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2023年5月 1日 (月)

SFマガジン2023年6月号

「おれの名は、ウフコック・ペンティーノだ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第47回

<kill JAM...IFU>
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第7回

「四次元立方体がこの三次元空間に侵入してきたら、いったいどんなふうに見えるだろう?」
  ――グレッグ・ベア「タンジェント」酒井昭伸訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は二つ。「藤子・F・不二雄のSF短編」として「ヒョンヒョロ」再録,作品総解説,佐藤大×辻村深月対談ほか。もう一つは「グレッグ・ベア追悼」として短編「タンジェント」酒井昭伸訳や追悼エッセイなど。

 小説は8本。

 グレッグ・ベア追悼特集で「タンジェント」酒井昭伸訳。

 SF作家×小説生成AIで宮内悠介「すべての記憶を燃やせ」。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第7回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第47回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第17回,村山早紀「さやかに星はきらめき」最終回,夢枕獏「小角の城」第69回。

 読み切りは1本だけ。レイ・ネイラー「ムアッリム」鳴庭真人訳。

 まず特集「藤子・F・不二雄のSF短編」では、佐藤大×辻村深月対談の「アニメ業界、クリエイターにもSF短編好きは多いですよ。(略)ものづくりの共通言語になっている」が嬉しい。もちろん「ヒョンヒョロ」をまた読めるのも。ホンワカした絵柄で畳みかけるギャグ、そこはかとなく漂う50年代アメリカSF短編の香り、そして圧倒の大ゴマと鮮やかなオチ。星新一と並ぶフレドリック・ブラウンの系譜だと思う。

 グレッグ・ベア追悼特集の「タンジェント」酒井昭伸訳。科学者のピーターは、四次元立方体のイメージを掴もうと苦しんでいた。そこに訪ねてきた少年パルは、四次元の物体を三次元に投影するイメージをあっさりと理解しながらも、楽器トロンクラヴィアに興味津々だった。

 トロングラヴィアを調べたが出てこない。たぶん電子楽器。ピーターのモデルはアラン・チューリング。四次元の表現も見事だが、私はパルとピーターの人物像が強く印象に残る。韓国系の養子で家に居場所がないパル、故国から逃げ出すしかなかったピーター。寂しいながらも、こうするしかない結末が切ない。

 追悼エッセイ「鏖戦時代」酒井昭伸。鏖のよみが「おう」だと今知ったw てへ。伊藤典夫氏の案に感服。そうか、そういう手もあるねw

 SF作家×小説生成AIで宮内悠介「すべての記憶を燃やせ」。知人の遺品の整理をしているとき、柳田碧二の詩の断片を手に入れた。彼はこの詩をしたためたあとお、みずから命を絶った。

 対談でも語っているように、ちょっと川又千秋「幻詩狩り」みたいな出だしで始まる作品。そうか、AIは詩も作れるのか。と驚いてたら、AIのべりすと開発者のSta氏曰く「究極的には、AIって検索以上の何かではないんですね」。確かに言われてみれば。

 連載小説。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第17回。再起動した青野市。前回あたりから、コンパニオンや情緒的面影など、舞台の裏側が次々と明かされて驚くばかり。事件の焦点に当時は幻の映画だった「2001年宇宙の旅」があるのも嬉しい所。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第47回。ハメられたことに気づいたシルヴィアとラスティは暴走する。二人が共感から外れたと考えるハンターたちは、即座に手を打つが…

 ハンターの能力に弱点があったのは意外だったが、立ち直りの早さも凄い。このクールさがたまらん。同じクールさでも、<楽園>のソレは…まあ、昔からSFによく出てくるタイプですねw

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第7回。田村伊歩が前席、深井零が後席というフォーメーションで飛び立つ雪風。二人は、互いを知るため雑談を交わす。

 雑談といいつつ、かなり深いところまで突っ込む零に対し、驚くほど素直に応じる伊歩。ある意味、自信に溢れていて真っすぐなんだろうなあ。自信に溢れてるって点じゃ、桂城少尉も相当だw どうなるんだろうね、この三人+雪風w

 村山早紀「さやかに星はきらめき」最終回。クリスマスの本「さやかに星はきらめき」は無事に出版となり、評判も上々だ。そんな<言葉の翼>社っを、銀河連邦の職員が訪れる。

 まず、大団円を感じさせる、しまざきジョゼの扉絵がいい。遠い未来にも、紙の本は残っているんだろうか。作中の「さやかに星はきらめき」みたく、子供に読みこかせるのにも適した本は、やっぱり電子書籍より実態のある紙の方が相応しいんじゃないかと思う。

 読み切りのレイ・ネイラー「ムアッリム」鳴庭真人訳。ムアッリムは教師ロボットだ。アゼルバイジャンの奥地ヒナルク村に派遣された。確かに教師も務めているが、村人の薪割りや庭仕事も手伝う。子供たちに石を投げられボディはボコボコだ。支援プロジェクト監視役のマーリヤは不満タラタラだ。政府の説明は嘘だらけで事前調査も杜撰、おまけに電波も届かない。

 ピント外れの支援物資や、骨抜きにされた政府の政策、おバカなガキども、そして想定外ばかりの状況に不満を募らせる監視役と、いかにも国際支援あるあるな描写が生々しい。が、そんな中で、ロボットらしくトボけた受け答えをするムアッリムがユーモラスだ。オチも見事。

 小説はここまで。

 「ガーンズバック変換」「円」刊行記念対談 日本で語らう中国SF 陸秋槎×大森望。中国のSF状況が面白い。「ミステリ作家のデビュー作はだいたい自分の専門知識を利用します」って、どの国もそうだしミステリに限らない気が。「SF作家としてデビューできない人はみな、ゲーム会社でシナリオライターとして活躍」も。その方が儲かるってのもw 荊軻つながりでFGOファンが劉慈欣「円」に殺到ってのも楽しいw 入り口はなんでもいいと思う。雑誌<科幻世界>が国内作品と翻訳物で分裂したら読者も分裂してしまったってのも、なんか解るw 映像化すりゃ大金Getとか、確かにバブルだね。あと大森望の「SF作家はみんな、一生に一度は異常論文を書きたいと思っている」ってw 道理であの特集は熱がこもってたわけだw

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