« パトリス・ゲニフェイ/ティエリー・ランツ編「帝国の最後の日々 上・下」原書房 鳥取絹子訳 | トップページ | ソフィ・タンハウザー「織物の世界史 人類はどのように紡ぎ、織り、纏ってきたのか」原書房 鳥飼まこと訳 »

2023年7月 9日 (日)

アブラハム・ラビノビッチ「激突!! ミサイル艇 イスラエル高速ミサイル艦隊 vs. アラブ艦隊」原書房 永井煥生訳

ミサイルによる駆逐艦の撃沈は艦砲の導入、さらには一世紀前の鋼鉄艦の出現と同様に海上戦の性格を劇的に変える出来事であった。
  ――第1章 1967年、駆逐艦エイラートの悲劇

ロシアのミサイルはガブリエル・ミサイルよりも遥かに大きな射程を有していたが、イスラエル艇部隊は激戦中に54発のソビエト・ミサイルに対して完璧な役割を演じてきた立証済みの電子戦システムを保有していた。
  ――第27章 グランドピアノ

【どんな本?】

 1967年10月21日。エジプト海軍のコマール級ミサイル艇は、ソ連製スティックス・ミサイル(→Wikipedia)で、イスラエル海軍の駆逐艦エイラートを沈める。たった85トンのミサイル艇が、1,710トンの駆逐艦を沈めたのだ。

 この事件はイスラエル海軍を震撼させる。もはや艦砲では対抗できない。だが、どうすれば?

 同じイスラエル軍でも、精強で知られる空軍・陸軍に対し、海軍は規模も知名度もなく、予算も少ない。加えて当時のイスラエルは多くの国から武器の禁輸措置を受けていた。

 少ない予算で、他国の力も借りず、自力でソ連製スティックス・ミサイルに対抗できるミサイルおよびミサイル艇を開発し、その戦術も創り上げなければならない。

 この無理難題に対し、イスラエル海軍は小国の小海軍ならではの独自の道を切り開き、ガブリエル対艦ミサイルおよびサール級ミサイル艇を開発し、またスティックス・ミサイルへの対抗手段も産みだしてゆく。

 現代では陸海空いずれの戦場でも常識となった誘導ミサイルと、その対抗策である電子戦を築き上げ、海軍史上の革命を成し遂げたイスラエル海軍の奮闘を描く、迫真のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Boats of Cherbourg, by Abraham Rabinovich, 1988。日本語版は1992年3月31日発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約351頁に加え、訳者あとがき10頁。9ポイント47字×21行×351頁=約346,437字、400字詰め原稿用紙で約867枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はいささか古くさく、お堅い。なにせ訳者が当時は現役の防衛大学助教授なので、軍人っぽい言い回しになる。とまれ、これは慣れれば大丈夫。内容は特に難しくないが、できれば第三次中東戦争(文中では六日間戦争、→Wikipedia)~第四次中東戦争(文中ではヨム・キプール戦争、→Wikipedia)について知っているといい。

 あと、浬(かいり)は約1852メートル、1ノットは時速1浬、主機はメイン・エンジン。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  •  序文
  •  第1部 構想
  • 第1章 1967年、駆逐艦エイラートの悲劇
  • 第2章 まず二隻
  • 第3章 ローン・ウルフ
  • 第4章 ドイツへの旅
  • 第5章 ガブリエル
  • 第6章 木の葉落とし計画
  • 第7章 シェルブール
  •  第2部 脱走
  • 第8章 極秘計画
  • 第9章 手品
  • 第10章 秒読み
  • 第11章 続いて五隻
  • 第12章 逃避行
  • 第13章 嵐の目
  • 第14章 帰国
  •  第3部 戦争
  • 第15章 戦闘艦艇へ
  • 第16章 紅海部隊
  • 第17章 仕上げ稽古
  • 第18章 戦争へ
  • 第19章 ラタキア
  • 第20章 ファントム追跡
  • 第21章 ゼロ距離
  • 第22章 ガンマン
  • 第23章 バルディーン沖の海戦
  • 第24章 小競り合い
  • 第25章 コマンド作戦
  • 第26章 米海軍第六艦隊
  • 第27章 グランドピアノ
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 実は「無人暗殺機 ドローンの誕生」で教えていただいたのだが、他に読みたい本が山積みだったので後回しにしていた。が、お薦めどおり、とても面白い本だ。

