« 2023年11月 | トップページ | 2024年1月 »

2023年12月の2件の記事

2023年12月18日 (月)

サイモン・ウィンチェスター「精密への果てなき道 シリンダーからナノメートルEUVチップへ」早川書房 梶山あゆみ訳

精密さとは、意図的につくり出された概念だ。そこにはよく知られた歴史上の必要性があった。
  ――はじめに

ついに機械をつくるための機械が生み出され、しかもそれは、正確かつ精密につくる能力をもっている。
  ――第1章 星々、秒、円筒、そして蒸気

ジェームズ・スミス著『科学技術大観』
「一つの面を完璧に平坦にするためには、一度に三つの面を削ることが……必要である」
  ――第2章 並外れて平たく、信じがたいほど間隔が狭い

空気がなければ歪みもない
  ――第7章 レンズを通してくっきりと

GPS衛星群に数々の有用性があるとはいえ、それを煎じ詰めれば時刻の問題になるのだ。
  ――第8章 私はどこ? 今は何時?

1947年、トランジスタは幼い子供の手いっぱいに載るほどの大きさがあった。24年後の1971年、マイクロプロセッサ内のトランジスタは幅わずか10マイクロメートル。人間の髪の毛の太さの1/10しかない。
  ――第9章 限界をすり抜けて

(2011年3月11日の東日本大震災と津波で)杉や松は完膚なきまでに破壊されたのに、竹はまだそこにある。
  ――第10章 絶妙なバランスの必要性について

こうして時間がすべての基本単位を支えるものとなった
  ――おわりに 万物の尺度

【どんな本?】

 カメラ、スマートフォン、自転車、自動車、ボールペン。私たちの身の回りには、精密に作られたモノが溢れている。これらが誇る精密さは、自然と出来上がったのではない。精密さを必要とする需要や、精密さが優位となるビジネス上の条件があり、ヒトが創り上げた概念だ。

 ヒトはいかにして精密さの概念を見つけたのか。そこにはどんな需要があり、どのような人物が、どのように実現したのか。そして精密さは、どのように世界を変えてきたのか。

 「博士と狂人」で歴史に埋もれた二人の人物のドラマを魅力的に描いたサイモン・ウィンチェスターが、今度は多彩な登場人物を擁して描く、歴史と工学のノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Perfectionists : How Precision Engineers Created the Modern World, by Simon Winchester, 2018。日本語版は2019年8月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約425頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×19行×425頁=約363,375字、400字詰め原稿用紙で約909枚。文庫なら薄めの上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。敢えて言えば、本棚やプラモデルなどを自分で部品から何かを組み立てて、「あれ? この部品、なんかうまくはまらないな」と戸惑った経験があると、身に染みるエピソードが多い。

【構成は?】

 原則的に時系列順に進むが、各章はほぼ独立しているので、気になった所を拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • 図版一覧
  • はじめに
  • 第1章 星々、秒、円筒、そして蒸気
  • 第2章 並外れて平たく、信じがたいほど間隔が狭い
  • 第3章 一家に一挺の銃を、どんな小屋にも時計を
  • 第4章 さらに完璧な世界がそこに
  • 第5章 幹線道路の抗しがたい魅力
  • 第6章 高度一万メートルの精密さと危険
  • 第7章 レンズを通してくっきりと
  • 第8章 私はどこ? 今は何時?
  • 第9章 限界をすり抜けて
  • 第10章 絶妙なバランスの必要性について
  • おわりに 万物の尺度
  • 謝辞/用語集/訳者あとがき/本書の活字書体について/参考文献

【感想は?】

 歴史の授業で工場制手工業って言葉を学んだ。ソレで何が嬉しいのかは分からなかったが。この本で、少しわかった気がする。

 これが分かったのが、「第5章 幹線道路の抗しがたい魅力」。ここでは、最高級の自動車を生み出すロールス-ロイス社と、T型フォードの量産に挑んだフォード社の誕生を描く。

 その工程は対照的だ。ロールス-ロイス社は熟練の職人による手仕事で、一台づつ丁寧に作ってゆく。対してフォード社は、ベルトコンベアによる流れ作業だ。そこで部品に精密さを求めるのは、どちらだろうか?

