「アメリカ政治学教程」農文協
この本は(略)新しく政治学を学ぼうとする学徒に政治学の全貌を示そうとしている
――序文有権者は候補者をそれぞれの政策のためにではなく個性や演説に基づいて選ぶらしい。
――第5章 実際問題としての民主政治合法性の手っ取り早いテストは、それゆえにいかに多くの警察が必要であるかを見ることである。
――第7章 政治文化20世紀においてはこの(裁判所の)政治的権力は増え続けている。
――第17章 司法制度と裁判所病院や医師は、いったん支払いが保証されれば節約する誘因をもたない。
――第18章 公共政策
【どんな本?】
アメリカ合州国の大学の政治学の教科書:基礎編。
政治学は広く、多くの分野がある。また学派ごとに主張が異なる。本書は広く政治学の全般を見渡し、また様々な学派の主張を併記して、政治学の全貌を読者に示す。
ただし、あくまでもアメリカ合州国における教科書であり、制度や政治状況などの例も合州国のものが中心だ。紹介する学派もアメリカ合州国の学派であり、例えば共産主義・共産国の評価はお察し。
それと原書の出版は1997年であり、四半世紀ほど古い。よってバラク・オバマもドナルド・トランプもウラジミール・プーチンも出てこない。合州国以外では西欧の例が多く、日本の記述はオマケ程度。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Sixth Edition Political Science : An Introduction, by Michael G. Roskin, Robert L. Cord, James A. Medeiros, Walter S. Jones, 1997。監修は小倉武一、訳は大戸元長・林利宗・有松晃・山下貢・井上嘉丸。日本語版は1999年3月5日第1刷発行。単行本ハードカバー横一段組み本文約604頁。9ポイント35字×29行×604頁=約613,060字、400字詰め原稿用紙で約1,533枚。文庫なら上中下3巻ぐらいの大容量。
意外と文章はこなれていて読みやすい。内容のややこしさも中学の社会科の教科書程度だ。政治制度も意外と基本的な事から説明しているので、外国人の私もあまり戸惑わずに済んだ。例えば合州国の選挙では事前に登録が必要とか。ただし出てくる人名や例は合州国のものばかりだし、出版年の関係で古いネタが多いので、そこは覚悟しよう。
【構成は?】
各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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- 訳者序文/序文
- 第1部 政治の基礎
- 第1章 政治学とは?
- 正当性(legitimacy)の三つの面
正当性/主権/権威 - 政治権力
生物学的/心理学的/文化的/合理的/非合理的/合成物としての権力 - 政治は科学か?
明確に見るための努力/政治学の効用は何か? - 変化する政治学
行動主義後の合成 - 理論の重要性
- 現実の単純化
政治システム/システムの難点 - 推奨文献/注記
- 正当性(legitimacy)の三つの面
- 第2章 国民、国家、および政府
- 国家(Nation)の観念
独立国家としての地位の構成分子/国家建設上の難関/戦争の役割 - 政府:政府とは何か、そして何をなすのか
政府の共通の目標/近代化の主体としての国家/政府の分類 - 近代政府:公共政策の作成
公共政策:実質的と象徴的 - 推奨文献/注記
- 国家(Nation)の観念
- 第3章 個人と憲法
- 近代世界における憲法
それぞれの土地での最高の法/憲法の目的 - 憲法の適応性
合州国憲法/憲法の適応性:それは権利を保障できるか? - 合州国における表現の自由
表現の自由の歴史 - 憲法による政府:それは何かを保証できるのか
- 推奨文献/注記
- 近代世界における憲法
- 第4章 民主主義、全体主義、権威主義
- 近代民主主義
代表制民主主義 - 全体主義政府
全体主義とは何か?/全面支配のイメージと現実 - 権威主義
権威主義と開発途上国/権威主義体制の民主化 - 推奨文献/注記
- 近代民主主義
- 第5章 実際問題としての民主政治:多元主義者とエリート主義者の見解
- 二つの理論:エリート主義と多元主義
エリート主義/多元主義 - 誰がアメリカを支配するか?
