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2022年2月の5件の記事

2022年2月25日 (金)

鳴沢真也「連星からみた宇宙 超新星からブラックホール、重力波まで」講談社ブルーバックス

宇宙に存在する星々のおよそ半数は、連星であると考えられています。
  ――はじめに

多重連星はかならず「2つの星だけが近くにある」
  ――1章 あれも連星、これも連星

連星の2つの星の質量の合計は、両星間の距離の3乗に比例し、公転周期の2乗に反比例する
  ――4章 連星が教える「星のプロフィール」

現在、新星とは「白色矮星と、もう1つの星とが近接連星をなしているときに起こる現象」だと考えられています。
  ――5章 「新しい星」は連星が生む幻か

ソーン・ジトコフ天体とは、赤色巨星または赤色超巨星(略)の中心に、なんと中性子星が存在しているという、なんとも奇妙な天体です。
  ――11章 連星は元素の合成工場だった

【どんな本?】

 連星。2つ以上の恒星が、互いのまわりを回っている天体。太陽が独裁を敷く太陽系に住んでいる私たちには奇妙に思える。だが、宇宙に連星は珍しくない、どころか、ありふれた形らしい。しかも、2つどころか3つや4つの連星もある。

 劉慈欣の「三体」を読んだ人なら、こんな疑問を抱くだろう。「3つ以上の天体って、ありうるのか? 軌道が不安定なのでは?」

 ところがどっこい、現実にあって、ちゃんと観測されているのだ。いや、ただ観測されているだけじゃない。連星の観測は、ブラックホールをはじめ天文学・物理学の様々な現象や原理の解析に役立っていて、現代の宇宙論に欠かせない重要なデータを提供している。

 「なぜ3体以上の天体で軌道が安定するのか」「生物が住める惑星はあるのか」「どうやって見つけたのか」などの疑問に答えるとともに、「ひょうたん星」や「ソーン・ジトコフ天体」などの奇妙奇天烈な星も紹介する、一般向け科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年12月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み本文約約221頁に加え、あとがき2頁。9ポイント43字×16行×221頁=約152,048字、400字詰め原稿用紙で約381枚。文庫なら薄めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。まれに数式が出てくるけど、わからなければ読み飛ばしていい。本を読み慣れていれば、中学生でも読み通せるだろう。

【構成は?】

 原則として頭から読む構成だが、気になった所だけを拾い読みしても楽しめる。

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  • はじめに
  • 1章 あれも連星、これも連星
    連星とは「重心のまわりを公転しあう星」/連星をなす星は恒星である/全天でもっとも明るい星は連星だった!/連星には「主星」と「伴星」がある/2つの星の組み合わせはさまざま/北極星は3つの星が回り合っている!/3重連星も組み合わせはさまざま/4重連星、5重連星もある!/いったい何重連星まであるのか/多重連星は「階層構造」になっている
  • 2章 連星はどのようにしてできたのか
    一方から飛び出してできた?/分裂してできた?/捕獲されてできた?/星は生まれた時から連星だった/連星のできかた 1)円盤が分裂する/連星のできかた 2)分子雲コアが分裂する/「捕獲」でできることもある/太陽にもかつて「兄弟」はいた?/「蒸発」して逃げ出す星もある/相手をチェンジして「サバイバル」する星も!
  • 3章 なぜ連星だとわかるのか
    「二重星」は「たまたま」か「連星」か/二重星のほとんどは連星だった!/1つの星にしか見えない「食連星」/食連星の発見は「周期的な減光」から/光の波長を調べてわかる「分光連星」/実視連星・食連星・分光連星の関係
  • 4章 連星が教える「星のプロフィール」
    連星の「質量」を教えてくれる方程式/2つの星の「質量比」を知りたい!/質量比は公転速度の比率からわかる!/分光連星では「軌道傾斜角」がわからない/軌道傾斜は食連星からわかる!/アルゴルの2星の質量が求められた!/「質量光度関係」から単独星の質量もわかる/星の質量から「寿命」もわかる/「異常小質量短期連星」の発見
  • 5章 「新しい星」は連星が生む幻か
    突然、空に出現する「新星」/新星の正体は連星だった!/「星の死後の姿」白色矮星とは/白色矮星の表面で起こる新星爆発/「赤い新星」は2つの星の衝突で起こるのか/はぐれた星のミステリー
  • 6章 ブラックホールは連星が「発見」した
    ロケットで観測されたX線/X線源を探せ!/日本人が発見「さそり座X-1は星だった」/さそり座X-1は連星だった!/「超巨星」が「超新星爆発」を起こし「中性子性」ができる/はくちょう座X-1のX線源はブラックホールだった!/なぜブラックホールがX線源になるのか/ブラックホールは単独星では発見できなかった
  • 7章 連星が暗示する「謎のエネルギー」
    太陽の何億倍も明るく輝く超新星爆発/白色矮星が爆散する「Ⅰa型超新星」/なぜ宇宙が膨張しているとわかるのか/Ⅰa型超新星を使えば銀河までの距離がわかる/宇宙の膨張は加速していた!/膨張速度を加速させる「謎のエネルギー」
  • 8章 連星が解いた「天才科学者最後の宿題」
    重力波は「空間の伸び縮み」を光の速さで伝える/間接的な検出をもたらした連星/直接検出の気が遠くなる困難さ/初の重力波はブラックホール連星から届いた/「消えた質量」が重力波になった!/中性子星どうしの衝突では電磁波も出る/21世紀天体物理学の「勝利の日」/36億光年を飛んできた「高速電波バースト」/重力波がダークエネルギーも解明する
  • 9章 連星のユニークな素顔
    2つの星がくっついてしまった連星がある!/「ひょうたん星」がさらに進化すると?/星の中を星が回っている天体がある/ひょうたん星の表面は「ほくろ」だらけ/低温度の近接連星で起こる激しい磁場活動
  • 10章 連星も惑星を持つのか
    続々と見つかっている系外惑星/「連星の惑星」には2つのタイプがある/一人ぼっちで浮遊している惑星もある/「ハビタブル惑星」となるための複雑な要件/太陽系外にも見つかったハビタブル惑星/連星にもハビタブル惑星が見つかった/「プロキシマ・ケンタウリ」の衝撃/4重連星にもハビタブル惑星がありそうだ
  • 11章 連星は元素の合成工場だった
    最初に水素が、次にヘリウムができた/星の内部でつくられるのは鉄まで/超新星爆発でできる鉄より重い元素/超新星爆発は宇宙の物質を循環させている/中性子星どうしの合体でできる元素もある/キノロバが証明したプラチナや金の合成/「X線バースト」による元素合成/「理論上の天体」で予言される元素合成/ソーン・ジトコフ天体は存在するか
  • 12章 連星が終焉を迎えるシナリオ
    連星どうしの衝突・合体もある!/連星がなければ私たちは存在できなかった?/歴史はまったく違っていた/天文学者や物理学者が困る/連星がない宇宙はつまらない!
  • あとがき/さくいん

