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2021年7月21日 (水)

ミチオ・カク「人類、宇宙に住む 実現への3つのステップ」NHK出版 斉藤隆央訳

科学は繁栄のためのエンジンなので、科学や技術に背を向ける国家はいずれきりもみ降下に入るのである。
  ――第1章 打ち上げを前にして

【どんな本?】

 地上は不安定だ。大雨が降れば山が崩れ、洪水で押し流される。地震が起きれば建物はもちろん橋や道路も通れなくなる。大きな火山が噴火すれば気候もガラリと変わる。地球は何度も氷河期と間氷期のサイクルを繰り返してきた。このまま地球に住み続ければ、やがて人類は絶滅するだろう。

 これを避けるには、宇宙に飛び出すしかない。だが、どうやって?

 最初は、太陽系内の他の天体に足掛かりを作るだろう。では、どの天体に、どんな方法で、何を求めて進出するのか。その次のステップは、他の恒星系だ。そうなると、必要な技術も資材も時間も桁違いに増えてくる。では、どんな障害があって、どんな解決策があるのか。移住先となる天体はあり得るのか。

 理論物理学者であり、市民向けの著作も多いミチオ・カクが、自らの知見はもちろん広い人脈を駆使し、様々な人類の宇宙進出のアイデアとシナリオ、そして未来像を描き出す、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Future of Humanity : Terraforming Mars, Interstellar Travel, Immortality, and Our Destiny Beyond Earth, by Michio Kaku, 2018。日本語版は2019年4月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約405頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント43字×18行×405頁=約311,922字、400字詰め原稿用紙で約780枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。なんたって、科学の本なのに数式も化学式も出てこない。理科が好きなら中学生でも楽しんで読みこなせる。

【構成は?】

 現代から遠未来へと進んでゆく形だが、美味しそうな所をつまみ食いしても構わない。

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  • プロローグ
  • はじめに 多惑星種族へ向けて
    宇宙に新しい惑星を探す/宇宙探査の新たな黄金時代/テクノロジー革新の波
  • 第Ⅰ部 地球を離れる
  • 第1章 打ち上げを前にして
    ツィオルコフスキー 孤独なビジョナリー/ロバート・ゴダード ロケット工学の父/嘲笑われて/戦争のためか平和利用か/V2ロケット、上がる/戦争の恐怖/ロケット工学と超大国の競争/スプートニクの時代/宇宙で取り残されて
  • 第2章 宇宙旅行の新たな黄金時代
    再び月へ/月を目指す/恒久的な月基地/月に住む/月出の娯楽や気晴らし/月は何から生まれたのか?/月面を歩く
  • 第3章 宇宙で採掘する
    小惑星帯の起源/小惑星で採掘する/小惑星の探査
  • 第4章 絶対に火星へ!
    火星を目指す新たな宇宙レース/宇宙旅行は休日のピクニックではない/火星へ行く/初の火星旅行
  • 第5章 火星 エデンの惑星
    火星に住む/火星のスポーツ/火星の観光/火星 エデンの園/火星をテラフォーミングする/火星の温暖化を始動させる/臨界点に達する/テラフォーミングは持続するのか?/火星の海に起きたこと
  • 第6章 巨大ガス惑星、彗星、さらにその先
    巨大ガス惑星/巨大ガス惑星の衛星/エウロパ・クリッパー/土星の環/タイタンに住む?/彗星とオールトの雲
  • 第Ⅱ部 星々への旅
  • 第7章 宇宙のロボット
    AI 未熟な科学/次の段階 真のオートマトン/AIの歴史/DARPAチャレンジ/学習する機械/自己複製するロボット/宇宙で自己複製するロボット/自我をもつロボット/最善のシナリオと最悪のシナリオ/意識の時空理論/自我をもつ機械を作る?/ロボットはなぜ暴走するのか?/量子コンピュータ/量子コンピュータができていないのはなぜか?/遠い未来のロボット
  • 第8章 スターシップを作る
    レーザー帆の問題/ライトセイル/イオンエンジン/100年スターシップ/原子力ロケット/原子力ロケットの欠点/核融合ロケット/反物質スターシップ/核融合ラムジェットスターシップ/スターシップが抱える問題/宇宙へのエレベーター/ワープドライブ/ワームホール/アルクビエレ・ドライブ/カシミール効果と負のエネルギー
  • 第9章 ケプラーと惑星の世界
    われわれの太陽系は平均的なものなのか?/系外惑星を見つける方法/ケプラーの観測結果/地球サイズの惑星/一つの恒星を七つの地球サイズの惑星がめぐる/地球の双子?/浮遊惑星/型破りの惑星/銀河系の統計調査
  • 第Ⅲ部 宇宙の生命
  • 第10章 不死
    世代間宇宙船/現代科学と仮死状態/クローンを送り込む/不死を求めて/老化の遺伝的要因/論議を呼ぶ老化理論/不死に対する異なる見方/人口爆発/デジタルな不死/心をデジタル化するふたつの方法/魂は情報にすぎないのか?
  • 第11章 トランスヒューマニズムとテクノロジー
    怪力/自分を強化する/心の力/飛行の未来/CRISPR革命/トランスヒューマニズムの倫理/ポストヒューマンの未来?/穴居人の原理/決めるのはだれか?
  • 第12章 地球外生命探査
    SETI/ファーストコンタクト/どんな姿をしているか?/地球上の知能の進化/『スターメイカー』のエイリアン/ヒトの知能/異なる惑星での発展/エイリアンのテクノロジーを阻む自然の障害/フェルミのパラドックス みんなどこにいるんだ?/われわれはエイリアンにとって邪魔なのか?
  • 第13章 先進文明
    カルダシェフによる文明の尺度/タイプ0からタイプ1への移行/地球温暖化と生物テロ/タイプ1文明のエネルギー/タイプ2への移行/タイプ2文明を冷やす/人類は枝分かれするのか?/共通の本質的な価値観/タイプ3文明への移行/レーザーポーティングで星々へ/ワームホールとプランクエネルギー/LHCを超える/小惑星帯の加速器/量子のあいまいさ/ひも理論/対称性の力/ひも理論への批判/超空間に住む/ダークマターとひも/ひも理論とワームホール/大移住が終わる?
  • 第14章 宇宙を出る
    ビッグクランチ、ビッグフリーズ、ビッグリップ/火か氷か?/ダークエネルギー/黙示録からの脱出/タイプ4文明になる/インフレーション/涅槃/スターメイカー/最後の質問
  • 謝辞/訳者あとがき/原注/推薦図書/索引

