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2021年7月 6日 (火)

SFマガジン2021年8月号

雪風は、ジャムだ。
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話

「あなたは自分の意志に関係なく、この世界を滅ぼすことになる」
  ――飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回

どの司書にも、決して誰にも貸し出しをしない<本>がある。
  ――アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳

「その電信柱は女性でした」
  ――板崎かおる「電信柱より」

わたしはほかの存在と話すことはめったにない。
人間と接するのは、たいてい遠くからなんだ。
  ――ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」と、「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集。

 少説は10本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回,飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回,藤井太洋「マン・カインド」最終回。

 読み切りは6本。「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集としてケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。他に片瀬二郎「七億人のペシミスト」,春暮康一「主観者 前編」,板崎かおる「電信柱より」,アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳,ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」。懐かしの名作がいっぱい。小松左京「果てしなき流れの果てに」は壮大なヴィジョンがゾクゾクした。半村良「石の血脈」は分厚さに一瞬ビビったけど、読み始めたら一気の面白さ。星新一「進化した猿たち」はユニークの極地。山田正紀は「襲撃のメロディ」でSF沼に引きずり込まれ、「氷河民族」「神狩り」「弥勒戦争」でドップリとハマってしまった。矢野徹「折紙宇宙船の伝説」のエロスと抒情は忘れ難い。堀晃「梅田地下オデッセイ」は寡作な著者の貴重な一冊。東野司≪ミルキーピア≫シリーズも好きだった。そういえば、今は「ソフトハウス」って言葉は死語になったのかなあ?

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。模擬戦が始まる。日本空軍の飛燕を駆る田村伊歩大尉は、発進待機中に雪風とレイフを撮影したはずが、動画を確認すると両機とも映っていない。これを雪風による攻撃と考えた田村大尉は、模擬戦への認識を改め、僚機である日本海軍航空隊の面々に警告するが…

 いいなあ、田村大尉。ジャムは異質で正体不明ながらも、コンピュータに近い知性体のようにほのめかされている。いずれにせよ、普通の人間には理解不能な存在だ。深井零はヒトからややはみ出していて、でも機械ながら知性的な雪風とは巧くやれる。田村大尉もヒトからはみ出てるけど、機械よりむしろケダモノに近いw 果たして田村大尉の野生の勘は当たっているのか? また2カ月も待つのか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回。イースターズ・オフィスはレイ・ヒューズとクレア・エンブリー刑事そしてトゥイードルディ&トゥイードルディムの協力を得て、<誓約の銃>がアジトとするヨット<黒い要塞>を襲う。襲撃は成功し、目的である潜入中のウフコックに加え、ブルーも確保した。ただしブルーは首だけで生きている。

 激しいアクションの前回に対し、今回は静かめ。ただし物語は意外な方向へと進む。ただのウザいお騒がせ野郎かと思わせといて、そう来るかあ。アレは地なのか演技なのか。半ば地だと思うんだが、どうなんだろ。そして、ここしばらく姿をくらましていたハンターが…

 飛浩隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回。同好会棟から逃げ出す遠野暁と小野寺早都子。止体となったはずの早坂篤子は自転車の部品を巻き込み、二人に襲い掛かる。その中に取り込まれる山下祐。

 派手なアクション・シーンから始まる今回。止体って、なんとなく硬いモノになってると思い込んでたけど、なんじゃそりゃあ。「自転車蜘蛛」って言葉が、妙にハマった。にしても「夕方のおかあさん」が、そういう意味だったとは。いろいろと驚きに満ちた回だ。

 ケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。先週の水曜日、有名なAI批評家WHEEP-3が稼働を停止する。元はジョディ・レイノルズ・トラン博士が作った実験用生成ニューラル・ネットワークだった。倫理とAIの技術研究そしてマン・マシン・リレーション関係の論文でトレーニングし、他にも多くのデータを与え…

 AIがAIを批評するってのも、面白い発想。いわゆるディープ・フェイクもAIなら見破れるんだろうか? WHEEP-3に注目を集めるネタをトラン博士が仕掛けるあたりは、マルコム・マクラレンが仕掛けたセックス・ピストルズの売り込みを思い浮かべてしまう。にしも、この人、やっぱり LISP や Prolog に関心があるんだなあ。

 アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳。世界には二種類の司書がいる。利用者は本泥棒だと思っている者と、魔女だ。黒人少年は図書館で『逃げ出した王子』を熱心に読んでいた。異世界転出物の古いラノベで、あまり人気もない。

