SFマガジン2022年10月号
「自由度が高くなりすぎる中で、何を中心にするかだ」
――長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒョーマニティ」「ぼくらはいつだって手遅れだ」
――上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」(小石は黒い)
――T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳
376頁の標準サイズ。
特集は「スタジオぬえ創立50周年記念」。表紙がド迫力。
小説は9本。
連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回,夢枕獏「小角の城」第65回。
読み切りは5本。長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚,上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編,ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳,T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。
連載小説。
神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回。模擬戦から11日。日本空軍から派遣された田村伊歩大尉は、半ば監禁状態に置かれている。ジャムと戦うために生まれてきたような人間だと田村大尉自身は思っている。だが、世間的ではFAFは犯罪者の島流し先である。両親に心配をかけて申し訳ない、などと考えているうち、クーリィ准将から呼び出しがきた。
第五部のヒロイン(?)田村大尉の意外なお育ちが明らかになる回。そういえば妙に屈折した人物が多いこの作品で、桂城少尉と並び屈託の少ないキャラだよね、田村大尉は。いや桂城と同類にされたら嫌がるだろうけどw 彼女がジャムとどんなコミュニケーションを取るのか、今後に期待。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回。今回も島でのバトル回。後半の<ビッグ・ショップ>によるウォーターズ・ハウス襲撃が面白かった。目標は厳重な警護で要塞化した豪邸。他のチームならエンハンス能力を振りかざすだろうに、このチームが用いる手段は実にまっとうなのが楽しい。ここだけ別の作品みたいだw
村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回、第3話「White Christmas」前編。災厄で人が消えた地球で、付喪神が暮らしている、そんな話がある。季節は夏、賑やかだった商店街。とある店の前に倒れていた人形が身を起こし…
月にある出版社『言葉の翼』社の編集部をツナギにして、幻想的なお伽噺を語る構造ですね。今回の主人公は、皆さんお馴染み某揚げ鶏屋の大佐おじさん。あのニコニコ顔が歩き出すというのは、ユーモラスのような怖いような。
以降は読み切り。
長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚。2050年代。護堂恒明は27歳で将来を期待されるダンサーだが、事故で右脚を失う。一時は身動きすら出来なかったが、義肢のダンサーを見て再起を決意、友人の谷口裕五を介しベンチャー企業のAI義肢のモニターとなる。生活を立て直しつつ、リハビリと義肢の扱いそして復活に向けダンスの訓練に励む護堂だが、谷口はとんでもない事を目論んでいた。
一種のサイボーグ・テーマで、AIの絡め方が巧みだ。というと新しいテーマのようだが、同時に新技術に立ち向かう表現者の苦闘という、伝統的なネタでもある。カメラは映画を生み出した。カメラワークやフィルム編集など新しい表現が現れると共に、役者の演技は演劇から引き継いでいる。レオ・フェンダーはエレクトリックギターを作り上げたが、エフェクターやフィードバックを活用する現在の変化自在なギタープレイはジミ・ヘンドリクスに負うところが大きい。筋肉で人を見る恒明の目線などの描写はリアリティを盛り上げ、この記事冒頭の引用の台詞は新技術を使いこなす事の難しさを見事に現わしている。そういう点では、ルミナス・ウィッチーズとも共通するテーマだよね。
と、冒頭だとそういう印象なんだが、果たして曲者の著者がそういう予想しやすいお話に収めるかどうか。
上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」。2015年2月号から不定期連載が続いたこのシリーズ、ついに最終回。「ブギーポップ」シリーズと同じ世界…というか、統和機構の内幕を描く作品でもあり、シリーズのファン向けな作品ですね。
小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編。、惑星パステルツェ3の仕事を受けたダイとテラ。仕事の内容は雲蠲(ウンジャン)の駆除。姿は全長100m×高さ50mに達する白いガスタンクで、空中を漂う。それだけならたいした問題はないのだが、困ったことに人が多い所に集まってくる。そのためインソムニア号も最初の着陸でアクロバットを演じる羽目になった。
奇妙な生物?のような雲蠲の正体が、なかなかミステリアス。というか、今後のシリーズを通しての重要なテーマとなりそう。その雲蠲を駆除する場面は、確かにこの二人ならではの技と知恵が炸裂する。というか、ますます某トラコンみたいになってきてるなw
ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳。上司のロニー・チャイトに引きずられ、ケラーはエヴェレストに登る。ロニーは大金持ちで、ビジネスも私生活も強引だ。最終アタック中、死にかけの男を見つけた。登山者たちは男を見捨ててゆく。ロニーもだ。そこに見知らぬ女が現れ、「わたしが残る」と言う。
冒頭、どこぞの観光地のように登山者であふれるエヴェレストの風景に驚いた。近未来の話かと思ったが、現代でもこんな感じなんだろうか。極寒で視界すら閉ざされ、その上に呼吸すらままならない高山の描写が怖ろしい。加えて積もってゆく疲労。思考能力も衰えるだろうし、山の怖さがよくわかる。そんな所に現れた女の正体が、これまた意外。確かに、あーゆー所なら棲みつくのに都合がいい。
T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。古く見捨てられた惑星に、ひとりの男が住んでいた。男は二体の機械を作り、二体が自らのボディを好きに改造するに任せた。二体は男になつき、くたびれた惑星をめぐって金属をかき集め、ボディを作り変えていった。うあがて男は老いて倒れ、社会の狡猾さを知らぬ二台の将来を憂い…
「むかしむかし、あろところに」で始まる、メルヘン風の語り口の作品。なのに、ナノマシンやバッファーなどの言葉のミスマッチ感が楽しい。もしかしたら、ロジャー・ゼラズニイの傑作「フロストとベータ」へのオマージュなのかな? 二台が惑星を離れる場面では、Simon & Garfunkel の My Little Town が頭の中で流れた。
次号はカート・ヴォネガットの特集。楽しみだ。わたしは猫派です。