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2022年9月の2件の記事

2022年9月14日 (水)

SFマガジン2022年10月号

「自由度が高くなりすぎる中で、何を中心にするかだ」
  ――長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒョーマニティ」

「ぼくらはいつだって手遅れだ」
  ――上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」

(小石は黒い)
  ――T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「スタジオぬえ創立50周年記念」。表紙がド迫力。

 小説は9本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回,夢枕獏「小角の城」第65回。

 読み切りは5本。長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚,上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編,ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳,T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。

 連載小説。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第3回。模擬戦から11日。日本空軍から派遣された田村伊歩大尉は、半ば監禁状態に置かれている。ジャムと戦うために生まれてきたような人間だと田村大尉自身は思っている。だが、世間的ではFAFは犯罪者の島流し先である。両親に心配をかけて申し訳ない、などと考えているうち、クーリィ准将から呼び出しがきた。

 第五部のヒロイン(?)田村大尉の意外なお育ちが明らかになる回。そういえば妙に屈折した人物が多いこの作品で、桂城少尉と並び屈託の少ないキャラだよね、田村大尉は。いや桂城と同類にされたら嫌がるだろうけどw 彼女がジャムとどんなコミュニケーションを取るのか、今後に期待。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第44回。今回も島でのバトル回。後半の<ビッグ・ショップ>によるウォーターズ・ハウス襲撃が面白かった。目標は厳重な警護で要塞化した豪邸。他のチームならエンハンス能力を振りかざすだろうに、このチームが用いる手段は実にまっとうなのが楽しい。ここだけ別の作品みたいだw

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第5回、第3話「White Christmas」前編。災厄で人が消えた地球で、付喪神が暮らしている、そんな話がある。季節は夏、賑やかだった商店街。とある店の前に倒れていた人形が身を起こし…

 月にある出版社『言葉の翼』社の編集部をツナギにして、幻想的なお伽噺を語る構造ですね。今回の主人公は、皆さんお馴染み某揚げ鶏屋の大佐おじさん。あのニコニコ顔が歩き出すというのは、ユーモラスのような怖いような。

 以降は読み切り。

 長谷敏司「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」冒頭150枚。2050年代。護堂恒明は27歳で将来を期待されるダンサーだが、事故で右脚を失う。一時は身動きすら出来なかったが、義肢のダンサーを見て再起を決意、友人の谷口裕五を介しベンチャー企業のAI義肢のモニターとなる。生活を立て直しつつ、リハビリと義肢の扱いそして復活に向けダンスの訓練に励む護堂だが、谷口はとんでもない事を目論んでいた。

 一種のサイボーグ・テーマで、AIの絡め方が巧みだ。というと新しいテーマのようだが、同時に新技術に立ち向かう表現者の苦闘という、伝統的なネタでもある。カメラは映画を生み出した。カメラワークやフィルム編集など新しい表現が現れると共に、役者の演技は演劇から引き継いでいる。レオ・フェンダーはエレクトリックギターを作り上げたが、エフェクターやフィードバックを活用する現在の変化自在なギタープレイはジミ・ヘンドリクスに負うところが大きい。筋肉で人を見る恒明の目線などの描写はリアリティを盛り上げ、この記事冒頭の引用の台詞は新技術を使いこなす事の難しさを見事に現わしている。そういう点では、ルミナス・ウィッチーズとも共通するテーマだよね。

 と、冒頭だとそういう印象なんだが、果たして曲者の著者がそういう予想しやすいお話に収めるかどうか。

 上遠野浩平「無能人間は明日を待つ」。2015年2月号から不定期連載が続いたこのシリーズ、ついに最終回。「ブギーポップ」シリーズと同じ世界…というか、統和機構の内幕を描く作品でもあり、シリーズのファン向けな作品ですね。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」後編。、惑星パステルツェ3の仕事を受けたダイとテラ。仕事の内容は雲蠲(ウンジャン)の駆除。姿は全長100m×高さ50mに達する白いガスタンクで、空中を漂う。それだけならたいした問題はないのだが、困ったことに人が多い所に集まってくる。そのためインソムニア号も最初の着陸でアクロバットを演じる羽目になった。

