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2022年1月の2件の記事

2022年1月16日 (日)

ジャンナ・レヴィン「重力波は歌う アインシュタイン最後の宿題に挑んだ科学者たち」早川書房 田沢恭子・松井信彦訳

はくちょう座X-1からの光で骨格の(X線)写真を撮れる。
  ――8章 山頂へ

「(2015年)9月14日、二台のLIGO干渉計が二つの30太陽質量前後のブラックホールによるインスパイラルおよび合体と矛盾しない信号を記録しました」
  ――エピローグ

【どんな本?】

 2016年2月11日、物理学上の重大な発表があった。「2015年9月14日にアメリカの重力波観測施設LIGOが重力波を検出した」と。

 アインシュタインの一般相対性理論により、理論上は存在しうるとされていた重力波(→Wikipedia)だが、実際に観測されたのは初めてである。

 その重力波とは何か。どうやって調べるのか。重力波観測施設LIGOとは、どんな施設なのか。重力波の観測にはどんな者が関わり、どんな歴史を辿り、どんな形で運営されているのか。

 重力波およびその観測の歴史からLIGOの計画・建設そして運用に至るまで、関わった者たちのドラマを物理学者を中心に描く、現代のビッグ・サイエンスのドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は BLACK HOLE BLUES : and Other Songs From Outer Space, by Janna Levin, 2016。日本語版は2016年6月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約256頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×19行×256頁=約218,880字、400字詰め原稿用紙で約548枚。文庫なら普通の厚さ。今はハヤカワ文庫NFから文庫版が出ている。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないが、重力波を「感じる」には、中学校卒業程度の理科の素養と、多少の想像力が要る。とまれ、内容の多くは人間ドラマなので、組織内で働いた経験があれば、理科が苦手でも大丈夫。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

