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2021年5月31日 (月)

スティーブ・コール「シークレット・ウォーズ アメリカ、アフガニスタン、パキスタン三つ巴の諜報戦争 上・下」白水社 笠井亮平訳 2

パキスタン陸軍参謀長アシュファク・キヤニ「アフガニスタンをコントロールしようなどと考えを望んではいけません。アフガニスタンをコントロールしようとする者は、歴史を知らないのです。それができた者は誰もいないのですから」
  ――第20章 新たなボス

 スティーブ・コール「シークレット・ウォーズ アメリカ、アフガニスタン、パキスタン三つ巴の諜報戦争 上・下」白水社 笠井亮平訳 1 から続く。

【どんな本?】

 ブッシュ政権から受け継いだオバマ政権は、アフガニスタンへの深入りを避け兵数の削減を求めるが、パキスタンのワジリスタンを根城とするタリバーンの掃討は遅々として進まない。パキスタンでは反米の気運が盛り上がりTTP(パキスタン・タリバーン運動)など過激派が勢いを増し、実質的に権力を握る軍への不信感が高まってゆく。そしてアフガニスタンのハーミド・カルザイ大統領は、アメリカへの信頼を次第に失いつつあった。

 混迷を続けるアフガニスタンの状況を緻密に伝える、迫真の政治・軍事ドキュメンタリー。

【感想は?】

 ブッシュJr政権時代を描いた上巻に続き、下巻ではオバマ政権が登場する。なんとか米軍を撤退させたいオバマ政権だが…

パキスタン陸軍参謀長アシュファク・キヤニ「いまのやり方では、(アフガニスタン)南部は回転ドアのようになってしまう事でしょう――NATOが入っては出て行き、タリバーンが入っては出て行く、という具合に」
  ――第20章 新たなボス

 と、パキスタンの事実上の最高権力者はなんとも不吉な予言をしていて、実際その通りになってるんだよなあ。しかも、派兵の負荷はどんどん膨れ上がってゆく。

「われわれ(アメリカ)の活動には年間600億ドルがかかっているが」「連中(タリバーン)は年間6千万ドルでやっているではないか」
  ――第22章 国民にチャンスを与える戦争

 そもそも、トップの姿勢が、どうにも煮え切らない。

オバマはアル・カーイダの解体をなんとしてでもやり遂げる考えであり、アフガン政府と同国治安部隊に権限を委譲する取り組みについても支持していた。しかしオバマは、タリバーンの打倒を目的とする軍事ミッションを推進するつもりはまったくなかった。
  ――第22章 国民にチャンスを与える戦争

 オバマの目的はアル・カーイダであって、タリバーンはどうでもよかった。そもそもブッシュJrが戦争を始めた理由もアル・カーイダだったがら、まあ理屈は合ってるんだが。とはいえ、人様の国を勝手に荒らしまくって後は知らん、ってのも酷い話だ。熱心に会合を続けるが…

ヒラリー・クリントン国務長官「われわれにはパキスタン戦略もなければ和解に向けた戦略もありません。ただ議論とプロセスを続けているだけなのです」
  ――第25章 キヤニ2.0

 はいはい、よくあるね。続いているから続けてる、そんなお仕事。あなたの職場にもありませんか? それに対し、現場の意見は…

米マレン海軍大将「カンダハールにはびこる腐敗の大半を一掃し、正当性を備えた政府機構をつくり上げることをしなければ、現地のガバナンスを改善することはできないでしょう」
  ――第26章 人命と負傷者

 実際問題として、欧米軍はタリバーン相手に戦ってる。そしてタリバーンがはびこるのは、現地の統治機構がグダグダだからだ。まるきしベトナム戦争そのもの。戦場となった国の経済を大きく変えちゃってるのも、ベトナムと似てる。

アフガニスタンで「アメリカが腐敗の最大の供給源になっているのです」(ロバート・)ゲイツ(国防長官)が続けた。アフガニスタンでの業務委託契約額はアヘンやヘロインの取引額よりも大きくなっているのですから
  ――第27章 キヤニ3.0

 そしてもちろん、軍事的にも似てるからタチが悪い。対タリバーン戦は実質的にゲリラ戦だ。欧米の正規軍に対し、敵は正面切った戦闘は仕掛けない。即席爆弾などのテロで、ジワジワと体力を奪う作戦に出てる。そして…

