« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »

2023年3月の2件の記事

2023年3月22日 (水)

SFマガジン2023年4月号

けれど黒は、とあなたは考える。喪服だけに使われるわけではない。魔女にふさわしい色なのだと。
  ――シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳

16歳のころ、わたしは毎週木曜日に歯を売っていて、それがドクターに会ったきっかけだった。
  ――エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳

『隠れているジャムを追い出せ。たたき落として、必ず帰投しろ。グッドラック』
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回

 376頁の標準サイズ。

 特集は2つ。津原泰水特集で短編3本、童話1本、漫画1本の加え、エッセイ・追悼文そして作品解題。もう一つは鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。

 小説は12本。

 津原泰水特集で4本(うち1本は童話)。「イハイトの爪」,「Q市風説(斐坂ノート)」,「斜塔から来た少女」,童話「おなかがいたいアナグマ」。

 連載は5本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回,夢枕獏「小角の城」第68回。

 読み切りは3本。ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳,シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳,エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。

 まずは津原泰水特集から。

 「イハイトの爪」。クラシックのギタリストである兄イハイトのために、親指の爪を伸ばしている。若い娘のサラは、そう斐坂に語った。イハイトの爪が割れた際に、サラの爪を切ってイハイトの爪に貼るために。斐坂は既視感を憶えた。かつて自分が書いた作品に、そんな話があった気がする。

 津原泰水名義での初短編。イハイトとサラの関係が、いかにもかつての少女小説家・津原やすみを感じさせる。が、その後の展開は、確かに津原泰水の味。この仕掛けは、著者の経験が活きてるんだろうか。

 「Q市風説(斐坂ノート)」。社会学者の助手で食いつないでいる斐坂は、仕事で夏のQ市を訪れた。噂話を集めるために。去年は真っ白な屍体を見た。この街には吸血鬼がいる。パブでエールを飲んでいると、女が話しかけてきた。「この女はきのうまでお城の下にいた」

 作家競作プロジェクト「憑依都市」の一編。たぶん返還前の香港をモデルとした、複数国の租界が乱立する治外法権都市Q市を舞台に、胡散臭い男が奇妙な事件に出会う、幻想的な作品。子供たちのうわさ話が、いかにもな不条理さで巧い。

 「斜塔から来た少女」。アオゾラ空中都市と地上都市は小競り合いが続いたが、11大地震をきっかけに和解へと向かう。和平を演出するため、生徒交流が始まった。その一人として地上に降り立ったツキコは、引率のスキを見て抜け出し、乗り合いバスに飛び乗る。

 壊れつつある空中都市に棲む上流階級の少女と、猥雑で汚染された地上に住む青年の出会いを描く物語…ではあるんだが、このオチはさすが。ちょっと星新一のショートショートにも似た味わいがある。

 童話「おなかがいたいアナグマ」。ボスとおさんぽしていたとき、ダックスフントはふしぎなけものとあいました。けものは、はいすいこうにとびこみます。そこはタヌキのとおりみちでした。タヌキにきくと、けものはアナグマだとおしえてくれました。

 津原泰水が童話って、大丈夫かい? と思ったが、大丈夫だったw ダックスフントとタヌキとアナグマ、それぞれの性質を巧く織り込んで、ちゃんと可愛い話にまとまってる。

もう一つの特集、鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。英米のサイエンス・ライターは、一つか二つの科学系の得意分野に加え歴史にも造詣が深い人が多い。対して鹿野氏は科学の知見が広く、かつ最新の知や技術にも通じていたんだなあ、と感じる。とってもテレビなどのマスコミに向くタイプだったのに、なぜ重用されなかったのか不思議だ。終盤では新型コロナの話が四つ続く。これも、鹿野氏は象牙の塔にこもるタイプではなく、時勢にも敏感な人だったのが伝わってくる。

 次に連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第6回。田村伊歩大尉が雪風の前部に、深井零大尉が後部に乗っての会話。似ているようで、実は二人の根本はまったく違うことが明らかになってゆく。「人間相手には戦ってこなかった」零と、戦いを渇望してきた田村伊歩、そして常にジャムと戦っている雪風。コミュニケーションに難を抱えながらも、格好の仲間を得たトリオがどう暴れるか、期待が高まる。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第46回。マルセル島におけるハンターたちとマクスウェルたちの戦いに決着がつき、なんとも懐かしい場面が。弔われているのは…。オセロゲームの終盤のように、アチコチでクルクルと情勢が入れ替わってゆくさまが心地いい。にしても、マクスウェルの姿は…

