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2022年4月の6件の記事

2022年4月27日 (水)

ラジオの歌

 パソコンを弄ってる時は、iTunes でラジオを聞いてる。たいていは音楽チャンネルで、「iTunes のラジオ局/プログレ,アニメ,サザンロック,局集」なんて記事も書いた。だもんで、ラジオにはちょっと思い入れがある。そんなワケで、ラジオをテーマにした歌を集めてみた。

CARPENTERS - Yesterday Once More

 まずはカレン・カーペンターの歌声が心地よいイエスタデイ・ワンス・モア。今は Youtube や iTunes Music などで聴きたい時に聴きたい曲を聴けるけど、ラジオじゃそうはいかない。だから、好きな曲がかかるのをジッと待ってたりして、かかればそりゃ嬉しかったもんだ。そういえばラジオの番組表を載せたFM雑誌とかもあったなあ。はい、お世話になりました。

Journey - Raised on Radio

 続いてジャーニーのレイズド・オン・レイディオ。ラジオは様々な曲がかかる。だもんで、自分が知らないミュージシャンや曲を知るには、けっこう役に立つメディアなのですね。特に趣味が固まってない若い頃だと、趣味を広げるキッカケにもなったり。

Steely Dan - FM

 最近は日本でも地域のFM局が増えてきたけど、アメリカは相当な乱立状態らしく、中には大学がFM局を運営してたり。それだけに細分化も進んでて、カントリー専門局や懐かしロック専門局とかもあったり。あと、ちっと前に停電を経験したんだけど、この時に頼りになったのが地元のFM局。なにせ地域べったりなので、御近所の情報がピンポイントでわかるのだ。

Queen - Radio Ga Ga

 実はこの記事を思いついたのが、テレビで映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観たから。わがままなフレディ、ヤンチャなロジャー、理知的な紳士のブライアン、そして影の薄いジョンと、「ファンが見たいクイーン」をそのまま再現した、理想的なファン・ムービーでした。

RCサクセション - トランジスタラジオ

 チャボの派手なコードで始まって、「おお、ノリのいいロックンロール!」と思わせて、その後は微妙にユーモラスで切ないメロディーが展開する、RCサクセションの代表曲。ちなみに私が通った高校は、屋上出入り禁止でした。アニメやドラマじゃよく屋上が舞台になるけど、実際は屋上に出入りできない学校が多いんじゃないかなあ。近所から苦情がきたりするんで。

The Buggles - Video Killed The Radio Star

 最後はやっぱりこの曲、バグルスの「ラジオスターの悲劇」。日本じゃほぼ一発屋みたいな扱いだけど、その後で 90125 YES に合流したのには驚いた。いやトーマトからだっけ? それまではラジオからスターが生まれてて、例えばビートルズもそうなんだけど、この頃からプロモーション・ビデオを作りMTVで流すのが当たり前になり、色々と変わり始めた頃ですね。

 古い曲ばっかりになっちゃったけど、それは私が古い人間だからです。どうも「若い頃の想い出」みたいな扱いの曲が多いのは、やっぱりラジオってのはそういう立場なんでしょうねえ。いや職業的な運転手はカーラジオを聴いたりするんだろうけど。

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2022年4月25日 (月)

エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち 上・下」竹書房文庫 内田昌之訳

“ここでわたしたちは神々になる”
  ――上巻p10

“わたしたちはここにいる”
  ――上巻p381

「おれたちはみんな積荷なんだ」
  ――下巻p125

ついに樹上で暮らす人びとに会える。
  ――下巻p146

「宇宙はなにも約束してくれない」
  ――下巻p205

“わたしたちはなぜここにいるのですか?”
  ――下巻p218

惑星が叫んでいる?
  ――下巻p247

【どんな本?】

 イギリスのSF/ファンタジイ作家エイドリアン・チャイコフスキーによる、長編SF小説。

 地球から20光年離れた惑星。その惑星を地球に似た気候に改造し、地球の生態系を移植する。生態系が安定したら、最後に猿を放つ。そこに人工的に創り出したウイルスを蒔く。ウイルスは猿の知性を高める。世代を重ねるに従い、ウイルスは更に猿の知性を高めてゆく。知性を得た猿は、やがて高度の文明を築くだろう。そこに人類が創造主すなわち神として降臨する。

 そういう計画だった。

 だが、事故で猿は壊滅してしまう。幸か不幸か、知性化ウイルスは幾つかの種に感染した。中でも最も高い知性を得たのが蠅取蜘蛛だ。厳しい生存競争にさらされながらも、蜘蛛は世代を重ねて肉体・知性そして文明社会を発達させてゆく。

 太陽系の人類社会は戦争で壊滅し、生き残った避難民が新天地を求めて蜘蛛の惑星にたどり着く。格好の惑星を見つけた避難民は移住を望むが、知性化計画の残骸が惑星の守護者として避難民の前に立ちはだかり…

 センス・オブ・ワンダーあふれる蜘蛛の生態と文化がSFファンの魂を揺さぶる、直球ド真ん中のファースト・コンタクトSF長編。

 2016年のアーサー・C・クラーク賞を受賞したほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」のベストSF2021海外篇でも第二位に輝いた(中国産の怪物三部作がなければトップだったかも)。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Children of Time, by Adrian Tchaikovsky, 2015。日本語版は2021年7月23日初版第一刷発行。文庫の縦一段組み上下巻で本文約(370頁+351頁)=721頁、8.5ポイント41字×17行×(370頁+351頁)=約502,537字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。文庫の上下巻としては普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。そこそこ科学的にも考えられているが、特に難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。ただし、できればハエトリグモ(→Wikipedia)について多少は知っていた方がいい。部屋のなかによくいる、体長数ミリのピョンピョン跳ねるアレです。

【感想は?】

 「猿の惑星」のハズが「蜘蛛の惑星」になってしまった、そういう話。

 とにかく蜘蛛が可愛いのだ。なにせ蜘蛛である。ヒトとは身体の構造が全く違うし、生態も大きく異なっている。そんな蜘蛛が、どんな知性を獲得し、どんな社会を築くか。これが実にセンス・オブ・ワンダーに溢れていて、ニヤニヤしながら読んだ。