【感想は?】

 いきなり驚いた。連星は珍しくないのか。

 他星系が舞台のSFは多いが、連星系を描いた作品は少ない。色々と難しいんだろうなあ、と思いながら「10章 連星も惑星を持つのか」を覗く。惑星の公転軌道の中に連星がスッポリ入る場合もある。これなら昼夜や季節は地球と似てるな、と一安心。でも公転軌道の外に恒星があると、「明るい夜」と「暗い夜」があったりする。設定を考えるのが面倒臭そうだけど、面白そうでもある。

 SF者として気になるのが、有名な三体問題だ。三つ以上の天体は軌道が安定しない、というアレだ。でも読んでみて納得。別にラグランジュ・ポイントに落ち着く必要はないのだ。だって太陽系には惑星や衛星がうじゃうじゃあるけど、ほぼ安定してるよね。摂動はあるけど。

 やはりSF者としては、終盤に出てくる「ひょうたん星」や「ソーン・ジトコフ天体」が楽しい。ひょうたん星の惑星版は「ロシュワールド」の舞台になったし、「ソーン・ジトコフ天体」も「竜の卵」に…って、どっちもロバート・L・フォワードやんけ。

 同じくSF者として見逃せないのがガンマ線バースト。これもグレッグ・イーガンの「ディアスポラ」や三方行成の「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」が扱ってた。おいおい、ヤバくないか? と思ったが…

ガンマ線バーストは、非常に強いエネルギーを持つ電磁波であるガンマ線を放射する、宇宙最大の大爆発です。(略)1日に全天で1回程度の頻度で、突然に、短時間だけガンマ線が検出されるのです。短時間でも放出されるエネルギーは膨大で、観測できる範囲の宇宙の中にあるすべての星が出しているエネルギーの総量に匹敵します。
  ――8章 連星が解いた「天才科学者最後の宿題」

 案外としょっちゅう観測されているっぽい(→Wikipedia)。直撃されたり近くで起きない限り、大丈夫らしい、ひと安心。

 最近はあまり天文関係の本を読まなかったんで全く気がつかなかったが、最近になって話題になったダークエネルギーも、その出典は意外な事実だった。

1998年に2つの研究チームが発表した観測結果は、(略)宇宙は誕生してから約70憶年間は減速膨張をしていましたが、その後、膨張速度が少しづつ速くなる「加速膨張」に転じていたことがわかったのです。
  ――7章 連星が暗示する「謎のエネルギー」

 「宇宙の膨張が速くなってる、従来の理屈じゃ説明がつかない、何かエネルギーをひねり出さないと辻褄が合わない」ってんで引っ張り出されたのがダークエネルギー。辻褄合わせなんで、正体はわからない。いいのかそれで。

 などと、宇宙って遥か彼方の話だと思い込んでる読者の目を、一気に目の前に惹きつけるのが「11章 連星は元素の合成工場だった」。私たちのすぐそばにあるアップルパイや私たちの身体は、みんな元素から構成されている。その元素はどうやって出来たのかを語るのが、この章だ。いや最初はアップルパイなんだが、結局は中性子星だなんだとスケールのデカい話になっちゃうんだけどw いずれにせよ、そこそこ齢を経た宇宙に生まれてよかったなあ、などと思う章だ。

 などと安心ばかりもしてられない。最近の宇宙SFじゃ欠かせないガジェットの一つであるブラックホール、これも連星だから見つかったシロモノ。だって光すら出てこれないし。

もし単独星が、重力崩壊型超新星爆発で、あるいは直接的にブラックホールになっていたら、発見することはほぼ不可能です。
  ――6章 ブラックホールは連星が「発見」した

 そんなワケで、宇宙の隠れた岩礁みたいな場所は、やっぱりあるのだ。他にも黒色矮星なんてのもあって、これも怖い。

 などの怖い話や、奇想天外な星の話、7体もの恒星がある星系など、スペースオペラのネタは満載で、宇宙SFが好きな人には美味しい話が続々と出てくる。また、「なぜソレが分かったか」を明かすところでは、観測技術の進歩が科学に大きな影響を与えたのが見えてくる。これを巧みに描いたのがグレッグ・イーガンの「白熱光」で…って、結局SFかい。

 そういえば、「なろう」などのファンタジイの舞台じゃ月が二つ以上あったりするが、太陽が複数あるのはまず見ない。なんでだろう? と思ったが、太陽が複数あると日々の描写もSFっぽくなっちゃうから、かな?