 もちろん新技術開発史としても面白いが、それを「誰が、どのように使うか」の物語としても楽しい。

 第二次世界大戦で、海戦の様子は大きく変わる。それまでの大艦巨砲主義に対し、空母の時代となった。だが、カネと技術のある大国ならともかく、小国は金食い虫の空母なんか持てないし、艦載機だって開発できない。そこで考え出されたのが、誘導ミサイルだ。

(米ソ)両艦隊とも、基本的武器としては“火砲”を放棄していた。すなわち米艦隊は第二次世界大戦中に太平洋で得た膨大な経験から海上航空戦力に頼っており、一方、ロシアは航空母艦の分野で対決することを期待しないで射程250浬に達する艦対艦ミサイルを開発していた。
  ――第26章 米海軍第六艦隊

 米国が航空機に頼りミサイルを軽視してソ連に出し抜かれるあたりは、両者の核戦略の歴史と重なって興味深い。

 さて、ミサイルの威力について、ちょっとお節介。本書に出てくるスティックス・ミサイルの射程距離は約46km。これは戦艦大和の主砲の射程42kmに優る。大和の排水量は64,000トンだが、スティックスを撃つコマール級ミサイル艇は85トン。桁が三つ違う。ちなみに浅草とお台場を結ぶ水上バスのエメラルダス(→Wikipedia)は132トン。水上バスより小さい船が、大和の主砲以上の射程を持つのだ。もっとも、船が小さい分、弾数も2発と少ないんだけど。

 そんなワケで、対艦ミサイルの登場は、海軍艦艇の思想を大きく変えてえ行くことになる。本書は世界の海軍の革命の曙を描く物語でもあるのだ。

まさに行われようとしている試験がもし成功すれば、イスラエル海軍とってもはや駆逐艦の必要性は全くないであろう。
  ――第7章 シェルブール

 なおイスラエルが開発するガブリエルMK-1の射程は22.5kmで、母艦のサール級は排水量250トン。排水量こそ大きいものの、ミサイルの射程はスティックスの半分以下。この差をいかに詰めるかも、本書の読みどころ。

 読んでいて楽しかったポイントは三つある。一つはイスラエルの軍事物にありがちな、他国における諜報/非合法活動。次にガブリエル・ミサイルの開発物語。そして最後にミサイル艇の運用すなわち戦闘場面だ。

 まず、最初の諜報/非合法活動だ。当時のイスラエルは六日間戦争=第三次中東戦争の影響で、世界中からハブられてた。お陰でサール級ミサイル艇も、フランスに発注したは良いが、武器禁輸を食らいシェルブールから出られなくなってしまう。ってんで、コッソリとトンズラかます。

「我々は本日、ハイファへ向け出港する。なおフランス人はこの件について知ってはいない」
  ――第2章 まず二隻

 こういう他国での工作はモサドが協力しそうなモンだが、珍しく?本件では海軍だけで計画・実施してる。そのため、艇を奪うためフランスを訪れたイスラエル海軍将兵は入国審査で目をつけられたり。

「パスポートは全て続き番号で、皆さっぱりした頭髪をしており、全員同じ種類のジャケットを着ていますね」
  ――第10章 秒読み

 言われてみりゃ疑われて当たり前だが、軍人さんはそういう所にまで気が回らないのだw

 なんとか艇を奪って海に出たはいいが、もちろん大騒ぎになる。ここでフランス政府の政策と国民の世論のズレが見えるのも楽しい。このあたりでは、ミラージュIII改ことクフィル(→Wikipedia)の誕生秘話もちょろりと出てきたり。

