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2021年5月の8件の記事

2021年5月31日 (月)

スティーブ・コール「シークレット・ウォーズ アメリカ、アフガニスタン、パキスタン三つ巴の諜報戦争 上・下」白水社 笠井亮平訳 2

パキスタン陸軍参謀長アシュファク・キヤニ「アフガニスタンをコントロールしようなどと考えを望んではいけません。アフガニスタンをコントロールしようとする者は、歴史を知らないのです。それができた者は誰もいないのですから」
  ――第20章 新たなボス

 スティーブ・コール「シークレット・ウォーズ アメリカ、アフガニスタン、パキスタン三つ巴の諜報戦争 上・下」白水社 笠井亮平訳 1 から続く。

【どんな本?】

 ブッシュ政権から受け継いだオバマ政権は、アフガニスタンへの深入りを避け兵数の削減を求めるが、パキスタンのワジリスタンを根城とするタリバーンの掃討は遅々として進まない。パキスタンでは反米の気運が盛り上がりTTP(パキスタン・タリバーン運動)など過激派が勢いを増し、実質的に権力を握る軍への不信感が高まってゆく。そしてアフガニスタンのハーミド・カルザイ大統領は、アメリカへの信頼を次第に失いつつあった。

 混迷を続けるアフガニスタンの状況を緻密に伝える、迫真の政治・軍事ドキュメンタリー。

【感想は?】

 ブッシュJr政権時代を描いた上巻に続き、下巻ではオバマ政権が登場する。なんとか米軍を撤退させたいオバマ政権だが…

パキスタン陸軍参謀長アシュファク・キヤニ「いまのやり方では、(アフガニスタン)南部は回転ドアのようになってしまう事でしょう――NATOが入っては出て行き、タリバーンが入っては出て行く、という具合に」
  ――第20章 新たなボス

 と、パキスタンの事実上の最高権力者はなんとも不吉な予言をしていて、実際その通りになってるんだよなあ。しかも、派兵の負荷はどんどん膨れ上がってゆく。

「われわれ(アメリカ)の活動には年間600億ドルがかかっているが」「連中(タリバーン)は年間6千万ドルでやっているではないか」
  ――第22章 国民にチャンスを与える戦争

 そもそも、トップの姿勢が、どうにも煮え切らない。

オバマはアル・カーイダの解体をなんとしてでもやり遂げる考えであり、アフガン政府と同国治安部隊に権限を委譲する取り組みについても支持していた。しかしオバマは、タリバーンの打倒を目的とする軍事ミッションを推進するつもりはまったくなかった。
  ――第22章 国民にチャンスを与える戦争

 オバマの目的はアル・カーイダであって、タリバーンはどうでもよかった。そもそもブッシュJrが戦争を始めた理由もアル・カーイダだったがら、まあ理屈は合ってるんだが。とはいえ、人様の国を勝手に荒らしまくって後は知らん、ってのも酷い話だ。熱心に会合を続けるが…

ヒラリー・クリントン国務長官「われわれにはパキスタン戦略もなければ和解に向けた戦略もありません。ただ議論とプロセスを続けているだけなのです」
  ――第25章 キヤニ2.0

 はいはい、よくあるね。続いているから続けてる、そんなお仕事。あなたの職場にもありませんか? それに対し、現場の意見は…

米マレン海軍大将「カンダハールにはびこる腐敗の大半を一掃し、正当性を備えた政府機構をつくり上げることをしなければ、現地のガバナンスを改善することはできないでしょう」
  ――第26章 人命と負傷者

 実際問題として、欧米軍はタリバーン相手に戦ってる。そしてタリバーンがはびこるのは、現地の統治機構がグダグダだからだ。まるきしベトナム戦争そのもの。戦場となった国の経済を大きく変えちゃってるのも、ベトナムと似てる。

アフガニスタンで「アメリカが腐敗の最大の供給源になっているのです」(ロバート・)ゲイツ(国防長官)が続けた。アフガニスタンでの業務委託契約額はアヘンやヘロインの取引額よりも大きくなっているのですから
  ――第27章 キヤニ3.0

 そしてもちろん、軍事的にも似てるからタチが悪い。対タリバーン戦は実質的にゲリラ戦だ。欧米の正規軍に対し、敵は正面切った戦闘は仕掛けない。即席爆弾などのテロで、ジワジワと体力を奪う作戦に出てる。そして…

これまで記録に残っている限りにおいて、ゲリラが国境を越えたずっと先に聖域を持っている場合に反乱鎮圧作戦が成功したためしはない
  ――第26章 人命と負傷者

 いくら敵の正面戦力を叩こうと、ヤバくなったら敵は逃げて聖域にズラかってしまう。ベトナム戦争の場合、聖域は北ベトナムだった。アフガニスタンだと、パキスタン領内のワジリスタンが聖域。そういえばイラクのスンニ派はイランが聖域だなあ。話を戻すと、タリバーンを叩くにはパキスタンの協力が必要なんだが…

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「アメリカにはあと100年はいてもらいたいが、このやり方[反乱鎮圧作戦]では成功するわけがない。戦争の本当の相手はパキスタンなのだから」
  ――第26章 人命と負傷者

 パキスタンも連邦直轄部族地域には手をこまねいているし、カシミール紛争などの関係で、ナアナアの関係をズルズルと続けている。カルザイもそれが判ってて、パキスタンに対し毅然と対応しないアメリカに苛立ちを募らせてゆく。そりゃそうだよね。

 この辺を読んでて驚くのが、パキスタンのISI(三軍統合情報局)のトップとアフガニスタン大統領が堂々と直接話し合ってて、それがオープンになってること。日本の首相とCIAのトップの話し合いがバレたら、どんな騒ぎになることやら。でも外交の世界って、そんなモンなのかな。そのISIは…

「われわれに知られずにタリバーンと対話を継続できるなどと考えるのは身のほど知らずですよ」(ISI長官のアフマド・)パシャは(CIAイスラマバード長官のジョナサン・)バンクに言った。
  ――第27章 キヤニ3.0

 と、堂々と開き直る始末。これはカルザイも認めてて…

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「パキスタンとの協力なしに、アフガニスタンに安定をもたらす方法を見つけ出すことができますかな?」
  ――第29章 ドラゴンブレス弾

 前の記事にも書いたが、パキスタンの基本姿勢はインド憎し。特ににらみ合いが続くカシミールじゃ過激派組織LeTにISIが下請け仕事をやらせたり。アメリカとしてはソコをなんとか躱しつつ、アフガニスタン問題には協力させ、まっとうな中央政府を樹立したいところだが…

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「いま(アフガニスタンに)あるのは、下請けの政府です」
  ――第29章 ドラゴンブレス弾

 このあたりだと、カルザイは神経衰弱っぽい状態のように書かれているけど、こういう言葉を拾っていくと、かなり冷静かつ正確にアフガニスタンおよび自分の立場を把握しているように思う。もっとも、それをハッキリ言っちゃうのは、政治家としてどうかな、とも感じる。根拠はなくても自信ありげに振る舞った方が、人気は出るんだよな。

 そうこうしている間に、アメリカがアフガニスタンに派兵した本来の目的、ビン・ラディンの殺害に成功する。マスコミはパキスタンに無断で襲ったように報じてるし、本書もそれを裏付けている。その理由はお察しの通り、ISI経由で情報が漏れるのを恐れたため。結果としてパキスタンのメンツっは丸つぶれになり、パキスタン世論も沸騰する。その理由は…

パキスタン世論のかなりの部分、いやほとんどすべては、ISIがビン・ラディンをかくまっていた可能性よりも、ネイビーシールズが当局に気づかれずに国境を越え、パキスタンに侵入することができたという事実に憤慨していたのである。
  ――第30章 殉教者記念日

 ISIの役立たず、防空体制はどうなってる、そういう怒りだ。日本でもベレンコ中尉亡命事件(→Wikipedia)ってのがあって、大騒ぎになった。

 などの混迷を深めつつ、物語は終盤へと向かう。アフガニスタンは相変わらず不安定で、アメリカのトランプは増派を断念し、パキスタンは中国への接近を図る。最近のニュースを見ると、アメリカはインドとの関係を深めているから、アフガニスタン問題は更に厄介な事になりそう。もっとも、悪い事ばかりじゃない。

経済規模については、2001年に約25億ドルだった推定GDPは2014年に約200億ドルとなり、10倍近い成長を遂げた。小学校の入学者数は5倍になった。(略)人口は約50%増加して3000万人に達したが、その一因は成長する経済や平和の可能性に魅力を感じた難民が数百万人規模で帰還したことだった。
  ――第35章 クーデター

 タリバーンも自称イスラム国に兵を奪われたりと、一時期に比べれば勢いに陰りが出ているものの、アフガニスタン全体で見ると、やっぱり政府が弱体なのにかわりはない。バイデン大統領になってどうなるのか、というと、やっぱりあまし期待できないんだよなあ。

 全体としては、登場人物が異様に多く、それだけ問題の複雑さが良く現れている。中でもアメリカ人が異様に多いのは、それだけアメリカの姿勢が一貫してないってことでもあるし、アメリカ政府・軍・CIAの人事異動の激しさも感じさせる。それが選挙で定期的に人が入れ替わる民主主義の定めでもあるんだが、相手国にとっては人と方針がコロコロと変わるわけで、何かとやりにくいんじゃなかろうか。

 他にもCIAが無人機を操縦してたりと、拾い物のネタは多かった。あくまで事実のルポルタージュなだけに、中身は複雑だし煮え切らない話も多い。なにより現在も進行中の話なだけに、結末も尻切れトンボだが、それだけにリアリティもある。質量ともに、重量級のドキュメンタリーだ。

 以降、気になったエピソードをつらつらと。

【ミステリ】

 「第32章 アフガン・ハンド」と「第33章 殺人捜査課」は、ミステリとしても面白い。

 きっかけは、アフガニスタンの警官や兵士による欧米将兵殺しが増えたこと。欧米の将兵にすれば、仲間から撃たれるわけで、たまったモンじゃない。その原因を巡って、この2章は展開する。

2010年までに、(ジェフリー・T・)ボーデン(少佐)は憂慮すべきある傾向を非常に詳しく把握するようになっていた。米軍や欧州の兵士が、友軍でああるはずのアフガン国軍兵士に殺害される事案が急増していたのだ。
  ――第32章 アフガン・ハンド

…米欧の兵士に対する部隊内での殺害事案の発生頻度は、アフガニスタン戦争の最初の10年と比べて10倍にもなった…
  ――第33章 殺人捜査課

 これを調べ始めるジェフリー・T・ボーデン少佐は心理学者で、原因は文化の違いだとする報告を出す。いささか米軍には都合の悪い報告だ。ってんで報告書は非公開扱いになり、ボーデンは軍からもお祓い箱になってしまう。「俺の学説を認めさせてやる」と意地になった彼の行動は、学者の執念が滲み出ていて、思わず笑ってしまった。

 実際、ここで露わになった米欧将兵の振る舞いは、「アメリカン・スナイパー」が描くイラクでの米兵の振る舞いと同じで、そりゃアフガニスタン人の神経を逆なでするよ、と納得してしまう。こういう現地の人をナメた姿勢は「レッド・プラトーン」や「アフガン、たった一人の生還」にも漂ってた。

