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2023年4月 9日 (日)

イアン・トール「太平洋の試練 レイテから終戦まで 上」文藝春秋 村上和久訳

1944年8月、(ジェイムズ・)フォレスタルは(アーネスト・)キングにこういった。「宣伝は兵站や訓練と同じぐらい今日の戦いの一部であり、われわれはそのように理解しなければならない」
  ――序章 政治の季節

1940年以前には、アメリカは日本の屑鉄輸入の74%、銅輸入の93%、そして(もっとも重要なことに)石油輸入の80%を供給していた。
  ――第7章 海と空から本土に迫る

【どんな本?】

 合衆国の海軍史家イアン・トールが太平洋戦争を描く、歴史戦争ノンフクション三部作の最終章。

 米国における第二次世界大戦は、欧州戦線の、それも陸軍を主体として描く作品が多い。対してこの作品は、太平洋戦争を両国の海軍を主体に描くのが特徴である。歴史家の作品だけに、日米両国の資料を丹念に漁りつつも、戦場の描写は日米双方の様子をリアルタイムで見ているような迫力で描き切る。

 最終章の上巻では、大統領選を控えた米国の政治情勢から始まり、ペリリューの戦いや空母信濃の撃沈を経て、レイテ島の戦いがほぼ終わる1944年末までを扱う。

 次の目標は日本本土を睨める台湾か、またはマッカーサーが固執するフィリピンか。結局はフィリピンに決まったものの、その途中にあるペリリューは日本軍が丹念に要塞化しており、上陸・占領部隊は想定外の被害を受けてしまう。

 マッカーサーのレイテ上陸を支援するためレイテへと向かう合衆国の艦隊に対し、満身創痍の日本海軍は死に花を咲かせようと不利を承知で決戦を挑む。

 背景となる合衆国の政治情勢、密かに進められていた特攻作戦、防空から対地攻撃まで万能となったF6Fヘルキャット、潜水艦たちの戦い、悲劇の<捷一号>作戦、そして新兵器B-29の登場など、米国海軍を中心としながらも様々な視点からモザイク状に太平洋戦争の終盤を映し出す、重量級の戦争ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Twilight of the Gods : War in the Western Pacific 1944-1945, bg Ian W. Toll, 2020。日本語版は2022年3月25日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約353頁+530頁=883頁に加え、訳者解説「壮大な交響曲の締めくくりにふさわしい最終章」10頁。9ポイント45字×20行×(340頁+345頁)=約794,700字、400字詰め原稿用紙で約1987枚。文庫本なら4巻でも言いい大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も軍事物にしてはとっつきやすい方だろう。加えて当時の軍用機に詳しければ、更によし。敢えて言えば、1海里=約1.85km、1ノット=1海里/時間=1.85km/hと覚えておくといい。  日本側の航空機の名前など、原書では間違っている所を、訳者が本文中で直しているのが嬉しい。ただ索引がないのはつらい。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  •  上巻
  • 序章 政治の季節
  • 第1章 台湾かルソンか
  • 第2章 レイテ攻撃への道
  • 第3章 地獄のペリリュー攻防戦
  • 第4章 大和魂という「戦略」
  • 第5章 レイテの戦いの幕開け
  • 第6章 ハルゼーの誤算、栗田の失敗
  • 第7章 海と空から本土に迫る
  • 第8章 死闘のレイテ島
  •  ソースノート
  •  下巻
  • 第9章 銃後のアメリカ
  • 第10章 マニラ奪回の悲劇
  • 第11章 硫黄島攻略の代償
  • 第12章 東京大空襲の必然
  • 第13章 大和の撃沈、FDRの死
  • 第14章 惨禍の沖縄戦
  • 第15章 近づく終わり
  • 第16章 戦局必ずしも好転せず
  • 終章 太平洋の試練
  • 著者の覚書と謝辞/ソースノート/参考文献/訳者解説

【感想は?】

 緒戦では活躍した零戦だが、この巻が扱う1944年になると、完全にF6Fヘルキャットの優位になってしまう。

第二次世界大戦で屈指の撃墜数を誇るF6Fの撃墜王デイヴィッド・マッキャンベルは、彼らがほぼかならず日本の対戦相手を自分たちの下方で発見して、急降下で襲いかかることができたと指摘している。
  ――第2章 レイテ攻撃への道

 陸でも空でも、とにかく戦いは上にいるほうが有利なのだ。「兵士というもの 」でも、捕虜になったドイツ空軍の将兵は、エンジン性能で航空機を評価したとか。

 上巻冒頭の読みどころは、次の攻略目標が台湾かフィリピンかで揉めるところだろう。海軍は台湾を推すが、マッカーサーはフィリピン奪回に拘る。当時は人気絶頂だったマッカーサーだが、どうも著者はあまり好みでないようだ。もし台湾になっていたら、恐らく米国は大陸に足掛かりを得ていただろうし、戦後の極東情勢は大きく変わっていただろう。

 まあ、それは後知恵だから言えることだ。これは太平洋戦争のどの島でもそうで…

以下の法則は太平洋戦争の全期間を通じて、ほとんどの場合、あてはまった――アメリカ軍の指揮官が島を迂回する選択肢を検討し、議論して、結局、当初の計画どおり島を占領することを決断するたびに、彼らの決断はあとからふりかえると悲劇的に間違っていたように思えることになる。
  ――第2章 レイテ攻撃への道

