ヴィンセント・ベヴィンス「ジャカルタ・メソッド 反共産主義十字軍と世界をつくりかえた虐殺作戦」河出書房新社 竹田円訳
この世界全体――とりわけ(略)アジア、アフリカ、そしてラテンアメリカの国々は――1964年と1965年にブラジルとインドネシアで発生した波によって姿を作り替えられた。
――序章「第三世界」という概念は、1955年4月にインドネシアのバンドンで開催されたアジア・アフリカ会議(→Wikipedia)のなかで本格的に固まった。
――第2章 独立インドネシア(イラクでは)アメリカ政府が支援するバース党という反共産主義の政党が、(1968年7月に)クーデター(→Wikipedia)を起こして成功させた。
――第4章 進歩のための同盟最大で100万人(ひょっとするとそれ以上かもしれない)のインドネシア人が、アメリカ政府が展開した世界的反共産十字軍の一環として殺された。
――第7章 大虐殺
【どんな本?】
1955年4月、インドネシア大統領スカルノの主導により、インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議が開催される。ここに第三世界の概念が生まれた。資本主義の第一世界と共産主義の第二世界に対し、元植民地の諸国を第三世界と位置づけ、その独立と発展を望む運動が始まった。
だが、インドネシアにおける動きは1965年、唐突に断ち切られる。スハルトによるクーデターと政権奪取によって。
以後、特に中南米諸国において奇妙なキーワードが囁かれる。「ジャカルタが来る」と。
ソ連の大飢饉(→「悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉」)や強制収容所(→「グラーグ」)、中国の大躍進(→「毛沢東の大飢饉」)、カンボジアのキリングフィールド(→「ポル・ポト」)などは有名だが、インドネシアやグアテマラやチリの悲劇はあまり語られない。
一体、何があったのか。誰が、何のために悲劇を生み出したのか。なぜ語られないのか。そして、これらの悲劇は、世界をどう変えたのか。
米国のジャーナリストが、20世紀の歴史の影に光を当てる、衝撃のルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は THe Jakarta Method : Washington's Anticommunist Crusade and the Mass Murder Program that Shaped Our World, by Vincent Bevins, 2020。日本語版は2022年4月30日初版発行。単行本ハードカバーー縦一段組み本文約343頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント44字×21行×343頁=約316,932字、400字詰め原稿用紙で約793枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。
文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。中学卒業程度の国語と社会科の知識があれば読みこなせるが、主に1960~70年代の話なので、若い人には時代感覚がピンとこないかも。インドネシアの島々や中南米の国が舞台となるので、地図があると便利。
【構成は?】
前の章を受けて後の章が展開する更生なので、なるべく頭から読もう。
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- 序章
- 第1章 あらたなアメリカの時代
- 第2章 独立インドネシア
- 第3章 目に物見せる アンボン空爆
- 第4章 進歩のための同盟
- 第5章 ブラジルとその過去
- 第6章 9.30事件
- 第7章 大虐殺
- 第8章 世界のあらゆる場所で
- 第9章 ジャカルタが来る
- 第10章 北へ、北へ
- 第11章 俺たちはチャンピオン
- 第12章 彼らは今どこに? そして私たちは?
- 謝辞/訳者あとがき/補遺/原註
【感想は?】
失敗は怖ろしい。成功はもっと恐ろしい。
本書は成功の物語だ。少なくとも、アメリカ合衆国、特にCIAにとっては。
SF作家ルーシャス・シェパードの作品、「タボリンの鱗」収録の中編「スカル」は、グアテマラを舞台として米国人の旅行者の視点で描かれる。旅人の見るグアテマラの社会は、貧しくいささか物騒だ。なぜそうなったのか、本書を読んでよく分かった。
合衆国には、力がある。経済力も軍事力も。だが、外国の情報収集・分析は、いささか弱い。特に発展途上国においては。それを補うのがCIAの設立当初の役目だったが(→「CIA秘録」)、思い込みと決めつけで暴力的な解決に突っ走る傾向があって、911以降の中東政策によく現れている。
米外交官フランク・ウィズナー・ジュニア
「過去の歴史に注意を向けていたら、アメリカ政府が中東でいまのような状況にはまり込むこともなかったでしょうね」
――第12章 彼らは今どこに? そして私たちは?
