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2022年11月21日 (月)

ローランド・エノス「『木』から辿る人類史 ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る」NHK出版 水谷淳訳

いまや、木の役割を見直すべきときだ。本書は、このもっとも汎用性の高い素材と私たちとの関係性に基づいて、人類の進化、先史時代、歴史を新たに解釈し直したものである。
  ――プロローグ どこにもつながっていない道

【どんな本?】

 人類文明の曙について、私は石器時代→青銅器時代→鉄器時代と習った。だが、この分類には、重要な素材が欠けている。木だ。

 石や金属に比べ、木は遺物として残りにくい。そのため、石や鉄の矢じりや斧頭は残るが、弓と矢や斧の柄は残らない。モノで人類史を辿ると、どうしても残った石や金属部品に目が行く。だが、弓と矢や斧の柄そして槍の柄など木製の部分も、道具の性質や性能に大きな影響を及ぼす。

 2019年4月には、パリのノートルダム大聖堂が火災にあった。石造りだと思われていたが、木材も建物を支える役割を担っていたのだ。私たちの知らない所で、木材は重要な役割を果たしてきたし、今も果たしている。

 木は、石や金属やプラスチックと違い、独特の性質を持っている。例えば、木目(年輪)の向きによって、加工のしやすさや構造材としての強さが大きく異なる。また、乾燥することでも、強度や性質が変わる。もちろん、木の種類によっても違う。

 樹上生活だった類人猿の時代から現代に至るまで、木が人類に与えた影響と人類の木の利用法について、生体力学の研究者が科学と工学および歴史の知識を駆使しながらも親しみやすい語り口で綴る、一般向けの歴史・科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Age of Wood : Our Most Useful Material and the Construction of Civilization, by Roland Ennos, 2020。日本語版は2021年9月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約332頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント43字×17行×332頁=約242,692字、400字詰め原稿用紙で約607枚。文庫ならちょい厚めの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も一般向けで、分かりやすい方だろう。中学卒業程度の理科と歴史の素養があれば、ほぼ読みこなせる。木工の経験があれば、更によし。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

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  • プロローグ どこにもつながっていない道
  • 第1部 木が人類の進化をもたらした 数百年前~1万年前
  • 第1章 樹上生活の遺産
    樹上生活に適した身体とは/食物の変化と脳の発達/類人猿の脳はなぜ大きいのか/木の複雑な構造を理解する/二足歩行はどのように始まったか
  • 第2章 木から下りる
    植物をとるために道具を使う/木の組織構造を利用する/木を燃やす/火を使った調理の始まり
  • 第3章 体毛を失う
    狩猟仮説と体温調節/寄生虫対策/木造の小屋と体温調節
  • 第4章 道具を使う
    石器神話はどこが問題なのか/木製道具による知能の進化/チームワークによる狩り/狩猟用の道具を極める
  • 第2部 木を利用して文明を築く 1万年前~西暦1600年
  • 第5章 森を切り拓く
    木船による交易の始まり/農耕の問題/どのようにして森を切り拓いたか/家や井戸を造る/萌芽から木を育てる
  • 第6章 金属の融解と製錬
    木炭で金属を製錬する/造船技術の進歩/車軸の発明/アメリカ大陸ではなぜ車輪が使われなかったのか
  • 第7章 共同体を築く
    建築技術の発展/ヴァイキング船の黄金時代/鋸の登場/花開いた木工文化
  • 第8章 贅沢品のための木工
    整備な彫刻/楽器の音色を左右する
  • 第9章 まやかしの石造建築
    ストーンヘンジは木造だった?/石造りの屋根が難しいわけ/ゴシック建設をひそかに支える木材/意外に高い断熱性と耐久性
  • 第10章 文明の停滞
    古代以降なぜ進歩は鈍ったのか/森のそばで栄えた製鉄業/伝統的な木工技術の限界
  • 第3部 産業化時代に変化した木材との関わり 西暦1600年~現代
  • 第11章 薪や木炭にかわるもの
    石炭の利用でイギリス経済が発展/新たな動力源/石炭を使った製鉄/蒸気機関 産業革命の推進力
  • 第12章 19世紀における木材
    錬鉄の発明/鉄道・建築・船舶の発展/木製品の大量生産/鉄と木を組み合わせる/紙の発明とメディアの台頭
  • 第13章 現代世界における木材
    鋼鉄とコンクリートの発明/世界を席巻するプラスチック/合板で飛行機を造る/建築界を一変させた新たな素材/増えつづける木材の使用料
  • 第4部 木の重要性と向き合う
  • 第14章 森林破壊の影響
    森林伐採による土壌流出の影響/広葉樹と針葉樹の違い/技術発展により広がる森へのダメージ/森林面積と気候変動の関係/植林がもたらす問題
  • 第15章 木との関係を修復する
    さまざまな緑化運動/再自然化運動の高まり
  • 謝辞/訳者あとがき/原注/参考文献