 ここまで身近な生物で異様な世界を創り上げた作品は、ベルナール・ウエルベルの「」以来だ。いずれも、彼らの特徴や生態を基にして、ヒトとは違う、だが知性を持った生物による理に適った社会を巧みに描いている。

 その蟻、実はこの作品でも大きな役を割り当てられるんだが、この役割、きっとベルナール・ウエルベルは納得しないだろうなあw いやある意味、「蟻」が描く蟻と似た性格付けをされてるんだけど。

 いずれにせよ、それが描く社会は、ヒトから見ればひどく異様なシロモノに見える。ばかりでなく、果たしてヒトが彼らを知性体と認めるかって問題もある。なにせ、この作品のヒトは、同じヒト同士で殺し合っているしね。こんな了見の狭いヒトと蜘蛛のファースト・コンタクトが、巧くいくとは思えない。

「おれはどうしても納得できなかったんだよ、エイリアンが送信したものをかならず認識できるという考えには」
  ――上巻p74

 ばかりか、ヒトは地球の環境すら自らの力でブチ壊す始末だ。読んでると、ヒトの方が遥かに野蛮で愚かに思えてくるのだ。

「あなたたちは猿だ、ただの猿だ」
  ――上巻p

人類は競争相手の存在が許せないのだ
  ――下巻p257

 これは作品内の歴史的な経緯だけでなく、壊滅した地球から避難してきた移民船「ギルガメシュ」の描写でも、やっぱりそう感じてしまう。相変わらずの勢力争いしてるし。

 この作品、蜘蛛パートと人類パートが交互に出てくる。私は蜘蛛に肩入れしちゃって、「もう人類は滅びてもいんじゃね?」な気分になってしまった。それぐらい、蜘蛛が可愛いのだ。

 そのヒトは、蜘蛛の惑星を自分たちのモノだと思い込んでる。移民船も長い航海で色々と限界だし。ところがどっこい、そこに知性化計画の残骸が立ちはだかるのだ、惑星の守護者として。いささかイカれた守護者だけど。

「なにかが何千年もおれたちを待っていたんだ」
  ――上巻p54

 そんな守護者に守られつつ育ってゆく蜘蛛たちの社会は、当然ながら蜘蛛ならではの生態が大事で。例えば蜘蛛だから、糸も出す。これ、文明が未発達な頃は獲物を仕留めたり移動したりと、野生の蜘蛛と同じ使い方なんだが、文明が進むにつれ、「おお!」と思えるような使い方を開発してゆくのだ。で、ソレを用いた比喩も出てくるあたりが、実に楽しい。

すべての糸は必ず別の糸につながっていて、その連鎖は簡単には止まらない。
  ――下巻p100

 また、蜘蛛たちが科学を発展させてゆく過程も、グレッグ・イーガンの「白熱光」に似た楽しみがある。もっとも、「白熱光」が力学や物理学なのに対し、蜘蛛たちは…

ヴァイオラは<理解>の秘められた言語を発見した
  ――上巻p362

 この<理解>は、なかなか羨ましい。

 とかの蜘蛛たちの世界ばかりでなく、著者の考え方が漏れてる所もあって、そこがまた気持ちいいんだよなあ。例えば…

それは世界に彼女らの理解がおよばないものがあると教えてくれる。
  ――上巻p171

いま自分に理解できないものがあるからといってそれが理解不可能なものだということにはならない。
  ――上巻p317

“自分がどれほど無知であるかということを真に知ることはできません”
  ――下巻p73

 とかね。あと、自然と科学や文明の関係にしても…

“わたしたちは自然に反することで利益を得てきたのです”
  ――下巻p76

 なんて、思わず「よくぞ言ってくれた!」と拍手しちゃったり。

 一つの世界を創造する過程を描いた作品って点では、ロジャー・ゼラズニイの「フロストとベータ」や「十二月の鍵」と似たテーマだ。それをじっくりと高い解像度で書き込んでいるあたりが、この作品の大きな魅力だろう。しかも蜘蛛ってあたりに、たまらないセンス・オブ・ワンダーが漂っている。

 異様なエイリアンとのファースト・コンタクト物が好きな人なら、きっと気に入る。

【関連記事】

【終わりに】

 最後に、一つだけ文句を。表紙だ。イラストは明るい緑色の地に黒い網目。これは緑の惑星に蜘蛛の糸を張った様子を表してるんだろう。けど、そこに白い文字はいただけない。格好の良し悪しじゃない。読みにくいんだ、文字が。特に私のような目の弱った年寄りには。

 肝心の中身は普通に白い地に黒い文字だから問題ないんだが、表紙がこれじゃ書店で選ぶ気になれない。もう少しロートルにも配慮してください竹書房さん。こんな面白い作品なのに、年寄りを仲間はずれにするなんて酷いじゃないか。

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2022年4月13日 (水)

ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫 嶋田洋一訳

 わたしたちはゲートを生み出し、ゲートは怪物を生み出した。
  ――p13

 啓示には半減期があるのだ。
  ――p63

 「やったのはたぶんわたしですが、その記憶がありません」
  ――p107

「銃と戦いたいなら、どうぞやってみて。わたしなら銃をこっちに向けてるくそ野郎と戦う」
  ――p150

「あなたたちの指導力と意外な着想は、ミッションにとって重要です」
  ――p210

【どんな本?】

 カナダ出身の海洋生物学者にして新鋭SF作家でもあるピーター・ワッツによる、Sunflower Cycle に属する中編「6600万年の革命」に、短編「Hitchhiker」を加えたもの。いずれも「巨星」収録の 「ホットショット」「巨星」「島」と同様、Sunflower Cycle シリーズに属する作品。

 国連ディアスポラ公社(UNDA)の宇宙船DCP<エリオフォラ>。直径100kmほどの小惑星の中心にブラックホールを据えて重力を生み出す。銀河の随所にワームホールを設置する任務だ。乗員は三万名ほど。加えてチンプと呼ばれるAIが船と計画を管理する。永劫の時を旅するため、乗員の大半は眠っており、チンプが対応できない時だけ数千年に一度、数名が目覚める。