 意外なことに、フォード社なのだ。

 ロールス-ロイス社は、職人が丁寧に組み立てる。そこで部品のサイズが合わなければ、ヤスリで削って調整する。それぞれピッタリ合わせるので、ガタつくことはない。ぶっちゃけ古いやり方だが、だからこそ品質を保証できる。

 だが、フォード社は流れ作業だ。合わない部品があると、そこで作業が止まってしまう。だから、予め部品の規格や誤差範囲を厳しく決め、守らせる。部品の精密さでは、フォード社の方が要求は厳しいのだ。

低コストでたいした複雑さもなく、記憶にもさして残らないフォード車のほうが、(ロールス・ロイス車より)精密さがより重要な生命線となっていた。
  ――第5章 幹線道路の抗しがたい魅力

 「ニコイチ」や「共食い整備」なんて言葉もある。壊れた二台の自動車から使える部品を取り出して組み合わせ、一台の動く自動車を組み立てる、そんな手口だ。これは意外と現代的な概念だとわかるのが、「第3章 一家に一挺の銃を、どんな小屋にも時計を」だ。

 この章は1914年の米英戦争さなかの合衆国で幕を開ける。当時、マスケット銃の部品が壊れたら、どう直すか? 現代なら、他の部品に交換するだろう。だが、当時はできなかった。当時の銃は、ロールス-ロイス社風の方法で作っていたからだ。部品を交換するには、職人の所へ持っていき、調整してもらう必要があった。そうしないと、「合わない」のだ。当時の製品は、みんなその程度の精度だったのだ。

 これを変えたのが、フランスのオノレ・ブラン(→Wikipedia)。彼の造った銃は…

どの部品も完全に互換性をもっていた。
  ――第3章 一家に一挺の銃を、どんな小屋にも時計を

 逆に言えば、同じ工業製品の同じ部品でも、互換性がないのが普通だったのだ、当時は。軍事ヲタク界隈じゃ共食い整備は末期症状と言われるが、そんな事が出来るのも精密さのお陰だったりする。

 こういった互換性の基礎をもたらしたのが、私たちの身の回りに溢れているシロモノなのも意外。

(ジョゼフ・)ホイットワース(→Wikipedia)は、あらゆるネジの規格を統一するという発想を推し進めた
  ――第4章 さらに完璧な世界がそこに

 そう、ネジなのだ。実際、よく見ると、ネジって長さや太さやネジ山の高さや距離など、予め規格がキッチリ決まってないと困るシロモノなんだよね。本書の前半では、他にもネジが重要な役割を果たす場面が多くて、実はネジが工学上の偉大な発明である事がよくわかる。

 後半では、こういった精密さが更に桁を上げた現代の物語へと移ってゆく。

 特に「第6章 高度一万メートルの精密さと危険」がエキサイティングだった。ここでは航空機用ジェット・エンジンの誕生と現状を語る。そのジェット・エンジン、理屈は単純なのだ。原則として動くのは「回転するタービンと圧縮機だけ」。可動部が少なければ、それだけ機械としては頑丈で安全となる…はず。理屈では。

フランク・ホイットル(→Wikipedia)
「未来のエンジンは、可動部が一つだけで2000馬力を生み出せるようでなければならない」
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 ホイットルを支援する投資会社のランスロット・ロー・ホワイトの言葉も、エンジニアの魂を強く揺さぶる。

「大きな飛躍がなされるときは、かならず旧来の複雑さが新しい単純さに取って代わられるものだ」
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 そうなんだよなあ。私は初めて正規表現に触れた時、その理屈の単純さと応用範囲の広さに感動したのを憶えてる。新しい技術は、たいてい洗練された単純な形で出てきて、次第に毛深くなっちゃうんだよなあ。