 奇妙な生物?のような雲蠲の正体が、なかなかミステリアス。というか、今後のシリーズを通しての重要なテーマとなりそう。その雲蠲を駆除する場面は、確かにこの二人ならではの技と知恵が炸裂する。というか、ますます某トラコンみたいになってきてるなw

 ジェイスン・サンフォード「8000メートル峰」鳴庭真人訳。上司のロニー・チャイトに引きずられ、ケラーはエヴェレストに登る。ロニーは大金持ちで、ビジネスも私生活も強引だ。最終アタック中、死にかけの男を見つけた。登山者たちは男を見捨ててゆく。ロニーもだ。そこに見知らぬ女が現れ、「わたしが残る」と言う。

 冒頭、どこぞの観光地のように登山者であふれるエヴェレストの風景に驚いた。近未来の話かと思ったが、現代でもこんな感じなんだろうか。極寒で視界すら閉ざされ、その上に呼吸すらままならない高山の描写が怖ろしい。加えて積もってゆく疲労。思考能力も衰えるだろうし、山の怖さがよくわかる。そんな所に現れた女の正体が、これまた意外。確かに、あーゆー所なら棲みつくのに都合がいい。

 T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」原島文世訳。古く見捨てられた惑星に、ひとりの男が住んでいた。男は二体の機械を作り、二体が自らのボディを好きに改造するに任せた。二体は男になつき、くたびれた惑星をめぐって金属をかき集め、ボディを作り変えていった。うあがて男は老いて倒れ、社会の狡猾さを知らぬ二台の将来を憂い…

 「むかしむかし、あろところに」で始まる、メルヘン風の語り口の作品。なのに、ナノマシンやバッファーなどの言葉のミスマッチ感が楽しい。もしかしたら、ロジャー・ゼラズニイの傑作「フロストとベータ」へのオマージュなのかな? 二台が惑星を離れる場面では、Simon & Garfunkel の My Little Town が頭の中で流れた。

 次号はカート・ヴォネガットの特集。楽しみだ。わたしは猫派です。

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2022年9月 9日 (金)

SFマガジン2022年8月号

「私の話に余談はありませぬ」
  ――小川哲「魔法の水」

逢坂冬馬「合理的な意思決定によって戦争を防止した歴史というのは表に出にくい」
  ――特別対談 戦争を書く、世界を書く 逢坂冬馬×小川哲

「雪風は、人口知性体であるまえに、その本質は高性能な戦闘機なのだ」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回

ぶっちゃけ、出版翻訳家は原理的には食えない。
  ――古沢嘉通「SF翻訳、その現在地と十年後の未来」

「単に、好きになった人が自分だっただけです」
  ――カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」

 376頁の標準サイズ。10月号じゃありません。8月号です、はい、いまさら。

 特集は「短編SFの夏」として小説8本+対談やエッセイなど。

 小説は13本。

 特集で8本。小川哲「魔法の水」,斜線堂有紀「奈辺」,ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳,春暮康一「モータル・ゲーム」,天沢時生「すべての原付の光」,カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」,森田季節「殯の夢」,小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回,村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回,夢枕獏「小角の城」第64回って、すんげえ久しぶりな気が。

 加えて読み切り1本。上遠野浩平「製造人間は省みない」。

 まず特集から。

 小川哲「魔法の水」。アメリカ出張が決まった。ゲーム「イフ・ユー」のスマートフォン移植版の配信について話し合うためだ。今はアップルとグーグルが配信を牛耳っている。そこにリッケハンド社が新規参入し、初期タイトルには破格の条件を示した。乗るべきか? 燃料廠研究部の岩下少尉の紹介で仲本という男が訪ねてきた。「魔法の水」について話があるという。

