SFマガジン2023年4月号
けれど黒は、とあなたは考える。喪服だけに使われるわけではない。魔女にふさわしい色なのだと。
――シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳16歳のころ、わたしは毎週木曜日に歯を売っていて、それがドクターに会ったきっかけだった。
――エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳『隠れているジャムを追い出せ。たたき落として、必ず帰投しろ。グッドラック』
――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回
376頁の標準サイズ。
特集は2つ。津原泰水特集で短編3本、童話1本、漫画1本の加え、エッセイ・追悼文そして作品解題。もう一つは鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。
小説は12本。
津原泰水特集で4本(うち1本は童話)。「イハイトの爪」,「Q市風説(斐坂ノート)」,「斜塔から来た少女」,童話「おなかがいたいアナグマ」。
連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回,夢枕獏「小角の城」第68回。
読み切りは3本。ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳,シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳,エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。
まずは津原泰水特集から。
「イハイトの爪」。クラシックのギタリストである兄イハイトのために、親指の爪を伸ばしている。若い娘のサラは、そう斐坂に語った。イハイトの爪が割れた際に、サラの爪を切ってイハイトの爪に貼るために。斐坂は既視感を憶えた。かつて自分が書いた作品に、そんな話があった気がする。
津原泰水名義での初短編。イハイトとサラの関係が、いかにもかつての少女小説家・津原やすみを感じさせる。が、その後の展開は、確かに津原泰水の味。この仕掛けは、著者の経験が活きてるんだろうか。
「Q市風説(斐坂ノート)」。社会学者の助手で食いつないでいる斐坂は、仕事で夏のQ市を訪れた。噂話を集めるために。去年は真っ白な屍体を見た。この街には吸血鬼がいる。パブでエールを飲んでいると、女が話しかけてきた。「この女はきのうまでお城の下にいた」
作家競作プロジェクト「憑依都市」の一編。たぶん返還前の香港をモデルとした、複数国の租界が乱立する治外法権都市Q市を舞台に、胡散臭い男が奇妙な事件に出会う、幻想的な作品。子供たちのうわさ話が、いかにもな不条理さで巧い。
「斜塔から来た少女」。アオゾラ空中都市と地上都市は小競り合いが続いたが、11大地震をきっかけに和解へと向かう。和平を演出するため、生徒交流が始まった。その一人として地上に降り立ったツキコは、引率のスキを見て抜け出し、乗り合いバスに飛び乗る。
壊れつつある空中都市に棲む上流階級の少女と、猥雑で汚染された地上に住む青年の出会いを描く物語…ではあるんだが、このオチはさすが。ちょっと星新一のショートショートにも似た味わいがある。
童話「おなかがいたいアナグマ」。ボスとおさんぽしていたとき、ダックスフントはふしぎなけものとあいました。けものは、はいすいこうにとびこみます。そこはタヌキのとおりみちでした。タヌキにきくと、けものはアナグマだとおしえてくれました。
津原泰水が童話って、大丈夫かい? と思ったが、大丈夫だったw ダックスフントとタヌキとアナグマ、それぞれの性質を巧く織り込んで、ちゃんと可愛い話にまとまってる。
もう一つの特集、鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。英米のサイエンス・ライターは、一つか二つの科学系の得意分野に加え歴史にも造詣が深い人が多い。対して鹿野氏は科学の知見が広く、かつ最新の知や技術にも通じていたんだなあ、と感じる。とってもテレビなどのマスコミに向くタイプだったのに、なぜ重用されなかったのか不思議だ。終盤では新型コロナの話が四つ続く。これも、鹿野氏は象牙の塔にこもるタイプではなく、時勢にも敏感な人だったのが伝わってくる。
次に連載。
神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回。田村伊歩大尉が雪風の前部に、深井零大尉が後部に乗っての会話。似ているようで、実は二人の根本はまったく違うことが明らかになってゆく。「人間相手には戦ってこなかった」零と、戦いを渇望してきた田村伊歩、そして常にジャムと戦っている雪風。コミュニケーションに難を抱えながらも、格好の仲間を得たトリオがどう暴れるか、期待が高まる。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回。マルセル島におけるハンターたちとマクスウェルたちの戦いに決着がつき、なんとも懐かしい場面が。弔われているのは…。オセロゲームの終盤のように、アチコチでクルクルと情勢が入れ替わってゆくさまが心地いい。にしても、マクスウェルの姿は…
飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回。何事もなかったかのように再起動した数値海岸の青野市。今回は児玉家の変容から始まる。「クレマン年代記」はナニやら重要な鍵が潜んでいそう。にしても、お母さん… 当時は幻の映画だった「2001年宇宙の旅」の、印象的な場面が出てきてオジサンは嬉しい。
村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回。山間の小さな町の図書館を、一人の旅びとが訪れる。司書の琴子は、旅人の肩に小さな生き物を見た気がした。旅人は人を探しに来たのだ。 道具立てはSFだけど、味わいは童話寄りの心優しいファンタジイ。ちょっとゼナ・ヘンダースンの「ピープル・シリーズ」を思い浮かべた。
続いて読み切り小説。
ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳。惑星ペイク・シグマⅡの雲霧林には、多様な生物がいる。千九回の公転で一回だけ卵を産むペトラドラゴン。塵様世代と雲様世代を交互に繰り返すスライスライ蠅。一秒間に百回方向を変える針嘴鳥。
時間に関わる掌編4本からなる作品。最初の「フリッカ」では、タイムスケールが大きく異なる生物たちを紹介する。スライスライ蠅は奇妙なようだが、地球でも似た生態のタマバチがいる(→「虫こぶ入門 」)。終盤では一部のIT技術者を悩ませる問題に、なかなかマッドな解決がw
シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳。白雪姫を娶った後に王子は王位を継ぎ、三人の子をもうけます。長男のゲルハルトは王子に似て、次男のヴィルヘルムは愛情深く、いちばん下のドロテアは14歳になり、同盟相手に嫁ぐはずでしたが…
白雪姫の後日譚…なんだが、この著者が素直に続きを語るはずもなく。冒頭から、白雪姫の醒めた目線が酷いw 舞台が中国だったら、往々にして悪役を押し付けられる立場に追いやられる白雪姫だが、そこはそれ。鏡の下す美人の評価も楽しい。
エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。エマは奇妙な性質を持つ一族の一人だ。怪我をしても、すぐ再生する。命を失うのは老衰か出産だけ。当時は若い歯科医だったドクターに、エマは毎週木曜日に歯を売っていた。やがて助産婦になったエマは、同族の妊婦と出会い…
書き出しが見事で、一気に引き込まれた。舞台は18世紀のロンドン。だもんで、女はまず医者になれない。当時の出産の場面の描写が、実に生々しくて強く印象に残る。終盤に近付くにつれ、否応なしに盛り上がるサスペンスも見事。
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