これまで記録に残っている限りにおいて、ゲリラが国境を越えたずっと先に聖域を持っている場合に反乱鎮圧作戦が成功したためしはない
  ――第26章 人命と負傷者

 いくら敵の正面戦力を叩こうと、ヤバくなったら敵は逃げて聖域にズラかってしまう。ベトナム戦争の場合、聖域は北ベトナムだった。アフガニスタンだと、パキスタン領内のワジリスタンが聖域。そういえばイラクのスンニ派はイランが聖域だなあ。話を戻すと、タリバーンを叩くにはパキスタンの協力が必要なんだが…

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「アメリカにはあと100年はいてもらいたいが、このやり方[反乱鎮圧作戦]では成功するわけがない。戦争の本当の相手はパキスタンなのだから」
  ――第26章 人命と負傷者

 パキスタンも連邦直轄部族地域には手をこまねいているし、カシミール紛争などの関係で、ナアナアの関係をズルズルと続けている。カルザイもそれが判ってて、パキスタンに対し毅然と対応しないアメリカに苛立ちを募らせてゆく。そりゃそうだよね。

 この辺を読んでて驚くのが、パキスタンのISI(三軍統合情報局)のトップとアフガニスタン大統領が堂々と直接話し合ってて、それがオープンになってること。日本の首相とCIAのトップの話し合いがバレたら、どんな騒ぎになることやら。でも外交の世界って、そんなモンなのかな。そのISIは…

「われわれに知られずにタリバーンと対話を継続できるなどと考えるのは身のほど知らずですよ」(ISI長官のアフマド・)パシャは(CIAイスラマバード長官のジョナサン・)バンクに言った。
  ――第27章 キヤニ3.0

 と、堂々と開き直る始末。これはカルザイも認めてて…

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「パキスタンとの協力なしに、アフガニスタンに安定をもたらす方法を見つけ出すことができますかな?」
  ――第29章 ドラゴンブレス弾

 前の記事にも書いたが、パキスタンの基本姿勢はインド憎し。特ににらみ合いが続くカシミールじゃ過激派組織LeTにISIが下請け仕事をやらせたり。アメリカとしてはソコをなんとか躱しつつ、アフガニスタン問題には協力させ、まっとうな中央政府を樹立したいところだが…

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「いま(アフガニスタンに)あるのは、下請けの政府です」
  ――第29章 ドラゴンブレス弾

 このあたりだと、カルザイは神経衰弱っぽい状態のように書かれているけど、こういう言葉を拾っていくと、かなり冷静かつ正確にアフガニスタンおよび自分の立場を把握しているように思う。もっとも、それをハッキリ言っちゃうのは、政治家としてどうかな、とも感じる。根拠はなくても自信ありげに振る舞った方が、人気は出るんだよな。

 そうこうしている間に、アメリカがアフガニスタンに派兵した本来の目的、ビン・ラディンの殺害に成功する。マスコミはパキスタンに無断で襲ったように報じてるし、本書もそれを裏付けている。その理由はお察しの通り、ISI経由で情報が漏れるのを恐れたため。結果としてパキスタンのメンツっは丸つぶれになり、パキスタン世論も沸騰する。その理由は…

パキスタン世論のかなりの部分、いやほとんどすべては、ISIがビン・ラディンをかくまっていた可能性よりも、ネイビーシールズが当局に気づかれずに国境を越え、パキスタンに侵入することができたという事実に憤慨していたのである。
  ――第30章 殉教者記念日

 ISIの役立たず、防空体制はどうなってる、そういう怒りだ。日本でもベレンコ中尉亡命事件(→Wikipedia)ってのがあって、大騒ぎになった。

 などの混迷を深めつつ、物語は終盤へと向かう。アフガニスタンは相変わらず不安定で、アメリカのトランプは増派を断念し、パキスタンは中国への接近を図る。最近のニュースを見ると、アメリカはインドとの関係を深めているから、アフガニスタン問題は更に厄介な事になりそう。もっとも、悪い事ばかりじゃない。

経済規模については、2001年に約25億ドルだった推定GDPは2014年に約200億ドルとなり、10倍近い成長を遂げた。小学校の入学者数は5倍になった。(略)人口は約50%増加して3000万人に達したが、その一因は成長する経済や平和の可能性に魅力を感じた難民が数百万人規模で帰還したことだった。
  ――第35章 クーデター

