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2021年7月の6件の記事

2021年7月30日 (金)

N・K・ジェミシン「第五の季節」創元SF文庫 小野田和子訳

では、世界の終わりの話からはじめようか。
  ――p11

あんたは山脈を動かすためにつくられた武器なのだ。
  ――p107

「きみがほんとうに憎んでいるのは、この世界だ」
  ――p165

冬、春、夏、秋――死は第五の季節、そしてすべての長。
  ――p199

「オロジェニーはつねに最後の手段であって、最初ではないのです」
  ――p292

「人々はこの場所を恐れていた。長いことずっと。理由はここになにかがあったから」
  ――p413

「きみは……人間的に生きたいと思ったことはないのか?」
  ――p461

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF/ファンタジイ作家N・K・ジェミシンによる、SF/ファンタジイ三部作の第一部。

 人は超大陸スティルネスに住む。赤道近辺は安定しているが、両極に近づくほど地殻は不安定となり、人は住みにくい。しかも数百年ごとに<季節>と呼ばれる火山の大噴火などの地殻変動が起き、気候が大きく変わり人も動物も飢え、文明は崩壊する。

 エッスンは中緯度の小さな町ティリモに夫ジージャと息子ユーチェ・娘ナッスンと暮らしていた。だが地震を逸らしたためジージャに正体がバレた。造山能力者、オロジェン。ジージャは息子ユーチェを殺し、娘ナッスンを連れて行方をくらます。ナッスンを取り戻すため、エッスンはジージャを追う。

 オロジェンの娘ダマヤは親に売られる。買ったのは<守護者>ワラント。彼はダマヤを首都ユメネスにあるオロジェンの教育施設フルクラムへと連れて行く。そこで造山能力悪露ジェニーの制御を身に着けるのだ。

 フルクラムで四指輪の女サイアナイトに仕事が命じられる。トップ・エリートである十指輪のアラバスターと共に港町アライアへ赴き、港を塞ぐ珊瑚を取り除け、と。成功すれば指輪がまた一つ増えるだろう。だがアラバスターはいけすかない奴で…

 その能力を必要とされながらも、絶大な力ゆえに厭われ鎖に繋がれるオロジェンの三人の女を通し、終わりを迎えようとする世界を描く、SF/ファンタジイ長編。

 本作は2016年ヒューゴー賞長編小説部門を受賞した上、続いて2017年には続編「オベリスクの門」The Obelisk Gate、2018年には The Stone Sky が同じくヒューゴー賞長編小説部門に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fifth Season, by N.K.Jemisin, 2015。日本語版は2020年6月12日初版。文庫で縦一段組み本文約577頁に言加え「補遺1 サンゼ人赤道地方連合体の創立以前および以後に起きた<第五の季節>一覧」6頁+「補遺2 スティルネス大陸の全四つ郷で一般的に使われている用語」13頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8.5ポイント42字×18行×577頁=約436,212字、400字詰め原稿用紙で約1,091枚。上下巻でもいいぐらいの大容量。

 文章は謎めいていて、じっくり読む必要がある。一種の超能力SFだが、実は日本人には馴染み深いテーマを扱っているのでお楽しみに。

【感想は?】

 そう、この作品は日本人こそが最もよく味わえる小説だ。

 なにせテーマの一つはオロジェニー、造山能力なのだから。列島に多くの火山を抱え、頻繁に震災に見舞われるためか、日本人は地球科学に詳しい。世界的にもプレートテクトニクスに最も詳しい国民だろう。

 物語でも、かの「日本沈没」や「深紅の碑文」など、日本のSFは地殻変動を扱う作品が多い。そういえば山田ミネコの最終戦争シリーズの最終兵器メビウスも地殻兵器だった。

 この作品の超能力オロジェニーは、そんな地殻運動と関係が深い。彼らは地殻のエネルギーを「地覚」し、形を変え、または引き出し、操る、そういう能力だ。とんでもねえパワーである。人々は彼らをロガと呼び恐れるのも当然だろう。

 この「地覚」の描写が、日本人こそ最も鋭く味わえる部分だろう。灼熱のマグマが圧力に押され地殻の弱点を探り侵入しようとする様子。プレートとプレートがぶつかり合い、凄まじい力でギシギシと軋む模様。それを、著者は皮膚感覚で描くのだ。読んでいて、「俺たちは何が嬉しくてこんな不安定な列島に住んでいるんだろう」などと考えてしまう。

 災害の描写も恐ろしい。特に印象に残るのは、「揺れ」の後でエッスンが旅する場面。空からは灰が降り注ぎ、大気は霧のような塵で白く濁る。このあたり、桜島近辺に住む人はどう感じるんだろうか。

 などの風景の中で展開する物語は、虐げられ奪われ続ける女たちの人生だ。

 エッスンは息子と娘を奪われ、住む家も失う。幼いダマヤは親に売られ帝国の道具とされる。大きな組織に勤めているなら、サイアナイトのパートが最も身に染みるだろう。順調に出世してはいるが、それは同時に組織にとって最も便利な道具でもある。

 エッスンの旅路は、人々の共同体<コム>から離れた者たちの過酷な生き様が生々しく伝わってくる。彼女が「道の家」で夜を過ごす場面は、社会から秩序が失われた際に何が起きるか、秩序からはじき出された者がどんな立場に立たされるかを、否応なく読者に突きつける。屋根のある所に寝る事すらできないのだ。

 フルクラムに保護されたはずのダマヤもまた、安心できる環境ではない。ここでは子供の社会の残酷さ・熾烈さを描き出す。とはいえ、ダマヤもなかなかに狡猾で逞しいんだが。

 そしてサイアナイトのパートでは、この社会のおぞましさが次第に見えてくるのだ。そもそもアラバスターとの旅路の目的が酷い。そのアラバスターも嫌味な奴ではあるが、こんな立場じゃおかしくもなるよなあ。

 ちょっとした小道具にも、この世界の厳しさが漂う。特に破滅の崖っぷちで暮らす緊張感を示すのが、避難袋。緊急時の食糧・水筒や衣料など、家を失った際にでも当面は生きていけるだけの物資が入っている。イザとなったら、これ一つを持っていれば暫くは生き延びられる優れもの。こういった物を人々が常に備えているあたりで、誰もが危機を身近に感じているのがわかる。