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2022年2月22日 (火)

吉田裕「日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実」中公新書

本書では(略)次の三つの問題意識を重視しながら、(略)凄惨な戦場の現実を歴史学の手法で描き出してみたい。
一つ目から(略)歴史学の立場から「戦史」を主題化してみたい。
二つ目は、「兵士の目線」を重視し、「兵士の立ち位置」から、(略)「死の現場」を再構成してみることである。
三つ目の問題意識は、「帝国陸海軍」の軍事的特性が「現場」で戦う兵士たちにどのような負荷をかけたのかを具体的に明らかにすることである。
  ――はじめに

【どんな本?】

 1941年12月8日に始まり1945年8月15日に終わった太平洋戦争。日本人の死者は310万人に達するが、その9割以上が1944年以降と推定される。

 なぜ、このような膨大な被害を出したのか。彼らは、どのように亡くなったのか。亡くなった方々は、どんな状況に置かれたのか。

 防衛省の戦史研究センター所蔵の公式史料や当時の雑誌はもちろん、光人社NF文庫などの商業出版物や自衛隊発行の非売品そして戦友会の刊行物まで多量の資料を漁り、亡くなったがゆえに何も語れぬ兵士の立場で見たアジア・太平洋戦争の実態を再現する歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年12月25日初版。私が読んだのは2019年2月10日の15版。売れてます。新書版で縦一段組み本文約215頁に加えあとがき4頁。9.5ポイント39字×15行×215頁=約125,775字、400字詰め原稿用紙で約315枚。文庫なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすいし、特に専門知識はいらない。当時の歴史背景として、大日本帝国は対中戦争が思うように進まず、状況の打開を求め太平洋に打って出て対米英豪蘭にメンチを切り、最初は勢いがよかったけど次第に戦況が悪化して最後はボロボロになった、ぐらいに知っていれば充分。

 ただし、下手なホラーは目じゃないほどグロい描写が多いので、そこは覚悟しよう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに
  • 序章 アジア・太平洋戦争の長期化
    行き詰る日中戦争/長期戦への対応の不備 歯科治療の場合/開戦/第1・2期 戦略的攻勢と対峙の時期/第3期 戦略的守勢期/第4期 絶望的抗戦期/2000万人を超えた犠牲者たち/1944年以降の犠牲者が9割
  • 第1章 死にゆく兵士たち 絶望的抗戦期の実態 Ⅰ
    • 膨大な戦病死と餓死
      戦病死者の増大/餓死者 類を見ない異常な高率/マラリアと栄養失調/戦争栄養失調症 「生ける屍」の如く/精神神経症との強い関連
    • 戦局悪化のなかの海没死と特攻
      35万人を超える海没死者/「8ノット船団」拍車をかけた貨物船の劣化/圧抵傷と水中爆傷/「とつぜん発狂者が続出」/特攻死 過大な期待と現実/特攻の破壊力
    • 自殺と戦場での「処置」
      自殺 世界で一番の高率/インパール作戦と硫黄島防衛戦/「処置」という名の殺害/ガダルカナル島の戦い/抵抗する兵士たち/軍医の複雑な思い 自傷者の摘発/強奪、襲撃……
  • 第2章 身体からみた戦争 絶望的抗戦期の実態 Ⅱ
    • 兵士の体格・体力の低下
      徴兵のシステム/現役徴集率の増大/「昔日の皇軍の面影はさらにない」/知的障害者の苦悩/結核の拡大 一個師団の兵力に相当/虫歯の蔓延、“荒療治”の対応
    • 遅れる軍の対応 栄養不良と排除
      給養の悪化と略奪の「手引き」/結核の温床 私的制裁と古参兵/レントゲン検査の「諸刃の剣」/1944年に始まった「集団智能検査」/水準、機器、人数とも劣った歯科医療
    • 病む兵士の心 恐怖・疲労・罪悪感
      入隊前の環境/教育としての「刺突」/「戦争神経症」/精神医学者による調査/覚醒剤ヒロポンの多用/「いつまで生きとるつもりか」/陸軍が使った「戦力増強剤」/休暇なき日本軍
    • 被服・装備の劣悪化
      「これが皇軍かと思わせるような恰好」/鮫皮の軍靴の履き心地/無鉄軍靴の登場/孟宗竹による代用飯盒・代用水筒/背嚢から背負袋へ
  • 第3章 無残な死、その歴史的背景
    • 異質な軍事思想
      短期決戦、作戦至上主義/極端な精神主義/米英軍の過小評価/1943年中頃からの対米戦重視/戦車の脅威/体当たり戦法の採用/見直される検閲方針
    • 日本軍の根本的欠陥
      統帥権の独立と両総長の権限/多元的・分権的な政治システム/国務と統帥の統合の試み/軍内改革の挫折/罪とされない私的制裁/軍紀の弛緩と退廃/「皇軍たるの実を失いたるもの」
    • 後発の近代国家 資本主義の後進性
      兵力と労働の競合/未亡人の処遇と女性兵/少年兵への依存/遅れた機械化/体重の五割を超える装備/飛行場設営能力の格差/10年近く遅れた通信機器/軍需工業製品としての軍靴
  • 終章 深く刻まれた「戦争の傷跡」
    再発マラリア 30年以上続いた元兵士/半世紀にわたった水虫との闘い/夜間視力増強食と昼夜逆転訓練/覚醒剤の副作用と中毒/近年の「礼賛」と実際の「死の現場」
  • あとがき/参考文献/アジア・太平洋戦争 略年表

