宮原ひろ子「地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか 太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来」化学同人DOJIN文庫
惑星がほどよい気温を保てるかどうかは、太陽が放出する光の量と太陽からの距離で決まります。けれども、その心地よさがわずかに変わるということが、太陽の状態が刻々と変化することによっておこってくるわけです。それを研究対象にしているのが宇宙気候学です。
――第1章 変化する太陽電離圏には、雷雲によって上層に運ばれた正の電荷が溜まっていて、地表と電離圏のあいだには、数百キロボルトもの電位差が生じています。
――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか現在の地球では、炭素13が炭素12の1/100程度しか含まれていませんが、超新星残骸にある炭素には、炭素12と炭素13がほぼ同じ割合で含まれているのです
――第5章 変わるハビタブルゾーン
【どんな本?】
太陽の活動が地球の気候に影響を与える。日中は温かいし、夜は冷える。「太陽の光が地球を暖めているんだから、当たり前じゃないか」と思うだろう。だが、冒頭で意外な事実が明らかになる。太陽の光の量はほとんど変わらないのだ。
では、何が問題なのか。これも冒頭で想定外の仮説を著者は示す。宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線が地球の天気を支配している、と。
地球の気候と宇宙線に、何の関係があるのか。太陽の活動は?
そもそも太陽とは何か、なぜ太陽活動が活発だと黒点が増えるのかなどの基礎的な事柄から、過去の太陽活動や地球の気候をどうやって調べるか、なぜ宇宙線が地球の気候を変えるのかなどの科学トピック、そして恐竜絶滅の謎に迫る壮大な仮説まで、極小の原子の世界から銀河系の運動へと様々な時間と空間のスケールで語る、エキサイティングな科学解説書。
第31回講談社科学出版賞受賞作。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
元は2014年8月に化学同人DOJIN選書より刊行の同名の単行本。文庫版は2022年12月5日第1刷発行。文庫版は加筆・訂正していて、特に第6章などで最新の情報が加わっている。9ポイント38字×17行×205頁=約132,430字、400字詰め原稿用紙で約332枚。文庫でも薄め。いや中身は濃いけど。
文章は意外とこなれている。中身も素人に親切でわかりやすい。とうか、涙を呑んで専門的な言葉や説明をバッサリ切った感がある。例えば宇宙線(→名古屋大学宇宙線物理学研究室)について、その詳しい実態は説明していない。数式も出てこないので、理科が得意なら中学生でも読みこなせるだろう。
【構成は?】
前の章を踏まえて後の章が続く構成なので、素直に頭から読もう。
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- まえがき
- 序論
- 第1章 変化する太陽
- 1 太陽とはどのような星か
恒星の進化/太陽がつくり出すエネルギー/惑星を温める太陽のエネルギー/磁場を持つ太陽 - 2 黒点とは
太陽の自転と黒点の生成/太陽活動の長期的な変化の謎 - 3 マウンダ―極小期の謎
マウンダ―極小期の発見/小氷期の謎/太陽の光量の変動/月に残された太陽光の変化 - 4 ダイナミックに変化する太陽と宇宙天気
宇宙の天気とは/オーロラはなぜ発生するのか/宇宙天気災害/太陽フレアと放射線被ばく/磁場が引き起こすトラブル/通信機器への影響/宇宙天気災害と地磁気のかたち/太陽フレアの規模と宇宙天気災害の規模の関係性
- 第2章 太陽の真の姿を追う
- 1 太陽活動史を復元する方法
樹木に記録される太陽の活動/太陽活動の指標となる炭素14/屋久島に残された太陽活動の記録/太陽の記録を残す南極の氷 ベリリウム10 - 2 宇宙線の変動は何を映し出すか
地球を包み込む太陽のシールド/太陽圏磁場のスパイラル構造/太陽圏はどのように宇宙線を遮るか/宇宙線量の11年周期変動/太陽磁場の反転の影響による宇宙線の22年周期変動/太陽圏の構造と宇宙線量 - 3 復元された太陽活動
過去に何度も起こっていた無黒点期/樹木に残された太陽の“心音”/正確な太陽活動の復元をめざして - 4 太陽活動を駆動するのは
- 第3章 太陽活動と気候変動の関係性
- 1 過去の気候を調べる方法
年輪から探る過去の気候/樹木の年輪以外を使って気候を調べる方法/試料の年代決定 - 2 ミランコビッチ・サイクル
天文学的な要素による太陽の地球への影響/氷期と間氷期の10万年周期 - 3 ボンド・イベント
1000年スケールの気候変動と太陽活動/氷期における太陽活動と気候変動 - 4 小氷期が社会に与えるインパクト
小氷期の発生と太陽活動/社会に与えた影響
- 第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか
- 1 宇宙線の影響を見分けるには
太陽活動が気候に影響するいくつかの経路/地磁気の変動を利用して宇宙線影響を探る/宇宙線だけに特徴的な22年周期変動を手がかりにする/太陽圏環境に左右される気候 - 2 宇宙線と雲
宇宙線が影響するプロセス/宇宙線の影響を受容しやすいホットスポットはどこか/宇宙線のもうひとつの効果
- 第5章 変わるハビタブルゾーン
- 1 地球の謎は解けるか?
宇宙線の密集域への接近/地球史上の大イベント/地磁気変動との相乗効果/恐竜が滅んだのは?/数億年スケールの地球史を記録する地層/生命誕生と宇宙線 - 2 暗い太陽のパラドックス
暗い太陽のもとで生命は誕生した/パラドックスは解けるか/変わるハビタブルゾーン - 3 地球型惑星を探せ!
