« 2024年4月 | トップページ | 2024年6月 »

2024年5月の4件の記事

2024年5月31日 (金)

マシュー・ウィリアムズ「憎悪の科学 偏見が暴力に変わるとき」河出書房新社 中里京子訳

本書の読者は、偏見がヘイトクライムに変わるティッピングポイント(転換点)を探ってゆく過程で、有史以前の祖先から21世紀の人工知能までを含めた、全世界にまたがる旅をしてゆくことになる。
  ――第1章 憎むとはどういうことか

人には自分と同じような人を好む傾向があるという強力な証拠がある。
  ――第4章 私の脳と憎悪

「支配集団のメンバーは、下位集団からの脅威を感じたときに、偏見や憎悪を表す傾向が強い」
  ――第5章 集団脅威と脳

イスラム過激派のテロ攻撃は、他の動機に基づくテロ攻撃に比べて約375%も多く報道されるため、一般の人々はこの種の事件から受ける脅威の印象を膨らませてしまう。
  ――第7章 トリガーイベントと憎悪行為の増減

過激主義者の脳は、仲間の影響を受けるという点では、我々のものと同じなのだ。自爆テロをやろうとしている者に、その行動を考え直させるには、仲間の力を借りるのが一番だ。
  ――第8章 憎悪を生み出す過激派のカルチャー

政治家やメディアから、「自分たちとは違う人たちのせいで人生が損なわれている」と告げられたときには、彼らの動機を常に疑い、誤情報や偽情報を見つけたら、自分の脳内で発令された非常警報を解除することが必要だ。
  ――第11章 偏見が憎悪に変わるティッピングポイント

【どんな本?】

 本書が扱う憎悪は、憎悪犯罪=ヘイトクライムのヘイトだ。外国人・〇〇教徒・同性愛者・障碍者など、ある特徴・属性の者全体への敵意や憎しみである。恥をかかされた・迷惑をかけられた・恋人を奪われた等の理由で抱く、特定個人への恨み・妬み・復讐の念は含まない。

 同性愛者の著者は、若い頃に同性愛者狩りの被害を受ける。以来、著者は犯罪学を学び、憎悪犯罪の被害者・加害者双方について調査・研究を始めた。その成果の一つが本書である。

 憎悪犯罪の根本には何があるのか。犯罪者に共通した特徴はあるのか。それは生来のものか、環境によるものか。どんな環境が犯罪を増やすのか。大きな事件の報道は憎悪犯罪に影響を与えるのか。インターネットの荒らしやボットは加害者・被害者にの変化を促すのか。そもそも憎悪犯罪は、どう定義すべきか。そして憎悪犯罪を防ぐため、私たちには何ができるのか。

 英国の犯罪学教授による、一般向けの憎悪犯罪の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Science of Hate : How Prejudice Becomes Hate and What We Can Do to Stop It, by Matthew Williams, 2021。単行本ハードカバー縦一段組み本文約371頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント46字×21行×371頁=約358,386字、400字詰め原稿用紙で約896枚。文庫なら薄めの上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い、というか学者の文章だ。まず、言葉が堅苦しい。これは賢い人にありがちなパターン。また、結論を断言せず、「と思われる」「可能性がある」みたく、煮え切らない文章が多い。これも、学者らしく正確を期する姿勢の表れだろう。

 内容は特に難しくない。いや難しい部分はあるんだ、脳の部位の偏桃体とか。でも、「そういう部位があるのね」ぐらいに考えて読み飛ばしても、まったく問題ない。つまりは最近の学者らしく「様々な視点や方向性から仮説を試してます」と言いたいだけだから。こういう所はまだるっこしくはあるんだが、同時に根拠や検証方法を明らかにして信憑性を高めてもいる。

 結論として、この手の本を読み慣れていないと取っつきづらく感じるかも。全部を正確に理解しようとするとシンドイけど、面倒な所を読み飛ばすコツを心得ていれば楽しく読める。