 タリバーンも自称イスラム国に兵を奪われたりと、一時期に比べれば勢いに陰りが出ているものの、アフガニスタン全体で見ると、やっぱり政府が弱体なのにかわりはない。バイデン大統領になってどうなるのか、というと、やっぱりあまし期待できないんだよなあ。

 全体としては、登場人物が異様に多く、それだけ問題の複雑さが良く現れている。中でもアメリカ人が異様に多いのは、それだけアメリカの姿勢が一貫してないってことでもあるし、アメリカ政府・軍・CIAの人事異動の激しさも感じさせる。それが選挙で定期的に人が入れ替わる民主主義の定めでもあるんだが、相手国にとっては人と方針がコロコロと変わるわけで、何かとやりにくいんじゃなかろうか。

 他にもCIAが無人機を操縦してたりと、拾い物のネタは多かった。あくまで事実のルポルタージュなだけに、中身は複雑だし煮え切らない話も多い。なにより現在も進行中の話なだけに、結末も尻切れトンボだが、それだけにリアリティもある。質量ともに、重量級のドキュメンタリーだ。

 以降、気になったエピソードをつらつらと。

【ミステリ】

 「第32章 アフガン・ハンド」と「第33章 殺人捜査課」は、ミステリとしても面白い。

 きっかけは、アフガニスタンの警官や兵士による欧米将兵殺しが増えたこと。欧米の将兵にすれば、仲間から撃たれるわけで、たまったモンじゃない。その原因を巡って、この2章は展開する。

2010年までに、(ジェフリー・T・)ボーデン(少佐)は憂慮すべきある傾向を非常に詳しく把握するようになっていた。米軍や欧州の兵士が、友軍でああるはずのアフガン国軍兵士に殺害される事案が急増していたのだ。
  ――第32章 アフガン・ハンド

…米欧の兵士に対する部隊内での殺害事案の発生頻度は、アフガニスタン戦争の最初の10年と比べて10倍にもなった…
  ――第33章 殺人捜査課

 これを調べ始めるジェフリー・T・ボーデン少佐は心理学者で、原因は文化の違いだとする報告を出す。いささか米軍には都合の悪い報告だ。ってんで報告書は非公開扱いになり、ボーデンは軍からもお祓い箱になってしまう。「俺の学説を認めさせてやる」と意地になった彼の行動は、学者の執念が滲み出ていて、思わず笑ってしまった。

 実際、ここで露わになった米欧将兵の振る舞いは、「アメリカン・スナイパー」が描くイラクでの米兵の振る舞いと同じで、そりゃアフガニスタン人の神経を逆なでするよ、と納得してしまう。こういう現地の人をナメた姿勢は「レッド・プラトーン」や「アフガン、たった一人の生還」にも漂ってた。

 なんでナメるかね。アフガニスタン人はロシア人を叩きだしたんだぞ。米軍は、むしろ教えを乞うべきだろうに。

 …と、読者がボーデンの説に入れ込んだところで、新しい探偵として司法精神医学者のマーク・セージマンが登場し、別の角度で分析を進めていくあたりは、ミステリとしてなかなか楽しい。また、アフガニスタン人がタリバーンに入る動機も幾つか出ていて、中には絶望的な気分になるケースも。

 それはともかく、セージマンのこの説は、おお!と思ったり。

…ソ連の影響を受けた共産主義であれ、タリバーンであれ、あるいはイスラーム国であれ、敵側に寝返るという個人の行為は往々にして帰属意識によるものであり、イデオロギーではないというのが(司法精神医学者のマーク・)セージマンの結論だった。
  ――第33章 殺人捜査課

 これ、寝返りだけじゃなく、カルト宗教や過激派に入る動機としても、大きいんじゃないかなあ。何回かカルトから勧誘された事があるけど、連中、やたら馴れ馴れしいんだよね。あれ、「キミはボクたちの仲間だ」と帰属意識を与えるためなんだろう。

【ジョー・バイデン】

 意外な人物の意外な顔が見れるのも、この本の魅力の一つ。中でも驚いたのが、現合衆国大統領のジョー・バイデン。日本のニュースじゃ穏やかな印象の人だが、本書じゃ全く違う。キレ者なのだ、能力的にも性格的にも。極めて賢く、かつそれを自分でも分かっていて、しかも自分の意見をハッキリ口に出す。

