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2023年3月16日 (木)

ライアン・ノース「ゼロからつくる科学文明 タイム・トラベラーのためのサバイバルガイド」早川書房 吉田三知世訳

本ガイドブックの本文には、特別な訓練を一切受けていない、ひとりの人間が文明を基礎から築き上げるのに必要な科学、技術、数学、美術、音楽、著作物、文化、事実、数字の全てが記されています。
  ――あらら

農地は、同じ面積の非農地で狩猟採取によって得られる10倍から100倍のカロリーを生産することができます。
  ――3.5 余剰カロリー

多くの鳥は高代謝で呼吸が早いので、一酸化炭素やその他の毒ガスに、人間よりも先にやられてしまいます。具体的には、人間よりも約20分早く気を失います。
  ――10.4.1 鉱業

自転車は、人間がほとんど最初から完璧なものを作った数少ないもののひとつなのです!
  ――10.12.1 自転車

帆船は実際に、風そのものよりも速く進むことができます。
  ――10.12.5 船

【どんな本?】

 過去へと旅するタイムトラベラーが遭難してしまった。戻るすべはない。どうしよう。

 でも大丈夫。こんなこともあろうかと、タイムマシンFC3000TMには便利なマニュアルがついている。このマニュアルがあれば、あなたは自分で文明を立ち上げることができる。あ、ちなみに、あなたにはタイムマシンの修理なんて無理だから、そのつもりで。

 …という設定でわかるように、親しみやすくユーモラスな筆致で、人類が歴史の中で見つけた知識や創り上げた技術を総ざらえする、歴史と科学と技術の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How to Invent Everything : A Survival Guide for the Stranded Time Traveler, by Ryan North, 2018。日本語版は2020年9月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み約547頁。9ポイント33字×29行×547頁=約523,479字、400字詰め原稿用紙で約1,309枚。文庫なら上下または上中下ぐらいの大容量。

 文章はくだけているが、少々クセがある。プログラマのせいか、ジョークのセンスが NutShell シリーズに似てるのだ←わかんねーよ えっと、そうだな、あまし文筆に慣れてない理系の人がユーモラスで親しみやすくしようと頑張った、ぐらいに思ってください。

 内容は、簡単な所もあれば難しい所もある。数学や理科が得意な中学生なら、楽しんで読み通せるだろう。あと、歴史のトリビアが好きな人には楽しい小ネタがチラホラ。

【感想は?】

 最近の私が凝っている、科学史・技術史の「まとめ」みたいな本だ。

 なにせ目的は文明の再建だ。取り上げるテーマは多岐にわたる。話し言葉・書き言葉・使いやすい数に始まり、農牧業・鉱業なんて産業から、紡ぎ車・ハーネス・鋤とかの一見単純な技術や工夫、科学的方法や論理などの概念、そしてお決まりの蒸気機関を介して有人飛行までも網羅している。

 それだけに、バラエティに富み美味しい所のつまみ食いみたいな楽しさがある。その反面、個々のテーマへの掘り下げは足りないのは、まあ仕方がないか。

 もう一つ、最近の私が凝っている「小説家になろう」の読み手としても、やっぱり楽しい本だ。

 文明の遅れた世界に行って、現代知識で無双しよう…とか思っても、コンピュータのない世界に行ったら、プログラマはなんの役にも立たない。実際、著者はそういう発想で書き始めたそうだ。

 私も「なろう」の異世界に行ったら、何もできそうもない。だって革のなめし方さえ知らないし。ってんでこの本を読むと…いや、やっぱ、勘弁してほしいなあ。よく見つけたもんだ、そんな方法。

 やっぱり「なろう」で楽しいのは、文明の進歩を速められること。著者もそんな想いを持っているらしく。「人類はこんな事も分からずに××年も無駄にした」みたいな記述がアチコチにある。例えば…

医学は、体液病理説が放棄されたあとの2世紀ほどの間に、それ以前のすべての世紀の間に進んだよりも、はるかに進んだのです。
  14.体を癒す:薬とその発明の仕方――

 まあ、そのためには、統計学とか対照実験とか二重盲検法とかの概念が必要だったんだけど。

 また、「そんな小さな工夫で…」みたいな驚きも多い。やはり医学だと、聴診器がソレ。

聴診器を発明するには、筒を作って誰かの胸に当てるだけでいいのです。
  ――10.3.2 聴診器

 「そんな単純なモンで」と思うんだが、意外と気が付かないんだよね、こーゆーの。

 聴診器は誰もが知ってるけど、ベルトン式水車(→Wikipedia)は、あまし馴染みがないだろう。工夫は単純で、水車の各バケツの真ん中に「くさび型の境目」をつけるだけ。この工夫も意外だけど、これを見つけたキッカケも可笑しい。いやホントか嘘かわかんないが。

 と、そんな、ちょっとした歴史のトリビアもギッシリ詰まってる。産科鉗子のチェンバレン家の話とかは、いかにもありそうで切ない。

 また、現在の私たちの文明が、意外と「たった一つのこと」に依存してるのも、実感できたりする。その代表例が、これ。

文明を滅ぼすこともできる原子炉の力を手にした今でさえ、私たちはその力をほとんど水を沸騰させるためだけに使っているのです。
  ――10.5.4 蒸気機関

 いやあ、ボイルの法則(→Wikipedia)は偉大だわ。要は「高温の気体は体積がやたらデカくなる」って理屈。自動車もロケットも原子力発電所も銃も、体積の爆発的な拡大が原動力なんだよね。

 やはり科学で圧倒的だったのが、11章。ここでは原子の仕組みから化合物ができるまでを扱うんだが…

最も小さな電子核は、2個の電子を収納できますが、次の電子核には8個、その次に大きな電子核には18個、というぐあいに、2(n2)という式にしたがって、収容できる電子の数が、外側の殻ほど多くなります。
  ――11.化学:物とはなにか? どうやって物を作ればいいのか?

 ってな規則性から始まって、様々な物質が、どう結びつくかまでを扱ってる。私は化学が苦手なんだけど、この章を読むだけで化学が分かった気になるから凄い。

 科学エッセイが好きな人に、技術史に興味がある人に、「なろう」で現代知識無双を夢見る人にお薦め。

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