 あ、それと、政治的にリベラルで、右派、特に極右には批判的な姿勢なので、そこは覚悟しよう。

【構成は?】

 頭から読む構成だが、気になる所だけを拾い読みしても充分に楽しめる。

クリックで詳細表示
  • プロローグ 憎悪とともに生きる
  • はじめに
  • 第1部 憎悪の基盤
  • 第1章 憎むとはどういうことか
    “憎む”とはどういうことか
    ヘイターのプロファイル
  • 第2章 ヘイトクライムの発生件数
    いつ、どのように数えているか
    ヘイトクライムの件数は増えているか
  • 第3章 脳と憎悪
    柔らかい灰色の鎧の下で
    脳内の憎悪領域を同定する
    私たちを憎悪に押しやる領域
    憎悪をいだいているとき、脳の他の部分は何をしているのか
  • 第4章 私の脳と憎悪
    脳のスキャンを行ってくれる神経科学者を探す
    憎悪を調べる神経科学のつまずき
    脳を超えて
  • 第5章 集団脅威と脳
    集団脅威の検知における進化
    人間の生物学的特徴と脅威
    社会、競争、脅威
    カルチャーマシン、集団脅威、ステレオタイプ
    驚異の“認識”を中和する
    脅威を超えて
  • 第2部 憎悪の促進剤
  • 第6章 トラウマ、コンテインメント、憎悪
    “平均的な”ヘイトクライム犯
    “例外的な”ヘイトクライム犯
  • 第7章 トリガーイベントと憎悪行為の増減
    憎悪の引き金を明らかにする
    私たちの心理とトリガーイベント
  • 第8章 憎悪を生み出す過激派のカルチャー
    意義の探求と極端な憎悪
    神が私にそうさせた
    戦士の心理
  • 第9章 ボットと荒らしの台頭
    入れたものが返ってくる
    ヘイトスピーチはどれぐらいネットで蔓延しているか
    棒きれと石
    法律はそれを阻止できるか
    ソーシャルメディア企業はそれを阻止できるか
    私たちはそれを阻止できるか
  • 第10章 言葉と行動による憎悪行為
    極右勢力にとってのゲームチェンジャー
    「現実世界における取り組みの投稿」
  • 第11章 偏見が憎悪に変わるティッピングポイント いかにしてそれを防ぐか
    次に起こるヘイトクライムの予測
    憎悪をなくすための七つのステップ
    20年間の研究でわかった攻撃者(と私)の特徴
  •  謝辞/訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 書名に「科学」とある。が、残念ながら、現状は科学と言えるレベルにない。

 いや著者は科学であろうとしているのだ。できる限り統計を取り分析し、また様々な脳スキャンを試したり。ただ、なにせ相手は人間でだ。わかっていないことが多すぎる。脳スキャンにしても、「偏桃体が活性化したのは分かるが、憎悪をいだいてるとは断言できない」と、慎重な姿勢を保つ。

 こういう所がまだるっこしくもあるが、同時に誠実でもある。例えばデータだ。本書は米国と英国の統計や事例を主に扱っている。これはヘイト・クライムの扱いが両国は比較的に厳しく、データを集めやすいからだ。たぶん、言語の問題もあるんだろうけど。

 これについて、「そもそも法的な根拠があいまいなんだ」と愚痴こぼしてたり。例の一つが相模原障害者施設殺傷事件(→Wikipedia)だ。犯行理由の一つが障害者差別なのは明らかだが、日本の法じゃ障害者差別はヘイトクライムと定義していない。だから正式な統計じゃヘイトクライムとされないのだ。

 また、「ゴス(→Wikipedia)だから」なんて理由で襲われた例も出てくる。これも法のためヘイトクライムにはならない。

サブカルチャーを対象としたヘイトクライムには、それを罰する特定の法律がないため、二人の事件はヘイトクライム統計には含まれなかった。
  ――第2章 ヘイトクライムの発生件数

 だとすると、法はどこまでカバーすべきなんだろうか? すべてのヘイトクライムを列挙すべきか、もっとザックリ「差別感情の有無」を要件とすべきだろうか。

 まあいい。そんな風に、本書の初めの方で著者はデータの不備を告白している。これも著者の誠実さの表れだろう。

 この差別感情は、どうもヒトの本能に組み込まれているらしい。私たちは、差別する生き物なのだ。ただ、誰を差別するかは、環境や育ちによって変わる。

私たちは、「我ら」と「彼ら」を識別する傾向のある脳を備えて生まれてくるように見受けられるが、「我ら」と「彼ら」が誰であるかは、固定されたものではなく、学習された結果である。
  ――第3章 脳と憎悪

 本能的に差別するのだ、少なくとも第一印象では。それを理性で抑えているだけで。もっとも、付き合いが深まれば差別感情は減っていくんだけど。

 とはいえ、困った点もある。往々にして差別する側は、差別感情を自覚していない。

ほとんどの加害者は、自分が被害者を狙った理由に人種差別や同性愛嫌悪などの偏見は関与していないと言う。調査に協力してくれるのは、組織化された憎悪集団の一員である男性が多い。
  ――第6章 トラウマ、コンテインメント、憎悪

 「組織化された憎悪集団」は、KKKやネオナチなど、大っぴらに差別を掲げている組織・集団を示す。そうでない場合、「私は差別していない」って言葉は信用できないのだ。もっとも、英国だと、ヘイトクライムは量刑が重くなるので、それを避けるためとも思えるんだが。

 さて、差別は感情だ。だから、その時の状況で強くなったり弱くなったりする。状況の一つはテロなどの事件のニュースだ。テロすなわち恐怖を煽る犯罪である。本書では911を例に挙げ、その影響を分析している。落ち着いて考えれば、ブッシュJrはテロを許す大失敗を犯したハズなんだが、現実には支持率が急騰した。なぜかというと…

