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2023年6月19日 (月)

パトリス・ゲニフェイ/ティエリー・ランツ編「帝国の最後の日々 上・下」原書房 鳥取絹子訳

本書は、それら帝国の崩壊をまとめてとりあげた初の歴史書である。
  ――まえがき 永遠のくりかえし

歴史で定説となっているのは、定住民族は歩兵隊や重騎兵隊を、遊牧民は軽騎兵隊を優先するということだ。
  ――3 ペルシアのササン朝、急転直下の失墜 七世紀初頭 アルノー・ブラン

ヨーロッパのスペイン帝国内部での反乱は、この時代(16世紀~17世紀)、フランスのような中央集権の国に比べても多くなかった。もっとも大きな反乱がおきたのは16世紀のオランダで、それも教会分離による宗教戦争の一環だった。
  ――10 スペイン帝国の長い衰退期 1588-1898年 バルトロメ・ベナサール

イギリス帝国は構築に三世紀以上かかったのに対し、解体には40年もかからなかった。
  ――17 イギリス帝国の後退 帝国から影響力のある国へ 1945年から現在まで フランソワ=シャルル・ムジュル

非植民地化はまた独立した国家間での紛争の引き金になることも明らかになった。
  ――17 イギリス帝国の後退 帝国から影響力のある国へ 1945年から現在まで フランソワ=シャルル・ムジュル

【どんな本?】

 ローマ帝国,モンゴル帝国,スペイン帝国,大英帝国,唐や清などcの中華帝国,そしてソ連やアメリカ合衆国。歴史上には帝国と呼ばれる、または帝国を自称する国家が数多くある。

 それらの帝国はどのような形で配下の国や地方を従え、なぜ/どのように滅びたのか。

 帝国の形はそれぞれに異なり、滅び方も様々だ。本書は敢えて一貫した法則を見いだそうとはせず、各帝国の滅びゆく姿をそのままに描き出す。

 フランスの歴史家たちが集い、帝国が滅びる模様を綴る、歴史エッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は La fin des empires, Patrice Gueniffey et Thierry Lentz, 2016。日本語版は2018年3月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み上下巻で本文約272頁+233頁=505頁。9ポイント45字×18行×(272頁+233頁)=約409,050字400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫でも上下巻ぐらい。

 文章は、学者の文章のわりに読みやすい。内容は章によりマニアックだったり大雑把すぎたり。これは著者と読者の関心のズレのせいだろう。例えば日本人の私からすると、アラブ帝国や中国をたった1章だけで済ますのは大雑把すぎるのに対し、カロリング帝国や神聖ローマ帝国はマニアックすぎるというか、そもそも帝国の名に値しないと思う。が、現代のフランス人向けには妥当なバランスなんだろう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  •  上巻
  • まえがき 永遠のくりかえし パトリス・ゲニフェイ,ティエリー・ランツ
  • 1 アレクサンドロスの帝国の終焉 紀元前331-323 クロード・モセ
  • 2 西ローマ帝国の長い断末魔 ジャン=ルイ・ヴォワザン
  • 3 ペルシアのササン朝、急転直下の失墜 七世紀初頭 アルノー・ブラン
  • 4 カロリング帝国の五回の死 800-899年 ジョルジュ・ミノワ
  • 5 アラブ帝国の未完の夢 七世紀-15世紀 ジャック・パヴィオ
  • 6 モンゴル帝国、見掛け倒しの巨人 13世紀-14世紀 アルノー・ブラン
  • 7 コンスタンティノープルの55日間 1453年 シルヴァン・グーゲンハイム
  • 8 一つの帝国から別の帝国へ メキシコ人からスペイン人へ 1519-1522年 ジャン・メイエール
  • 9 予告された死の年代記 神聖ローマ帝国の最後 1806年 ミシェル・ケローレ
  • 10 スペイン帝国の長い衰退期 1588-1898年 バルトロメ・ベナサール
  •  下巻
  • 11 ナポレオンまたはフランスの夢の終わり 1812-1815年 ティエリー・ランツ
  • 12 中華帝国の九つの人生 ダニエル・エリセフ
  • 13 オーストリア王家の終焉 1918年 ジャン=ポール・ブレッド
  • 14 オスマン帝国の最後 1918-1922年 ハミット・ボザルスラン
  • 15 第三帝国の最後の日々 1945年 ダヴィッド・ガロ
  • 16 原爆で解体された大日本帝国 1945年 ジャン=ルイ・マルゴラン
  • 17 イギリス帝国の後退 帝国から影響力のある国へ 1945年から現在まで フランソワ=シャルル・ムジュル
  • 18 フランスの植民地帝国の悲劇 1945年-1962年 アルノー・テシエ
  • 19 ソ連の最後またはロシア帝国の二度目の死 1989-1991年 ロレーヌ・ド・モー
  • 20 アメリカ帝国は衰退に向かうのか? ピエール・メランドリ
  • 執筆者一覧/参考文献

【感想は?】

 歴史のつまみ食い。

 一応のテーマはある。世界史の中で、帝国が滅びる様を描く。とはいえ、滅びる原因となった共通した要素を見つけようとはしない。最初の「まえがき」で、あっさり「そういうのは無理です」と諦めている。潔い。

