「フレドリック・ブラウンSF短編全集 4 最初のタイムマシン」東京創元社 安原和見訳
「あんたの1ドルに対して13ドル賭けますから、悪魔なんぞ信じてないって証明してみせてくださいよ」
――翼のざわめき「神は存在するのか」
――回答「わたしは地球外生物で、全権公使として参りました」
――人形劇「それでは、わたしの最初の質問ですが――あなたが犯人ですか」
「そうです」
――事件はなかった
【どんな本?】
1940年代から60年代にかけて活躍したアメリカのSF/ミステリ作家フレドリック・ブラウンのSF短編を、執筆順に編集した短編集の完結編で、1951年から1965年までの作品を収録している。
余計なものを徹底してそぎ落としつつも、親しみやすく読みやすい文章で、鋭くヒネリの利いたアイデアでストンと落とす彼の芸風は、今でも星新一や草上仁などに受け継がれている。
完結編の本作は、発表当時に勃興しつつあったPLAYBOY誌などの月間男性誌に掲載した作品もあり、お色気ネタを含むとともに、1~3頁の極短編も多く、キレの鋭さに磨きがかかっている。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は From These Ashes : The Complete Short SF of Fredric Brown, 2001。日本語版は2021年2月26日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約330頁に加え、牧眞司の「収録作品解題」13頁+渡邊利通の解説5頁。9ポイント43字×20行×330頁=約283,800字、400字詰め原稿用紙で約710字。文庫ならやや厚め。
文章はこなれていて親しみやすく読みやすい。SFとは言ってもそこはブラウン、難しい理屈は全く出てこないどころか、悪魔まで出張ってくるので、理系っぽいのは苦手な人でも大丈夫。
なお、先に書いたように短い作品が多く全68作を収録しているため、収録作は記事の最後に一覧としてまとめた。
【感想は?】
怒涛の掌編ラッシュ。
晩年の作品なので腕が上がっているのもあるし、とにかく短い作品が多いためか、オチのキレがグッと増している。そう、アイデア・ストーリーは、短ければ短いほどオチのキレが増すのだ。そんなわけで、読む側としては、キレキレのカミソリ・ジャブを次々と浴びて血だるまになる、そんな気分を味わえる。
短い理由の一つは、Playboy/Adam/Dude などの男性月刊誌に発表した作品もあるため。アッチの原稿料は1語いくらなので、短いのは作家にとっちゃありがたくないんだが、SF雑誌とは違い発行部数も桁違いなため、原稿料も高いから、充分に稼げたんだろう。お陰で私は「煮しめたブラウン」が味わえる。なんとも幸福なことだ。
もちろん、そういう雑誌なため、SF味は多少薄めで、そのかわりにシモネタが入ってたり。でもまあ、ソレはソレで美味しい。「ロープ魔術」とか、実にしょうもないオチなんだけど、私はそういうのが大好きだw 「意地悪」も、しょうもなさはドッコイドッコイで、そこが楽しいw
やはり掲載誌で本作独特なのが、エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジンなどミステリ雑誌掲載の作品も混じっていること。ミステリ雑誌じゃないけど「青の悪夢」から始まる悪夢シリーズなども、ブラウンのもう一つの顔が拝める。いずれもSF雑誌じゃないのでSF味は薄めだが、オチのキレの鋭さは変わりなく、読者の想像の裏をかく腕は見事。
ってだけでなく、ミステリ系の作品は、なまじ現実味が強いせいか、ブラウンのユーモアの黒さが余計に出ているように感じるのはなぜだろう? 人類を滅ぼしても実感がわかないんだけど、人を一人殺すと生々しく感じるんだよね。つまりは星新一と同じで、基本的に黒い人なのだ、フレドリック・ブラウンは。いずれも文章が乾いてるから、あまし黒さは感じないけど。
いやホント、「青の悪夢」の黒さはハンパない。たった3頁で、よくもここまでおぞましい物語を書けるもんだ。
やはり短さゆえのキレが目立つのが「回答」。さすがに時代が時代だけにリレーとか道具立ては旧いけど、そこはLEDとか今風に読み替えればいいワケで、基本的なアイデアは今でも充分…というか、今日もどこかで二番煎じ・三番煎じの作品を書いているに違いない。
短いが故のキレでは、「唯我論者」もすごい。唯我論とは、「実在するのは俺だけ、他はみんな俺の想像」って考え。あなたも幼いころ、そういう発想にたどり着いたでしょ? それを極限まで推し進めると…。最後の一行が見事すぎる。
キレが鋭い理由の一つは短さだが、同時にネタのヤバさもある。「ジェイシー」とか、よく発表できたなあ、と思うんだが、短編集用の書き下ろしみたいだ。鍛えられた読者が多いSF雑誌ならともかく、一般の雑誌に載せたら炎上間違いなしのヤバさ。
どの作品もとっつきやすい上に、短くてオチのキレがいい。だから、「ご飯が炊けるまで」とか「お風呂が沸くまで」とかの隙間時間に読むのにちょうどいい…と思うでしょ。ところがどっこい、読み始めちゃったら「もうちょっと」「あと一作だけ」とズルズルと読み続け、気がついたら日付が変わってた、なんて羽目に陥りそうなんで、あましそういうのはお薦めしない。もちろん、お茶やコーヒーを口に含んでの読書も厳禁。
とっつきやすく、親しみやすく、わかりやすい上に、オチのキレはピカ一。「SFを読んでみたいけど、小難しいのはちょっと…」な人、星新一や草上仁が好きな人、そして50年代~60年代のアメリカの短編小説が好きな人にお薦め。
【収録作一覧】
それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。
- 緑あふれる / Something Green / 短編集 Space on my Hnads 1951
- おれとフラップジャックと火星人 / Me and Flapjack and Martians / Astounding Science Fiction 1952年12月
- 愛しのラム / The Little Lamb / Manhunt Detective Story Monthly 1953年8月
- 翼のざわめき / Rustle of wing / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1953年8月
- 鏡の間 / Hall of Mirrors / Galaxy Science Fiction 1953年12月
- 実験 / Experiment / Galaxy Science Fiction 1954年2月
- 辺境防衛 / Sentry / Galaxy Science Fiction 1954年2月
- 立入禁止 / Keep Out / Amazing Stories 1954年3月
- ごもっとも / Naturally / Beyond Fantasy Fiction 1954年9月
- ヴードゥー / Voodoo / Beyond Fantasy Fiction 1954年9月
- 回答 / Answer / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- デイジー / Daisies / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- 相似形 / Pattern / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- あいさつ / Politeness / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- 荒唐無稽 / Preposterous / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- 和解 / Prconciliation / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- 探索 / Search / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- 宣告 / Sentence / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- 唯我論者 / Solipsist / 短編集 Angels and Spaceships 1954年