【感想は?】

 東部戦線の地獄っぷりは知ってるつもりだったが、太平洋戦線もそれに匹敵する地獄だったとは。

ある推定によれば、中国軍と中国民衆の死者が1000万人以上、朝鮮の死者が約20万人、その他、ベトナム、インドネシアなどをあわせて総計で1900万人以上になる。
  ――序章 アジア・太平洋戦争の長期化

 「モスクワ攻防1941」によると、東部戦線の死者はソ連関と近隣諸国だけで3千万近い。太平洋も似たような地獄だったのだ。ちなみに本書によると日本の戦没者は軍と民間を合わせ310万人。おまけにベトナムなどインドシナは日本が米から商用作物へ転作を強要したため戦後も飢餓に苦しんだとか(→「戦争と飢餓」)。

 当時の大日本帝国陸海軍の補給音痴は「海上護衛戦」などで散々言われている。それが兵に与えた影響を、嫌というほど何度も繰り返し書いているのが本書だ。38頁のイラスト「生ける屍」の衝撃はすさまじい。

 そもそも根本的な方針からして、略奪を前提にしてるんだから酷い。まるきし傭兵を中心とした中世の軍である。

野戦経理長官部(長官は陸軍省経理局長の兼任)は、1939年3月に、『支那事変の経験に基づく経理勤務の参考(第二輯)』を発行しているが、その第四項、「住民の物資隠匿法とこれが利用法」は、事実上、略奪の「手引き」となっている。
  ――第2章 身体からみた戦争 絶望的抗戦期の実態 Ⅱ

 これが本土も物資が不足する末期になると、軍から兵への支給品も質が下がる。孟宗竹の代用水筒とか江戸時代かよ。靴も鮫皮だ。ゲバラは靴の大切さを強調してた(→「ゲリラ戦争」)けど、それすら兵に配れないとは。ゲリラ以下じゃん。

 ちなみに飯盒は実に便利なモノらしく、これさえあれば野草すら調理できたとか。パンで生きる欧米にはできない芸当だね。

「銃も装備も何もなくなった兵隊が最後まで離さなかった物は飯盒である」
  ――第2章 身体からみた戦争 絶望的抗戦期の実態 Ⅱ

 まあいい。そのくせ荷物は重く、インパール作戦の個人装備は「少なくとも十貫(40キロ)を超えていたと思う」から凄まじい。そんなんでロクな道もないジャングルを歩いて行ったのだ。

 このインパール作戦の非道っぷりはアチコチで語られている。指揮する側もついていけない兵が出るのは分かっていたのか…

(インパール)作戦に従軍した独立輜重兵第二連隊の一兵士、黒岩正幸によれば、中隊に部隊の最後尾を歩き落伍者を収容する「後尾収容班」がつくられた
  ――第1章 死にゆく兵士たち 絶望的抗戦期の実態 Ⅰ

 はいいが、その任務は…

その実態は「落伍兵に肩を貸すどころか、自殺を勧告し、強要する恐ろしい班」だった。
  ――第1章 死にゆく兵士たち 絶望的抗戦期の実態 Ⅰ

 督戦隊ですらない。捕虜になれば敵の補給線に負荷をかけられるのに、敢えて殺して何の意味があるんだか。他にも古参兵による初年兵いじめとかの愚かさが続々と出てくる。なんなんだろうね、この出鱈目さは。当時の軍は兵を憎んでたんじゃないか、とすら思えてくる。

 こういう不合理さの解釈は、終盤になって出てくる。まずは、よく言われる統帥権だ。

国力を超えた戦線の拡大や、戦争終結という国家意思の決定が遅れた背景には、明治憲法体制そのものの根本的欠陥がある。
一つには言うまでもなく、「統帥権の独立」である。(略)軍部は「統帥権の独立」を楯にとって、政府によるコントロールを排除していった。
もう一つの欠陥は、国家諸機関の分立制である。(略)明治憲法の起草者たちが政治勢力の一元化を回避し、(略)伸長しつつあった政党勢力が議会と内閣を制覇し、天皇大権が空洞化して天皇の地位が空位化することを恐れていたのである。
  ――第3章 無残な死、その歴史的背景

 国家としての一貫した軍事方針がなかったのは、「太平洋の試練」でも指摘している。ただ、本書はこの辺が駆け足になっちゃってるのが少し残念。もっとも、そこを突っ込んだら、それだけで一冊になりそうな気配が。

 あと、国全体としての誤りは書いてあるけど、自決の強要や特攻など、無駄に兵を殺す体質の原因は、この本じゃわからない。これを精神論で片付けられるほど単純な問題じゃないと思う。なんというか、病んでるんだよね、組織として。こういう病んだ気質が、今もブラック企業などに受け継がれてる気がする。

 いや、他のところ、例えば戦場の兵が置かれた状況や統計数字などは、とてもしっかり調べているのだ。例えば25pの年ごとの戦没者数。「日本政府は年次別の戦没者数を公表していない」が、「岩手県は年次別の陸海軍の戦史者数を公表している唯一の剣である」とある。全都道府県を調べたんだろう。たった数行のために。