 なんでナメるかね。アフガニスタン人はロシア人を叩きだしたんだぞ。米軍は、むしろ教えを乞うべきだろうに。

 …と、読者がボーデンの説に入れ込んだところで、新しい探偵として司法精神医学者のマーク・セージマンが登場し、別の角度で分析を進めていくあたりは、ミステリとしてなかなか楽しい。また、アフガニスタン人がタリバーンに入る動機も幾つか出ていて、中には絶望的な気分になるケースも。

 それはともかく、セージマンのこの説は、おお!と思ったり。

…ソ連の影響を受けた共産主義であれ、タリバーンであれ、あるいはイスラーム国であれ、敵側に寝返るという個人の行為は往々にして帰属意識によるものであり、イデオロギーではないというのが(司法精神医学者のマーク・)セージマンの結論だった。
  ――第33章 殺人捜査課

 これ、寝返りだけじゃなく、カルト宗教や過激派に入る動機としても、大きいんじゃないかなあ。何回かカルトから勧誘された事があるけど、連中、やたら馴れ馴れしいんだよね。あれ、「キミはボクたちの仲間だ」と帰属意識を与えるためなんだろう。

【ジョー・バイデン】

 意外な人物の意外な顔が見れるのも、この本の魅力の一つ。中でも驚いたのが、現合衆国大統領のジョー・バイデン。日本のニュースじゃ穏やかな印象の人だが、本書じゃ全く違う。キレ者なのだ、能力的にも性格的にも。極めて賢く、かつそれを自分でも分かっていて、しかも自分の意見をハッキリ口に出す。

 本書じゃオバマ新政権の副大統領に着任してすぐ、アフガニスタンを訪れて大統領のハーミド・カルザイに向かい、こうブチあげている。

「大統領閣下、アメリカにとってパキスタンはアフガニスタンの50倍重要な国なのですよ」
  ――第20章 新たなボス

 上院議員の経歴が長いとはいえ、新任の、しかも副大統領が、一国の最高権力者に向かって、そこまで言うか。しかも当時のカルザイはタリバーンを始め我の強い軍閥みたいな連中をまとめるのに苦労してるってのに。だもんで、バイデンの言葉をカルザイはこう解釈した。

「タリバーンは貴国の問題です。アメリカにとって問題なのはアル・カーイダなのです」
  ――第20章 新たなボス

 カルザイは見捨てられた、と思ったんだろうなあ。

 あ、それと。政治家には内政が得意な人と外交が得意な人がいる。バイデンは上院議員時代から世界各国を飛び回ってた人なんで、今後の日米関係はタフな交渉になりそう。

【飛行船】

 私は飛行船が好きだ。だってカッコいいし。でも見てくれだけで、あまし使い道がないから未来は暗い…と思っていたが、意外と活躍していた。アフガニスタンじゃ「およそ175隻の固定型あるいは機動型」の小型飛行船を使ってる。装甲車につなげて偵察とか。アドバルーンみたいな感じかな? たぶん軟式飛行船だろう。

 もちろん目立つから撃たれるんだが、数発の銃弾が当たった程度なら大丈夫、というから思ったより頑丈。きっと船の隔壁みたく空気袋は複数の区画に分かれてるんだろう。でもさすがにグレネードランチャーには弱い。そりゃそうだ。

【声明文】

 ときどき、武装組織が意味不明な声明を出すことがある。あれはデューク東郷への依頼メッセージみたいなモンかもしれない。

 本書ではタリバーン幹部を名乗るタイェブ・アーガーが米国と交渉する場面がある。タイェブが本物だと確かめるため、米国は彼に案を示す。タリバーンとは関係ないソマリア内戦について、タリバーンのボスであるムッラー・ムハンマド・オマルが声明を出してくれ、と。

 意味不明な声明は、秘密裏に交渉が進みつつあるきざしなのかも。

【整備】

 前から気になっていた事がある。

 航空自衛隊の機体は米国製が多い。次の戦闘機の選定ではユーロファーターなど欧州製も候補に挙がるが、たいてい米国製に決まる。その理由の一つとして、工具などの規格を統一した方がいい、みたいな話がある。メートル法とヤード・ポンド法とかの違い? いずれにせよ航空自衛隊の整備能力は極めて優れていて、F-15の稼働率は9割を超えで米空軍以上だと聞いた。いや真偽は不明だが。

 だが途上国の空軍は往々にして様々な国の機体が混在している。例えばイラク空軍はロシアのSu-25と米のF-16、サウジアラビア空軍は米のF-15と欧州のタイフーンを使っている。それでちゃんと整備できるのか? その謎が解けた。

 パキスタン空軍でF-16の整備をしているのは、「契約職員」なのだ。派遣元は米空軍かロッキード・マーチン社か、はたまた民間軍事会社かは不明だが、いずれにせよ外注なのだった。マッコイ爺さんかよ。そういやスホイ社は運用も含めたパッケージ・サービスを提供しているとか。

【コーラン焼却事件】

 気になっていった事件の真相がわかるのも、こういう本の楽しみの一つ。

 2012年2月、ISAFのバグラム空軍基地でコーランが燃やされる事件があった(→AFP)。

 これ実際の場所は空軍基地じゃなく、その向かいにあるバルワーン拘留施設。入ってたのはタリバーンの捕虜。「ブラック・フラッグス」や「テロリストの誕生」の刑務所同様、彼らは拘留施設を「臨時司令部」にした。連絡手段は施設内の図書館の蔵書。そこで米軍はヤバい本を焼き捨てることにした。

 ところが米軍にアラビア語やパシュトー語が分かる者がおらず、コーランが紛れ込んでしまった。火を点けてから現地人の職員がコーランに気づき騒ぎだし…って顛末。

 改めて考えれば、現地の言葉も分からん者に治安を維持させようってのが無茶だと思うんだが。

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2021年5月28日 (金)

スティーブ・コール「シークレット・ウォーズ アメリカ、アフガニスタン、パキスタン三つ巴の諜報戦争 上・下」白水社 笠井亮平訳 1

本書は『アフガン諜報戦争』においてジャーナリスティックな手法で語られた通史の続巻であり、前著が終わったところ、すなわち2001年9月10日から物語が始まる。
  ――はじめに

【どんな本?】

 パンジシールの獅子と呼ばれ、アフガニスタンの希望となったアフメド・シャー・マスードは2001年9月9日に暗殺された。その2日後、アメリカ同時多発テロ事件で世界は激震する。首謀者ビン・ラディン&アル・カーイダはアフガニスタンに潜伏しており、タリバーンの庇護下にあると目される。

 復讐を望む合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ大統領はアフガニスタンへの派兵を決めるが、タリバーンはパキスタン軍およびISI(パキスタン三軍統合情報局)の強い影響下にあった。

 軍事的な解決へと突き進むアメリカ、タリバーン及びその根城である連邦直轄部族地域の対応に苦慮するパキスタン、弱い権力地盤に悩みつつも独立したアフガニスタンを目指すアフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ。

 今なお混迷を続けるアフガニスタンの現状は、いかにしてもたらされたのか。ワシントン・ポスト編集局長などを務めた著者による、重量級のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は DIRECTORATE S, by Steve Coll, 2018。日本語版は2019年12月10日発行。単行本ハードカバー上下巻で縦一段組み本文約455頁+451頁=約906頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント46字×20行×(455頁+451頁)=833,520字、400字詰め原稿用紙で約2,084枚。文庫ならたっぷり四巻分の巨大容量。

 文章はこなれているし、専門用語はその場で説明がある。とはいえ、モノを見りゃわかるが、重量級の本だ。相応の覚悟をしよう。内容もキチンと読めば頭に入ってくるが、なにせ登場人物、それもアメリカ人が異様に多い。幸い冒頭に主要登場人物があるので、栞を挟んでおこう。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

クリックで詳細表示
  •  上巻
  • 地図一覧/主要登場人物/主要略語一覧
  • はじめに
  • 第1部 手探りの開戦 2001年9月-12月
    • 第1章 「ハーリドに事情ができた」
    • 第2章 審判の日
    • 第3章 かくのごとき友人たち
    • 第4章 リスクマネジメント
    • 第5章 破滅的な成功
  • 第2部 遠のく平和 2002-2006年
    • 第6章 ささやかな変化
    • 第7章 タリバーンのカルザイ支持
    • 第8章 謎
    • 第9章 「あの人のやり方は自分たちとは違っていた」
    • 第10章 ミスター・ビッグ
    • 第11章 大使対決
    • 第12章 海の中に穴を掘る
    • 第13章 過激派
  • 第3部 誠意 2006-2009年
    • 第14章 自爆の謎を解明せよ
    • 第15章 プラン・アフガニスタン
    • 第16章 暗殺と闇の国家
    • 第17章 ハードデータ
    • 第18章 愛の鞭
    • 第19章 テロと闇の国家
  • 原注
  •  下巻
  • 地図一覧/主要登場人物/主要略語一覧
  • 第3部 誠意 2006-2009年
    • 第20章 新たなボス
    • 第21章 カルザイの離反
    • 第22章 国民にチャンスを与える戦争
  • 第4部 幻想の消滅 2010-2014年
    • 第23章 ひとりCIA
    • 第24章 紛争解決班
    • 第25章 キヤニ2.0
    • 第26章 人命と負傷者
    • 第27章 キヤニ3.0
    • 第28章 人質
    • 第29章 ドラゴンブレス弾
    • 第30章 殉教者記念日
    • 第31章 戦闘と交渉
    • 第32章 アフガン・ハンド
    • 第33章 殺人捜査課
    • 第34章 自傷
    • 第35章 クーデター
  • エピローグ 被害者影響報告書
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/原注

【感想は?】

 1939年の平沼騏一郎首相曰く「欧州情勢は複雑怪奇」。欧州どころか、そもそも軍事・外交というのは、どこであろうとも複雑怪奇なものらしい。

 本書の冒頭は2001年晩夏。登場するのはアムルッラー・サーレハ、アフガニスタンでタリバーンに対抗するパンジシールの獅子ことアフマド・シャー・マスードの下で、CIAとの連絡役を務める人物だ。マスードがCIAを窓口として米国とツルんでいたのは前著にも書いてある。

 と同時に、イランやロシアとも繋がっていたのには驚いた。

米国から確固とした支援が得られないなかで、マスードは武器や資金、医療物資の供給をイランやインド、ロシアに頼っていた。なかでもイラン(略)の革命防衛隊と情報工作員がアフガニスタン北部でマスードのゲリラ軍と行動をともにしていた。
  ――第1章 「ハーリドに事情ができた」

 物資を得るどころか、革命防衛隊まで出張っているとは。金欠のマスードには、米とイランの関係なんかどうでもいいんだろう。そんな風に、一見は複雑怪奇なようでも、各人物の立場で見ていくと、奇妙に見える判断や行動が、相応の一貫性や合理性に基づいているのが見えてくるのも、この手の本の面白いところ。

 そういう点では、当時のパキスタン大統領パルヴェームズ・ムシャッラフの姿勢も、実は一貫している。ズルズルとタリバーンと付き合いつつ米国から支援を引き出そうとするセコい奴のように思えるが、彼の最も大きな関心は、全く違う所にある。