世論調査はフランス人の3/4がイスラエル艇の逃走を拍手喝采して称賛していることを示していた。
  ――第14章 帰国

 やはり国際世論では、奪った艇が地中海に入ってからの沿岸諸国の対応も、各国の事情を反映してて、意外な国がイスラエルに好意的だったり。

「もし艇が国際的に認知された旗章を掲揚しているならば、ギリシャは国際法の定めるところにより、燃料補給の便宜提供を拒否できない」
  ――第13章 嵐の目

 各国の事情と言えば、まさしく今キナ臭いNATOとロシアの海軍の軍事姿勢も少し出てくる。海における米・欧の役割分担は、みもふたもないもので、ほぼ米軍にお任せ。

「いかなる大規模な対決においても、NATOの枠組み内での自己の任務は船団護衛や対潜戦などの端役的な任務に限定される」(略)
彼ら(ヨーロッパ人)にとってソビエト海軍との対決は、アメリカ海軍、特にアメリカの空母任務部隊の問題だったのである。
  ――第4章 ドイツへの旅

 いいのか、それで。バルト三国・フンランド・ポーランドが加わったバルト海だと、今はどうなんだろう?

 さて、読みどころの二つ目、開発物語では、異端の技術者オリ・エベントブがミサイル開発の中心となる。既に対艦ミサイルの開発は始まっていた。問題は誘導方式で、最初は目視による誘導つまりラジコン式だった。これがコケる描写は、技術者の胸をえぐる。やはり現場での運用を、細かい所までキチンと想定してないとダメなのだ。

 対してオリ・エベントブは、独自の方法を唱えるが会社じゃシカトされる。そこで顧客の海軍に直接売り込むのだ。

「昼夜を問わず、ミサイルが自分で目標を探し出すことのできる自動誘導システムについて僕なりのアイデアを持っているのだけどね」
  ――第3章 ローン・ウルフ

 売り込んだはいいが、やっぱり開発じゃ何度も失敗するんだけど。試射でミサイルが海に突っ込む場面と、そのバグを見つけ対応するあたりは、技術者の心に迫る。ゲームなどのプログラムと違い、何度もテストできないのも、この手の開発じゃ辛いところ。加えて、「バグは一つとは限らない」のも厳しい現実で。

これによってガブリエルの高度計に関する諸問題全てを取り除いたことになる、という確証はなかった。
  ――第5章 ガブリエル

 漫画などでは、必殺技を開発したら、その対応策も考慮するのが定石。しかもイスラエル軍のガブリエルは、ソ連製スティックスより射程が短い。だから、イスラエル海軍はミサイル開発と同時に、敵ミサイルを躱す技術も開発しなきゃいけない。つまりは電子戦の幕開けも描いているのだ、本書は。

推進されつつある戦術開発方針の中で基本的な狙いとなったのは、長射程のスティックス・ミサイルを電子線装置、速力及び運動によって回避し、もし全てが失敗したならば砲火で対処しつつミサイル帯を横断することにあった。
  ――第15章 戦闘艦艇へ

 これはミサイルだけでなく、艇の設計にも大きく関わってくる。ってんで、壮絶な場所取り競争が始まったり。民間の製品開発でもよくあるパターンだね。

敵艦船を探索する捜索用レーダーとミサイルを目標に向け誘導する射撃指揮用レーダーは、マストのより高い位置を求めて争い合った。火砲と魚雷発射管は、甲板上のよりよいポジションを競い合った。ソーナーは重量軽減の目的で犠牲にされてしまうことに反対した。
  ――第6章 木の葉落とし計画

 かくして駆け足で準備を整えたイスラエル海軍は、ついに決戦の時を迎える。イスラエルが奇襲を食らったヨム・キプール戦争(第四次中東戦争、→「ヨム キプール戦争全史」)である。

「これは戦争であると申し上げます」
  ――第17章 仕上げ稽古

 開戦当初の戦力比は、こんな感じ。

イスラエルの作戦可能ミサイル艇11隻とミサイルのないサール級2隻に対し、エジプト地中海艦隊はオーサ級12隻とコマール級2隻を、シリア海軍はオーサ級3隻とコマール級6隻を保有していた。
  ――第18章 戦争へ