 まあいい。ここでは、蒸気からレシプロそしてタービンまで、モノを燃やして力を得るエンジンの神髄を説く言葉も味わい深い。

(エンジンは)熱ければ熱いほど速くなる
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 モノを燃やすエンジンは、すべてボイル=シャルルの法則(→Wikipedia)に基づく。曰く、気体の体積または圧力は、温度に比例する。モノを燃やすエンジンは、高温で体積が増える気体の圧力がパワーの源だ。よってパワーを上げるには、エンジンの温度を高く(熱く)すればいい。

 だが、エンジンは金属だ。金属は熱くなると柔らかくなり、ついには溶ける。この相反する要求を叶えるには、なるたけ高温に耐える素材を使うこと。冶金技術が国力の源である理由が、コレだね。もう一つ、高熱にさらされるエンジン内でタービン・ブレードの温度を下げる手もある。これを叶えるロールス-ロイス社の工夫が凄い。

 実はこの辺、「ジェット・エンジンの仕組み」にも書いてあったんだが、すっかり忘れてた。わはは。

 この章では、他にも「ホイットルの時代の初歩的なジェットエンジンであっても、(吸い込む空気の量は)ピストンタイプのざっと70倍」とか、ジェットエンジンつかガスタービンの布教としか思えぬ記述が溢れてる。

 それはともかく、そんなロールス-ロイス社のトレント900エンジンを積んだエアバスA380機が、2010年に事故を起こす。カンタス航空32便エンジン爆発事故(→Wikipedia)だ。原因はエンジン部品の不良。この事故を調べたオーストラリア政府による事故調査報告書は、教訓に富んでいる。

複雑な社会技術システムは、元々内在する性質により、絶えず監視されていなければ自然と後退するという傾向を持つ。
  ――第6章 高度一万メートルの精密さと危険

 複雑で精密なシロモノは、放っとくと劣化するのだ。これはモノだけでなく、製造・流通・運用など全ての過程で関わるヒトや組織にも当てはまる。特に、コスト削減とかの圧力が加わった時は。なら、原子力発電も…などと考えてしまう。

 以降、本書は騒ぎとなったハップル天文台や現代では必需品となったGPSそして集積回路を経て、第10章ではなぜか日本が舞台となる。ここの記述は日本人としてはいささか気恥ずかしさすら覚えるほどの日本賛歌なので、お楽しみに。

 今や当たり前となったネジや部品交換そして互換性の概念は、意外と近年に生まれた考え方だった。私たちの暮らしを楽しく便利にしてくれる様々な工業製品も、巷で話題のグローバル経済も、先人が創り上げた精密さの上に成り立っている。そんな感慨に浸れると共に、歴史の教科書ではあまり触れられない職人たちの人物像にも光を当てた、一風変わった歴史と工学の本だ。

【関連記事】

| | コメント (0)

2023年12月 1日 (金)

デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店 酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳

本書を書くことは、ある政治的な目的に奉仕することでもある。
  ――序章 ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)現象について

ブルシット・ジョブのばあい、三つの問いを立てることができる。

  1. 個人的な次元。なぜ人びとはブルシット・ジョブをやることに同意し、それに耐えているのか?
  2. 社会的・経済的次元。ブルシット・ジョブの増殖をもたらしている大きな諸力とはどのようなものか?
  3. 文化的・政治的次元。なぜ経済のブルシット化が社会問題とみなされないのか。なぜだれもそれに対応しようとしていないのか。
  ――第5章 なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?

真の完全雇用は強力な「賃金上昇圧力」をもたらすために、ほとんどの政策立案者が実質的にはこの理想の完全なる達成を望まない。
  ――第5章 なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?

アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンの1861年の一般教書演説
「資本は、労働の果実に過ぎず、そもそも労働が存在しなければ、その存在もあり得ない。労働は資本に優っているのであって、はるかに敬意を払うべきなのである」
  ――第6章 なぜ、一つの社会としてのわたしたちは、無意味な雇用の増大に反対しないのか?

【どんな本?】

 ブルシット・ジョブ。クソどうでもいい仕事。著者はこう定義する。

最終的な実用的定義=ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完全に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうでないと取り繕わなければならないように感じている。
  ――第1章 ブルシット・ジョブとはなにか?