ジョージ・W・ブッシュ「わたしと交わした会話のほとんどで、ムシャッラフはインドの悪行を非難していたよ」
  ――第3章 かくのごとき友人たち

 インドとの確執だ。日本の極右が中国や韓国への敵視で世界情勢を判断するように、ムシャッラフの外交はインドとの関係が座標軸である。インドの敵は友、インドの味方は敵。パキスタンの政治家すべてではないにせよ、そういう勢力が大きい。そのパキスタンで大きな影響力を持つ軍は、タリバーンをこう見ている。

「われわれの意図を代行してくれる主体が必要であり、テロ支援国家と糾弾されることを避けつつ、彼らを良好な状態になるよう管理していく」
  ――第12章 海の中に穴を掘る

 「われわれの意図」とは、アフガニスタンでのインドの影響力を削ぐこと。イスラム原理主義のタリバーンは、ヒンディーのインドと相性が悪い。つまりインドの敵=パキスタンの友だ。なにせトップが…

タリバーン創設者ムッラー・ムハンマド・オマル「自ら犠牲となる準備はできており、非ムスリムの友人になろうとは思わない。非ムスリムはわが信仰と教えのすべてに敵対しているからである」
  ――第4章 リスクマネジメント

 と、徹底したイスラム原理主義者だし。いやイスラムったってパシュトゥーン風味にアレンジしたシロモノなんだけど。

 それまでアメリカは直接手を下さず、マスードなどへの支援に留めていた。陸軍特殊部隊が活躍する「ホース・ソルジャー」は面白いぞ。またパキスタン、特にISI(パキスタン三軍統合情報局)との関係は前著が詳しい。

戦闘は現地の人びとにやらせて、CIAはそのために必要な資金と技術で支援するという手法を好んだ。
  ――第2章 審判の日

 そんな状況で9.11が起きる。当時はビン・ラディン&アル・カーイダはタリバーンに匿われ、パキスタンとの国境に近いアフガニスタン東部の山岳地帯に隠れ潜んでいると見られていた。そこでアメリカは渓谷地帯への攻撃、アナコンダ作戦(→英語版Wikipedia)を敢行する。ところが…

パキスタン大統領パルヴェームズ・ムシャッラフ「(トミー・)フランクス(米陸軍)大将、アメリカは何をしているかおわかりですか? あの連中(アル・カーイダ)を追い出そうとしているようだが、彼らが通っていける渓谷は150もあるのですぞ。それがわが国に押し寄せてきている」
  ――第5章 破滅的な成功

 肝心のビン・ラディンばかりでなく、アル・カーイダの主力もパキスタンへと逃げ出してしまう。これに懲りるどころか、ブッシュJr政権はアフガニスタンへの更なる深入りを決める。そうやって荒らしまわるのはいいが、その後の国家再建は、というと…

2002年2月、ホワイトハウスの行政管理予算局(OMB)がその年の10月から始まる会計年度のアフガン支援関連予算として計上したのは、わずか1憶5100万ドルでしかなかった。(略)2001年にブッシュ政権はアフガニスタン戦争のために45億ドルを投じた
  ――第6章 ささやかな変化

 当時のブッシュ政権はイラクに集中していて、アフガニスタンは片手間だったのだ。だもんで、再建は「国際協力」の美名のもと、他の国にお任せ。いい気なモンだ。日本は、そういう戦争に巻き込まれたのだ。

 先のムシャッラフの言葉も、CIAが確認している。ところが現場の将兵は、タリバーンとの戦闘にはまり込んでゆく。

アフガニスタンには多くのアル・カーイダ兵は残っていない――2002年以降、CIAと特殊部隊はそういう考えに至った。アル・カーイダはパキスタンに移動していたのだった。そこでアメリカの部隊は、「そこにいたから」というだけの理由でタリバーンにたいする攻撃を開始した
  ――第7章 タリバーンのカルザイ支持

 いや将兵も、最初は節度を保って接するのだ。でも…

「(米兵はアフガニスタン住民に)最初は友好的な姿勢で接触を試みていくのですよ。でも自分たちに犠牲者が何人か出るや否や、態度を豹変させるのです」
  ――第11章 大使対決

 戦友がやられると、頭に血が上る。まあ人としちゃ当たり前の反応だよね。しかも、現地の感情は最初から歓迎ムードとはほど遠い。CIAも現地で協力者を得ようとするのだが…

(ワジリスタンでは)数週間に一度は「アメリカのスパイ」と胸に書かれた紙が貼られた死体が発見された。犠牲者の大半はCIAと何のかかわりもない者だったが、ケース・オフィサーがエージェントを失っていったのは確かだった。現地では、よそ者に対してきわめて敵対的な雰囲気が漂っていた。
  ――第12章 海の中に穴を掘る

 なお、ワジリスタン(→Wikipedia)はパキスタン北西部の連邦直轄部族地域(FATA,→Wikipedia)の一部でアフガニスタンと接している。パキスタン政府の統治が及ばずタリバーンと同じパシュトゥーン人が多いFATAの中でも特に厄介な所で、アル・カーイダやタリバーンが隠れ潜むには格好の地域。で、よそ者は出て行け、そういう雰囲気なのだ。不正確な情報しか手に入らないため、巻き添えも多く…

2008年全体では、CIAが行ったすべての無人機攻撃の1/3で少なくとも子どもが一人殺害されたという。
  ――第19章 テロと闇の国家

 なんとか捕まえた容疑者への尋問も、素人が担当する場合が多く、拷問でむりやり吐かせる、どころかやりすぎて殺しちゃったり。

2001年以降に尋問業務を担当したCIA職員のおよそ85%が契約職員で占められていた。「ザ・ファーム」の通称で知られるCIAの研修アカデミーでは、尋問のスキルについて教えられることはなかった。
  ――第9章 「あの人のやり方は自分たちとは違っていた」

 なお「陸軍尋問官」によると、アル・カーイダは捕まった際に吐くべきシナリオを用意していたそうな。帝国陸軍より、よっぽど賢い。つか、そのシナリオと照らし合わせれば、本物かどうか判断できたんじゃね?

 そんな泥沼の戦いに巻き込まれたNATOなんだが…

国際治安支援部隊(ISAF)はNATOが展開するものであり、アフガニスタンでテロリスト掃討作戦を行うアメリカのタスクフォースとはまったく別組織だった。ISAFの展開地域は主にカブールとアフガニスタン北部の都市部に限られていた。
  ――第12章 海の中に穴を掘る

2007年にISAF司令部配属となったある陸軍少将は、「NATO部隊の宿舎生活の典型例」を目の当たりにし、「多くの点で驚かされた」という。士官の就業時間は午前9時から午後2時までだった。夜には司令部の半数が酔っぱらっていた。
  ――第17章 ハードデータ

 指揮系統も米軍とは違っていて、バラバラに動いていたのだ。ちなみにアフガニスタンの地理をおさらいしておくと、パキスタン国境に近いカンダハールなどの南部はパシュトゥーン人が多く、タリバーンの根城になっている。首都カブールから北は北部同盟などカルザイ政権に好意的…とはいえ、いつ仲たがいしてもおかしくない状況。

 そんな綱渡りを続けるアフガニスタン大統領ハーミド・カルザイは、汚職が蔓延した地域の勢力を、なんとか味方につけようとするのだが、スポンサーのアメリカはいい顔をしない。

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「聞きたいのは、悪者を自分たちの側につけておきたいか、それともタリバーンの側に追いやりたいか、ということです」
  ――第15章 プラン・アフガニスタン

 イラクでバース党を一掃したように、アフガニスタンでも強引かつ性急な民主化を進めようとする。急ぐんならヒト・カネ・モノを出せと言いたいんだが、先に引用したようにブッシュ政権は戦争には熱心でも復興には不熱心で、「そりゃ国際協力で」とか調子のいいことを言ってる。そうこうしてるうちに、事態を余計にこじらせる事件が起きる。2008年7月7日のカブールのインド大使館への自爆テロ(→AFP)だ。

このテロは、いわばパキスタン軍がインド軍に対して起こしたゲリラ攻撃とでもいうべきものだった
  ――第18章 愛の鞭

 犯人はカシミールの過激派組織LeT(→Wikipedia)。そう、インドとパキスタンで領有権争いが続くカシミールだ。そしてISIはLeTを制御している…つもりだった。

 なお、同年11月26日からのムンバイ同時多発テロ(→Wikipedia)も、LeTのしわざ。日本の報道じゃテロって扱いだったが、実質的にはパキスタン軍によるインドへの攻撃、つまりほとんど戦争だったのだ。マジかい。つかインドとパキスタンの仲って、それほどまでにこじれてるんだなあ。

 このあたりから増えた自爆テロを調べる「第14章 自爆の謎を解明せよ」は、情報の分析が好きな人には興味深いところ。対ソ連戦じゃ自爆テロはなかった。また同じ自爆テロでも、イラクは市場など人が集まる所を狙った無差別テロだ。対してアフガニスタンは米軍やNATOの車列など軍を狙い、成功率が低い。そこを掘り見えてきた実態は…

アフガニスタンでリクルートされた自爆犯のうち、多くが参加を強要され、状況を把握できておらず、文字の読み書きもできず、年若く、あるいは障害を負った者だと推定された
  ――第14章 自爆の謎を解明せよ

 タリバーンが自爆犯を洗脳する手口は、伝説のアサシン教団(→Wikipedia)そのもので、実に腹立たしい。しかも自爆犯は華族や親戚から見捨てられ、いわばタリバーンに売られた子どもたちで、ほんとやるせない。

 ここにきて、やっとアフガニスタンの真の敵が見えてくる。

アフガニスタン大統領ハーミド・カルザイ「問題はISI(パキスタン三軍統合情報局)です」「国を動かしているのは彼らですから」
  ――第18章 愛の鞭

「ある意味、われわれ(米国)が戦っていた相手は、実はISIだったということだと思います」
  ――第19章 テロと闇の国家

 これ書いてて気が付くのは、アメリカとアフガニスタンは大統領の存在感が強いが、パキスタン首相アースィフ・アリー・ザルダーリーはめっきり影が薄いこと。いや前首相のムシャッラフは濃いキャラだったが、彼は陸軍参謀長も兼任してた。つまり、パキスタンの実質的トップは陸軍参謀長なのだ。

 そのアメリカのトップは、退任間近の今さらになって、根本的な問題点を指摘する。

(ジョージ・W・)ブッシュは根本的な問題をいま一度提起してきた。戦略レビューではアフガニスタン安定のためにアメリカがヒトとカネをさらに投じるべきとしているが、アル・カーイダがいるのはパキスタンだし、タリバーンの指導部だってそうではないか、と。
  ――第19章 テロと闇の国家

 …んな事もわからずにドンパチ始めたんかい!と突っ込みたくなるが、これが現実なんだからやるせない。「CIA秘録」に曰く、CIAを設立した「ハリー・トルーマンが欲しがったのは、実は新聞だった」そうで、つまりCIAはもともと情報収集・分析のための組織だったんだが、次第に重点は工作に傾いていく。日本や中南米での成功で味を占めたんだろうか。

 などととりとめのないまま、次の記事へ続く。

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2021年5月23日 (日)

ピーター・トライアス「サイバー・ショーグン・レボリューション 上・下」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