 何度目かにサンディが目覚めた時、ゲートから怪物グレムリンが這い出した。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」の海外篇で21位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Freeze-Frame Revolution, by Peter Watts, 2018。日本語版はそれに短編 Hitchhiker を加え、2021年1月8日初版。文庫で縦一段組み本文約259頁に加え、渡邊利通の解説9頁。8.5ポイント40字×17行×259頁=約176,120字、400字詰め原稿用紙で約441枚。文庫としては普通の厚さ。

 相変わらずクセの強い文体で、かなり読みにくい。内容もユニーク極まりない設定に加え、登場人?物も設定の関係で考え方が独特のため、馴染むのが難しい。科学的にも物理学の先端の知見をふんだんに使っている。つまりはディープなSFファン向けの作品。

【感想は?】

 前編に重い閉塞感が漂う。

 物語の舞台そのものが、狭い宇宙船の船内だ。しかも、行ける場所が限られている。中心に近すぎると、ブラックホールの潮汐力で体が引き裂かれる。かといって外は何もない宇宙空間だし。

 いや、本当に何もないならマシで、ゲート(ワームホール)起動のあとは、得体のしれないグレムリンまで襲ってくる始末。先の「巨星」でも「遊星からの物体Xの回想」なんてのがあったし、好きなんだろうなあ、閉鎖環境でのホラーが。

 おまけに、登場人?物たちの思考も、枷がかけられている様子。船を管理するチンプまで、計画した者たちの思惑を超えないように、能力を制限している。これは単に思考能力だけでなく、どうも都合よく編集までされている様子。

 これは乗員たちも同じで、出発の前に脳の配線をいじられている。なんといっても、書名にあるように数千万年に及ぶ計画だ。途中で気が変わったら、困るもんねえ。

 いや送り出す方は困るかもしれんが、送り出される方もたまらん。旅路の大半は寝ているとはいえ、数千万年である。そもそも送り出した人類は、まだ生き残っているのか? だって今までゲートから人類が出てきたことはない、どころかグレムリンなんてケッタイなヤツが這い出して来るし。

 そんなワケで、時間的には悠久の時なんだが、空間的にも思考能力でも、重い枷をはめられている感覚がのしかかるのだ。しかも、それを自覚するだけの知性があるのが、更に救いのない気持ちになる。皆さん、こういう計画に駆り出されるだけあって、相応の知性を備えている。となれば、こんな状況に素直に納得するはずもなく、反乱を企てる。当面の相手はチンプかと思いきや…

脳がそのように配線されているからといって、その者を責めることはできない。
  ――p114

 この辺は「暴力の解剖学」を思い出して、頭を抱えたくなったり。いや現在のところ、脳の配線は半ば天然なんだけど、この作品じゃ人為的に配線し直されてるからなあ。

 反乱はいいけど、そもそも乗員の大半は寝ているわけで、メンバーを募るのも難しい。アジトを作ろうにも、船内はチンプが監視してる。これをどう出し抜くのか。なかなかに凝ったテクニックが駆使されます。飛び飛びの時を過ごすわけで…

「誰かが余分に時間を使わないとね」
  ――p133

 なんて台詞が、舞台設定の特異性を際立たせるのだ。

 そうこう工夫する人間たちを「肉袋」なんて表現するあたりも、この著者らしいクールさが漂う。こういう所も、好みが別れそう。

 やはり好みが別れるのが、ガジェットの描写。小惑星に重力を生み出すと同時に、駆動力の源泉となっている(らしい)ブラックホールを「特異点」とし、推進力を生みだす(要はエンジン)メカをヒッグス・コンジットとしたり。いや私もヒッグス・コンジットが何なのか、よくわかんないんだけど。多分、前方に向かって落下し続ける感じで進むんだと思う。

 と、そんな風に、乏しい知識と推論で補わなきゃいけない部分が沢山あるんだな、この作品。遠い未来を表すのに青色矮星(→Wikipedia)の一言で済ませたり。そこがSFとして美味しい所でもあり、シンドイ所でもあり。

 独特の舞台設定で繰り広げられる、閉鎖状況での緊張感漂う、だが永劫の時をかけた人間たちの反乱の物語。思いっきり濃いSFが読みたい人向けの作品だ。

【ヒッチハイカー】

「明らかに溶接されてるな。何かを中に閉じ込めたか、外に締め出したんだ」

 <エリオフォラ>の進路上に、妙な小惑星が現れる。<エリオフォラ>と同じUNDAの工場船<アラネウス>のようだ。だいぶ前に大きな損害を受け、遺棄されたように見える。チンプが幾つかボットを送り出したが、通信が途絶えた。強力な電圧スパイクや放射線のホットスポットがあると思われる。そこでヴィクトル・ハインヴァルトとシエラ・ソルウェイとアリ・ヴルーマンが起こされた。

 「6600万年の革命」の後日譚となる短編。

 数千年前に地球を旅立ったきり、人類との交信は途絶えゴールも見えぬまま航行を続けてきた<エリオフォラ>の前に現れた、懐かしき人類の宇宙船。となれば希望のしるしのハズが、凶兆にしか思えないのがピーター・ワッツの芸風w まあ壊れてる上に大気もなさそうだし。

 そもそも広い宇宙で、同類に出会う確率は絶望的に低いワケで、ワナの匂いがプンプンするってのに、何の因果か偵察を仰せつかるとは、なんとも不幸なヴィクトル君たちだが。

 遠未来なのに意外な動力のカートには、ちと笑った。低重力下で手軽な移動手段としてはアリかも。

 相変わらずどころか、更に狭い舞台のため、閉塞感は「6600万年の革命」より強烈だ。しかも船内の探索が進むにつれ、不吉な予兆はどんどん増してゆく。

 ホラー映画にしたらウケそうなんだけど、設定が特殊な上に面倒くさすぎるから、やっぱり難しいか。いや設定が見えないとオチもわかんないし。

【おわりに】

 この作品で、やっとこの著者の芸風がわかった。根はホラー作家なんだ、この著者。ただし味付けは本格派のサイエンス・フィクションなので、そっちが本性だと思い込んじゃう。私が知る限り、最も近いのは映画「エイリアン3」かも。