 こういう所に、学者の執念というか矜持みたいなのを感じるのだ。

 他にも潜水艦ではドイツのUボートが有名だけど、キルレシオじゃ米海軍が最も優秀だったりと、軍ヲタへの御褒美もちゃんとあって、なかなかのご馳走だった。太平洋戦争に興味があるなら、ぜひ読んでおこう。

 以下、各国潜水艦の戦績。

喪失 撃沈(隻) 撃沈(トン) キルレシオ
52 1314 500万2千 1:25
781 2828 1400万5千 1:3.6
127 127 90万 1:1.4

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2022年2月18日 (金)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2022年版」早川書房

レムには「傑作」と「すごい傑作」と「とんでもない傑作」しかない
  ――柳下毅一郎

 今年も出ました年に一度のお祭り本。

 うーむ、「なろう」にハマったせいで、新鮮で面白いSF小説がたんまりと溜まってしまった。でも俺だけじゃないので少し救われた気分だぜ水鏡子さん。なお国内篇でやたら短編集が多い理由は難波さんがバラしてます←をい

 ベストSF2021国内篇・海外篇を見渡しても、ランクインしてるのは「この地獄の片隅に」しか読んでない。レムの「インヴィンシブル」は大昔にハヤカワ文庫SFの「砂漠の惑星」を読んで大喜びしたなあ。私は「ソラリス」よりこっちの方が好き。

 美味しそうなのが沢山あるなあ。エイドリアン・チャイコフスキー「時の子供たち」竹書房文庫って「蜘蛛ですが、なにか? 異星版」っぽい←全然違うだろ。ピーター・ワッツ「6600万年の革命」創元SF文庫も見落としてた。何よりディーン・クーンツ「ミステリアム」ハーパーBOOKSを見逃してたのが悔しい。あの徹夜必至の大傑作「ウォッチャーズ」の続編が出ていたとは。 

 科学ノンフィクションも美味しそうなのがいっぱい。デビッド・クアメン「スピルオーバー」明石書店,長谷川修司「トポロジカル物質とは何か」講談社ブルーバックス,鳴沢真也「連星から見た宇宙」講談社ブルーバックス,アイニッサ・ラミレズ「発明は改造する、人類を」柏書房,ローランド・エノス「[木]から辿る人類史」NHK出版とか。

 2022年の刊行予定、「星界の戦旗」とか「素数の呼び声」とかマジかい。「輝きの七日間」も復活? 竹書房のギリシャSF傑作選「ノヴァ・ヘラス」も期待大。「星のパイロット」と「クロノス・ジョウンター」も再起動とか。本気にするぞ。

 野崎まどさん、なに遊んでのw

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2022年2月16日 (水)

アフマド・サアダーウィー「バグダードのフランケンシュタイン」集英社 柳谷あゆみ訳

「あれは、……名前の無い者でございます」
  ――第8章 秘密

「完全な形で、純粋に罪なき者はいない。そして完全なる罪人もいない」
  ――第14章 追跡と探求

「顔は変わっていく。俺には確定した顔がない」
  ――第17章 爆発

【どんな本?】

 サダム・フセイン政権が倒れ、暫定政府はあるものの、テロが吹き荒れ騒乱状態にある、2005年のイラクはバグダードを舞台とした、現代の怪談。

 ハーディーはシケた古物屋だ。街を出て行く人から、家具や電化製品を買い集めては直して売っている。そのかたわら、テロなどの犠牲者の遺体の欠片をかき集めて繋ぎ、一つの遺体に組み上げた。ただの死体だったはずのソレは、混乱しながらも自らの意志を持って動きだし、元の肉体の持ち主たちの恨みを晴らそうと、夜な夜な人を襲い始める。

 バグダードに生きる様々な人々の暮らしと風俗をじっくりと書き込み、私たちの知らないバグダード市民の文化を伝えるとともに、テロと暴力が渦巻き復讐の連鎖が続く現代イラクの現状を描く、ホラー長編小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は فرانكشتاين في بغداد, سعداوي, أحمد , 2013。アラビア語なので綴りは自信がない。英米では Frānkshtāyin fī Baghdād, Saʻdāwī, Aḥmad, 2014。日本語版は2020年10月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約383頁に加え、訳者あとがき6頁。9.5ポイント44字×19行×383頁=320,188字、400字詰め原稿用紙で約801枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらい。

 文章は比較的にこなれている。SFというより怪談なので、理科が苦手でも大丈夫。イラク情勢に疎くても、お話に必要な事柄は作中にあるので心配いらない。またイラクの風俗なども、訳者が文中で丁寧に捕捉しているのでご安心を。

 なお、イリーシュワー婆さんが大事にしている聖ゴルギースはたぶん聖ゲオルギウス(→Wikipedia)。竜退治の絵はいろいろある(→Google画像検索)。私はラファエロ作(→Wikipedia)がしっくりくるなあ。

【感想は?】

 SFと紹介されることが多い。書名にフランケンシュタインがあるからだろう。でも、怪談と呼ぶ方が相応しいと思う。

 怪談に出てくる人は、たいてい特別な人じゃない。どこにでもいる、普通の人だ。この作品に出てくる人も、多くはバグダードに住む普通の人々だ…少なくとも、序盤は。

 ここでじっくりと書き込んだバグダードの風景と人々は、ちょっとした驚きに満ちている。

 例えば最初に焦点が当たるウンム・ダーニヤール・イリーシュワー。20年前に徴兵された息子の帰りを今も待つ婆さん。岸壁の母ですね。彼女、なんとアッシリア東方教会の信徒だ。