「一人目の殺しを憶えているか?」
  ――上巻p58

「イナゴ號は裏切らない」
  ――上巻p181

「それが特高だ」
  ――上巻p235

「わたしがメカパイロットとして研鑽を積んできたのは、この国を守るためだ。権力欲にまみれた政治結社の死刑執行人になるためではない」
  ――下巻p114

「革命をお楽しみだろうか」
  ――下巻p206

「事件の真相と、現場でくだる命令は乖離しているものだ」
  ――下巻p220

【どんな本?】

 アメリカの若手SF作家ピーター・トライアスによる、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」「メカ・サムライ・エンパイア」に続く、歴史改変ロボットSF三部作の完結編。

 第二次世界大戦は枢軸側が勝利する。北米は東部をナチス・ドイツ、西部を日本が支配し、沈黙線を境に睨み合っていた。

 そして2019年。多村総督の腐敗と横暴に対し、山崗将軍率いる<戦争の息子たち>は決起する。メカパイロット守川励子も革命に加わり、一時は危機に陥ったものの、親友の嶽見ダニエラに窮地を救われた。革命は成功し、守川も功績を認められ教育省の指揮をまかされたのも束の間、伝説のナチスキラーと呼ばれるブラディマリーを追うため特高との連絡役に指名される。

 特高の若名ビショップは国境近くの郊外の倉庫を捜索中、ナチスが遺した異様な実験の跡を発見する。上司の槻野警視監に報告したところ、陸軍との協力を命じられた。

 かくして陸軍のメカパイロット守川と特高の課員である若名は、共にナチスの影を追って捜査に当たるのだが…

 ワザと勘違いした日本趣味、謎の凄腕ブラディマリーの目的と正体の謎、歪な体制とその元で生きる人々、そして暴れまわる巨大ロボットを描く、娯楽SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Cyber Shogun Revolution, by Peter Tieryas, 2020。日本語版は2020年9月25日発行。文庫の上下巻で縦一段組み本文約267頁+247頁=514頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント40字×16行×(267頁+247頁)=約328,960字、400字詰め原稿用紙で約823枚。文庫の上下巻としてはやや薄め。

 親しみやすく読みやすい文章ながら、「機界」などの微妙にズラした言葉遣いが絶妙の味を出している。漢字って素晴らしい。ロボットSFとしては、世界観がガンダムでメカはマジンガーZな感じ。つまり科学・工学方面をあまし突っ込んではいけない。そしてもちろん、「軍事用ならバラエティを揃えるより同一規格で量産した方が云々」なんて野暮は厳禁。だって色んなロボットが次々と出てくる方が楽しいじゃないか。

 三部作であり、時系列も飛び飛びながら直線的につながるシリーズだが、著者は「どこから読んでも大丈夫」と言ってる。実際、この作品だけを読んでも、充分に楽しめる。私は尻上がりに面白くなる、つまり本作が最も楽しめた。たぶん、ロボット・バトルの場面が多いからだろう。

【感想は?】

 サイバー・ショーグン・レボリューション? なんか胡散臭いタイトルだなあ、と思ったら、その勘は当たってる。

 ある意味、ニンジャスレイヤーと似たテイストで、「わかった上で勘違いした日本趣味」が盛りだくさん。やたら悪趣味で人が死にまくるのも忍殺と同様。ただ、それと同時に、大日本帝国とナチス・ドイツ双方の体制を、思いっきりデフォルメした社会にし、腐った権力構造を綺麗事で取り繕った世界にしたことで、シリアスなグロテスクさを漂わせる反面、ギャグは控えめ。

 そしてもちろん、ニンジャスレイヤーとの最大の違いが、巨大ロボットだ。もち、人が乗り込んで操縦する。「そんなん戦術的に何の意味が」とか言っちゃいけません。だってカッコいいじゃん。

 そんな訳で、私がまず気に入ったのはストライダー號。この「號」って字を充てるのも訳者のノリとセンスを感じる。ゲッターロボかよw 二足歩行ながら、完全な人型じゃないのもいい。ストライダー號は頭に「クワガタムシのような二本の角」で、主な得物はブーメランって、ガラダK7(→ピクシブ百科事典)かい。マジンガーZじゃやられメカの印象が強いが、本作じゃどっこい頼りになる存在感を示してくれる。

 訳に話を戻すと、他にも細かい所で「日本ぽいけど微妙に違う」雰囲気を出す訳者の気遣いが嬉しい。メートルを米、キロメートルを粁としたり。これは著者もそうで、決起参加者が四十七人とか特高の銃(たぶん拳銃)が南部式とか「福沢諭吉高校」とか。「銭湯」なんて、健康ランドを金満ハリウッドが日本人経営者のもとでアレンジしたら、確かにあんな感じになりそうw

 そんな日本と睨み合うのはナチス・ドイツ。国が違えば設計思想もデザインも違う。ナチス側のメカとくれば、前回の気色悪いボスがワラワラと集団で襲ってくるのもお約束。当然、こっちの側も対抗手段を用意してるし、互いに相手の手口をパクり合うのも軍備競争の常。今回出てくる「嫌らしい新兵器」レギオンも、ロボット好きならムカつくこと請け合い。

 最初に出てくるイナゴ號の電磁銃やアヌビス級の薙刀、そして終盤で暴れまわるシグマ號の「鼻」は許せるけど、こういうのは、なんか腹立つんだよなあ。なんでだろ? あ、もちろん、敵のメカの色は赤です。そして忘れちゃいけない、軍用メカには必須のお約束装置が。アレ何の役に立つのかと思ってたら、そういう使い方するのかw

 対してナチス側は生命工学に長けているようで、そっち方面で「ドイツの科学は世界一~ィィィ!」な人も、ちゃんと出てくるんだが、あまし出番がないのは残念なところ。もっとマッドな活躍をして欲しかったなあ。いやその研究は充分に正統なんだけど、手段がマッドなんだよね。こういう、研究のためなら手段を選ばないキャラって、大好きだ。

 まあ日本側もバイオ技術を使ってるんだけど、特に民間だと、あっちの方向に突っ走るあたりが、いかにも日本だよなあ。

 対照的といえば、日本・ドイツいずれも社会は歪んでいながら、歪み方が微妙に違うのもよく分かってらっしゃる。これは人の名前の付け方によく現れてて。長い間、周辺国として世界的には埋もれた立場ながら、20世紀に入ってアジアのボス面し始めた日本と、常に権力闘争が絶えない欧州史の中で充分な存在感を示し続けてきたドイツとの違いなのかな?

 シリーズ物のお楽しみとして、懐かしい面子が顔を出すのも嬉しいところ。USJ で活躍した特高の槻野昭子は順調にキャリアを重ね、若名ビショップの上司として上巻からクールに再登場。

 これが下巻も後半に入ると、MSE で対抗ヒロインを務めた橘範子が大西範子少佐となって再登場。「好都合です」なんて台詞に現れた本性を、優等生っぽい見かけで巧みに隠しおおせた…ようなんだけど、終盤の修羅場じゃ地が出たようでw やっぱり血が騒ぐんだろうなあ。そして、大西少佐の次に登場する謎のパイロットも…いや、初登場場面から割れてますがなw

 そんな決戦バトルに水を差す、いかにも「軍政志望です」な飯干大佐も、この作品に欠かせない味を代表する、小役人的な小悪党。

 細かい点ばかりを書いちゃったけど、本作の主軸は守川と若名がブラディマリーを追ううちに見えてくる、USJ 世界の隠された真の姿だ。表向きは綺麗事に溢れているが、歓楽街などに潜り込めば剝き出しになった欲望が吹き上げている。つまりはタテマエとホンネの剥離だ。飯干大佐は小物だからこそ、等身大の実感しやすい形でヒトの愚かさを体現する人物でもある。

 では、将軍や総督と祭り上げられる者はどうなのか。

 などと世界観を掘り下げるのもよし、ワザと勘違いした日本趣味に苦笑いしてもよし、そしてもちろんド派手なロボット同士のバトルに興奮してもよし。ダークな世界設定の中でロボットの肉弾戦が楽しめる娯楽SF作品だ。

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2021年5月19日 (水)

ヴィンス・バイザー「砂と人類 いかにして砂が文明を変容させたか」草思社 藤崎百合訳

砂は、現代の都市を形づくる主原料なのだ。
  ――第1章 世界でもっとも重要な固体

現代の高速道路の功績のうち、十分に評価されていないことの1つが、道路での死亡者数の大幅な現象である。(略)州間高速道路は(略)死亡事故の発生は1億キロあたり0.5件と、全国平均の約半分である。
  ――第3章 善意で舗装された道はどこに続くのか

【どんな本?】

 都市は砂でできている。と言っても、多くの人が「は?」と思うだろう。だが、それは事実だ。

 都市の道路も建物も、コンクリートが欠かせない。アスファルトで舗装された道路も、木造家屋も、基礎はコンクリートだ。そして、コンクリートとは、セメントに砂と砂利を混ぜたものだ。

 その砂が、尽きかけている。

 「砂なんか砂漠にいくらでもある」と言うかもしれない。だが、砂漠の砂は使えないのだ。砂にもいろいろあって、コンクリートに向く砂と向かない砂がある。そして砂漠の砂はコンクリートに向かないのだ。

 砂はどう使われているのか。どんな種類の砂があり、それぞれどんな用途に向くのか。どこで採掘され、どこで使われるのか。砂の差靴は、どんな問題を引き起こしているのか。そして、資源としての砂は、今後どうなるのか。