 危機感は個人だけでなく、社会全体にも溢れている。例えばこんな台詞。

 「アライアはわずか二<季節>前にできたばかりです」
  ――p290

 大規模な災害を何回乗り越えたか、それが地域の安定性と威信を表すのだ。この社会では、何もかもが<季節>の到来を前提として成り立っている。

 破滅の予兆が漂う世界に生きる人々は敵意に満ち、空には謎のオベリスクが漂い、地には奇妙な生態の「石喰い」が潜む。異様な世界でありながらも、人々はこの地を地球と呼ぶ。ギシギシと軋むプレートの境界を思わせる、緊張感に満ちたSF/ファンタジイだ。

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2021年7月21日 (水)

ミチオ・カク「人類、宇宙に住む 実現への3つのステップ」NHK出版 斉藤隆央訳

科学は繁栄のためのエンジンなので、科学や技術に背を向ける国家はいずれきりもみ降下に入るのである。
  ――第1章 打ち上げを前にして

【どんな本?】

 地上は不安定だ。大雨が降れば山が崩れ、洪水で押し流される。地震が起きれば建物はもちろん橋や道路も通れなくなる。大きな火山が噴火すれば気候もガラリと変わる。地球は何度も氷河期と間氷期のサイクルを繰り返してきた。このまま地球に住み続ければ、やがて人類は絶滅するだろう。

 これを避けるには、宇宙に飛び出すしかない。だが、どうやって?

 最初は、太陽系内の他の天体に足掛かりを作るだろう。では、どの天体に、どんな方法で、何を求めて進出するのか。その次のステップは、他の恒星系だ。そうなると、必要な技術も資材も時間も桁違いに増えてくる。では、どんな障害があって、どんな解決策があるのか。移住先となる天体はあり得るのか。

 理論物理学者であり、市民向けの著作も多いミチオ・カクが、自らの知見はもちろん広い人脈を駆使し、様々な人類の宇宙進出のアイデアとシナリオ、そして未来像を描き出す、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Future of Humanity : Terraforming Mars, Interstellar Travel, Immortality, and Our Destiny Beyond Earth, by Michio Kaku, 2018。日本語版は2019年4月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約405頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント43字×18行×405頁=約311,922字、400字詰め原稿用紙で約780枚。文庫なら厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。なんたって、科学の本なのに数式も化学式も出てこない。理科が好きなら中学生でも楽しんで読みこなせる。

【構成は?】

 現代から遠未来へと進んでゆく形だが、美味しそうな所をつまみ食いしても構わない。

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  • プロローグ
  • はじめに 多惑星種族へ向けて
    宇宙に新しい惑星を探す/宇宙探査の新たな黄金時代/テクノロジー革新の波
  • 第Ⅰ部 地球を離れる
  • 第1章 打ち上げを前にして
    ツィオルコフスキー 孤独なビジョナリー/ロバート・ゴダード ロケット工学の父/嘲笑われて/戦争のためか平和利用か/V2ロケット、上がる/戦争の恐怖/ロケット工学と超大国の競争/スプートニクの時代/宇宙で取り残されて
  • 第2章 宇宙旅行の新たな黄金時代
    再び月へ/月を目指す/恒久的な月基地/月に住む/月出の娯楽や気晴らし/月は何から生まれたのか?/月面を歩く
  • 第3章 宇宙で採掘する
    小惑星帯の起源/小惑星で採掘する/小惑星の探査
  • 第4章 絶対に火星へ!
    火星を目指す新たな宇宙レース/宇宙旅行は休日のピクニックではない/火星へ行く/初の火星旅行
  • 第5章 火星 エデンの惑星
    火星に住む/火星のスポーツ/火星の観光/火星 エデンの園/火星をテラフォーミングする/火星の温暖化を始動させる/臨界点に達する/テラフォーミングは持続するのか?/火星の海に起きたこと
  • 第6章 巨大ガス惑星、彗星、さらにその先
    巨大ガス惑星/巨大ガス惑星の衛星/エウロパ・クリッパー/土星の環/タイタンに住む?/彗星とオールトの雲
  • 第Ⅱ部 星々への旅
  • 第7章 宇宙のロボット
    AI 未熟な科学/次の段階 真のオートマトン/AIの歴史/DARPAチャレンジ/学習する機械/自己複製するロボット/宇宙で自己複製するロボット/自我をもつロボット/最善のシナリオと最悪のシナリオ/意識の時空理論/自我をもつ機械を作る?/ロボットはなぜ暴走するのか?/量子コンピュータ/量子コンピュータができていないのはなぜか?/遠い未来のロボット
  • 第8章 スターシップを作る
    レーザー帆の問題/ライトセイル/イオンエンジン/100年スターシップ/原子力ロケット/原子力ロケットの欠点/核融合ロケット/反物質スターシップ/核融合ラムジェットスターシップ/スターシップが抱える問題/宇宙へのエレベーター/ワープドライブ/ワームホール/アルクビエレ・ドライブ/カシミール効果と負のエネルギー
  • 第9章 ケプラーと惑星の世界
    われわれの太陽系は平均的なものなのか?/系外惑星を見つける方法/ケプラーの観測結果/地球サイズの惑星/一つの恒星を七つの地球サイズの惑星がめぐる/地球の双子?/浮遊惑星/型破りの惑星/銀河系の統計調査
  • 第Ⅲ部 宇宙の生命
  • 第10章 不死
    世代間宇宙船/現代科学と仮死状態/クローンを送り込む/不死を求めて/老化の遺伝的要因/論議を呼ぶ老化理論/不死に対する異なる見方/人口爆発/デジタルな不死/心をデジタル化するふたつの方法/魂は情報にすぎないのか?
  • 第11章 トランスヒューマニズムとテクノロジー
    怪力/自分を強化する/心の力/飛行の未来/CRISPR革命/トランスヒューマニズムの倫理/ポストヒューマンの未来?/穴居人の原理/決めるのはだれか?
  • 第12章 地球外生命探査
    SETI/ファーストコンタクト/どんな姿をしているか?/地球上の知能の進化/『スターメイカー』のエイリアン/ヒトの知能/異なる惑星での発展/エイリアンのテクノロジーを阻む自然の障害/フェルミのパラドックス みんなどこにいるんだ?/われわれはエイリアンにとって邪魔なのか?
  • 第13章 先進文明
    カルダシェフによる文明の尺度/タイプ0からタイプ1への移行/地球温暖化と生物テロ/タイプ1文明のエネルギー/タイプ2への移行/タイプ2文明を冷やす/人類は枝分かれするのか?/共通の本質的な価値観/タイプ3文明への移行/レーザーポーティングで星々へ/ワームホールとプランクエネルギー/LHCを超える/小惑星帯の加速器/量子のあいまいさ/ひも理論/対称性の力/ひも理論への批判/超空間に住む/ダークマターとひも/ひも理論とワームホール/大移住が終わる?
  • 第14章 宇宙を出る
    ビッグクランチ、ビッグフリーズ、ビッグリップ/火か氷か?/ダークエネルギー/黙示録からの脱出/タイプ4文明になる/インフレーション/涅槃/スターメイカー/最後の質問
  • 謝辞/訳者あとがき/原注/推薦図書/索引