 この悲劇を象徴するのが、ペリリューの戦い(→Wikipedia)。太平洋戦争の島への上陸作戦がたいていそうであったように、米国海軍の大規模な艦砲射撃や航空攻撃にも関わらず、ここでも日本軍は地形を充分に活用し丹念に準備された陣に籠り、頑強に抵抗を続ける。

実際には、少人数の日本兵は何カ月も戦いつづけ、何十名もの敗残兵が終戦後も洞窟でひきつづき暮らしていた。1947年3月、対日戦勝記念日のゆうに18カ月後、少尉指揮下の33名の日本軍敗残兵の一団が発見され、説得を受けて投降した。
  ――第3章 地獄のペリリュー攻防戦

 航空戦力が発達していても、堅牢な陣を築いての籠城戦は充分に効果があるのだ、少なくとも戦術的には。ウクライナも、クリミアのセヴァストポリを攻略しようとすると、かなり苦戦するんじゃないかな。

ただし、あくまでも戦術面に限った話で、戦略的にはサイパンもペリリューも無意味だったと私は思う。籠城戦に意味があるのは、時間を稼げば事態が良くなる場合だけだ。援軍が来るとか、敵の補給が尽きるとか、他のもっと重要な地点を味方が占領するとか。どれもこの時点じゃ日本には望みがない。

 この章では最初に上陸し戦闘に突入した第一海兵師団の戦いは丁寧に描いてるのだが、後に投入した陸軍第81歩兵師団の戦いはややアッサリ気味なあたり、著者の海軍中心な視点を示してる。

 そして台湾沖航空戦(→Wikipedia)の幻の大戦果に続き、レイテ湾海戦(レイテ沖海戦)へと挑む帝国海軍の目論見を暴いてゆく。

海軍軍令部第一部長・中澤佑少将「帝国連合艦隊に死に場所を与えてもらいたい」
  ――第4章 大和魂という「戦略」

 つまり戦略的にはなんの意味もなく、単にカッコつけたいだけなのだ。もっとも、日本国内での厭戦気分が広がってて、それを追い払おうって政治宣伝の意味もあるんだけど。いずれにせよ、勘定じゃなく感情で決めてるんだよなあ。なお、特攻についても…

特攻隊は戦術的手段であると同時にプロパガンダの手段でもあった。
  ――第8章 死闘のレイテ島

 と、目論見の半分は政治宣伝だ、としている。これは戦後も相変わらずだったり。

 そして大日本帝国海軍の組織的な戦いとしては最後となるレイテ湾海戦に突入。ここでは帝国海軍の戦術が書かれていいるのが嬉しい。例えば雷撃機の迎撃方法。

日本軍は太平洋戦争初期からこの手を使ってきた――低空飛行する雷撃機の進路に砲弾の水しぶきを上げて、撃墜するか、すくなくとも彼らを攻撃射程から逸れさせることを期待するのだ。
  ――第5章 レイテの戦いの幕開け

 また、艦砲射撃で上がる水柱が七色の色付きなのも知らなかった。「どの艦/砲の水柱なのか」を識別するために、色を付けたんだろうか。

 海戦は西村艦隊の壮絶な全滅で幕を開ける。

西村祥治海軍中将「本隊指揮官に報告。我、レイテ湾に向け突撃、玉砕す」
  ――第6章 ハルゼーの誤算、栗田の失敗

 日米それぞれに齟齬があった戦いだが、著者の筆はハルゼーに厳しい。はやって囮の小沢艦隊に全力で食い付いてしまった、と指摘する。

小沢治三郎中将「囮、それがわが艦隊の全使命でした」
  ――第6章 ハルゼーの誤算、栗田の失敗

 対して、有名な栗田ターン(→ニコニコ大百科)については…

実際には、日本艦隊に乗り組んでいた将兵は、本気で<捷一号>作戦に賛成してはいなかった。現実的な成功の見こみがなかったからである。
  ――第6章 ハルゼーの誤算、栗田の失敗

 「もともと、やる気なかったし」みたく推論してる。だったら出撃そのものを拒めよ、と考えてしまう。兵の命を何だと思って…いや、そんな事を考えたら、そもそも戦争なんかできないか。

 いずれにせよ、帝国海軍は、ここで事実上の壊滅状態となる。まさしく「死に場所」となったのだ。そこに政略または戦略的な意味はなかった、と私は思う。

この海戦は太平洋戦争の海戦を事実上、終わらせた。
  ――第6章 ハルゼーの誤算、栗田の失敗

 傷だらけの帝国海軍が無理矢理に進水させた空母信濃の潜水艦アーチャー・フィッシュによる撃沈(→「信濃!」)や、サイパンからのB-29の空襲(→「B-29日本爆撃30回の実録」)などの有名なエピソードを挟みつつ…

B-29パイロット「日本を爆撃するのには、わずかな時間しかかからない。人を参らせるのは、目標へ行って、基地に戻ってくる激務だ」
  ――第7章 海と空から本土に迫る

 海の戦いでは、敵は海軍だけではないことを思い起こさせる、ハルゼー艦隊への台風直撃で上巻は終わる。ここでもハルゼーに著者は厳しい。

台風は790名のアメリカ軍将兵の命を奪った。
  ――第8章 死闘のレイテ島

 フィリピン奪還に執念を燃やすマッカーサー、勝利の目はほぼ消えたにもかかわらず戦争を続ける大日本帝国などを背景に、戦いの記録は下巻へと続く。

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