなじみのない戦争の名前が頻繁に出てくる。

【構成は?】

 一応は前の章を受けて後の章が展開する形だが、気になった章だけを拾い読みしても楽しめる。

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  • 第1章 戦争と我々の世界
    • 1億人の死者
    • 「昼間の恐怖」
    • 不安で死んだ母親
    • 徴兵制度が消耗戦を生み出す
    • 戦争がもたらした物質的損害
    • 文化財の破壊
  • 第2章 戦争の起源
    • 戦争は人間本性に由来するのか
    • 「攻撃性の座」
    • フロイトによる戦争の起源
    • 動物行動学の攻撃性の理論
    • 戦争は人類の発明か
    • 原始社会の戦争
    • 狩猟生活の終わり
    • 農耕民が砦を築く
    • メソポタミアで軍事文化が発達する
  • 第3章 戦争と国家
    • 与える国家
    • 消滅に向かう兵役義務
    • 国家と戦争の関係の再検討
    • 戦争をしない国家 古代エジプト王国
    • 国家なしの軍隊 モンゴル族
    • 国家は必然的に戦争をするか
    • 宗教の権威が戦争を抑制する
    • 宗教改革 非道徳的な主権国家の出現
    • クラウゼヴィッツの戦争論
    • 戦争を抑制しようとする企て
  • 第4章 戦争と個人
    • 国を守り犠牲となった兵士
    • 兵士は嫌われ蔑まれていた
    • 公正な戦いと戦士の名誉
    • 戦闘行動の道徳的規範が生まれる
    • 市民の多くは戦闘に耐えられない
  • 第5章 戦争はなくなるだろうか
    • 闘争はもう人間社会の必然ではない
    • 核戦争は避けることができる
    • 局地的な戦争の増大
    • 安い兵器が戦争を蔓延させる
    • 戦争をなくすために
  • 参考文献/訳者のあとがき

【感想は?】

 結局、「人間はなぜ戦争をするのか?」の結論は出ていない。幾つかの説は紹介するが、断言はしない。

 とはいえ、その始まりについては有力な説を冒頭で示している。

戦争とは、歴史的には、略奪行為であった。
  ――序

 みもふたもない話だ。農耕が始まったころ、農耕民を狩猟民が襲い略奪したのが始まりだろう、そんな説だ。ロマンもへったくれもない。まあ文書が残っているはずもなく、遺跡などのモノから推測するしかないんで、あやふやなのは仕方あるまい。

 文書が残る時代になると、著者の歴史家としての素養が効いてきて、意外なエピソードが次々と出てくる。戦争の悲惨さはよく話題になるが、歴史的には疫病の方が怖かった、とか。

1864年から70年のパラグアイ戦争(→Wikipedia)を除けば、どこの戦争も黒死病の致死率に肩を並べたことはなく…
  ――第1章 戦争と我々の世界

 ここでは逆にパラグアイ戦争を知りたくなって調べたが…いやはや、とんでもない戦争もあったもんだ。なんと男の9割が死んだとか。

 もっとも、そこまで戦いつづけるのは稀で、というより国民皆兵かつ総力戦みたいな発想はむしろ近代的な国家が生んだシロモノで、それ以前は、少なくとも欧州じゃ兵隊は嫌われ者だった模様。

中世やルネサンスのヨーロッパでは、(略)兵士は嫌われ者でした。また、蔑まれる存在でもありました。
  ――第3章 戦争と国家

 少なくとも戦場となった土地に住む者にとっちゃ、軍は山賊とかわらない、どころかそれ以上に忌まわしい存在だったのは、「戦場の中世史」や「補給戦」に詳しい。

 また、戦いにかかる時間も、昔と今とじゃ大ちがいで。

…ギリシアの戦争はとても短いものだった(略)。最大限、1日の戦争で、(略)1時間ほど殺しあううちにどちらか一方が崩れ、敗北した方は逃げ帰り、勝利したほうは戦死者を埋葬します。
  ――第4章 戦争と個人

 「ほほう」と納得しかけたけど、これ、籠城戦を無視してるなあ。というか、「戦争」と「戦い」の区別、かな? 最近の戦争は一度の決戦でケリがつくのは稀で、ウクライナ戦争のように前線がジワジワと前後したり、シリア内戦みたく前線がどこにあるかわかんなかったり。

 いずれにせよ、被害が大きいのは分かり切ってるのに、なかなか戦争はなくならない。その理由はなにか。本書は有力な二つの説を紹介する。

戦争の起源を研究している研究者は、何か人間本性のなかに埋め込まれている根拠を探求しようとする人々と、人間本性に作用した外的なあるいは偶然的な閉胸に根拠を求める人々とに大きく分かれています。
  ――第2章 戦争の起源

