楢崎修一郎「骨が語る兵士の最後 太平洋戦争 戦没者遺骨収集の真実」筑摩書房
本書は、2011年から2018年まで、私が17回にわたって太平洋地域を中心に派遣された遺骨収集とその鑑定の物語である。
――おわりにいまだに最後の様子もわからない兵士の骨が、戦後70年以上が過ぎた現在も、太平洋地域を中心とした激戦の地、玉砕の島々には数多く眠ったままだ。
――はじめに現時点で大掛かりに遺骨収取に取り組んでいる国は、日本とアメリカの二ヵ国しかない。
――第1章 幻のペリリュー島調査
【どんな本?】
太平洋戦争では、多くの将兵や民間人が亡くなった。海外での戦没者は(硫黄島と沖縄を含め)約240万人とされている。その多くは現地に葬られ、または海に流された。著者は主に厚生労働省の遺骨収集事業に同伴し、人類学者として遺骨の判定を行ってきた。
というのも。骨が出てきても、必ずしも日本人の骨とは限らない。米軍将兵や現地人、果ては獣骨の場合もあるからだ。
人類学者は、いかにして骨を見分けるのか。その際に、どんな事柄に配慮するのか。などの学術的な話題に加え、戦没者の遺骨収集の現場の様子を現地で遭遇するトラブルも含めて語る、ちょっと変わったルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2018年7月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組本文約215頁。9.5ポイント41字×16行×215頁=約141,040字、400字詰め原稿用紙で約353枚。文庫ならやや薄め。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、ときどき人類学の専門用語が説明なしに出てくる。日本語の嬉しい性質で、「伸展葬」とかは文字を見ればだいたい意味が分かるのはいいが、寛骨(→Wikipedia、俗にいう骨盤の一部)など、主に骨の名前が多い。
また、アチコチに地図があるので、栞を多く用意しよう。
【構成は?】
はじめに~第2章までは基礎知識を語る所なので、最初に読もう。第3章~第6章はそれぞれ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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- はじめに
- 第1章 幻のペリリュー島調査
- 1 遺骨収集へのきっかけ
- 2 各国の遺骨収集の比較
- 第2章 骨を読む
- 1 遺骨は誰が鑑定するのか
- 2 骨の読み方
- 第3章 撃墜された攻撃機 ツバル共和国ヌイ環礁
- 1 現地調査までの困難
- 2 現地到着から調査開始まで
- 3 発見
- 第4章 玉砕の島々
- 1 銃殺された兵士 マーシャル諸島クェゼリン環礁
- 2 集団埋葬の島 サイパン島
- 3 不沈空母の島 テニアン島
- 4 天皇の島 パラオ共和国ペリリュー島
- 第5章 飢餓に苦しんだ島々
- 1 処刑も行われた島 マーシャル諸島ミリ島
- 2 日本のパールハーバー トラック諸島
- 3 水葬の島 メレヨン環礁
- 第6章 終戦後も戦闘が行われた島 樺太
- おわりに
- 参考文献/太平洋戦争関連年表
【感想は?】
著者は人類学者、それも文化ではなく自然人類学者だ。その本領が出ているのが、第2章「骨を読む」。ここでは、人体の骨の構成から性別や年齢や民族ごとの違いなどを、駆け足で語ってゆく。
骨盤で男女が判るのは有名だが、歯だけでも専門家が見れば多くの情報が得られるのが分かる。
我々アジア人の前歯と呼ばれる上顎切歯の裏は、凹んでいる。
――第2章 骨を読む
とかね。ココを読んだとき、思わず自分の歯を指でまさぐってしまった。この歯による鑑定は、後の章でも日本人と現地人の判別で頻繁に登場するので覚えておこう。
と書くと、著者は骨の形を見るだけのように思われるが、とんでもない。例えば「第3章 撃墜された攻撃機」では、探すべき陸攻の記録を調べ、一式陸攻ではなく96式陸攻じゃないか、などと当たりをつけている。当時の戦況や部隊の構成など、できる限りの情報を集めた上で現地に赴いているのだ。もはや探偵である。
もちろん、集めるのは帝国陸海軍の情報だけではない。現地の分野や風習なども、遺骨の判定の重要な手がかりとなる。
全員、頭を北に向け、足を南に向けた伸展葬である。現地の人々は逆で、頭は南で足は北だという。
――第5章 飢餓に苦しんだ島々
このあたりは、文化人類学の領域だろう。南洋の島々が多いだけに、ピンロウジュ(→Wikipedia)に染まった歯が決め手になったり。
かと思えば、分かりやすい証拠として帝国陸軍の手榴弾が出てきたり。かなり危ない作業でもあるのだ。特に切なかったのが、ペリリューの話。
ペリリュー州の法律で、地表から15cmまでしか掘ってはならないという。この15cmの根拠はよくわからないが、地雷や爆弾が埋まっている可能性があるためという説明を後で受けた。
――第4章 玉砕の島々
勝手にやってきた連中が勝手に争ったため、現地の人々が今でも不便な思いをしているのだ。彼らの気持ちは複雑だろう。そのためか、「そこは俺の土地だから金を払え」とゴネられたり。そういった、現地の人々への心遣いも遺骨収集を巧く進める大事なコツ。
現地の人々の共同墓地で発掘調査をする際は、衆人環視の中で説明しながら行うことが重要である。
――第3章 撃墜された攻撃機 ツバル共和国ヌイ環礁
ヨソ者がやってきて俺たちの墓を掘り返すとなれば、そりゃ心穏やかではいられない。たいてい、専門家がやる作業なんて素人には意味不明である。そこで、あらぬ誤解を避けるために、「今は何をしてるか、この作業にはどんな意味があるのか、それで何が分かったのか」を野次馬たちに説明し、理解してもらえるように努めるのだ。こういう細かいことが大事なんだろうなあ。
それと、もう一つ意外だったのが、遺骨収集団のスケジュールが極めて厳しい点。なにせ南洋の島々だけに、現地にたどり着くまで3日ぐらいかかる。しかも船のエンジンが止まるなど、トラブルに見舞われることもしばしば。にもかかわらず、許された日程が8日ぐらいだったりで、実際の作業に充てられるのが2~3日しかない。せめて一カ月ぐらいかけてもいいんじゃないかと思う。
かつての戦場を訪れ亡くなった方々の最後を再現する作業だけに、どうしても悲惨な場面を思い起こさなきゃならん場合もある…というか、特にテニアン島やサイパン島は民間人の犠牲者も多いため、なかなか読んでいて辛かった。
サイパン島やテニアン島の洞窟を調査していると、時々、部分的に焼けた焼骨が出土することがある。これらは恐らく、米軍による火炎放射器による犠牲者であると推定される。
――第4章 玉砕の島々
この辺、著者はあくまで学者として冷静な姿勢を保っているが、故人の想いが起こしたかのような奇妙な出来事もあって、オカルトと片づけたくもあるが、そういった所に著者の故人に寄せる追悼の気持ちが表れているようにも感じるのだ。
終盤、ペレストロイカの影響で入国が許された樺太での活動に続き、最後の「おわりに」で語る著者の、「いつの日か、ビルマに収骨する日が来ることを望んでいる」との想いが切ない。
人類学者としての遺骨の判別という、いわば単なる事実確認を求められる立場で体験した事柄を書いた本だけに、乾いた筆致を心がけた文章が続く。が、行間には故人を悼む気持ちが滲み出ている。
遺骨収集とは、過去にケリをつける儀式ではない。まさしく過去を掘り返し、私たちの眼の前に突きつける、厳しい歴史の授業なのだ。
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