地球型惑星の探査方法/住み心地のよい環境かどうかの観測
- 第6章 未来の太陽と地球
- 1 太陽はマウンダ―極小期を迎えるのか
突然訪れた太陽活動の異常/マウンダ―極小期が再来するかどうかのカギ/地球への影響 - 2 天気予報は変わるか
宇宙天気と天気/太陽フレアと宇宙線のフォーブッシュ減少/天気予報につながるか?/得られ始めた太陽フレア予測への手がかり - 参考文献/あろがき/文庫版あとがき
【感想は?】
宇宙気候学なんて名詞だけでもゾクゾクしてくる本だが、内容は思った以上に意外性に富んでいる。
太陽の活動が地球の気候を変える。そんなの当たり前、と思うだろう。特に日差しが強くクソ暑い夏には。でも、太陽の光量は意外と変わらないのだ。変わるのは、宇宙線の量。
恒星の残骸から飛んでくる宇宙線は、太陽フレアが発生した際に太陽から飛んでくる放射線よりエネルギーが何桁も高く…
――第2章 太陽の真の姿を追う
だが、宇宙線と気候の関係は冒頭で軽く仄めかされるだけ。冒頭で疑問を抱かせておいて、話は太陽の活動へと移る。イケズだが、必要なのだ。なに、親しみやすい言葉で書かれた文字数の少ない本でもあるし、スグに解が出てくる。ミステリだと思って、素直に読もう。
その地球に降り注ぐ宇宙線の量を変えているのが、太陽の磁場。地球の磁場が数十万年に一度ぐらい反転するのに対し、太陽の磁場は忙しい。
太陽は頻繁に磁場の向きを変えているのです。(略)太陽活動が活発になって黒点数がピークを迎えたときに反転していますので、11年に1回反転していることになります。
――第2章 太陽の真の姿を追う
太陽の磁場は、銀河の宇宙線から地球を守っている。太陽の磁場が弱まると、地球に降り注ぐ宇宙線が増える。実際はもっと複雑なんだが、その結果として…
太陽活動が11年周期で変動するのにともなう銀河宇宙線量の変動は、20~30%にもなります。
――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか
と、宇宙線の量が変わるのだ。その宇宙線が、気候にどう影響するのか、というと。
1997年にデンマークのフリス・クリステンセンとヘンリク・スペンスマルクは、銀河宇宙線の変動と地球をおおう雲の量がよく一致しているという驚くべき論文を発表しました。
――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか
宇宙線が増える→雲が増える→太陽光を雲が遮り地球が冷える、そんな感じ。でも、過去の宇宙線の量なんて、どうやって調べるのかっつーと、ハイ出ました、過去の気候調査の王道、木の年輪。
木の成長速度が気温に大きく依存する地域では、年輪幅の増減から気温の変動を知ることができますし、成長速度が降水に大きく依存している地域では、降水量の増減を知る手がかりが得られます。
――第3章 太陽活動と気候変動の関係
これ、生きてる木だけでなく、いつ倒れたかわからん倒木でも調べる方法があるんだけど、その方法ってのが…
伐採年が分からない場合は、炭素14の濃度を測定し、1964年の年輪に特徴的な濃度の増加を検出します。これは、1963年に施行された部分的核実験禁止条約を前に相次いで行われた大気中での核実験によって、大量の中性子が大気中に放出され、それによって大量の炭素14がつくられ、濃度が急上昇したことによるものです。
――第3章 太陽活動と気候変動の関係
世界的な地震計の設置も、冷戦時代に敵国の核実験を調べるために進んだなんて話もあって、なんだかなあ、と思ったり。さて、炭素14とかの同位元素、これが宇宙線の増減を知る手がかりになるってのも面白い。要は高エネルギーの荷電粒子(たいていは陽子)が他の元素にぶつかると、原子核が陽子を吸収した後に陽子が電子を放出し中性子に変わり同位体になるんだな。原発でトリチウム(三重水素)ができるのも、確か同じ理屈だったはず。
これが終盤になると、話がドカンとデカくなる。なんと、天の川銀河系の中の太陽系の位置が謎のカギになってきたり。
超新星残骸の衝撃波が、荷電粒子を高エネルギーに加速するのです。ですから、太陽圏に飛んでくる宇宙線の量は、太陽系の近傍にどれくらい超新星残骸があるかということに依存して、変化することになります。
――第4章 宇宙はどのようにして地球に影響するのか
この辺のゾクゾク感は、ブルーバックスの「恐竜はなぜ絶滅したか」以来だなあ。これには状況証拠もあって。
全球凍結が発生していた24憶~21憶年ほど前と8憶~6憶年前は、天の川銀河がスターバースト(→Wikipedia)を起こしていた時期で、太陽系が暗黒星雲をかすめてもおかしくない状況にあったことがわかります。
そのほか、1.4憶年ごとに繰り返す寒冷化のタイミングは、太陽系が銀河の腕を通過するタイミングと一致していますし、生物種の数に見られる6000万年~7000万年周期という変動は、銀河の中での太陽系のアップダウン運動と関連する可能性が指摘されています。
――第5章 変わるハビタブルゾーン
他にも、天の川銀河内の太陽系の軌道も、私の思い込みと全く違ってて、小さい規模から大きい規模まで、「そうだったのか!」の連続で思い込みを覆されるネタが続々と出てきて楽しい本だった。
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