SFマガジン2023年8月号
『ハロー、シザース。一緒に遊ぼうよ』
――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回弁明者の名を記そう。
アリストンの子アリストクレス。人々はわたしを、プラトンと呼ぶ。
――吉上亮「ヴェルト」第一部樹木はすばらしい。種子ならもっとすばらしい。
――イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳昔、まだずっと小さかった頃、ここで飛行船を見た記憶がある。
――高野史緒「グラーフ・チェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み
376頁の標準サイズ。
特集は「≪マルドゥック≫シリーズ20周年」として、冲方丁のエッセイやシリーズガイドなど。
小説は12本。
うち連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第8回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第18回,新連載の吉上亮「ヴェルト」第一部,夢枕獏「小角の城」第70回。
読み切りは7本。小川一水「殺人橋フジミバシの迷走」,ジョン・チュー「筋肉の神に、敬語はいらない」桐谷知未訳,イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳,草上仁「毒をもって」,パク・ハル「魘魅蟲毒」吉良佳奈江訳,高野史緒「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み,SF作家×小説生成AIで松崎有理「超光速の遺言」。
特集は「≪マルドゥック≫シリーズ20周年」、冲方丁特別寄稿「『マルドゥック・アノニマス』精神の血の輝きを追い続けて」。「初期のプロットにハンターはいなかった」にびっくり。あれだけ魅力的で物語を引っぱる人物が、最初の構想にはなかったとは。創作って、そういうもんなんだろうか。
連載小説。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第48回。ラスティとシルヴィアは、暴走して<楽園>への襲撃を企てる。二人を待ちうけていたのは、意外な勢力の連合だった。
今回は急転直下な驚きの展開が次々と訪れる。ラスティとシルヴィアを待ちうける面々もそうだし、その後に明かされる過去の因縁も、長くシリーズを追いかけてきた読者へのプレゼントだ。加えてイースターズ・オフィスの面々が、実に似合わない話し合いをする羽目にw
新連載の吉上亮「ヴェルト」第一部。ソクラテスは理不尽な裁判により死刑の判決が下り、牢に送られた。幸いにして処刑は延期され、師を救うためプラトンは奔走し、脱獄の手配までするが、肝心のソクラテスは判決に従おうとしていた。
ソクラテス(→Wikipedia)とプラトン(→Wikipedia)は名前だけ知ってたが、クセノフォン(→Wikipedia)は知らなかった。テセウスの船(→Wikipedia)も、そうだったのか。意外とプラトンが体育会系なのは、史実に沿ってて、ちょっと笑った。いやシリアスな雰囲気のお話なんだけど。
神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第8回。バンカーバスターの邀撃に成功し、基地に帰投した深井零と田村伊歩。しかし雪風は滑走路の途中で止まり、燃料と弾薬の補給、そして零と伊歩の席の交換を要求する。
零と桂城の関係って、伊歩にはそう見えるのかw お互いに相手の性格と能力と限界を掴み、生き残るための最善策を選べるってのは、そういう事なんだろうけど、うーんw 人工知能が出した、ジャムの攻撃手段の予想も凄い。まあ、明らかにジャムは既知の物理法則を超えた存在ではあるんだが、それを予想できる人工知能なんて、どうやって創るんだか。
飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第18回。学園祭の日。目玉は二つ、映画部による「2001年宇宙の旅」上映と、美術部の遠野暁の作品展示だ。ところが実行委員は頭を抱えている。2001年のフィルムは届いたが、フィルムを調達した映画部の唐谷晋が登校していない。遠野暁も姿をくらましている。
