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2023年6月 5日 (月)

ジェフリー・S・ローゼンタール「それはあくまで偶然です 運と迷信の統計学」早川書房 石田基広監修 柴田裕之訳

意味のないただの偶然という単純明快な説明は、はっきり言って退屈なのだ。(略)
人は身の回りの運やランダム性について考えるとき、それらには特別な意味があってほしいと願う。
魔法に飢えているのだ。
  ――第5章 私たちは魔法好き

統計学は素晴らしく、役に立ち、重要で、発展中の領域だ。
ただし、一つだけ小さな問題がある。
誰もが大嫌いなのだ。
  ――第12章 統計学の運

誤差の範囲には単純な公式がある。98%をコインを放り上げた回数の平方根で割るというものだ。
  ――第17章 ラッキーな世論調査

【どんな本?】

 運の良し悪しとは何か。マクベスを引用すると不幸が訪れるって、ホント? 宝くじを当てる秘訣は? バンビーノの呪いってマジ? 生き別れの兄弟に出会えたのは奇跡? シューレス・ジョーはなぜ面白い?

 世の中には様々な迷信やジンクスが流布している。超能力の報告や霊能力者を名乗る者もいる。マスコミは奇跡の出会いをはやし立てる。これらは、本当に運命なのか。

 13日の金曜日に生まれたカナダの統計学者が、多くの運命の導きエピソードや古来からの言い伝えを紹介しつつ、その実態を暴いてゆく、一般向けの数学エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Knock on Wood : Luck, Chance, and the Meaning of Everything, by Jeffrey S. Rosenthal, 2018。日本語版は2021年1月25日初版発行。2022年8月にハヤカワ文庫NFから文庫版が出ている。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約386頁に加え、訳者あとがき3頁+徳島大学社会産業理工学研究部教授の石田基広による解説6頁。9ポイント45字×18行×386頁=約312,660字、400字詰め原稿用紙で約782枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。数式も出てくるが、大半は掛け算と割り算で、ごく一部に平方根が出るぐらい。しかもxやyは使わず、90/430,666*100.00 とかの具体的な値を示した式なので、数学が苦手でも大丈夫。あ、もちろん、解も示しているので、算数が嫌いでも問題ない。

【構成は?】

 各章は穏やかに独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • 第1章 あなたは運を信じていますか?
  • 第2章 ラッキーな話
  • 第3章 運の力
  • 第4章 私が生まれた日
  • 第5章 私たちは魔法好き
  • 第6章 射撃手の運の罠
  • 第7章 運にまつわる話、再び
  • 第8章 ラッキーなニュース
  • 第9章 この上ない類似
  • 第10章 ここらでちょっとひと休み 幽霊屋敷の事件
  • 第11章 運に守られて
  • 第12章 統計学の運
  • 第13章 繰り返される運
  • 第14章 くじ運
  • 第15章 ラッキーな私
  • 第16章 ラッキーなスポーツ
  • 第17章 ラッキーな世論調査
  • 第18章 ここらでちょっとひと休み ラッキーなことわざ
  • 第19章 正義の運
  • 第20章 占星術の運
  • 第21章 精神は物質に優る?
  • 第22章 運の支配者
  • 第23章 ラッキーな考察
  • 謝辞/用語集/訳者あとがき/解説:石田基広/注と情報源

【感想は?】

 アイザック・アシモフやスティーヴン・ジェイ・グールドの科学エッセイに連なる系統だろう。終盤では奇術師で懐疑論者のジェイムズ・ランディ(→Wikipedia)がヒーローとして登場するし、そういう姿勢の本だ。

 つまりは迷信やジンクスや運命の出会いなどを否定し、その手口を統計の手法で暴いてゆく。ただ、著者の語り口は柔らかめだし、なるべくユーモラスであろうとしている。と同時に、なぜヒトは迷信やジンクスに惹かれるのか、といった考察も多い。

 著者の武器は統計である。とはいえ、その切り口は様々だ。正攻法で計算する場合もあるが、むしろ嘘やインチキを暴いたり、マスコミの大げさな表現を揶揄するエピソードの方が多い。そういう点では、ジョエル・ベストの「統計はこうしてウソをつく」が近いかも。

 大げさな表現では、「銃の夏」が印象深い。著者の住む町で、殺人事件が急に増えたのだ。どれぐらい? 著者が調べると、10万人あたり2.6件から3.2件に増えた。約25%の増加だ。凄いように思えるが、実は「カナダの全国平均よりも低い」。しかも次の年には12.5%減ったが、「それについての新聞記事は事実上皆無だった」。悪いことは騒ぐがいいことはスルー、マスコミの対応としちゃありがちだよね。

 なお、ここでは注が興味深い。FBIの統計によると、2005年の謀殺と故殺は10万人当たりニューヨークが6.64、ロサンジェルスは12.63、アトランタは20.9、デトロイトは39.29。ニューヨークって、意外と安全なんだなあ。

 マスコミが関わる話では、世論調査を語る「第17章 ラッキーな世論調査」が面白かった。なんといっても、2016年の合衆国大統領選挙の大外れは記憶に新しい。マスコミの論調では民主党のヒラリー・クリントンが僅差で有利だったが、実際には共和党のドナルド・トランプが勝った。

 著者は原因を「サンプルの偏り」としている。実際、「ほとんどの世論調査で、回答率は10%を下回る」そうで、答える人の方が特殊ではあるのだ。とはいえ、調査する側も、偏りがあるのは分かった上で、なるべく偏りがないようにサンプルを選んで調べてるハズなんだが、読み切れなかったワケだ。

 やはりサンプルの偏りが如実に出ているのが、宗教だ。「世界には5憶人近い無神論者がいる」とかで、世界人口を約80憶だとすると、約6.25%だ。だがアメリカの科学アカデミーで「人格神の存在を信じる人は7%」、「イギリス王立協会フェローの64%は、神が存在するとはまったく思っていない」。凄まじい偏りでだなあ。

 「第8章 ラッキーなニュース」では、最近流行ってるニューラルネットワークを使った論文を槍玉にあげている。見た目で同性愛者と異性愛者を区別できる、精度は男は81%で女は74%。使ったデータは三万五千枚以上の写真。

 冒頭の引用にある誤差範囲の公式だと、約0.524だ。なんか信用できそうじゃね?

 と思ったが、ちゃんとオチがついてた。データは出会い系サイトで集めたものだったのだ。誰だって、その界隈に好まれる格好や表情をする。中には Phootoshop などで写真をイジる人だっているだろう。つまりは、その界隈での好みや流行りの違いだったのだ。

 他にも、論文などで意味ありげな関係性をでっちあげる手口や、インチキ医療が統計ではなく逸話をアピールする傾向など、好きな人にはお馴染みのネタを取り上げている。また、「スコットランドの悲劇」や「ウサギの足」、そして書名にもなっている Knock on Wood とかの、西欧のジンクスが判るのも楽しい。珍しく著者が活躍した話では、宝くじの不正を暴いたエピソードが痛快だ。

 難しい印象が強い統計学の本だが、章ごとに独立した短いエピソードを連ねる構成で親しみやすい。また出てくる式も掛け算と割り算だけなので、数学が嫌いでも大丈夫だろう。星占いやジンクスを叩いているので、そういうのに入れあげている人にはむかないが、そうでなければ楽しく読める。

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