マイケル・フレンドリー&ハワード・ウェイナー「データ視覚化の人類史 グラフの発明から時間と空間の可視化まで」青土社 飯嶋貴子訳
本書が提起する中心的な問題は、「数字をグラフで表す方法はどのように出現したか?」、そしてもっとも重要なことに「それはなぜか?」ということだ。
――はじめに19世紀英国の疫学者ウィリアム・ファー「病気は治すより防ぐほうが簡単であり、予防の最初のステップは既存の原因を発見することである」
――第4章 人口統計 ウィリアム・ファー,ジョン・スノウ,そしてコレラ人間の目は、表示されたものの長さではなく面積を感知する傾向にある
――第4章 人口統計 ウィリアム・ファー,ジョン・スノウ,そしてコレラグラフ手法は長い間、二次元の表面に限定されていた。
――第8章 フラットランドを逃れてミース・ファン・デル・ローエ(20世紀ドイツの建築家、→Wikipedia)
「少ないことはよいことだ」
――第10章 詩としてのグラフ
【どんな本?】
割合を示す円グラフ、変化を表す線グラフ、関係を見せる散布図、風景を写し取る写真、そして動きを表すアニメーション。いずれも共通した性質がある。下手な文章より、はるかに短い時間でわかりやすく強烈にモノゴトを伝えるのだ。
これらは、いつ、誰が、何を伝えるために生み出したのか。それは、私たちにどんな影響を与えたのか。
コンピュータとインターネットの普及により、最近はさらに身近になったグラフや図表について、その起源と歴史と進歩、そしてその影響を描く、少し変わった歴史と科学の本。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は A History of Data Visualization & Graphic Communication, by Michael Friendly and Howard Wainer, 2021。日本語版は2021年11月10日第一刷発行。私が読んだのは2022年4月10日の第三刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約342頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×18行×342頁=約283,176字、400字詰め原稿用紙で約708枚。文庫なら厚めの一冊分…と言いたいところだが、グラフや図表を多く収録しているので、文字数は8割ぐらいか。
文章はやや硬いというか、まだるっこしい。まあ、青土社の翻訳物だし。ただし内容はわかりやすい。なんたって、モノゴトを分かりやすく伝える手段を扱ってるんだし。何より、多くのグラフや図表を収録しているのが嬉しい。しかも一部はカラーだ。敢えて言えば、もっと版が大きければ、更に迫力が増しただろうなあ、と思う。もっとも、価格との釣り合いもあるんだけど。
【構成は?】
原則として時系列順に進むので、できれば頭から読んだ方がいい。が、とりあえず味見するなら、257頁からのカラー図版をどうぞ。
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- はじめに
- 第1章 始まりは……
- 第2章 最初のグラフは正しく理解していた
- 第3章 データの誕生
- 第4章 人口統計 ウィリアム・ファー,ジョン・スノウ,そしてコレラ
- 第5章 ビッグバン 近代グラフィックの父、ウィリアム・プレイフェア
- 第6章 散布図の起源と発展
- 第7章 統計グラフィックスの黄金時代
- 第8章 フラットランドを逃れて
- 第9章 時空間を視覚化する
- 第10章 詩としてのグラフ
- おわりに
- さらに詳しく学ぶために
- 謝辞/註/参考文献/訳者あとがき/索引
【感想は?】
まず気づくのは、地図と関係が深い点だ。
最初の例からして、地図作成者の手によるものだ。17世紀オランダのミヒャエル・フローレント・ファン・ラングレン(→Wikipedia)が作った、トレド・ローマ間の経度距離の概算図だし。
やはり勃興期の例として出てくるのも、地図だ。19世紀前半のフランスで、教育レベルや犯罪の多寡を県ごとに色付けした地図が出てくる。これらは、それまでのインテリたちの議論とは全く違った現実の姿を見せつけた。
19世紀フランスの弁護士アンドレ=ミシェル・ゲリー
「毎年、同じ地域で同じ程度に発生する同じ数の犯罪が見られる。……われわれは、道徳的秩序の事実が、物理的秩序の事実と同様に、不変の法則に左右されると認識せざるを得ない」
――第3章 データの誕生
この傾向の頂点は、ナポレオンのロシア遠征で大陸軍が消耗していく様子を描いた、あの地図だろう(→英語版Wikipedia)。心当たりがない人は、ぜひ先のリンク先をご覧になっていただきたい。ナイチンゲールが作ったクリミア戦争犠牲者を示すグラフ(→Wikipedia)と並び、世界でもっとも有名なグラフだ。
(シャルル・ジョゼフ・)ミナール(→英語版Wikipedia)の最高傑作は、失敗に終わった1812年のロシア遠征中にナポレオンの大陸軍によって大量の人命が奪われたようすを描いたものである。
