SFマガジン2022年4月号
「男は男しか好きにならないようにしようと思う」
――一穂ミチ「BL」1960年、北インドの難民キャンプで一人の男性が女児を出産し、その後死亡した。
――琴柱遥「風が吹く日を待っている」ヘシャーのすぐ北にあるバクストンで、紛争地へ向かう救護隊の番犬をしていると、ジョンが目にとまった。彼女の顎ひげが目についたのだ。
――オン・オウォモイエラ「男性指数」赤尾秀子訳
376頁の標準サイズ。
特集は「BLとSF」。読み切りの小説が7本、エッセイ・評論が7本、コミックが1本。
小説は11本。
特集「BLとSF」で7本。一穂ミチ「BL」,小川一水「二人しかいない!」,琴柱遥「風が吹く日を待っている」,水原音瀬「断」,サム・J・ミラー「分離」中村融訳,ヴィナ・ジエミン・プラサド「ロボット・ファンダム」佐田千織訳,オン・オウォモイエラ「男性指数」赤尾秀子訳。加えてコミックは吟鳥子「HabitableにしてCognizableな領域で」。
連載は3本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第41回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第13回、新連載の村山早紀「さやかに星はきらめき」第2回。
読み切りが1本。上遠野浩平「凡庸人間は安心しない」。
まずは特集「BLとSF」から。
一穂ミチ「BL」。シサクとミンは、政府が運営する天才児の育成組織で育つ。シサクは優れた頭脳を持つが自分の非凡さをよく分かっていない。対してミチは卓越した洞察力で自分の立場を理解し、敢えてニンの補佐役を演じる。オンラインの授業でシサクは講師のリピカに出会い、恋に落ちる。彼女は24歳の大学院生。リピカがBL好きと知ったシサクは…
いきなり最初の行からブッたまげた台詞で驚いたが、その動機も酷いw 懐かしのアメリカSFによくある、優れた発明家だけど常識が欠けてる科学者ですね。昔は自分がどんな仕事をしてるか家族に話せたけど、最近は職業が細分化・専門化しちゃってるから、自分の仕事を巧く人に説明できない職業がけっこうあって、シサクのもどかしさが伝わりやすいんじゃないかな。
小川一水「二人しかいない!」。大学で異星文明学を学ぶジゼは、ゼミの仲間と卒業旅行に出かける。星間貨客船「戦うセイウチ号」に乗って四日目、それまで動かなかったハトラックどもが動き始め、ジゼとクラッドを攫う。ハトラックは身長2.5メートルの木造家具みたいな異星人。クラッドはビジネススーツの若い男。
「天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち」でポルノに挑戦した著者、今度はBLですか。タイトルは萩尾望都の「11人いる!」のもじりだろうか。それにふさわしく、昔のラブコメ少女漫画っぽい味付けに仕上がってるけど、素材はまごうことなき本格派のファースト・コンタクトSF。
琴柱遥「風が吹く日を待っている」。インド・パキスタン北部国境のカシミール、その更に北部の山岳地帯。そこに住む民族トゥニは、峻険な地形もあり王朝の支配を受けつけず、独特の社会を築いている。インドの病院で男が女児を生んだという知らせを受け、米軍のロビン・タイドがトゥニを訪れる。赤子を連れ帰った少年を探しに来たのだ。
オメガバース作品。Wikipediaにもあるが、私はピクシブ百科事典の方がわかりやすかった。百合にもBLにも使える便利設定だなあ。あとキン肉マンのジェロニモみたいなのもアリか。確かにスポーツ界は混乱しそう…って、今でもトランスジェンダーで面倒くさいことになってるね。お話は切ないラブ・ストーリー。
水原音瀬「断」。不景気な不動産屋に勤める新庄裕太は寝不足だ。夜中に物音で目が覚める。緩衝材を潰すプチプチみたいな音。だが、家の構造を調べても、それらしい原因は見つからない。その朝、臭いに釣られて入ったコーヒーショップの若い店員は、やたら馴れ馴れしい。強引にラインの交換をする羽目になり…
プチプチ音が怖い。こりゃ男ならどうしてもオカシクなるわ。なんて恐ろしい事を考えるんだ著者は。世の中の男すべてを憎んでいるのか。そう思えるぐらい怖い。丸井さんが唯一の救い。
サム・J・ミラー「分離」中村融訳。おれは海面上昇で水没したニューヨークから、洋上のグリッド・シティに逃れてきた。公立学校でラジュラと出会い恋に落ち、息子のセデも生まれた。だが、しがない氷労働者のおれと彼女じゃうまくいくはずもない。セデはラジュラと暮らし、おれは氷船で氷河のかたまりを切りとる仕事に出かける。セデと会うのが唯一の楽しみだが…
幼い頃はなついていた息子だが、成長するにつれよそよそしくなっていく。昔気質で荒っぽい出稼ぎ労働者の暮らししかできない父親と、何か深い悩みを抱えた息子。舞台は未来の洋上都市だが、1950年代のアメリカや1970年代の日本または今世紀の中国でもイケる、というか、父と息子の関係って点ではソッチの方がより切実になりそうな気がする。
ヴィナ・ジエミン・プラサド「ロボット・ファンダム」佐田千織訳。コンピュートロンは、シマック・ロボット工学博物館のコレクションの一つだ。見学者の質問に出てきた日本のアニメ『超次元ワープゲート』について知識をつけようと調べるうちに、ファンによる二次創作活動を発見する。自らもアカウントを作り議論に参加し始めたコンピュートロンは…
