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2024年2月 4日 (日)

SFマガジン2024年2月号

2123年10月1日ここは九州地方の山おくもうだれもいないばしょ、いまからわたしがはなすのは、わたしのかぞくのはなしです。
  ――間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ミステリとSFの交差点」として短編4本+座談会&作品ガイド。

 小説は10本。うち連載は5本、特集「ミステリとSFの交差点」で4本、加えて第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作「ここはすべての夜明けまえ」一挙掲載。

 連載5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第11回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第51回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第21回,吉上亮「ヴェルト」第一部第四章,夢枕獏「小角の城」第73回。

 読み切り5本。特集「ミステリとSFの交差点」4本で、荻堂顕「detach」,芦沢央「魂婚心中」,大滝瓶太「恋は呪術師」,森晶麿「死人島の命題」。そして間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第11回。深井零の代わりに、エディス・フォス精神科軍医の診察を受ける羽目になった桂城少尉。だが、診察とは名ばかりでビールを飲みながら雑談することに。

 今回も桂城少尉にスポットが当たる回。田村大尉とは違った意味で、桂城少尉のメンタルの強さが光る回。雪風もその辺を判ってるみたいなのが、なんともw そしてジャムの正体について、なかなか面白い考察が。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第51回。ハンターの選挙運動は好調だ。しかしシルヴィアと共に共感を失い暴走したラスティは、自分が元凶ではないかと悩む。共感は失っても忠誠は残っているのだ。この事態は更に悪化し…

 ハンターを中心としたクィンテットの描写が多いこの作品、今回もハンターの目論見が語られる部分では、「コレはコレでアリじゃね?」な気分になるから怖い。だってさ、もしハンターがもっと恵まれた環境にいたら、クィンテットの面子はだいぶ違ってたし、それに伴って手段も合法的な方法を取っただろうし…って、ソレはソレで怖いなあ。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第21回。なんの因果かランゴーニに輿入れする羽目になったラーネア。嫁の役割りは何かと思えば、意外とラーネアの性分に合った…

 今までグロテスクな描写が多かったこの作品、今回もグロテスクな場面もあるが、絢爛豪華なシーンも少々。そしてトボけた爺さんかと思われたニムチェンが意外と…

 吉上亮「ヴェルト」第一部第四章。デロス島へ向かった聖船使節はアテナに帰ってきた。もはやソクラテスの処刑は逃れられない。最後の面会へと赴くプラトンに、ソクラテスは問答を持ち掛ける。

 今回はこの問答の場面が読みどころだろう。<テセウスの船>(→Wikipedia)を足掛かりとして、ソクラテスが世界観を広げてゆくあたりは迫力がある。

 特集から。

 荻堂顕「detach」。<柩>を守るかのように囲む6人の男女。互いの名も知らず、だが目的は一致していて、それぞれ武装している。目的地は14kmほど先。雨の中、推奨されたルートを辿り彼らは陣形を組んで進む。住宅地を通るが、人影はない。やがて雨は別の物に変わり…

 長編の冒頭部分。ミステリと言うよりホラーの雰囲気だ。最初はゾンビ物か?と思ったが、登場人物たちの脅威となるのはもっとおぞましいシロモノみたいだ。人間は滅びかけていて、登場人物たちは数少ない生き残り、という以外、世界設定はまだ明らかになっていない。

 芦沢央「魂婚心中」。配信の切り忘れの14秒で、私は浅葱ちゃんハマった。浅葱ちゃんを中心に暮らしのすべてが回り始めた。幼い頃は珍しい風習でしかなかった死後結婚だが、アプリ Konkon の普及とアップデートにより、フォロワー数がステータスとなる。浅葱ちゃん情報を嗅ぎまわり解析した私は、浅葱ちゃんの Konkon アカウントを突き止め…

 SNS や Youtuber と冥婚(→Wikipedia)を組み合わせた、ホラー風味の作品。初めてコメントを投稿する時の緊張と興奮とかは、自分でも覚えがあるだけに、とても生々しく感じた。

 大滝瓶太「恋は呪術師」。三人目の被害者が出た。みな心臓を鉄の矢で撃ち抜かれている。最初の犯行現場は繁華街で次は混雑した飲食店。だが目立ちそうな弓を持つ者を、誰も見ていない。担当となった刑事の地上歩は三件目の監視カメラを調べ、弓を背負う男を見つけるが、同僚には男が見えない。

 犯人も刑事も、疲れた勤め人ばかりなのが切ないw それに比べ、とっくの昔に仕事を辞めた某の、なんとのびのびしていることかw 出勤が辛い時の通勤電車では読んじゃいけない作品。

 森晶麿「死人島の命題」。抹殺された難民たちの中で、レノア・サノとアッシャーのただ二人だけが生き残った。その日、レノアはヴァシュターと名のる男に頼まれる。「<死人島>に関する命題を解いてほしい」

 アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を意識した作品なのは分かるが、すんません、クリスティは「春にして君を離れ」しか読んでないです。

 最後に、第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作「ここはすべての夜明けまえ」一挙掲載。

 間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」。101年前に亡くなった父の望みで、主人公は家族史を書き始める。病の苦しみから逃れるため融合手術を受けた主人公は、老いずに長い時を生きた。母は主人公を産む際に亡くなる。家族と呼べるのは、父、兄一人、姉二人、そして姉の息子一人。

 読み始めは「ひらがなばっかしで読みにくい」と思ったが、読み進めるに従い物語に引き込まれ、読み終えた後は暫く他の物語を読まず妄想に浸った。SFというより、文学として強烈なパワーがある。幾つかの点で、主人公はフリーレンに似てる。引きこもりで長命な割に幼く人の心の機微に疎い…と思ってたら。最後、主人公は大きな選択を迫られる。主人公の決意を、私は成長への望みと受け取った。前号の選評を読み返すと更に味わいが深まる。この作品を特別賞に推した選考委員を讃えたいし、ハヤカワSFコンテストに応募した作者にも感謝したい。読者によって多様な感想を抱く作品だ。

 ということで、間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」だけで充分以上に満足できた号です、はい。

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