 身近でありながら、日頃はほとんど意識しない砂について、特に人との関わりを中心にまとめた、衝撃のレポート。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The World in a Grain : The Story of Sand and How it Transformed Civilization, by Vince Beiser, 2018。日本語版は2020年3月4日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約352頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント42字×17行×352頁=約251,328字、400字詰め原稿用紙で約629枚。文庫ならちょう厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。世界各地を巡って取材しているので、世界地図か Google Map があると、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • 第1章 世界でもっとも重要な固体
    現代都市を形づくる主原料/私たちの生活を支える砂/砂は尽きかけている/砂とはどういう物質なのか?/砂の種類と用途/砂の採掘/砂の採掘によって失われる砂浜/砂の採掘な内陸地に及ぼす影響/砂の違法採取/インドの砂マフィア/砂の採掘と闘う人々
  • 第1部 砂はいかにして20世紀の工業化した世界をつくったのか
  • 第2章 都市の骨格
    サンフランシスコ大地震を生き延びた“砂の建物”/古代のコンクリート/イギリスで復活したコンクリート/建築素材としてのブレークスルー/コンクリートの伝道者/ついに主流となったコンクリート/奇跡の素材、コンクリート/砂のもたらす財産と壮大なプロジェクト
  • 第3章 善意で舗装された道はどこに続くのか
    アメリカ州間高速道路網の計画/互いに成長を促し合う自動車とアスファルト舗装/アメリカ最初期の道路開発者/リンカーン・ハイウェイ計画/砂と砂利から始まったカイザー帝国/アイゼンハワー大統領のプロジェクト/州間高速道路のもたらした変化/郊外の拡大と土地の無個性化/砂の需要を増加させ続ける生活様式の拡大
  • 第4章 なんでも見えるようにしてくれるもの
    驚くべき物質、ガラス/ケイ砂からガラスへ/無色透明なガラスが誕生するまで/レンズの誕生が科学革命を起こす/アメリカでのガラス製造/最初の製瓶機ができるまで/製瓶機の大ヒットが広範囲にもたらした影響/ガラスのさらなる進化/日常をさりげなく支えるガラス
  • 第2部 砂はいかにして21世紀のグローバル化したデジタルの世界をつくったのか
  • 第5章 高度技術と高純度
    デジタル時代を支える砂/スプールスパインの石英/コンピューターチップ産業の誕生/スプールスパイン産の石英とシリコンチップ/秘密主義に包まれた高純度石英の清算
  • 第6章 フラッキングを推し進めるもの
    原油と天然ガスの採掘に使われる砂/砂の需要の急増がもたらしたもの/砂採掘場と処理の過程/砂の採掘が地域にもたらす影響/地域により異なる規制の姿勢/単純な対立図式に当てはまらない砂の採掘問題
  • こぼれ話 驚くべき砂の応用例の一覧(ごく一部)
  • 第7章 消えるマイアミビーチ
    砂浜は世界中で消えつつある/砂泥棒と採掘の制限/砂浜を作るというビジネス/砂浜の文化史/フロリダがビーチと休暇の土地となるまで/防波堤としての砂浜/砂墓を保護するには/養浜が及ぼす環境への影響/それでも人口は沿岸部へと流入している
  • こぼれ話 7,500,000,000,000,000,000
  • 第8章 人がつくりし土地
    ドバイに出現する“ヨーロッパの国々”/史上最大規模の人工島/砂を活用する埋め立てプロジェクト/ドバイの繁栄と砂/伸びるドバイの海岸線/奇抜な人工島プロジェクト、ザ・ワールド/土地造成と生態系の破壊/砂をめぐって高まる国際的緊張
  • こぼれ話 戦う砂愛好家
  • 第9章 砂漠との闘い
    砂が脅威になる時/砂漠化を食い止める防御壁/中国の緑化活動を支えるもの/植林プログラムは効果を上げているのか?
  • 第10章 コンクリートの世界征服
    上海の急成長を支える砂/世界を征服した建材としてのコンクリート/コンクリート支配の代償/コンクリートを劣化させる様々な原因/コンクリートの健康を支える人々/粗悪な状態にあるコンクリートの危険性
  • 第11章 砂を越えて
    砂の引き起こす問題/砂が減ることで起こる問題/バリ島とインドの違法な砂採掘/コンクリートの寿命を延ばす技術/砂のリサイクルと代替物/砂問題の根本的な解決法とは?/必ず訪れる砂不足に備えて/過剰消費社会の問題/砂よりも頑丈な土台を
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/原註

【感想は?】

 似たテーマの本に、「砂 文明と自然」がある。「砂 文明と自然」は、砂そのものの性質を扱った本で、より自然科学の色が濃い。対して本書は、砂に関わる産業と社会や自然に与える影響を主に扱っている。

 どこにでも、いくらでもありそうな砂だが、実は様々な種類があって、それぞれ向き不向きがある。推理小説のファンなら、靴や服についた砂から探偵がアリバイを崩す話を幾つか知っているだろう。

 その中でもトップ・エリートなのが、CPUなどの集積回路に使うシリコン・ウェハーだ。これはシリコンの純度が重要で、特定の地域で採掘される。

 それに次ぐのがガラス用。これも集積回路ほどではないにせよ純度が大事で、やはり採掘できる地域は限られる。たかがガラスと馬鹿にしてはいけない。あなたの家にガラス窓がなければ、どれほど住みにくいことか。

砂の応用例のうち現代世界の形成に最も深い影響を及ぼしたものはと言えば、まずはコンクリートだが、次点は間違いなくガラスである。
  ――第4章 なんでも見えるようにしてくれるもの

 加えて、ガラスは科学の発展に大きな役割を果たした。そう、望遠鏡や顕微鏡だ。顕微鏡のお陰で、コレラやペストなどの感染症も抑え込めたのだ。だけではない。多くの人が、眼鏡のお陰で救われている。私もその一人だ。

「眼鏡の発明によって、専門的職業をもつ者の知的生活は15年以上も延びたのだ」。そして、眼鏡ができたからこそ、14世紀以降にヨーロッパでの知識の蓄積量が急増したのだと考えられている。
  ――第4章 なんでも見えるようにしてくれるもの

 確か絵画の遠近法も透明なガラスのお陰で発達したとか。

 だが、本書が最も大きく扱うのは、コンクリートである。コンクリートは、セメントに砂利や砂を混ぜて作る。

コンクリートこそが、砂をめぐる世界的危機の最大要因なのであり、このコンクリートをつくるために他のどんな目的よりもはるかに多くの砂が使われている。
  ――第2章 都市の骨格

 その砂は、どんな砂でもいいってワケじゃない。ガラスや半導体ほどじゃないが、相応に向き不向きがある。

「セメントの次に、砂は、コンクリートの強度を決める最も大切な要素なのだ」
  ――第2章 都市の骨格

 サハラやゴビに砂はいくらでもありそうなもんだが、残念ながら砂漠の砂は使えない。砂漠の砂は角が丸くなっている。砂同士が直接にぶつかり合うので、角がとれてしまう。こういうのはコンクリートに向かない。対して水中の砂は、水がクッションになるので、強くぶつからず、角が尖っている。こういうのがコンクリートに向く。

 だもんで、川や湖、そして海から砂を採っている。ところが…

世界中で、砂浜はなくなりつつある。
  ――第7章 消えるマイアミビーチ

 川や海流で運ばれた砂で砂浜ができる。その砂を採掘してる上に、マイアミなどの観光地は、近くの海岸を突堤や港にしたため、海流が変わって砂が流れてこなくなった。砂は流れ出す一方なのだ。だもんで、砂を継ぎ足して砂浜を保っているのだが…

養浜では、砂浜の浸食を食い止めることはできない。
(略)砂を増量してから次の処置まで5年ももつような砂浜はまずない。
(略)しかも、この費用は必ず上がり続ける。
  ――第7章 消えるマイアミビーチ

 なぜ費用が上がり続けるのか。最初は近場から砂を調達する。でも、やがて採りつくす。そこで少し遠くの砂を採ってくる。これの繰り返しだ。

砂はとにかく重いので、輸送費用がかさむのだ。輸送距離が長くなるほど、砂の価格は跳ね上がる。アメリカにおける建設用の砂の価格は、インフレを考慮しても1978年の5倍以上となっている
  ――第11章 砂を越えて

 小さな島国のシンガポールも、積極的に埋め立てで国土を拡張しているが、当然ながら国内じゃ需要を賄いきれない。そこでマレーシアやインドネシアから砂を輸入しているのだが…。

 そんな埋め立てで派手なのが、ドバイだろう。ヤシの木みたいな形の人工島パーム・ジュメイラ(→Wikipedia)が有名だ。あの形にしたのにもちゃんと目的があって、ビーチを長くするためだとか。そのドバイ、てっきり石油で儲けた金を元手にしたのかと思ったら…

現在、アブダビで産出される石油の量は1日あたり約250万バレルだが、ドバイでは6万バレルがやっとである。実際のところ、ドバイ首長国は石油とガスの輸入国なのだ。
  ――第8章 人がつくりし土地

 じゃ、どうしたのか、というと、税制と金融政策で投資をかき集めたのだ。特に911以後に金が集まったってのが意外。アメリカに締め出しを食らったアラブの資産がドバイに移ってきたそうな。なんというか、狡猾だなあ。この辺は、読んでいて「世の中、金はある所にはあるんだなあ」とシミジミ。

 金はともかく、問題は島の素材。もともとルブアルハリ砂漠なんだから、砂は幾らでもありそうなモンだが、先に書いたように砂漠の砂はコンクリートに向かない。逆のペルシャ湾から持ってきてる。もちろん、海の環境は激変してしまう。

 そんな風に私たちは砂を食いつぶして都市を作ってるんだが…

「現在あるコンクリート構造物で2世紀以上はもちこたえられるものはほぼ存在せず、多くは50年もすれば崩れ始める」
  ――第10章 コンクリートの世界征服

 意外とコンクリートは長持ちしないのだ。染み込んだ水が凍って体積が増えればヒビが入る。芯の鉄筋が錆びれば、やっぱり体積が増えてヒビが入る。特に海から取った砂をちゃんと洗ってないと、塩分が鉄骨を錆びさせる。コンクリートはアルカリ性で、だから鉄骨の錆を防ぐ効果があるんだが、酸性雨は中和してしまう。

 安くて強くて加工が簡単と、とっても便利で、だからこそ引っ張りだこのコンクリートなんだが、現代のように急ピッチで都市化が進み始めると、アチコチで歪みがでてきてしまう。それは砂の奪い合いだけでなく…

セメント産業は、世界でもトップレベルの温室効果ガス排出源である。石灰石をセメントに加工する際に二酸化炭素が発生するのだ。それに加えて、ほとんどのセメント焼成炉では化石燃料が燃やされるため、さらに多くの二酸化炭素が排出される。(略)全世界で排出される二酸化炭素の5%から10%は、セメントの製造過程でつくられたものだ。
  ――第10章 コンクリートの世界征服

 と、エネルギーも馬鹿食いする。そうやって作ったコンクリートの道路を車が走って更に二酸化炭素を出し…と、困った循環ができちゃってる。

 じゃ、どうすりゃいいのか、というと、残念ながら本書に明確な解は出ていない。特に終盤で紹介される中国の経済成長は速度も規模も桁違いで、ちょっと怖くなる。かといって、かつての貧しい暮らしに戻れ、とも言えないし。

 身近で、どこにでもありそうで、だからこそ見過ごされがちな砂。その資源としての性質を追っていくことで、予想もしなかった世界が見えてくる。そういう点では、この手のノンフィクションにはアリガチな本だが、読みやすさ・親しみやすさは抜群だ。いまさら気が付いたんだが、草思社のノンフィクションって、分かりやすくて面白い本が多いんだよなあ。

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2021年5月17日 (月)

メアリ・ロビネット・コワル「宇宙へ 上・下」ハヤカワ文庫SF 酒井昭伸訳

「脱出しないと。このクソったれの惑星から」
  ――上巻p133

「いまはね、おばちゃんみたいな宇宙飛行士になりたいって思うの」
  ――上巻p304

「いきなさい。なにがなんでも、宇宙へ」
  ――下巻p193

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF作家、メアリ・ロビネット・コワルによる歴史改変SF長編小説。

 1952年3月3日、巨大隕石がワシントンD.C.近くの大西洋に落下した。合衆国東海岸が壊滅したほか、大西洋に面する国々は甚大な被害を被る。合衆国はホワイトハウスに加え議会開催中の上院と下院も全滅した。幸い農場視察に出ていて生き延びた農務長官チャールズ・F・ブラナンを大統領代行として合衆国政府は体裁を整える。

 エルマ・ヨークは数学の天才で計算も異様に速い。二次大戦中は陸軍航空軍夫人操縦士隊=WASPとして輸送任務をこなす。今はアメリカ航空査問委員会=NACAに計算者として勤めている。悲劇の日、エルマは夫ナサニエルと共にペンシルベニアのポコノ山脈にいた。かろうじて生き延びたはいいが、災害の影響を概算したところ、おぞましい結果が出た。