 一部では有名な海軍水ガソリン詐欺事件と、スマートフォン用アプリケーションの配信プラットフォームが、どう絡むのか。小説としては見事などんでん返しで唖然とした後に、逢坂冬馬との対談を読むと、更に別の意図を仕込んでたのが分かってまたびっくり。にしても、戦後80年近くたつのに、あの愚かな開戦の原因が未だ定説が定まらないってのは、どうなんだろうね。

 斜線堂有紀「奈辺」。1741年ニューヨーク。白人ばかりのジョン・ヒューソンの酒場に、黒人奴隷のシーザーが入ってくる。酒を飲ませろ、と。客のルーカスがシーザーに銃を突きつけた時、二階で爆発音がして、ケッタイな奴が降りてきた。ジェンジオと名のる男は、銀色の服を着て、肌の色は目の醒めるような…緑色だ。

 銀色のスーツに肌は緑の宇宙人ってあたりで、1950年代のSFの香りが漂い、おもわずニヤニヤしてしまう。いかにも18世紀のニューヨークの酒場らしい荒っぽく猥雑な雰囲気の酒場で、白人と黒人の人種対立に緑色の宇宙人を交えてシェイクした、ノリのいい作品。ソレっぽいせりふ回しも楽しい。

 ナオミ・クリッツァー「怪物」桐谷知未訳。高校二年のとき、セシリーはアンドルーと出会った。趣味が合い、互いに理解しあえる唯一の親友だと思っていた。アンドルーの紹介で、セシリーは同じ趣味の仲間たちとも出会った。そして今、遺伝学者となったセシリーはアンドルーを追って中国の奥地、貴州省に来ている。

 「ニューロマンサー」や「スタータイド・ライジング」に「わかってるじゃん!」と嬉しくなる。他にもセシリーの若い頃の逸話は、SFファンの黒歴史を容赦なくえぐるw ちょい役トムの運命は、この手の話の定番っぽくて、「そうこなくっちゃ」と思ったり。元ネタは「フランケンシュタイン」かな? アンドルー君、ジョージ・R・R・マーティンのワイルドカードあたりで再登場して欲しい。

 春暮康一「モータル・ゲーム」。<ラティメリア>は恒星SCN017をめぐる奇妙な惑星を見つける。惑星017gはハビタブル・ゾーンにあり、軌道の離心率はゼロに近い。しかも公転面と自転軸がほぼ直行しており、季節の移り変わりはない。北緯15度付近に大きなクレーターがあり、ぬかるみになっている。このクレーターに、黴か地衣類のコロニーらしきものが見つかった。

 機械的とすら言えるほど変化が規則的な環境で生まれ滅びてゆく、地衣類らしきモノのコロニー。その生成と消滅の過程は、数学的な正確さで完全に予測できてしまう。それは「生命」なのだろうか? そういう環境を描く筆致のクールさもたまらないが、そこに生きる?コロニーの正体は、この著者ならではの熱いSF魂が伝わってくる。絶品のファースト・コンタクト作品だ。

 天沢時生「すべての原付の光」。取材のため、記者は暴走族のアジトを訪ねる。吹き抜け二階建てのガレージにいたのは二人。いかにもな田舎ヤンキーと、縛られて電動横行昇降機に吊り下げられた中学生。イキがった中学生をヤンキーが捉えたらしい。他には工具箱やスペアタイヤやカスタムパーツが転がる。そして中心に鎮座するハイエース三台分ほどの巨大なリボルバー。

 たいていの事は気合いで解決してしまう不良と、あまりにミスマッチな巨大メカ。いったい、どう話が転ぶのかと思ったら、更にとんでもない方向へとスッ飛んでいく。リボルバーなんだから、てっきりシマを争う他チームとの抗争に使うんだろうか…なんて想像を遥かに超え、もっとヤバい奴を相手にしてた。確かにヤバい短編です。

