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2021年6月21日 (月)

J・J・アダムス編「パワードスーツSF傑作選 この地獄の片隅に」創元SF文庫 中原尚哉訳

アーマーを装着し、電源を医いれ、弾薬を装填せよ。きみの任務は次のページからだ。
  ――イントロダクション

【どんな本?】

 パワードスーツをテーマとした作品23編を集めたアンソロジー Armored から、12編を選び訳した短編集。

 ミリタリーSFの売れっ子ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」,ヤクザの抗争を扱うカレン・ロワチー「ノマド」,オーストラリアを舞台としたスチーム・パンクのデイヴィッド・D・レヴァイン「ケリー盗賊団の最後」,狂乱の戦場で人の認識が変容してゆくアレステア・レナルズ「外傷ボッド」など、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Armored, 2012。日本語版は2021年3月12日初版。文庫で縦一段組み本文約350頁に加え、岡部いさくの解説7頁。8.5ポイント41字×18行×350頁=約258,300字、400字詰め原稿用紙で約646枚。文庫としては少し厚め。

 文章はこなれている。今世紀のSFアンソロジーだけあって、ガジェットはバラエティ豊か。とはいえ、アニメのガンダム・シリーズが楽しめる人なら、充分についていけるだろう。

【収録作は?】

 作品ごとに解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 の順。

ジョン・ジョゼフ・アダムズ / イントロダクション / John Joseph Adams / INtroduction
ジャック・キャンベル / この地獄の片隅に / Jack Campbell / Hel's Half-Acre
この小隊はヘル軍曹にちなんで“地獄の片隅”と名のっている。中尉はしょっちゅう代わる。まっさら新品の軍服でやってきて、まもなく死体専用チューブに入って去る。
 ヘル軍曹が率いる重機械化歩兵の小隊は惑星ニッフルハイムでカナリア族と睨み合う。一か月前に降下して以来、ずっとアーマーにはいったまま。強力な腐食性ガスの大気は兵を溶かしてしまう。たまに来る士官は、たいていすぐ戦死する。今日はカローラ中尉が来た。しかも数人の副官を率いたマクドゥーガル将軍を連れて。
 パワードスーツの必然性がよくわかる作品。真空や有害な大気中で人間が活動するには宇宙服が要る。呼吸用の酸素の循環や温度調整の機能も必要だし、そのためのエネルギーも。となると相応の重さになる。動きやすいように、筋力を補う機能もつけよう。もち、制御用のコンピュータやセンサーも。パワーがあるなら、重いモノ、例えば銃器や弾薬も持てるよね…と、宇宙服が進化すると、パワードスーツになってしまうのだ。
ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン / 深海採掘船コッペリア号 / Genevieve Valentine / The Last Run of the Coppelia
船を下りたら――アルバはべつのだれかのものになる。考えると胸が痛んだ。
 コッペリア号はミネルバ星の海で藻などを採り稼いでいる。メカは水中の活動に適していて、腕と指は長く水かきがあり足は短い。その日、ジャコバは海に落ちた不審な物を拾う。メカの部品かと思ったが、データドライブだった。中のデータはとんでもないシロモノで…
 海が舞台なだけに、登場するパワードスーツはズゴックみたいなズングリムックリかつ短足手長。やっぱり人間が活動しにくい環境だとパワードスーツに説得力が出るなあ。ただし使っているのは小さい民間の採掘船で、船員も曰くありげな連中ばかり。採算が苦しい辺境の民間企業が使い古したメカをだましだまし動かしてる雰囲気がよく出てる。
カリン・ロワチー / ノマド / Karin Lowachee / Nomad
「ラジカルは鉄壁の防御をしているつもりでいるけど、あくまで機械だ。機械にはかならず脆弱性がある」