 本性のなかにある派も二つに分かれてて、某匿名掲示板風に書くと、こんな感じ。

  • ヒトの本能なんだよ派
    • すべてのヒトの本能に埋め込まれてるんだよ派
    • 一部のヒトだけがバグを抱えてるんだよ派
  • 環境や状況のせいだよ派

 「戦争文化論」は、どちらかと言うと本能派かな? いや文化は環境だから…いや、そういう分類の仕方に異を唱える説かも。まあいい。最近の戦争を見る限り、ヒトの暴力衝動もあるけど、権力者の都合もあるワケで、これは政治学も絡んでくるなあ。

 とまれ、第二次世界大戦以降は、戦争の傾向も大きく変わってきた。

戦争は、しだいに豊かな国よりも貧しい国が行う活動になってきています。
  ――第5章 戦争はなくなるだろうか

 戦争するから貧しいのか、貧しいから戦争するのかは難しい所だけど、相関関係はありそう。これに対し、著者は武器に目をつけてる。

主に言戦争を起こすのは貧しい国々なのですから、安価な武器が簡単に手に入ることは、私たちが生きている現代の軍事状況のもっとも不安な要素の一つなのです。
  ――第5章 戦争はなくなるだろうか

 実際、政情不安定なアフリカの国々では、カラシニコフが安く大量に出回ってる(「カラシニコフ」)。

 で、この状況に対し、著者が唱える対策は。

武器取引は、それが政治的な動機に基づいていようと、あるいは経済的な動機に基づいていようと、いずれにせよ、主に政府の活動です。
  ――第5章 戦争はなくなるだろうか

 ということで、世界が協力して武器取引を取り締まりましょうよ、と。

 まあ、気持ちは分かるし、やる価値もあると思う。でも、どれだけ有効かと言うと、うーん。例えば北朝鮮が素直に言うことを聞くとは思えないし、旧ユーゴスラヴィア諸国からカラシニコフが流出したのは東欧崩壊のあおりだし、ハマスは手製のカッサム・ロケットを飛ばしてるし。

 などとケチはつけたが。ヘルメットやシートベルトで全ての交通事故は防げないけど、少なくとも一部の被害は軽減できるワケで、万能薬を求めるのが間違いなのかも。

 学者の書いた本だけに、歯切れの悪い所はあるが、学者だからこそのトリビアはアチコチに出てきて、そこは楽しいし、自分の無知無学も痛感させられる。良くも悪くの量が少ないので、軽く読める反面、食い足りない感もある。軍事史の入門書というより、更に広い層に興味を持ってもらうための本、といった位置づけだろう。

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2024年6月10日 (月)

荻野富士夫「特高警察」岩波新書

特高警察とは何だったのか、その実態と全体像の解明が本書の課題である。
  ――はじめに

毛利基(→Wikippedia)が「特高警察の至宝」と飛ばれたのは、スパイの巧妙な操縦術にあった。
  ――3 その生態に迫る

【どんな本?】

 憲兵と並び、戦前・戦中の高圧的・暴力的な国民監視や言論弾圧の象徴となっている特高。その特高は、いつ・どんな目的で設立され、どんな者たちを監視・弾圧し、どのような手口を用い、どんな経緯を辿ったのか。いわゆる刑事警察との違いは何か。どのような警官が属していたか。組織はどんな特徴があるのか。ゲシュタポとはどう違うのか。

 当時の公開文書や警察の資料を漁り、悪名高い特高の実態を伝える、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年5月22日第1刷発行。新書版縦一段組み本文約233頁に加え、あとがき4頁。9.5ポイント40字×15行×233頁=約139,800字、400字詰め原稿用紙で約350枚。文庫なら薄め。

 地の文はこなれている。ただ戦前・戦中の文書の引用が多く、それらは旧仮名遣いだし言葉遣いも古くさい。そこは覚悟しよう。内容は明治維新以降の日本の歴史と深く関わっているので、その辺の大雑把な知識は必要。特に小林多喜二をはじめ労働運動や左翼運動の人名がよく出てくる。また、以下の事件への言及も多い。リンク先は全て Wikipedia。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