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2022年4月 8日 (金)

スティーヴン・ジョンソン「感染地図 歴史を変えた未知の病原体」河出書房新社 矢野真千子訳

何よりもこの本は、私たちが享受している現代生活の方向性を定めた決定的な瞬間の一つとなった、激動の一週間を検証するためのものである。
  ――はじめに

【どんな本?】

 1854年の8月末から9月頭にかけて、ロンドンの下町ソーホーのブロード・ストリート周辺でコレラが大流行し、多くの人が命を落とす(ネタバレあり、→Wikipedia)。

 当時の医学会は瘴気(→Wikipedia)説が中心であり、病原菌の概念は知られていなかった。有名なナイチンゲールも瘴気説を支持している。しかしこの原因を熱心に調べた医師ジョン・スノーは、自らの足で集めたデータと、教区の住民に詳しい副牧師のヘンリー・ホワイトヘッドの協力を得て、意外な原因を突き止める。

 コレラ菌の存在すら知られていない時代に、スノーとホワイトヘッドはいかにして原因を突き止めたのか。現代では間違っているのが明らかな瘴気説が、なぜ強く支持されたのか。

 舞台となったロンドンとソーホーの悪臭漂う風景を克明に描き、スノーとホワイトヘッドが原因を実証する過程を立体的に再現し、現代的な疫学の誕生を物語風に語るとともに、ジョン・スノーに比べあまり知られていないヘンリー・ホワイトヘッドの貢献を掘り起こす、一般向けの歴史・科学解説書であると同時に、当時の怪物的な大都市であるロンドンおよびブロード・ストリートの風景と、そこに住む人びとの暮らしをスケッチし、現代のニューヨークなどの大都市と比べて語り未来の人類社会の在り方をさぐる都市論でもある。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Ghost Map : The Story of London's Most Terrifying Epidemic - and How It Changed Science, Cities, and the Modern World, by Steven Johnson, 2006。日本語版は2007年12月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約250頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×18行×250頁=約207,000字、400字詰め原稿用紙で約518枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。ただし、テーマがコレラだけに、悪臭が漂ってきそうな生々しい描写がアチコチに出てくるので、繊細な人にはキツいかも。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 8月28日 月曜日 下肥屋
  • 9月2日 土曜日 目はくぼみ、唇は濃い青色に
  • 9月3日 日曜日 探偵、現る
  • 9月4日 月曜日 肥大化する怪物都市
  • 9月5日 火曜日 あらゆる「におい」は病気である
  • 9月6日 水曜日 証拠固め
  • 9月8日 金曜日 井戸を閉鎖せよ
  • その後~現在 感染地図
  • エピローグ
  • 著者注/謝辞/付録 推薦図書/訳者あとがき/書誌/原注

【感想は?】

 まず、頭の「8月28日 月曜日 下肥屋」で、繊細な人は振り落とされる。

 人は都市に集まる。この傾向は、産業革命などによって更に加速してゆく。それにより、ロンドンは野放図に人が集まってきた。人が集まれば、出すモノも増える。だが、その始末は誰も考えていなかった。その結果を描くのが、この章だ。

 都市計画も区画整理もなく、ひたすらに人が密集するソーホーの風景は、混沌そのもの。住宅と食肉工場と商店が、一つの区画に共存しているのだ。「堆塵館」の舞台のモデルになったのもうなずける。下水道もないから…せいぜい覚悟しよう。

 著者は、ここで本書の一つのテーマを確認する。当時は瘴気説が有力で、病原菌は相手にされなかった。ジョン・スノーとヘンリー・ホワイトヘッドの調査が瘴気説を覆す根拠を示すのだが、なかなか認められなかった。それはなぜか。

多くの聡明な人がこれだけ長いあいだ、なぜそんな馬鹿なことを信じていたのか? 矛盾する証拠は目の前に山のようにあるのに、なぜそれが見えなかったのか? こうした疑問もまた、知識社会学――過誤社会学ともいうべきだろうか――の分野で研究されるべきテーマだろう。
  ――8月28日 月曜日 下肥屋

 だが、この章が描くロンドンの風景を読む限り、瘴気説を信じたくなる気持ちもわかるのだ。悪臭漂う空気のなか、汚物と隣り合わせに暮らしてたら、そりゃ病気になるよ、と。

 ありがたいことに、著者は終盤でこの感覚にちゃんと理屈をつけてくれる。ヒトは悪臭に対し本能で反応するのだ、と。

19世紀に入ってまで瘴気説が根強く残ったのは、(略)本能に根ざしていた(略)。
人間の脳は、ある種の匂いを嗅ぐと無意識に嫌悪感をおぼえる(略)。
この反応は理性(略)を通らずに、そのにおいに関連するものを避けたいという強い欲求を作り出す。
  ――9月5日 火曜日 あらゆる「におい」は病気である

 だって腐ったモンを食ったら腹を壊すし。今は腹を下しても病院に行けばどうにかなるけど、野生状態じゃ命に係わる。だからヒトは悪臭に敏感で、本能的に「悪しきもの」と決めつけるのだ、と。この本能が、瘴気説に力を与えていたのだ。

 「社会はなぜ左と右にわかれるのか」で、トイレの近くでインタビュウしたら倫理的に厳しい解が増えたとあったが、それはこういう本能が関係あるのかも。いずれにせよ、理性的な判断が求められる状況に、悪臭はよろしくない。そんなワケで、プログラマの職場環境は←しつこい。

 さて、コレラ菌にもいろいろある。タチの悪いものから、そうでないものまで。生憎と、この事件で猛威を振るったのは、特にタチの悪い株だったらしい。つまり、ガンガン増殖するタイプだ。

新しい宿主への移動が困難な、つまり感染性が低い環境だと、繁殖力が穏やかな株が種の中で個体数を増やす。感染率が高い環境だと、繁殖力が強い、人間にとって悪性度の高い株が穏やかな株を駆逐する。
  ――9月2日 土曜日 目はくぼみ、唇は濃い青色に