死について考えることは、特定の資質を持った指導者への支持を高めるだけのようだ。すなわち、悪の外部集団に勝利するヒーローとしての内集団の描写を大衆迎合的に行う指導者の支持を高めるのである。
  ――第7章 トリガーイベントと憎悪行為の増減

 最近の日本だと、Jアラートとかは、こういう効果を期待してるんじゃないかと私は疑っている。とまれ、ネットで疑問を呈しても、あまし効果はないらしい。

私たちは、ネットで反対意見に触れると、自分たちがすでに信じていることの補強に利用する傾向がある。
  ――第9章 ボットと荒らしの台頭

 これは私も自覚はある。反論されてもムカつくだけで、まずもって意見は変えない。よけい意固地になるだけだ。でも本だと素直に受け入れちゃったりする。不思議だ。やはり本って媒体に権威を感じるからだろうか。

 そのネットに溢れる陰謀論だが、やはりソースを見て検証する人は滅多にいないようだ。

2020年1月から4月までの間に、フェイスブックからのクリックを介して、極右の陰謀論や憎悪行為を広めていることで知られる34のウェブサイトに飛んだ回数は約8千万件にのぼっている。これに比較して、フェイスブックを介して米国疾病対策センター(CDC)のウェブサイトに飛んだ回数は640万件、世界保健機関(WHO)のウェブサイトに対しては620万件にすぎなかった。
  ――第10章 言葉と行動による憎悪行為

 はい、私も政府機関や学術機関のサイトは滅多に見ないしなあ。このブログで記事を書くときぐらいだ←をい

 など、全般的に「そうなんだろうな」とボンヤリ考えていた事柄や、よく言われている注意事項を裏付ける話が多い。とはいえ、ソレを研究者として地道にデータを集めて分析すると共に、そのデータの不備を正直に明かしている点は好感が持てる。さすがに「科学」は言いすぎだが、研究の現状報告としては誠実だろう。

 ヘイトクライムに興味がある人だけでなく、「そもそも犯罪学者は何をやってるのか」を知りたい人にもお薦め。

【関連記事】

| | コメント (0)

2024年5月27日 (月)

マイケル・スピッツァー「音楽の人類史 発展と伝播の8憶年の物語」原書房 竹田円訳

本書は段階的に時間をさかのぼってゆく。21世紀初頭の音楽的人間からスタートして、記録に残された数千年間の人類の歴史を通過し、そして人間以前の動物の音楽まで、推理力を頼りに範囲を拡大して、音楽を逆行分析する。
  ――第1章 ボイジャー

音楽に耳を傾けているとき、私たちは音楽を模倣している。
  ――第4章 想像の風景、見えない都市

対位法は、西洋のクラシック音楽全般が勝利をおさめる前に、先鋒として世界を征服する。
  ――第8章 終盤

リズムは模倣、すなわち真似する能力と深く関わっている。
  ――第10章 人類

主題を最後までお預けにするのは、じつは音楽の常套手段である。
  ――第12章 音楽の本質に関する11の教訓

【どんな本?】

 認知心理学者スティーブン・ピンカー曰く「音楽は聴覚のチーズケーキ」(→Wikipedia)。進化の過程で、たまたま必要な材料=能力が揃ったため生まれた副産物であり、嬉しくはあってもたいして役に立つシロモノではない、みたいな意味だろう。

 これに反論するのが本書だ。

 世界にはどんな音楽があり、それぞれどんな特徴があるのか。コオロギも鳥も鳴くが、それはヒトの歌とどう違うのか。音楽を生み出し、味わうには、どんな能力が必要で、ヒトはいつどうやってその能力を手に入れたのか。人類の歴史の中で、音楽はどのように生まれ、石器時代から現代までの社会の変化に応じ、どう変わり関わってきたのか。そして、なぜ西洋の音楽が世界を制覇したのか。

 クラシックからポップ・ミュージック、西洋・アラブ・インド・中国など世界各地の音楽はもちろん、古生物学・考古学・史学・認知心理学など多岐にわたる学問の知識を漁り、ヒトと音楽の関わりを俯瞰する、一般向けの歴史と音楽の啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Musical Human : A History of Life on Earth, by Michael Spitzer, 2020。日本語版は2023年10月6日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約510頁に加え訳者あとがき3頁。9.5ポイント50字×19行×510頁=約484,500字、400字詰め原稿用紙で約1,212枚。文庫なら厚めの上下巻か薄めの上中下巻の大容量。

 文章はかなり古風。いや文体は現代風なんだが、いささか詩的と言うか哲学的と言うか。内容はあまり難しくないが、平均律や五度などの基礎的な音楽用語が説明なしに出てくるので、多少の音楽の知識はあった方がいい。出てくる音楽はクラシックが多いが、KPOP の PSY など流行歌やバリ島のガムランなど民族音楽も多い。お陰で Youtube で曲を漁っているとなかなか読み進められない。