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  • はじめに
  • 1 特高警察の創設
  • 1 特高警察の歴史
  • 2 大逆事件・「冬の時代」へ
  • 3 特高警察体制の確立
  • 2 いかなる組織か
  • 1 「特別」な高等警察
  • 2 特高の二層構造
  • 3 一般警察官の「特高」化
  • 4 思想検事・思想憲兵との競合
  • 3 その生態に迫る
  • 1 国家国体の衛護
  • 2 特高の職務の流れ
  • 3 治安法令の駆使
  • 4 「拷問」の黙認
  • 5 弾圧のための技術
  • 6 特高の職務に駆り立てるもの
  • 4 総力戦体制の遂行のために
  • 1 非常時化の特高警察
  • 2 「共産主義運動」のえぐり出し
  • 3 「民心」の監視と抑圧
  • 4 敗戦に向けての治安維持
  • 5 植民地・「満州国」における特高警察
  • 1 朝鮮の「高等警察」
  • 2 台湾の「高等警察」
  • 3 「満州国」の「高等警察」
  • 4 外務省警察
  • 5 「東亜警察」の志向
  • 6 特高警察は日本に特殊か
  • 1 ゲシュタポの概観
  • 2 ゲシュタポとの比較
  • 7 特高警察の「解体」から「継承」へ
  • 1 敗戦後の治安維持
  • 2 GHQの「人権指令」 しぶしぶの履行
  • 3 「公安警察」としての復活
  • 結びに代えて
  • 主要参考文献/あとがき

【感想は?】

 実物を見ればわかるが、量的には手軽に読める新書だ。

 だがその中身は、多くの手間暇を費やして大量かつ広範囲の文献を漁って書き上げた労作である。

 にも拘わらず、著者の筆致は冷静かつ事務的で、その意図を読み取るには相応の注意力が必要だ。

 例えば「戦前を通じて日本国内では拷問による虐殺80人、拷問による獄中死114名、病気による獄中死1503名」とある。拷問で亡くなったのが計194名に対し、病死が1503名。やたら病死が多くね?

 これ、「はじめに」の3頁。著者は病死の多さを指摘も解釈も突っ込みもしない。ソコは読者が読み取れ、そういう姿勢だ。たぶん、著者は本書の冒頭で、読み方をそれとなく示しているんだが、私は思わず読み飛ばすところだった。危ない危ない。

 そんなワケで、恐らく他にも私は多くの重要な点を読み飛ばしている。

 資料の漁り方も徹底している。日本の警察全体の傾向を表す「警視庁統計報告」や各県の県警史やに日本警察新聞などの(たぶん)公開資料はもちろん、「説諭の栞」(警察教材研究会編)など民間の資料、雑誌「警察研究」、そして「中国、四国ブロック特高実務研究会」の議事録など、「どうやって存在を知りどうやって手に入れたのか」と呆れるほどマニアックな資料にまで当たっている。

 それほどの労力を費やした割に、見かけは薄いし地の文は読みやすく、サラサラ読めてしまうのはどうしたものか。しかも文章は事務的かつ冷静で、著者の感情はあまり出てこない。困ったモンだ。読者の感情を刺激するのは、次の特高の台詞のように、ごく一部だけ。

「言え、貴様は殺してしまうんだ、神奈川県特高警察は警視庁とは違うんだ。貴様のような痩せこけたインテリは何人も殺しているのだ」
  ――3 その生態に迫る

 さて。そんな特高が取り締まったのは、タテマエとしては以下の通り。

1937(昭和12)年3月の保安課の事務組織をみると、庶務・文書、左翼、右翼、労働・農民、宗教、内鮮、外事、調査の八係からなり…
  ――2 いかなる組織か

 左翼はわかる。というか、本書を読む限り、最も力を入れていたのは共産党対策らしい。1936年の226事件(→Wikipedia)の影響か、一応は右翼も監視していたが、手ぬるかった様子。労働・農民は左翼と別扱いだ。宗教もそうだが、彼らは多数の庶民が組織化するのを恐れるのだ。外事は他国のスパイだろう。内鮮って所で、大東亜共栄圏と言いつつ実は朝鮮人への差別感情があったのを思い知らされる。

 この辺は「5 植民地・「満州国」における特高警察」で、更に詳しく語っている。国内では外務省警察や軍の管轄下の憲兵と競合した特高だが、本土外では憲兵の指揮下で一本化し、独立運動・民族運動も含め、国内以上に過酷な弾圧をしている。

 質に次いで量的な面では、警察全体の一割ほど。KGBより少ないがMI5よりは多い。

…日米開戦直前の広義の特高警察の人員はおそらく一万人を超えると推測される(略)。戦時期の国内警察全体の人員は9万5千人前後であり、一割強が広義の特高警察であったことになる。
  ――2 いかなる組織か

 治安維持法があるとはいえ、タテマエ上は司法の軛のもとで活動している特高だが、総力戦体制ともなると、イチャモンにも磨きがかかってくる。

「日本無産党(→Wikipedia)は日本共産党と一字違いであり、……意識的な命名である」(警保局保安課「思想問題について」1939年6月)
  ――4 総力戦体制の遂行のために