 カスガ「汝ら、すべてのゾンビたちよ」。三年前、生体時間転送が実用化された。18歳のわたしが大学で出会ったのは、過去への留学生に選ばれた7年後のわたし。彼女の姿は、まさに理想のわたしだった。わたしはわたしに恋をした。

 2022年第4回 pixiv 百合文芸小説コンテストSFマガジン賞受賞作。どうやって自分を脅すのかってのは、難しい問題だよねw タイム・パラドクスの扱いも標準的なもの。だからこそ、この結末が活きていると思う。

 森田季節「殯の夢」。ここオオムロの里は強い。馬がたくさんいるからだ。12歳のクルヒは、その馬の身体を洗う。オサの一族で、二つ年上のテオシベと一緒に。そんな里に、侵入者がきた。近くのオミやハイバラやクビキじゃない。服は派手だし態度も図々しい。ヤマトだ。

 古代日本の信州を舞台としたファンタジイ。小さな村の少女を語り手として、覇権国家ヤマトの侵攻を描く…のかと思ったら、ショッキングな場面から意外な方向へ。幾つかの有名なホラー映画や、某ベテランSF作家の有名なシリーズを思わせる巧みな仕掛けだ。

 小川一水「ツインスター・アピアロンザ・プラネット」前編。テラとダイは、惑星パステルツェ3の仕事を受けた。半径6060km表面重力0.85Gで自転周期は50時間、汎銀河往来圏の隅っこ、要は田舎だ。仕事は地表から算土(カルサンド)を軌道に運び上げること。その算土がやっかいで…

 初めての地表に騒ぎまくるテラがかわいい。というか、地表に降りた経験がないのに、この仕事はいささか無謀ではw それだけに、緊張しっぱなしの大気圏突入と降下のシーンは迫力満点ながら、肝心の着陸は…こんな宇宙船の着陸は斬新すぎてw 某トラコンでも、ここまではやらんと思うw

 特集はここまで。続いて連載。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第五部」第2回。ジャムの地球に侵入したとの仮定に基づき、フェアリイで特殊戦を率いるクーリィ准将はアグレッサー部隊を発足させる。フェアリイを訪れたジャーナリストのリン・ジャクスンは、雪風への搭乗を望むが…

 深井零はもちろんクーリィ准将,リン・ジャクスンそして日本海軍の丸子中尉といったアクの強い連中の中にいながら、相変わらずマイペースで飄々とした桂城少尉が、意外な活躍?を見せる回。言われてみれば、長生きしそうなキャラだよねw そして最後にクーリィ准将が爆弾発言を。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第43回。今回もマルセル島での派手な戦闘が続く。イースターズ・オフィスの出番は少なく、クィンテット vs マクスウェル一党の衝突が中心。<ミートワゴン>のカーチス・フェリンガーが暴れるあたりは、妖怪大戦争の趣が。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」第4回、第2話「虹色の翼」後編。新人賞に応募する原稿を仕上げながらも事故で命を失った涼介は、「お化け」として意識を取り戻す。同じ部屋で、子どもが文章を読みあげている。

 血と麻薬と硝煙の匂いが渦巻くマルドゥック・シティの次にこの作品ってのは、落差が凄いw 「お化け」って言葉を選ぶあたりも、この著者ならではの芸風。歴史上の有名人ならともかく、普通の人の消息なんてすぐに分からなくなっちゃうんだよなあ。涼介がコンピュータを使えない場面はクスリと笑ってしまった。そりゃ無理だわw

 そして読み切り。

 上遠野浩平「製造人間は省みない」。ウトセラ・ムビョウの誘拐を機に動き始めた事件を機に、ブギーポップから続く統和機構のスターたちが続々と登場する。ファンには続々と登場する合成人間たちが嬉しい。

 SFマガジン2022年10月号の記事も、近いうちに書きます、たぶん。

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