 ここからが第三の読みどころ、ミサイル艇の運用すなわち戦闘場面。なおイスラエル海軍、公式には取材に非協力なんだが、非公式に退役軍人を紹介してたりして、まあアレです、タテマエとホンネだね。お陰で戦闘場面は「レッド・プラトーン」と並ぶ分単位の緊張感あふれる場面の連続。

最初のガブリエルがその最大射程である20キロでガーシの甲板を離れた時には、スティックスはいまだ来襲中であった。二発のミサイルはお互いに近距離ですれ違った。
  ――第19章 ラタキア

 小国だけに海軍と空軍の仲もいいようで、ちょっとした空海共同作戦もあったり。

彼(イスラエル空軍ファントムのパイロット)はミサイルの軌跡が普通の火砲の射撃のように修正できるものと思って、「400メートル近、500メートル左」という具合に修正を指示し始め、しばしの間、海軍の将兵を喜ばせた。
  ――第20章 ファントム追跡

 電子戦の始まりは、海の戦いを大きく変える。それを実感したのが、こういう描写。もはや夜の帳は、安全を保障するものではないのだ。いや昔も火船の襲撃とかはあったんだけど。まさしく24時間休みなしの戦いとは。

海軍はその作戦のほとんど全部を夜間に実施することになるであろう。暗闇は敵をしてレーダーに依存させることになり、その結果、イスラエル艇の電子戦上の優位を全幅活用させることになるであろう。暗闇はまた、敵性海域における航空攻撃に対して良好な防御を提供した。
  ――第22章 ガンマン

 やはり戦いの迫真性を感じるのが、こんな描写。射程ギリギリだと、こんな状況も起こったり。

ガブリエル・ミサイルの射程は20キロであったが、目標は逃中であった。この結果、最大射程で発射された全ミサイルはその二分間の飛行を完了するまでに目標が既に遠ざかってしまっていることを認識することになる。
  ――第23章 バルディーン沖の海戦

 ヨム・キプール戦争の激しさは陸軍と空軍ばかりが語られるが、海軍も小さいながら全力を振り絞っている。というか、ここまで酷使される海軍も珍しいだろう。まあ、それぞれの出撃が一晩で終わるってあたりも、小海軍であるイスラエル海軍らしいけど。

大半の艇と乗組員はこの三週間の間、ほぼ毎夜出撃してきた。
  ――第24章 小競り合い

 やはり戦場が狭いからか、こんな漫画みたいな場面も出てきたり。こういう、現場での臨機応変な対応というかドサクサ紛れのその場しのぎが、意外と有効だったりするのも、「戦場の霧」の性質の一つなんだろう。

揚陸艇の開放式格納庫からハーフ・トラック上に載せた迫撃砲をもし正確に発射できるならば、エジプトの泊地を沖合から砲撃することが可能であり、これによって火力を有する艦艇がイスラエルに欠如していることを補うことができるであろう。
  ――第25章 コマンド作戦

 などと頑張っている現場じゃ、すっかり要らない人扱いされる彼の姿に、思わず涙してしまう技術者も多いのでは?

「皆、オリ・エベントブを忘れていないか」
  ――第26章 米海軍第六艦隊

 技術開発の物語として、海軍の革命の記録として、国際的秘密工作の秘話として、そして迫真の戦闘の描写として。いささか古くはあるが、色とりどりの面白さがギッシリと詰まった、文句なしの掘り出し物だった。ご紹介下さった方に深く感謝します。

【関連記事】

|

« パトリス・ゲニフェイ/ティエリー・ランツ編「帝国の最後の日々 上・下」原書房 鳥取絹子訳 | トップページ | ソフィ・タンハウザー「織物の世界史 人類はどのように紡ぎ、織り、纏ってきたのか」原書房 鳥飼まこと訳 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« パトリス・ゲニフェイ/ティエリー・ランツ編「帝国の最後の日々 上・下」原書房 鳥取絹子訳 | トップページ | ソフィ・タンハウザー「織物の世界史 人類はどのように紡ぎ、織り、纏ってきたのか」原書房 鳥飼まこと訳 »