 ラジカルは人間と共に成長する。マッド&トミーはトラ縞のナンバー2と見込まれていたが、ギアハート縞との抗争でトミーが死んだ。トラ縞には単身の人間ディーコンがいるが、マッドは再融合する気はない。縞を去り無所属となってどこかへ行くつもりだ。
 軍→辺境のサルベージ船ときて、次はヤクザの抗争物。出入りで相棒を失ったラジカル(パワードスーツ)の視点で語られる物語。まるきし高倉健が演じる東映ヤクザ映画の世界なのに、語り手がメカというミスマッチが楽しい。
デヴィッド・バー・カートリー / アーマーの恋の物語 / Davvid Barr Kirtley / Power Armor : A Love Story
「僕は未来から来ました」
 優れた発明家として名高いアンソニー・ブレアはめったに人前に出ず、決してアーマーを脱がない。過去は謎に包まれている。そのブレアが邸宅を買い、パーティーを開いた。多くの名士が駆けつける中、ブレアは一人の女と話し込む。ミラ・バレンティック博士。彼女にも秘密があった。
 アーマーSFでもあり、引用からわかるように時間SFでもある。アーマー装着時の飲食というか栄養補給はどうするのかって問題の解は色々あるが、この作品の解は酷いw 某有名ホラー映画を思い出しちゃうじゃないかw
デイヴィッド・D・レヴァイン / ケリー盗賊団の最後 / David D. Levine / The Last of the Kelly Gang
「甲冑を四つつくってほしい」
 19世紀、開拓時代のオーストラリア。アイク老人は変わり者で一人暮らしだ。そこにケリー盗賊団が押し込んできた。甲冑を四つ作れ、と。連中が持ち込んだ図面のままじゃ使い物にならない。重くて動かせない上に、銃弾は防げない。だが動力を付けたら? 技術者の血が騒ぎだしたアイク老は問題に取り組み始め…
 ネッド・ケリーは実在の人物(→Wikipedia)。時代が時代だし、実在の人物が出てくるあたり、気分はスチームパンク。嫌がっていても、問題が示され解決法が思い浮かぶと、とりあえず試してみたくなるアイク老のハッカー魂が上手く書けてるw ネタバレだがアイク老はこちら(→Wikipedia)。
アリステア・レナルズ / 外傷ボッド / Alastair Reynolds / Trauma Pod
彼らが守ろうとしているのは俺ではない。
 最近、敵味方のメカの一部が暴走しているらしい。そこで深部偵察に出たケイン軍曹は負傷し、野戦医療ユニットに収容される。応急処置で右脚を切断したが、脳内出血の手当はこれから。周囲は敵に囲まれ、しばらくは脱出できない。タンゴ・オスカー基地のアナベル・ライズ医師が遠隔操作で治療を担当してくれている。
 野戦医療ユニットKX-457、最初の応急処置から遠隔で脳外科手術まで操作できる上に、索敵・移動・敵の排除までこなしちゃうあたり、医療ユニットというより移動陣地と言っていいぐらいの優れもの。なんて素晴らしい、と感心していたら…。ケイン軍曹の意識が少しづつ変わっていくあたりの描き方が実に見事で、スンナリとオチへと読者の思考を導いていく。
ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナー / 密猟者 / Wendy N. Wagner & Jak Wagner / The Poacher
『承認しますか?』
 人口の八割は地球を出て火星や宇宙ステーションに移り住んだ。閉鎖ドームが完成する前の月で育ったカレンは、常に生体機械スーツを着た暮らしに慣れている。幼い頃に母星見学旅行で見た野生の風景に惹かれ、カレンは自然保護官を志す。最も優れた実績を誇る自然保護官のハーディマンと同じチームで働くカレンは、密漁船を見つけた。
 パワードスーツに付き物なのが、管理するAIと体調や精神を調整するための薬物投与。この作品ではAIというより、少々お節介なOSという感じ。舞台背景はもう少し複雑で、人類と生態が似たエイリアンシルク類が絡んでくる。冒頭、貿易封鎖で月が困窮する描写は、なかなかの迫力。
キャリー・ヴォーン / ドン・キホーテ / Carrie Vaughn / Don Quixote
「こいつは戦争を終わらせるかもな。ドン・キホーテ軍団にはだれも対抗できない」
 1939年、内戦末期のスペイン。従軍記者のハンクとジョーは、フランコ軍の部隊が蹂躙された跡を見つける。そこから伸びている一組の履帯の轍を辿ると、戦車に似た戦争機械と二人のスペイン兵に出会う。スペイン兵は自信たっぷりに戦争機械をドン・キホーテ号と呼ぶ。