 あと、できれば索引が欲しかった。

【構成は?】

 原則的に順に読み進める構成なので、じっくり読みたいなら素直に頭から読もう。だが、面白そうな所を拾い読みしてもソレナリに楽しめる。というか、ぶっちゃけ著者の筆はアチコチ寄り道しちゃ道草食い放題なので、テキトーにつまみ食いした方が美味しいかも。

クリックで詳細表示
  • 第1部 人生
  • 第1章 ボイジャー
  • 第2章 ゆりかごから墓場まで
  • 第3章 私たちの生活のサウンドトラック
  • 第4章 想像の風景、見えない都市
  • 第2部 歴史
  • 第5章 氷、砂、サバンナ、森
  • 第6章 西洋の調律
  • 第7章 超大国
  • 第8章 終盤
  • 第3部 進化
  • 第9章 動物
  • 第10章 人類
  • 第11章 機械
  • 第12章 音楽の本質に関する11の教訓
  •  謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 「8億年とは大きく出たな」と思うが、一応は間違っちゃいない。かなりハッタリ混じりだが。

 テーマは、ヒトと音楽の関わりだ。このヒトってのが曲者で、著者の視野は時間的にも空間的にも広い。時間的には人類以前の話も出てくる。それは現代の昆虫や鳥、そしてクジラから類推するのである。

サピエンスは統合した。リズム、メロディ、文化の能力は、単独でなら、昆虫、鳴禽、クジラのさまざまな種に認められるが、すべてを兼ね備えた種はひとつとしてない。
  ――第9章 動物

 コオロギは鳴き、鳥はさえずり、クジラは歌う。だが、いずれもヒトが考える音楽とは異なる。それは何が欠けているのか、なぜ欠けているのか。これらを追求する事で、音楽には何が必要なのかを浮き上がらせてゆくのだ。

 また、空間的にはユーラシア全般に及ぶ。代表は西洋、イスラム、インド、中国だ。

四つの音楽大国にはそれぞれ特別な力があった。西洋にはポリフォニー(加えて音符と記譜法)。イスラムには装飾。インドは味を追求した。中国の強みは色、すなわち音色だった。
  ――第7章 超大国

 実はこのランキングには大きな欠落がある。アフリカだ。それは著者もわきまえていて、ちゃんと言い訳を用意している。

アフリカが、(略)音楽の大国集団に入っていないことははっきりしている。それはアフリカに音楽の歴史がないからではなく、植民地化以前の音楽の歴史の記録がないからだ。
  ――第8章 終盤

 記録の有無は重要な問題で、本書中でも随所で泣き言が入る。なんたって、譜面が残っているのは西洋音楽だけだし。音階は笛の穴の位置で類推できるが、それ以外の楽器は難しい。リズムや音色や奏法は、もうお手上げだ。

 とはいえ、楽譜がなくても音楽があったのは記録に残っている。例えば古代ギリシア。

古代ギリシア演劇は、劇とは名ばかりでじつはすべてオペラだった
  ――第6章 西洋の調律

 オペラというと「フィガロの結婚」や「カルメン」を思い浮かべるが、演劇に歌や演奏や踊りを加えたモノなら、世界各地にある。というか、著者の見解だと、世界的には音楽は演劇や踊りと混然一体となっている場合が多く、音楽だけを抜き出して楽しむ形の方が珍しいようだ。とすると、様式に拘った KISS やストーリーに殉じた The WHO の TOMMY は、先祖返りというか、本来の音楽のあり方・楽しみ方に立ち戻ったものなのかも。

 先の例で西洋音楽ばかりを取り上げたが、実際問題として現代は西洋音楽が世界を席巻している。その理由は、軍事力と経済力ばかりでなない。西洋音楽は、強力な武器を備えていたのだ。

西洋音楽の三つの「必殺アプリ」は、音符、記譜法、ポリフォニーだ。
  ――第7章 超大国

 絵画や彫刻と違い、音楽はモノが残らない。だから、後継者がいなければ途絶えてしまう。だが西洋は楽譜を発明し、発達させてきた。そのため故人の未発表曲でさえ蘇らせることができる。これは強い。また、譜面で視覚化することで、論理的な分析・設計も可能になった。バッハのファンならお分かりだろう。

 とまれ、それは同時に、ある種の自由を奪いタガをハメる結果にもなった。その一つが調律だ。

12の半音がすべて均等になるように調律されたピアノの鍵盤のように、シンセサイザーのキーボードは、その「平均律」を「非標準的な」調律を持つほかの人々に押しつけている。
  ――第11章 機械