 この地域の雰囲気を描くのに「人種差別を撤廃するかわりに(公共プールを)コンクリートでふさがれた」としたのは見事。人がなぜファンタジイを求めるのか、ファンタジイに何ができるのかをテーマとした、切ない短編。何が名作で何が駄作か、どんな終わりがハッピーエンドなのか、それは人によって違うんだよね。

 春暮康一「主観者 前編」。赤色矮星ラカーユ9352の第一惑星は、居住可能領域にあり、常に同じ面を恒星に向けていて、昼の面は分厚い水が覆っている。恒星のフレアで無人探査機が通信を断ったため、宇宙船<トライアクシズ>と五人のクルーが探査に訪れる。無代謝休眠から目覚めたクルーは、第一惑星の探査を始め、生物らしき存在を見つける。

 うおお、これまた「オーラリメイカー」に匹敵する骨太で本格的なサイエンス・フィクションの予感。休眠から目覚めるオープニングから雰囲気バッチリだし、惑星と恒星の位置関係が惑星の環境に及ぼす影響、それが惑星の地形でどう関わってくるかとか、実にゾクゾクする。そしてもちろん、肝心のエイリアンの性質が明らかにされていく過程も。前後編とか言わず、長編にして欲しい。

 板崎かおる「電信柱より」。リサは電信柱を切る仕事をしている。その夏、リサは激しい恋に落ちた。相手はS市の郊外にある電信柱。チームの主任であるリサは、その電信柱を後回しにしたが、それは時間稼ぎに過ぎない。引き延ばしても、せいぜいあと一カ月。

 第三回百合小説コンテストのSFマガジン賞受賞作。恋のお相手は電信柱なんて奇妙きわまる状況、それも「激しい恋」というわりに、統計データを取り出すとか妙に落ち着いているリサが面白いw それを受け入れて話を聞いている側も。百合の世界は果てしなく広いw

 片瀬二郎「七億人のペシミスト」。ここ数年、いろんなことがあった。なぞの伝染病がはやり、南米で巨大地震が都市を襲い、核兵器が使われ、おまけに巨大隕石が地球にぶつかるらしい。団地の入居率は5%を切った。学校は閉鎖されて一年になる。もう警備員も常駐していない。堰田は友人たちと学校に忍び込む。

 世界は終末へのタイム・リミットが迫っている。なんとなくダラけた日々を送る堰田。いるよね、何も考えずその時の衝動と本能で動いてるクセに、なぜかどうにかなっちゃう奴w 下戸から見ると、飲んだくれて酔いつぶれるなんて真似は、やたらと能天気に見えるんだけど、本人にはソレが普通なんだろうなあ。

 ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。工場から来たばかりの新人ロボットには、先輩ロボットの相談相手が割り当てられる。K.g1-09030の相談相手は、コンスタント・キラーことC.k2-00452だ。おしゃべりで人懐こいK.g1-09030に対し、C.k2-00452は寡黙だが落ち着いていて的確なアドバイスをくれる。

 ロボット同士の会話ログで話が進む。ロボットの労働環境も、なかなかブラックな様子。K.g1-09030が見つけた職場は、なんというかやたらとマニアックw そういう趣味の人もいるんだろうかw そして頼れる先輩C.k2-00452の仕事は… いい先輩に当たったねw

 藤井太洋「マン・カインド」最終回。自力では起き上がれないほどに弱ったチェリー・イグナシオは、それでも部下に的確な指示を下し、公正戦を有利に進めていく。侵攻する<グッドフェローズ>は五分隊のうち、レイチェルが率いる分隊だけを残し壊滅。ジャーナリストの迫田はレイチェルと共にチェリーに迫る。そのチェリーは、呼び寄せたマスコミ相手のインタビュウを始める。

 遺伝子操作によって生まれたマン・カインドたちの、卓越した能力を描いてきた本作も、いよいよ完結。従来の超人物は筋力や超常能力などに注目したのに対し、この作品は肉体よりそれを操る脳や神経系に焦点を当て、じっくりと解説しているあたりが、数多い超人物SFでも唯一無二の輝きを放っている。また「東京の子」や「ハロー・ワールド」と同じく、映像ジャーナリズムの生々しい技術トピックが満載なのも嬉しい。

 にしても、また雪風は二ヶ月も待たされるのか。頁数を増やすとか、できません?

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