 隕石落下の衝撃で大気中に噴出した水蒸気により気候は激変し、近い将来に地球は地獄となる。人類が生き延びるには、宇宙へ飛びださなければならない。

 多くの問題を抱えつつも、国際的な協調関係を整え、人類は急ピッチで宇宙開発へと突き進む。

 実際の歴史よりも順調に宇宙開発が進んだ世界を舞台に、女でありながら宇宙飛行士を目指すエルマの奮闘を描く、爽快な宇宙開発SF。

 2018年度ネビュラ賞長編小説部門、2019年度ヒューゴー賞長編小説部門、2019年度ローカス賞SF長編部門受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Calculating Stars, by Mary Robinette Kowal, 2018。日本語版は2020年8月25日発行。文庫本で縦一段組み上下巻で本文約404頁+387頁=約791頁に加え、堺三保の解説8頁。9ポイント40字×16行×(404頁+387頁)=約506,240字、400字詰め原稿用紙で約1,266枚。文庫の上下巻としてはやや厚め。

 文章はさすがの酒井昭伸、この手の爽快なSFを手掛けたらピカ一の読みやすさ。基本的に娯楽作品なので、わからない所は読み飛ばしても結構。もちろん、マニア向けの拘りやクスグリはしこたま仕込んであります。

【感想は?】

 伝統的な素材を現代風に味付けした本格宇宙開発SF。

 まず気が付くのは、現代的な味付け。主人公のエルマが女なのもそうだが、やたら夫のナサニエルとイチャイチャするのも今風だろう。二人とも元気に…まあ、アレだ。

 60年代あたりからSFも性をテーマに取り扱いはじめたが、そこはSF。「タブーに挑む」姿勢が強く出たためか、マニアックなプレイばっかりで、普通の夫婦の営みはまず描かれなかった。そういう衒いやぎこちなさが消え、ごく自然体で描いているあたりに、SFの作家・読者ともに大人になったんだなあ、としみじみ。

 時は冷戦まっさかり。隕石が落ち、空が光ったとき、まず思いつくのが核攻撃ってあたりに、時代の空気を感じる。そこでラジオから「音楽が流れ続けている」ので核攻撃ではないと判断する所で、主人公が理系頭なのが伝わってくる。ところであなた、電が光ったとき、音が鳴るまで、時間を数えます?

 さて。宇宙への進出で最大の難点は、やっぱりロケット・エンジン。現実だと、ロケット開発を先導したのはソ連で、その目的は軍用ミサイルだった。これはソ連の宇宙開発技術を率いた「セルゲイ・コロリョフ」の伝記に詳しい。

 アメリカも核開発に熱心だったが、エノラ・ゲイとボックス・カーの成功に釣られたのか、当初は「爆撃機でいいじゃん」な方向だった。これを変えたのが1957年のスプートニク・ショック(→Wikipedia)。

 これらは、二つの意味を持っている、一つは、宇宙開発には政治的な情勢が大きく関わっている、ということ。ソ連は軍事的な目的で、アメリカも世論に突き動かされて、ロケット開発・宇宙開発に熱を入れた。もう一つは、政治的な情勢さえクリアできれば、いくらでも宇宙開発は加速できるのだ、という点。なんといっても、ロケットの開発と打ち上げはカネがかかるし。

 その政治的情勢を隕石落下にするのも巧いが、そこで農務長官をトップに据えるのもさすが。ロケットと農業は一見関係なさそうだが、気候変動を絡めたのが賢い。なんたって農業は日照りや冷夏など、天候に左右される産業だし。

 といった宇宙開発に並んで本書の大きなテーマとなっているのが、性別や人種の問題。

 時は1950年代。アメリカじゃ公民権運動(→Wikipedia)が盛り上がり始めたころ。実際、アメリカの最初の宇宙飛行士オリジナル・セブンも白人の男ばっかりだった。彼らを扱ったトム・ウルフの「ザ・ライト・スタッフ」は傑作ドキュメンタリーであると同時に、本書の参考図書としてもお薦め。特に本書の下巻に入ってからの展開は、宇宙飛行士をめぐる人間関係が実にリアルに描かれている。

 オリジナル・セブンはみな白人の男、しかも軍のパイロットばかりだ。空軍3人、海軍3人、海兵隊が1人。心技体とも卓越しており、度胸があって、鼻っ柱も強い。そういう世界に、女のエルマが割り込もうとすれば、どうなるか。有形無形の困難を、どうやって乗り越えていくのか。

 そういう点で、本書は王道の冒険物語の楽しさも併せ持っている。見たこともない巨大怪獣とは違い、男社会に女が割り込もうとして味わう困難は、少しでも想像力があれば誰だって切実に感じるだろう。そして立ちふさがる壁が高ければ高いほど、冒険物語は盛り上がるのだ。

 エルマの仕事が「計算者」なのも、本書の美味しい点の一つ。よく「1969年に月へ行ったアポロ宇宙船のコンピュータは任天堂のファミコンより貧弱だった」とか言われる。69年にファミコン未満なんだから、50年代は推して知るべし。「あの計算機、室温が18℃を超えると計算がおかしくなる」には苦笑い。ICどころかトランジスタでもなく真空管だろうし、何かとデリケートなんです。Fortran の開発が1954年だから、当時はアセンブラだろうなあ。

 そんなんだから、問題によっては機械より人間のほうが速かったりする。機械は式をいじれないけど、ヒトは式を最適化して計算量を劇的に減らせるし。とかの事情が、エルマの運命に大きく関わってくるのも、思わず脱帽しちゃうところ。

 そして、冒険物語に欠かせない最後のピースが、強く魅力的な悪役。本書ではステットスン・パーカー大佐が強大かつ狡猾な敵として立ちはだかる。なかなかに傲岸不遜でムカつく登場をするんだが、肝心のパイロットとしての腕も優れているのがいい。いかにも伝統的な戦闘機パイロットなんだよなあ。

 加えてF-86セイバーやP-51マスタングなど、往年の名器が顔を出すのも、マニアには嬉しいサービス。

 不利な立場に居る者があまたの困難を乗り越える冒険物語として、宇宙開発の生々しい現場の空気を味わえる宇宙開発SFとして、そして「人類が辿れたはずのもう一つの道筋」を照らす物語として。明るい未来を望むSFの王道を、新しい味付けで蘇らせた、爽快な長編SF小説だ。

 にしても<浮き足くん>、最後まで名前が出ないのは酷くね? ぜひ続編では活躍してほしい。

【余計なおせっかい】

●第二次世界大戦時、アメリカ空軍は存在しない。当時は陸軍航空軍だった。大戦後の1947年に陸軍から分かれて空軍となる。

●アン・スペンサー・リンドバーグは、初の大西洋単独無着陸飛行を成しとげたチャールズ・リンドバーグの娘で作家。

●サビハ・ギョクチェン(→Wikipedia)はトルコの国父ケマル・アタチュルクの養女で世界初の女性戦闘機パイロット。

●プリンセス・シャホフスカヤ(→英語版Wikipedia)はロシア皇帝のいとこ。第一次世界大戦では偵察機で活躍した。本書では史実と違う運命を辿る。

【関連記事:小説篇】

【関連記事:ノンフィクション篇】

【今日の一曲】

空へ - カルメンマキ&OZ

 本書は「宇宙へ」と書いて「そらへ」と読む。となれば、この曲でしょう。黎明期、男だけの世界で女が頑張るお話でもあるし。カルメン・マキも、男ばかりの日本ロックの黎明期に、ド迫力のサウンドで男と肩を並べるどころか、むしろシーンを引っ張る活躍を果たしました。逆に力強い歌声と凛とした佇まいの印象があまりにもハマりすぎて、以降は「ロックをやる女は女王然としてシンガーを務めなきゃいけない」みたいな思い込みを日本のロック・ファンに刷り込んじゃった罪な人でもあります。こういう強烈なロールモデルとなった所も、本書のテーマと響き合うところ。

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2021年5月14日 (金)

アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 2

イスラム以前にもメッカへの巡礼はすでに行われ、イスラムの言い伝えによればカーバ神殿はイスラム教の主要な聖地となる前は、キリスト教の像を安置していたという。
  ――第11章 新しい音楽

活字は、使われるまでは活字ケースに保管されていた。ケースは上段に大文字をしまい、下段に普通の文字をしまうようになっていた。そこから“アッパーケース(大文字)”“ロアーケース(小文字)”という言葉が生まれたわけである。
  ――第13章 大陸の分断

 アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 1 から続く。

【はじめに】

 中国で生まれた紙は、その安さや手軽さから従来の竹簡に成り代わり、次第に記録媒体としての地位を獲得してゆく。当初は蔑まれた紙だが、だからこそ従来の枠組みに囚われない小説などの新しい様式を生み出す。

 そんな紙は、タラス河畔の戦いを契機として中央アジアへと進出し、さらに世界を大きく変えてゆく。

 人類文明の進歩を促した革命的な技術の歩みを、東から西へと辿ってゆく、一般向けの歴史解説書。

【シルクロード】

 保守的で竹簡に拘った中国のお役所も、やがて紙の便利さに目を留め、次第に紙へと移行してゆく。税金や命令など、お役所は大量の記録が必要だし。これを活用したのが、モンゴル帝国。

パクス・モンゴリカの大きな強みは、何より情報の伝達に優れていたことだった。
  ――第6章 東アジアを席巻する紙 文と仏教と紙

 なんたって当時の最速の通信媒体であある馬に関しちゃ、モンゴル人はエキスパートだし。40~50kmごとに駅舎をつくり、馬を乗り換えて通信文を運んだのだ。その速度、急行便なら一日で約300km。この辺は「情報と通信の文化史」にもあったなあ。

 もっとも、そんな風に猛スピードで突っ走ったのは公の情報だけで、民間の情報通信や輸送は、というと…

シルクロードを単独で行き来していた商人は、自分たちが売りさばく物品のように、遠く旅することはほとんどなく、物品は商人の手から手へと売られていた。そのなかで思想や製法を伝搬することは、商品を運搬するよりも遥かに難しかったはずだ(略)。
  ――第8章 中国からアラビアへ

 一人または一隊の商人がモノを運んだんじゃなく、転売に転売を重ねて流通していったのですね。そりゃ胡椒の価格も跳ね上がるわけだ。この構図が変わったのが、751年のタラス河畔の戦い(→Wikipedia)。これで製紙の技術が中国から中央アジアへと流出する。ちなみに軍事的にも政治的にも、タラス河畔の戦いそのものは「些末な出来事」だとか。

【イスラムとの出会い】

 とまれ、この戦いを機に、本書の舞台も中央アジア~アラビアへと移ってゆく。となれば、主役を張るのはクルアーンだ。ただ、かの地のクルアラーンは、単なる聖典とはいささか受け取られ方が違う。

今日でさえ、ほとんどのイスラム教徒は、本のページに書き記された言葉としてではなく、何よりもまず朗誦されるものとしてクルアーンに出会う。
  ――第11章 新しい音楽

今日にいたるまで朗誦と文字の緊張関係は続き、クルアーンは黙読するものではなく朗誦すべきだと考えられている。
  ――第11章 新しい音楽

 思うに、クルアーンは文章より楽譜に近いんじゃないだろうか。テンポ・強弱・高低そして声の質、全てが大事なのだ。

 格好のパートナーであるクルアーンに出会った紙は、やがて中東に豊かな書籍文化を育ててゆく。

11世紀のバグダードの町を歩けば、100軒以上の書店を見つけることができただろう。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 これだけ豊かな書籍文化が栄えれば、トンガったマニアも出てくる。