 景気のいい時はイケイケな企業が業績を伸ばし、悪い時は慎重な企業が生き残る、そんな感じかな。

 そんなコレラの脅威に対し、医学はほぼ無力、どころか瀉血などの逆効果の治療法やアヘンなどの怪しげな薬が新聞の広告欄を賑わす。コレラの主な症状は脱水なので、水を大量に飲ませれば回復する場合もあるのに、全く逆の「治療」が幅を利かせていたのだ。

19世紀半ばのヴィクトリア時代にこうした(怪しげな療法や薬の宣伝が盛んになる)状況が生まれたのは、この時代に、医学は未熟なのにマスコミだけが成熟しているというギャップがあったからだ。
  ――9月2日 土曜日 目はくぼみ、唇は濃い青色に

 あー、いや、21世紀の現代でも奇妙な療法や薬がノサバってますが。というか、「医学は未熟でマスコミが成熟」ってとこ、医学を他のもの、例えば経済や教育に替えれば今でも充分に通用するような。「代替医療のトリック」を読むとクラクラきます。なまじ歴史のあるモノほどしつこいんだよね。

 さて、コレラの感染経路は水だ。ここで、イギリスでの感染を防いでいたモノがある。それは…

18世紀後半に爆発的に増えた飲茶習慣は、微生物の立場になればホロコーストに等しかった。この時期、赤痢の発生率と子どもの死亡率が激減したことを医師たちは観察している。
  ――9月4日 月曜日 肥大化する怪物都市

 だって茶を淹れるには、まず湯を沸かすよね。要は煮沸消毒だ。おまけに茶のタンニンも殺菌効果がある。で、茶のない頃は、ワインやビールでアルコール消毒してた。そうやって、欧州は下戸が淘汰された、と著者は主張している。モンゴロイドに下戸が多いのは、安全な水が手に入りやすかったからかな?

 まあいい。この事態の原因を突き止めようと精力的に動いたのが、有名なジョン・スノー。当時でも女王陛下のお産で麻酔を担当するなど、既に充分な名声を得ていた。が、もともと瘴気説を疑っていたうえに、自分の住まいの近くで起きた惨事でもあり、被害の様子を詳しく調べ始める。ただ、当時の科学はまだ未熟で…

当時の技術で水質を分析しても謎は解けないし、何も見えない。
  ――9月8日 金曜日 井戸を閉鎖せよ

 こんな状態で、どうやって原因を突き止めたのか。足でデータを拾ったのだ。一軒一軒、訪ね歩いて。もっとも、ソレで明らかになるのは、疫病の発生がブロード・ストリートに集中してるってことだけ。決定的な証拠が必要だった。それは…

証拠は「例外」の中にある
  ――9月6日 水曜日 証拠固め

 例外とは何か。この場合は二つ。1)ブロード・ストリートに住んでいるのに、被害を免れている人。2)ブロード・ストリートから離れたのに、被害に遭った人。

 ここで活躍したのが、ヘンリー・ホワイトヘッド。彼は副牧師として周辺の人たちと親しく付き合い、日頃の暮らしを知っていた。また、避難した人たちやその家族とも親しく、引っ越し先も知っていた。ホワイトヘッドの協力で、スノウは決定的な証拠を手に入れる。

画期的な知識の前進というのはふつう、現場ベースで生まれるものなのだ。
  ――9月6日 水曜日 証拠固め

 かくしてスノウとホワイトヘッドは報告書を提出するのだが…

教区役員会が報告書を出した数週間後に、(公衆衛生局長)ベンジャミン・ホールのこれら調査委員会もセント・ジェームズ教区のコレラ禍にたいする見解を発表した。彼らがスノーの説に下した評価は、完全なる否認だった。
  ――9月8日 金曜日 井戸を閉鎖せよ

 いったん染み込んじゃった思い込みは、なかなか消えないんです。科学も数学も、こういうのはよくあるんだよなあ。大陸移動説とかペイズ統計とか。SFやファンタジイで不死が出てくるけど、ヒトが死ななくなったら、きっと科学や数学の進歩は止まると思う。その時代の頑固な権威が死ぬことで、やっと日の目を見た説は結構あるのだ。

 終盤では、騒ぎが収まった後を語る。ここで、やっと地図が登場する。面白いのは、地図の書き方。絵で見せるわけで、大事なのは「詳しく書くこと」じゃない。

疫病のほんとうの原因を説明するには、表示する情報量を増やすのではなく減らさねばならなかった。
  ――その後~現在 感染地図

 テーマを絞って、本当に訴えたい点だけを浮き上がらせる事なのだ。え? プレゼンテーションの基本だろ? ええ、はい、わかっちゃいるけど、ついついやっちゃうんだよね、全部を強調するって馬鹿な真似。

【エピローグ】

 ミステリ・ドラマ仕立ての本だが、最後のエピローグだけは毛色が違う。ここでは都市論が主題に挙がってくる。

ヴィクトリア時代に内部崩壊に向かう癌性の怪物と思われていた大都市がこうまで変わった転換点がどこにあったかといえば、それはブロード・ストリートの疫病戦争で都市が病原体に勝利した時点だ。
  ――エピローグ

 都市を保つのには、何が必要か。食料や輸送力やエネルギーも必要だ。それ以上に、ヒトが密集すると、どうしても疫病が流行りやすくなる。ブロード・ストリートの事件が、その代表。いや他にも911とかがあるんだけど。山のなかにジャンボが落ちても、被害にあうのは乗員と乗客だけ。でもビルに突っ込んだから、被害が大きくなった。人から人へうつる疫病の被害は、もっと悲惨になる。

歴史的に見て、爆弾は攻撃対象となる人口が増えるにつれて威力を高めてきたが、その上り坂はあくまで直線だ。疫病の場合、致死率は指数関数的に上昇する。
  ――エピローグ

 しかも細菌は進化が速い。なにせ世代交代の速度が分単位だからヒトとは桁違いだし、脊椎動物には真似のできない必殺技も持っている。

私たちにとって、遺伝子が水平方向にスワップするという概念は少々理解しにくいかもしれないが、細菌やウイルスなど原核生物の世界では日常的に起きていることだ。
  ――エピローグ

