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2021年5月14日 (金)

アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 2

イスラム以前にもメッカへの巡礼はすでに行われ、イスラムの言い伝えによればカーバ神殿はイスラム教の主要な聖地となる前は、キリスト教の像を安置していたという。
  ――第11章 新しい音楽

活字は、使われるまでは活字ケースに保管されていた。ケースは上段に大文字をしまい、下段に普通の文字をしまうようになっていた。そこから“アッパーケース(大文字)”“ロアーケース(小文字)”という言葉が生まれたわけである。
  ――第13章 大陸の分断

 アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 1 から続く。

【はじめに】

 中国で生まれた紙は、その安さや手軽さから従来の竹簡に成り代わり、次第に記録媒体としての地位を獲得してゆく。当初は蔑まれた紙だが、だからこそ従来の枠組みに囚われない小説などの新しい様式を生み出す。

 そんな紙は、タラス河畔の戦いを契機として中央アジアへと進出し、さらに世界を大きく変えてゆく。

 人類文明の進歩を促した革命的な技術の歩みを、東から西へと辿ってゆく、一般向けの歴史解説書。

【シルクロード】

 保守的で竹簡に拘った中国のお役所も、やがて紙の便利さに目を留め、次第に紙へと移行してゆく。税金や命令など、お役所は大量の記録が必要だし。これを活用したのが、モンゴル帝国。

パクス・モンゴリカの大きな強みは、何より情報の伝達に優れていたことだった。
  ――第6章 東アジアを席巻する紙 文と仏教と紙

 なんたって当時の最速の通信媒体であある馬に関しちゃ、モンゴル人はエキスパートだし。40~50kmごとに駅舎をつくり、馬を乗り換えて通信文を運んだのだ。その速度、急行便なら一日で約300km。この辺は「情報と通信の文化史」にもあったなあ。

 もっとも、そんな風に猛スピードで突っ走ったのは公の情報だけで、民間の情報通信や輸送は、というと…

シルクロードを単独で行き来していた商人は、自分たちが売りさばく物品のように、遠く旅することはほとんどなく、物品は商人の手から手へと売られていた。そのなかで思想や製法を伝搬することは、商品を運搬するよりも遥かに難しかったはずだ(略)。
  ――第8章 中国からアラビアへ

 一人または一隊の商人がモノを運んだんじゃなく、転売に転売を重ねて流通していったのですね。そりゃ胡椒の価格も跳ね上がるわけだ。この構図が変わったのが、751年のタラス河畔の戦い(→Wikipedia)。これで製紙の技術が中国から中央アジアへと流出する。ちなみに軍事的にも政治的にも、タラス河畔の戦いそのものは「些末な出来事」だとか。

【イスラムとの出会い】

 とまれ、この戦いを機に、本書の舞台も中央アジア~アラビアへと移ってゆく。となれば、主役を張るのはクルアーンだ。ただ、かの地のクルアラーンは、単なる聖典とはいささか受け取られ方が違う。

今日でさえ、ほとんどのイスラム教徒は、本のページに書き記された言葉としてではなく、何よりもまず朗誦されるものとしてクルアーンに出会う。
  ――第11章 新しい音楽

今日にいたるまで朗誦と文字の緊張関係は続き、クルアーンは黙読するものではなく朗誦すべきだと考えられている。
  ――第11章 新しい音楽

 思うに、クルアーンは文章より楽譜に近いんじゃないだろうか。テンポ・強弱・高低そして声の質、全てが大事なのだ。

 格好のパートナーであるクルアーンに出会った紙は、やがて中東に豊かな書籍文化を育ててゆく。

11世紀のバグダードの町を歩けば、100軒以上の書店を見つけることができただろう。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 これだけ豊かな書籍文化が栄えれば、トンガったマニアも出てくる。

愛書家のフサイン・ビン・イスハークは、一冊の本を探し求めてパレスチナ、エジプト、シリアを巡り、結局ダマスカスでやっとその半分を見つけた。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 自動車もない時代に、欲しい本を見つけるため、アラブ中を駆け巡るとは、敬うべきヲタク根性だよね。