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第16回。何事もなかったかのように再起動した数値海岸の青野市。今回は児玉家の変容から始まる。「クレマン年代記」はナニやら重要な鍵が潜んでいそう。にしても、お母さん… 当時は幻の映画だった「2001年宇宙の旅」の、印象的な場面が出てきてオジサンは嬉しい。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第8回。山間の小さな町の図書館を、一人の旅びとが訪れる。司書の琴子は、旅人の肩に小さな生き物を見た気がした。旅人は人を探しに来たのだ。 道具立てはSFだけど、味わいは童話寄りの心優しいファンタジイ。ちょっとゼナ・ヘンダースンの「ピープル・シリーズ」を思い浮かべた。

 続いて読み切り小説。

 ケン・リュウ「タイムキーパーのシンフォニー」古沢嘉通訳。惑星ペイク・シグマⅡの雲霧林には、多様な生物がいる。千九回の公転で一回だけ卵を産むペトラドラゴン。塵様世代と雲様世代を交互に繰り返すスライスライ蠅。一秒間に百回方向を変える針嘴鳥。

 時間に関わる掌編4本からなる作品。最初の「フリッカ」では、タイムスケールが大きく異なる生物たちを紹介する。スライスライ蠅は奇妙なようだが、地球でも似た生態のタマバチがいる(→「虫こぶ入門 」)。終盤では一部のIT技術者を悩ませる問題に、なかなかマッドな解決がw

 シオドラ・ゴス「魔女たる女王になる方法」原島文世訳。白雪姫を娶った後に王子は王位を継ぎ、三人の子をもうけます。長男のゲルハルトは王子に似て、次男のヴィルヘルムは愛情深く、いちばん下のドロテアは14歳になり、同盟相手に嫁ぐはずでしたが…

 白雪姫の後日譚…なんだが、この著者が素直に続きを語るはずもなく。冒頭から、白雪姫の醒めた目線が酷いw 舞台が中国だったら、往々にして悪役を押し付けられる立場に追いやられる白雪姫だが、そこはそれ。鏡の下す美人の評価も楽しい。

 エマ・トルジュ「はじまりの歯」田辺千幸訳。エマは奇妙な性質を持つ一族の一人だ。怪我をしても、すぐ再生する。命を失うのは老衰か出産だけ。当時は若い歯科医だったドクターに、エマは毎週木曜日に歯を売っていた。やがて助産婦になったエマは、同族の妊婦と出会い…

 書き出しが見事で、一気に引き込まれた。舞台は18世紀のロンドン。だもんで、女はまず医者になれない。当時の出産の場面の描写が、実に生々しくて強く印象に残る。終盤に近付くにつれ、否応なしに盛り上がるサスペンスも見事。

| | コメント (0)

2023年3月16日 (木)

ライアン・ノース「ゼロからつくる科学文明 タイム・トラベラーのためのサバイバルガイド」早川書房 吉田三知世訳

本ガイドブックの本文には、特別な訓練を一切受けていない、ひとりの人間が文明を基礎から築き上げるのに必要な科学、技術、数学、美術、音楽、著作物、文化、事実、数字の全てが記されています。
  ――あらら

農地は、同じ面積の非農地で狩猟採取によって得られる10倍から100倍のカロリーを生産することができます。
  ――3.5 余剰カロリー

多くの鳥は高代謝で呼吸が早いので、一酸化炭素やその他の毒ガスに、人間よりも先にやられてしまいます。具体的には、人間よりも約20分早く気を失います。
  ――10.4.1 鉱業

自転車は、人間がほとんど最初から完璧なものを作った数少ないもののひとつなのです!
  ――10.12.1 自転車

帆船は実際に、風そのものよりも速く進むことができます。
  ――10.12.5 船

【どんな本?】

 過去へと旅するタイムトラベラーが遭難してしまった。戻るすべはない。どうしよう。

 でも大丈夫。こんなこともあろうかと、タイムマシンFC3000TMには便利なマニュアルがついている。このマニュアルがあれば、あなたは自分で文明を立ち上げることができる。あ、ちなみに、あなたにはタイムマシンの修理なんて無理だから、そのつもりで。

 …という設定でわかるように、親しみやすくユーモラスな筆致で、人類が歴史の中で見つけた知識や創り上げた技術を総ざらえする、歴史と科学と技術の一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How to Invent Everything : A Survival Guide for the Stranded Time Traveler, by Ryan North, 2018。日本語版は2020年9月25日初版発行。単行本ソフトカバー横一段組み約547頁。9ポイント33字×29行×547頁=約523,479字、400字詰め原稿用紙で約1,309枚。文庫なら上下または上中下ぐらいの大容量。

