長谷川修司「トポロジカル物質とは何か 最新・物質科学入門」講談社ブルーバックス
本書の主題であるトポロジカル物質は、ここ十数年程度の研究から生まれた新しい概念で、人類の「物質観」を確信するような非常に興味深いテーマなのです…
――はじめに電子は、物質のなかで隣接する原子どうしを結びつける化学結合を作る主役でもあります。
――第5章 バンド構造 物性科学の基礎
【どんな本?】
ガラスは透明だ。アルミニウムは電気を通す。鉄は電気を通すのに加え、磁石にくっつく。これらの物質の性質には、電子の働きが大きく関係している。
物質の性質を決める電子の働きと、その電子の性質を調べ解き明かしてきた物理学の歴史を語りながら、理解しがたい量子力学の理論を説き、物質科学の基礎から、最近のノーベル物理学賞を賑わせているトポロジカル物質に至るまでを、数式を使わずに解説する、一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2021年1月20日第1刷発行。新書版ソフトカバー縦一段組みで本文約289頁。9ポイント43字×16行×289頁=約198,832字、400字詰め原稿用紙で約498枚。文庫なら普通の厚さ。
文章は意外とこなれていて読みやすい。ただし、内容はかなり厳しい。基礎から順々に積み上げていく形なので、気を抜くとスグについていけなくなる。量子力学の基礎から最新トピックまでを、本文300頁に満たない新書で語ろうって本なのだから、そこは推して知るべし。数式がないのは素人に有り難い半面、これ一冊で最新物理学を極められる本ではないのも、心得ておこう。
【構成は?】
先に書いたとおり、基礎から一歩づつ積み上げていく構成だ。なので、最近の物理学に詳しい人でない限り、素直に頭から読もう。
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- はじめに
- 序章 バーチャル空間で物質を創る
科学と数学のつながり/バーチャル空間で物質を創る/トポロジカル物質 上下・左右が入れ替わった物質/トポロジカル物質の性質は頑強/バーチャル空間はリアルな世界につながっている - 第1部 ノーベル賞に見る物質科学 トポロジカル物質への前奏曲
- 第1章 原子から量子物理学へ
- 1.1 第1回ノーベル物理学賞 X線の発見
レントゲン写真から立体画像へ - 1.2 原子の実在を観る X線回析
X線 原子や分子を観る光/DNA二重らせん構造の解明/原子仮説がサイエンスになった - 1.3 原子の内部構造を観る X線の発生
X線を測れば原子番号がわかる 周期表の完成/宇宙の物質も分析 - 1.4 量子物理学の幕開け 電子の波の発見
原子はなぜ安定に存在できるのか/電子はX線と同じ「波」/原子の中で電子が波立っている
- 1.1 第1回ノーベル物理学賞 X線の発見
- 第2章 原子から物質へ
- 2.1 金属 電子の波が拡がる
分子 電子波が原子をつなぐ/原子がたくさんつながって結晶に - 2.2 絶縁体 電子の波が引きこもる
共有結合 ダイヤモンド/イオン結合 塩の結晶/「電気陰性度」でまとめると/絶縁体を金属にする - 2.3 半導体 電子の波が拡がったり引きこもったり
半導体温度計 熱エネルギーを利用/光センサー、太陽電池 光エネルギーも利用/発光ダイオード 逆に電子のエネルギーを光に変える - 2.4 トランジスター 人類最大の発明
増幅作用とラジオ/スイッチ作用とコンピュータ/情報化社会の鍵 極微のトランジスターの登場/モバイル時代へ - 2.5 超電導 物性物理学の華
夢の超電導送電/超伝導の発見 オンネスから「BCS」へ/超伝導のメカニズム 電子が加速されずに流れる/2個の電子がペアになる/「高温」超伝導から室温超電導へ/まだまだ未解決の超電導
- 2.1 金属 電子の波が拡がる
- 第3章 物質は量子効果の舞台
- 3.1 量子物理学の不思議 トンネル効果
電子の波が「滲み出す」/電子の波の確立解釈/トンネル効果の実証 - 3.2 走査トンネル顕微鏡
物質表面から滲み出す電子波を検出する/原子だけでなく電子雲も観える - 3.3 量子物理学の不思議 スピン
スピンはめぐる/シュテルン=ゲルラッハの実験 スピンを検出/強磁性体、常磁性体、反強磁性体 スピンが磁石のもと - 3.4 スピンの応用 巨大電気抵抗効果とスピン流
磁石でのトンネル効果/磁気記録を飛躍させる/スピン流 電流がゼロなので「超」省エネ/反対向きスピンの電子を反対向きに流す - 3.5 低次元物質