エリートの見解/多元主義者の見解 - 複合エリート:総合
- 推奨文献/注記
- 二つの理論:エリート主義と多元主義
- 第2部 政治的態度
- 第6章 政治的イデオロギー
- イデオロギーとは何か
- 主要なイデオロギー
古典的自由主義/古典的保守主義/近代的自由主義/近代的保守主義/マルキスト社会主義/社会民主性/共産主義/民族主義/ファシズム - われわれの時代におけるイデオロギー
共産主義の崩壊/新保守主義/地域共同体主義/男女同権主義/環境保全主義 - イデオロギーは終わったか?
- 推奨文献/注記
- 第7章 政治文化
- 政治の環境:政治文化
政治文化とは何か?/市民文化/アメリカにおける参加 - 政治文化の衰微
エリートと大衆文化/政治的下位文化 - 政治的社会化
政治的社会化の役割/社会科の担い手 - 推奨文献/注記
- 政治の環境:政治文化
- 第8章 世論
- 世論の役割
世論の構造/世論の様式 - 世論調査
世論調査の歴史/調査の技法/世論調査はどれだけ信頼できるか? - アメリカの世論
大統領の人気/自由主義者と保守主義者/誰が注意するか?/世論調査は公平か?/アメリカは世論調査によって統治されるべきか? - 推奨文献/注記
- 世論の役割
- 第3部 政治的相互作用
- 第9章 政治的情報の伝達とメディア
- 政治におけるコミュニケーション
コミュニケーションのレベル/現代マスメディア - ジャイアント:テレビジョン
TVニュース/テレビジョンと政治/テレビジョン:所有と統制/欧州の経験 - 私たちが受けているサービスは貧しいのか?
敵対者:メディアと政府 - 推奨文献/注記
- 政治におけるコミュニケーション
- 第10章 利益集団
- 利益集団とは何か?
利益集団と政党との違い/利益集団:誰が所属するのか?/利益集団と政府/利益集団としての官僚 - 効率的な利益集団
政治文化/金銭:政治活動委員会(PACs)の興隆/争点:単一争点集団の興隆/規模とメンバ―シップ/アクセス - 利益集団の戦略
立法府への接近/行政府への接近/司法府への接近/その他の方策 - 利益団体:ある評価
利益団体は主張をどこまで明確に表明しているか?/利益団体:教育者か宣伝者か?/政治的権力の手詰まり化 - 推奨文献/注記
- 利益集団とは何か?
- 第11章 政党と政党制
- 政党の機能
民主主義における政党/共産主義諸国における政党 - 政党の種類
「全包含」(CATCHALL)政党の出現/政党分類の基準 - 人員補充と資金の調達
人員補充/政党の資金調達 - 政党制
政党制の類別/競争の程度/政党制および選挙制/合州国の政党制:変化の可能性は? - 推奨文献/注記
- 政党の機能
- 第12章 投票
- 人々はなぜ投票するのか?
誰が投票するのか? - 人々はどのように投票するのか?
政党への帰属性/誰がどのように投票するのか? - 選挙民の再編成
選挙民の分解(Electoral Dealignment) - 誰が選挙を勝ち取るか?
候補者の戦術と有権者のグループ - 推奨文献/注記
- 人々はなぜ投票するのか?
- 第4部 政治制度
- 第13章 政治の基本構造
- 政治機関(Political institution)とは何か?
