市川哲史「いとしの21馬鹿たち どうしてプログレを好きになってしまったんだろう第二番」シンコーミュージックエンタテイメント
本書『いとしの21馬鹿たち どうしてプログレを好きになってしまったんだろう第二番』は、2016年12月に上梓した拙著『どうしてプログレを好きになってしまったんだろう』の続編になる。
まず最初に断っておくが、本書は明らかに前作ほどは面白くない。
――Walk On : 偉大なる詐欺師と詭弁家の、隠し事メル・コリンズ「そもそも即興プレイヤーの俺に再現プレイなんて無理だから」 ――§13 壊れかけの RADIO K.A.O.S.
【どんな本?】
雑誌「ロッキング・オン」などで活躍した音楽評論家の市川哲史による、プログレ憑き物落とし第二弾。
プログレッシヴ=進歩的というレッテルとは裏腹に、ポップ・ミュージックの世界にありながら半世紀以上も前の方法論で今なお矍鑠として音楽を続ける有象無象の老人たちの、群雄割拠と集合離散そして栄枯盛衰の裏側を赤裸々に描くプログレ・ゴシップ・エンタテインメント。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2020年6月17日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約468頁。9ポイント38字×18行×468頁=約320,112字、400字詰め原稿用紙で約801枚。文庫なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらい。
クセの強い文章なので、好き嫌いがハッキリ別れるだろう…というか、好きな人しか読まないと思う。内容もお察しのとおり、わかる人にはわかるけど分からない人にはハナモゲラな文が延々と続く。ったって、どうせ分かる人しか読まないから問題ないよね。つまり、そういう趣味の本です。
【構成は?】
各記事は独立しているので気になった所だけを読めばいい。
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- Walk On : 偉大なる詐欺師と詭弁家の、隠し事
- 第1章 Not So Young Person's Gude to 21st Century King Crimson(21世紀のキング・クリムゾンに馴染めない)旧世代への啓示
- §1 ロバート・フリップが<中途半端>だった時代 キング・クリムゾン1997-2008
- §2 どうして手キング・クリムゾンは大楽団になってしまったんだろう
- 第2章 All in All We're Just Another Brick in the Wall ぼくらはみんな生きていた
- §3 どうしてゴードン・ハスケルは迷惑がられたのだろう
- §4 荒野の三詩人 だれかリチャード・パーマー=ジェイムズを知らないか
- §5 「鍵盤は気楽な稼業ときたもんだ」(或るTK談)
- §6 どうしてピーター・バンクスは再評価されないのだろう
- §7 恩讐の彼方のヴァイオリン弾き プログレで人生を踏み誤った美少年
- §8 <マイク・ラザフォード>という名の勝ち馬
- 第3章 From the Endless River 彼岸でプログレ
- §9 ジョン・ウェットンがもったいない
- §10 我が心のキース・エマーソン 1990年の追憶
- §11 ビリー・シャーウッドの「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう」
- 第4章 Parallels of Wonderous Stories 遥かなる悟りの境地
- §12 ウォーターズ&ギルモアの「俺だけのピンク・フロイド」
- §13 壊れかけの RADIO K.A.O.S.
- 第5章 One of Release Days それゆけプログレタリアート
- §14 吹けよDGM、呼べよPink Froyd Records
- §15 地場産業としてのプログレッシヴ・ロック(埼玉県大里郡寄居町の巻)
- ボーナス・トラック
- §16 ロキシー・ミュージックはプログレだった(かもしれない)
- 初出一覧
【感想は?】
いきなりの二番煎じ宣言w 書き出しがソレってどうよw いや正直でいいけど。
それに続けて「もう、みんなこんな齢なんだぜ」と数字つきで見せつけるのは勘弁してほしい。当然、読んでる私たちも似たような齢ななわけで。しかもチラホラと見える「故人」の文字が切ない。こうやって見ると、1940年代後半生まれが主役だったんだなあ、70年代のプログレって。にしても50歳代で若手ってどうよ。衆議院議員かい。
前回に続き表紙はピンク・フロイドだけど、紙面の半分以上がキング・クリムゾンなのは、著者の趣味なのか日本のプログレ者の好みなのか。やっぱりプログレのアイコンは宮殿のジャケットになっちゃうしなあ。フリップ翁は相変わらずの屁理屈&偏屈&我儘っぷりで、これはもはや至芸だろう。
続いて多いのはピンク・フロイド。まあセールスと知名度じゃ順当なところか。後はイエス、ジェネシス、EL&P。そしてなぜかロキシー・ミュージック。まあブライアン・イーノやエディ・ジョブソンを表舞台に引っ張り上げた人だし、ブライアン・フェリーは。とか言ってるけど、どう考えても著者の趣味を無理やり押し込んだんだよね。
レコードからCDそしてインターネットというメディアの変化・多様化は商売としてのプログレ(というよりポップ・ミュージック)にも多大な影響を与えているようで、ロバート・フリップがビジネスを語る「§1 ロバート・フリップが<中途半端>だった時代 キング・クリムゾン1997-2008」やレコード会社の日本語版担当者の声が聴ける「§14 吹けよDGM、呼べよPink Froyd Records」は、仙人ぶってるプログレ者にも現実を見せつける生々しい商売の話。
なんなんだろうね、いわゆる「箱」が次々と出てくるプログレ界って。まあガキの頃から乏しい小遣いを西新宿の中古盤屋に貢いでた輩が、齢を重ねて相応の収入と資産を得たら、お布施も弾むってもんか。そんな老人の年金にたかるような商売がいつまでも続くわけが…と思ったが、「父親の影響で」みたいな若者もソレナリに居るからわからない。二世信者かよ。
などのフロント陣ばかりでなく、エンジニアとしてのスティーヴン・ウィルソンなどにも焦点を当ててるのが、今回の特徴の一つ。いや焦点を当てるならポーキュパイン・ツリーでの活躍だろと思うんだが、これは読者の年齢層に合わせたんでしょう。
にしても、90年代以降のイエスって、音創りが手慣れているというか「イエスの音ってこんな感じだよね」的な、バンドとしての方向性が完全に固まっちゃって金太郎飴みたいな印象があるんだけど、それはきっとビリー・シャーウッドのせいだろうなあ。
などのビッグ・ネームが並ぶ中、「§7 恩讐の彼方のヴァイオリン弾き プログレで人生を踏み誤った美少年」はいささか切ない。タイトルでだいたい見当がつくように、あのエディ・ジョブソン様だ。とか書いてる今、MOROWで「デンジャー・マネー」がかかってる。日本の鍵盤雑誌編集部を襲撃した際の話は、いかにも彼らしい。
やっぱり面倒くさい奴だった…と思ったが、プログレって演る側だけでなく聴く側も面倒くさい奴が多いよね。あ、はい、もちろん、私も含めて。
とはいえ、同じ鍵盤弾きでもTKのお気楽さはどうよ。そんなにモテたのか。イーノといい、鍵盤弾きはモテるんだろうか。しかしなぜハウだけ「ハウ爺」w
終盤の「§15 地場産業としてのプログレッシヴ・ロック(埼玉県大里郡寄居町の巻)」は思いっきり異色。なんとプログレ者の隠れた聖地にして著者曰く<プログレ道の駅>カケハシ・レコードの取材記。企業としてはなかなかにバランスのとれた組織で、充分な起業家精神(というか山っ気)を持ちつつ理性的に市場動向の計算もできる社長の田中大介氏と、溢れんばかりのプログレ愛を滾らせる若き社員たちの組み合わせ。長く続いて欲しいなあ。
などの内容もいいが、やはり古舘伊知郎のプロレス中継ばりな文章スタイルがやたら楽しい。
「デシプリン最終決戦」「悪のアーカイヴ・コンテンツ帝国」「周回遅れの青年実業家」「驚異の袋小路ロック」「狂気のひとり三人太鼓」とか、いったいどっから思いつくんだか。一晩じゅう寝ないで考えたんだろうか。
いろいろあるが、屁理屈屋の多いプログレ界隈を書くには、こういうスタイルで毒消ししないと商売にならないのかも。いずれにせよ、「そういう人」のための本であって、万民に薦められる本ではないです。まあ普通の人は手に取ろうとも思わないだろうけど、それで正解です、はい。
ちなみに冒頭でメル・コリンズを引用したのは私の趣味。だって元キャメルだし。石川さゆりさん、Never Let Go 歌ってほしいなあ。
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【今日の一曲】
Sandra - Maria Magdalena 1985 (HD version)
ということで、RPJことリチャード・パーマー=ジェイムズの職人芸が堪能?できる Sandra の Maria Magdalena をどうぞ。ノってるシンガーとソレナリのベースに対し、お仕事感バリバリのドラマーと虚無感漂う鍵盤の対比が楽しいです。
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