 とかの本書のテーマに沿った話も面白いが、著者の音楽家としてのネタも楽しい。例えば曲の構成だ。著者はこれを英雄物語の旅に例える。英雄は家を出て冒険へと旅立ち、試練や戦いを乗り越え、やがて家に帰る。これが音楽だと…

一般に、提示部と呼ばれる曲の冒頭部分では、この調性(主調)が使われる。
家を離れることは「転調」と言い、通常「属」調に移行する(属調は、主調と五度の関係にある調性)。
提示部の後半部分は属調で進行する場合が多い。
冒険と戦いが繰り広げられる展開部では、さらに主調から遠い調性が使われる。
そして主人公は再現部で家に帰る。(略)
ほとんどの音楽家は、この物語を土台とし、そのうえでそれぞれ趣向を凝らしている。
  ――第4章 想像の風景、見えない都市

 そんな具合に、音楽にはちゃんと様式があるのだ。優れた音楽家は、たいてい卓越した音楽の知識を持っている。逆は必ずしも真ではないが。

多くの人が、音楽的創造は無から生じると考えている。しかし、すべての作曲はパターンからはじまっている。
  ――第2章 ゆりかごから墓場まで

 どれだけパターンを知り活用するかが成功の鍵の一つらしい。成功者の一例がビートルズだ。彼らはスキッフルから始めた。

(人類学者のトマス・)トゥリノは、世界の音楽を四つの芸術的実践、すなわち四つのスタイルに分類し、それらを参加型、発表型、ハイファイ型、スタジオ音響芸術型と呼んでいる。
  ――第3章 私たちの生活のサウンドトラック

 上の分類だと、スキッフルは典型的な参加型の音楽で、つまり客をノせれば勝ちという音楽である。盆踊りの太鼓も参加型だろう。こういうタイプには、嬉しい特典がある。

世界各地の参加型音楽には多くの共通点がある。演奏能力の上手下手は問われない。参加型音楽の成功は、芸術的な質の高さではなく、参加者がどれだけ音楽に没頭できるかによって判断される。
  ――第3章 私たちの生活のサウンドトラック

 「音楽に没頭」と書いちゃいるが、別に傾聴させる必要はない。踊り狂うとか、楽しんでもらえればいいのだ。ビートルズも初期は上手くなかったが、客をノセるコツは心得ていた。だからデビューできたのだ。

 他にも、曲作りのコツがある。

世界中の大半の音楽は、進行するにつれて速くなり、盛り上がる。西洋のポップスはほぼすべてそうなっている。
  ――第5章 氷、砂、サバンナ、森

 速くなれば盛り上がる。言われてみりゃ当たり前だと思うが、こういう基礎をキチンと抑えるのも大事なんだろう。

 また、サウンド・エンジニアには気になる記述が。

多くのスタイルの音楽について、音響学的レベルでは、音声信号のパワースペクトル密度は、1/f分布に従って周波数に反比例する。
  ――第11章 機械

 これは「そうしろ」ってワケじゃなく、1/f分布だとヒトは安らぎや落ち着きを感じるからだ。まあ、音楽はヒトの気分を操るモノなんで、敢えて不安を感じさせた後で安らぎに落とし込む、なんてのも手口としちゃアリだし、ホラーの伴奏ならこの傾向を逆手に取るケースも多い。

 などと音楽そのもののネタの紹介が多くなったが、本書のテーマはヒトの持つ独特の能力や、音楽と社会のかかわりなど、もっと広い視野の話が多い。その分、抽象的だったり観念的だったりで、文章として難しい部分も多くを占める。分厚く圧迫感もあるが、音楽が好きで、かつ特定の音楽に拘らない人にお薦め。

【関連記事】

| | コメント (0)

2024年5月16日 (木)

SFマガジン2024年6月号

「長いこと、そのみっともないニワトリはみてないわ」
  ――ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳

あの惑星がお見えになりますか?
あなたのご主人ですよ、パンさん。
  ――イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳

この物語は1793年1月21日に始まり、1794年7月28日に終わる。
  ――吉上亮「ヴェルト」第二部序章

私は死ぬためにここに来ている。
  ――ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「映画『デューン 砂の惑星 PART2 & Netflix独占配信シリーズ『三体』公開記念特集」と、「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」。

 小説は13本+3本。特集「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」で4本、連載が5本+3本、読み切り4本。

 特集「テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップ追悼」で4本。テリー・ビッスンが3本、「熊が火を発見する」,「ビリーとアリ」,「ビリーと宇宙人」。いずれも中村融訳。ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳。

 連載の5本+3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第13回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第53回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第23回,吉上亮「ヴェルト」第二部序章,夢枕獏「小角の城」第75回に加え、新連載の田丸雅智「未来図ショートショート」3本「二人のセッション」「本の中の実家」「AI文芸編集者」。

  読み切り4本。仁木稔「物語の川々は大海に注ぐ」,芦沢央「閻魔帳SEO」,イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳,ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳。