【第1部】

 最新の科学と工学の美味しい所を集めて食べやすく料理した、SFマニアに最高の御馳走。なんたって、全体を貫くテーマはオラフ・ステープルドンの「スターメイカー」だ。

 「第Ⅰ部 地球を離れる」は、現代の天文学で分かっている太陽系の姿と、今のロケット工学の現状だ。ここではSF的な飛躍は少ない代わりに、リアルなSFを書くためのお役立ち知識がギッシリ詰まってる。

 例えば、人類の宇宙進出を阻む障害だ。これは身も蓋もない。カネだ。宇宙に出るには、とんんでもなくカネがかかるのだ。

1ポンド(約450グラム)の物を地球の定位軌道に投入するには、1万ドルかかる。(略)
月に何かを運ぶとしたら、1ポンドあたり優に10万ドルを超える。
さらに、火星へ物を運ぶのに必要なコストは1ポンドあたり100万ドルを超える。
  ――1章 打ち上げを前にして

 近未来の宇宙SFを書くなら、この費用を減らすか、または近隣の天体に行くことで相応の稼ぎが見込めることを示さなきゃいけない。もちろん、本書内でそういう検討もしている。最近の中国が宇宙開発に熱心な理由も、その辺にあるのかな、と思ったり。

 また、ちょっとした太陽系マメ知識も嬉しい。

知られているすべての小惑星の質量を足し合わせても、月の質量の4%にしかならない。
  ――第3章 宇宙で採掘する

 と、小惑星帯たって、意外と質量は小さかったり。第五惑星じゃなかったのか。

 他にも、環の話。土星の環は有名だ。木星に環があるのも知っていたが、天皇制と海王星にも環があるのは知らなかった。つまりは巨大ガス惑星には環があるのだ。

土星だけでなくほかの巨大ガス惑星の環も調べると、どれもほぼ必ずその惑星のロッシュ限界の内側にあることがわかる。
巨大ガス惑星を周回している衛星はすべて、それぞれの惑星のロッシュ限界の外側にある。
この証拠は、衛星が土星に近づきすぎてバラバラになった結果、土星の輪ができたという説を、完全にではないが裏付けている。
  ――第6章 巨大ガス惑星、彗星、さらにその先

 また、キム・スタンリー・ロビンスンの「ブルー・マーズ」では、火星が海の星になっている。私は「そんなに水があるのか?」と疑問を持った。火星にそれだけの水があるとは思えなかったのだ。が、しかし。

火星の氷冠がすべて解けたら、水深4メートル半から9メートルの海が惑星全体を覆うほどの液体の水ができると推定されている。
  ――第5章 火星 エデンの惑星

 おお、ちゃんと水はあるのだ。ならテラフォームする価値は充分にあるね。

 と、思ったら、水の量を過大評価してたのでは、みたいな記事が(→GIGAZINE:火星の地下に存在すると思われた「液体の水」が実は粘土だったことが判明)。

 そして何より嬉しいのは、他恒星系に進出する足掛かりまで太陽系には用意されている事。

天文学者は、オールトの雲がわれわれの太陽系から三光年も広がっているのではないかと考えている。
これは、ケンタウスル座の三重連星系(アルファ星系)という、地球から四光年あまりの最も近い恒星たちまでの距離の半分以上にもなる。
このケンタウルス座連星系にも彗星の球がとりまいているとしたら、その連星系と地球を彗星で次々とつなぐ道ができそうだ。
  ――第6章 巨大ガス惑星、彗星、さらにその先

 かつて人類が太平洋の諸島に進出する際、島伝いに進出したように、太陽系から進出する際にも、足掛かりとなる水の供給源が太陽系を取り巻いているらしい。

【第2部】

 かくして第2部では、恒星系への移住を考え始める。

 ったって、最も近いケンタウルス座アルファ星まで4光年半という遠大な距離だ。この距離を生身で旅するのは無理だし、推進剤も莫大な量が必要になる。そもそも他の恒星系に人類が住める惑星があるかどうかも定かじゃない。

 そんなワケで、ここではスペース・オペラよろしくSFファンが大喜びの楽し気なアイデアが次々と飛び出してくるのだ。

ロボット工学の究極の課題は、自己複製ができて自我をもつ機械を作り出すこととなる。
  ――第7章 宇宙のロボット

 そのためにはハードウェアに加えてソフトウェア、つまりは人工知能の進歩も必要なんだが、ここではマーヴィン・ミンスキー(→Wikipedia)の弱音にクスリと笑ってしまった。曰く「AI研究者はこれまで間違いすぎたから、具体的な時期の予測はもうしたくない」。うん、そりゃねえw 結局はディープ・ラーニングが役に立ってるけど、あれ大雑把に言うと「機会に条件反射を仕込む」だし。

 もちろんハードウェア、それもエンジンも大事だ。ここでは「はやぶさ」で活躍したイオンエンジンの優秀さが光っている。もっとも、「今のところは」って但し書きがつくけど。私はラリイ・ニーヴン愛用の核融合ラムジェットに厳しい判定がされているのが少し切なかった。でもカシミール効果(→Wikipedia)にはワクワク。

 あと、ジョルダーノ・ブルーノ(→Wikipedia)は知らなかったなあ。どうも人間ってのは、自分の世界観を覆されるのをひどく恐れる生き物らしい。

 また、少し前から他恒星系の惑星が次々と見つかっているが、そのカラクリも面白い。当初はホット・ジュピター(→Wikipedia)の報告が多かったが、それは見つけやすかったからなのね。あと浮遊惑星って、フリッツ・ライバーの放浪惑星かあ。

【第3部】

 そんな風に、現代の科学が中心だった第1部から、近未来の科学を夢想する第2部を経て、第3部では更なる遠未来へと想いを馳せてゆく。

 先に書いたように、恒星間航行ではやたら長い時間がかかる。これを克服する手立てとして、寿命を延ばしてしまえ、なんて話も。今までは物理学と天文学が中心だった所に、生物学が乱入してくるのも面白い。ちなみに長生きの秘訣は…