 だいたい「帝国」の定義すらハッキリさせていないし、「神聖ローマ帝国」みたく帝国の資格すらなさそうな例もあげたり。というワケで、あまし構えずに「歴史学者にテーマを示して記事を集めたエッセイ集」ぐらいに思って読もう。

 そういう気楽な態度で読むと、なかなか楽しい文章に出会えたり。

歴史では敗者はつねにまちがっていたことになる。
  ――8 一つの帝国から別の帝国へ メキシコ人からスペイン人へ 1519-1522年 ジャン・メイエール

 とかは、私たちが歴史と歴史書に抱く思い込みを見事に指摘してくれる。そうなんだよなー、なんとか理由や原因や責任者を見つけ、教訓を引き出そうとしちゃうんだよなー。それも自分の世界観に沿った形で。

 そういう歴史家らしい気の利いた表現もアチコチにあって、私はこれが好きだ。

あたかもローマ帝国はつねに死につづけているようだ。
  ――2 西ローマ帝国の長い断末魔 ジャン=ルイ・ヴォワザン

 ここで言うローマ帝国は、日本だと西ローマ帝国(→Wikipedia)と呼ばれる事が多い。「蛮族」により少しづつ覇権を失い衰えていったため、歴史家の間でも「いつ帝国でなくなったか」について、多くの説がある。それを表すには巧みな文章だ。

 この本、目次を見ればわかるように、欧州史に偏ってはいるが、世界全体を見渡す本なので、意外な発見もある。例えば「3 ペルシアのササン朝、急転直下の失墜」。ここではペルシアと中国の共通点を挙げている。

中国文明に次いで、ペルシア文明は歴史上もっとも衝撃に耐えてきた。
  ――3 ペルシアのササン朝、急転直下の失墜 七世紀初頭 アルノー・ブラン

 「ペルシア文明」であって、「ペルシア帝国」ではない点に注意。つまり地理的な話なのだ。中国は常に北方の遊牧民族の侵略に苦しんできた。ペルシアも同じで、やはり遊牧民族に苦しんできたとか。現代でも中国とイランが妙に仲がいいのは…いや、関係ないか。

 そんな西ローマ帝国に比べ、かなり長持ちしたのが東ローマ帝国ことビザンティン。でも苦労が続いたのは同じで…

ローマの普遍性という想像の産物を相続する千年をへた帝国、ビサンティンは、じつはほぼ永続的に戦争状態にあった。
  ――7 コンスタンティノープルの55日間 1453年 シルヴァン・グーゲンハイム

 まあ結局はオスマン帝国のメフメト二世によって滅びるんですが(→Wikipedia)。

 とはいえ、帝国とは言い難い政体を描く章も、歴史エッセイとして面白い。

 例えば「9 予告された死の年代記 神聖ローマ帝国の最後」は、ドイツ誕生前夜を語る。当時の神聖ローマ帝国は、日本の室町末期や戦国時代から大名どうしの争いを減らした感じだろうか。一応は皇帝が君臨するものの、実際は多くの諸侯の領が乱立し、国家としての政策はとれない状況だ。たぶん、当時の「ドイツ」は、国ではなく地域や文化を示す言葉だったんだろう。

 また「13 オーストリア王家の終焉」は、オーストリア=ハンガリー帝国の視点で見た第一次世界大戦といった感がある。バーバラ・W・タックマンの「八月の砲声」にせよリデル・ハートの「第一次世界大戦」にせよ、主にフランス・イギリス vs ドイツに焦点を当てているので、なかなか新鮮だった。また、帝国の崩壊がバルカン半島を火薬庫に変えた点は、オスマン帝国とも似ている。

 それと、カリスマのある父フランス・ヨーゼフから、経験もないのに最悪の状況で皇帝の座をまわされたカール一世には同情したくなる。戦況は敗戦続き、民衆は飢えて不満が高まり、臣下は四分五裂、各民族の独立機運は高まり、講和を申し込もうにも後ろからドイツに刺される始末。悲惨極まりない。とまれ、飢えた国民や敵の砲弾にさらされる兵士たちは違う意見だろうなあ。

 国家の興亡ってのは不思議なモンで、時おり一人の天才が大きな変化をもたらす事がある。「1 アレクサンドロスの帝国の終焉」では、勢いのまま突っ走っちゃったら大帝国になっちゃったアレクサンドロス軍の後始末を描く。ボスのアレクサンドロスが前に進むことしか考えてなかったんだから、分裂と崩壊は当然の結果って気分になる。

 それと似ているのが、チンギス・ハンの帝国だ。勢いで突っ走っているように見えて、実は馬のリレーによる通信網を整備してたりと統治にも気を配っていたんだが、アレキサンドロス同様に彼の死と共に帝国は分裂し…

チンギス・ハンは帝国の偉業を示す建築物は何も残さず、首都だったカラコルム(バイカル湖の南に位置していた)も生きながらえなかった。
  ――6 モンゴル帝国、見掛け倒しの巨人 13世紀-14世紀 アルノー・ブラン