 イラクといえばスンニ派vsシーア派vsクルドみたいな構図で報じられるけど、実際のバグダードはもっと多様性に満ちた街なのだ。

 宗教的に多様なのは「失われた宗教を生きる人々」でわかってるつもりだったが、ご近所同士でも仲良くやってるとは。イリーシュワー婆さんも、ご近所からは「神の祝福」を受けている、と評判だし。なお、「失われた宗教を生きる人々」に出てきたマンダ教(→Wikipedia)も少し出てきます。

 自動車も国際的だ。韓国KIAのバス,マレーシアのプロトン,トヨタのコースター,ドイツのメルセデス,ロシアのヴォルガ,そして米軍のハマー。人間もいろいろ。エジプト人,スーダン人,アルメニア人,ベネズエラ人傭兵、もちろん米軍兵も。

 などのヒトとモノの多国籍ぶりは、さすが千一夜物語の舞台となった都市、と感心したり。そう、昔からバグダードは国際的な都市だったのだ。こういう多国籍な風景は、「旋舞の千年都市」のイスタンブール以来だ。そういえばイスタンブールも歴史ある街だね。

 他にも「チャイ」「ネスカフェ・コーヒー(インスタント・コーヒーを示す)」「バクシーシ」とか、アジアや中東を旅行した経験のある人には懐かしい言葉も出てきて、「アレはユーラシア全般の文化なのか」と思ったり。あと、ビールをはじめ酒を飲む場面も意外と多い。ナツメヤシの酒なんてあるのか。

 もちろん、怪談だから、怪異も出てくる。怪異にもお国柄があって、それもこの作品の楽しみの一つ。

 肝心の怪物が意志を持つ経緯もそうだし、というか冒頭から政府機関が何やっとんじゃw やはり千一夜物語の国だった。政府はともかく、普通の人々は亡霊と共に生きている。結局、国や文化により形は違っても、怪異はあるのだ。味付けはイラク味だけど。イラク戦争も、そういう視点で見ると、全く違った形に見えてくるのも面白い。

 こういう土俗的な文化や風俗を味わえるのも、海外の文学を読む楽しみの一つ。特に怪談は普通の人々の暮らしにベッタリと張り付いて語られるだけに、そういった楽しみが詰まってる。

 とまれ、物語の舞台はそんなノンビリした雰囲気じゃない。毎日のように爆弾騒ぎが起き、ほんの偶然で人々が死んでゆく。

 怪物こと「名無しさん」がフランケンシュタイン役のハーディーと最初に対峙する場面でも、そんなテロに巻き込まれた人々が抱く、やり場のない怒りが炸裂する。

「自爆したスーダン人こそ殺した張本人じゃないか」(略)
「それはそうだ……だがあれは死んでいる。死んだ奴をどうやって殺せる」
  ――第9章 録音

俺はこの犠牲者の復讐を誰に果たしたらいいのだろうか。
  ――第10章 名無しさん

 仇が誰だかわかり、生きていれば、ソイツを恨める。だが、自爆テロだったら、誰を恨めばいいのか。既に犯人は死んでるんだし。そういった、犠牲者たちのやり場のない怒りを受け継ぎ、「名無しさん」は夜のバグダードを駆け抜ける。

 そして、生きている者たちは、バグダードから逃げ出してゆく。

今は誰も彼も亡くなったか、移住してしまった。
  ――第5章 遺体

 もっとも、この情勢を利用して荒稼ぎを目論む逞しい連中もいるんだが。ハーディーもそうだし、不動産屋のファラジュも図太い。太平洋戦争後の日本にも、こういう連中がいたんだろうなあ。

 テロの嵐が吹き荒れる中で、身を寄せ合い助け合って生き延びようとする者、機会に乗じて荒稼ぎを目論む者、事態の収拾を図る当局、ネタの臭いを嗅ぎつけたマスコミ、混乱にもめげず文化の保全に勤しむ者、旧体制でブイブイいわしてた奴…。混乱するバグダードに住む様々な人びとの暮らしを背景に、そこに蘇った「名無しさん」の暴れっぷりを描く、現代バグダードの怪談だ。ホラーファンだけでなく、異国の暮らしに興味がある人にお薦め。

 ところで、イリーシュワー婆さんは毎週教会に通ってるけど、他の人物がモスクに行く場面はないんだよね。なんでだろ?

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2022年2月13日 (日)

SFマガジン2022年2月号

「神を生み出す事業を始めるのです」
  ――坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」

「青野市史」(昭和39年刊行)によれば、旅客用硬式飛行船が青野市に立ち寄ったのは昭和12年5月7日のこととされている。
  ――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回

 376頁の標準サイズ。

 特集は「未来の文芸」。読み切りの小説が6本、エッセイ・評論が7本。

 小説は13本。

 特集「未来の文芸」で6本。麦原遼「レギュラー・デイズ」,柞刈湯葉「宇宙ラーメン鉄麺皮」,ンネディ・オコラフォー「発明の母」月岡千穂訳,坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」,天沢時生「ショッピング・エクスプロージョン」,柴田勝家「絶滅の作法」。

 連載は4本。神林長平「戦略的な休日 戦闘妖精・雪風第4部最終回」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第40回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回、新連載の村山早紀「さやかに星はきらめき」。