- 血 / Blood / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年2月
- 想像 / Imagine / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 19955年3月
- 最初のタイムマシン / First Time Machine / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年9月
- ひどすぎ / Too Far / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年9月
- 至福千年紀 いつか訪れる正義と平和の時代 / Millennium / Magazine of Fantasy and Science Fiction 1955年3月
- 遠征隊 / Expedition / Magazine of Fantasy and Science Fiction 1957年2月
- ハッピーエンド / Happy Ending / Fantastic Universe 1957年9月
- ジェイシー / Jaycee / 短編集 Nightmares and Geezenstacks 1961
- 不運続き / Unfortunately / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1958年10月
- 意地悪 / Nasty / Playboy 1959年4月
- ロープ魔術 / Rope Trick / Adam 1959年5月
- 雪男 / Abominable / The Dude 1960年3月
- クマんにひとつの / Bear Possibility / The Dude 1960年3月
- 退場 / Recessional / The Dude 1960年3月
- ファースト・コンタクト / Contact / Galaxy Magazine 1960年6月
- こだま / Rebound / Galaxy Magazine 1960年4月
- 失われた大発見そのⅠ 透明人間 / Great Lost Discoveries Ⅰ Invisibility / Gent 1961年2月
- 失われた大発見そのⅡ 不死身 / Great Lost Discoveries Ⅱ Invulnerability / Gent 1961年2月
- 失われた大発見そのⅢ 不死 / Great Lost Discoveries Ⅲ Immortality / Gent 1961年2月
- 趣味と実益 / Hobbyist / Playboy 1961年3月
- ジ・エンド / The End / Dude 1961年3月
- 青の悪夢 / Nightmare in Blue / Dude 1961年3月
- 灰色の悪夢 / Nightmare in Gray / Dude 1961年3月
- 赤の悪夢 / Nightmare in Red / Dude 1961年3月
- 黄色の悪夢 / Nightmare in Yellow / Dude 1961年3月
- 緑の悪夢 / Nightmare in Green / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 白の悪夢 / Nightmare in White / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅰ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅰ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
- ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅱ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅱ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
- ユースタス・ヴィーヴァ―のつかの間の幸福 Ⅲ / The Short Happy Lives of Eustace Weaver Ⅲ / Ellery Queen's Mystery Magazine 1961年6月
- 輝くひげ / Bright Beard / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 猫泥棒 / Cat Burglar 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 脅迫状 / Dead Letter / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年7月
- 山上に死す / Death on the Mountain / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 致命的な失敗 / Ellery Queen's Mystery Magazine 1955年6月
- 魚の流儀 / Fish Story / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 馬かしあい / Horse Race / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 家 / The House / Fantastic Science Fiction Stories 1960年8月
- 悪ふざけ / The Joke / Detective Tales 1948年10月
- ハンス・カルヴェルの指輪 / The Ring of Hands Carvel / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 起死回生 / Second Chance / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- 三羽のふくろうの子 / Three Little Owls / 短編集 Nightmares and Geezenstacks1961年
- ばあばの誕生日 / Granny's Birthday / Alfred Hitchcock's Mystery Magazine 1960年6月
- 猫恐怖症 / Aelurophobe / Dude 1962年9月
- 人形劇 / Puppet Show / Playboy 1962年11月
- ダブル・スタンダード / Double Standard / Playboy 1963年4月
- 事件はなかった / It Didn't Happen / Playboy 1963年10月
- エージェント / Ten Percent / Gent 1963年10月
- 小夜曲 / Eine Kleine Nachtmusik / The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1965年6月
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【今日の一曲】
Centerfold · The J. Geils Band
PLAYBOY誌のウリは、やっぱりセンター・グラビア。とくれば、この曲でしょう。「学校時代の憧れのあのコがセンター・グラビアに」という、嬉しいけど切ない野郎の想いを歌った曲。ハネるようなリズムに乗ったピーター・ウルフの歌声も心地よいです。
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