- 君主国か共和国か
- 一元国家か連邦制か
一元的制度/連邦制度/合州国政府のバルカン化/一元的国家と連邦国家の混在 - 選挙制度
1人区選挙制(小選挙区制)/比例代表制/制度の選択 - 推奨文献/注記
- 第14章 立法府
- 大統領府と議院内閣制
議院内閣制の長所/議院内閣制の問題点 - 立法府の役割
法律の制定 - 議会の構造
2院制と1院制/委員会制度 - 立法府の衰退
- 議会制度のジレンマ
- 推奨文献/注記
- 大統領府と議院内閣制
- 第15章 執行部
- 大統領と総理大臣(首相)
- 任期の問題
- 執行部の役割
尊大な大統領職? - 大統領の人柄
執行部の指導者像 干渉型か傍観型か - 不具の大統領
- 内閣
- 過大な期待は危険
- 推奨文献/注記
- 第16章 政府と官僚制度
- 官僚制度とは何か
合州国の連邦官僚組織/外国における官僚制度/官僚制度の特徴 - 現代の政府における官僚制度の役割
一般的役割 - 官僚制度の問題点
官僚組織:行政官か政策担当者か/官僚制度対策/官僚制度と社会 - 推奨文献/注記
- 官僚制度とは何か
- 第17章 司法制度と裁判所
- 法の本質/法とは何か/法の種類
- 法的制度(法制)
英国の慣習法/ローマ法典/両制度に共通する特徴 - 裁判所、裁判官、法曹界
合州国の裁判所組織/裁判官/裁判所組織の比較/英国の裁判所制度/ヨーロッパの裁判所組織/旧ソビエト連邦における法 - 裁判所の役割
合州国最高裁判所/最高裁判所の政治的役割/裁判官の見解/裁判所の政治的影響力/裁判所の限界 - 推奨文献/注記
- 第5部 政治システムの営み
- 第18章 公共政策
- 政策とは何か?
- 経済政策
政府と経済 - 誰に何の受給権があるか
貧困とは何か?/福祉の費用/受給権のとりこ/福祉とイデオロギー - 結語:政府の大きさはどのくらいであるべきか?
- 推奨文献/注記
- 第19章 暴力と革命
- 体制崩壊
徴候としての暴力/暴力のタイプ/暴力の原因としての変化 - 革命
革命的政治戦争/革命の諸段階/事例研究としてのイラン - 革命の後
革命の衰退/反共主義革命 - 推奨文献/注記
- 体制崩壊
- 第20章 国際関係
- 主権なき政治
勢力と国益 - なぜ戦争か?
ミクロ理論/マクロ理論/誤認/平和の維持 - 冷戦
戦争抑止/「手を広げすぎた」ソ連 - 国際体制
- 外交政策:関与かそれとも孤立か?
- 主権を越えて
- 推奨文献/注記
- 主権なき政治
- 人名索引
【感想は?】
モロに社会科の教科書・政治編だ。
実は政治学を胡散臭く思っていたんだが、どうも政治哲学と混同していたらしい。
政治哲学者は、得てして、人々がそれらの決定に従うべきかまたは従うべきでないかを問うものであり、
政治学者は、人々が何故に従うのか、または従わないのかを問うものである
――第1章 政治学とは
そして本書は政治学の本であり、「こうすべき」的な記述は少ない。とはいえ、やはり学派ごとに主張の違いはあり、ややこしい問題は複数の論とその反論を挙げ、「困ったもんだ」と投げ出す所も多い。それもまた基礎編の教科書としちゃ誠実だし、公平でもある…少なくとも、合州国の基準では。
いや別に合州国が最高!な論調じゃない。ただ旧ソ連やクメール・ルージュは失敗と断じていて、そこに納得できない人もいるだろうし。そう考えると、政治学が許されるのは自由主義国だけだね。
その自由主義の嬉しい点の一つは、言論の自由があることだ。様々な論が出てくるが、その原因の一つは人によりイデオロギーが違うからだ。このイデオロギーについて、本書はかなり皮肉な姿勢を示す。まずイデオロギーの定義だが。
イデオロギーは、物事が現在あるよりも、一層良くなる可能性があるという信念から始まる。
――第6章 政治的イデオロギー
脳内には理想の社会があるが、現実は違う。現実を理想に近づけようとするのがイデオロギーの原動力ってわけ。なんか解る気がする。いずれにせよ結論は「俺が正しい」なんだけど。
これが分かりやすい形で出てくるのが、福祉政策。合州国は福祉を削りたがる共和党と増やしたがる民主党って状態なので、教科書の例として実に都合がいい。