1原子層の物質グラフェン/質量“ゼロ”の電子/物質のなかでは電子の質量が変わる/2次元電子系 ノーベル賞の宝庫/なぜ2次元ではスピードが上がるのか/低次元系のメリット・デメリット - 3.6 量子ホール効果 トポロジカル物質のさきがけ
試料の端では電子がスキップして流れる/量子ホール効果からトポロジカル物質へ - 3.7 つながるノーベル賞
- 3.1 量子物理学の不思議 トンネル効果
- 第2部 バーチャル空間で物質を観る 量子物理学での表現法
- 第4章 運動量空間とは
- 4.1 金属のなかの電子の動きを表現する
膨大な数の電子が動き回る/いろいろな「フェルミ」/フェルミ球に電子を詰める/多数の電子が詰め込まれて満席になる - 4.2 電流として流れる電子たち
電流として流れるのは一番上の電子たちだけ/電流とはバラバラに動く電子の流れ - 4.3 電子の速さとエネルギーの関係
重い電子、軽い電子/質量ゼロの電子/エネルギー分散図 物質の性質を表す地図 - 4.4 電子の運動量と波長、波数 粒子の性質と波の性質
運動量と波長は逆数の関係 ド・ブロイの公式/運動量と波数は同じもの
- 4.1 金属のなかの電子の動きを表現する
- 第5章 バンド構造 物性科学の基礎
- 5.1 科学結合を作る電子たち バンド
結合と反結合のエネルギーレベル 電子の座席/エネルギーレベルからバンドへ - 5.2 電子と正孔
伝導バンドで電子が、価電子バンドで正孔が動く - 5.3 再び 金属、絶縁体、半導体 バンド分散図で見る
フェルミ準位まで電子が詰まる
- 5.1 科学結合を作る電子たち バンド
- 第3部 トポロジカル物質とはなにか
- 第6章 仮想磁場 電場が磁場に見える
- 6.1 対称性 その1 時間反転対称性
重力は時間の流れを反転しても同じ/電場の効果も時間反転しても変わらない/磁場の効果は時間反転すると変わってしまう/結晶の中で時間を反転したら/時間反転するとスピンが反転 - 6.2 対称性 その2 空間反転対称性
結晶のなかで空間を反転したら/結晶の表面では/磁場は空間反転でどうなるか/時間と空間の両方を反転すると電子のエネルギーはどう変わるか - 6.3 見る立場を変えると 仮想磁場
電子が動くと仮想磁場ができる/物質表面での仮想磁場/とっても不思議な仮想磁場 - 6.4 スピン軌道相互作用 仮想磁場が生みだすリアルな効果
磁場中ではスピンの向きでエネルギーが異なる/仮想磁場が実際に電子のエネルギーを変える/スピン軌道相互作用がトポロジカル物質のもと
- 6.1 対称性 その1 時間反転対称性
- 第7章 トポロジカル絶縁体とは
- 7.1 バンド反転 伝導バンドと価電子バンドが入れ替わる
エネルギーレベルの上下が逆転/バンドが「ひねられる」/パリティの反転と混ざり合い - 7.2 トポロジカル表面状態 「国境」の状態
「道路の交差」のような「バンド交差」/反転した伝導バンドと価電子バンドをつなぐ/トポロジカル表面状態は頑強/量子ホール効果と似ている/TKNN数 物質を区別する指数 - 7.3 ヘリカルディラック電子 スピンが主役
スピンと運動の向きは常に直角/スピンの向きがそろった電流/スピンの向きが固定されているディラック錐/後方散乱の禁止/純スピン波が物質表面や端を流れる/スピンを注入すると電流が流れる
- 7.1 バンド反転 伝導バンドと価電子バンドが入れ替わる
- 第8章 電子波の位相
- 8.1 電子波の位相 その1 力学的位相
電子波の伝播と位相/電子波の干渉/電子波の局在 - 8.2 電子波の位相 その2 幾何学的位相
AB位相 リアルな磁場による位相変化/実はベクトルポテンシャルが主役/ベリー位相 仮想磁場による位相変化/ひねられたバンドでの電子の運動/バーチャル空間でのモノポール
- 8.1 電子波の位相 その1 力学的位相
- 第9章 トポロジカル物質ファミリーと応用
- 9.1 磁性トポロジカル絶縁体 トポロジカル表面のエッジ状態
トポロジカル絶縁体で時間反転対称性を破る/純スピン波の代わりに電流がエッジに流れる - 9.2 トポロジカル超伝導 マヨナラ粒子を作る
スピン一重項とスピン三重項のクーパー対/パリティの破れた超伝導/トポロジカル超電導のエッジ状態/マヨナラ粒子 トポロジカル量子コンピュータの主役
- 9.1 磁性トポロジカル絶縁体 トポロジカル表面のエッジ状態
- おわりに/文中で引用した文献/索引
【感想は?】
正直言って、中盤あたりから、ついていけなかった。
磁石になる物質と、ならない物質の違いは、説明できる…気がする。電流を通す物質と、通さない物質の違いも、分かったと思う。説明しろと言われたら困るが。透明な物質とそうでない物質の違いは、分からなかった。