 さて、「6 特高警察は日本に特殊か」では他国との比較としてゲシュタポと比べている。ゲシュタポが司法権まで握っていたのに対し、特高はそうじゃなかった。一応、タテマエとしては。そこを特高は羨んでいる。また、強制収容所もなかった。これを著者は…

思想的矯正は可能とする日本と異なり、ドイツの場合にはそうした発想がない。
  ――6 特高警察は日本に特殊か

 と、している。まあ、思想的矯正ってあたりで、既にアレだと私は思うんだが。いや自分は正義だと固く信じてるワケで、狂信者の一種だよね。

 まあいい。そんな風に日本人に対しては甘かったが…

朝鮮人・中国人に対する残虐性の発揮は、ドイツにおける他民族に対する残虐性に通じるものがある。
  ――6 特高警察は日本に特殊か

 と、外地ではタガが外れてしまう。

 そんな風に狂ったように見える特高だが、敗戦後は計算高く生き残りを図る。こういう所は、正義感と言うより単に権力の亡者じゃないかと思うんだが、どうなんだろうね。

戦前において特高警察はゲシュタポに親近感や羨望感を抱いていたにもかかわらず、敗戦後は特高警察の存命のために一転してゲシュタポとの異質性を強調し、特高=「秘密警察」論を否定する。
  ――6 特高警察は日本に特殊か

 自分たちの目指すところは外聞が悪いとわかっている。ちゃんと自分たちの姿を客観的に見る能力はあるのだ。ただ、力の無い者には一切耳を傾けないってだけで。

 そのためか、国内の政治では強気な態度を崩さない。

おそらく(1945年)9月下旬までに、警保局は昭和21(1946)年度予算要求として特高警察の倍増案を立てている。
  ――7 特高警察の「解体」から「継承」へ

 敗戦の混乱を抑えるには力が必要だって理屈。そのくせ闇市の仕切りはヤクザに任せてたりするんだが(「敗北を抱きしめて」)。

 これは政治家も同じで、相変わらずの思想統制を続けるとハッキリ言ってたり。なんだろうね、この楽観性は。

1945年10月3日山崎巌内相(→Wikipedia)「思想取締の秘密警察は現在なお活動を続けており、反皇室的宣伝を行う共産主義者は容赦なく逮捕する。また政府転覆を企む者の逮捕も続ける」
  ――7 特高警察の「解体」から「継承」へ

 で、体裁だけ整えて実態は残します、とも言ってたり。

1945年10月15日内閣書記官長次田大三郎(→Wikipedia)「特高の組織は全面的に廃止せざるを得ない。しかしこの際の取り扱いとしては一応全面的に特高の組織は廃止するが、これに代わるべき組織は急に作り上げなければならないと思っている」
  ――7 特高警察の「解体」から「継承」へ

 現在の日本で特高の後継に当たるのは公安調査庁と警察の公安。刑事警察は各県警が仕切っているのに対し、公安は中央つまり警視庁が仕切る中央集権型だ(「公安は誰をマークしているか」)。国内の暴力組織も外国の諜報組織も、道路網の充実などで長距離移動が容易になった上に、インターネットなどで距離を無視した情報伝達も簡単なワケで、下手な分権化がマズいのは分かる。

 とはいえ、戦後の人事を見る限り、特高の文化は受け継いでおり、また Wikipedia の内務省を見る限り、復活を望む勢力は生き残っている。

 恐ろしくはあるが、同時に特高が「労働・農民」を対象としたことで分かるように、人々が集まるのを権力者は恐れるのだ、というのは希望でもある。いずれにせよ、物理的には薄いが中身は濃い。覚悟して注意深く読むべき本だ。

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2024年6月 6日 (木)

ランドール・マンロー「もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか」早川書房 吉田三知代訳

どれも絶対にご家庭では試さないでください。
  ――おことわり

マリオは1日何カロリーを消費しますか?
  ――さくっと答えます#1

【どんな本?】

 NASA のロボット工学者だった著者が、自分のサイトに集まった珍問・奇問に対し、時には真面目に計算し、または専門家に相談し、それなりに妥当な解を漫画を交えユーモラスに示した、一般向けの楽しい科学解説書その2。

 先の「ホワット・イフ?」が大ヒットしたためか、読者から寄せられる質問は量ばかりかバラエティも狂気もヤバさもグレード・アップし、著者は政府の監視リストにまで乗る羽目に。