『超次元ワープゲート』はシリアスなスペース☆ダンディというかアウトロー版キャプテンウルトラというかレディがブリキロボットなコブラというか。で、お話はジャック・ヴァンスの魔王子シリーズ…って、全然わかんねえよw 好きなネタだと饒舌になるとか、「つべこべいわずに自分で書け」とか、ヲタクの生態が身に染みますw
オン・オウォモイエラ「男性指数」赤尾秀子訳。紛争地。女子義勇団の救護隊を目的地まで送り届けるのがぼくの任務だ。救護隊の一人、ジョンに顎にひげを見つけたぼくは、奴の性別評価を確める。公認は女。だがしぐさは女らしくない。目的地のヘシャーは残骸だらけで誰もいない。そこに男がやってきて、爆弾を爆発させる。
救護隊になりたい男と、女の身体に生まれながらも兵士になりたい女。男性指数と女性指数の両方があって、それぞれ独立しているらしい。現実にアフガニスタンで最も厳しい任務に志願した女たちのドキュメンタリー「アシュリーの戦争」を読むと、荒っぽい人ばかりでなく、色とりどりな性格の人が集まってたりする。合衆国海軍SEALsのバディ制度は…いや、色々と面倒くさそうだなあ。
BL×SF作品ガイド。「星を継ぐもの」がアリなら、グラント・キャリンの「サターン・デッドヒート」とジョン・ヴァーリイの八世界シリーズも。上田早夕里「深紅の碑文」あたりもほのかな匂いが。
百合と違いBLは階層社会を表に出した作品が多い気がする。特にオメガバースは、階層性を前面に押し出してるし。ということで、特集はここまで。
村山早紀「さやかに星はきらめき」第2回。キャサリン・タマ・サイトウは、『言葉の翼』社の編集長だ。今日は外部の校正者アネモネとの仕事を終え、ゲラをはさんで会話を楽しんでいる。アネモネは数少ないトリビトの一人で、校正者として卓越した能力を持ち、キャサリンのお気に入りだ。
ネコビトとイヌビトの起源を語る前回に続き、今回はトリビトのお話。この人、カート・ヴォネガットと芸風が似てる。いや冷笑的なんじゃなくて、長編の中に魅力的な短編を挿話としてたくさん散りばめるところが。
飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第13回。嵐に包まれた青野の町を、八岐大蛇が襲う。何本もの巨大な竜巻が横倒しになって、青野の町を飲みこんでゆき、その中心である啄星高校へと次第に迫ってくる。儀間圏輔は八岐大蛇に飲みこまれ転写され、統一性は揮発した。印南棗と山下祐は、児玉佐知をを仕留めようとするが…
青野の町の意味や、微在や<面影>の正体が語られる回。嵐のなか、激しいバトルはまだ続く。前回までアチコチにあった、昭和の懐かしい匂いがする風景は嵐に飲みこまれ、今回は八岐大蛇と園丁たちの想像を絶する戦いが続く。
上遠野浩平「凡庸人間は安心しない」。囚われているコノハ・ヒノオはいきなり言いだす。「ぼくは外に出る。手伝ってほしい」。あせるリセットとリミットをよそに、ヒノオは扉に体当たりをくり返す。ウトセラ・ムビョウ逃亡の責を問われ監禁されたアララギ・レイカに、ミナト・ローバイがモニターごしに話しかける。
今まで流されるままだったコノハ・ヒノオが、珍しく自らの意志で動き出し、おお!と思ったらスグに出番は終わり。気を持たせるなあ。久しぶりに出てきたミナト・ローバイ、何やら意味深なことを言ってるようだけど、なかなかウザくてキャラ立ってます。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第41回。市議会議員に立候補したハンター。その前に、シザースとの決戦が待っている。場所はマルセル島、相手はマクスウェル。<ハウス>に集うハンター,バジル,ラスティ,シルヴィア,オーキッド,エリクソン、そしてシルフィードとナイトメア。
今回は決戦前のブリーフィングから開戦まで。すべて<クィンテット>の視点で、イーズターズ・オフィスの出番はなし。相変わらず様々なエンハンサーが出てくるけど、最も印象に残るのは、リック・トゥームの鬱陶しさ。いや能力じゃなくて性格がw
【今日の一曲】
Free - Be My Friend
今日は私の大好きなバンド Free の Be My Friend を。作詞作曲はシンガーのポール・ロジャースとベースのアンディ・フレイザーの共作。そのアンディ・フレイザー、けっこうな齢になってから自分は男が(も?)好きだと気が付いたとか。そういうアンディの悩みを知ってか知らずか、ソロになってからもポール・ロジャースはこの曲を熱唱してます(→Youtube)。
| 固定リンク
« ウィリアム・バーンスタイン「交易の世界史 シュメールから現代まで 上・下」ちくま学芸文庫 鬼澤忍訳 | トップページ | ロネン・バーグマン「イスラエル諜報機関暗殺作戦全史 上・下」早川書房 小谷賢監訳 山田美明・長尾莉紗・飯塚久道訳 1 »
「書評:SF:小説以外」カテゴリの記事
- SFマガジン2023年4月号(2023.03.22)
- SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2023年版」早川書房(2023.02.17)
- SFマガジン2023年2月号(2023.02.15)
- SFマガジン2022年12月号(2022.11.14)
- SFマガジン2022年10月号(2022.09.14)
コメント