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2024年5月16日 (木)

SFマガジン2024年6月号

「長いこと、そのみっともないニワトリはみてないわ」
  ――ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳

あの惑星がお見えになりますか?
あなたのご主人ですよ、パンさん。
  ――イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳

この物語は1793年1月21日に始まり、1794年7月28日に終わる。
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部序章

私は死ぬためにここに来ている。
  ――ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「映画『デューン 砂の惑星 PART2 & Netflix独占配信シリーズ『三体』公開記念特集」と、「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」。

 小説は13本+3本。特集「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」で4本、連載が5本+3本、読み切り4本。

 特集「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」で4本。テリー・ビッスンが3本、「熊が火を発見する」,「ビリーとアリ」,「ビリーと宇宙人」。いずれも中村融訳。ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳。

 連載の5本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第13回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第53回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第23回,吉上亮「ヴェルト」第二部序章,夢枕獏「小角の城」第75回に加え、新連載の田丸雅智「未来図ショートショート」3本「二人のセッション」「本の中の実家」「AI文芸編集者」。

  読み切り4本。仁木稔「物語の川々は大海に注ぐ」,芦沢央「閻魔帳SEO」,イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳,ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳。

 特集から。

  テリー・ビッスン「熊が火を発見する」中村融訳。おふくろを見舞った帰り、弟と甥を乗せ州間高速道65号線を走ってる時、タイヤがパンクした。調子の悪い懐中電灯を甥に持たせタイヤを換えてたら、熊が松明を掲げ照らしてくれた。「どうも熊が火を発見したみたいだな」。

 タイヤ交換はもちろん、古タイヤを自分で再生する主人公は、フロンティア・スピリットを受け継ぎ何でも自分でやる古いタイプのアメリカ人。でも独身w いきなり松明を掲げた熊が後ろに立っても、あまし驚かないのは性根が座ってるのか呑気なのか、気丈な母親の血のせいか。

 テリー・ビッスン「ビリーとアリ」,「ビリーと宇宙人」どちらも中村融訳。腕白を通り越し暴れん坊な子供ビリーを主人公とした児童向け作品。初期のアメリカン・コミックみたいな、クソガキと荒唐無稽な出来事が出合う、ブラックで滅茶苦茶なお話。

 ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳。鳥類学部の院生&助手のポール・リンドバールは、市バスに乗り合わせた老婦人に話しかけられた。「長いこと、そのみっともないニワトリはみてないわ」。マジか。見たことあるって? 「子供のころ、近所に飼っている家があったのよ」

 幻の鳥ドードー(→Wikipedia)をめぐる話。ポールが訪ねる合衆国南部ミシシッピ州の田舎の風景や人々の暮らしが、いかにも浮世離れしていてケッタイなシロモノを隠していそうで、雰囲気が盛り上がる。19世紀初頭から始まるグジャー一族の年代記も、やはり合衆国南部の歴史の中で生きてきた人々の暮らしが伝わってくる。

 連載。

  神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第13回。情報分析室での会合で明らかになった、雪風と人間の認識のズレを巡り、議論は続く。なぜ世界の認識が異なりながら、パイロットと雪風は協調できるのか。なぜ雪風は人間を認識できるのか。

 本能で現象を捕える田村大尉と、あくまで理性で理解しようとする丸子中尉。二人の間を取り持つのが桂城少尉ってのも意外ながら、リン・ジャクスンのジャーナリスト根性剥き出しの発想が凄いw そういやファースト・コンタクト物でもあるんだよね、この作品。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第53回。吉報と凶報を受けたバジルは、<クインテット>ら一味を集め、計画を語る。ハンターの合意を得た一味は、シルヴィアの奪還へと動き始める。

 いつのまにかリーダーらしく振る舞うようになり、率先して計画を立てるバジルが頼もしい。いや敵役だった筈なんだがw 二重・三重の防衛策を施すイースターズ・オフィスに対し、バジルの計画も用意周到で。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第23回。<夏の区画>に続き、<多頭海の区画>も大きな災厄に見舞われる。そして舞台は再び青野へ。登場人?物たちが、AIだと自覚している点や、計算資源を意識して保存・調達してるあたりが、なかなかに斬新。