 特集から。

  テリー・ビッスン「熊が火を発見する」中村融訳。おふくろを見舞った帰り、弟と甥を乗せ州間高速道65号線を走ってる時、タイヤがパンクした。調子の悪い懐中電灯を甥に持たせタイヤを換えてたら、熊が松明を掲げ照らしてくれた。「どうも熊が火を発見したみたいだな」。

 タイヤ交換はもちろん、古タイヤを自分で再生する主人公は、フロンティア・スピリットを受け継ぎ何でも自分でやる古いタイプのアメリカ人。でも独身w いきなり松明を掲げた熊が後ろに立っても、あまし驚かないのは性根が座ってるのか呑気なのか、気丈な母親の血のせいか。

 テリー・ビッスン「ビリーとアリ」,「ビリーと宇宙人」どちらも中村融訳。腕白を通り越し暴れん坊な子供ビリーを主人公とした児童向け作品。初期のアメリカン・コミックみたいな、クソガキと荒唐無稽な出来事が出合う、ブラックで滅茶苦茶なお話。

 ハワード・ウォルドロップ「みっともないニワトリ」黒丸尚訳。鳥類学部の院生&助手のポール・リンドバールは、市バスに乗り合わせた老婦人に話しかけられた。「長いこと、そのみっともないニワトリはみてないわ」。マジか。見たことあるって? 「子供のころ、近所に飼っている家があったのよ」

 幻の鳥ドードー(→Wikipedia)をめぐる話。ポールが訪ねる合衆国南部ミシシッピ州の田舎の風景や人々の暮らしが、いかにも浮世離れしていてケッタイなシロモノを隠していそうで、雰囲気が盛り上がる。19世紀初頭から始まるグジャー一族の年代記も、やはり合衆国南部の歴史の中で生きてきた人々の暮らしが伝わってくる。

 連載。

  神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第13回。情報分析室での会合で明らかになった、雪風と人間の認識のズレを巡り、議論は続く。なぜ世界の認識が異なりながら、パイロットと雪風は協調できるのか。なぜ雪風は人間を認識できるのか。

 本能で現象を捕える田村大尉と、あくまで理性で理解しようとする丸子中尉。二人の間を取り持つのが桂城少尉ってのも意外ながら、リン・ジャクスンのジャーナリスト根性剥き出しの発想が凄いw そういやファースト・コンタクト物でもあるんだよね、この作品。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第53回。吉報と凶報を受けたバジルは、<クインテット>ら一味を集め、計画を語る。ハンターの合意を得た一味は、シルヴィアの奪還へと動き始める。

 いつのまにかリーダーらしく振る舞うようになり、率先して計画を立てるバジルが頼もしい。いや敵役だった筈なんだがw 二重・三重の防衛策を施すイースターズ・オフィスに対し、バジルの計画も用意周到で。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第23回。<夏の区画>に続き、<多頭海の区画>も大きな災厄に見舞われる。そして舞台は再び青野へ。登場人?物たちが、AIだと自覚している点や、計算資源を意識して保存・調達してるあたりが、なかなかに斬新。

 吉上亮「ヴェルト」第二部序章。1793年1月21日。パリ処刑執行人のわたしシャルル=アンリ・サンソンは、革命広場で陛下の処刑を行う。今まで王国の命に従い多くの者の首をはねたわたしが。押し寄せた群集に不測の事態を危ぶんだが、陛下は堂々たる態度で最後に臨んだ。

 シャルル=アンリ・サンソン(→Wikipedia)は、処刑執行人でありながら、死刑反対論者という複雑な立場の人。第一部は最後でSFな仕掛けが出てきたが、第二部は序章から登場する。ギロチンが登場した背景など、歴史のトリビアが楽しい。

 新連載の田丸雅智「未来図ショートショート」3本「二人のセッション」「本の中の実家」「AI文芸編集者」。いずれも仮想現実や人工知能など、最近になって急速に発達した技術をネタにした作品。シュートショートというとフレドリック・ブラウンや星新一など、オチが黒いものと思い込んでたが、この三作はいずれも心温まる話なのが斬新に感じた。あと、「本の中の実家」はアップル社が喜びそう。

 読み切り。

 芦沢央「閻魔帳SEO」。1998年9月4日、人類は知った。死後の世界は八つの階層に分かれ、生前の行いで行き先が決まる。そこで死後の行き先を判断するアルゴリズムを解析し、より良き階層へと行けるようアドバイスする閻魔帳SEOなる業界が立ち上がる。困った事に、アルゴリズムの解析と公開は最悪の悪行と判断するようで…

 私もブログをやってるわけで、SEOにも強い関心を持ってる。そのため、笑えるツボがアチコチに。アップデートで泣き笑いとかねw 俗称の≪G≫も「某社かいっ」と突っ込みたくなったり。アルゴリズムとのイタチごっこも、つい「あるある」と頷いでしまうw 不意打ちのように散りばめたネット俗語も、いいスパイスになってる。