 いかにドン・キホーテ号が優れていようと、補給も援軍も期待できない状況では逆転は無理だろう。そこを見越して商売を考えるあたりは、いかにもビジネスの国アメリカらしい。「ドイツがこれを知ったらどうなるか」の懸念が、既に手遅れだったのはグデーリアンの快進撃が示している。それを考えると、この結末はひたすら苦い。
サイモン・R・グリーン / 天国と地獄の星 / Simon R. Green / Find Heaven and Hell in the Smallest Things
「この惑星は巨大なジャングルにおおわれている。そのすべてが人間を攻撃する」
 アバドン星は植物に覆われている。焼き払っても植物はすぐに蘇り、人を襲う。ドローンとロボットが守る第一基地は植物に覆われた。第二基地には人間が居たが、皆いなくなった。原因は不明。そこで第三基地を起点にテラフォーム施設を守るため、ハードスーツ着用の12人が送り出される。
 前人未到の異星で先遣隊が消息を絶つ、SFの定型に沿った作品。いやルーツを探ると、少なくとも17世紀にはシェイクスピア「テンペスト」が見つかるんだけど。主人公ポールとハードスーツのAIの関係が、けっこう捻ってある。
クリイスティ・ヤント / 所有権の転移 / Christie Yant / Transfer of Ownership
男は彼女を殺した。わたしはそれを止められなかった。
 わたしはカーソン専用につくられている。男がカーソンを殺し、わたしを奪おうとした。男はわたしを使おうと色々試すが、なかなかうまくいかない。一部の手動操作方法は見つけたようだが、音声命令は知らないようだ。私の存在を知られてはいけない。
 語り手は、ならず者に強奪されたスーツ。粗野で冷酷で身勝手で衝動的、まるきしケダモノなならず者と、そんな屑に抗おうとするスーツの頭脳戦を描く掌編。
ショーン・ウィリアムズ / N体問題 / Sean Williams / The N-Body Solution
ここではだれもが遭難者だ。
 ループは一方通行のワープゲート網で、建設者も原理も不明。ここハーベスター星系はループの163番目で終着駅だ。送り側ディスクはあるが、機能しない。故障か、そういう仕様なのか、多くの科学者が調べたが、何もわかっていない。ハーベスター星系には複数の知的種族が居る。到着施設から出たアレックスは、バーでメカスーツを着たアイと名のる地球法執行局の女と出会う。
 ループ,具体,メカスーツと、SFガジェットは盛りだくさん。エイリアンもうじゃうじゃ出てくるけど、別に人類と特にいがみあってはいない様子。一方通行なのにループとはこれいかに。
ジャック・マクデヴィット / 猫のパジャマ / Jack McDevitt / The Cat's Pajamas
それじゃない。彼女だ。
 二秒弱の周期でビームを発するパルサーに近いオシレーション・ステーションには、三人の物理学者と仔猫のトーニーがいた。操縦訓練生ジェイクと教官ハッチンズは支援船カパーヘッド号で訪れるが応答がない。事故で壊滅し生き残りはトーニーだけ。パルサーの強烈なビームを防げるゴンゾスーツは一着だけで、人が着たら猫が入る余裕はない。
 エアロックを出入りできる宇宙服は一着だけ。人と猫が一緒に入るのは無理。では猫を救い出すか否か。ここで言い争いにならないあたり、落ち着いて見えるジェイクも実はw ギリギリのサスペンスが続く状況だってのに、猫らしくマイペースなトーニーが、見事に緊張感を削いでくれますw

 売れっ子だけあって、ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」は手堅くまとまっている。カリン・ロワチー「ノマド」はパワードスーツと東映ヤクザ映画路線のミスマッチが楽しい。ニワカ軍ヲタとしてはキャリー・ヴォーン「ドン・キホーテ」の苦さが染みる。猫好きにジャック・マクデヴィット「猫のパジャマ」は必読。

 そんな中で最も気に入ったのはアリステア・レナルズ「外傷ボッド」。主人公ケイン軍曹の自意識が次第に変わってゆく様子は、SFの醍醐味を凝縮した感があって、クラクラする酩酊感が味わえた。

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