福祉あるいは受給権についての討論は強烈なイデオロギーに基づいている。
――第18章 公共政策
これに対する本書の姿勢をハッキリ示すのが、次の一文。
イデオロギーが支配するところでは理性は聞き入れられるのが難しい。
――第18章 公共政策
と、決着をつけず放り投げてたり。冷たいようだが、現実を直視した姿勢でもある。この辺は「社会はなぜ左と右にわかれるのか」が参考になります。
また、各党内のイデオロギーのバラつきについても、意外な指摘があったり。
政治的指導者は実際上、追随者よりも強力なイデオロギー上の見解をもち、また、これに対して平の党員の弱体で一貫性のないイデオロギーが、指導者が争点に対して確固とした立場を取ろうとする足を引っ張っている
――第11章 政党と政党制
政治家は誰でも多かれ少なかれ「俺が正しい」って信念を持ってるだろうけど、彼らを率いる者は信念がより強いんだな。まあ、支持者も、自信にあふれた候補者の方が頼もしく感じるしね。とすっと某首相の「聞く力」は…ゲフンゲフン。
その某首相、最近は支持率が落ちてるけど、これは普遍的な現象でもあるのだ。
大統領は高い人気で出発し、やがて低迷する。
――第8章 世論
昔は「ご祝儀相場」なんてのもあって、首相が変わると株価も上がったんだよね。つまり世間も新しい指導者に期待したんだ。合州国だと、「大統領は2期まで」って不文律があり、これが大統領の姿勢に影響する。
合州国の場合、(略)大統領は最初の任期の間は、再選の問題で頭がいっぱいだから、よいイメージづくりにかまけて、大胆な政策を実行する余裕がない。(略)第2期になってやっと自分の本領を発揮できる
――第15章 執行部
最初から暴れまくったトランプは例外…というか、元々が政治家じゃないのも大きいんだろう。その大統領制、日本や英国のような議院内閣制との違いは、閣僚の面子だ。
合州国やブラジルのような大統領制の下では、長官や大臣は現職の政治家ではなくて、実業家とか弁護士とか学者が多い。
――第15章 執行部
いわゆる民間からの登用が増える。コリン・パウエルみたく軍人もあるし。また内閣が行政に強い影響力がある。逆に議院内閣制だと、政治家が多い。これも善し悪しで。
合州国政府における腐敗汚職事件は、ほとんどすべてこれら政治的任命による政府職員のなす業であって職業的官僚のなすところではない。
――第16章 政府と官僚制度
意外と生粋の官僚は汚職に手を染めないらしい。もっとも、これは状況によりけりで。
一つの政党が権力を独占する場合、そのイデオロギーの論理のいかんにかかわらず、必然的に腐敗に至る。
――第11章 政党と政党制
合州国みたく10年以内に政権政党が変わるなら内閣が行政の人事に介入しても腐りにくいけど、長期政権が続くとどうしても腐るのだ。その典型が共産党一党独裁体制で。
旧ソ連は、近代世界におけるもっとも官僚的国家であったし、それこそがその崩壊の一因でもあった。
――第16章 政府と官僚制度
と、官僚は実に評判が悪い。小役人なんて言葉もある。これは古今東西で共通らしい。
官僚制度を好む国は世界中どこにもない。
――第16章 政府と官僚制度
にも拘わらず、やっぱり官僚は必要だし、どうしてものさばっちまうもんらしい。
古今東西の政府(民主政権、独裁政権、軍事政権のいずれを問わず)が、この官僚組織を完全に抑えきれなかった
――第16章 政府と官僚制度
一定のルールや手続きに従ってモノゴトを進めるのは、融通が利かないように思えるけど、同時に世の中の急激な変化を抑える安全装置でもあるのかも。
そういった、世の中の変化を先導するのが「世論」なんだが、本書の評価は辛らつだ。
「世」(public)論などというものはほとんどないことが多いのであって、問題に注意を払い、強烈にそれらに関心を持ちつつ散らばっている少数グループの意見があるだけである。
――第8章 世論
何であれ、一部のうるさい輩が騒いでるだけ、みたいな姿勢である。まあ、実際、たいていの問題は、その問題のスタアと結びついてたたりする…少なくとも、私たちの記憶のなかでは。これらの世論を郵送するのがマスコミだが、彼ら、特にテレビの焦点の当て方は…