 読み切りが1本。上遠野浩平「聖痕人間は自覚しない」。

 加えて「第9回ハヤカワSFコンテスト受賞作」2本の冒頭を掲載。大賞受賞作の人間六度「スター・シェイカー」,優秀賞の安野貴博「サーキット・スイッチャー」。

 まずは特集「未来の文芸」から。

 麦原遼「レギュラー・デイズ」。レンジのじいちゃんは兄ちゃんをおこる。「おまえは健康すぎるからへんなむきに頭を動かすんだ」。兄ちゃんは54歳で健康体、町で一番の年上の子どもだ。健康は子どもっぽさとされ、肉体が限界になれば成人と認められる社会。成人は脳を侵襲的に探索され、120歳の寿命まで電子機器に住む。脳は破壊されるが、肉体は次代の家族を作ったり臓器を提供するなどに使われる。

 ちょっと変わった日記形式。奇妙な社会に思えるけど、現実にも似た傾向はあるのだ。酒やタバコがオトナの入り口と見なされたり、斜に構えるのがカッコイイとされたり、アニメやゲームが子どもっぽいと言われたり。もっとも、この作品の社会は、想像をめぐらすと色々と怖くなるんだけど、そういう読み方でいいんだろうか?

 柞刈湯葉「宇宙ラーメン鉄麺皮」。地球人が銀河連邦に加盟した未来。太陽系外縁のエッジワース・カイパーベルトの小惑星がラーメン屋<青星>だ。店長のキタカタ・トシオは、どんな異星人だろうと、その客に合ったラーメンを出す。その騒動は、ヤンガスキー軍辺境総司令部参謀長の苦情と共に始まった。同胞が貴君のラーメンを食って堕落している、と。

 2018年4月号の「宇宙ラーメン重油味」と同じシリーズ。エネルギーは恒星光から得て、消化管を持たない金属生命体が、なぜどうやってどんなラーメンを食うのかと思ったら、さすが店長w そりゃ厨房も店も広くないとねえw ヤンガスキー星人の名前とか、笑いどころがいっぱい。このままシリーズ化してアニメ化もして欲しいw

 ンネディ・オコラフォー「発明の母」月岡千穂訳。遺伝子改造で生み出されたニチニチソウの花粉津波が迫るナイジェリアのニュー・デルタ。アンウリが妊娠を告げたとたん、恋人のバーヨは去った。アンウリに残されたのはバーリが創ったスマートホームだけ。花粉に苦しみつつ、アンウリは出産の日を迎える。

 妊婦SFは松尾由美の「バルーン・タウンの殺人」があるけど、出産SFは珍しい。これに加え、最近になって酷くなった花粉症とスマートホームを組み合わせた作品。花粉症の人は避けた方がいいぐらい、花粉津波の描写は迫力があって、鼻がムズムズする。増改築が自動なスマート・ホームは羨ましい。もっとも、目的も告げずに「あれ買えこれ調達しろ」と指図してくるのはムカつくけどw

 坂永雄一「<レーニン>の肖像を描いた女」。1913年12月7日のペテルブルク。芸術家たちが集まるカフェ<宿無し犬>の前で、アナスタシア・エレアザロワが自動車事故にあう。その際に砕けた石の欠片が彼女の左の眼孔に入り脳に入り込んだ。この事故により、彼女は右目と左目で異なる現実を見るようになり…

 共産革命が世界的に成功した世界を描く。ロシア革命(→Wikipedia)の経緯と日時を憶えておこう。テルミンってロシア生まれだったのか。共産主義の理想を実現した社会が、なかなかグロテスク。にしても最近、ロシア物が流行ってるなあ。

 天沢時生「ショッピング・エクスプロージョン」。コモミ・ワタナベが創業した超安チェーン店サンチョ・パンサは世界中で成功したが、ワタナベの死後に自動システムが暴走、野放図な増殖拡大を続け人類の脅威となる。店を巡回する鋼鉄店員の目を盗み命がけで商品を回収する万引き犯は貪鬼(パンサー)と呼ばれ…

 いいなり某ディスカウント・ストアのパロディで始まったかと思えば、それが暴走して人類の脅威となる展開に大笑い。その発想はなかったw 続けて「当店のすべてをそこに置いてきた」ときたもんだw 偶然手に入れたブツをキッカケに成り上がりを狙うストリートチルドレンのハービーとか、いかにもな流れも楽しい。

 柴田勝家「絶滅の作法」。地球上の生物は突然に絶滅した。そんな地球にも、ヒトは住んでいる。地球の人類じゃない。現地生物の肉体をコピーし、そこに異星の者の思考体を書き込んで、地球の人類を真似している。佐藤もその一人だ。異星人たちはできる限り地球の文化を再現し、人間を含めた生物もソレっぽく再現・活動している。

 著者お得意の文化人類学を活かした作品。参与観察(→Wikipedia)をヒネったもの、かな? 地球の人類を真似する異生物たちだし、妙にノンビリした雰囲気は北野勇作の「かめくん」シリーズを思い起こさせる。もっとも、肝心の佐藤君は別に学術的な目的でもなさそうなんだけど。改めて考えると、既に喪われた人類の文化も沢山あるんだろうなあ。8世紀のマラウィ湖周辺でヒトがどう暮らしてたかとか、見当もつかないし。いや知ってる人はいるかもしれないけど。

 李琴峰「筆を執ること四春秋 振り返りと展望」。「自分はただの偽物ではないかという疑念」に囚われるインポスター症候群(→Wikipedia)かあ。私にもあるなあ。いや成功はしてないいがw 特に昔に自分が書いたプログラムを見ると←それは疑念じゃなくて正当な評価だw 「文芸時評とは名ばかりで、持論をただ延々と展開するだけ」って俺のことかい。

 橋本輝幸「ホープパンクの誕生 なぜ抵抗が希望なのか」。「あきらめずにまっとうさや優しさを貫く姿勢」って、「進撃の巨人」や「鬼滅の刃」もホープパンク? なんか違う気がする。いやどっちも読んでないけど。

