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2021年6月11日 (金)

伴名練「なめらかな世界と、その敵」早川書房

うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た。
  ――なめらかな世界と、その敵

「そんな風に俺たちの物語を終えられたら、どれだけ簡単だっただろう!」
  ――美亜羽へ贈る拳銃

私は、姉様と二度と面と向かい合わずに済む、それだけで心底、安らかな気持ちです。
  ――ホーリーアイアンメイデン

「我らソヴィエトの人工知能――『ヴォジャノーイ』は、技術的特異点を突破した」
  ――シンギュラリティ・ソヴィエト

「卒業生二人しかいないんだから」
  ――ひかりより速く、ゆるやかに

【どんな本?】

 「アステリズムに花束を」収録の「彼岸花」や「伊藤計劃トリビュート」収録の「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」で広く深いSFへの愛と知識そして圧倒的な発想力で多くのSFファンに衝撃を与えた新鋭SF作家・伴名練による、初のSF作品集。

 誰もが幾つもの世界を渡り歩く世界を舞台に二人の少女の再会から始まる表題作「なめらかな世界と、その敵」、いきなり「そっちかよっ!」と突っ込みたくなる「ゼロ年代の臨界点」、伊藤計劃「ハーモニー」へのトリビュートながらドンデン返しの連続に翻弄される「美亜羽へ贈る拳銃」など、SFおよび短編小説の面白さが詰まった傑作ぞろい。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019で堂々のトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年8月25日初版。私が読んだのは2019年9月10日の5版。爆発的な売れ行きです。単行本ハードカバー縦一段組み本文約295頁。9ポイント43字×21行×295頁=約266,385字、400字詰め原稿用紙で約666枚。おお、獣の数字だ。文庫ならやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。「ゼロ年代の臨界点」と「ホーリーアイアンメイデン」はワザと昔風の文体を使っているが、不思議なほどスラスラ読める。けっこう凝ったSFアイデアを使っているんだが、説明がアッサリしているのは好みが別れるところ。もちろんマニア向けのイースター・エッグはドッチャリ埋まってます。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

なめらかな世界と、その敵 / 稀刊 奇想マガジン準備号 カモガワSFシリーズKコレクション2015年12月
 架橋はづきは、登校していきなり担任の剣崎に呼び出される。小学生の頃に仲が良かった厳島マコトが転校してくる、事故に遭って体に影響が残っているので支えてやってくれ、と。三年ぶりに再会したマコトはかたくなに心を閉ざし、部活にも入らないと言う。下校時にはづきは警官の須藤淳に呼び止められ、マコトを事故に巻き込んだ犯人がマコトを狙っている、と…
 出だしから、あり得ない風景。いや舞台は普通の現代日本だし、主人公の架橋はづきも普通の高校生だ。ところが、彼女を取り巻く風景や状況が、「うだるような暑さ」なのに「雪景色」だったり、雑誌を読んでいる父の命日が今日だったり。ロバート・チャールズ・ウィルスン「ペルセウス座流星群」収録の「無限による分割」と似たアイデアを使いながらも、鮮やかに仕掛けを逆転している。
ゼロ年代の臨界点 / Workbook93 ぼくたちのゼロ年代 京都大学SF幻想文学研究会 2010年8月
 初めて読んだのは「年刊日本SF傑作選2010 結晶銀河」。てっきり評論か、と思ったら、出だしから見事にハズされたw 詳しくは述べません。じっくり、著者の騙りに翻弄されよう。
美亜羽へ贈る拳銃 / 伊藤計劃トリビュート 京都大学SF幻想文学研究会 2011年11月
 神冴家は神冴脳療を仕切っている。だが神冴家の次男、神冴志恩は家を出て東亜脳外を設立し、急速に業績を伸ばしている。その原動力は養女の美亜羽。彼女の卓越した頭脳に目をつけた志恩が養女にしたのだ。神冴家の三男、実継は、偵察を兼ね志恩の結婚披露宴に潜り込む。そこで実継は初対面の美亜羽から…
 伊藤計劃「ハーモニー」へのトリビュート。エキセントリックなヒロイン美亜羽と、財閥の三男ながら自称凡庸な実継の二人を軸に、脳に作用して感情を操る技術を絡め、二転三転する物語が展開する。改めて考えると、「敵は海賊」シリーズのアプロの能力って、凶悪でもあるけど使い方によっちゃ役に立つんだなあ。もっとも、真面目に仕事をこなすアプロって想像できないけど。
ホーリーアイアンメイデン / 年刊SF傑作選91~99を編む パイロット版 カモガワSFコレクションKシリーズ2017年12月
 時は太平洋戦争のさなか。本庄鞠奈は、不思議な力を持っていた。彼女に抱きしめられた者は、ガラリと人が変わって善人になる。泣き叫ぶ子供、手の付けられない悪餓鬼、そして凶悪犯罪の常習者まで。そこに目をつけた陸軍は、宗像清一大尉を派遣し、彼女の能力を調べ始める。
 妹の琴枝から姉の鞠奈に宛てた手紙の形で語られる作品。ベルナルドーレは、たぶんアッシジのフランチェスコ(→Wikipedia)だろう。それが示すように、アントニイ・バージェス「時計じかけのオレンジ」同様に、善悪と自由意志の葛藤をテーマとしている。ただし、語り手を日本人とするなど、扱い方はキリスト教と大きく違うけど。
シンギュラリティ・ソヴィエト / 改変歴史アンソロジー パイロット版 カモガワSFコレクションKシリーズ2018年5月
 冷戦のさなか。ニール・アームストロングを船長とする着陸船が降り立った月には、スターリンの銅像があった。ソ連は西側に先立って人工知能『ヴォジャノーイ』を創り上げ、技術的特異点を突破していたのだ。
 人類の知能を遥かに超える知性に世界を任せたら、そりゃ「この世で起こっていることの半分は人間の理解が及ばぬ事態」になるよなあ。とはいえ、「労働者現実」や「党員現実」なんてのは、やっぱりソ連だったり。大通りを這う大勢の赤ん坊や警備用のレーニンなど、ソ連らしい悪趣味が雰囲気を出してる…と思ったら、結末は更にイカれた事態に。
ひかりより速く、ゆるやかに / 書き下ろし
 私立紀上高等学校第四十七期生の卒業生は、伏暮速希と薙原叉莉の二人だけ。他の者は、修学旅行から帰ってこない。乗った新幹線が、事故に遭った。乗員も乗客も、生きてはいる。ただ、我々とは全く異なった時間の中で。新幹線で1秒過ぎる間に、世界は二千六百万秒=約三百日も過ぎてゆく。
 時間事故に遭った同級生と、取り残された二人。彼らをめぐる社会の騒ぎは、かつての筒井康隆が描く騒動と似ていて、いかにもありそうな猥雑さに溢れている。が、全体を漂う雰囲気としては今風の若者らしい清潔感が漂うのは、芸風の違いか時代の変化か。梶尾真治の「美亜へ贈る真珠」を思わせる涙が流れる場面もあるんだが、このアレンジはヒドスw

 スレたSF者たちは、膨大に隠されたイースター・エッグを話題にする。そのためマニア向けの芸風と思われがちだが、とんでもない。確かにSFガジェットを駆使してはいるが、ドラえもんで育った今の若者には日常の風景だろう。なにより、登場人物の多くが若者であり、また若者らしい疎外感や勢いそして潔癖さを備えている。ハードカバーだけど、良質なジュブナイルの清廉で少し苦い味わいを備えた、「小説の楽しさ」に溢れる作品集だ。

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