伊藤茂編「メカニズムの事典 機械の素・改題縮刷版」理工学社
機械は(略)動力の状態を変化させるものである。
(略)小さい力を大きい力に、不規則な運動を整然とした運動または特殊な運動に、遅い運動を速い運動に、あるいはその逆にそれぞれ変換したい場合に用いられる。
――序論摩擦面の動く距離が比較的小であるので、摩擦に消費される仕事が少なく、したがって摩耗も少ないため、長期間の使用に適する。したがって、なるべくこの機構を用いて機械を作るのが有利である。
――2 四節機構(クオドリック チェーン)ベルトが水平あるいは斜めにかかる場合は、張り側を下にするほうがよい。これはベルトがベルト車に巻き付く部分を増すから、摩擦が増してベルト車とベルトとのすべりを少なくする。
――14 ベルト車とロープ車映画のフィルム送り機構およびじょうなどに応用されている。
――19 ゼネバ ストップおよび類似の機構
【どんな本?】
歴史的に使われてきた人力や水力や風力であれ、現代的な石油や原子力であれ、それぞれの動力が生みだす動きは、単純に一方向へ押す、または周辺全体に広がろうとする圧力である。これを人間に都合のいい回転や複雑な仕事に変えるのが、クランクや歯車などの機械=メカニズムだ。
往復運動を回転運動に変える・往路と復路で速度を変える・逆転を防ぐ・小さい力で大きな物を動かすなど、機械部品の働きや仕組みを、図と解説文を組み合わせて紹介する、機械設計屋むけの事典。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1983年5月10日第一刷発行。元は1912年初版の浅川権八「機械の素」を、福原達三・中田孝・草間秀俊・谷口修・小川潔・伊藤茂で1966年10月に「新編・機械の素」として復刻し、更に1983年に改訂・縮刷したもの。
単行本ソフトカバー横一段組み本文約215頁。各頁は2~4個の機構の説明がある。頁の左側に機械の図を、右側に説明文を置く。説明は8ポイント25字。図と説明文の組み合わせが重要なので、仮に文庫にしたらレイアウトを大きく変えなきゃいけない。例えば1頁1機構にして、600頁超えの大容量にするか、上中下の三巻になるか。
文章はモロに教科書で、しかもやや古風。図を見つつ説明文で動きを想像しながら読んでいくので、読み進むのにはかなり時間がかかる。教科書なんだから当然だし、それだけ中身の濃い本だ。
【構成は?】
原則として個々の記事は独立しているが、たまに「○○を参照」と他の記事との関係を示すものもある。素人は気になった所だけを拾い読みしてもいい。プロまたやプロ予備軍は後述。
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- 序論
- 1 機械の部分品および器具
- 2 四節機構(クオドリック チェーン)
- 3 スライダ クランク機構
- 4 クロス スライダ クランク機構
- 5 立体機構
- 6 平行クランク
- 7 はかり(バランス)
- 8 2,3,4の変形機構
- 9 歯車および歯車装置
- 10 変形歯車
- 11 平行運動
- 12 近似平行運動
- 13 パンタグラフ(縮図器)
- 14 ベルト車とロープ車
- 15 鎖伝動装置
- 16 ロープを用いた仕掛け
- 17 つめとつめ車
- 18 カム
- 19 ゼネバ ストップおよび類似の機構
- 20 エスケープ
- 21 じょうおよびじょう仕組
- 22 ねじの利用
- 23 ばねの利用
- 24 摩擦を利用した装置
- 25 摩擦を軽減する装置
- 26 軸接手
- 27 回転ポンプ・送風機類
- 28 複式機構
【感想は?】
内容は「実用メカニズム事典」とだいぶカブっているが、数式は少ない。その辺は専門書で補えって事なんだろう。だって事典だし。
基本的にプロ向けの本だ。だから、プロは「実用メカニズム事典」同様、こんな読み方というか使い方をするんだろう。
- 軽く全体を流し読みして「どこに何を書いてあるか」を掴む。分からない所はトバす。
- 折に触れトバした所を読み返す。
- 必要になったら、関係ありそうな所を読み返す。
とか書いてる私は素人なので、この記事はそのつもりでお読みいただきたい。