――第7章 統計グラフィックスの黄金時代
こういった視覚化が、人々の考え方まで変えていくのも面白い。
実データをプロットすることには、莫大な、また多くが思いがけない利点があった。
(略)科学に対する近代の経験的アプローチが生まれた。
観測によって得たデータ値をグラフに表し、そこに暗示されるパターンを見つけ出すという方法だ。
――第1章 始まりは……米国の統計学者ジョン・W・テューキー(→Wikipedia)
「図解の最大の価値は、それが、われわれの予想をはるかに超えるものに気づかせてくれたときである」
――第5章 ビッグバン 近代グラフィックの父、ウィリアム・プレイフェア
あーだこーだ考えるより、まずデータを集めて、そこから現れるパターンを見つけよう、そういう考え方である。なんのことはない、経験主義というか科学というか、そういう発想だ。もっとも、そのためには、大量のデータを集めなきゃいけないんだけど。
とはいえ、その利用の多くが、科学ではなく社会・経済方面なのも意外だった。本書に出てくる例の多くが、国勢調査や経済統計だったり。
19世紀初頭に統計グラフィックスの基本的形式の発明の発端となったある重要な発展は、社会問題(犯罪、自殺、貧困)と病気(コレラ)の発生に関するデータの幅広い収集だった。
――第7章 統計グラフィックスの黄金時代
ここでは「感染地図」で主役を務めたジョン・スノウが登場して、ちょっと嬉しかった。あの地図(→Wikipedia)には、やはり強いインパクトがあるよね。
これらの経緯を経て、グラフの代表ともいえる円グラフ・棒グラフそして折れ線グラフを開拓したのが、18~19世紀イギリスのウィリアム・プレイフェア。彼がグラフ作成に入れ込むきっかけが、これまた面白い。
ウィリアム(・プレイフェア)は、一日の最高気温を長期にわたって記録するという課題を兄から課されたことを思い起こしている。(兄の)ジョンは彼に、自分が記録したものを、隣り合わせに並べた一連の温度計と考え、(略)それらをグラフに記録するように教えた。
――第5章 ビッグバン 近代グラフィックの父、ウィリアム・プレイフェア
兄ちゃん、なんと賢くセンスもいい事か。つかこの発想、今でも使えるよね。
さて、それまでグラフは時系列や国/地域別を表すものだった。が、それ以外の二つの値の関係の深さを表すのに便利なのが、散布図。この発想のきっかけが、今思えば当然ではあるが…
散布図の第一の前提条件は座標系という考え方だった。(略)たとえばある線の一次方程式y=a+bxなどのような…
――第6章 散布図の起源と発展
デカルト座標系または直交座標系(→Wikipedia)の考え方だね。変数xの変化に伴い、値yも規則的に変わる、そういう関係だ。
とかの「人間による視覚化」ばかりでなく、科学と技術の進歩は機械による視覚化も可能にする。その好例が写真だ。今でもX線写真は医師の頼もしい見方だし。本書では生物、それも人間の運動を研究するのに連続写真を活用し、そのために自ら1秒に12フレームを記録できる写真銃を開発した19世紀フランスの生理学者エティエンヌ=ジュール・マレー(→Wikipedia)を紹介している。彼曰く…
「生命の現象において明確なのは、まさに物理的・機械的秩序をもつ現象である」
――第9章 時空間を視覚化する
彼の撮影した、クラウチング・スタートで短距離走者が走り出すシーンを写した連続写真は見ごたえがある。
同様に、運動を撮影したものとして、猫の宙返りで物理学者が悩む話(→Wikipedia)には笑ってしまう。当然ながら何度も猫が投げられるのだが、その連続写真を見たネイチャー誌の筆者曰く…
「最初の連続写真の終わりに猫が見せた、尊厳が傷つけられたような表情は、科学的調査に対する関心の欠如の現れである」
――第9章 時空間を視覚化する
そりゃ猫も納得せんだろw
などといった写真は事実を写し取るものだが、視覚化にはもう一つの側面がある。顕著なのがナイチンゲールによるクリミア戦争犠牲者のグラフだ。このグラフには、ハッキリした目的がある。野戦病院を清潔に保つよう、政府に働きかけることだ。視覚化は、メッセージを伝える強い力を持つ。この点の危険に気づき、早くから警告も発せられていた。
ジョン・テューキー(20世紀アメリカの数学者、→Wikipedia)
「正確な問題に対するおおよその解答は、しばしば曖昧であるが、間違った問題に対する正確な解答よりもはるかによい。後者はつねに、故意に正確にすることができるからだ」
――第9章 時空間を視覚化する
表紙がナイチンゲールの鶏頭図なだけに、グラフの歴史かと思ったが、地理・地図との関係が深いのは意外だった。また、科学より社会系の例が多いのも意表を突かれた。加えて、19世紀末~20世紀初頭の政府刊行物が、思ったよりカラフルで図表を多用していたのも知らなかった。
文章こそやや冗長でいささか硬いが、有名で見ごたえのあるグラフをたくさん収録しているのは嬉しい。また、現代のグラフの多くを産みだしたウィリアム・プレイフェアを知れたのも収穫だった。技術史に興味がある人にお薦め。
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