平均して、カロリーの摂取量を30%減らした動物は、30%長生きする。
  ――第10章 不死

 …はい、脂ぎった食事はよくないそうです。切ない。理由も分かりやすい。

細胞の「エンジン」はミトコンドリアであり、そこで糖を酸化してエネルギーを取り出す。ミトコンドリアのDNAを丹念に調べると、エラーが確かにここに集中していることがわかる。
  ――第10章 不死

 エンジンを激しくブン回せばエンジンの消耗も激しい。ゆっくり安全運転を心がけましょう、そういう事です。

 んじゃ可動部の少ない情報生命体になっちゃえば、なんて発想も真面目に検討してたり。今まではハードディスクの寿命は短かったけど、クラウドにすりゃ大丈夫だしね。

 そうやって他の恒星系に飛びだせば、もちろん他の知性体との出会いだってある。スペースオペラじゃガス生命体や珪素生命体が出てくるけど、著者の考えでは…

地球外の生命は、海で生まれ、炭素ベースの分子で構成されている可能性が高い。
  ――第12章 地球外生命探査

 まあ、人類と意思疎通できると条件をつければ、そうなるだろうなあ。これが更に頁をめくっていくと、次々とゾクゾクするアイデアが飛び出してくる。

いずれ、先進文明は小惑星帯サイズの粒子加速器を建造するだろう。
  ――第13章 先進文明

 当然ながら、想像の翼はこれじゃ止まらない。最新物理学の「ひも理論」まで繰り出し、まさしく異世界へと読者を誘ってゆく。

【終わりに】

 なんたって、オラフ・ステープルドンの「スターメイカー」をテーマとした本だ。稀有壮大さは半端ない。加えて著者は物理学者として基礎がシッカリしている上に、科学系のテレビ番組の出演も多いため、人脈も視野も広い。そのためSFファンには最高のご馳走となったが、あまりに刺激が強すぎるのでソコラのSFじゃ満足できなくなる危険もある。

 それでも読みますか?

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2021年7月16日 (金)

草上仁「7分間SF」ハヤカワ文庫JA

「興味深い法理論ですね」
  ――緊急避難

【どんな本?】

 フレドリック・ブラウンや星新一の衣鉢を継ぎ、鋭いアイデアと気の利いたオチが楽しい短編SFの名手・草上仁による、短編SF小説集。

 辺境の惑星での遺物探索が題材の「カツブシ岩」,育児中の忙しい朝に起きる騒動「キッチン・ローダー」,ロボット社会の異端児が主人公の「この日のために」など11編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2020年3月25日発行。文庫で縦一段組み本文約294頁。9.5ポイント39字×17行×294頁=約194,922字、400字詰め原稿用紙で約488枚。文庫では普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとは言っても小難しい理屈は出てこない。いやたまにソレっぽい言葉が出てくるけど、雰囲気を出すために使ってるだけなんで、深く考え込まないように。とっつきやすくてわかりやすい上にまずもってハズレがなく、SF初心者にも自信をもってお薦めできるのが、草上仁のいい所。

【感想は?】

 確かに草上仁は、フレドリック・ブラウンや星新一の後継と呼んでいい。とはいえ、それぞれに芸風は違う。

 フレドリック・ブラウンは天使や悪魔をよく使う。また印刷に携わった経験か、ミミズ天使のように地口も得意だ。星新一は都会的でクール、語り口はやや突き放した感がある。

 対して草上仁ならではの味の一つは、異様な生き物だろう。この本では最初の「カツブシ岩」「カレシいない歴」がそれにあたる。

 砂漠の惑星クロッカスにあるカツブシ岩は、巨獣ビヒモスの化石だ。中には財宝運搬船を呑んだビヒモスの化石もある。調査に訪れたスターク博士らは、現地人のイップに案内され岩を訪れる。

 イップが食べているカツブシ石の正体は、なんとなく見当がつく。なにせ名前がソックリだし。ただ、その関係は…。イップ君、なかなかの役者です。

 「カレシいない歴」は、こんな文章が出てくる。

カレシ、最初からいなかったわけじゃないんだよ。生まれる前にはいたの。
  ――カレシいない歴

 は? と思うよね、普通。これにどう理屈をつけるか、お楽しみに。

 もう一つ、草上仁ならではの味が、巧みな状況設定。

 「キッチン・ローダー」は、育児中の母が忙しい朝に陥る危機を描く作品。誰だって出勤前の朝は忙しい。加えて何をするかわからない乳児を抱えているとなれば、なおさら。それを補うために家電はどんどん賢く便利になっているが、操作も複雑になってしまった。そこで工夫をしたのはいいが…

 何でも触りたがり舐めたがる乳児と家電。今だって相性は最悪だってのに、家電がネットワークに繋がったとなると、問題は更に悪化して…。朝の通勤電車で読むには、いささかキツいかも。

 やはり奇妙な状況でのドタバタが楽しいのが「スリープ・モード」。SFならではのイカれた状況で起きる危機を描く。

 最近の機械は、使っていないと勝手にスリープ・モードに入って電気を節約する。何カ月もかかる惑星間飛行も、乗務員を起こしておくと無駄に資源を使う。そこでスリープ・ドラッグだ。20秒以上、業務についていないと、乗務員は眠りに入り、資源の無駄を省く。ところが気を遣う軌道進入の直前に飲んだスリープ・ドラッグに手違いがあり、20秒ではなく2秒で眠るものだった。

 軌道進入の最中は、アチコチに待機が入る。その間に眠り込んでしまったら大事故を起こす。だが間違ったスリープ・ドラッグのせいで、2秒間何もしないと眠り込んでしまう。いかにして眠らずに済ますか。なんとか意味のある業務をヒネり出そうとする乗務員たちの足掻きが楽しい。

 これが手に汗握るスリルとサスペンスではなく、捧腹絶倒のドタバタ・ギャグになるあたりが、草上仁ならではの味。なんといっても、テンポがいいんだよなあ。

 もう一つ、宇宙での奇妙な状況をテーマとした「チューリング・テスト」も、SFとしては古典的なアイデアにヒネリを加えた作品。タイトルでわかるように、会話だけでヒトとAIをいかに見分けるか。

 どの作品も語り口は親しみやすく、文章も読みやすい。時おり小難しい言葉が出てくるが、みんな雰囲気を出すためなので、意味が分からなくても問題ない。手軽に読めるが、SFならではの発想の転換が心地いい、草上仁ならではの魅力が詰まった作品集だ。