 仁木稔「物語の川々は大海に注ぐ」。「カリーラとディムナ」は、鳥や獣が登場人物の物語だ。この異国の物語は人気を博したが、翻訳・出版した<手萎えの息子>は捕えられ、審問にかけられる。判官殿は追及する。作り話で信徒たちを惑わせた、と。だが、本当の動機はむしろ権力争いのトバッチリか個人的な恨みらしい。書き手は判官殿に抗弁するが…

 舞台はイスラムが席巻して100年ほど後のバグダッドらしき都市。実話に対する作り話の意義、音声で伝えたモノと書き記したモノの違い、黙読と音読が読者に与える効果の違い、言語の違いが文学に与える影響、韻文と散文、語ることと書くことの違いなど、物語好きにはたまらない話題が続々と続く。

 なお、イスラム教の特徴の一つは、聖典への姿勢だ。他の宗教は著者も編者も怪しい聖典が多い。仏教に至っては日本人が勝手に経典を書いたり。だがイスラム教はムハンマドの言葉を正確に伝えることに心血を注ぎ、またアラビア語で記されたものだけをコーランとした。他言語に訳してもいいが、訳した物はコーランではない。本作を味わう一助になれば幸いである。

 イン・イーシェン「世界の妻」鯨井久志訳。パンの夫は、脱出ポッドから宇宙空間に放り出されて亡くなる。パンは頼んだ。埋葬のため、夫の遺体を回収してほしいと。夫の姿は変わり果てていた。

 3頁の掌編ながら、いやだからこそ、オチの鋭い切れ味が光る作品。

 ナディア・アフィフィ「バーレーン地下バザール」紅坂紫訳。 近未来のバーレーン。癌を患った老女ザーラは、息子のフィラズと嫁のリーマに隠れて、地下バザールに通う。仮想没入室で、死にゆく人々の最後の瞬間を味わうために。その日は、ヨルダンのベドウィンの老女のものだった。ペトラ遺跡で、観光客を案内している最中に、崖から飛び降りたのだ。

  オイルマネーを背景に、凄まじい勢いで近代化というより未来化してゆくバーレーンと、砂漠での暮らしを続けてきたベドウィンの対比が巧みで、「アラブも様々なんだなあ」と今さらながら思い知る。因習的なアラブ世界で、ザーラは誇り高く気丈に生きてきたんだろうなあ。息子夫婦の重荷である事を受け入れられないザーラの気持ちが身に染みる、優れた老人SFでもある。

| | コメント (0)

2024年5月 7日 (火)

トーマス・レイネルセン・ベルグ「地図の世界史 人類はいかにして世界を描いてきたか?」青土社 中村冬美訳

地図は必ず何かの必要性に基づいている。
  ――プロローグ 世界は舞台

「地図や計画性なくして社会を構築することはできない。地図には全てが正確な形や寸法で再現されているため、健全かつ合理的な社会発展の設計図だ」
  ――空からの眺め

検索エンジンであるグーグルが地図に興味を持つのは、理にかなっていた。検索の約30%は、どこに何があるかといった内容だったからだ。
  ――デジタルな世界

【どんな本?】

 地図は便利だ。買い物に、旅行の予定を組むのに、ニュースの現場を調べるのに、私はしょっちゅう Google Map に頼っている。昭和の時代には考えられなかった事だ。いや、昭和の頃だって、地図もなしに初めての土地を旅するなんて考えられなかった。私たちの暮らしは、地図に頼り切っている。

 当たり前だが、人類は最初から地図という概念を持っていたワケではない。長い歴史の中で、少しづつ地図は浸透し、発展し、正確さを増してきたのだ。

 ノルウェーのノンフクション作家が、有史以前の洞窟壁画から古代ギリシャのプトレマイオス,中世欧州のマッパ・ムンディと商人たちが使った海図,地質学に革命をもたらした世界の海底のパノラマ地図,そして現代のデジタル地図まで、地図とそれを作った者たちのエピソードを語り、豊かなカラーの図版と共に地図の歴史を描く、一般向けの少し変わった歴史ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Verdensteater, by Thomas Reinertsen Berg, 2017。日本語版は2022年3月31日第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組み本文約320頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント34字×36行×320頁=約391,680字、400字詰め原稿用紙で約980枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。でも、歴史的な地図をカラーで大量に収録していて、それが本書の大きな魅力なので、たぶん文庫は出ないだろうなあ。

 文章はやや硬い。まあ青土社だし。内容は特に難しくないが、主な舞台は西洋の地中海から北極海そしてカナダあたりで、中東や東アジアは出てこない。著者がノルウェー人のためか、スカンジナビア特にノルウェーの話が多いのはご愛敬。いやフィヨルドの名前を出されても分からんしw 特に「北方の空白地帯」あたりをじっくり読むには、Google Map なり北極海近辺の地図なりが必要。私はテキトーに流し読みしました、はい。