 これは既に抗生物質に対する耐性を持つ耐性菌の蔓延で現実になってるのが、なんとも。なお耐性菌を作ってるのはヒトより家畜だそうだ(→「排泄物と文明」)。

 本書ではインフルエンザ・ウイルスを脅威の候補に挙げ、その危険性を警告している。

もしそのようなウイルス株が出現したら、その被害範囲は井戸水ポンプの柄を外して制圧できるほどの規模ではすまないだろう
  ――エピローグ

 はい、そんなもんじゃ済みませんでした。インフルエンザじゃなくてコロナだったけど。ほんと、この辺は読んでて「まるきし予言の書だなあ」と思ったり。ちなみに原書の発行は2006年。見事な予言だ。

 じゃ都市化を危惧してるのかと言えば、そうでもない。一人当たりのエネルギー消費量は、都市の方が遥かに少ないのだ。だって都会は電車で通勤できるけど、田舎は自動車が必需品だし。

ニューヨーク市を仮に<州>とみなしたとき、その人口はアメリカで11番目に当たるだろうが、一人当たりのエネルギー消費は51番目になる
  ――エピローグ

 この辺は「都市は人類最高の発明である」が詳しいです。そんなこんなで、持続可能な社会にするには都市化に順応した方がいいんだけど、人間ってのは厄介なもんで…

迷信は、いまも昔も真実を見えなくさせる脅威であるだけでなく、人びとの安全をおびやかす脅威でもある。
  ――エピローグ

 今もワクチン接種を嫌がるだけでなく、積極的に邪魔したがる人がいるし。医学や疫学は学問としちゃそこそこ成熟してるんだけど、学者や医者じゃない人たちの知識は未熟なのに対し、SNSなどの情報伝達ツールは異様に発達しちゃってるんだよなあ。かと言って、科学や数学をすべての人に充分に理解させるのは、さすがに無理だろうしなあ。少なくとも私は充分に理解するなんて無理です←をい

【おわりに】

 そんなワケで、ちと古い本ではあるけど、新型コロナウイルスが猛威を振るう今は、実にタイムリーで熱く訴えかけてくる本だ。犯人は割れてるけど、ミステリ仕立てのドラマとしても面白いし、従来の仮説を新しい仮説が覆す物語としても楽しめる。特に、都市住む人にはなかなか心地よい作品でもある、と申し添えておこう。

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2022年4月 6日 (水)

久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」東京創元社

比喩は対象に新たな意味を与える――それは特別をつくることにほかならない。
  ――一万年後の午後

いつもそうだ。ぼくは大切なときには必ず、何が正しいかわからなくなってしまう。
  ――恵まれ号 Ⅰ

「わたしは特別すぎるものを、これ以上増やすつもりはない」
  ――巡礼の終わりに

【どんな本?】

 「七十四秒の旋律と孤独」で2017年の第8回創元SF短編賞を受賞した新人SF作家、久永実木彦のデビュー作品集。

 人類が宇宙へと飛び出し、超光速航法「空間めくり」により恒星間航行も実現した未来。

 マ・フは人工知能だ。中でも朱鷺型は特別な能力を持つ。設計が独特な朱鷺型は、ボディと一体化しており、ソフトウェアだけのコピーはできない。それまで、空間めくりは一瞬で終わると思われていた。だが、実は74秒間だけ時間が経過している。ただし、高次領域中の現象であるため、人間も人工知能も認知できない…朱鷺型のマ・フ以外を除いて。

 紅葉は貨物宇宙船グルトップ号の警備を担う朱鷺型マ・フだ。その日も、空間めくりのため目覚めた紅葉は…

 「七十四秒の旋律と孤独」に加え、同じシリーズをなす「マ・フ クロニクル」5編を収録。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」のベストSF2021国内篇で5位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年12月25日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約278頁に加え、牧眞司の解説「プログラムに還元しえぬ意識、体験のなかで獲得する情動」4頁。9ポイント43字×19行×278頁=約227,126字、400字詰め原稿用紙で約568枚。文庫なら普通の厚さ。

 新人とは思えぬほど、文章はこなれていて読みやすい。SFではあるが、難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。ソレっぽい説明が出てきたら、「そういうものだ」で納得しておこう。大事なのは、読んでいる時のあなたの心の動きなのだ。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