【収録作一覧】

 それぞれ 作品名 / 初出。

  1. カツブシ岩 / SFマガジン2004年10月号
  2. キッチン・ローダー / SFマガジン2000年9月号
  3. この日のために / SFマガジン2003年2月号
  4. カレシいない歴 / 書き下ろし
  5. 免許停止 / SFマガジン2000年12月号
  6. スリープ・モード / SFマガジン1994年2月号
  7. チューリング・テスト / SFマガジン2006年9月号
  8. 壁の向こうの友 / SFマガジン2002年11月号
  9. 緊急避難 / SFマガジン1991年7月号
  10. ラスト・メディア / SFマガジン1995年11月臨時増刊号
  11. パラム氏の多忙な日常 / SFマガジン1999年10月号

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2021年7月15日 (木)

草上仁「5分間SF」ハヤカワ文庫JA

「よろしければあなたと最後の食事を」
  ――最後の一夜

おれは、ほんとに保護したいんだぜ。「シガー」も、「シガー」を生かしてる環境もさ。
  ――生煙草

【どんな本?】

 SFマガジン編集部には秘密の納戸がある。1980年代から発掘作業が始まり、SF短編の原稿が続々と発掘された。いずれも作者名は草上仁となっており、現代日本語で書かれた読みやすくヒネリの利いた珠玉のSF/ファンタジイ作品ばかりである。

 本作品集には、2019年当時における発掘作業の成果物16編を収めた、

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年7月25日発行。私が読んだのは2019年8月15日の二刷。好評です。文庫で縦一段組み本文約230頁。9.5ポイント39字×17行×230頁=約152,490字、400字詰め原稿用紙で約382枚。文庫ではやや薄め。

 文章はこなれていて読みやすい。SFとは言っても小難しい理屈は出てこない。いやたまにソレっぽい言葉が出てくるけど、雰囲気を出すために使ってるだけなんで、深く考え込まないように。とっつきやすくてわかりやすい上にまずもってハズレがなく、SF初心者にも自信をもってお薦めできるのが、草上仁のいい所。

【感想は?】

 表紙からして、よくわかってらっしゃる。

 YOUCHAN による表紙イラストは、クッキリとした輪郭と中間色を巧く生かしつつもグラデーションの少ないスッキリとした色合い、微妙な未来っぽさと可愛らしさが同居している。そして何より、真鍋博の香りがする。

 文庫で真鍋博とくれば、星新一だ。そう、草上仁は、間違いなく星新一とフレドリック・ブラウンの後継の第一人者だ。わかりやすく読みやすく親しみやすい文体、時流を取り込みつつも時代を超えるテーマ、テンポがよく洒落てはいるがクドくない会話。初心者からマニアまで、誰でも楽しめる短編の名手だ。

 とまれ、やはりそれぞれの作家の特徴はある。星新一の無機質さすら感じさせるクールさに対し、草上仁には庶民的な親しみやすさが溢心地いい。これが存分に発揮される「大恐竜」を最初に持ってきたのは編集の妙だろう。

 惑星リナーカスへ赴いたTV番組『秘境の脅威』の制作クルー。現地の貿易商の話では、伝説の巨大恐竜ハグリアーノの足跡が見つかった、とのことだったが…。

 前の記事の「今日の一曲」でアレやったのは、あくまでも偶然なんだが、なんというタイミング。あの手の番組が使う「特撮」のアレコレを容赦なくバラしていく、宇都宮&ヤスのテンポのいい会話に笑いが止まらない。

 続く「扉」は、ちょっとしたミステリというかサスペンスというか。おれと浩司は、誘拐され密室に閉じ込められる。見張りの男は言い張っていた。この部屋は個人用スペース・ステーションで、扉の向こうは真空だ、と。だがその証拠はなく、ハッタリかもしれない。さて扉を開けるべきか否か。

 生死の境目、密室でソコが宇宙か地上かを、いかにして見極めるか。いかにもSFっぽいネタだし、二人はそういう感じで推理を進めていく。とはいえ何せチンピラ、難しい理屈は出てこないからご安心を。

 草上仁ならではの魅力の一つが、ケッタイな生物。

 「ナイフィ」で登場するのは、徹底した人間嫌いの生物ナイフィ。形は自由自在に変えられる。人間が触れようとすると、曲がったり縮んだりして、決して人間には触れない。この性質を使い、ナイフィをホコやツルギに見立て、チャンバラごっこで遊ぶタロウとハナコ。どんなに乱暴に突いたり切ったりしても、ナイフィは決して相手に触れないので、絶対に安全。

 本当にこんな素材があったら、そりゃ便利だろうなあ。ほのぼのとした子供のチャンバラごっこで始まった物語は、ナニやら面倒くさいオトナの事情が絡んできて…。

 やはりケッタイな生物をテーマとしているのが「生煙草」。シガー、惑星パブリカの生物。パブリカは風が強く乾燥していて、常に水源が移動する。シガーは煙草に似た茶色い生物だが、ゆっくり動くので動物に近いようだ。積みたては生煙草と呼ばれ、味がクリアで効きも違う。

 植物にせよ動物にせよ、生物にはそれぞれの生存戦略・繁殖戦略がある。ゆっくりとしか動かないうえに、明らかに生存に不利な性質を持つ。これらが一気にひっくり返る終盤が、なかなか見事な作品。改めて読み直すと、これ一人称の語りなんだよね。ということは…

 いずれも語り口は親しみやすく、お話は分かりやすい。小難しい言葉は出てくるけど、みんな雰囲気を出すためなので、意味は分からなくても大丈夫。とっつきやすい文章で鋭いオチの作品が詰まった、小粋なSF短編集だ。

【収録作一覧】

 それぞれ 作品名 / 初出。

  1. 大恐竜 / SFマガジン1991年2月号
  2. 扉 / SFマガジン1991年9月号
  3. マダム・フィグスの宇宙お料理教室 / SFマガジン1998年3月号
  4. 最後の一夜 / 書き下ろし
  5. カンゾウの木 / SFマガジン2001年6月号
  6. 断続殺人事件 / SFマガジン2001年4月号
  7. 半身の魚 / SFマガジン2019年4月号
  8. ひとつの小さな要素 / SFマガジン1997年2月号
  9. トビンメの木陰 / 書き下ろし
  10. 結婚裁判所 / SFマガジン1997年6月号
  11. 二つ折りの恋文が / SFマガジン2019年4月号
  12. ワーク・シェアリング / SFマガジン2004年12月号
  13. ナイフィ / SFマガジン2000年8月号
  14. 予告殺人 / SFマガジン2012年1月号
  15. 生煙草 / SFマガジン2008年5月号
  16. ユビキタス / SFマガジン2005年11月号

