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2021年7月15日 (木)

草上仁「5分間SF」ハヤカワ文庫JA

「よろしければあなたと最後の食事を」
  ――最後の一夜

おれは、ほんとに保護したいんだぜ。「シガー」も、「シガー」を生かしてる環境もさ。
  ――生煙草

【どんな本?】

 SFマガジン編集部には秘密の納戸がある。1980年代から発掘作業が始まり、SF短編の原稿が続々と発掘された。いずれも作者名は草上仁となっており、現代日本語で書かれた読みやすくヒネリの利いた珠玉のSF/ファンタジイ作品ばかりである。

 本作品集には、2019年当時における発掘作業の成果物16編を収めた、

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年7月25日発行。私が読んだのは2019年8月15日の二刷。好評です。文庫で縦一段組み本文約230頁。9.5ポイント39字×17行×230頁=約152,490字、400字詰め原稿用紙で約382枚。文庫ではやや薄め。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとは言っても小難しい理屈は出てこない。いやたまにソレっぽい言葉が出てくるけど、雰囲気を出すために使ってるだけなんで、深く考え込まないように。とっつきやすくてわかりやすい上にまずもってハズレがなく、SF初心者にも自信をもってお薦めできるのが、草上仁のいい所。

【感想は?】

 表紙からして、よくわかってらっしゃる。

 YOUCHAN による表紙イラストは、クッキリとした輪郭と中間色を巧く生かしつつもグラデーションの少ないスッキリとした色合い、微妙な未来っぽさと可愛らしさが同居している。そして何より、真鍋博の香りがする。

 文庫で真鍋博とくれば、星新一だ。そう、草上仁は、間違いなく星新一とフレドリック・ブラウンの後継の第一人者だ。わかりやすく読みやすく親しみやすい文体、時流を取り込みつつも時代を超えるテーマ、テンポがよく洒落てはいるがクドくない会話。初心者からマニアまで、誰でも楽しめる短編の名手だ。

 とまれ、やはりそれぞれの作家の特徴はある。星新一の無機質さすら感じさせるクールさに対し、草上仁には庶民的な親しみやすさが溢心地いい。これが存分に発揮される「大恐竜」を最初に持ってきたのは編集の妙だろう。

 惑星リナーカスへ赴いたTV番組『秘境の脅威』の制作クルー。現地の貿易商の話では、伝説の巨大恐竜ハグリアーノの足跡が見つかった、とのことだったが…。

 前の記事の「今日の一曲」でアレやったのは、あくまでも偶然なんだが、なんというタイミング。あの手の番組が使う「特撮」のアレコレを容赦なくバラしていく、宇都宮&ヤスのテンポのいい会話に笑いが止まらない。

 続く「扉」は、ちょっとしたミステリというかサスペンスというか。おれと浩司は、誘拐され密室に閉じ込められる。見張りの男は言い張っていた。この部屋は個人用スペース・ステーションで、扉の向こうは真空だ、と。だがその証拠はなく、ハッタリかもしれない。さて扉を開けるべきか否か。

 生死の境目、密室でソコが宇宙か地上かを、いかにして見極めるか。いかにもSFっぽいネタだし、二人はそういう感じで推理を進めていく。とはいえ何せチンピラ、難しい理屈は出てこないからご安心を。

 草上仁ならではの魅力の一つが、ケッタイな生物。

 「ナイフィ」で登場するのは、徹底した人間嫌いの生物ナイフィ。形は自由自在に変えられる。人間が触れようとすると、曲がったり縮んだりして、決して人間には触れない。この性質を使い、ナイフィをホコやツルギに見立て、チャンバラごっこで遊ぶタロウとハナコ。どんなに乱暴に突いたり切ったりしても、ナイフィは決して相手に触れないので、絶対に安全。

 本当にこんな素材があったら、そりゃ便利だろうなあ。ほのぼのとした子供のチャンバラごっこで始まった物語は、ナニやら面倒くさいオトナの事情が絡んできて…。

 やはりケッタイな生物をテーマとしているのが「生煙草」。シガー、惑星パブリカの生物。パブリカは風が強く乾燥していて、常に水源が移動する。シガーは煙草に似た茶色い生物だが、ゆっくり動くので動物に近いようだ。積みたては生煙草と呼ばれ、味がクリアで効きも違う。

 植物にせよ動物にせよ、生物にはそれぞれの生存戦略・繁殖戦略がある。ゆっくりとしか動かないうえに、明らかに生存に不利な性質を持つ。これらが一気にひっくり返る終盤が、なかなか見事な作品。改めて読み直すと、これ一人称の語りなんだよね。ということは…

 いずれも語り口は親しみやすく、お話は分かりやすい。小難しい言葉は出てくるけど、みんな雰囲気を出すためなので、意味は分からなくても大丈夫。とっつきやすい文章で鋭いオチの作品が詰まった、小粋なSF短編集だ。

【収録作一覧】

 それぞれ 作品名 / 初出。

  1. 大恐竜 / SFマガジン1991年2月号
  2. 扉 / SFマガジン1991年9月号
  3. マダム・フィグスの宇宙お料理教室 / SFマガジン1998年3月号
  4. 最後の一夜 / 書き下ろし
  5. カンゾウの木 / SFマガジン2001年6月号
  6. 断続殺人事件 / SFマガジン2001年4月号
  7. 半身の魚 / SFマガジン2019年4月号
  8. ひとつの小さな要素 / SFマガジン1997年2月号
  9. トビンメの木陰 / 書き下ろし
  10. 結婚裁判所 / SFマガジン1997年6月号
  11. 二つ折りの恋文が / SFマガジン2019年4月号
  12. ワーク・シェアリング / SFマガジン2004年12月号
  13. ナイフィ / SFマガジン2000年8月号
  14. 予告殺人 / SFマガジン2012年1月号
  15. 生煙草 / SFマガジン2008年5月号
  16. ユビキタス / SFマガジン2005年11月号

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