愛書家のフサイン・ビン・イスハークは、一冊の本を探し求めてパレスチナ、エジプト、シリアを巡り、結局ダマスカスでやっとその半分を見つけた。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 自動車もない時代に、欲しい本を見つけるため、アラブ中を駆け巡るとは、敬うべきヲタク根性だよね。

 もちろん、栄えるだけあって、紙もまた文化に大きな返礼を返す。

紙は勤続細工、磁器製造、織物、陶器製造、編み物、建築なども変えてしまった。はじめにデザインを描きだし、何千マイルも離れた地に住む職人仲間に贈ることができたからだ(ペルシアの細密画、オリエンタルな絨毯、タージマハルは、紙が可能にした文化交流なしには存在しえなかっただろうと言われている)。
  ――第12章 バグダードからもたらされた紙と学問

 それまでは直接に職人の処へ出向き仕様を伝えなきゃならなかったのが、仕様書を送ってブツを送り返してもらえばいい、そういう工程が可能になったのだ。グローバル経済バンザイ。

【そして欧州】

 やがて欧州に達した紙は、もう一つのパートナー、活版印刷と出会う。これを巧みに活用したのが、かのマルティン・ルター。今でいうマルチメディア戦略を駆使した食わせ者みたく思い込んでいたが、本書に登場するルターは炎上に苦しむブロガーのようで、ちょっと親しみが持てる。彼がドイツ語に訳した聖書は大当たりで…

紙の歴史の中で、一冊の本(九月聖書、ルター訳のドイツ語聖書、→Wikipedia)がこれほどまでに即座に読者を引きつけた例はほかにない。
  ――第13章 大陸の分断

 なのはいいが、すぐに質の悪い海賊版に悩まされるあたりも、まるきしパクリに悩むブロガーを思わせて他人事とは思えない。新しい情報伝達媒体の出現による諸問題は、ルターが一通り経験してるんじゃなかろか。

 もう一つ、安価な紙と印刷技術で書物が普及したために、意外な影響が出る。

マシューの聖書で使われていた単語、言葉遣い、構成、様式は英語を統一する力となり…
  ――第14章 ヨーロッパを翻訳する

 「英語」が、固まったのだ。何かの本で読んだんだが、シェイクスピア以前と以後では、以後の方が英語の変化が少ないとか。書物として言葉が固定し人々に普及すると、みなさんソレが「正しい言葉である」と考えるようになるのだ。

 紙と印刷で本が安くなれば、市場も広がる。それまでの貴族から、女子供も本を読むようになり、「小説」が成立する。こういう社会的に立場が弱い者が好むモノは往々にして蔑まれるんだが、だからこそシガラミがなく自由な芸風が花開く…って、どっかで聞いたような。

 そして、意外な分野にも紙と印刷は恩恵を与える。

音楽への印刷物の最大の貢献は、広範囲に広まることで、まったく異なる伝統と互いに触れあえるようになり、ヨーロッパの作曲家と演奏家が密接に結び付いたコミュニティを生んだことだった。
  ――第15章 新たな対話

 五線譜に近い記譜法はあったが、何せ手書きだ。量産はできない。けど、印刷なら何部でもお任せ。もっとも、個々の文字が分かれている文章とは違い、五線譜は色々と苦労したようだけど。現代は専用のコンピュータ・ソフトがあるけど、その前はどうやってたんだろ? スラ―とか。

 それよりなにより、紙が音楽に与えた最大の恩恵は、バッハの曲を蘇らせた事だろう。生前のバッハはオルガン奏者としてはともかく、作曲家としてはほぼ無名だった。死後半世紀たってから遺された楽譜が印刷され、現在の評価につながったのだ。それまでも死後に高く評価される画家はいたけど、音楽家や小説家にも光が当たるようになったのは、紙と印刷のおかげだろう。

 そしてもちろん、科学にも。

この時代(=ルネサンス)、人文学者や科学者がそれぞれの興味の的を追求することができたのは、印刷ではなく紙そのもののおかげだった。すばらしい図書館を得た学者たちにとって必要になったのが、「メモをとること」だったのである。
  ――第16章 大量に印刷する

 これを象徴するのがティコ・ブラーエ(→Wikipedia)。彼が記した天体観測データは、やがてヨハネス・ケプラーによりケプラーの法則として結実する。そのデータを記録するために、ティコ・ブラーエは製紙工場まで作っている。無茶しやがって。

 たかが紙、されど紙。ソレを記録し、伝える手段の進歩は、往々にしてソレの飛躍的な進歩を促す、そんな物語として。また、新しい媒体の登場は、古い世代のシガラミを振り払い新しい地平の開拓する足掛かりとなる、そういう現在も進みつつある歴史のパターンとして。それに加え、仏教・イスラム教・キリスト教の性格の違いを照らし出す試料として。読者の視点によって、さまざまなストーリーが読み取れる本だ。

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2021年5月13日 (木)

アレクサンダー・モンロー「紙と人との歴史 世界を動かしたメディアの物語」原書房 御舩由美子・加藤晶訳 1

本書で描くのは、世界のあらゆる場所で歴史を動かし、時代を変える大事件や民衆運動の“パイプ役”を果たしてきた、なめらかでしなやかな物質の物語だ。
  ――第1章 紙の来た道をたどる マルコポーロが見た紙

【どんな本?】

 私たちの暮らしは紙に包まれている。手紙や葉書、役所の書類、新聞、スーパーのチラシ、そして書籍。印刷物だけではない。キッチンペーパー、ティッシュペーパー、薬包紙、段ボール、紙コップ、そして障子や襖。

 紙は紀元100年ごろに中国の蔡倫(→Wikipedia)が発明したとされるが、実際には紀元前から存在したようだ。その後、中国からユーラシア大陸を西へ西へと向かう中で、それぞれの土地の文化や社会に大きな変化をもたらしてゆく。

 紙が辿った道筋を追いながら、それぞれの土地と時代に生きた人びとの暮らしを描き、また紙がもたらした新しい技術や文化を紹介する、ちょっと変わった「もう一つの人類史」。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Paper Trail : An Unexpected History of a Revolutionary Invention, by Alexander Monro, 2014。日本語版は2017年2月7日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約440頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×440頁=約356,400字、400字詰め原稿用紙で約891枚。文庫なら厚い一冊が薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただ馴染みのない地名がよく出てくるので、地図帳か Google Map があると便利だろう。

【構成は?】

 全体は、ほぼ時系列順に進む。また地理的にも、中国を出発点としてユーラシア大陸を西へ向かって進む。各章は比較的に独立しているので、興味がある所だけを拾い読みしてもいい。

クリックで詳細表示
  • 第1章 紙の来た道をたどる マルコポーロが見た紙
  • 第2章 文字・粘土板・パピルス
  • 第3章 古代中国の文書
  • 第4章 紙の起源
  • 第5章 中央アジアの発掘から
  • 第6章 東アジアを席巻する紙 文と仏教と紙
  • 第7章 紙と政治
  • 第8章 中国からアラビアへ
  • 第9章 書物を愛で者たち
  • 第10章 本を築く
  • 第11章 新しい音楽
  • 第12章 バグダードからもたらされた紙と学問
  • 第13章 大陸の分断
  • 第14章 ヨーロッパを翻訳する
  • 第15章 新たな対話
  • 第16章 大量に印刷する
  • エピローグ 消えゆく軌跡 
  • 訳者あとがき/原注

【感想は?】

 東アジアに住む者としては、ちょっと嬉しい歴史の本だ。

 なんと言っても、中国から始まって西へ西へと物語が向かっていくのが嬉しい。こういう紀元前から始まる歴史書は、せいぜいメソポタミアあたりから始まってヨーロッパが中心となるんだが、この本は中国から中央アジア,アラビアそしてヨーロッパへと向かう。どうも世界史=欧州史みたいな印象があるが、他の土地にだって人が住んで暮らし文化を育んできたんだぞ。

 例えば文字にしたって…

文字は少なくとも三つの独立した古代文明で誕生している。シュメール、中国、そして紀元前三世紀の中央アメリカである。
  ――第2章 文字・粘土板・パピルス

 もっとも、本書で扱うのは中国のみだけど。

 現代では紙コップやティッシュペーパーなど、紙は生活資材としても使われる。だが、歴史的に見ると、やはり情報媒体としての役割が大きい。本書も、多くは情報の記録・伝達媒体としての役割が中心となる…と、思うでしょ。ところが、だ。

紙が当初から書写材として発明されたと信じる歴史学者は一人もいない。
  ――第4章 紙の起源

 そもそも「蔡倫が紀元100年ごろ(後漢の時代)に発明した」ってのも不正確で、「実際のところは、すくなくともその300年前にはつくられていた」らしい。現実に「紀元前二世紀末に中国でつくられた大麻の包装紙が現存している」。じゃ蔡倫はなにをしたかというと、官製のプロジェクトとして原材料と工程を改善した。お役所の仕事だから、正式な歴史書に記録が残り、よって蔡倫の名も残ったわけ。

 とまれ、当時の記録媒体の主流は竹簡。だもんで、お偉方は紙を馬鹿にする。竹簡に書かれたモノは偉くて賢く、紙に書かれたモノは低俗、そんな扱いだった。もっとも、こういう偏見も、逆に新しい文化を生むキッカケになるから世の中は面白い。

以前は不適切だと考えられていた文学の形式も、表舞台に登場した。短編小説、恋愛詩、民話などがそれで、竹簡の時代には高価な書写材に似つかわしくないという理由で口承によって語り継がれていたが、ようやく日の目を見て、格上げされたのである。
  ――第5章 中央アジアの発掘から

 なんたって紙は安いし場所を取らず面積が広い。だもんで、沢山の文字が書ける。おまけに、堅苦しいお役所の目も届かない。媒体が変わったことで、それまでのシガラミから解き放たれ、新しいモノを生み出す土壌が生まれたのだ。こういう蔑まれる所から新しいモノが生まれるパターンは、現代でもSFや漫画やライトノベルで繰り返してる。

 これが更に時代が進み、20世紀ともなると…

1920年代の終わり頃には、中国語の日常的な言い回しや文章が公式なものとして紙に記されるようになった。かくして一般大衆が儒教徒を打ち負かし、書籍や法律上の文書、行政上の文書、新聞に記される文章は平易な口語で書かれることが多くなった。その流れも、元をたどれば劉が気づいたとおり、一世紀、幅広い読者に届けることを目的として、仏典をごく普通の口語に翻訳した時代を発端とする。
  ――第8章 中国からアラビアへ

 いわゆる言文一致だね。これまでの堅苦しい文語体から、話し言葉に近い口語体へと変わってゆく。この変化を促したのが、「翻訳」なのが面白い。日本の言文一致も、開国により他国語からの翻訳が増えた直後に始まった。思うに、翻訳だと韻を踏むのが難しいせいかも。

 もっとも、現代でもお役所言葉の意味不明さは相変わらずは独特で、例えば商法の「社員」は株主の意味だったり(→Wikipedia)。わかるかい、そんなん。

 ここでもう一つ、本書の重要なテーマが顔を出す。仏教だ。中国生まれの道教・儒教に対し、仏教は舶来品。それを中国に根付かせるために、仏典の翻訳文は親しみやすい言葉遣いにしたのだ。