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2021年7月11日 (日)

サミュエル・ウーリー「操作される現実 VR・合成音声・ディープフェイクが生む虚構のプロパガンダ」白揚社 小林啓倫訳

本書で私は(略)デジタルツールを使った最近の政治的な世論操作の例を紹介し、(略)これから何が起きるかを推測してみたい。また、どうすれば私たちが現状に対処し、デジタル空間を再生できるかについても概観する。
  ――1 曖昧な真実

「ディープフェイク動画に登場する人物のまばたきの頻度は、実際の人間に比べてかなり低いことがわかりました」
  ――5 フェイクビデオ まだディープではない

私たちはマシンを操作できるようになるかもしれないし、マシンが人間を操作するようになるかもしれない。
  ――7 テクノロジーの人間らしさを保つ

【どんな本?】

 2016年の米大統領選では、それまでと違う新しい戦術が大きく使われた。フェイスブックなどのSNSによる選挙活動だ。各陣営が自分たちの候補者を売り込むだけならともかく、これにロシアが組織的に乱入している事が明らかになった。俗にロシアゲートとも呼ばれる事件である(→Wikipedia)。

 フェイスブックだけではない。ツイッターでは、2018年7月に当時現職のドナルド・トランプ大統領のフォロワーが20万人、バラク・オバマ元大統領のフォロワー240万人が一気に消えた(→朝日新聞)。いずれも俗に偽アカウントと呼ばれるもので、フォロワー数を水増ししていた事になる。

 かつてとは異なり、今やインターネットは私たちの暮らしに染み込んでいる。そして、それを悪用し、デマを振りまく者もいる。

 誰が悪用しているのか。その目的は何か。どんな手口を使うのか。どうすれば見破れるのか。フェイスブックやツイッターなどのプラットフォーム側は、どんな対策をしているのか。なぜ防げなかったのか。今後、手口はより狡猾になるのか。そして、防ぐためにはどうすればいいのか。

 ソーシャルメディアを研究する著者が、ソーシャルメディアの悪用の事例を紹介・分析し、その手口・影響・原因を探り、防ぐ手立てを提案する、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Reality Game : How the Next Wave of Technology Will Break the Truth, by Samuel Woolley, 2020。日本語版は2020年11月12日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約354頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント36字×17行×354頁=約216,648字、400字詰め原稿用紙で約542枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ツイッターやフェイスブックとは何か、ぐらいは知っていた方がいい。

【構成は?】

 いちおう頭から読む構成になっているが、気になった所だけを拾い読みしても充分に楽しめる。

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  • 謝辞
  • はじめに
  • 1 曖昧な真実
    あなたの現実、私にはフェイク/テクノロジーと虚偽の新しい波/現実と真実への「攻撃」/テクノロジーの変化、社会の変化/プロパガンダからコンピューター・プロパガンダへ/未来のテクノロジーの役割
  • 2 真実の破壊 過去・現在・未来
    事の起こり/デジタル偽情報はどこから来るのか?/コンピューター・プロパガンダの登場/人間の要素/アクセスの問題/過去 何が起きたのか/現在 何が変化しているのか/未来 何が起きるのか/メディアの崩壊
  • 3 批判的思考から陰謀論へ
    バイラルな記事のつくり方/シリコンバレーから愛をこめて/オンライン・ユートピアからデジタル・ディストピアへ/あなたが読んだものがあなたをつくる/批判的思考から陰謀論へ/ソーシャルメディアはメッセージ/政策はどうなっているのか/メディア指向の解決策
  • 4 人工知能 救いか破滅か?
    ザッカーバーグのマクガフィン/ボットからスマートマシンへ/ユーザーの問題?/単純なボット/AIボットの時代/AIを実現する技術/無視されるエシカルデザイン/AIプロパガンダの始まり/毒を以て毒を制す/ファクトチェックを越えて/頭の悪いAI/AIからフェイクビデオへ
  • 5 フェイクビデオ まだディープではない
    加工動画対ディープフェイク/ディープフェイク/まだ注目するには早い?/普通の動画も強力なプロパガンダ・ツールに/ユーチューブ問題/フェイクビデオの拡散を止める/ライブストリーミングの問題/動画からバーチャルリアリティーへ
  • 6 XRメディア
    バーチャル・ウォー/XRメディアの世界/バーチャルの定義/ ARかVRか?/XRメディアと世論操作/社会的利益につながるVRの活用/スローXR/人間と人間に似たもの
  • 7 テクノロジーの人間らしさを保つ
    @FuturePolitical/マシンか人間か/マシンとの関係構築/人間らしい音声を越えて/人間の声が持つ説得力/人間の顔をデジタルで生成する/マシンが親切に振る舞うようにする
  • 8 結論 人権に基づいたテクノロジーの設計
    既存ソーシャルメディアの窮地/テクノロジーについての社会調査の価値/拡大する世界規模の問題/コインテルプロ/若者と未来のテクノロジー/倫理的なオペレーティングシステム/崩壊した現実を立て直す/民主主義を再構築する
  • 訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 この本を読んだ目的は、野次馬根性だ。

 誰が、何のために、どんな手口で、どんな事をやっているのか。それが知りたかった。あと、藤井太洋の元ネタが知りたかった、というのもある。

 残念ながら、「アンダーグラウンド・マーケット」に出てくるような、近未来を感じさせるハイテク手口は、あまし出てこない。手口はけっこう単純なのだ。

実際には、人工知能のような複雑なメカニズムは、これまでのところコンピューター・プロパガンダには大した役割を果たしていない。
  ――4 人工知能 救いか破滅か?