 吉上亮「ヴェルト」第二部序章。1793年1月21日。パリ処刑執行人のわたしシャルル=アンリ・サンソンは、革命広場で陛下の処刑を行う。今まで王国の命に従い多くの者の首をはねたわたしが。押し寄せた群集に不測の事態を危ぶんだが、陛下は堂々たる態度で最後に臨んだ。

 シャルル=アンリ・サンソン(→Wikipedia)は、処刑執行人でありながら、死刑反対論者という複雑な立場の人。第一部は最後でSFな仕掛けが出てきたが、第二部は序章から登場する。ギロチンが登場した背景など、歴史のトリビアが楽しい。

 新連載の田丸雅智「未来図ショートショート」3本「二人のセッション」「本の中の実家」「AI文芸編集者」。いずれも仮想現実や人工知能など、最近になって急速に発達した技術をネタにした作品。シュートショートというとフレドリック・ブラウンや星新一など、オチが黒いものと思い込んでたが、この三作はいずれも心温まる話なのが斬新に感じた。あと、「本の中の実家」はアップル社が喜びそう。

 読み切り。

 芦沢央「閻魔帳SEO」。1998年9月4日、人類は知った。死後の世界は八つの階層に分かれ、生前の行いで行き先が決まる。そこで死後の行き先を判断するアルゴリズムを解析し、より良き階層へと行けるようアドバイスする閻魔帳SEOなる業界が立ち上がる。困った事に、アルゴリズムの解析と公開は最悪の悪行と判断するようで…

 私もブログをやってるわけで、SEOにも強い関心を持ってる。そのため、笑えるツボがアチコチに。アップデートで泣き笑いとかねw 俗称の≪G≫も「某社かいっ」と突っ込みたくなったり。アルゴリズムとのイタチごっこも、つい「あるある」と頷いでしまうw 不意打ちのように散りばめたネット俗語も、いいスパイスになってる。

 仁木稔「物語の川々は大海に注ぐ」。「カリーラとディムナ」は、鳥や獣が登場人物の物語だ。この異国の物語は人気を博したが、翻訳・出版した<手萎えの息子>は捕えられ、審問にかけられる。判官殿は追及する。作り話で信徒たちを惑わせた、と。だが、本当の動機はむしろ権力争いのトバッチリか個人的な恨みらしい。書き手は判官殿に抗弁するが…

 舞台はイスラムが席巻して100年ほど後のバグダッドらしき都市。実話に対する作り話の意義、音声で伝えたモノと書き記したモノの違い、黙読と音読が読者に与える効果の違い、言語の違いが文学に与える影響、韻文と散文、語ることと書くことの違いなど、物語好きにはたまらない話題が続々と続く。

 なお、イスラム教の特徴の一つは、聖典への姿勢だ。他の宗教は著者も編者も怪しい聖典が多い。仏教に至っては日本人が勝手に経典を書いたり。だがイスラム教はムハンマドの言葉を正確に伝えることに心血を注ぎ、またアラビア語で記されたものだけをコーランとした。他言語に訳してもいいが、訳した物はコーランではない。本作を味わう一助になれば幸いである。

 イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳。パンの夫は、脱出ポッドから宇宙空間に放り出されて亡くなる。パンは頼んだ。埋葬のため、夫の遺体を回収してほしいと。夫の姿は変わり果てていた。

 3頁の掌編ながら、いやだからこそ、オチの鋭い切れ味が光る作品。

 ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳。 近未来のバーレーン。癌を患った老女ザーラは、息子のフィラズと嫁のリーマに隠れて、地下バザールに通う。仮想没入室で、死にゆく人々の最後の瞬間を味わうために。その日は、ヨルダンのベドウィンの老女のものだった。ペトラ遺跡で、観光客を案内している最中に、崖から飛び降りたのだ。

  オイルマネーを背景に、凄まじい勢いで近代化というより未来化してゆくバーレーンと、砂漠での暮らしを続けてきたベドウィンの対比が巧みで、「アラブも様々なんだなあ」と今さらながら思い知る。因習的なアラブ世界で、ザーラは誇り高く気丈に生きてきたんだろうなあ。息子夫婦の重荷である事を受け入れられないザーラの気持ちが身に染みる、優れた老人SFでもある。

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