七十四秒の旋律と孤独 / 2017年の第8回創元SF短編賞受賞作
わたしはTT6-14441。通称、紅葉。グルトップ号の警備を担う、第六世代の朱鷺型人工知能である。有事となれば敵朱鷺型人工知能を破壊し、愛すべき船員たちを守るのが、わたしの役割だ。
 人類は光速を超える「空間めくり」を手に入れた。空間めくりに時間経過はないと思われていたが、実は74秒だけ経過していた。朱鷺型の人工知能=マ・フだけが、その時間を認識できる。そのスキを狙う海賊対策のため、貨物船グルトップ号は朱鷺型のマ・フ紅葉を載せている。それまで紅葉の出番はなかったが…
 紅葉の一人称で語られる物語。職務には忠実ながら、仕事には直接の関係がない乗員について妙に詳しく、また好き嫌いがあったり、ヒトとは違いながらも「美しさ」を感じたりと、微妙に人間臭い部分があるのがユニーク。ちょっと手塚治虫の「火の鳥」に出てくるロビタを思い浮かべてしまう。いや形はヒトに近いし、それぞれ独自の自我があるんだけど。
一万年後の午後 / 東京創元社「行き先は特異点 年刊日本SF傑作選」2017年7月
夜はこの惑星のどこかで、常に明け続けている。
 惑星Hには八体のマ・フが住む。ナサニエル,ニコラス,フィリップ,エドワード,スティーブ,ジェイコブ,アンドリュー,ジョシュア。彼らは宇宙の超空洞を漂う母船で十万体が一斉に目を覚す。見つけた聖典(ドキュメント)従い、母船内の多数の小型・中型宇宙船に分乗し、宇宙の地図を埋める旅に出た。八体は一万年の間、惑星Hの観察を続けている。
 マ・フはヒトに創られたと聖典にあるが、そのヒトはいない。にも関わらず、聖典に従い忠実に職務に勤めるマ・フたち。それぞれに自我や個性はあるが、「特別は必要ありません」と個性を押し殺し、かわりばえのしないスケジュールに従って暮らしてきた八体だが…。冒頭の引用の、惑星全体を見渡す視点と、今自分がいる視点の切り替えの見事さに息をのんだ。
口風琴 / 東京創元社「Genesis 一万年後の午後」2018年12月
どの部品がフィリップをフィリップにするのだろう。
 早春、三か月前。海の見える丘陵地帯で、ナサニエルとフィリップは猫鹿の出産を見た。猫鹿の群れは雌を中心に構成される。体長3mを超す雌が草原に横たわり、一回り小さい三匹の雄が回りを警戒する。雌は六匹の赤ん坊を産んだ。だが今エドワードの発声器官は不調をきたし、フィリップは…
 一万年ものあいだ、特に大きな変化もなく過ごしてきたマ・フたち。しかし突然のフィリップの事故に対し、物理的にも心情的にも、どう対処していいかわからない彼らが、可愛いような悲しいような。せめて生物なら、フィリップみたいな事態はよく起きるから、長い間に習慣ができるんだろうけど。とか思ってたら、これまた大きな変化が。
恵まれ号 Ⅰ / 書下ろし
自然とは遷ろうものなのだ。ぼくたちが一万年ものあいだ、ただ聖典のとおりに観察者として変わらない日々を過ごしてきたことこそが、自然に反することだったのかもしれないと、いまは思う。
 もはやネタバレなしに紹介するのは無理なので、感想だけを。いやホント、物語は思いがけない方向に転がっていきます。
 冒頭から、いきなりの状況の変化に驚くばかり。まあ、口風琴みたいなのがあるんだから、続いてもおかしくないんだが。
 ナサニエルの質問に苦労する気持ちはわかるw せめてロビタみたく人間離れした形ならともかく、なまじ人間っぽい形状だと、ねえ。
 そして終盤、更なる驚きが。ヒトは己に似せてマ・フを創った。ならば、そうなるのも当たり前なのかも。
恵まれ号 Ⅱ / 書下ろし
そもそも選ぶべき何かなんて、本当にあるのだろうか?
 特別を避けてきたマ・フたちだが、幾つもの突発事態を経て、それぞれの考え方も個性が強くなってくる。「おあつまり」で進行役を務めてきたスティーヴは、リーダー的な性格に育ってゆく。頼もしい成長が嬉しいやら、少し寂しいやら。
 とはいえ、これを書きながら改めて考えると、連中の気持ちもわかるんだよなあ。やっぱり、思い通りにいかないと、すんげえムカつくじゃん。いや物語はナサニエルの一人称で綴ってるから、読んでる最中は気がつかなかったけど。
巡礼の終わりに / 書下ろし
「かつて、わたしも同じように物語を必要とした。それは平穏をもたらしてくれたけれど、争いももたらした」
 「クロニクル」と呼ぶにふさわしい、壮大な時空を感じさせるエンディング。このスケール感も、「火の鳥」に通じるものを感じる。物語全体に流れる寂寥感も。
解説 牧眞司

 頑強で、素直で、我慢強くて、でも融通が利かないマ・フたち。本来なら賢いはずなのに、基本設計に縛られ、その言動は妙にぎこちない。設計者も、まさかこんな運命になるとは思ってもなかっただろう。そこが可愛いし、切なくもある。いつの日にか、そんな存在をヒトは創りだしてしまうんだろうか。いや、すでにどこかの異星人が…

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2022年4月 4日 (月)

マット・パーカー「屈辱の数学史」山と渓谷社 夏目大訳

どの分野でも、些細に見える数学のミスが、驚くような事態を引き起こす。古いものから新しいものまで、数ある数学のミスの中から、私が特に興味深いと思ったものを集めたのがこの本だ。
  ――第0章 はじめに

2015年、通信インフラ企業のヒベルニアネットワークスは、三億ドルもの巨費を投じ、ニューヨークとロンドンの間に新たに光ファイバー・ケーブルを敷設した。通信に要する時間を6ミリ秒短縮するためだ。
  ――第8章 お金にまつわるミス

計測の精度と正確さは混同されがちだが、両者はまったく別のものだ。精度はどれだけ細かく計測できるかを表し、正確さは計測値がどれだけ真の値に近いかを表している。
  ――第9章 丸めの問題

コンピュータに何かをランダムに行わせるのは「難しい」どころではない。まったくの不可能なのだ。
  ――第12章 ランダムさの問題

再テストを行わずにコードを流用すると、それが問題のタネになることが多い。
  ――第13章 計算をしないという対策

【どんな本?】

 私たちの身の回りには、数字が溢れている。だが、往々にして人は数字が苦手だ。例えば私は風速がピンとこない。天気予報では風速を秒速?mで表す。でも私には時速の方がなじみ深い。なので、頭の中で3または4を掛け単位をkmに替えることにしている。

 日常ではその程度で済むが、橋や建物の建設だと、こんな大雑把な計算じゃ困る。薬の投与量や放射線の照射量などの医療関係では、直接に命にかかわる。また、翻訳本を読んでいると、距離の単位がマイルだったりする。かと思えば、コンピュータ・ゲームのバグなど、微笑ましい数字のミスもある。

 人間が犯したミスのなかでも、数字が関わり、かつ著者が興味深いと感じたものを集め、詳しく解説した、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Humble Pi : A Comedy of Maths Errors, by Matthew Parker, 2019。日本語版は2022年4月5日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約455頁。9.5ポイント42字×16行×455頁=約305,760字、400字詰め原稿用紙で約765枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。書名に「数学」が入っているが、実際に使うのは加減乗除なので、むしろ「算数」が相応しい。