 ということで、覚悟して読みましょう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は What IF? 2 : Additional Serious Scientific Answers to Absurd Hypothetical Questions, by Randall Munroe, 2022。日本語版は2023年2月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約381頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント33字×29行×381頁=約364,617字、400字詰め原稿用紙で約912枚。文庫なら薄めの上下巻ぐらい…だが、紙面の半分ぐらいはイラストというか漫画なので、実際の文字数は半分ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。たまに数式が出てくるが、読み飛ばしても問題ない。もっとも、ネタを含んだ式が稀にあるので油断はできないんだけど。

【構成は?】

 質問と回答は、一つの質問に5~10頁程度の解答が続く形。加えて前著の影響か多くの質問が集まったらしく、複数の質問にまとめて簡潔に答える「さくっと答えます」「ちょっとヤバそうな質問集」が間に挟まる。それぞれ完全に独立した記事なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

 はじめに

読者からの質問と著者の解答

 謝辞/参考文献/訳者あとがき

【感想は?】

 馬鹿々々しい質問を真面目に計算して答えを出したうえで、想定外の結論に達するユーモア科学解説本の第2弾。

 しょっぱなから質問が狂ってる。「太陽系を木星のところまでスープでいっぱいにしたら、どうなりますか?」 えっと、5歳のアメリアちゃん、何故にスープw

 多少なりとも物理学を知っていれば、質量だけでもヤバい事になりそうなのは思いつく。が、真面目に計算する奴は滅多にいない。と共に、この回答でアメリアちゃんは納得するんだろうか、なんて疑問も浮かぶ。まあ、返答が返ってくる頃にはアメリアちゃんも質問を忘れているだろうなあw

 次に漫画でよくある、沢山の鳥に持ち上げてもらうって発想、やっぱりあったw 結論としては、色々と難しそう。

 科学的に「そうだったのか!」と感心するのも沢山ある。木星の一部分を家一軒分だけ地上に持ってきたら、は思いつかなかった。木星と言えば傑作冒険SF「サターン・デッドヒート」が思い浮かぶ…って、土星じゃん。まあ似たようなモンでしょ、巨大ガス惑星だし←をい この項では、私がスッカリ忘れていた巨大ガス惑星の特性を思い出させてくれた。確かに木星や土星に潜るのは難しそうだ←当たり前だろ

 やはり意外だったのがブランコ。子供の頃、欲しかったなあ、とっても長いブランコ。すんげえスピードが出そうで。ところが力学的に考えてみると、ブランコってのは不思議で。つまり外から運動エネルギーを与えてなくても、なぜか揺れが大きくなる。いや後ろから押すってのはナシで。これをキチンと考えてて、「おお!」と感心してしまった。とすると、支柱の材質によっては…

 など、マンロー君は真面目に計算しているかと思えば、鮮やかにハズす芸も楽しい。例えば「靴箱をいっぱいにして最も高額にする方法」。金やプラチナなど貴金属に続き、お高い物質としてプルトニウムを挙げ…おい、マズいだろw とソッチに思考を誘導しといて、ソレかいw

 やはり実際に計算してみるってのは面白いモンで、日頃から「そうだろうなあ」と思ってる事柄も、計算して結果が出ると、どひゃあ、となる時もある。「スマートフォンを真空管で作ったら?」も、その一つ。皆さんコンピュータの進歩はご存知だけど、計算結果を現実のモノで例えると、これがなかなか。まあ答えはいつも通り、コッチの思考の穴を突いてくるんだけどw

 まあ計算とは書いたけど、質問によっては実に大雑把な推計(フェルミ推定、→Wikipedia)で、中にはこんなのも。

誤差はゼロを2,3個付けたり取ったりする範囲だ

 いい加減な気もするけど、天文学者あたりは、この手の「1~2桁は誤差」な計算をよくやるらしい。こういうテキトーなネタがあることで、私は「とりあえずやってみよう」と気楽にいい加減な計算を試みることが増えた。いやソレで何かの役に立つワケじゃないけどw

 先の「ホワット・イフ?」が売れまくったためか、アレな人も惹きつけてしまい、著者にはこんな質問も寄せられる羽目になったのはご愁傷様と言うべきか。

エアフォースワンをドローンでやっつけるにはどうすればいいですか?
  ――ちょっとヤバそうな質問集#1

 えっと、それを尋ねて、どうするつもりなんだい?

 など、素っ頓狂な問いに笑いながら「アホな事を考えるのは俺だけじゃないんだ」と謎の安心感を抱き、真面目に調査・計算・シミュレーションする過程で「そんな方法もあるんだ」と感心し、アサッテの方向の結論に「ソッチかい!」と呆れる、楽しい科学と工学の本。肩の凝らない雑学が好きな人にお薦め。

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