TVによる候補者の放映はその人の主張ではなくて人柄に焦点を当てる。
――第9章 政治的情報の伝達とメディア
某元首相のパンケーキとかは、モロにコレだね。タレントとして消費しちまうのだ。それより、某教団との関係とか、政治的に重大なネタは幾らでもあるだろうに。もっとも、視聴者にしたって、モノゴトの深い事情をじっくり聴きたいワケじゃなかったりする。この辺の事情は、「ドキュメント 戦争広告代理店」にも書いてあった。今、盛んに報道してるガザの紛争にしても、第一次中東戦争あたりからの歴史やイスラエル・パレスチナ双方の社会構造を知っている人は少ないと思う。いや私もよくわかってないけど。
さて、その世論が候補者を選ぶのが民主主義社会なんだが、最近の日本は投票率がドンドン落ちてる。投票率によって、各政党の有利不利も変わる。投票率には様々な要因があるんだが、その一つが…
大きな危機が起こった年には、有権者の出足は高くなるが、物事が割合スムースにいった年には、有権者は比較的無関心になるようである。
――第12章 投票
無関心というと悪口のようだが、大抵の選挙は新人や前職より現役が有利だ。それを考えると、不熱心な信認とも言えるんだろう。スムースにいってるんなら、今のままでいいじゃんって理屈だ。これはソレナリに民主主義の理念に沿っているのかも。
投票率の低下には、他の原因もある。
1人区選挙制は(略)2大政党は(略)似通った政策を打ち出さざるを得ない。その結果、(略)有権者の無関心と低い投票率に終わることになる。
――第13章 政治の基本構造
これは「二大政党制で両党の政策が似てくるわけ」なんて記事を書いたんで、覗いてみてください。とはいえ、最近の合州国大統領選挙は、ドナルド・トランプなんて強烈なキャラクターが出てきたため、あまり現状に合ってない気もするけど、あなたが住む土地の知事選挙や市町村長選挙を思い浮かべて欲しい。「誰に投票しろってんだ」的な愚痴はよく聞くし。
さて、都道府県や市町村の議会は一院制だけど、日本の国会は二院制だ。参議院の存在意義を問う論説は昔からあった。これは本書も辛辣で…
一般に上院は、その名にもかかわらずその力は下院よりも下である。(略)
一元的国家における上院の有用性は、しかし明らかでない。
――第14章 立法府
一元的国家ってなんじゃい、と言われそうだが、合州国やドイツみたいな連邦国家じゃない国の事です、はい。合州国だと、州ごとに2名づつの上院と、人口比で人数が違う下院って構成。日本だと参議院は良識の府とか言われてたけど、首相は衆議院議員ばっかりだよね。
こういった平時の話だけでなく、終盤ではクーデターや革命や戦争など物騒な話も出てくる。革命について本書は極めて否定的で、ロクなモンじゃないとバッサリ。実際、強硬な独裁政権になりがちだし。フランス革命も、フランスじゃ賛否両論だとか。合州国独立も、革命か戦争かで論が分かれてる。明治維新は成功した例だと思うんだが、どうなんだろ。
幸か不幸か、現代社会では…
重大な国内不安に対する最も普通の対応は、まったく革命ではなくて軍部の乗っ取りである。
――第19章 暴力と革命
一時期のタイじゃしょっちゅう軍がクーデターやってた。まあ、アレは前陛下(→Wikipedia)への信頼あっての事らしく、代替わりしてからはムニャムニャ。シリアやミャンマーも軍が政権を握ったなあ。
さて、たいてい革命政権ってのは、成立直後は不安定なモンで、反動も出る。ロシア革命も赤と白で争ってたり、合州国の裏庭である中南米も不安定な政権が多いが…
ラテンアメリカでは一部のクーデターに続く反革命テロは、革命家が果たしたどんな仕業よりもずっと血まみれである。
――第19章 暴力と革命
チリのピノチェト政権(→Wikipedia)とかね。ぶっちゃけ中南米の軍事政権は合州国/CIAが関わってるのが多くて、「バナナの世界史」にも挿話が幾つか。まあ、冷戦時だし。
そんな革命やクーデターの原因は、往々にして経済だ。貧しくなったんで不満が爆発ってのは分かりやすいが、豊かになるのも善し悪し。
