SFマガジン2022年2月号
「神を生み出す事業を始めるのです」
――坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」「青野市史」(昭和39年刊行)によれば、旅客用硬式飛行船が青野市に立ち寄ったのは昭和12年5月7日のこととされている。
――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回
376頁の標準サイズ。
特集は「未来の文芸」。読み切りの小説が6本、エッセイ・評論が7本。
小説は13本。
特集「未来の文芸」で6本。麦原遼「レギュラー・デイズ」,柞刈湯葉「宇宙ラーメン鉄麺皮」,ンネディ・オコラフォー「発明の母」月岡千穂訳,坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」,天沢時生「ショッピング・エクスプロージョン」,柴田勝家「絶滅の作法」。
連載は4本。神林長平「戦略的な休日 戦闘妖精・雪風第4部最終回」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第40回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回、新連載の村山早紀「さやかに星はきらめき」。
読み切りが1本。上遠野浩平「聖痕人間は自覚しない」。
加えて「第9回ハヤカワSFコンテスト受賞作」2本の冒頭を掲載。大賞受賞作の人間六度「スター・シェイカー」,優秀賞の安野貴博「サーキット・スイッチャー」。
まずは特集「未来の文芸」から。
麦原遼「レギュラー・デイズ」。レンジのじいちゃんは兄ちゃんをおこる。「おまえは健康すぎるからへんなむきに頭を動かすんだ」。兄ちゃんは54歳で健康体、町で一番の年上の子どもだ。健康は子どもっぽさとされ、肉体が限界になれば成人と認められる社会。成人は脳を侵襲的に探索され、120歳の寿命まで電子機器に住む。脳は破壊されるが、肉体は次代の家族を作ったり臓器を提供するなどに使われる。
ちょっと変わった日記形式。奇妙な社会に思えるけど、現実にも似た傾向はあるのだ。酒やタバコがオトナの入り口と見なされたり、斜に構えるのがカッコイイとされたり、アニメやゲームが子どもっぽいと言われたり。もっとも、この作品の社会は、想像をめぐらすと色々と怖くなるんだけど、そういう読み方でいいんだろうか?
柞刈湯葉「宇宙ラーメン鉄麺皮」。地球人が銀河連邦に加盟した未来。太陽系外縁のエッジワース・カイパーベルトの小惑星がラーメン屋<青星>だ。店長のキタカタ・トシオは、どんな異星人だろうと、その客に合ったラーメンを出す。その騒動は、ヤンガスキー軍辺境総司令部参謀長の苦情と共に始まった。同胞が貴君のラーメンを食って堕落している、と。
2018年4月号の「宇宙ラーメン重油味」と同じシリーズ。エネルギーは恒星光から得て、消化管を持たない金属生命体が、なぜどうやってどんなラーメンを食うのかと思ったら、さすが店長w そりゃ厨房も店も広くないとねえw ヤンガスキー星人の名前とか、笑いどころがいっぱい。このままシリーズ化してアニメ化もして欲しいw
ンネディ・オコラフォー「発明の母」月岡千穂訳。遺伝子改造で生み出されたニチニチソウの花粉津波が迫るナイジェリアのニュー・デルタ。アンウリが妊娠を告げたとたん、恋人のバーヨは去った。アンウリに残されたのはバーリが創ったスマートホームだけ。花粉に苦しみつつ、アンウリは出産の日を迎える。
妊婦SFは松尾由美の「バルーン・タウンの殺人」があるけど、出産SFは珍しい。これに加え、最近になって酷くなった花粉症とスマートホームを組み合わせた作品。花粉症の人は避けた方がいいぐらい、花粉津波の描写は迫力があって、鼻がムズムズする。増改築が自動なスマート・ホームは羨ましい。もっとも、目的も告げずに「あれ買えこれ調達しろ」と指図してくるのはムカつくけどw
坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」。1913年12月7日のペテルブルク。芸術家たちが集まるカフェ<宿無し犬>の前で、アナスタシア・エレアザロワが自動車事故にあう。その際に砕けた石の欠片が彼女の左の眼孔に入り脳に入り込んだ。この事故により、彼女は右目と左目で異なる現実を見るようになり…
共産革命が世界的に成功した世界を描く。ロシア革命(→Wikipedia)の経緯と日時を憶えておこう。テルミンってロシア生まれだったのか。共産主義の理想を実現した社会が、なかなかグロテスク。にしても最近、ロシア物が流行ってるなあ。
天沢時生「ショッピング・エクスプロージョン」。コモミ・ワタナベが創業した超安チェーン店サンチョ・パンサは世界中で成功したが、ワタナベの死後に自動システムが暴走、野放図な増殖拡大を続け人類の脅威となる。店を巡回する鋼鉄店員の目を盗み命がけで商品を回収する万引き犯は貪鬼(パンサー)と呼ばれ…
いいなり某ディスカウント・ストアのパロディで始まったかと思えば、それが暴走して人類の脅威となる展開に大笑い。その発想はなかったw 続けて「当店のすべてをそこに置いてきた」ときたもんだw 偶然手に入れたブツをキッカケに成り上がりを狙うストリートチルドレンのハービーとか、いかにもな流れも楽しい。
柴田勝家「絶滅の作法」。地球上の生物は突然に絶滅した。そんな地球にも、ヒトは住んでいる。地球の人類じゃない。現地生物の肉体をコピーし、そこに異星の者の思考体を書き込んで、地球の人類を真似している。佐藤もその一人だ。異星人たちはできる限り地球の文化を再現し、人間を含めた生物もソレっぽく再現・活動している。
著者お得意の文化人類学を活かした作品。参与観察(→Wikipedia)をヒネったもの、かな? 地球の人類を真似する異生物たちだし、妙にノンビリした雰囲気は北野勇作の「かめくん」シリーズを思い起こさせる。もっとも、肝心の佐藤君は別に学術的な目的でもなさそうなんだけど。改めて考えると、既に喪われた人類の文化も沢山あるんだろうなあ。8世紀のマラウィ湖周辺でヒトがどう暮らしてたかとか、見当もつかないし。いや知ってる人はいるかもしれないけど。
李琴峰「筆を執ること四春秋 振り返りと展望」。「自分はただの偽物ではないかという疑念」に囚われるインポスター症候群(→Wikipedia)かあ。私にもあるなあ。いや成功はしてないいがw 特に昔に自分が書いたプログラムを見ると←それは疑念じゃなくて正当な評価だw 「文芸時評とは名ばかりで、持論をただ延々と展開するだけ」って俺のことかい。
橋本輝幸「ホープパンクの誕生 なぜ抵抗が希望なのか」。「あきらめずにまっとうさや優しさを貫く姿勢」って、「進撃の巨人」や「鬼滅の刃」もホープパンク? なんか違う気がする。いやどっちも読んでないけど。
特集はここまで。
神林長平「戦略的な休日 戦闘妖精・雪風第4部最終回」。クーリィ准将からFAF特殊戦の全戦隊員に休暇命令が出た。何やら戦略的な目的があるらしい。ブッカー少佐と深井零は、たっぷり缶ビールを入れたクーラーボックスを担ぎ、草原でくつろぐ。准将はもちろん、桂城少尉・田村大尉・エディス軍医など、それぞれの休暇の過ごし方は…
懐かしいね、ブーメラン。でもあまり完成品に思い入れはない様子。零は予想通りだが、桂城少尉は何やってんだw クーリィ准将はやっぱり休暇も腹黒。意外なのが田村大尉。そういう所にも気を使うのか。でもセンスはブレないw きっと今までの上官もビビッて言えなかったんだろうなあw 各登場人物の意外なプライベートが楽しめる回だった。
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第40回。ネルソン・フリート議員とマクスウェルを、ハンターはシザースだと断定した。両名の行方を捜索専門チーム<スネークハント>が追う。バリー・ギャレットとその息子アランが率いる部隊だ。だが両名に因縁のあるリック・トゥームが妨害に出る。チームが乗る自動車を乗っ取り、勝手に操り始めた。