 「シンドいけど稼げない仕事」では、ない。例えばビル清掃は低賃金だが、建物を美しく清潔に保ち、ビル利用者の体と心の健康に役立つ。よってブルシット・ジョブではない。そうではなく、明らかに何の役にも立たない、資源と時間の無駄遣いでしかない、それどころか自分の本業や他人の邪魔にしかならない。でも、世の役に立つフリをしなきゃいけない、そんな仕事だ。往々にしてホワイトカラーに多い。

 IT革命でホワイトカラーの仕事は減っているハズだ。算盤は電卓からExcelになったし。でも、世間じゃ過労死が話題になっている。なぜ労働時間は減らない? おかしくないか? 技術革新で、私たちの仕事は楽になるハズなのに。

 というか、どうもこの世界には妙な法則があるようだ。

他者のためになる労働であればあるほど、受け取る報酬がより少なくなるという一般的原則
  ――第6章 なぜ、一つの社会としてのわたしたちは、無意味な雇用の増大に反対しないのか?

 著者はブルシット・ジョブを主題とした小論文を発表し、その意外な反響に驚いた。著者が思ったよりはるかに多くの人が、自分の仕事はブルシットだと感想を寄せたのだ。そして、もちろん、強烈な反論もあった。

 ブルシット・ジョブに就いていた人の体験談や、反論への著者の応答もまとめ、そもそも働くとは何か、私たちは仕事をどう思っているか、何を仕事に期待しているのか、そんな発想をいつどこで吹き込まれたのかなど、私たちが抱えている常識を根底から掘り起こしつつ、ブルシット・ジョブに現れる私たちの思想と社会の構造の根幹を明らかにし、よりよい社会を夢想する一般向けの啓蒙書。

 あ、当然、岩波書店なんで、そういう思想の偏りはあります。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Bullshit Jobs : A Theory, by David Graeber, 2020。日本語版は2020年7月29日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約364頁に加え、酒井隆史による訳者あとがき22頁。9.5ポイント48字×21行×364頁=約366,912字、400字詰め原稿用紙で約918枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 書名の親し気な印象に反し、意外と文章は硬い。それもそのはず、学者(文化人類学者)の書いた本で、訳者も学者だ。よって訳文も、著者の意図を正確に伝えようと工夫しているが、親しみやすさは犠牲になった。ただ、内容は難しくない。アルバイトであっても働いた経験があれば、「あるある」と身につまされる話も多い。

 マックス・ウェーバーやカール・マルクスなど歴史上の学者や有名人の名前や言葉も出てくるが、知らなくても大丈夫。ちゃんと本文中に説明がある。また、「バイス・プレジデント・フォー・クリエイティヴ・ディベロプメント」みたくカタカナの偉そうな単語もあるけど、「なんか小難しくてご大層だよな」程度に思っていれば充分。だってぶっちゃけハッタリだし。

【構成は?】

 学者の書いた本だけあって、前の章を受けて後の章が展開する形だ。だから、できれば頭から順に読む方がいい。

クリックで詳細表示
  • 序章 ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)現象について
  • 第1章 ブルシット・ジョブとはなにか?
  • 第2章 どんな種類のブルシット・ジョブがあるのか?
  • 第3章 なぜ、ブルシット・ジョブをしていいる人間は、きまって自分が不幸だと述べるのか? 精神的暴力について 第1部
  • 第4章 ブルシット・ジョブに就いているとはどのようなことか? 精神的暴力について 第2部
  • 第5章 なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?
  • 第6章 なぜ、一つの社会としてのわたしたちは、無意味な雇用の増大に反対しないのか?
  • 第7章 ブルシット・ジョブの政治的影響とはどのようなものか、そしてこの状況に対してなにをなしうるのか?
  • 謝辞/原注/訳者あとがき/参考文献

【感想は?】

 そう、文章はお堅い。だが、笑える所も多い。そういう点で、通勤列車では読めない本だ。物理的にも重いし。

 なんといっても、主題の「ブルシット・ジョブ」を定義する「第1章 ブルシット・ジョブとはなにか?」が長すぎる。学者らしく、定義の厳密さにこだわっているのだ。ここで私は、「著者は真剣に読むよう求めてるんだな」と覚悟を決めた。

 続く第2章でも、とりあえずブルシット・ジョブの分類を試みる。

ブルシット・ジョブを五つに分類する(略)
取り巻き(flunkies)、脅し屋(goons)、尻ぬぐい(duct tapers)、書類穴埋め人(box tickers)、タスクマスター(taskmasters)と呼ぶつもりだ。
  ――第2章 どんな種類のブルシット・ジョブがあるのか?

