劉慈欣「三体」早川書房 立原透耶監修 大森望,光吉さくら,ワン・チャイ訳
「全宇宙があなたのために点滅する」
――p105「ニセ科学がいちばん恐れるのは、騙すのがものすごくむずかしいタイプの人間――マジシャンだよ」
――p152「人類全体が、だれも祈りを聞いてくれないところにまで到達したんです」
――p226「三体問題に解は存在しない」
――p260「人類の専制を打倒せよ!」
――p276「艦隊は、いまから四百五十年後に到着する」
――p346
【どんな本?】
中国のベテランSF作家である劉慈欣が、世界中に大旋風を巻き起こした話題のSF長編。
汪淼の専門はナノ素材で、ナノテクノロジー研究センターに勤めている。いきなり警察に踏み込まれ、謎の組織「作戦司令センター」に連れ込まれた。そこには軍人と科学者ばかりか、NATOの連絡将校とCIAまで居る。聞かされた話は更に奇怪なものだ。
最先端の物理学者が集い交流を促す国際的学術組織<科学フロンティア>、そのメンバーである優秀な理論物理学者次々と自殺している。<科学フロンティア>に参加し、内情を探ってほしい。その一人は、汪淼が尊敬する楊冬もいた。
物理学者には基礎系と応用系がいる。<科学フロンティア>は基礎系の集まりだが、汪淼は応用系だ。汪淼は迷った末に話を受けるが、今度は奇怪な事件が汪淼の身に降りかかり…
2006年の第19回中国銀河賞特別賞、2015年ヒューゴー賞長編小説部門賞、2020年星雲賞海外長編部門受賞など、SFに関わる世界中の主要な賞を総ナメにしたほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019でも、2位のピーター・ワッツ「巨星」にダブルスコアの大差をつけて堂々のトップに輝いた。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は劉慈欣「三体」重慶出版2008年1月+The Three-Body Problem, 2014。日本語版は2019年7月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約416頁に加え、大森望の訳者あとがき9頁+立原透耶の監修者解説3頁。9ポイント45字×21行×416頁=約393,120字、400字詰め原稿用紙で約983枚。文庫なら上下巻ぐらいの長さ。
文章はこなれていて読みやすい。内容は直球のサイエンス・フィクションだし、最新の物理学の成果を惜しげもなくつぎ込んでいる。が、それらは口うるさいSFマニア向けの仕掛けなので、わからなかったら無視してもいい。むしろハラハラするサスペンスと、思いっきりフカした大法螺を楽しむ娯楽作品だ。
【感想は?】
オラフ・ステープルトンの壮大な哲学を骨組みとして、バリトン・J・ベイリーの奇想で肉付けし、ロバート・R・マキャモンの外連味で味付けした、骨太ながらもサービス満点な娯楽作品だ。
SF者として言いたい事は沢山あるが、まずは娯楽作家としての手腕を語りたい。
まず、冒頭の文化大革命の場面の生々しい迫力が素晴らしい。著者は「政治的意図はない」としている。だとすれば、これは娯楽作としての意図だ。ハリウッド映画の脚本では、始まってスグに観客を引き込め、と言われる。冒頭にショッキングな場面を置くのは、この定石に適っている。
などと思っていたら、次は主人公の汪淼がいきなり警察に連行される。先の文化大革命で中国の当局の危険を散々思い知らされた直後だけに、この衝撃は大きい。が、その後も衝撃は次々と読者に襲い掛かる。あの中国で、軍人が中心を占める<作戦司令センター>に、なんとNATOの士官とCIAまで居る。おいおい。
「中国人の作品だから、きっとお説教臭くて退屈なんだろう」なんて思い込みは、この辺ですっかり吹っ飛ぶだろう。と同時に、三国志演義よろしく「じゃ稀有壮大だけど荒唐無稽なのね」となりそうなもんだが、どっこいそうはいかない。
私が感心したのは、<作戦司令センター>でコンピュータ機器が乱雑に置かれている描写だ。後先考えない突貫作業の結末を、たった数行で見事に描き切っている。多少なりともネットワーク管理などを齧った人なら、思わず悲鳴をあげてしまうだろう。
こういうリアルなメカの描写は、私たちが思い浮かべる中華ファンタジイとは明らかに一線を画すもので、むしろスティーヴン・キングなどアメリカの人気作家が生み出すリアリティに近い。
そういうリアリティで読者を物語に引きずり込んだ直後に、いきなり大法螺をかます。自殺した物理学者の遺言に曰く。
これまでも、これからも、物理学は存在しない。
――p66
この辺から、物語は次第にホラーの雰囲気をまとい始める。次に汪淼の身に起きる怪奇のあたりは、瀬名英明のデビュー作「パラサイト・イヴ」の後半を思わせるカッ飛び感があったり。
わたしはこれで「なるほど、ホラーか」と思い込んだんだが、終盤で見事にカウンターを食らった。ホラーなんてとんでもない、SFの王道ド真ん中をいく剛速球でフッ飛ばされた。いやあ、とんでもねえ力技だ。
そう、著者のSFに対する深い愛情も、そこかしこに溢れている。これも<作戦司令センター>の場面で、アシモフの傑作短編が出てきたり。
噂のゲーム「三体」の場面でも、「折りたたみ北京」収録の短編「円」ををどう組み込むのか、楽しみにしていたんだが、そうきたか~、とひたすら感心するばかり。<秦1.0>とか、大笑いが止まらない。
などと、大法螺をカマしながら来た終盤、<ジャッジメント・デイ>襲撃作戦の場面では、山田正紀のアクション作品を彷彿とさせる鮮やかなアイデアが炸裂するんだからたまらない。ラリイ・ニーヴンのリングワールドに出てきたアレをちょいと拝借しつつ、その欠点を綺麗に解決しているのも嬉しい。
冒頭は緊迫感あふれるリアリティで読者を引きずり込み、ホラーっぽい仕掛けで恐怖を煽り、<三体>ゲームで壮大なスケールに慣れさせた後に、極大のアイデアで読者の想像力をブッちぎる。娯楽作品としても本格SFとしても、思いっきり楽しめる作品だ。いやあ、面白かった。
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