【第1部】

 最新の科学と工学の美味しい所を集めて食べやすく料理した、SFマニアに最高の御馳走。なんたって、全体を貫くテーマはオラフ・ステープルドンの「スターメイカー」だ。

 「第Ⅰ部 地球を離れる」は、現代の天文学で分かっている太陽系の姿と、今のロケット工学の現状だ。ここではSF的な飛躍は少ない代わりに、リアルなSFを書くためのお役立ち知識がギッシリ詰まってる。

 例えば、人類の宇宙進出を阻む障害だ。これは身も蓋もない。カネだ。宇宙に出るには、とんんでもなくカネがかかるのだ。

1ポンド(約450グラム)の物を地球の定位軌道に投入するには、1万ドルかかる。(略)
月に何かを運ぶとしたら、1ポンドあたり優に10万ドルを超える。
さらに、火星へ物を運ぶのに必要なコストは1ポンドあたり100万ドルを超える。
  ――1章 打ち上げを前にして

 近未来の宇宙SFを書くなら、この費用を減らすか、または近隣の天体に行くことで相応の稼ぎが見込めることを示さなきゃいけない。もちろん、本書内でそういう検討もしている。最近の中国が宇宙開発に熱心な理由も、その辺にあるのかな、と思ったり。

 また、ちょっとした太陽系マメ知識も嬉しい。

知られているすべての小惑星の質量を足し合わせても、月の質量の4%にしかならない。
  ――第3章 宇宙で採掘する

 と、小惑星帯たって、意外と質量は小さかったり。第五惑星じゃなかったのか。

 他にも、環の話。土星の環は有名だ。木星に環があるのも知っていたが、天王星と海王星にも環があるのは知らなかった。つまりは巨大ガス惑星には環があるのだ。

土星だけでなくほかの巨大ガス惑星の環も調べると、どれもほぼ必ずその惑星のロッシュ限界の内側にあることがわかる。
巨大ガス惑星を周回している衛星はすべて、それぞれの惑星のロッシュ限界の外側にある。
この証拠は、衛星が土星に近づきすぎてバラバラになった結果、土星の輪ができたという説を、完全にではないが裏付けている。
  ――第6章 巨大ガス惑星、彗星、さらにその先

 また、キム・スタンリー・ロビンスンの「ブルー・マーズ」では、火星が海の星になっている。私は「そんなに水があるのか?」と疑問を持った。火星にそれだけの水があるとは思えなかったのだ。が、しかし。

火星の氷冠がすべて解けたら、水深4メートル半から9メートルの海が惑星全体を覆うほどの液体の水ができると推定されている。
  ――第5章 火星 エデンの惑星

 おお、ちゃんと水はあるのだ。ならテラフォームする価値は充分にあるね。

 と、思ったら、水の量を過大評価してたのでは、みたいな記事が(→GIGAZINE:火星の地下に存在すると思われた「液体の水」が実は粘土だったことが判明)。

 そして何より嬉しいのは、他恒星系に進出する足掛かりまで太陽系には用意されている事。

天文学者は、オールトの雲がわれわれの太陽系から三光年も広がっているのではないかと考えている。
これは、ケンタウスル座の三重連星系(アルファ星系)という、地球から四光年あまりの最も近い恒星たちまでの距離の半分以上にもなる。
このケンタウルス座連星系にも彗星の球がとりまいているとしたら、その連星系と地球を彗星で次々とつなぐ道ができそうだ。
  ――第6章 巨大ガス惑星、彗星、さらにその先