 …のだが、実はこの分類、あまし後の章では意味をなさない。せいぜい「取り巻き」や「脅し屋」なんて言葉の説明になっているって程度。まあ、「とりあえず分類する」のが文化人類学のオーソドックスな手法なんだろう。

 なんてお堅い学問の手法に沿って書かれた本だが、文中で大量に紹介している、「ブルシット・ジョブの経験者」たちの話が楽しすぎる。いや本人にとっては笑い事じゃないんだが、たぶん多くの人が経験している(けど大っぴらには話せない)エピソードの連続で、やっぱり笑っちゃうのだ。そうだよね、lynx(→Wikipedia) は暇なホワイトカラーの心強い友だよねw

 加えて、日頃から「そうじゃないかな」と思ってたのが、「やっぱりそうだった」と納得できる挿話も楽しい。例えばWebのバナー広告。あれウザいだけで見る奴なんかいるのか、と思ってたが…

バナー広告の制作販売をしている企業(活動)は、すべて基本的に詐欺だということだ。広告を販売する代理店の保持する調査からは、ウェブ閲覧者は〔広告を〕ほとんど気にも留めず、それらをクリックすることなどほぼ皆無だということがはっきりしているそうだ。(略)
問題はただ顧客の〔自己〕満足のみだった。
  ――第4章 ブルシット・ジョブに就いているとはどのようなことか? 精神的暴力について 第2部

 わはは。やっぱりいなかった。しかも、広告代理店も知ってるのがタチが悪い。結局、広告は広告主の自己満足でしかないらしい。

 もっとも、笑っていられるのは他人事だからで、自分が無意味な書類を作ったり無意味な会議に出る立場となると、なんともムカつくものだ。せめて「頭数を揃えるため、要は群集のエキストラ」とハッキリ言われれば納得しようもあるんだが、無駄な広告のために真面目に考えるフリして企画会議で発言せにゃならんとなると…。

 そんな気持ち、ちょっと前なら「もにょる」とか表してたが、その原理や原則を明らかにしてくれるのは嬉しい。

他人のつくった、ごっこ遊びゲームに参加しなければならないということは、やる気を挫くものなのだ。
  ――第3章 なぜ、ブルシット・ジョブをしていいる人間は、きまって自分が不幸だと述べるのか? 精神的暴力について 第1部

 そう、誰かが「真面目な会議のフリ」を求めてて、それに付き合わされているからムカつくのだ。せめて広告が実際に売り上げを増やしてるならともかく、ペテンだし。

 それでも、高い給料を貰ってるなら嬉しいよね、と私たちは考える。

ひとというものは働かず大金をもらえるのなら無条件に嬉しいものである、ともわたしたちは慣習的に考えているのだ。
  ――第3章 なぜ、ブルシット・ジョブをしていいる人間は、きまって自分が不幸だと述べるのか? 精神的暴力について 第1部

 が、意外とそうでもない。実際、追い出し部屋(→Wikipedia)なんてのが話題になった。

自由な意思にゆだねられた状況において、有益なことがなにもできないとなると、ひとはそれ以上に憤りをおぼえるものなのです。
  ――第3章 なぜ、ブルシット・ジョブをしていいる人間は、きまって自分が不幸だと述べるのか? 精神的暴力について 第1部

無意味さはストレスを悪化させる
  ――第4章 ブルシット・ジョブに就いているとはどのようなことか? 精神的暴力について 第2部

 まあ、追い出し部屋は「クビを切りたいけど切れない」という、企業の利益に基づいた側面もある。だが、どう考えても誰の利益にもならない、企業の利益にすらならない仕事も多い。それも、著者の予想を超えて多かった。そこで…

わたしの第一の目標は、社会的効用や社会的価値の理論を展開することではなく、私たちの多くが自分の仕事に社会的効用や社会的価値が欠けていると内心考えながら労働している事実のもたらす、心理的、社会的、そして政治的な諸効果を理解することにある。
  ――第2章 どんな種類のブルシット・ジョブがあるのか?