ここまで来て、更に新しいエンハンサーが出てくるのか、と驚く。ぼちぼち終盤かと思ったけど、まだまだ続くのか? ハンターの目的と能力を考えると、誰彼構わずイコライズすそうなモンだけど、リック・トゥームの動機と動きを見ると、そうでもないのね。後半はフラワー法律事務所との法律闘争の序盤戦。集団訴訟の難しさを逆手に取るクローバー教授の手腕が見事。
飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回。青野市の住民にはふたつの種類がいる。<天使>になりうる者と、そうではない者と。そう遠野先輩は言う。そして小野寺早都子はなりうる者だ。その早都子と弟の伊佐人そして白いコートの女は、激しい雨の中を啄星高校に向かう。三人を追う印南棗・山下祐・儀間圏輔。
今回も嵐の中での激しいバトルが展開する。しかも、なんかとんでもねえ最終兵器っぽいのまで出てきた。家庭の中での「普通」は、それぞれの家庭ごとに違う。それは人が成長し付き合いが増えるに従って色々と実感していくものだ。が、この世界の違いは桁が外れてる。「日記」とかも、数値海岸の異質さを巧みに現わしていると感心した。
村山早紀「さやかに星はきらめき」。新連載。地球に人は住めなくなり、人類は宇宙へと飛び出した。他の恒星系に移り住む者もいるが、太陽系に留まる者も多い。キャサリン・タマ・サイトウは猫人だ。月に住み、書籍の編集に携わっている。今は『言葉の翼』社に編集長として迎えられた。最初の本のテーマは『愛に満ちた、人類すべてへの贈り物になるような本』。
しまざきジョゼによる扉のイラストにドッキリ。大好きな Camel のアルバム Moonmadness のジャケットへのアンサーかと思った。お陰で読んでいる最中は脳内で Aristillus が鳴りっぱなし。お話は、照れくさくなるぐらいに優し気な、宇宙時代を描くSF/ファンタジイ。
上遠野浩平「聖痕人間は自覚しない」。合成人間ユージンは、地方から都心に出てきた受験生を装い、目立たぬよう人々に埋没して暮らしている。いつものように街を歩き回り帰ってきたら、部屋に思わぬ侵入者がいた。製造人間ウトセラ・ムビョウだ。ウトセラはベルベット・アルファベットの目を欺いて脱走してきた。
ウトセラ・ムビョウさん、相変わらず飄々として何を考えてるのか見当もつかない。こういうのに振り回されるユージンを少し哀れに思ったり。人類の運命を操る秘密の大組織っぽい統和機構も、内紛やら権力闘争やらを抱えて、ポンコツっぽく見えてくるから切ないというか怖いというか。
人間六度「スター・シェイカー」冒頭。テレポートが実現し普及した未来。普及の過程で人類は多くの事故を経験し、テレポートは免許制となった。7割程度の者はテレポートできるが、できない3割および荷物を運ぶため職業テレポーターもいる。かつてテレポート事故に巻き込まれた赤川勇虎は、心の傷に悩みながらも職業テレポーターとして働いている。
冒頭のみながら、テレポートの普及が社会をどう変えるかの描写が巧み。赤川の仕事っぷりはタクシー運転手と Ubar Eats の配達員を兼ねたような感じで、生活感が濃く漂っている。社会が事故との折り合いをつけるための免許制とWB(ワープボックス)の工夫もいい。何より、距離が意味を失った世界での都市の変わりっぷりが見事。
安野貴博「サーキット・スイッチャー」冒頭。坂本義晴は完全自動運転を実現したサイモン・テクノロジー社の創業社長だ。自宅を出た途端、見知らぬ男に絡まれた。自動運転により失業した運転手の一人らしい。なんとか逃げ出しクルマに乗り込み仕事を始めた坂本だが、いきなりくるまが止まり妙な奴が乗り込んできて…
あまりに類型的な坂本社長の描写に苦笑いしてしまう。いや誠実だし、人の話を聞く気もたっぷりあるのだ。ただ、根本的な所で認識がズレてる上に、救いようのない話下手だからw じっくり話すと、「そこからかよっ!」な思いを何度もする羽目になる、そういうタイプ。感情的になってる時に会話する相手じゃありませんw
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