 特集はここまで。

 神林長平「戦略的な休日 戦闘妖精・雪風第4部最終回」。クーリィ准将からFAF特殊戦の全戦隊員に休暇命令が出た。何やら戦略的な目的があるらしい。ブッカー少佐と深井零は、たっぷり缶ビールを入れたクーラーボックスを担ぎ、草原でくつろぐ。准将はもちろん、桂城少尉・田村大尉・エディス軍医など、それぞれの休暇の過ごし方は…

 懐かしいね、ブーメラン。でもあまり完成品に思い入れはない様子。零は予想通りだが、桂城少尉は何やってんだw クーリィ准将はやっぱり休暇も腹黒。意外なのが田村大尉。そういう所にも気を使うのか。でもセンスはブレないw きっと今までの上官もビビッて言えなかったんだろうなあw 各登場人物の意外なプライベートが楽しめる回だった。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第40回。ネルソン・フリート議員とマクスウェルを、ハンターはシザースだと断定した。両名の行方を捜索専門チーム<スネークハント>が追う。バリー・ギャレットとその息子アランが率いる部隊だ。だが両名に因縁のあるリック・トゥームが妨害に出る。チームが乗る自動車を乗っ取り、勝手に操り始めた。

 ここまで来て、更に新しいエンハンサーが出てくるのか、と驚く。ぼちぼち終盤かと思ったけど、まだまだ続くのか? ハンターの目的と能力を考えると、誰彼構わずイコライズすそうなモンだけど、リック・トゥームの動機と動きを見ると、そうでもないのね。後半はフラワー法律事務所との法律闘争の序盤戦。集団訴訟の難しさを逆手に取るクローバー教授の手腕が見事。

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第12回。青野市の住民にはふたつの種類がいる。<天使>になりうる者と、そうではない者と。そう遠野先輩は言う。そして小野寺早都子はなりうる者だ。その早都子と弟の伊佐人そして白いコートの女は、激しい雨の中を啄星高校に向かう。三人を追う印南棗・山下祐・儀間圏輔。

 今回も嵐の中での激しいバトルが展開する。しかも、なんかとんでもねえ最終兵器っぽいのまで出てきた。家庭の中での「普通」は、それぞれの家庭ごとに違う。それは人が成長し付き合いが増えるに従って色々と実感していくものだ。が、この世界の違いは桁が外れてる。「日記」とかも、数値海岸の異質さを巧みに現わしていると感心した。

 村山早紀「さやかに星はきらめき」。新連載。地球に人は住めなくなり、人類は宇宙へと飛び出した。他の恒星系に移り住む者もいるが、太陽系に留まる者も多い。キャサリン・タマ・サイトウは猫人だ。月に住み、書籍の編集に携わっている。今は『言葉の翼』社に編集長として迎えられた。最初の本のテーマは『愛に満ちた、人類すべてへの贈り物になるような本』。

 しまざきジョゼによる扉のイラストにドッキリ。大好きな Camel のアルバム Moonmadness のジャケットへのアンサーかと思った。お陰で読んでいる最中は脳内で Aristillus が鳴りっぱなし。お話は、照れくさくなるぐらいに優し気な、宇宙時代を描くSF/ファンタジイ。

 上遠野浩平「聖痕人間は自覚しない」。合成人間ユージンは、地方から都心に出てきた受験生を装い、目立たぬよう人々に埋没して暮らしている。いつものように街を歩き回り帰ってきたら、部屋に思わぬ侵入者がいた。製造人間ウトセラ・ムビョウだ。ウトセラはベルベット・アルファベットの目を欺いて脱走してきた。

 ウトセラ・ムビョウさん、相変わらず飄々として何を考えてるのか見当もつかない。こういうのに振り回されるユージンを少し哀れに思ったり。人類の運命を操る秘密の大組織っぽい統和機構も、内紛やら権力闘争やらを抱えて、ポンコツっぽく見えてくるから切ないというか怖いというか。

 人間六度「スター・シェイカー」冒頭。テレポートが実現し普及した未来。普及の過程で人類は多くの事故を経験し、テレポートは免許制となった。7割程度の者はテレポートできるが、できない3割および荷物を運ぶため職業テレポーターもいる。かつてテレポート事故に巻き込まれた赤川勇虎は、心の傷に悩みながらも職業テレポーターとして働いている。

 冒頭のみながら、テレポートの普及が社会をどう変えるかの描写が巧み。赤川の仕事っぷりはタクシー運転手と Ubar Eats の配達員を兼ねたような感じで、生活感が濃く漂っている。社会が事故との折り合いをつけるための免許制とWB(ワープボックス)の工夫もいい。何より、距離が意味を失った世界での都市の変わりっぷりが見事。

 安野貴博「サーキット・スイッチャー」冒頭。坂本義晴は完全自動運転を実現したサイモン・テクノロジー社の創業社長だ。自宅を出た途端、見知らぬ男に絡まれた。自動運転により失業した運転手の一人らしい。なんとか逃げ出しクルマに乗り込み仕事を始めた坂本だが、いきなりくるまが止まり妙な奴が乗り込んできて…

 あまりに類型的な坂本社長の描写に苦笑いしてしまう。いや誠実だし、人の話を聞く気もたっぷりあるのだ。ただ、根本的な所で認識がズレてる上に、救いようのない話下手だからw じっくり話すと、「そこからかよっ!」な思いを何度もする羽目になる、そういうタイプ。感情的になってる時に会話する相手じゃありませんw

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