 中国では仏教が重要な役割を担ったが、中央アジアと中東ではイスラムが、欧州ではキリスト教が、紙と書物の歴史で大きな意味を持つ。要は聖典ですね。ただ、それぞれの性格が見事に違うのも面白いところ。

 後継者が勝手に新しい経典を作ってしまうユルさ極まる仏教。禁欲的なまでにムハンマドの言葉を忠実に集め正確さに留意して検証し、アラビア語に拘ったイスラム教。なぜかヘブライ語ではなくラテン語が正統とされ、その後ルターから始まる各国語への翻訳が革命を引き起こすキリスト教。それぞれが広まった土地と時代の空気が鮮やかに反映してる。

 ダラダラと書いてたら長くなったので、続きは次の記事に。

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2021年5月 4日 (火)

SFマガジン2021年6月号

「あなたはSF作家になりますか? それとも、裏SF作家になりますか?」
  ――小川哲「SF作家の倒し方」

 376頁の普通サイズ。

 特集は樋口恭介監修による「異常論文特集」で、活きのいい作家による異常な作品が10本。

 小説は8本。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第36回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第8回,藤井太洋「マン・カインド」第16回。

 加えて読み切り4本。上遠野浩平「悲観人間は心配しない The Pessimistic Man」,サラ・ゲイリー「修正なし」鳴庭真人訳,ニベディタ・セン「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」大谷真弓訳,デイヴィッド・ドレイク「殲滅の代償」酒井昭伸訳。

 では「異常論文特集」から。

 木澤佐登史「INTERNET2」。INTERNET1 は荒廃し、自ら壊れた。だがいま私は INTERNET2 にいる。ここはとても素晴らしい。21世紀、分子生物学者ミシェル・ジェルジンスキが証明した、あらゆる遺伝子コードの複製可能性が突破口となり…

 もともと Twitter の冗談から始まった異常論文特集のトップバッターが INTERNET2 というのは、なかなか皮肉が効いてる。いや表紙を別にすれば、だけど。もちろん IPv6 とか、そんなチャチなもんじゃねえ。

 柞刈湯葉「裏アカシック・レコード」。裏アカシック・レコード。そこには、世界のすべての嘘が収録されている。ほぼ無限の容量を持つらしいが、内部の構造などはわからない。また検索には膨大なエネルギーが必要なため、使える者は限られる。問い合わせが偽であれば有限の時間で解が出るが、応答にかかる時間は予測不明だ。

 「問い合わせが偽なら有限の時間で解が出る」がミソ。真の場合は無限に時間がかかるわけで、問い合わせを巧く工夫しないといけない。つか予め全ての解を収録しているのかw ネッシーの問い合わせには大笑い。そうきたかあw

 陸秋槎「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」。魔術師が縄を放り上げると、縄が空中に直立する。魔術師の弟子が縄をよじ登り、空中に姿を消す。これがインディアン・ロープ・トリックだ。この魔術には世界各国に様々なヴァージョンがあり…

 古典的な奇術であり、そのトリックばかりか真偽までが議論の的となっているインディアン・ロープ・トリックをネタに、真面目に文献を漁ってルーツと変転を調べつつ、その真相に迫る…ハズが、例のあの人が出てくると途端に…

 青山新「オルガンのこと」。MD-KOT-001、学習用の献便パッケージ。肛門からロッドを刺し、トリガーをひく。腸壁が演算を始める。

 ヒトの腸内には多種多様な細菌が住んでいて、人それぞれに独特の生態系を構成している、という最近流行りの説をとっかかりに、異様な世界を描き出す作品。

 難波優輝「『多元宇宙絶滅主義』と絶滅の遅延――静寂機械・遺伝子地雷・多元宇宙モビリティ」。苦痛を感じるすべての生物は絶滅させるべきだ、との思想に基づき、「持続可能な絶滅」が世界の基本方針となった。ただし、宇宙は一つとは限らず…

 「持続可能な絶滅」で黒い笑いが出る。一瞬、フレッド・セイバーヘーゲンのバーサーカー・シリーズになるのかと思ったら、甘かった。うーむ、宇宙を越えてまで絶滅させるのかあ。

 柴田勝家「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」。宗教性原虫は単細胞真核生物である原生生物に似ているが、同じではない。言語現象を媒介して人間に寄生する。時として重篤な宗教性原虫感染症を引き起こすが、人類の誕生から共生関係を築いており、根絶は難しい。

 タイトルの「宗教性原虫」からして人を食っている、というか食いまくり。言われてみれば確かに、宗教を実体のある生物としてみれば、新しい展望が開けるかも…って、おいw

 小川哲「SF作家の倒し方」。SF作家には二種類ある。池澤春奈が率いる表SF作家と、大森望が率いる裏SF作家だ。SF作家は、デビュー時に、どちらの陣営に加わるのかを選ばなければならない。

 いきなり実名が出てきて、大丈夫か? と持ったら、中には次から次へと実名が続々と。三大危険SF作家とか、もう笑いが止まらない。でも監修者がケツまくって逃げるのはズルいと思うw

 大滝瓶太「サムザの羽」。数学者アルフレッド・ザムザは二つの命題を掲げた。1)たとえその小説が無矛盾であっても、そのなかには真相を同定しえない問題が存在しうる。2)たとえその小説が無矛盾であっても、自身の無矛盾性を証明できない。

 ゲーデルの不完全性定理に始まり、フランツ・カフカの小説「変身」の主人公グレーゴル・ザムザは、何の虫に変身したのか、という疑問、そして後期クイーン問題(→Wikipedia)へと話は飛び、有名な文学作品のパロディも交えた、人を食った作品ザムザの虫、私はゲジゲジみたいな多足類だと思う。

 倉数茂「樋口一葉の多声的エクリチュール――その方法と起源」。1896年、24歳の若さで没する直前のわずか1年半で、「にごりえ」「たけくらべ」などの傑作を生みだした樋口一葉の生涯を辿り、彼女の独特の文体が醸し出す効果と、その文体を会得した謎を探る。

 ちょっとしたミステリ仕立てになっている。とまれ、改めて考えると、学問ってミステリそのものだよね。言文一致文と、樋口一葉の文体に、そういう効果があるってのは、全く知らなかった。ウィリアム・ギャディスが「J R」でやろうとしたことに近いのかな?

 鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)「無断と土」。2028年、開発者不明のホラーゲーム「Without Permission Soil」がWeb上で流通しはじめる。このゲームは1900年生まれで1949年に亡くなった詩人・菅原文草の作品をVRゲームとして具体化したものと思われ…

 ちょっと"菅原文草"で検索したら…うん、そうじゃないかと思った。バグを利用して無限に発展していくゲームって発想が冴えてる。

 「異常論文特集」はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」第6話。飛燕こと日本空軍のF-4に乗り込み、田村伊歩大尉はエンジンをかけた。サポートするのはFAFのアーモン・フェース中尉。視界の向こうでは日本海軍の四機が待機している。そして発進しようとしているのは、今回の対戦相手。雪風とレイフ。

 待ってました、飛燕&田村 vs 雪風&深井。ボクシングの試合前、両選手がにらみ合うような緊張感が漂う場面が続く。いや機体とパイロットのチーム同士だから、プロレスのタッグマッチだろうか。もっとも、今回は田村大尉の視点のみだけど。田村大尉、ゴングが鳴る前にいきなり突っかかってるしw また二ヶ月も待たされるのか。いけず。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第36回。イライジャの眼鏡に化け、<誓約の銃>がアジトとするヨット<黒い要塞>に潜り込んだウフコック。そこでイースターズ・オフィスに向け信号を発し、さっそくマクスウェルらに正体が露見した。

 今回も視点は三つ。葬儀の場面、ハンターの孤独な戦い、そしてイースターズ・オフィス vs <誓約の銃>。イースターズ・オフィス出撃の場面は由緒正しい少年向け漫画のワクワク感がいっぱい。マルドゥック・シティの富豪たちから「俺にも使わせろ」と横やりが入るんじゃなかろか。もちろん私も欲しい。にしても<誇り高き鉄パイプ>ってw らしいと言えばらしいけどw

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第8回。大館いつきは自転車で児玉佐知の家へと向かう。佐知の母を思い出す。いつだって佐知の母は家にいた。佐知のために用意された、「夕方のお母さん」。だが、今日は鍵がかかっている。

 今回の冒頭はホラー仕立て。玄関を開けた場面もイヤ~ンな感じだが、奥へ入るに従い、その感じは更に高まってゆく。改めて読むと、この作品、視点というか認識の層がやたらと複雑だ。登場人物たちが見聞きする情報、それにヒトとして対応する層、そして園丁としての認識。園丁が「自分は園丁だ」と分かっているあたりが、ややこしい。

 上遠野浩平「悲観人間は心配しない The Pessimistic Man」。今回、製造人間ウトセラ・ムビョウの前に現れたのは、悲観人間ベルベット・アルファベット。脳の前頭葉に演算チップを埋め込み、統合和機構のいずれの派閥にも属さず、単独で“経費削減”のために活動する合成人間。

 経費削減や効率化のため邁進する人…って、どの組織でも嫌われるよね。統合和機構でもそうなのか、と妙に納得しちゃったり。にしても、「おまえと話をしたがる者など、誰もいない」って、ヒドすw ムビョウやヒノオ、そして統合和機構そのもの目的までが仄めかされる回。

 サラ・ゲイリー「修正なし」鳴庭真人訳。アンナが書いた原稿「自動運転車の良心と交通事故犠牲者」。編集側は「本文はすばらしい」としつつも、脚注に問題があると指摘する。だがアンナは…

 2段組みで本文は1段ほどなのに、脚注は7段を占める異様な体裁。その脚注で、著者と編集者の火花散る睨み合いが展開する異色作。

 ニベディタ・セン「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」大谷真弓訳。1891年、英国の探検隊はラトナバール島に上陸する。そこで出会ったのは、ほとんどが女性と子どもで構成された先住民だった。この出会いは悲劇的な結末を迎え…

 これまた4頁の掌編。しかも、全てが引用で構成された、これまた異様な作品。いやまあ、「先住民のふるまう歓迎の食事」で、イヤ~ンなオチは覚悟していたけど…

 藤井太洋「マン・カインド」第16回。ついに始まった<テラ・アマソナス>と<グッドフェローズ>の公正戦。その中継を見ていたヨシノらは、一つの場面に注目する。アマソナスのカミーロが、グッドフェローズの撃つ弾丸を避けたのだ。

 次々と明らかになる、ORGANに隠された能力。見せびらかすようなカミーロの戦い方には、どんな意図があるのか。そういう能力を、なんだってこんな事に使うかなあ。私ならパコ・デ・ルシアの絶技を←しつこい

 デイヴィッド・ドレイク「殲滅の代償」酒井昭伸訳。最強の傭兵部隊<ハマーの殲鎚>は、惑星スラッシュで進軍中。今回の雇い主は中央政府、依頼の内容は狂信者集団デンソン教徒。敵も傭兵<フォスター歩兵部隊>を雇っている。

 戦車SF。もっとも彼らの戦車は無限軌道じゃなくてホバー式だけど。戦車・随伴歩兵・砲兵など様々な部隊が互いに協力し合うのはもちろん、それらが情報ネットワークで密接につながっているあたりが一味違う。つか傭兵団が戦車を持つかあ。

 次号で「マン・カインド」最終回。これは楽しみ。

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