元が1912年初版の浅川権八「機械の素」とあるので、出たのは百年以上も前だ。その割に、今でもアチコチで使われていそうな機構が続々と出てくる。もっとも、その素材は鋼鉄からセラミックになってたりするんだろうけど。
読み解けたのは単純なものが多い。単純なだけに、今でもどっかで見たようなモノもある。
例えば持ち上げた荷物を簡単に外せる「1.22 すべりかぎ」とかは、クレーン車などで使われていそうだし、「1.23 やっとこ(トング)」は氷屋で見た。「17 つめとつめ車」は、テニスやバレーボールのネット張りに使ってるアレね。「17.28 オチス安全停止装置」はエレベーターで使ってるんだろうなあ。「21.17 採泥機」は逆に引くと閉まる。「18.4 回転斜板」も、単純な仕掛けで回転運動をなめらかな往復運動に変える。「21.15 バヨネット継手」は、パイプなどを連結するのによく見る機構。
やっぱり自転車関係は気になる。「17.47 スプロケットのすべり装置」はペダルと前歯車だろう。「26.12 ランニング・フェース・ラチェット(その2)」もたぶん後輪と歯車の軸受け。
「コイルばねたわみ継手」は一瞬ブルワ○カ○かと思ったw
賢さに感心するのも多い。「2.5 ブカナン水車」は簡単な工夫で効率を大きく上げてる。「3.14 中心おもり調速機」は機械的なフィードバック機構だ。「16.5 偏心輪による足踏み装置」は、足踏みミシンのアレかな。中心をズラした円とベルトとペダルを組み合わせ、往復運動を回転運動にする。精密機械の代表、時計に使われる「20 エスケープ」も見事なものが多い。
そうだったのか!もある。「3.16 船用可変ピッチプロペラ」は複雑だが、そもそも船のプロペラがピッチ可変とは知らなかった。やはり船で「16.2 かじ取り装置」は、帆船などのかじに使ってたんだろうなあ。「9.12 はす歯車」は、歯を斜めに切った歯車。なぜかと思ったら、「平滑に静かに回転する」。そういう利点があるのか。ねじって身近な割に作るのは大変そうと思うんだが、「9.35 旋盤のねじ切り装置」で少し納得。「23.20 給油口カバー」、中にばねが仕込まれてたのね。
「やっぱりそうか」も幾つか。「17.30 カウンティング ホイール」は、ほぼ想像した通り。「23.13 特殊ばねの応用の一例」じゃ複式皿形ばねが荷車のサスペンションによさそう。「28.44 映画撮影機の送りつめ機構」では、映画フィルムの両端に定間隔で穴が開いてる理由がわかった。
形が大事な機構も。「18.13 対数曲線てこ」は、接触面を対数曲線にすることで、「すべりがない」。「24.17 ジョンズ・ラムソン摩擦車」と「24.47 2軸の回転費を変化する摩擦車」は一種の差動装置(デフ)。もっとも摩擦車なんで自動車には向かないけど。「27 回転ポンプ」には、2組の歯車を使った例が多くて意外だった。
応用例で「おお!」と思う例が、「3.15 速射砲の尾せん開閉装置」。「機械の素」の時代背景が伺える。
最近「小説家になろう」にハマってる身としては、「25.1 減摩車(その1)」に感心した。なんか馬車の軸受けに使えそうだし。でも実際の応用例は「1780年に、始めてアトゥード重力測定機に用いられた」というから、性質は全く違うんだろうなあ。「25.9 重ね座金付きピボット軸受け」は、すべり軸受を多層にして各層の回転数の差を減らす発想が使えそう。「28.35~37 製じょう機」は、最後に「発明者は、力織機の発明者イギリスのエドムンド・カートライトである」って、つまり紡績機か。
イラストが大事な本で、動きを想像しながら読み解いてゆくので、どうしても読み進めるには時間がかかる。単純な歯車ならともかく、遊星歯車やクランクと組み合わせたものは、その巧妙さに感心するものが多い。まさしく人類の叡智の堆積を感じる、一見は実用一辺倒かつ無味乾燥ながら実は重い一冊だった。
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- 2018.6.20 涌井良幸・涌井貞美「雑学科学読本 身のまわりのモノの技術」中経の文庫
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