【感想は?】

 ヒトと木の関わりは、「森と文明」や「木材と文明」を読んできた。

 両者が素材やエネルギー源そして経済活動の場として森林を見ているのに対し、本書の特徴は、木材の構造材としての性質に注目している点だろう。さすが生体工学者。

 しかも、話は文明化以前から始まる。なんたって、樹上生活からだ。スケールがデカい。

 道具を使い始めてからも、ヒトは木の性質を使いこなす。例えば槍を作るにしても…

木の組織には、木自体にとっては役に立たない二つの性質があり、初期のヒト族は思いがけずそのうちの一つにも助けられたようだ。木が折れて乾燥しはじめると、力学的性質が向上するのだ。
  ――第2章 木から下りる

 軟らかい生木のうちに加工しておいて乾かすと、掘り棒にしたってグッと強くなる。当然ながら薪としても乾いてる方がいい。問題は、どうやって木を加工するか、だ。鑿や鋸があるならともかく、先史時代じゃ、そんな便利なものはない。かといって、折るにしても、木ってのは、木目があるから、折り口がギザギザになって綺麗な形にはならない。そこで石器だ。

初期のヒト族が使っていた大型の道具のほとんどは木でできていて、石器は小物の刃物に限られていたものと推測できる。
  ――第4章 道具を使う

 矢じりとか槍の穂先とかですね。または、木を加工するためのナイフとか。この視点が面白くて、本書では石器→青銅器→鉄の変化を、木の加工技術の進歩として描き出してるのが大きな特徴。

金属の登場によって人々はますます木に頼り、さらにずっと多く木を利用するようになったのだ。
  ――第6章 金属の融解と製錬

 石から金属にかわることで、より精密に木を加工できるようになった、と説いてる。その代表が…

銅器や青銅器の出現と時を同じくして、旧世界の輸送手段を一変させて国際貿易の引き金を引いた二つの木製品が登場した。それは板張り船と車輪である。
  ――第6章 金属の融解と製錬

 木で船を作るったって、木の継ぎ目から水が漏れてきたら、たまったモンじゃない。水漏れがないように、高い精度で板を切り出し継ぐ技術が要るわけ。車輪も丸太を輪切りにしたんじゃダメで、木は乾くと直径方向に割れ目が入っちゃう。

 ここでは「車輪の直径が大きいほど、また車軸が細くなめらかですべりやすいほど、車輪は容易に転がる」のが意外だった。他はともかく、車軸は細い方がいいのかあ。また、青銅器時代で、車輪と車軸が独立に回るタイプがあるのも驚き。これだと左右の車輪の回転が違ってもいいので、カーブを曲がりやすいのだ。更に紀元前2550年ごろには、アイルランドで木製のレールまでできてる。

 とまれ、当初の車輪は板を貼り合わせて円形にしたもの。今風のものは…

初のスポーク付き車輪は、紀元前1500年ごろにエジプト人や彼らと対立する中東の人々によって作られたが、車輪の構造がもっとも進歩したのは、ホメロスの叙事詩に描かれたギリシャ時代の二輪戦車においてである。
  ――第7章 共同体を築く