 ではどんな手口か、というと、力押しというか飽和攻撃というか。先のニュースにあるように、幽霊アカウントを山ほど作ってフォロワー数やリツイート数を水増したり、自動的に似たようなつぶやきを何度も投稿したり。そんなんでも、リツイート回数が多ければ、ツイッターは「トレンド」として目立つ所に表示するので、広告としての効果はある。

オンライン上では、人気のあるものは急速に拡散するのだ――それがたとえ、ボットを使ってつくられた幻想だったとしても。
  ――2 真実の破壊

 ここでは、暴き方の方が面白い。幽霊アカウントの特徴を見破ったのだ。プロフィールに写真がないか買ってきた写真だ。自己紹介もなく、フォロワーがほとんどいないか、幽霊アカウント同士でフォローし合ってる。そして投稿はタイマーで計ったように定期的。

 どうも会話が絡むテキスト・ベースだと、人間っぽく振る舞うのは難しいみたいだ、少なくとも今のところは。この辺は「機械より人間らしくなれるか?」が詳しい。今は人海戦術が中心だ。五毛党とかトロール工場(「140字の戦争」)とか。

プラガーフォースのメンバーには報酬は支払われないが、300万人に近い購読者を持つプラガー・ユニバーシティのフェイスブック・アカウント上でシェアされるという見返りが与えられる。
  ――3 批判的思考から陰謀論へ

 300万人の読者かあ。零細ブロガーとしちゃ、そりゃ心が動くなあ←をい 「ネット炎上の研究」にもあったけど、そういう手口を使い多人数に見せるのも、連中の常套手段。

 その「連中」とは誰か、ってのも、この本を読んだ目的。期待したとおり、やっぱり出てきましたロシア。出番は2016年の大統領選だ。

フェイスブック(略)におけるロシアの世論操作(略)の目的は人々を騙すこと、そして分裂を促し、人々を支配することだった。
  ――8 結論 人権に基づいたテクノロジーの設計

 これについては、具体例として1番打者にフィリピンのロドリゴ・ドゥルテ大統領のソーシャルメディア軍、2番に在トルコのサウジアラビア大使館で起きたジャマル・カショギ記者暗殺事件(→Wikipedia)を置くなど、インパクトはなかなか。

 「ヒトラー演説」や「ベルリン・オリンピック1936」にもあったけど、目端が利く政治家は広報に力を入れ、新しいメディアの使い方も巧みなんだな、困ったことに。

 そう、SNSは新しいメディアなのだ。ところが、肝心のメディア提供者であるフェイスブックやツイッターには、そういう認識がない。自分たちはサービスを提供しているだけだと思っていて、マスメディアだという自覚が欠けているのが、次第に伝わってくる。

 これはSNSだけではなく、政治家も同じ。だもんで、テレビ局や新聞社に対しては法で様々な規制をかけているのに対し、SNSは野放しだったりする。この問題への著者の提案の一つは、日本でも是非やってほしい。

広告枠の購入者は、特定の広告に誰が料金を支払ったかを明確に通知するなど、一定の基準を守らなければならない
  ――>8 結論 人権に基づいたテクノロジーの設計

 要は「誰が出した広告かハッキリさせろ」ですね。これでステルス・マーケティングが減れば嬉しいんだが。

 そんな「なんとかせいや」とする声に対し、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグがAI技術に希望を託すあたりを、著者は激しく批判してる。

将来起こる問題のほとんどは、現在は解決策のように見える技術によって引き起こされる
  ――4 人工知能 救いか破滅か?

 …ああ、はい、そうですね。いやそうなんだけど、ザッカーバーグの気持ちも分かるんだよなあ。怪しげなアカウント凍結も、一応の成果を挙げてるし(→J-WAVE)。エンジニアってのは、つい技術での解決を考えちゃう生き物なんです。このあたりは、著者と技術者の溝の深さが実感できて、お互いの話し合いがもっと必要だなあ、と感じたところ。

 全般的に、具体例はそこそこ豊富にでているし、刺激的なエピソードも多い。とまれ、著者の姿勢は研究者やジャーナリストというより思想家・政治運動家に近く、リベラルな著者の考え方や提言が強く出ている。その辺は、好みが別れるかも。

 かつてインターネットが「便所の落書き」とか言われた頃を憶えているネット老人会の一人としては、インターネットの信頼性が上がったような気がして嬉しいような、そういう風潮に鍛えられて良かったかも、とか思ったりした本だった。

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【今日の一曲】

行け!行け!川口浩 - 嘉門達夫

 フェイクで思い出すのは、やっぱりコレ。思えば大らかな時代だったなあ。

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2021年7月 6日 (火)

SFマガジン2021年8月号

雪風は、ジャムだ。
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話

「あなたは自分の意志に関係なく、この世界を滅ぼすことになる」
  ――飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回

どの司書にも、決して誰にも貸し出しをしない<本>がある。
  ――アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳

「その電信柱は女性でした」
  ――板崎かおる「電信柱より」

わたしはほかの存在と話すことはめったにない。
人間と接するのは、たいてい遠くからなんだ。
  ――ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳

 376頁の普通サイズ。

 特集は「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」と、「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集。

 少説は10本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回,藤井太洋「マン・カインド」最終回。

 読み切りは6本。「映画『夏への扉 キミのいいる未来へ『Arc アーク』」小特集としてケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。他に片瀬二郎「七億人のペシミスト」,春暮康一「主観者 前編」,板崎かおる「電信柱より」,アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳,ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。

 「1500番到達記念特集 ハヤカワ文庫JA総解説 PART1 1~409」。懐かしの名作がいっぱい。小松左京「果てしなき流れの果てに」は壮大なヴィジョンがゾクゾクした。半村良「石の血脈」は分厚さに一瞬ビビったけど、読み始めたら一気の面白さ。星新一「進化した猿たち」はユニークの極地。山田正紀は「襲撃のメロディ」でSF沼に引きずり込まれ、「氷河民族」「神狩り」「弥勒戦争」でドップリとハマってしまった。矢野徹「折紙宇宙船の伝説」のエロスと抒情は忘れ難い。堀晃「梅田地下オデッセイ」は寡作な著者の貴重な一冊。東野司≪ミルキーピア≫シリーズも好きだった。そういえば、今は「ソフトハウス」って言葉は死語になったのかなあ?

