N・K・ジェミシン「第五の季節」創元SF文庫 小野田和子訳
では、世界の終わりの話からはじめようか。
――p11あんたは山脈を動かすためにつくられた武器なのだ。
――p107「きみがほんとうに憎んでいるのは、この世界だ」
――p165冬、春、夏、秋――死は第五の季節、そしてすべての長。
――p199「オロジェニーはつねに最後の手段であって、最初ではないのです」
――p292「人々はこの場所を恐れていた。長いことずっと。理由はここになにかがあったから」
――p413「きみは……人間的に生きたいと思ったことはないのか?」
――p461
【どんな本?】
アメリカの新鋭SF/ファンタジイ作家N・K・ジェミシンによる、SF/ファンタジイ三部作の第一部。
人は超大陸スティルネスに住む。赤道近辺は安定しているが、両極に近づくほど地殻は不安定となり、人は住みにくい。しかも数百年ごとに<季節>と呼ばれる火山の大噴火などの地殻変動が起き、気候が大きく変わり人も動物も飢え、文明は崩壊する。
エッスンは中緯度の小さな町ティリモに夫ジージャと息子ユーチェ・娘ナッスンと暮らしていた。だが地震を逸らしたためジージャに正体がバレた。造山能力者、オロジェン。ジージャは息子ユーチェを殺し、娘ナッスンを連れて行方をくらます。ナッスンを取り戻すため、エッスンはジージャを追う。
オロジェンの娘ダマヤは親に売られる。買ったのは<守護者>ワラント。彼はダマヤを首都ユメネスにあるオロジェンの教育施設フルクラムへと連れて行く。そこで造山能力悪露ジェニーの制御を身に着けるのだ。
フルクラムで四指輪の女サイアナイトに仕事が命じられる。トップ・エリートである十指輪のアラバスターと共に港町アライアへ赴き、港を塞ぐ珊瑚を取り除け、と。成功すれば指輪がまた一つ増えるだろう。だがアラバスターはいけすかない奴で…
その能力を必要とされながらも、絶大な力ゆえに厭われ鎖に繋がれるオロジェンの三人の女を通し、終わりを迎えようとする世界を描く、SF/ファンタジイ長編。
本作は2016年ヒューゴー賞長編小説部門を受賞した上、続いて2017年には続編「オベリスクの門」The Obelisk Gate、2018年には The Stone Sky が同じくヒューゴー賞長編小説部門に輝いた。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Fifth Season, by N.K.Jemisin, 2015。日本語版は2020年6月12日初版。文庫で縦一段組み本文約577頁に言加え「補遺1 サンゼ人赤道地方連合体の創立以前および以後に起きた<第五の季節>一覧」6頁+「補遺2 スティルネス大陸の全四つ郷で一般的に使われている用語」13頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8.5ポイント42字×18行×577頁=約436,212字、400字詰め原稿用紙で約1,091枚。上下巻でもいいぐらいの大容量。
文章は謎めいていて、じっくり読む必要がある。一種の超能力SFだが、実は日本人には馴染み深いテーマを扱っているのでお楽しみに。
【感想は?】
そう、この作品は日本人こそが最もよく味わえる小説だ。
なにせテーマの一つはオロジェニー、造山能力なのだから。列島に多くの火山を抱え、頻繁に震災に見舞われるためか、日本人は地球科学に詳しい。世界的にもプレートテクトニクスに最も詳しい国民だろう。
物語でも、かの「日本沈没」や「深紅の碑文」など、日本のSFは地殻変動を扱う作品が多い。そういえば山田ミネコの最終戦争シリーズの最終兵器メビウスも地殻兵器だった。
この作品の超能力オロジェニーは、そんな地殻運動と関係が深い。彼らは地殻のエネルギーを「地覚」し、形を変え、または引き出し、操る、そういう能力だ。とんでもねえパワーである。人々は彼らをロガと呼び恐れるのも当然だろう。
この「地覚」の描写が、日本人こそ最も鋭く味わえる部分だろう。灼熱のマグマが圧力に押され地殻の弱点を探り侵入しようとする様子。プレートとプレートがぶつかり合い、凄まじい力でギシギシと軋む模様。それを、著者は皮膚感覚で描くのだ。読んでいて、「俺たちは何が嬉しくてこんな不安定な列島に住んでいるんだろう」などと考えてしまう。
災害の描写も恐ろしい。特に印象に残るのは、「揺れ」の後でエッスンが旅する場面。空からは灰が降り注ぎ、大気は霧のような塵で白く濁る。このあたり、桜島近辺に住む人はどう感じるんだろうか。
などの風景の中で展開する物語は、虐げられ奪われ続ける女たちの人生だ。
エッスンは息子と娘を奪われ、住む家も失う。幼いダマヤは親に売られ帝国の道具とされる。大きな組織に勤めているなら、サイアナイトのパートが最も身に染みるだろう。順調に出世してはいるが、それは同時に組織にとって最も便利な道具でもある。
エッスンの旅路は、人々の共同体<コム>から離れた者たちの過酷な生き様が生々しく伝わってくる。彼女が「道の家」で夜を過ごす場面は、社会から秩序が失われた際に何が起きるか、秩序からはじき出された者がどんな立場に立たされるかを、否応なく読者に突きつける。屋根のある所に寝る事すらできないのだ。
フルクラムに保護されたはずのダマヤもまた、安心できる環境ではない。ここでは子供の社会の残酷さ・熾烈さを描き出す。とはいえ、ダマヤもなかなかに狡猾で逞しいんだが。
そしてサイアナイトのパートでは、この社会のおぞましさが次第に見えてくるのだ。そもそもアラバスターとの旅路の目的が酷い。そのアラバスターも嫌味な奴ではあるが、こんな立場じゃおかしくもなるよなあ。
ちょっとした小道具にも、この世界の厳しさが漂う。特に破滅の崖っぷちで暮らす緊張感を示すのが、避難袋。緊急時の食糧・水筒や衣料など、家を失った際にでも当面は生きていけるだけの物資が入っている。イザとなったら、これ一つを持っていれば暫くは生き延びられる優れもの。こういった物を人々が常に備えているあたりで、誰もが危機を身近に感じているのがわかる。
危機感は個人だけでなく、社会全体にも溢れている。例えばこんな台詞。
「アライアはわずか二<季節>前にできたばかりです」
――p290
大規模な災害を何回乗り越えたか、それが地域の安定性と威信を表すのだ。この社会では、何もかもが<季節>の到来を前提として成り立っている。
破滅の予兆が漂う世界に生きる人々は敵意に満ち、空には謎のオベリスクが漂い、地には奇妙な生態の「石喰い」が潜む。異様な世界でありながらも、人々はこの地を地球と呼ぶ。ギシギシと軋むプレートの境界を思わせる、緊張感に満ちたSF/ファンタジイだ。
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