 ちなみに車輪が歪むのは防げなかったようで、使わない時は車輪を外すか戦車を上下さかさまにひっくり返すかそうで。兵器のメンテは大事なのだ。

 古代の加工技術恐るべしと思ったのは…

製陶用のろくろが発明されたのは車輪と同じ紀元前3500年ごろだが、旋盤が登場するのは紀元前1500年ごろになってからで、エジプトの壁画に描かれている。
  ――第7章 共同体を築く

 紀元前に旋盤まで登場しているとは。他にもお馴染みのアレも…

曲げた木の板をつなぎ合わせて作る木製の樽は、おそらく紀元前350年ごろにケルト人によって発明され、アンフォラ(土器)よりもはるかに実用的であることがすぐに明らかとなった。強度が強いうえに、地面を転がして運ぶこともできるし、簡単に積み重ねることもできた。
  ――第7章 共同体を築く

 いや樽って、ちょっと見は単純な構造だけど、水漏れしないように造るのって、すんげえ難しいと思うんだよね。ちなみに本書では樽をコンテナに例えている。

 などの実用品に加え、贅沢品にも木は使われている。その一つが、楽器。

ほとんどの楽器は、特定の振動数の空気振動を増幅させる共鳴室をそなえていて、その壁や仕切り板が共振して音の大きさと質を高めるようにできている。そのため、音を速いスピードで伝えて高い周波数で共振する、軽くて剛性の高い木材で作られている。
  ――第8章 贅沢品のための木工

 ここではバイオリンの名器ストラディヴァリウスの話も出てきて、寒い小氷期に成長したトウヒが関係あるかも、なんて切ない話も。

 最初にパリのノートルダム大聖堂の火災について触れた。欧州の石造りの建築物の多くが、実は中で木をたくさん使っているらしく…

建築の歴史は、うわべだけは石造りの建物を、木材を使って安定させて守るための技術の進化ととらえることができるのだ。
  ――第9章 まやかしの石造建築

 なんて暴露してる。特に屋根が難しいんですね。しかも木ってのはクセがあって…

伝統的な木工品が抱える構造上の最大の欠点は、木材が等方的でない、つまり木目に沿った方向と木目に垂直な方向で性質がまったく異なることに由来し、それが木工において大きな問題となる。
  ――第10章 文明の停滞

 これを解決する手段の一つが、斜めに支えを入れて三角形の組み合わせにすること。いわゆるトラス構造(→Wikipedia)。

 建物の大工はトラスの利点に気づいてたけど、船大工には伝わらなかったらしい。ちなみに船じゃ竜骨(船底中央の太い木材)が巧妙な発明と言われてるが、その理由も少しわかった。

船を浮かばせる浮力のほとんどは船体の中央周辺にかかり、その場所は幅がもっとも広くて船体がもっとも深く沈む。一方、船の残後端はもっと幅が狭く、船尾と船首は海面からかなり突き出している。そのため、前後端の重みで船首と船尾が下に引っ張られて船全体がしなり(これをホギングという)、骨組みに剪断力がかかる。
  ――第10章 文明の停滞

 船底中央には強い力がかかるから、それだけ強い構造材が必要なのだ。

 こういう、工学的な話は実に楽しい。やはり蒸気機関の発達にしても、工学…というより工作技術が大事な役割を果たしている。ジェイムズ・ワットとジョン・ウィルキンソンの蒸気機関の改造では、シリンダーとピストンの精度による蒸気漏れが壁だったんだが…

大砲の砲身をくりぬくための中ぐり盤を使って、中の詰まった鉄の塊に円筒形の穴を精確に穿つことで、ピストンがぴったりはまって上下に自由に動ける、内面のなめらかなシリンダーを作ったのだ。こうして、蒸気機関の製造を阻む最大の技術的問題(=水蒸気漏れ)が克服された。
  ――第11章 薪や木炭にかわるもの