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話の続き。模擬戦が始まる。日本空軍の飛燕を駆る田村伊歩大尉は、発進待機中に雪風とレイフを撮影したはずが、動画を確認すると両機とも映っていない。これを雪風による攻撃と考えた田村大尉は、模擬戦への認識を改め、僚機である日本海軍航空隊の面々に警告するが…

 いいなあ、田村大尉。ジャムは異質で正体不明ながらも、コンピュータに近い知性体のようにほのめかされている。いずれにせよ、普通の人間には理解不能な存在だ。深井零はヒトからややはみ出していて、でも機械ながら知性的な雪風とは巧くやれる。田村大尉もヒトからはみ出てるけど、機械よりむしろケダモノに近いw 果たして田村大尉の野生の勘は当たっているのか? また2カ月も待つのか。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第37回。イースターズ・オフィスはレイ・ヒューズとクレア・エンブリー刑事そしてトゥイードルディ&トゥイードルディムの協力を得て、<誓約の銃>がアジトとするヨット<黒い要塞>を襲う。襲撃は成功し、目的である潜入中のウフコックに加え、ブルーも確保した。ただしブルーは首だけで生きている。

 激しいアクションの前回に対し、今回は静かめ。ただし物語は意外な方向へと進む。ただのウザいお騒がせ野郎かと思わせといて、そう来るかあ。アレは地なのか演技なのか。半ば地だと思うんだが、どうなんだろ。そして、ここしばらく姿をくらましていたハンターが…

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第9回。同好会棟から逃げ出す遠野暁と小野寺早都子。止体となったはずの早坂篤子は自転車の部品を巻き込み、二人に襲い掛かる。その中に取り込まれる山下祐。

 派手なアクション・シーンから始まる今回。止体って、なんとなく硬いモノになってると思い込んでたけど、なんじゃそりゃあ。「自転車蜘蛛」って言葉が、妙にハマった。にしても「夕方のおかあさん」が、そういう意味だったとは。いろいろと驚きに満ちた回だ。

 ケン・リュウ「人とともに働くすべてのAIが知っておくべき50のこと」古沢嘉通訳。先週の水曜日、有名なAI批評家WHEEP-3が稼働を停止する。元はジョディ・レイノルズ・トラン博士が作った実験用生成ニューラル・ネットワークだった。倫理とAIの技術研究そしてマン・マシン・リレーション関係の論文でトレーニングし、他にも多くのデータを与え…

 AIがAIを批評するってのも、面白い発想。いわゆるディープ・フェイクもAIなら見破れるんだろうか? WHEEP-3に注目を集めるネタをトラン博士が仕掛けるあたりは、マルコム・マクラレンが仕掛けたセックス・ピストルズの売り込みを思い浮かべてしまう。にしも、この人、やっぱり LISP や Prolog に関心があるんだなあ。

 アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド 実際に役立つ扉ファンタジー集」原島文世訳。世界には二種類の司書がいる。利用者は本泥棒だと持っている者と、魔女だ。黒人少年は図書館で『逃げ出した王子』を熱心に読んでいた。異世界転出物の古いラノベで、あまり人気もない。

 この地域の雰囲気を描くのに「人種差別を撤廃するかわりに(公共プールを)コンクリートでふさがれた」としたのは見事。人がなぜファンタジイを求めるのか、ファンタジイに何ができるのかをテーマとした、切ない短編。何が名作で何が駄作か、どんな終わりがハッピーエンドなのか、それは人によって違うんだよね。

 春暮康一「主観者 前編」。赤色矮星ラカーユ9352の第一惑星は、居住可能領域にあり、常に同じ面を恒星に向けていて、昼の面は分厚い水が覆っている。恒星のフレアで無人探査機が通信を断ったため、宇宙船<トライアクシズ>と五人のクルーが探査に訪れる。無代謝休眠から目覚めたクルーは、第一惑星の探査を始め、生物らしき存在を見つける。

 うおお、これまた「オーラリメイカー」に匹敵する骨太で本格的なサイエンス・フィクションの予感。休眠から目覚めるオープニングから雰囲気バッチリだし、惑星と恒星の位置関係が惑星の環境に及ぼす影響、それが惑星の地形でどう関わってくるかとか、実にゾクゾクする。そしてもちろん、肝心のエイリアンの性質が明らかにされていく過程も。前後編とか言わず、長編にして欲しい。

 板崎かおる「電信柱より」。リサは電信柱を切る仕事をしている。その夏、リサは激しい恋に落ちた。相手はS市の郊外にある電信柱。チームの主任であるリサは、その電信柱を後回しにしたが、それは時間稼ぎに過ぎない。引き延ばしても、せいぜいあと一カ月。

 第三回百合小説コンテストのSFマガジン賞受賞作。恋のお相手は電信柱なんて奇妙きわまる状況、それも「激しい恋」というわりに、統計データを取り出すとか妙に落ち着いているリサが面白いw それを受け入れて話を聞いている側も。百合の世界は果てしなく広いw

 片瀬二郎「七億人のペシミスト」。ここ数年、いろんなことがあった。なぞの伝染病がはやり、南米で巨大地震が都市を襲い、核兵器が使われ、おまけに巨大隕石が地球にぶつかるらしい。団地の入居率は5%を切った。学校は閉鎖されて一年になる。もう警備員も常駐していない。堰田は友人たちと学校に忍び込む。

 世界は終末へのタイム・リミットが迫っている。なんとなくダラけた日々を送る堰田。いるよね、何も考えずその時の衝動と本能で動いてるクセに、なぜかどうにかなっちゃう奴w 下戸から見ると、飲んだくれて酔いつぶれるなんて真似は、やたらと能天気に見えるんだけど、本人にはソレが普通なんだろうなあ。

 ヴィナ・ジエミン・プラサド「働く種族のための手引き」佐田千織訳。工場から来たばかりの新人ロボットには、先輩ロボットの相談相手が割り当てられる。K.g1-09030の相談相手は、コンスタント・キラーことC.k2-00452だ。おしゃべりで人懐こいK.g1-09030に対し、C.k2-00452は寡黙だが落ち着いていて的確なアドバイスをくれる。

 ロボット同士の会話ログで話が進む。ロボットの労働環境も、なかなかブラックな様子。K.g1-09030が見つけた職場は、なんというかやたらとマニアックw そういう趣味の人もいるんだろうかw そして頼れる先輩C.k2-00452の仕事は… いい先輩に当たったねw

 藤井太洋「マン・カインド」最終回。自力では起き上がれないほどに弱ったチェリー・イグナシオは、それでも部下に的確な指示を下し、公正戦を有利に進めていく。侵攻する<グッドフェローズ>は五分隊のうち、レイチェルが率いる分隊だけを残し壊滅。ジャーナリストの迫田はレイチェルと共にチェリーに迫る。そのチェリーは、呼び寄せたマスコミ相手のインタビュウを始める。

 遺伝子操作によって生まれたマン・カインドたちの、卓越した能力を描いてきた本作も、いよいよ完結。従来の超人物は筋力や超常能力などに注目したのに対し、この作品は肉体よりそれを操る脳や神経系に焦点を当て、じっくりと解説しているあたりが、数多い超人物SFでも唯一無二の輝きを放っている。また「東京の子」や「ハロー・ワールド」と同じく、映像ジャーナリズムの生々しい技術トピックが満載なのも嬉しい。

 にしても、また雪風は二ヶ月も待たされるのか。頁数を増やすとか、できません?

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