 かつて人類が太平洋の諸島に進出する際、島伝いに進出したように、太陽系から進出する際にも、足掛かりとなる水の供給源が太陽系を取り巻いているらしい。

【第2部】

 かくして第2部では、恒星系への移住を考え始める。

 ったって、最も近いケンタウルス座アルファ星まで4光年半という遠大な距離だ。この距離を生身で旅するのは無理だし、推進剤も莫大な量が必要になる。そもそも他の恒星系に人類が住める惑星があるかどうかも定かじゃない。

 そんなワケで、ここではスペース・オペラよろしくSFファンが大喜びの楽し気なアイデアが次々と飛び出してくるのだ。

ロボット工学の究極の課題は、自己複製ができて自我をもつ機械を作り出すこととなる。
  ――第7章 宇宙のロボット

 そのためにはハードウェアに加えてソフトウェア、つまりは人工知能の進歩も必要なんだが、ここではマーヴィン・ミンスキー(→Wikipedia)の弱音にクスリと笑ってしまった。曰く「AI研究者はこれまで間違いすぎたから、具体的な時期の予測はもうしたくない」。うん、そりゃねえw 結局はディープ・ラーニングが役に立ってるけど、あれ大雑把に言うと「機械に条件反射を仕込む」だし。

 もちろんハードウェア、それもエンジンも大事だ。ここでは「はやぶさ」で活躍したイオンエンジンの優秀さが光っている。もっとも、「今のところは」って但し書きがつくけど。私はラリイ・ニーヴン愛用の核融合ラムジェットに厳しい判定がされているのが少し切なかった。でもカシミール効果(→Wikipedia)にはワクワク。

 あと、ジョルダーノ・ブルーノ(→Wikipedia)は知らなかったなあ。どうも人間ってのは、自分の世界観を覆されるのをひどく恐れる生き物らしい。

 また、少し前から他恒星系の惑星が次々と見つかっているが、そのカラクリも面白い。当初はホット・ジュピター(→Wikipedia)の報告が多かったが、それは見つけやすかったからなのね。あと浮遊惑星って、フリッツ・ライバーの放浪惑星かあ。

【第3部】

 そんな風に、現代の科学が中心だった第1部から、近未来の科学を夢想する第2部を経て、第3部では更なる遠未来へと想いを馳せてゆく。

 先に書いたように、恒星間航行ではやたら長い時間がかかる。これを克服する手立てとして、寿命を延ばしてしまえ、なんて話も。今までは物理学と天文学が中心だった所に、生物学が乱入してくるのも面白い。ちなみに長生きの秘訣は…

平均して、カロリーの摂取量を30%減らした動物は、30%長生きする。
  ――第10章 不死

 …はい、脂ぎった食事はよくないそうです。切ない。理由も分かりやすい。

細胞の「エンジン」はミトコンドリアであり、そこで糖を酸化してエネルギーを取り出す。ミトコンドリアのDNAを丹念に調べると、エラーが確かにここに集中していることがわかる。
  ――第10章 不死

 エンジンを激しくブン回せばエンジンの消耗も激しい。ゆっくり安全運転を心がけましょう、そういう事です。

 んじゃ可動部の少ない情報生命体になっちゃえば、なんて発想も真面目に検討してたり。今まではハードディスクの寿命は短かったけど、クラウドにすりゃ大丈夫だしね。

 そうやって他の恒星系に飛びだせば、もちろん他の知性体との出会いだってある。スペースオペラじゃガス生命体や珪素生命体が出てくるけど、著者の考えでは…

地球外の生命は、海で生まれ、炭素ベースの分子で構成されている可能性が高い。
  ――第12章 地球外生命探査

 まあ、人類と意思疎通できると条件をつければ、そうなるだろうなあ。これが更に頁をめくっていくと、次々とゾクゾクするアイデアが飛び出してくる。

いずれ、先進文明は小惑星帯サイズの粒子加速器を建造するだろう。
  ――第13章 先進文明

 当然ながら、想像の翼はこれじゃ止まらない。最新物理学の「ひも理論」まで繰り出し、まさしく異世界へと読者を誘ってゆく。

【終わりに】

 なんたって、オラフ・ステープルドンの「スターメイカー」をテーマとした本だ。稀有壮大さは半端ない。加えて著者は物理学者として基礎がシッカリしている上に、科学系のテレビ番組の出演も多いため、人脈も視野も広い。そのためSFファンには最高のご馳走となったが、あまりに刺激が強すぎるのでソコラのSFじゃ満足できなくなる危険もある。

 それでも読みますか?

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