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2021年5月23日 (日)

ピーター・トライアス「サイバー・ショーグン・レボリューション 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

「一人目の殺しを憶えているか?」
  ――上巻p58

「イナゴ號は裏切らない」
  ――上巻p181

「それが特高だ」
  ――上巻p235

「わたしがメカパイロットとして研鑽を積んできたのは、この国を守るためだ。権力欲にまみれた政治結社の死刑執行人になるためではない」
  ――下巻p114

「革命をお楽しみだろうか」
  ――下巻p206

「事件の真相と、現場でくだる命令は乖離しているものだ」
  ――下巻p220

【どんな本?】

 アメリカの若手SF作家ピーター・トライアスによる、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」「メカ・サムライ・エンパイア」に続く、歴史改変ロボットSF三部作の完結編。

 第二次世界大戦は枢軸側が勝利する。北米は東部をナチス・ドイツ、西部を日本が支配し、沈黙線を境に睨み合っていた。

 そして2019年。多村総督の腐敗と横暴に対し、山崗将軍率いる<戦争の息子たち>は決起する。メカパイロット守川励子も革命に加わり、一時は危機に陥ったものの、親友の嶽見ダニエラに窮地を救われた。革命は成功し、守川も功績を認められ教育省の指揮をまかされたのも束の間、伝説のナチスキラーと呼ばれるブラディマリーを追うため特高との連絡役に指名される。

 特高の若名ビショップは国境近くの郊外の倉庫を捜索中、ナチスが遺した異様な実験の跡を発見する。上司の槻野警視監に報告したところ、陸軍との協力を命じられた。

 かくして陸軍のメカパイロット守川と特高の課員である若名は、共にナチスの影を追って捜査に当たるのだが…

 ワザと勘違いした日本趣味、謎の凄腕ブラディマリーの目的と正体の謎、歪な体制とその元で生きる人々、そして暴れまわる巨大ロボットを描く、娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Cyber Shogun Revolution, by Peter Tieryas, 2020。日本語版は2020年9月25日発行。文庫の上下巻で縦一段組み本文約267頁+247頁=514頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント40字×16行×(267頁+247頁)=約328,960字、400字詰め原稿用紙で約823枚。文庫の上下巻としてはやや薄め。

 親しみやすく読みやすい文章ながら、「機界」などの微妙にズラした言葉遣いが絶妙の味を出している。漢字って素晴らしい。ロボットSFとしては、世界観がガンダムでメカはマジンガーZな感じ。つまり科学・工学方面をあまし突っ込んではいけない。そしてもちろん、「軍事用ならバラエティを揃えるより同一規格で量産した方が云々」なんて野暮は厳禁。だって色んなロボットが次々と出てくる方が楽しいじゃないか。

 三部作であり、時系列も飛び飛びながら直線的につながるシリーズだが、著者は「どこから読んでも大丈夫」と言ってる。実際、この作品だけを読んでも、充分に楽しめる。私は尻上がりに面白くなる、つまり本作が最も楽しめた。たぶん、ロボット・バトルの場面が多いからだろう。

【感想は?】

 サイバー・ショーグン・レボリューション? なんか胡散臭いタイトルだなあ、と思ったら、その勘は当たってる。

 ある意味、ニンジャスレイヤーと似たテイストで、「わかった上で勘違いした日本趣味」が盛りだくさん。やたら悪趣味で人が死にまくるのも忍殺と同様。ただ、それと同時に、大日本帝国とナチス・ドイツ双方の体制を、思いっきりデフォルメした社会にし、腐った権力構造を綺麗事で取り繕った世界にしたことで、シリアスなグロテスクさを漂わせる反面、ギャグは控えめ。

 そしてもちろん、ニンジャスレイヤーとの最大の違いが、巨大ロボットだ。もち、人が乗り込んで操縦する。「そんなん戦術的に何の意味が」とか言っちゃいけません。だってカッコいいじゃん。

 そんな訳で、私がまず気に入ったのはストライダー號。この「號」って字を充てるのも訳者のノリとセンスを感じる。ゲッターロボかよw 二足歩行ながら、完全な人型じゃないのもいい。ストライダー號は頭に「クワガタムシのような二本の角」で、主な得物はブーメランって、ガラダK7(→ピクシブ百科事典)かい。マジンガーZじゃやられメカの印象が強いが、本作じゃどっこい頼りになる存在感を示してくれる。

