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2022年11月14日 (月)

SFマガジン2022年12月号

「わたしは」「狙撃兵ではない。戦闘機のパイロットです」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回

「もじかしたら月に行けるかもよ」
  ――ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」として、未完の短編「ロボットヴィルとキャスロウ先生」に加え、エッセイ「最後のタスマニア人」や1984年のインタビュウ,全邦訳作品リストなど。。

 小説は9本。

 「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」で「ロボットヴィルとキャスロウ先生」(未完)大森望訳。

 連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第6回,夢枕獏「小角の城」第66回。

 読み切りは5本。津久井五月「炎上都市」、斜線堂有紀「不滅」,草上仁「貧者の核兵器」,ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳,イザベル・J・キム「帰郷は昇華の別名にすぎない」赤尾秀子訳。

 「カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集」の「ロボットヴィルとキャスロウ先生」(未完)大森望訳。火星から地球に戻って5年、ルイヴィルの町を出てからは15年。かつて通った小学校へ校長のキャスロウを訪ねた。戦争ではロボットを使った。機械じゃない。人間の頭に銀線のアンテナを埋めこみ、電波で操ったのだ。寂れた町。今、小学校に通っているのはロボットの子供たちだけ。

 冒頭、過疎化しつつある町の描写が容赦ない。短編ながら、火星からの帰還・第三次世界大戦・ロボット兵と、SFガジェットてんこ盛り。にも関わらず、そこで展開する物語は、小さな町で巻き起こる政治対立のドラマなのがヴォネガットらしい。後の特集解説や作品レビュウを読むと、元ロボットたちが抱える不安と怒りは、まさしくヴォネガット自身が抱えているものなのが判る。

 連載小説。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第6回。人間がいなくなった地球。フライドチキンの店先に立っていた人形は、付喪神となり目覚める。あてどもなく歩き続けた人形は、遊園地で壊れかけたロボットの少年と出会う。少年は遊園地の最後に残った従業員として、人形を精一杯もてなす。

 人間がいなくなったら、世界はどうなるのか。ズバリそれをテーマとした「人類が消えた世界」なんて本もある。日本の、特に夏だと、アスファルトの割れ目から芽を出す植物の逞しさに感心したり。チョロっと顔を出す丸くて平べったいのが可愛い。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第4回。クーリィ准将は、田村伊歩大尉に雪風に乗るよう頼む。ジャムと戦い、ロンバート大佐を倒すために。特殊戦はジャムの正体ばかりか、雪風の目論見もよくわからない。だが、雪風が田村大尉を意識しているのは、先の模擬戦でわかった。問題は田村大尉と組むのは誰か、だが…

 やはり雪風と田村大尉は何か通じるのもがある模様。読み進むにしたがって、クーリィ准将はとんでもなく無茶な要望をしてるのが明らかにw 桂城少尉はよく生きてるなあ…というか、案外と生きのびるのは上手いのかもw マシンと意思を通わせることの難しさが伝わってくると共に、雪風の凄まじい能力も明らかになる回。

 読み切り小説。

 津久井五月「炎上都市」。東京が舞台の複合現実基盤<イリンクス>は、地元の有志が開発・所有しているが、海外資本のアゴンが買収に乗り出した。かつて花山日出人と柳原良一は<イリンクス>内で暴れまわったが、花山は事故で亡くなり柳原も活動を控えている。花山の虚在物は多くの追従者に引用・改造された。その花山の虚在物たちが、<イリンクス>内で燃え始めた。

 現実に仮想の何かを加えるって点ではポケモンGOなどと似てるけど、利用者が様々な虚在物を作り配り引用・改造できる点はオープンソース・ソフトウェアに似てる。ただ、そこに集う者たちのノリの良さと趣味の悪さは、5ちゃんねるやニコニコ動画っぽい。そこでツルんで暴れていた過去を突きつけられるのは、結構キツいかも。

 斜線堂有紀「不滅」。15年前、いきなり人の死体が腐らなくなった。だけじゃない。燃えもしなければ傷つきもしない。このままでは、墓地ばかりに土地が占領されてしまう。墓の価格が高騰した。そこでロケットで死体を宇宙に打ち上げる葬送船も出てきたが、墓より高価だ。そんな時代に、葬送船を打ち上げるクレイドルー宇宙港を叶谷仁成が占拠した。

 これは珍しい葬式SF。似たテーマとしてはSFマガジン2018年12月号収録の澤村伊智「愛を語るより左記のとおり執り行おう」があるけど、本作は死体が残っている点が生々しさを感じさせる。宇宙港を占拠した叶谷仁成をはじめ、事件の関係者の語りで物語を綴る形。うん、確かに「気持ちだけ」なんだよなあ。というか、葬るって行いそのものが、ほとんど気持ちのためにあるようなもんだし。

 草上仁「貧者の核兵器」。公正穏健民衆共和国立戦略兵器第一研究所。名前は立派だが、実情は厳しい。乏しい予算、老朽化して使えなくなる機材、次々と脱落する研究員。にもかかわらず、執行部は無茶な指導方針を示す。外貨を稼げ、と。金欠で核開発などできない。そこで貧者の核兵器こと生物兵器・化学兵器に注力してきたが、その成果といえば…

 最近はミサイルで騒がせている某国をモデルとした作品ながら、開発部門に勤める者には、胸に突き刺さるネタてんこ盛りで苦笑いが止まらない。研究・開発用の機器の顛末などは、泣いていいのか笑っていいのかw とはいえ、何がどんな役に立つのか、わからないのが新製品開発で…

 ジェイムズ・ヴァン・ペルト「ミネルヴァ・ガールズ」川野靖子訳。数学と物理学に長けたジャクリーン、その設計図を元にマシンを組み立てるセレナ、そして廃物置き場からあらゆる部品を調達してくるペニー。女子中学生三人は、この夏を境に親の都合で離ればなれになる。その前に、ジャクリーンのアイデア元に宇宙船を創り月へ行こうとするのだが…

 数式や機械をいじる女の子が集団からはみ出すのは、日本もアメリカも同じ。そんな彼女たちが、夜な夜な秘密基地<潜水クラブ>に集まり、前代未聞の計画をブチ上げ、家庭や学校の都合に右往左往しながらも、一致団結して目標に向かい突き進むさわやかな物語。私も地理が苦手だったので、ペニーの苦労にはひたすら頷いてしまう。ほんと、興味のある学科だけどんどん先に進ませてくれたっていいのに。

 イザベル・J・キム「帰郷は昇華の別名にすぎない」赤尾秀子訳。20年前、ソヨン・カンは母と共にアメリカに渡り、ローズとなった。韓国にインスタンスを残して。そのインスタンスから電話で連絡がきた。おじいちゃんが亡くなった、と。葬儀で帰国したローズを、インスタンスが迎える。彼女には夫と娘がいて…

 インスタンスは、それまでの記憶も共有したクローンのようなもの。この世界では最新の技術ではなく、昔から人間に備わっている能力らしい。韓国で一族と共に過ごしたソヨンと、アメリカで自分の人生を築いたローズ。人生の大きな別れ道で、違った選択肢を選んだ自分を見るのは、どんな気分なんだろう? 朝鮮戦争で北から逃れてきた祖父も絡め、歴史と個人の人生を綴る物語。

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