 記念碑みたいのを残そうとしなかったのは、そんな余裕がなかったのか、それとも遊牧民の性か。しかも資料が怪しげな元朝秘史(→Wikipedia)しかないってのも、なんとも謎めいている。

 さて、往々にして現代の独裁者は軍や秘密警察を使った恐怖政治を敷く。そんな独裁者の気持ちがわかるのが、「11 ナポレオンまたはフランスの夢の終わり」。それまでの王は生まれながらの貴種であり、幼い頃から周囲にかしづかれて育ったし、本人も「自分は尊い存在で支配するために生まれてきた」と思い込んでいる。

 でもナポレオンのように実力で権力をもぎ取った者は、そういう思い込みがない。だもんで、どうしても不安がある。そこで、力を見せつけようとするのだ。まあ実際、シリアのアサドに国民は不満タラタラだったし。

ナポレオン・ボナパルト「わたしがこの立場を維持できるのは力によってだけだ」
  ――11 ナポレオンまたはフランスの夢の終わり 1812-1815年 ティエリー・ランツ

 先に「中国をたった1章だけで済ますのは大雑把すぎる」と書いた。これは著者も同じ考えらしく、「12 中華帝国の九つの人生」では…

中国で「一つ」の帝国を語るのは不可能だ。中国には多くの帝国があり、それぞれ領土も権力も狙いとする目的も違っている。
  ――12 中華帝国の九つの人生 ダニエル・エリセフ

 と、愚痴ってるw そうだよね、やっぱり。あの中国史をたった20頁で語るのはさすがに無謀で、中身もやや散漫で投げやりだったりw

 やはり歴史が長く最近まで続いた帝国としてオスマン帝国がある。ジワジワと領土を削られ第一次世界大戦でとどめを刺されたオスマン帝国だが、末期には自覚して改革を試みてはいたのだ。でも…

オスマンの法律家アフメッド・ジェヴデート・パシャ
「すでに存在する国を改革するより、無から国を作ったほうが簡単である」
  ――14 オスマン帝国の最後 1918-1922年 ハミット・ボザルスラン

 なんて愚痴は、巨大な旧システムの保守に携わるITエンジニア諸氏も激しく頷くんじゃなかろかw

 どうしても日本人として気になるのが「16 原爆で解体された大日本帝国」。有名なハル・ノート(→Wikipedia)で「中国からの撤退」を米国は求めていた。この中国ってのがクセモノで、満州は含んでいなかったって説がある。著者もそういう見解だ。

もし日本がもっと協調的な政策でのぞんでいたら、広大な満州を吸収することができていただろう。
  ――16 原爆で解体された大日本帝国 1945年 ジャン=ルイ・マルゴラン

 だとしても、帝国陸軍の暴走はやっぱり止まらなかったと私は思うんだが、どうなんだろうなあ。いずれにせよ結果はご存知のとおり。やはり敗戦直後は国民の不信と不満は高かったようで…

われわれの指導層はアメリカ人についてこの点で嘘をついていたのだから、ほかの問題でもそうではないのだろうか? 1945年9月、左派系の「朝日新聞」がこのテーマをとりあげたら、読者から送られてきた手紙の約1/3が、開戦時1941年の指導層――とくに軍人――の処刑を要求していた!
  ――16 原爆で解体された大日本帝国 1945年 ジャン=ルイ・マルゴラン

 と、政府と軍への批判は強かった。が、残念ながらキチンとした検証は行われず…

ドイツと違い、日本では戦犯が追跡されることはなかった。
  ――16 原爆で解体された大日本帝国 1945年 ジャン=ルイ・マルゴラン

 ウヤムヤのまま復興へと向かう。ちゃんとケリをつけてたら、戦後史はだいぶ違っていただろうなあ。

 最後の「20 アメリカ帝国は衰退に向かうのか?」では、合衆国市民の意外な気持ちを綴る。帝国の地位を失うことへの恐怖だ。

 私は逆に合衆国の影響力は日々増している、と思っている。IT関係に携わる人は、たいていそうなんじゃなかろか。だってCPUの基本設計は Intel だし、OS は Microsoft で、インターネットの共通語は英語だ。成功してるサービスだって Amazon とか Google とか Twitter とか。あ、でも、マウスは Made in China か。

 でも、合衆国市民は違うらしい。周期的に「合衆国の影響力は減った」みたいな話が盛り上がる。たぶん、こういう「俺たちは落ちぶれつつある」って考えを持つ人は、どの国でも一定数いるんだと思う。「昔はよかった」の一種だね。とはいえ、日本は本当に落ちぶれてきたと思う。

 「帝国の滅亡」という統一テーマを掲げながらも、各帝国の成り立ちや多かれた状況そして滅亡の様子は異なる上に、各章の著者も違う。何より最初から、滅亡に共通する要因を見つけるなあんてのは諦めてる。それだけに散漫な印象はあるが、同時にバラエティに富んだ内容にもなった。歴史家によるエッセイ集ぐらいに考えて、気楽に読もう。

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