 訳に話を戻すと、他にも細かい所で「日本ぽいけど微妙に違う」雰囲気を出す訳者の気遣いが嬉しい。メートルを米、キロメートルを粁としたり。これは著者もそうで、決起参加者が四十七人とか特高の銃(たぶん拳銃)が南部式とか「福沢諭吉高校」とか。「銭湯」なんて、健康ランドを金満ハリウッドが日本人経営者のもとでアレンジしたら、確かにあんな感じになりそうw

 そんな日本と睨み合うのはナチス・ドイツ。国が違えば設計思想もデザインも違う。ナチス側のメカとくれば、前回の気色悪いボスがワラワラと集団で襲ってくるのもお約束。当然、こっちの側も対抗手段を用意してるし、互いに相手の手口をパクり合うのも軍備競争の常。今回出てくる「嫌らしい新兵器」レギオンも、ロボット好きならムカつくこと請け合い。

 最初に出てくるイナゴ號の電磁銃やアヌビス級の薙刀、そして終盤で暴れまわるシグマ號の「鼻」は許せるけど、こういうのは、なんか腹立つんだよなあ。なんでだろ? あ、もちろん、敵のメカの色は赤です。そして忘れちゃいけない、軍用メカには必須のお約束装置が。アレ何の役に立つのかと思ってたら、そういう使い方するのかw

 対してナチス側は生命工学に長けているようで、そっち方面で「ドイツの科学は世界一~ィィィ!」な人も、ちゃんと出てくるんだが、あまし出番がないのは残念なところ。もっとマッドな活躍をして欲しかったなあ。いやその研究は充分に正統なんだけど、手段がマッドなんだよね。こういう、研究のためなら手段を選ばないキャラって、大好きだ。

 まあ日本側もバイオ技術を使ってるんだけど、特に民間だと、あっちの方向に突っ走るあたりが、いかにも日本だよなあ。

 対照的といえば、日本・ドイツいずれも社会は歪んでいながら、歪み方が微妙に違うのもよく分かってらっしゃる。これは人の名前の付け方によく現れてて。長い間、周辺国として世界的には埋もれた立場ながら、20世紀に入ってアジアのボス面し始めた日本と、常に権力闘争が絶えない欧州史の中で充分な存在感を示し続けてきたドイツとの違いなのかな?

 シリーズ物のお楽しみとして、懐かしい面子が顔を出すのも嬉しいところ。USJ で活躍した特高の槻野昭子は順調にキャリアを重ね、若名ビショップの上司として上巻からクールに再登場。

 これが下巻も後半に入ると、MSE で対抗ヒロインを務めた橘範子が大西範子少佐となって再登場。「好都合です」なんて台詞に現れた本性を、優等生っぽい見かけで巧みに隠しおおせた…ようなんだけど、終盤の修羅場じゃ地が出たようでw やっぱり血が騒ぐんだろうなあ。そして、大西少佐の次に登場する謎のパイロットも…いや、初登場場面から割れてますがなw

 そんな決戦バトルに水を差す、いかにも「軍政志望です」な飯干大佐も、この作品に欠かせない味を代表する、小役人的な小悪党。

 細かい点ばかりを書いちゃったけど、本作の主軸は守川と若名がブラディマリーを追ううちに見えてくる、USJ 世界の隠された真の姿だ。表向きは綺麗事に溢れているが、歓楽街などに潜り込めば剝き出しになった欲望が吹き上げている。つまりはタテマエとホンネの剥離だ。飯干大佐は小物だからこそ、等身大の実感しやすい形でヒトの愚かさを体現する人物でもある。

 では、将軍や総督と祭り上げられる者はどうなのか。

 などと世界観を掘り下げるのもよし、ワザと勘違いした日本趣味に苦笑いしてもよし、そしてもちろんド派手なロボット同士のバトルに興奮してもよし。ダークな世界設定の中でロボットの肉弾戦が楽しめる娯楽SF作品だ。

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