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  • 1章 ブラックホールの衝突
    天空の“音”を記録する試み
  • 2章 雑音のない音楽
    雑音のない音楽を求めて/ナチスを逃れ、ベルリンからニューヨークへ/シェラック盤の背景雑音はどうしたら消せるのか/時空の「録音装置」をつくる/恋に落ちて始めたピアノが人生を変えた/MIT20号棟の想い出/一般相対性理論を教えながら学ぶ/「物体間で光線を往復させて重力波を測定する」というアイデア/1.5mの「プロトタイプ」干渉計/結果を出さないリスクに耐える/立ち消えるプロジェクト/ドイツチームに水をあけられて
  • 3章 天の恵み
    70年代のボヘミアン/ジョン・ホイーラーとの出会い/ホイーラーと核兵器開発/核兵器の科学から出たブラックホール/相対論的天体物理学の黄金時代/とらえどころのない“重力波”に狙いを定める/重力波とは何か、本当に存在するのか?/ワイスとソーンの邂逅/ソヴィエトから来た男
  • 4章 カルチャーショック
    倹約を旨として/いつでも渦の中心にいる男/ヒューズ=ドレーヴァー実験で名を馳せる/「スズメの涙」ほどの予算で干渉計をつくり上げる/周囲を振り回す「科学のモーツァルト」/鬼のいぬ間の洗濯/好条件か、居心地のよさか/人間心理を読み違える
  • 5章 ジョセフ・ウェーバー
    「ニアミス」に翻弄され続けた先駆者/銀河系の中心に「音源」を発見せり/フリーマン・ダイソンの「重力装置」に勇気づけられる/雨後の筍のようにつくられ始めた「共鳴棒」/否定的な結果の蓄積/「偽りの信号」の烙印
  • 6章 プロトタイプ
    カルテクの<40メートル>に潜入/<40メートル>は誰のものか?/「干渉計」は誰のアイデアだったのか?/L字型をした「光の通路」
  • 7章 トロイカ
    「重力波探し」は終わったテーマではない!/その道は必ずや巨大プロジェクトに通じる/救世主、アイザックソン/「ブルーブック」提出される/7000万ドルのプロジェクト MITとカルテックの合同成る/ドレーヴァーとワイスのあいだの「緊張」/LIGOの誕生 奇妙な「トロイカ」の結成
  • 8章 山頂へ
    パルサーが発見されるまで/ブラックホールが実在することの裏付けとなる/なぜ「暗黒」に注目するのか?/成し遂げられた重力波の「間接的検出」
  • 9章 ウェーバーとトリンブル
    ウェーバー、ソーンに自分語りをする/「身を引け」と勧めたフリーマン・ダイソン/ウェーバーと連れ添った女性/ウェーバーとトリンブルのロマンス
  • 10章 LHO
    黒魔術の心得/世界最大の真空チャンバー/42kgの透明な鏡/虫の問題/ビームパイプを完全踏破する/エゴは棚上げだ/問題はトロイカによる管理体制にあり!?
  • 11章 スカンクワークス
    学務部長を解任された人物/ボイジャー・ミッションのリーダーの座を譲る/問題解決に秀で、問題を起こすことに長けた人物/ヴォートのLOGO計画書、国立科学財団を動かす/議会承認を目指す長い闘い/Observatoryという名称がよくない?/政治的な駆け引き/カルテクの実験家には寝耳に水の「LIGO始動」/権威嫌いの「スカンクワークス方式」/消えないナチスの影
  • 12章 賭け
    物理学者は賭けがお好き/日々高まっていった、「重力波あり」のオッズ/LIGO建設に見合う「確率」はどれくらいか/第一世代のLIGOがカバーする領域では足りない/最終的には「自然の恵み」待ち
  • 13章 藪の中
    LIGOグループに生じた亀裂/相反する証言/常軌を逸した規制を課せられて/ドレーヴァー外し/個人攻撃の犠牲者か、プロジェクトの障害か?/「黙ってろ」 財団の担当者を怒鳴りつける
  • 14章 LLO
    アメリカ南部の観測所/干渉計を口説く手管の持ち主/バス、ワニ、林業会社/撃ち込まれた銃弾/コーナーラボへ「這い出す」/第二世代統括責任者、バリー・バリッシュ/三億ドルの予算を得て、息吹き返したプロジェクト/キリスト教原理主義者との諍い/1000人以上からなる国際コラボレーションへ
  • 15章 フィゲロア通りの小さな洞窟
    <小さな阿洞窟>での一夜/科学者はクライミングウォールの取っ手や丸石のようなもの/現場のポスドクたちによる検出時期予想/基本法則との直接対話はいかにして行われるか/いかにして雑音の中から音を聴き分けるか/休む間もなく回り続けるローテーション
  • 16章 どちらが早いか
    ヴォートのその後/ワイス、修復したドレーヴァーを案じる/最初の科学運用での検出を目指して
  • エピローグ
    2015年9月に飛び込んできた“音”/「これは訓練じゃない」/デイヴィッド・ライツィーからの「極秘情報」/背中から下りたサル/ブラックホールは重力波の歌をうたう
  • 謝辞/LIGO科学コラボレーションおよびVIRGOコラボレーションのメンバー/訳者あとがき/情報源に関する注

【感想は?】

 なんと、重力波が「聞こえる」とは。知らなかったなあ。

 現代は嬉しい時代で、重力波が聞ける(→Youtube)。ピュイッって感じの、意外と澄んだ音だ。

 理屈は意外と簡単。二つのブラックホールが衝突する際、互いがグルグルと回転する。渦に巻き込まれる二つのボールや、二匹の犬が互いの尾に噛みつこうと争う様を思い浮かべよう。いや上の動画を見れば一発なんだけど。回転は次第に速くなり、最後に衝突する。

 ブラックホールなど巨大質量の物体は、空間を歪める。歪みの元凶となるブラックホールが激しく動くと、それにつられて歪みも動く。歪みの動きが円運動だと波=重力波として伝わり(ハモンドオルガンみたいな理屈かな?)、ヒトの鼓膜も重力波に従って動く。