 もちろん、栄えるだけあって、紙もまた文化に大きな返礼を返す。

紙は勤続細工、磁器製造、織物、陶器製造、編み物、建築なども変えてしまった。はじめにデザインを描きだし、何千マイルも離れた地に住む職人仲間に贈ることができたからだ(ペルシアの細密画、オリエンタルな絨毯、タージマハルは、紙が可能にした文化交流なしには存在しえなかっただろうと言われている)。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 それまでは直接に職人の処へ出向き仕様を伝えなきゃならなかったのが、仕様書を送ってブツを送り返してもらえばいい、そういう工程が可能になったのだ。グローバル経済バンザイ。

【そして欧州】

 やがて欧州に達した紙は、もう一つのパートナー、活版印刷と出会う。これを巧みに活用したのが、かのマルティン・ルター。今でいうマルチメディア戦略を駆使した食わせ者みたく思い込んでいたが、本書に登場するルターは炎上に苦しむブロガーのようで、ちょっと親しみが持てる。彼がドイツ語に訳した聖書は大当たりで…

紙の歴史の中で、一冊の本(九月聖書、ルター訳のドイツ語聖書、→Wikipedia)がこれほどまでに即座に読者を引きつけた例はほかにない。
  ――第13章 大陸の分断

 なのはいいが、すぐに質の悪い海賊版に悩まされるあたりも、まるきしパクリに悩むブロガーを思わせて他人事とは思えない。新しい情報伝達媒体の出現による諸問題は、ルターが一通り経験してるんじゃなかろか。

 もう一つ、安価な紙と印刷技術で書物が普及したために、意外な影響が出る。

マシューの聖書で使われていた単語、言葉遣い、構成、様式は英語を統一する力となり…
  ――第14章 ヨーロッパを翻訳する

 「英語」が、固まったのだ。何かの本で読んだんだが、シェイクスピア以前と以後では、以後の方が英語の変化が少ないとか。書物として言葉が固定し人々に普及すると、みなさんソレが「正しい言葉である」と考えるようになるのだ。

 紙と印刷で本が安くなれば、市場も広がる。それまでの貴族から、女子供も本を読むようになり、「小説」が成立する。こういう社会的に立場が弱い者が好むモノは往々にして蔑まれるんだが、だからこそシガラミがなく自由な芸風が花開く…って、どっかで聞いたような。

 そして、意外な分野にも紙と印刷は恩恵を与える。

音楽への印刷物の最大の貢献は、広範囲に広まることで、まったく異なる伝統と互いに触れあえるようになり、ヨーロッパの作曲家と演奏家が密接に結び付いたコミュニティを生んだことだった。
  ――第15章 新たな対話

 五線譜に近い記譜法はあったが、何せ手書きだ。量産はできない。けど、印刷なら何部でもお任せ。もっとも、個々の文字が分かれている文章とは違い、五線譜は色々と苦労したようだけど。現代は専用のコンピュータ・ソフトがあるけど、その前はどうやってたんだろ? スラ―とか。

 それよりなにより、紙が音楽に与えた最大の恩恵は、バッハの曲を蘇らせた事だろう。生前のバッハはオルガン奏者としてはともかく、作曲家としてはほぼ無名だった。死後半世紀たってから遺された楽譜が印刷され、現在の評価につながったのだ。それまでも死後に高く評価される画家はいたけど、音楽家や小説家にも光が当たるようになったのは、紙と印刷のおかげだろう。

 そしてもちろん、科学にも。

この時代(=ルネサンス)、人文学者や科学者がそれぞれの興味の的を追求することができたのは、印刷ではなく紙そのもののおかげだった。すばらしい図書館を得た学者たちにとって必要になったのが、「メモをとること」だったのである。
  ――第16章 大量に印刷する

 これを象徴するのがティコ・ブラーエ(→Wikipedia)。彼が記した天体観測データは、やがてヨハネス・ケプラーによりケプラーの法則として結実する。そのデータを記録するために、ティコ・ブラーエは製紙工場まで作っている。無茶しやがって。

 たかが紙、されど紙。ソレを記録し、伝える手段の進歩は、往々にしてソレの飛躍的な進歩を促す、そんな物語として。また、新しい媒体の登場は、古い世代のシガラミを振り払い新しい地平の開拓する足掛かりとなる、そういう現在も進みつつある歴史のパターンとして。それに加え、仏教・イスラム教・キリスト教の性格の違いを照らし出す試料として。読者の視点によって、さまざまなストーリーが読み取れる本だ。

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