 また、コンピュータのプログラムに関する話題も多い。プログラマは大いに楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • 第0章 はじめに
  • 第1章 時間を見失う
  • 第2章 工学的なミス
  • 第3章 小さすぎるデータ
  • 第4章 幾何学的な問題
  • 第5章 数を数える
  • 第6章 計算できない
  • 第7章 確率にご用心
  • 第8章 お金にまつわるミス
  • 第9章 丸めの問題
  • 第9.49章 あまりにも小さな差
  • 第10章 単位に慣習……どうしてこうも我々の社会はややこしいのか
  • 第11章 統計は、お気に召すまま?
  • 第12章 ランダムさの問題
  • 第13章 計算をしないという対策
  • エピローグ 過ちから何を学ぶか
  • 謝辞

【感想は?】

 人間は数字が苦手だ。これは直感で分からないからだろう。

元来、人間は数を直線的ではなく、対数的なものととらえる生き物である。
  ――第0章 はじめに

 例えば、そうだな、a)1億円と500憶円の違いと、b)1兆円と2兆円の違い、どっちが大きいと思います? 直感的にはa)と答えたくなるが、金額の差はb)の方が圧倒的に大きい。つい割合で考えてしまうのだ、私たちは。

 とまれ、どうしても私たちの暮らしに数字はついてまわる。それは日々の暮らしだけでなく、社会全体にも大きく影響を与える。例えば暦だ。その元になるのは、日と年なんだが、これがけっこう面倒くさい。

宇宙が私たちに与えてくれる時間の単位は二つだけだ。それは「年」、そして「日」である。
  ――第1章 時間を見失う

 1年はだいたい365日で、これは太陽のまわりを地球が一周する、公転に必要な時間。1日は地球の自転に必要な時間。この二つは、歯車みたく綺麗に揃ってるわけじゃなく、独立した運動だ。だから、どうしたってピッタリな数字にはならない。そこで、うるう年なんて面倒な計算が必要になる。これも4年に一度じゃピッタリこないから、プログラマは面倒な条件判定をしなきゃいけない。

 日と年のように、自然が生みだしたモノはどうしようもない。が、人は自分で橋や建物などを作り出す。が、作ってから、様々な不具合に気がつく。ここでは、かの有名なタコマ橋やロンドンのミレニアム・ブリッジを紹介する。

人間は自分の理解を超えたものを作ることがある。作ってしまってから理解する。(略)応用が先で、基礎となる理論は遅れてできるのだ。
  ――第2章 工学的なミス

 問題が起きると、その原因を突き止めようとする。その過程で、理論が姿を現すのだ。この章では、エアロビクスでビルが揺れた話が面白い。たまたま振動数があったため、信じがたい現象が起きた。振動数にしても、横揺れ・縦揺れ・ねじれ等があり、モノを設計する際の難しさが伝わってくる。

 3章は、IT技術者なら身につまされる逸話がギッシリ詰まってる。Steve Null 氏や Brian Test 氏やAvery Blank 氏の災難、Excel の型自動判別によるバグ。やはりプログラマならピンとくるだろう。

 なお、某社の表計算ファイルの42.2%には一つも数式がなかったとかは、あまり笑えない。神Excelとか話題になってるし。どうでもいいけど、お役所は "Excel" ではなく "表計算" または "スプレッドシート" と呼ぶべきだと思う。政府が特定企業の特定製品を贔屓しちゃマズいよね。

 5章もプログラマには身近な話題。確か Fortran は配列の添え字の最初は1だけど、c は0から。こういう境界値のバグは、よくあります。続く6章もオーバーフローや2進:10進変換の話。あなたのまわりにもいませんか、ピッタリ255とか言っちゃう奴。いや256だろって反論もきそうw

 9章以降は、大きな事故の話が中心になる。そういう点では、「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」とカブる。

事故が起きたときは、それはシステム全体の欠陥のせいである。一人の人間に責任を負わせるのは正しくない。
  ――第9.49章 あまりにも小さな差

 大きな事故は、たった一つのミスで起きるんじゃない。幾つのもミスが積み重なって起きる。機械でもソフトウェアでも組織でも、普通は何重もの安全装置がついている。それらすべてをスリ抜けた時に事故になる。なぜスリ抜けるか? ミスを隠そうとしたり、チェックを甘くしたがる組織の体質が原因だったりする。そもそもヒトってのは見栄っ張りな生き物で…

悪い結果は、良い結果に比べて隠される可能性が圧倒的に高くなるのだ。
  ――第11章 統計は、お気に召すまま?

 手柄話をする酔っ払いは沢山いるが、失敗譚をする奴は滅多にいない。そういう事だ。それだけじゃない。問題が起きると、みんなが寄ってたかって悪役を仕立てて責め立てる。だから、みんな自分のミスを語ろうとしない。

「ミスを認めた人間をすべて排除したとしても、システムはよくならない」
  ――第13章 計算をしないという対策

 この辺、航空機事故の調査などは極めて巧みにやっているみたいだ。逆なのが政治や経済だよね。福島の原発事故も、「電源喪失」だけで話を終わらせちゃマズいと思う。なぜ設計や導入検討の段階で気づかなかったのか。気づいたけどスルーされたのか。ちゃんと調べるべきでない? 誰に責任があるかはさておき。

 とかのウザい調査や監査があると、ヒトは数字をデッチ上げようとする。元数学教師らしく、宿題を誤魔化す生徒を見破るために、デッチあげをあぶりだす方法も出ていて、その一つがベンフォードの法則(→Wikipedia)。

現実の世界に存在する数値データを十分な量集めて平均すると、先頭の桁が1のものがだいたい全体の30%になる
  ――第12章 ランダムさの問題

 なぜそうなるのか、なんとなくわかる気がするんだけど、巧く説明できない。あなた、どうですか?

 書名には数学とあるけど、加減乗除でわかるネタばかりなので、レベル的には算数とすべきかも。最初から最後まで、ヒトがやらかした失敗の話が並んでいる。他人の失敗の話ってのは、やはり楽しいのだ、野次馬根性で。いや真面目に事故を防ぐ教訓を学んでもいいけど。

 ってんで調べたら、失敗知識データベースなんて楽しいサイトを見つけた。面白いバグを集めた本とかも、探せばあるんだろうか? ちなみに私がよくやるのは、文字列の二重引用符 "" の片方を忘れるって奴です。

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