『LIGOはピアノと同じ周波数域をカバーしている』
  ――2章 雑音のない音楽

 とはいえ、それまで重力波を聞いた人はいなかった。なぜって、とっても小さい音だからだ。

(ブラックホールの衝突で生じた)重力波が地球に届くころには、宇宙の響きは地球三個分ほどの長さが原子核一個分だけ変化するのに等しい、微小なものになっているはずだ。
  ――1章 ブラックホールの衝突

 そんな小さな音を調べようってんだから、大変な話だ。しかも、世界は雑音に満ちている。

雑音は予測されるどんな宇宙の音よりも10万倍、ともすると100万倍うるさかった。
  ――7章 トロイカ

 重力干渉計の原理はイラストで説明してて、確かに理屈はわかるのだ。でも、現実にそれがキチンと動くのかっつーと、やたら難しいのはスグに想像がつく。雑音もそうだし、機器の精度も桁違いのシロモノになる。

 だもんで、必要な予算も大変な額で。

2億ドルというのは国立科学財団が天文学に充てる年間予算の二倍に相当する
  ――11章 スカンクワークス

 この予算を取ってくるにも、相応の手腕が求められる。科学者だって、世俗の知恵が要求されるのだ。この予算獲得や組織運営のアレコレは、中盤以降で本書の大きな割合を占めてくる。

 しかも、それだけの予算を投じても、実際に重力波が検出できるか否かは物理学者の中でも意見が分かれている。求められる精度が桁違いな上に、相手が自然現象だ。タイミングよくブラックホール衝突が起きるかどうかも分からない。

検出器に(重力波が)ぶつかるときまで十分な音量を保てるのは、(ブラックホール衝突の)最終段階で放たれる重力波だけである。
  ――12章 賭け

 なにせ数十億年ある星の寿命の、最後の一瞬だけなのだ。なんちゅう無茶な、と思うが、そこは「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式で。稀な現象もサンプルが充分に多ければ見つかるだろう、そういう理屈だ。

改良型LIGOは10億光年先までカバーして、私たちが数百万個の銀河に手を伸ばせる距離まで到達できるように設計されている。
  ――12章 賭け

 だというのに…

ジョセフ・ウェーバー「人が科学をやるなら、その理由はなんと言っても自分が楽しいからであって、楽しくないならやるべきでなく、私にとって科学は楽しいものです」
  ――9章 ウェーバーとトリンプル

 こういう事を平気で言っちゃうから科学者って奴はw いや科学者に限らず、学者って奴は多かれ少なかれ、そういうモンなんだろうなあ。

 つくづく、こういう前例のない計画にカネを出す合衆国政府の気前の良さが羨ましいと共に、科学における「最初」の価値もしみじみと分かってくる。やっぱり原爆の成功が大きかったのかなあ。

 何かと紛れ込んでくる雑音のネタも面白かったし、終盤で語られるLIGOで働く学者たちの暮らしも楽しい。こういう「科学の最先端で働く人たち」の意外性に満ちたドラマは、「命がけで南極に住んでみた」に似た三面記事的な味わいがある。

 科学というより、科学者やその環境を描く作品として楽しめた。知られざる職業・産業の内幕物が好きな人にお薦め。

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2022年1月14日 (金)