 ブルシット・ジョブが、その従事者や社会にどんな影響を及ぼすのか。著者はそれを考え、追及する。

 どうも雇用側は、少なくとも日本の企業は、ブルシット・ジョブが従事者に与える影響を判っていたんだろうなあ。だから追い出し部屋なんて手を使った。その効果とは…

ブルシット・ジョブは、ひんぱんに、絶望、抑うつ、自己嫌悪の感覚を惹き起こしている。それらは、人間であることの意味の本質にむけられた精神的暴力のとる諸形態なのである。
  ――第4章 ブルシット・ジョブに就いているとはどのようなことか? 精神的暴力について 第2部

 加えて、職場全体の雰囲気も悪くする。

職場の人びとに見られる攻撃性とストレスの度合いは、かれらが取り組んでいる仕事の重要性に反比例する
  ――第4章 ブルシット・ジョブに就いているとはどのようなことか? 精神的暴力について 第2部

 ブルシットな職場は、そこで働く者も嫌な奴にしてしまうのだ。案外と、学校でのいじめも、こういう原因、つまり学校で学ぶ事柄に意味を見いだせないから…と思ったが、いじめっ子って、妙に学校が好きなんだよなあ。あれ、なんでなんだろうね。

 まあいい。いずれにせよ、ブルシット・ジョブが増えるのは、ロクなもんじゃない。例えば、最近の映画は委員会方式で資金を調達してる。で、パトロンは映画に何かと口出しする。その結果…

映画愛好家はもちろん、映画を観る人間によってすら映画がつくられることがなくなった
  ――第5章 なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?

 なんて映画ファンには悲しい状況になってしまった。アニメ好きなら、某け〇フレ騒動が記憶に新しい。音楽もそうで、だいぶ昔から日本の音楽番組は…いや、やめとこう。

 なんでこんな世の中になったのか。著者は善行信号(Virtue Signaling)(→Wikipedia)とかを持ち出すが、正直言って私はあまり納得できなかった。たぶん、あまし他人の善行信号が気にならない性格だからかも。いや善行信号を出せる資産と知名度は妬ましいんだが。

 最終章で一応の対応策の叩き台を示すんだが、著者は自信なさげだし、言い訳もしてる。

本書は、特定の解決策を提示するものではない。問題――ほとんどの人びとがその存在に気づきさえしなかった――についての本なのだ。
  ――第7章 ブルシット・ジョブの政治的影響とはどのようなものか、そしてこの状況に対してなにをなしうるのか?

 主題は「問題がある」と指摘することで、解決策はみんなで考えようよ、そういう姿勢だ。もっとも、著者が示す叩き台の根底にある思想が、私が大好きなSF作家ジェイムズ・P・ホーガンの傑作「断絶への航海」と通じるものがあって、密かにニヤニヤしてしまった。SNSで「いいね」を求める気持ちとか、確かにそうだよなあ

 …って、話がズレた。

 最後にもう一つケチをつけよう。巻末の原注が面白すぎる。「パレスチナ問題が解決したら多くのNGOや国連職員が存在価値を失う」とか、「ベルギーは長い政治空白(→Wikipedia)があったが流行りの緊縮財政の悪影響を受けずに済んだ」とか。こういう楽しい挿話は、本文中に書いてくれ。読み逃しちゃうじゃないか。

 岩波書店にふさわしい思想の偏りはあるが、私たちが自分でも気づかなかった思い込みに気づかされるのは、脳みその溝に溜まった澱を洗い流されるようで、なかなか気持ちよかった。無駄な書類仕事などのブルシット・ジョブを多少なりとも抱えている人なら、同士に出会えて「お前とはいい酒が飲めそうだ」な気分になるだろう。

【関連記事】

| | コメント (0)

« 2023年11月 | トップページ | 2024年1月 »