経済的変化は最も(社会を)不安定にしうる。経済的変化についての奇妙なことは、改善が貧窮と同じくらい危険でありうることである。
――第19章 暴力と革命
誰もが貧しければ、みんな諦める。一部の者だけが豊かになると、ヤバい。また、暮らしに余裕ができると、教師などのインテリが騒ぎ出すわけ。ポルポトもフランスに留学するような富裕層だったし。
など内戦に加え、他国との戦争の話もある。本書は悲観的というか現実的で。
国家は可能なところではどこでも拡張する。(略)拮抗力だけがたぶん拡張衝動を止められるだろう。
――第20章 国際関係
拮抗力というか、軍事力のつり合いだね。これが崩れる、または崩れたと認識すると、ロシアや大日本帝国みたく増長する。どんな国でも、国土を失えば国民は文句を言うし、国土を得れば政権の支持は上がる。だから潜在的とはいえ戦争の欲求はある。だが戦争はカネがかかる。その費用をどうやって賄うか。
戦争を始めなければならないならば、必ず同時に増税すべきだ(略)。もし増税しなければインフレで厄介なことになるだろう。
――第18章 公共政策
はい、税金です。もしくは借金、国債だね。だが実質的な経済が成長していないのにカネだけ増やしたら、その分カネの価値が薄まる、つまり物価が上がってインフレになるのだ。いや最近はMMT(現代貨幣理論)とかあるらしいけど、私は名前しか知らない。
さて、そな戦争を抑えるために国連があるじゃないかって声もあるだろうけど、おいそれと(でもないか)国連の平和維持軍は出動できない。
国連のブルー・ベレー帽を着用した(略)軍隊は、まだ進行中の紛争を停止させることによって「平和を強制」することはできない。
――第20章 国際関係
戦いを止めることはできないのだ。できるのは、落ち着いた時点で、落ち着きを保つことだけ。だから、イスラエルのガザ侵攻が始まったら、国連軍が介入して止めるって手は使えない。
などと、アチコチに悲観的というか現実的な記述が見えるあたりは、役に立たないとか歯切れが悪いとも言えるが、同時に事実に即しているとも取れる。なんたって、政治哲学ではなく政治学の教科書/入門書だし。分量は多く合州国視点で、しかも1997年と古いのは辛いが、派閥により意見が割れそうな政治を扱うわりに、最大限にバランスを配慮した結果だと思う。文章も比較的にこなれているし、入門書としては優れている本だ。
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- 書評一覧:ノンフィクション
【蛇足:合州国か合衆国か】
この記事では「合衆国」ではなく「合州国」を使った。これは本書の表記に従ったためだ。原則として、このブログじゃ取り上げた本の表記に従っている。某作家の名前がベルナール・ヴェルベールだったりベルナール・ウエルベルだったりするのは、そういう理由です。
「訳者序文」によると「小倉博士の強い意向を受けて」とある。意向の詳細は書いていない。根拠のない勝手な想像だが、こんな考えではないか。
United States を素直に訳すと、「州の連邦」が近い。だが「アメリカ州連邦」や「アメリカ連邦」は斬新すぎて、読者は戸惑うだろう。「アメリカ合州国」なら読みは同じで字面も近い。読者の慣れと意味の妥当さのつり合いで、ちょうどいい具合じゃね? 実態も政治学的に正しい(*)し。
*野暮を承知で解説すると、この「正しい」は「倫理的に善/正義」の意味ではない。「事実に即ている」とか「実態に近い」みたいな意味だ(→「正しい」の四品種)。
なお、意向の理由を書いてないのも、監修者/訳者の考えによるものだろう。これも根拠のない妄想だが、「訳者は黒子に徹し正確な訳を心がけ、自分の個性や主張は控えるべき」みたいな考えだと思う。
こういう訳者の姿勢は、小説とノンフィクションじゃ異なるし、同じノンフィクションでもジャーナリストの本と学者の本でも違う。こういう違いも、本の面白さの一つだよね。
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