この作品は、なんとも不気味で居心地が悪い。その原因の一つは、登場人?物たちが、自分たちも世界も作りものだと分かっている点だ。小野寺家の「おかあさん」の異様さも、早都子は気づいているらしい。それが斬新でもあるし、座りの悪さでもある。
読み切り小説。
小川一水「殺人橋フジミバシの迷走」。可航橋フジミバシはミフジ川にかかる橋だ。毎日七時から19時までは船を通していたが、千一大祭でミフジ川の水が涸れた。これでは船を通せず、可航橋ではない。そこで船を通すために、フジミバシは船を求め動き出した。
橋が動くって、どういうこと? と思ったが、文字どおりの意味だったw ちょっとチャイナ・ミエヴィルの「コヴハイズ」に似た、クレイジーなヴィジョンが楽しいユーモラスな作品。
ジョン・チュー「筋肉の神に、敬語はいらない」桐谷知未訳。舞台は現代の合衆国。空飛ぶ男の動画が人気を博している。ハンググライダーなどの道具を一切使わず、身一つで飛ぶ。特撮でもCGでもない。その場に居合わせた素人が撮った動画だ。差別を受け傷つけられるアジア系の者を、なるべく暴力を使わず助けようとする。
作品名に偽りなし。ここまで筋肉とトレーニングに拘ったSF小説も珍しいw 空飛ぶ男、まるきしスーパーマンなんだが、世間の反応は大歓迎とはいかず…。舞台は現代の合衆国だが、日本にも同じ問題はあるんだよね。にしても「計算機プログラムの構造と解釈」にビックリ。俺、まだ読んでないや。
イザベル・J・キム「宇宙の底で鯨を切り裂く」赤尾秀子訳。マイカとシームは、解体されたステーションからオンボロ宇宙船を奪い脱出した。深宇宙で死んだ手つかずの世代宇宙船を見つけた二人は、残骸を漁って荒稼ぎを目論み巨大な宇宙船に乗り込むが…
巨大宇宙船の残骸を漁る者たちと鯨骨生物群集(→Wikipedia)の例えが巧みだ。この作品世界の厳しさと、そこで生き抜く人々の逞しさを見事に表している。樹木が貴重ってあたりも、この世界にピッタリだ。
草上仁「毒をもって」。わざわざ海外から毒物を取り寄せ、それを長期間にわたり夫に服用させ殺したとして、被告人席に立たされた妻。彼女を告発する検事と、被告を守ろうとする弁護士の論戦は…
えーっと、まあ、アレです、私も身に覚えがあるので、わははw いいじゃねえか、好きにさせろよw
パク・ハル「魘魅蟲毒」吉良佳奈江訳。蟲毒を用いた罪で呪術師の金壽彭は捕まり、取り調べで「王家は呪われている」と叫んで死んだ。県監の崔強意は不審に思うが、暗行御史の趙栄世は「王命に疑問を持つな」と言うばかり。どうも朝廷の後継争いが絡んでいるらしい。
朝鮮王朝スチームパンク・アンソロジー「蒸気駆動の男」収録の一編。冒頭の引用は怪談風味で、そういう味付けではあるんだが、それ以上に、作品世界の厳しい身分制度の描写が怖い。崔強意の息子の報警が聞き取り調査に赴く場面でも、「これじゃロクに聞き取りできないだろうなあ」とつくづく感じる。
高野史緒「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」冒頭試し読み。1929年、世界一周を目指す硬式飛行船グラーフ・ツェッペリンは、土浦の霞ケ浦海軍航空隊基地に着陸を試みる際、爆発炎上した。そして現代。高校二年の藤沢夏紀には、幼い頃に巨大な飛行船が飛ぶのを見た記憶がある。同年代の北田登志夫も同じ飛行船を見た記憶があるが、両者は異なる世界にいるようで…
え? 本当に高野史緒? と言いたくなるぐらい、今までの芸風とまったく違う。高校生の夏を描くジュブナイルって感じ。少なくとも、今のところは。この季節に読むと、セミの声などが現実とシンクロして一味違う。強い日差し、授業で脱線しがちな教師、謎めいた老婦人。そんな道具立てが、眉村卓などの昔懐かしい青春SFの香りを掻き立てる。
SF作家×小説生成AIで松崎有理「超光速の遺言」。対談がとっても面白い。「日本語の文学ってセリフがすごく多い」とか。原因の一つは、誰の発言かが分かりやすいからかな。一人称・二人称が多彩だし、語尾も活用できるし。
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