2021年に面白かった小説3つノンフィクション3つ

はい、いつも通り思い付きで選びました。

【小説】

菅浩江「博物館惑星Ⅲ 歓喜の歌」早川書房
 月と地球のラグランジュ・ポイントに浮かぶ人口小惑星<アフロディーテ>は、惑星まるごと博物館だ。学芸員の尚美・シャハムと警備員の兵藤健は共に新人。両名は頼れる先輩に囲まれながらも、違法生物の持ち込みや贋作事件に巻き込まれ…
 博物館の展示物には全く知識がない兵藤健を主役に据えたのが嬉しい。というのも、私も健と同じく芸術には素人だもんで、彼の考えがよく分かるからだ。また、彼とAI<ディケ>の関係も、ヒトとAIの理想的な関係を描いている。本当に、こんな関係が築けたらいいなあ。
「フレドリック・ブラウンSF短編全集 4 最初のタイムマシン」東京創元社 安原和見訳
 1940年代から60年代にかけて活躍したアメリカのSF/ミステリ作家フレドリック・ブラウンのSF短編を、執筆順に編集した全四巻シリーズの完結編。本書は1951年から1965年までの作品を収録。
 ブラウンの作品は星新一に味わいが似ている。スラスラ読めてわかりやすい文章、徹底的にそぎ落とした人物描写、短くてキレがよくブラックなオチ。特にこの巻は全四巻の中でも短い作品を多数収録していて、ブラウンの味が思いっきり凝縮されている。とまれ、濃いとはいってものど越しは極めて良く、日頃はあまり本を読まない人にも自信をもってお薦めできる。
三嶋与夢「ドラグーン小説家になろう
 悪徳貴族の馬鹿息子ルーデル・アルセスは、幼い時に見たドラゴンとそれを駆る騎士ドラグーンに魅了される。それまでの悪行で誰からも見限られたルーデルだが、ドラグーンになるため生活のすべてを捧げ…
 相変わらずブログの更新が滞っているのは、みんな「小説家になろう」のせいです←人のせいにするなよ ちなみに「なろう」の「完結済み」は「書き手は続きを書く気がない」という意味で、お話が終わっているとは限らないんだけど、この作品は綺麗に終わってます。ストーリーは「ワンピース」や「スラムダンク」同様、クソガキが憧れに向かいまっしぐらに突き進む、少年の冒険と成長を描く王道の物語なのでお楽しみに。

【ノンフィクション】

Martin Campbell-Kelly/William Aspray/Nathan Ensmenger/Jeffrey R.Yost「コンピューティング史 人間は情報をいかに取り扱ってきたか 原著第3版」共立出版 杉本舞監訳 喜多千草・宇田理訳
 「コンピュータ史」ではない。「コンピューティング史」だ。もちろんコンピュータの話が中心になるんだけど、それ以前の紙の時代も扱っている。というか、「第1部 コンピュータ前史」が、やたらと面白い。紙とインクの時代でも、オフィスは着々と進歩してきたのだ。私たちが使っているちょっとした道具も、当時としては革新的なOA機器だったり。もちろん、コンピュータ登場以降の英雄たちの栄枯盛衰もなかなかに熱い。
リチャード・C・フランシス「家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか」白揚社 西尾香苗訳
 イヌ,ネコ,ブタ,ウシ,ウマ,ヒツジ…。人類は様々な生物を飼いならし、家畜とした。野生の環境と家畜の環境は大きく違う。その違いは、家畜化された生物にも大きな影響を及ぼし、様々な変異を引き起こした。中には多くの種に共通する変異もあって…
 生物が隠し持っている進化の可能性に唖然とする。ところで、今になって気が付いたんだが、「ヒトは自らも家畜化した」なんて話もあって、だとすると、ウマやブタに現れた変異もヒトに現れ、そして将来は更に進むんだろうか。楽しみだなあ。なお「都市で進化する生物たち」も面白かった。
ベン・ルイス「最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の『傑作』に群がった欲望」上杉隼人訳 集英社インターナショナル
 2017年11月、クリスティーズの競売で絵画の落札価格の最高額が更新される。その額4憶5千万ドル。対象はレオナルド・ダ・ヴィンチの「サルバトール・ムンディ」。著者はこの作品の由来と発見そして競売へと至る経緯を追い、その過程で現代の美術界の内幕を容赦なく暴いてゆく。知られざる美術界の現状をつぶさに描く、ルポルタージュの傑作。
 作品を掘り出した美術商ロバート・サイモンとアレックス・パリッシュの活躍も楽しいし、それを評価する美術界の御大たちの姿や、売買に関わる有象無象の胡散臭い連中の肖像、大きな戦争が美術界に与える影響など、雑学やゴシップまがいの面白さが盛りだくさん。ただ、美術品を買うのが怖くなるのはなんとも。

 そんなわけで、更新が滞っているのは「小説家になろう」のせいです、はい。だって面白いんだもん。

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