 そうか、中ぐりで作っていたのか。

 その蒸気機関による鉄道、線路を敷こうとすれば、川を越えなきゃいけない。そこで必要になるのが、橋。欧州じゃ錬鉄で橋を架けたが、新大陸では…

アメリカの鉄道が誇りとしていたのは、峡谷を渡る壮観な木製の構脚橋(トレッスル橋)である。これは、ヨーロッパで好んで用いられた鉄製のトラスと土の築堤のかわりに、もっと安価に短期間で作れる木製の桁梁と鉄製の接合具からなる骨組みを用いたものだった。このおかげでアメリカの鉄道の建設費は、1マイルあたり2万~3万ドルと、ヨーロッパの典型的な鉄道の建設費18万ドルの1/6以下だった。
  ――第12章 19世紀における木材

 バック・トゥ・ザ・フューチャーPart3で、マーティが現代に戻る際に吹っ飛ばした橋だね。ここで著者が注目してるのは、素材が木なのに加え、それを組むのに鉄製のボルトを使っている点。新しい素材と組み合わせることで、木の利用範囲は広がっていくのだ。これは素材ばかりでなく、加工技術もそうで…

集成材を開発でするうえで大きなブレークスルーとなったのが、フィンガージョイント(→英語版Wikipedia)の発明である。
  ――第13章 現代世界における木材

 写真を見ればわかるが、フィンガージョイントはやたら面倒くさい加工が必要だ。たぶん、CNC(コンピュータ数値制御)の発達で可能になった仕組みだろう。

 そんな最新技術の進歩により、木材の利用はますます盛んになっていて…

木材の生産量と使用量は年ごとに増えていて、2018年には約14憶立方メートルだったのが、2030年には約17憶立方メートルまで増えると予想されている。
  ――第13章 現代世界における木材

 そういや、東京オリンピックで再建した国立競技場も、木を使ってると盛んに宣伝してたっけ。あれ、単なる懐古趣味じゃなくて、CLT(Cross Laminated Timber,直交集成板、→一般社団法人CLT協会)とかの最新技術を使っているのだ。CLTはビルにも使えて…

集成材やCLT(直行集成材)で建てられた新たな高層ビルやマンションの重量は、従来の鉄筋コンクリートの建物の1/5ほどである。それによって、建築時に消費されるエネルギーも少なくてすむし、基礎も浅くてすむため、内包エネルギーの量を通常の建物の20%に抑えられる。
  ――第15章 木との関係を修復する

 さすがにブルジュ・ハリファは無理だけど、10階程度なら大丈夫らしい。とまれ、地震の多い日本じゃどうかわかんないけど。

 と、木の利用が増えてる分、植林も盛んになってる。が、そこにも問題はある。日本じゃスギ花粉が猛威を振るってるし。どんな木を植えるかってのは難しい。というのも、木が育った未来の需要で考えなきゃいけないからだ。森林を切り拓くのも一筋縄じゃ行かなくて…

時代を問わず、世界中で同じパターンが何度も繰り返されてきた。その中でももっとも顕著なのが、農耕民が新たな地域に入植するときには必ず、広葉樹に覆われている場所に最初に定住するという傾向である。
  ――第14章 森林破壊の影響

 広葉樹が生える所は土壌が豊かで作物がよく育つ。また、多くの広葉樹は切り株から新芽が再生する(萌芽更新、→Wikipedia)んで、薪も調達しやすい。対して針葉樹は痩せた土地で育つうえに落ち葉が土壌を酸性化してしまう。そんな違いがあったのか。

 他にも萌芽更新は植樹より効率がいいとか、木の股は繊維が絡んでいて強いとか、圧縮木材の製造には製紙の技術が応用されてるとか、小ネタは山ほど詰まってる。技術史に興味を持ち始めた私には、とっても美味しい本だった。

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