 本書じゃオバマ新政権の副大統領に着任してすぐ、アフガニスタンを訪れて大統領のハーミド・カルザイに向かい、こうブチあげている。

「大統領閣下、アメリカにとってパキスタンはアフガニスタンの50倍重要な国なのですよ」
  ――第20章 新たなボス

 上院議員の経歴が長いとはいえ、新任の、しかも副大統領が、一国の最高権力者に向かって、そこまで言うか。しかも当時のカルザイはタリバーンを始め我の強い軍閥みたいな連中をまとめるのに苦労してるってのに。だもんで、バイデンの言葉をカルザイはこう解釈した。

「タリバーンは貴国の問題です。アメリカにとって問題なのはアル・カーイダなのです」
  ――第20章 新たなボス

 カルザイは見捨てられた、と思ったんだろうなあ。

 あ、それと。政治家には内政が得意な人と外交が得意な人がいる。バイデンは上院議員時代から世界各国を飛び回ってた人なんで、今後の日米関係はタフな交渉になりそう。

【飛行船】

 私は飛行船が好きだ。だってカッコいいし。でも見てくれだけで、あまし使い道がないから未来は暗い…と思っていたが、意外と活躍していた。アフガニスタンじゃ「およそ175隻の固定型あるいは機動型」の小型飛行船を使ってる。装甲車につなげて偵察とか。アドバルーンみたいな感じかな? たぶん軟式飛行船だろう。

 もちろん目立つから撃たれるんだが、数発の銃弾が当たった程度なら大丈夫、というから思ったより頑丈。きっと船の隔壁みたく空気袋は複数の区画に分かれてるんだろう。でもさすがにグレネードランチャーには弱い。そりゃそうだ。

【声明文】

 ときどき、武装組織が意味不明な声明を出すことがある。あれはデューク東郷への依頼メッセージみたいなモンかもしれない。

 本書ではタリバーン幹部を名乗るタイェブ・アーガーが米国と交渉する場面がある。タイェブが本物だと確かめるため、米国は彼に案を示す。タリバーンとは関係ないソマリア内戦について、タリバーンのボスであるムッラー・ムハンマド・オマルが声明を出してくれ、と。

 意味不明な声明は、秘密裏に交渉が進みつつあるきざしなのかも。

【整備】

 前から気になっていた事がある。

 航空自衛隊の機体は米国製が多い。次の戦闘機の選定ではユーロファーターなど欧州製も候補に挙がるが、たいてい米国製に決まる。その理由の一つとして、工具などの規格を統一した方がいい、みたいな話がある。メートル法とヤード・ポンド法とかの違い? いずれにせよ航空自衛隊の整備能力は極めて優れていて、F-15の稼働率は9割を超えで米空軍以上だと聞いた。いや真偽は不明だが。

 だが途上国の空軍は往々にして様々な国の機体が混在している。例えばイラク空軍はロシアのSu-25と米のF-16、サウジアラビア空軍は米のF-15と欧州のタイフーンを使っている。それでちゃんと整備できるのか? その謎が解けた。

 パキスタン空軍でF-16の整備をしているのは、「契約職員」なのだ。派遣元は米空軍かロッキード・マーチン社か、はたまた民間軍事会社かは不明だが、いずれにせよ外注なのだった。マッコイ爺さんかよ。そういやスホイ社は運用も含めたパッケージ・サービスを提供しているとか。

【コーラン焼却事件】

 気になっていった事件の真相がわかるのも、こういう本の楽しみの一つ。

 2012年2月、ISAFのバグラム空軍基地でコーランが燃やされる事件があった(→AFP)。

 これ実際の場所は空軍基地じゃなく、その向かいにあるバルワーン拘留施設。入ってたのはタリバーンの捕虜。「ブラック・フラッグス」や「テロリストの誕生」の刑務所同様、彼らは拘留施設を「臨時司令部」にした。連絡手段は施設内の図書館の蔵書。そこで米軍はヤバい本を焼き捨てることにした。

 ところが米軍にアラビア語やパシュトー語が分かる者がおらず、コーランが紛れ込んでしまった。火を点けてから現地人の職員がコーランに気づき騒ぎだし…って顛末。

 改めて考えれば、現地の言葉も分からん者に治安を維持させようってのが無茶だと思うんだが。

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