まあ、その程度しか理解できてない者による書評だと思ってください。
副書名に「最新・物質科学」とある。物質といっても、視点によって様々な層がある。大きなレベルではトラス構造やハニカム構造など。「知られざる鉄の科学」では、結晶の構造に焦点をあてた。本書ではもっとミクロな視点で、原子核と電子…というより、主に電子の性質と働きを掘り下げてゆく。
そう、電子なのだ。結晶や金属塊のなかで、電子がどこにあり、どんな性質があり、どう動くのか。昔の原子モデルでは「原子核の周囲を電子が回っている」とされてきた。だが、本書では、それに加えて電子にスピンが与えられ、これが物質の様々な性質の元となる。
このスピン、実は私もよく分かっていないのだが、その存在を証明した本書102頁のシュテルン=ゲルラッハの実験(→Wikipedia)は強く印象に残る。
とにかくスピンは存在して、それは上向きと下向きの二種類しかない。スピンがあるにせよ、その向きは様々な値を取りそうなもんだが、実験で二種類だけって結果が出たんだから、しょうがないよね。もっとも、このスピン、コマみたく本当の回転ってワケじゃなく、モデルとして回転に似てるからスピンと名づけただけっぽいけど。
このスピンの向きは本書でも重要な要素で、例えば物質の中でのバラつき具合が、磁石になるか否かを決めたりする。モノにそういう性質があるのは、ちゃんと原因があるのだ。
とかの「なぜそうなのか」を語りつつ、やっぱり面白いのは、「それで何ができるのか」を説く部分。例えば序盤では、廃熱の小さい電子回路や、送電ロスの少ない送電線を作るヒントが出てくる。
電子をできるだけ速いスピードで流したければ、できるだけ高純度で高品質の物質を作り、電子が流れる部分には不純物や欠陥がなく、なおかつ低次元電子系を作るといいのです。
――第3章 物質は量子効果の舞台
集積回路に高純度のシリコンが必要なのは、そういう事なんだろうか。なお、ここで言う「低次元」は数学的な意味で、例として二次元のグラフェン(→Wikipedia)を挙げている。カーボンナノチューブが注目される理由の一つは、コレなんだろうなあ。
などと二次元の導電体に期待を持たせ、量子ホール効果(→Wikipedia)なんて面白い現象でワクワクさせたあと、出ましたよ期待の新物質。
トポロジカル絶縁体では、(略)表面では「バンド交差」状態になり、バンドギャップのない状態、つまり金属の状態になっているのです。
――第7章 トポロジカル絶縁体とは
実はこのあたりになると、わたしはほとんど意味が分かってなかったりするんだが、それでも妙に興奮してしまうのだ。表面だけ、すなわち二次元平面だけが金属になり電気を通す。つまり低次元電子系じゃないか。しかも、それだけじゃない。
カイラルエッジ状態ではジュール熱を発生せずにエネルギー無散逸で電流が流れます。また、エッジ状態は1次元の電流通路なので、(略)180度後方錯乱の禁止が効いてきて、全く散乱されずに一方方向にスイスイと流れます。
――第9章 トポロジカル物質ファミリーと応用
無駄な廃熱がないので消費電力は少なくファンも要らない、おまけに電流はスイスイ流れるから高速で動く。集積回路に理想的じゃないか。きっとインテルあたりは、この辺に注目してるんだろうなあ。
ばかりでなく…
アンドレーエフ束縛状態で動く2個のマヨナラ粒子の位置を入れ替えると違った量子状態になり、第3のマヨナラ粒子と位置を入れ替えるとさらに違った量子状態になり、いわゆる「量子もつれ状態」を作ることができます。
しかも、それはトポロジカルに保護されているので、ノイズによって壊されることがないのです。それを利用して量子状態を「演算」するのがトポロジカル量子コンピュータです。
――第9章 トポロジカル物質ファミリーと応用
はい、出ましたよ量子もつれに量子コンピュータ。いや量子コンピュータが何なのか、全くわかってないけど。今までの頁で、直感的に感じる物質の性質とは全く違う法則が働くのが量子力学の世界なのは充分に思い知ったので、これはもう、そういうモンだと鵜呑みにするしかない。
原子の発見からその構成、中でも物質の性質に大きな影響を与える電子に着目し、電子の属性や働きから物質の性質へと解き明かし、量子力学の基礎へと読者を案内する、一般向けの量子力学の解説書。SFファンとしては、ソレっぽい用語が次々と出てくるのも嬉しかった。いやハッタリかますのに使えそうだし←をい
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