【構成は?】

 原則として年代順に話が進む。各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • プロローグ 世界は舞台
  • 最初の世界観
  • 池の周りのかえるのように
  • 聖なる地理学
  • 最初の地図帳
  • 外の世界へ
  • 大規模な国土調査
  • 北方の空白地帯
  • 空からの眺め
  • 青い惑星
  • デジタルな世界
  •  引用と参考文献、地図、挿絵リスト、人名索引
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 本書の歴史観は、西欧の標準的な歴史観に近い。

 なんたって、主な舞台はヨーロッパだ。中東はもちろん中国も出てこない。歴史の流れも黄金の古代ギリシャ文明→閉塞の中世→覚醒のルネッサンス、といった感じだ。

 敢えて独特な点を挙げるなら、北欧や北極周辺の話が多いことだろう。なんたって著者はノルウェー人だし。また、海図や船乗など、海に関する話題が多いのも意外だった。

 そんなワケで、最初のヒーローは古代ギリシャのプトレマイオス・クラウディオス(→Wikipedia)である。

プトレマイオスはほぼ1500年間、皆の導き手であり続けた。
  ――最初の地図帳

 図書館で旅行記などの資料を読み漁り、地球が球であると考え、その大きさも計算した。だが、やがてその知識は中世の闇に沈む。

この地図(マッパ・ムンディ,mappa mun-di,→Wikipedia)は13世紀ヨーロッパのクリスチャンが持っていた世界観を示し、(略)目的は、世界の構造をできるだけ正確に描写することではなく、むしろどれほど地図に神の魂が宿っているかを示すことだった。
  ――聖なる地理学

 「こうである」という事実より、「こうであるはずだ」という思い込みで世界が認識される社会。ここで披露される世界観は、今でも西欧人の心に生きている気がする。

 彼らは世界を三分した。西のヨーロッパ・南のアフリカ・東のアジア。彼らにとっては、アラビアもインドも中国も、まとめて「アジア」なのだ。北米人の感覚も似たようなモンなんだろう。CNN や BBC の報道で出てくる「アジア人」に、日本人が違和感を抱くのも致し方あるまい。

 もっとも、彼らも日本の報道に出てくる「ヨーロッパ」に違和感を抱くかもしれない。日本の感覚だと、バルカン半島もヨーロッパだし。

 それはさておき、正確な地図も実は生きのびていた。海図だ。

…一方で、まったく別の種類の地図も中世ヨーロッパで発達した。地中海、黒海、ジブラルタルの南北の大西洋の沿岸を、驚くほどの精密さで示した海図だ。
  ――聖なる地理学

 なぜか。ジェノバなどの商人や船乗りが、正確な海図を必要としたからだ。現実を直視させるカネの力は凄い。これ以降も、本書における地図製作は船乗りが大きな役割を果たす。特に、北極海周りの航路を見つけようとする船乗りたちの冒険は、強く印象に残る。これは、やはりノルウェー人ならではの視点だろう。

 更に航空機の発明以降は、航空写真による更なる正確さを地図は獲得し、軍にも影響を与える。

ヴェルナー・フォン・フリッチュ(→Wikipedia)「最高の航空偵察を行う軍事組織が次の戦争に勝つ」
  ――空からの眺め

 これまで足を使っての三角測量で作っていた地図を、航空機で写真を撮ればいいんだから、大きな進歩だ。まあ、実際は写真ならではの歪みなどがあるんで、それほど単純じゃないんだが。

 そういった技術の進歩は海図にも及び、やがて大西洋中央海嶺(→Wikipedia)の発見から地質学の大転換プレートテクトニクスへと向かうあたりは、ちょっとした興奮を覚えた。

1925年から1927年の間に、ドイツの観測船メテオール号は、大西洋でソナーを使用して67,388か所の水深を測定した。手動で同じ回数分、錘で調査する場合、乗組員が毎日24時間作業したとしても7年かかることになる。
  ――青い惑星

 こういった地図製作技術の進歩は、それまで貴重品で10年単位に更新されるモノだった地図を、数時間どころか数分単位で現実を反映し、瞬間で消費される渋滞マップなどのデジタル地図へと進歩させてゆく。

「地図作成に必要な情報のなかでも単純なものは、やがて自動的に地図上に掲載されるようになる。さらに同時期に作成される地図の量が増加し、その費用は軽減される」
  ――デジタルな世界

 世界の姿を、私たちに見せてくれる地図。それは同時に、私たちの世界観も変えてゆき、また私たちの世界観も地図に反映されてゆく。などの大きな話もあるが、私には北極周辺に挑んだ船乗りたちの話が面白かった。

【関連記事】

| | コメント (0)

« 2024年4月 | トップページ | 2024年6月 »