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2021年9月15日 (水)

SFマガジン2021年10月号

「おまえ、ジャムか」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」

「私なら、この集団訴訟を、八カ月で潰します」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」

あなたたちは人生で二人、特別な人と出会います。
  ――津久井五月「環の平和」

俺は16歳の春に目を覚ました。
  ――宝樹「時間の王」阿井幸作訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。

 少説は10本。

 連載は3本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。

 読み切りは7本。上遠野浩平「従属人間は容赦しない」,平山瑞穂「鎧う男」,津久井五月「環の平和」,三方行成「メガ奥46k」,春暮康一「主観者 後編」,宝樹「時間の王」阿井幸作訳,S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART2 502~998」。コミックやSF以外も出てきて、幅が広がってきたのがわかる。コミックは坂田靖子・吾妻ひでお・水樹和佳子・横山えいじ・佐藤史生・清原なつの・森脇真未味・とり・みき・北原文野・ふくやまけいこ・いしかわじゅん・西島大介と、少女漫画出身の人が多い。少年漫画誌のSFはバトルに流れがちだけど、少女漫画は世界観とかで唸らせるのが多いんだよなあ。谷甲州の「エリコ」は、この著者からは想像できない異色作だった。冲方丁「マルドゥック・スクランブル」のカジノの場面は凄かった。野尻抱介「クレギオン」の「サリバン家のお引越し」は自転で重力を模すシリンダー型コロニー内の航法って地味なネタながら、みっちりセンス・オブ・ワンダーが詰まってる。小川一水「天冥の標」は長いけど確かにⅠ~Ⅴのどこから入ってもいいんだよね。

 春暮康一「主観者 後編」。クルーたちはその惑星の海で見つけた生物らしきものに、慎重な接近を試みる。光が全く届かない海底で、複雑な閃光を発するもの。発光器官のしくみは見当がついた。地球の深海魚などと同じ、化学反応によるものだ。だが目的がわからない。獲物をおびき寄せるためでもなければ、異性を誘うためでもない。観察しているうちに、行動パターンに変化がみられた。

 充分な考慮を重ね慎重なアプローチで少しづつファースト・コンタクトを進めていくクルーたち。デビュー作の「オーラリメイカー」もそうだったように、読者の想像をはるかに超える異星生物の奇怪極まる生態が楽しめる極上のファースト・コンタクト作品だ。スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」やピーター・ワッツ「ブラインドサイト」と充分に肩を並べるファースト・コンタクト物の傑作。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。離陸前から、今回のアグレッサー戦への認識を改めた田村伊歩大尉。だが、どの機が敵でどの機が味方かが分からない。既に発進前の雪風による「攻撃」で、飛燕が得る画像情報があてにならないのっは分かっている。自らの目でそれぞれの動きを確かめ、その目的を探ろうとする田村大尉だが…

 コミュニケーションの手段は様々だ。この作品の面白さの一つは、マシンとヒトのコミュニケーションを高い解像度で描く点にある。今までは雪風からのメッセージを零が解釈する形だった。今回は、雪風とレイフと飛燕そしてジャムのメッセージを、暴力の化身である田村大尉がどう受け取るか。田村大尉は獣みたいな人だけど、捕食獣だけに獲物の目論見を見抜く力は優れているのだw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第38回。<誓約の銃>のアジトであるヨット<黒い要塞>への襲撃などで得た証拠などに基づき、イースターズ・オフィス側は闘いの場を法廷にも広げる。そこで闘いを仕切るクローバー教授バロットから、バロットはアソシエート(補佐)役を仰せつかった。と同時にもう一つ、中途入学の新入生の案内も頼まれる。その新入生とは…

 はい、意外な人物です。であると主に、アレがなぜ奴を重用するのかもわかる仕掛け。ああいう世界に住む者には珍しく、感情に流されず理性的に動ける上に、視野が広く長期的に考える能力も持つのは、あの襲撃の場面で描かれていたけど、そうくるかあ。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第10回。杉原香里は児玉佐知を追う。既に佐知の家に寄り、牛乳瓶に埋め尽くされた玄関を見た。甘味処の前に降りる。この先の「來間先生の家」にいるはずだ。路地に入る。空気に抵抗感がある。やはり佐知はこの先にいる。

 今回は9頁。「自分に与えられている計算量の上限を測っている」などの記述で、読みながら目を覚まされる。そうなんだよなあ、登場人物たちは、自分が計算機内の存在だと分かっているんだよなあ。ボンクラなプログラムはCPUやメモリなど資源の使用量はOS任せで、ほっとくとメモリを使いつぶしちゃったりするんだよなあ。

 平山瑞穂「鎧う男」。41で雇い止めされ借金を抱え、故郷の実家に舞い戻った的場に、中学の同級生でバンドを組んでいた棚橋から連絡がきた。棚橋の話では、やはりバンドのメンバーだった穴澤も故郷にいるという。音楽をやめた的場や棚橋と違い、的場はメジャーデビューを果たし、その後は敏腕プロデューサーとして女性アイドルグループをチャートに送り込んだが…

 「鎧う」が読めなかった。「よろう」なのか(→Goo国語辞書)。楽器に手を出したはいいが、自分の才能に見切りをつけた的場の気持ちが切ないというか、他人事じゃないw いや別に私は素人として音楽を楽しめればいい、ぐらいに思ってたけど、別の楽器を担当してるハズの人が自分より巧くギターを弾きこなした時の気分は、よく分かるw

 上遠野浩平「従属人間は容赦しない」。統和機構はヒノオを捕えたが、ウトセラ・ムビョウは行方をくらます。ヒノオから情報を引き出そうとするが、彼は何も話さない。そこで統和機構のナンバー2と目されるカレイドスコープがヒノオと話すことになった。

 リセットが「せっちゃん」でリミットが「みっちゃん」なのは巧い仕掛け(→Wikipedia)。終盤では、他にも懐かしい名前がチラホラ。

 S・チョウイー・ルウ「年年有魚」勝山海百合訳。春節を前に、夫婦は準備に余念がない。ふーだお<福倒>、逆さまにした福の字の賀紙(→Wikipedia)、福がやってくるおまじない。年年有魚、魚料理、豊かになる縁起担ぎ。

 3頁の掌編。日本じゃ正月に門松を飾りお餅を食べる。キリスト教はクリスマスにツリーを飾り七面鳥を食べる。多くの文化で、特定の日に特定の飾りをして特別な物を食べる。それぞれの飾りや食べ物には、祈りや願いが込められている。小さな幸せの象徴…とか思ってたら、なんじゃこりゃあ。

 津久井五月「環の平和」。宮下玲が生まれる前に交感が開発された。他人が知覚する光景や思い浮かべるイメージを知り理解する技術だ。人々の結束を強めると思われたが、実際は逆だった。世界は少数のリーダーと、それに集う多数の人々に分かれる。それぞれの集団はいがみあい、争い合う。これを解決するために環の平和実験が行われる。玲hその被験者だ。

 はい、まるきしインターネットのよるエコーチェンバーというかタコツボ化というか。実際、音楽の世界でも、少数のスーパースターと多数の稼げないミュージシャンの差は広がるばかり(→「50 いまの経済をつくったモノ」)。ラジオもネット化してチャンネル数が増え選択肢が広がったためプログレが好きな私はウハウハだけど、日本の流行歌はサッパリ知らず会話に難が出たり。中波ラジオで聞いてた頃はソレナリについていけたんだが。

 宝樹「時間の王」阿井幸作訳。1994年。十歳で入院したとき、俺は同い年の琪琪(チーチー)と出会った。「人って死んだらどこに行くと思う?」 入院患者で同年齢の子は俺と琪琪だけ。数カ月の入院中、俺たちは一緒に遊んだ。琪琪は急性白血病で、長くはなかった。

 冒頭は「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」を思わせるファンタジイっぽい仕掛けで、何度も出会う二人を描きつつ、終盤のオチでは読者に解釈の余地を与えながら静かな余韻を残す。「中国のカジシン」は言い得て妙。

 三方行成「メガ奥46k」。メガスケール大奥、略してメガ奥の開闢より4万6千年少し。延々と連なる車列から、早起きしたエンリコは親方に捕まってしまう。マワシをつけ八景を見回す親方。だが今朝もチャンクは見当たらない。こうやってチャンクを探すのが巡業だ。

 大奥と力士と牛の三題噺。にしても、どうすりゃこれだけ狂った話が創れるのかw 「化粧が終わればマワシである」とかの言葉遊びが楽しい作品。徳川家安の次が徳川家無料ってw そう読ませるかあw 「巡業」「取り組み記録」「年寄株」のこじつけもいいし、「力士」が妙にSFしてるのもw

 伴名練「『日本SFの臨界点』編纂の記録2021」。正確な書誌情報を集める方法はマニアにとってとても役に立つ。また同時期に書いた週刊少年ジャンプの記事では、いかに読者をSF沼に引きずり込むかの工夫が見事。やっぱり手に入れやすいかどうかは大事だよね。

 大森望の新SF観光局「ハヤカワ文庫JAのSFベスト55」。もっと頁数を寄越せ、という筆者の叫びが聞こえてきそうな紙面w そりゃベストnとかやると、ついそうなるよねw

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