これは最近の話かと思ったが、そうではなかった。昔からそうだったのだ。ただ、昔はうまくやっていたし、今でもその影響が強く残っている。特にインドネシアと中南米で。バナナやコーヒーや砂糖の歴史を調べ、うっすらと感じてはいたが、ここまでハッキリと示した本はなかった。
何をやったのか。一言で言えば、赤狩りだ。ただし、国内じゃない。他国、特に第三世界で、だ。
当時は冷戦のさなか。世界各地で植民地が独立し、それぞれに独自の道を模索していた。米ソ両国はソコで縄張り争いを始めた。少なくとも、CIAはそう考えていた。元植民地諸国も、両大国間のバランスの狭間で、独自の道を模索していた。多党制の議会も要しており、インドネシアでは…
米第37代大統領リチャード・ニクソン
「インドネシアにとって、民主的な政府は(おそらく)最善ではない。組織力にすぐれる共産党を選挙で負かすのは不可能だから」
――第3章 目に物見せる アンボン空爆
これをCIAは恐れた。なんたって、共産党である。ソ連の手先に決まっている。そう決めつけた。
米外交官ハワード・ポールフリー・ジョーンズ
「ワシントンの政策立案者は、あらゆる事実関係を把握しておらず、この国(インドネシア)の事情もしっかり理解していなかった。ところが、共産主義こそが大問題だという前提でことを進めてしまった」
――第3章 目に物見せる アンボン空爆
米国内でもマッカーシズム(→Wikipedia)が吹き荒れたが、そこは先進国である。さすがに直接の暴力は控えた。だが、外国なら話は別だ。
やった事は、イランやベトナムと同じ。クーデターを起こし傀儡政権を立てる。それも極右の。
1965年10月1日(→Wikipedia)の時点で、スハルト少将(→Wikipedia)とは何者か、ほとんどのインドネシア人が知らなかった。しかしCIAは知っていた。
――第6章 9.30事件
そして、罪は共産主義者にかぶせる。
ブラジル独自の反共産主義の神話の中には、ひどく歪んだ共産主義者のイメージができあがっていたようだ。多くのエリートが、共産主義者は、日頃から「悪魔的喜び」を感じながら暴力を繰り返し、敬虔なキリスト教徒を皆殺しにして、「赤い地獄」に送り込もうとしていると信じていた。
――第5章 ブラジルとその過去
こういう、敵対する相手を悪役に仕立てる手口は、右も左も同じだなあ、と思ったり。かつての中国でも資本主義者は散々に罵られたし、ソ連も富農を目の敵にした。
1966年1月14日にワシントンが受け取った在インドネシア大使マーシャル・グリーンの報告
当面、PKI(インドネシア共産党)が政治に影響をおよぼすことはないだろう。インドネシア陸軍と、彼らに協力したムスリム団体のめざましい働きによって、共産党組織は壊滅した。政治局と中央委員会のメンバーは、ほぼ全員殺害されるか逮捕された。これまでに殺害された共産党員の数は、数十万にのぼると言われる。
――第7章 大虐殺
一般に宗教勢力、特にアブラハムの宗教は共産主義を毛嫌いし、極右に手を貸す場合が多いんだよなあ。気質が似てるんだろうか。
もちろん、濡れ衣を着せられた者も多い。というか、ドサクサまぎれで気に食わない奴にレッテルを張ち、ついでに片付けたっぽい。
1978年から83年にかけて、グアテマラ軍は20万以上の国民を殺害した。そのうち1/4弱が、都市部で連れ去られたまま「失踪」した人々だった。残りの大部分は先住民のマヤ人たちで、かれらは先祖代々住んできた平原や山々の、広い空の下で虐殺された。
――第10章 北へ、北へ
そして、これらの事実がおおっぴらに語られることはない。こういった歴史の闇は、人々に疑惑の種をまく。
なにか重要なことが自分たちから隠されていたことを知ると、人は疑うべきでないことを疑ったり、途方もない陰謀論に耳を傾けたりするようになる。
――第11章 俺たちはチャンピオン
そして、この本も、デッチアゲや陰謀だと言われるのだ。だが、現在の米国が中東でやっていることは、本書に書かれている内容と大きな違いはない。よりガサツで稚拙で大掛かりなだけで。
米国は、ベトナムでは大っぴらに失敗した。だから、「 ベスト&ブライテスト」など、「なぜ失敗したか」と顧みる風潮がある。だが、インドネシアや中南米で密かには成功した。だから、顧みられることは少ない。だからこそ、本書は貴重で大きな価値がある。現代の世界がいかにして形作られたか、それを明らかにする衝撃の本だ。
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