 文章はくだけているが、少々クセがある。プログラマのせいか、ジョークのセンスが NutShell シリーズに似てるのだ←わかんねーよ えっと、そうだな、あまし文筆に慣れてない理系の人がユーモラスで親しみやすくしようと頑張った、ぐらいに思ってください。

 内容は、簡単な所もあれば難しい所もある。数学や理科が得意な中学生なら、楽しんで読み通せるだろう。あと、歴史のトリビアが好きな人には楽しい小ネタがチラホラ。

【感想は?】

 最近の私が凝っている、科学史・技術史の「まとめ」みたいな本だ。

 なにせ目的は文明の再建だ。取り上げるテーマは多岐にわたる。話し言葉・書き言葉・使いやすい数に始まり、農牧業・鉱業なんて産業から、紡ぎ車・ハーネス・鋤とかの一見単純な技術や工夫、科学的方法や論理などの概念、そしてお決まりの蒸気機関を介して有人飛行までも網羅している。

 それだけに、バラエティに富み美味しい所のつまみ食いみたいな楽しさがある。その反面、個々のテーマへの掘り下げは足りないのは、まあ仕方がないか。

 もう一つ、最近の私が凝っている「小説家になろう」の読み手としても、やっぱり楽しい本だ。

 文明の遅れた世界に行って、現代知識で無双しよう…とか思っても、コンピュータのない世界に行ったら、プログラマはなんの役にも立たない。実際、著者はそういう発想で書き始めたそうだ。

 私も「なろう」の異世界に行ったら、何もできそうもない。だって革のなめし方さえ知らないし。ってんでこの本を読むと…いや、やっぱ、勘弁してほしいなあ。よく見つけたもんだ、そんな方法。

 やっぱり「なろう」で楽しいのは、文明の進歩を速められること。著者もそんな想いを持っているらしく。「人類はこんな事も分からずに××年も無駄にした」みたいな記述がアチコチにある。例えば…

医学は、体液病理説が放棄されたあとの2世紀ほどの間に、それ以前のすべての世紀の間に進んだよりも、はるかに進んだのです。
  14.体を癒す:薬とその発明の仕方――

 まあ、そのためには、統計学とか対照実験とか二重盲検法とかの概念が必要だったんだけど。

 また、「そんな小さな工夫で…」みたいな驚きも多い。やはり医学だと、聴診器がソレ。

聴診器を発明するには、筒を作って誰かの胸に当てるだけでいいのです。
  ――10.3.2 聴診器

 「そんな単純なモンで」と思うんだが、意外と気が付かないんだよね、こーゆーの。

 聴診器は誰もが知ってるけど、ベルトン式水車(→Wikipedia)は、あまし馴染みがないだろう。工夫は単純で、水車の各バケツの真ん中に「くさび型の境目」をつけるだけ。この工夫も意外だけど、これを見つけたキッカケも可笑しい。いやホントか嘘かわかんないが。

 と、そんな、ちょっとした歴史のトリビアもギッシリ詰まってる。産科鉗子のチェンバレン家の話とかは、いかにもありそうで切ない。

 また、現在の私たちの文明が、意外と「たった一つのこと」に依存してるのも、実感できたりする。その代表例が、これ。

文明を滅ぼすこともできる原子炉の力を手にした今でさえ、私たちはその力をほとんど水を沸騰させるためだけに使っているのです。
  ――10.5.4 蒸気機関

 いやあ、ボイルの法則(→Wikipedia)は偉大だわ。要は「高温の気体は体積がやたらデカくなる」って理屈。自動車もロケットも原子力発電所も銃も、体積の爆発的な拡大が原動力なんだよね。

 やはり科学で圧倒的だったのが、11章。ここでは原子の仕組みから化合物ができるまでを扱うんだが…

最も小さな電子核は、2個の電子を収納できますが、次の電子核には8個、その次に大きな電子核には18個、というぐあいに、2(n2)という式にしたがって、収容できる電子の数が、外側の殻ほど多くなります。
  ――11.化学:物とはなにか? どうやって物を作ればいいのか?

 ってな規則性から始まって、様々な物質が、どう結びつくかまでを扱ってる。私は化学が苦手なんだけど、この章を読むだけで化学が分かった気になるから凄い。

 科学エッセイが好きな人に、技術史に興味がある人に、「なろう」で現代知識無双を夢見る人にお薦め。

【関連記事】

| | コメント (0)

« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »