« 坪内祐三「靖国」新潮文庫 | トップページ | 小川哲「嘘と正典」早川書房 »

2021年8月 4日 (水)

新井紀子「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」東洋経済新報社

私たちの日常で、大変な事が起ころうとしています。
  ――第1章 MARCHに合格 AIはライバル AIが仕事を奪う

論理、確率、統計。これが4000年以上の数学の歴史で発見された数学の言葉のすべてです。
  ――第2章 桜散る シンギュラリティはSF 意味を理解しないAI

日本の中高生の読解力は危機的と言ってよい状況にあります。その多くは中学校の教科書の記述を正確に読み取ることができません。
  ――第3章 教科書が読めない 全国読解力調査 人間は「AIにできない仕事」ができるか?

【どんな本?】

 2011年より、著者は人工知能の開発に挑む。名づけて「ロボットは東大に入れるか」、俗称「東ロボ」(→プロジェクトホーム)。目的はコンピューター・プログラムで大学入試問題を解くこと、目標は東京大学に合格できる成績をあげること。

 さすがに東大合格ラインには届かなかったが、いわゆるMARCH(明治・青山・立教・中央・法政)の一部の学部には届いた。偏差値は57.1.少なくとも半数以上の受験生より優れた成績を残した。

 東ロボの思考法は人間と全く違う。そもそも東ロボは問題の意味をわかっていない。にもかかわらず、平均以上の成績を取れたのである。

 これに著者は危機感を抱く。問題の意味すら分からぬコンピューターが、並みの受験生より成績が良かった。では、東ロボ未満の成績しか取れぬ受験生は、どうなのか。そもそも、問題文の意味すら分かっていないのではないか。

 この仮説を確かめるため、著者は読解力を調べるRST(リーディングスキルテスト)を作り、中学生と高校生に受けてもらう。結果は仮説の支持するものだった。すなわち、中高生の多くは、文章の意味が分かっていない。

 コンピューター・プログラムとは何か。AIとは何を示し、どんな研究をされてきたのか。何ができて、何ができないのか。東ロボは、どんな手法を使っているのか。それは他のAIとどう違うのか。今後、AIは人間の社会をどう変えるのか。そして、これらの問題と、読解力にどんな関係があるのか。

 AIの基礎から現代日本の教育が抱える根本的な問題点、そして来る社会の大変革を語る、エキサイティングな科学・技術解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年2月15日第1刷発行。私が読んだのは2018年4月27日発行の第8刷。爆発的な売れ行きだなあ。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約275頁。9.5ポイント40字×16行×275頁=約176,000字、400字詰め原稿用紙で約440枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容は…プログラミングの経験者にはやたらわかりやすいんだが、経験のない人には数学とAIの関係が分かりにくいかも。数学→プログラム→AIが、なぜ・どうつながるか、その辺の説明が極めてかいつまんでいるので、人によってはピンとこないかも。特に最近のコンピューターはIMEやGoogleがやたら賢くなってるんで、仕組みが分かりにくいんだよなあ。

【構成は?】

 第1章と第2章はコンピューター&AIや東ロボの歴史と仕組み、第3章は日本人の読解力の現状、第4章は将来の話となる。第2章以降は前の章の知識を基礎としているので、素直に頭から読んだ方がいい。いや自分でディープラーニングのライブラリを使ってAIを作れるぐらい詳しいなら話は別だけど。

クリックで詳細表示
  • はじめに
  • 第1章 MARCHに合格 AIはライバル
  • AIとシンギュラリティ
    AIはまだ存在しない/シンギュラリティとは
  • 偏差値57.1
    東大合格ではありません 「東大ロボくん」/プロジェクトの狙い/東大ロボくんがMARCHに合格したらどうなるか
  • AI進化の歴史
    伝説のワークショップ/エキスパートシステム/機械学習/ディープラーニング/強化学習
  • YOLOの衝撃 画像認識の最先端
    東大ロボくんのTEDデビュー/リアルタイム物体検出システム/物体検出システムの仕組み/AIが目を持った?
  • ワトソンの活躍
    クイズ王を打倒/コールセンターに導入
  • 東大ロボくんの戦略
    延べ100人の研究者が結集/世界史攻略/論理で数学を攻略
  • AIが仕事を奪う
    消える放射線画像診断医/新技術が人々の仕事を奪ってきた歴史/もう「倍返し」はできない/全雇用者の半数が仕事を失う
  • 第2章 桜散る シンギュラリティはSF
  • 読解力と常識の壁 詰めこみ教育の失敗
    東大不合格/東ロボくんにスパコンは要らない/ビッグデータ幻想/日米の認識の差/英語攻略は茨の道/200点満点で120点を目標に英語チーム結成/常識の壁/150億文を暗記させる
  • 意味を理解しないAI
    コンピューターは計算機/数学の歴史/論理と確率・統計
  • Siri(シリ)は賢者か?
    近くにあるまずいイタリア料理店/論理では攻略できない自然言語処理/統計と確率なら案外当たる
  • 奇妙なピアノ曲
    確率過程/自動作曲/とりあえず、無視する/「意味」は観測不能/やっぱり、私は福島にならない
  • 機械翻訳
    やふーほんやく⇒×/私は先週、山口と広島に行った。/オリンピックまでに多言語音声翻訳は完成するか/画像処理の陥奔
  • シンギュラリティは到来しない
    AIはロマンではない/科学の限界に謙虚であること/論理、確立、統計に還元できない意味
  • 第3章 教科書が読めない 全国読解力調査
  • 人間は「AIにできない仕事」ができるか?
    問われるコミュニケーション能力/日本人だけじゃない
  • 数学ができないのか、問題文を理解していないのか? 大学生数学基礎調査
    会話が成り立たない
  • 全国2万5000人の基礎読解力を調査
    本気で調べる/東ロボくんの勉強をもとに、リーディングスキルを開発/例題紹介
  • 3人に1人が、簡単な文章が読めない
    アレキサンドラの愛称は?/同義文判定ができない/AIと同じ間違いをする人間/ランダム率
  • 偏差値と読解力
    基礎的読解力は人生を左右する/何が理解力を決定するのか/教科書を読めるようにする教育を/AIに代替される能力/求められるのは意味を理解する人材/アクティブ・ラーニングは絵に描いた餅/「悪は熱いうちに打て」/現場の先生たちの危機感/処方箋は簡単ではない/AIに国語の記述式問題の自動採点はできない/いくつになっても、読解力は養える
  • 第4章 最悪のシナリオ
  • AIに分断されるホワイトカラー
    同志て三角関数を勉強しなきゃいけないの?/AIで代替できる人材を養成してきた教育/AI導入家庭で分断されるホワイトカラー
  • 企業が消えていく
    ショールーミング現象/AI導入で淘汰される企業
  • そして、AI世界恐慌がやってくる
    AIにできない仕事ができる人間がいない/私の未来予想図/一筋の光明
  • おわりに

【感想は?】

 これは意外な掘り出し物。

 世間で話題になったのは第3章、中高生の読解力を憂いた所だ。でも、実はAIというかディープ・ラーニングの優れた入門書でもある。ソコを説くのが、第1章と第2章。

 第1章では伝説のダートマス会議(→Wikipedia)とフレーム問題(→Wikipedia)による挫折、エキスパート・システムと知識表現による挫折、現代のディープラーニングによるAI、そして東ロボの概要へと続く。

 こうやって見ると、AIの歴史って挫折ばっかりだなw なお東ロボ、実は中の人が3人いるというか、三重人格だったり。教科ごとにプログラムが違うのだ。世界史はIBMのワトソン型(→Wikipedia)、数学は由緒正しい論理型、英語は強化学習型。なんかズルくね?

 とか言いつつ、私には東ロボ開発秘話の第2章がやたら面白かった。例えば、いきなりコレだ。

「そこそこのサーバーを使って5分で解けない問題は、スパコンを使っても、地球滅亡の日まで解けない」
  ――第2章 桜散る シンギュラリティはSF 読解力と常識の壁 詰めこみ教育の失敗

 漫画などで、スーパーコンピューターを使えば、どんな難問でも解けるかのように描かれることがある。でも、それは間違いだ。どんな問題でも、それを解くにはソフトウェア=プログラムが要る。そして、プログラムが作れない問題もあるのだ。とりあえず今のところは。

 この手の勘ちがいは漫画家だけでなく、有名なSF作家もしでかしている。かのR・A・ハインラインの傑作で映画にもなった「夏への扉」には、文化女中器が出てくる。家事ロボットだ。当時は弾道計算より家事の方が自動化しやすいと思われたのだ。だが、現実の21世紀、チェスの王者には勝てても炊事・洗濯・掃除は自動化できていない。

私たち人間が「単純だ」と思っている行動は、ロボットにとっては単純どころか、非常に複雑なのです。
  ――第2章 桜散る シンギュラリティはSF 読解力と常識の壁 詰めこみ教育の失敗

 何が自動化できて、何ができないか。これはヒトの直感と全く異なるのだ。これを見事に物語る、東ロボの英語対策の失敗は、世のプログラマなら身につまされるだろう。「こんなのフェアじゃありません」には腹を抱えて笑ってしまった。そこのプログラマ、きっとあなたにも身に覚えがあるはず。ここで得た教訓は…

英語チームが経験したような「失敗」は論文に掲載されることはありません。(略)
取り上げられるのは、ディープラーニングがうまくいったときだけです。(略)
どれだけ投資してもディープラーニングはうまくいかない、という情報こそが今まさに喉から手が出るほど必要なのではありませんか。
  ――第2章 桜散る シンギュラリティはSF 読解力と常識の壁 詰めこみ教育の失敗

 だよねー。世界中のバグのデータベースとかあれば、きっと面白いだろうなあ。

 総括として、現在のAIは…

AIには、意味を理解できる仕組みが入っているわけではなくて、あくまでも、「あたかも意味を理解しているようなふり」をしているのです。
  ――第2章 桜散る シンギュラリティはSF 意味を理解しないAI

現在の情報検索や自然言語処理は、基本的に論理で処理させることは当面諦めて、統計と確率の手法でAIに言語を学習させようとしています。
  ――第2章 桜散る シンギュラリティはSF Siri(シリ)は賢者か?

 要は機械に条件反射を仕込んでるんだな。ただし、コンピューターはすさまじく物覚えが悪い。犬やモルモットはせいぜい百~千回ぐらいで覚えるのに対し、コンピューターは百万とか億とかの回数を繰り返さなきゃいけない。そのかわり疲れたり飽きたりしないのがコンピューターのいい所なんだけど。

 だもんで、今のAI(というかディープラーニングや強化学習)は、既にある仕事を自動化・高速化するだけで、何か新しいモノを生み出すワケじゃない。

AIは自ら新しいものは生み出しません。単にコストを減らすのです。
  ――第4章 最悪のシナリオ 企業が消えていく

 もっとも、コストを減らすワケで、そのせいで仕事をAIに奪われる人が沢山でてくるぞ、と著者は警告している。正直、この辺、私は騒ぎ過ぎって気もする。だって Excel で算盤の技能は無用になったけど、事務の仕事は増えてるし。あなた、どう思います?

 もっとも、電子メールのお陰で読み書きの機会は増えた。ここで問題の第3章、読解力だ。問題が解けないんじゃない。そもそも問題の意味が分かってないんじゃないか、そういう危惧である。この本じゃ中高生を槍玉にあげてるけど、元中高生すなわち大人だって同じなのだ。 Twitter では有名人が頻繁にイチャモンをつけられているが、イチャモンの大半は元の文の意味が分かってなかったりする。

 そういう人の多くは、「文章」を読んでない。文の中の目立つキーワードを拾い、連想で意味を創り上げてる。困ったモンだが、じゃどうすりゃ読解力がつくのか、というと。

 「まず読書だろ」と考えがちだが、そうでもないのが意外だった。

読書の好き嫌い、科目の得意不得意、1日のスマートフォンの利用時間や学習時間などの自己申告結果と基礎尾的読解力には相関はない
  ――第3章 教科書が読めない 全国読解力調査 偏差値と読解力

 本好きか否か、どれだけ本を読んでいるか、どんな本を読んでいるかは、関係ないのだ。少なくとも、自己申告で調べた限りでは。

 じゃお手上げかというと、これまたそうでもない。詳しくは戸田市の教育関係者に聴こう。

 とか書いてきたけど、最近の政治家の言動を見ると、むしろ質問の意図を理解しない能力こそが出世の秘訣と思いたくなるから、なんともはや。

【関連記事】

【今日の一曲】

Suddenly the Rain - Simon Says

 どうにも後味の悪い終わり方なんで、口直しに。スウェーデンの人だそうで、楽器や音創りは今世紀風なんだけど、曲作りは70年代~80年代の YES や Genesis 風という、時代錯誤感がたまらんです。

|

« 坪内祐三「靖国」新潮文庫 | トップページ | 小川哲「嘘と正典」早川書房 »

書評:科学/技術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 坪内祐三「靖国」新潮文庫 | トップページ | 小川哲「嘘と正典」早川書房 »