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2021年3月21日 (日)

山田正紀「戦争獣戦争」東京創元社

「また大きな戦争が始まる……」
「蚩尤が現れる、黄帝が出現する……」
  ――p66

【どんな本?】

 圧倒的なアイデアで読者の脳を激しく揺さぶるベテランSF作家の山田正紀が、太平洋戦争以降の極東を舞台に描く、長編本格SF小説。

 26歳の蒔野亮子は、IAEA=国際原子力委員会の特別査察官として、北朝鮮の使用済み核燃料保管施設を訪れる。使用済み核燃料貯蔵プールは酷い状態だった。水は濁り藻が繁殖し、底では体長15~6cmほどのムカデのようなものまで泳いでいた。

 1950年、広島。地元の暴力団は二つの派閥に分かれ、激しく争っていた。石嶺夏男は争いを煽り、双方に拳銃を流してあぶく銭を稼いでいる。バレればただじゃ済まない。事実、刺客に襲われ…

 身に宿した刺青獣による異能力を持つ四人の異人と、高次元に生息する戦争獣を鍵として、想像を絶する世界を創り上げた本格SF。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019日本篇で11位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年10月31日初版。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約404頁。9ポイント24字×21字×2段×404頁=約407,232字、400字詰め原稿用紙で約1,019枚。文庫なら上下巻ぐらいの容量。

 文章はシリアス・モードの山田正紀。内容も、本格SFモードの山田正紀、それもかなり濃い目なので期待しよう。

【感想は?】

 戦後の東アジアの歴史が色濃く出た作品。

 冒頭、北朝鮮の使用済み核燃料貯蔵プールの場面もなかなかショックだ。考えてみりゃ、使用済み核燃料貯蔵プールを清潔に維持するのは、かなりの手間だ。学校のプールだって、半年もすれば水は藻で緑色になる。初夏にデッキブラシでプールを掃除した経験があれば、藻の繁殖力は見当がつくだろう。

 対して使用済み核燃料貯蔵プールは、さすがに室内だから藻は入りにくい。とはいえ、使用済み核燃料は熱を出す。そして温かければ藻の繁殖は勢いを増す。かといって、まさか底をデッキブラシで磨くわけにもいくまい。定期的に水を替えるにしても、使用済み核燃料を浸した水をタレ流したらオオゴトだ…とか考えると、福島第一原子力発電所の汚染水をどうしても思い浮かべてしまう。

 続く広島の場面は、オジサンたちの胸を熱くする広島抗争(→Wikipedia)が背景となる。そう、あの「仁義なき戦い」の舞台だ。

 さすがに核兵器に比べると、地回りヤクザ同士の抗争は、いささかスケールがショボい。が、どこか遠い世界に思える核に対し、ヤクザは身近なだけに、その暴力性は皮膚感覚で伝わってくる。この舞台で主役を務める石嶺夏男のトボけたキャラクターを、更に際立たせるのが広島弁だ。この辺、若い人は、是非とも映画版「仁義なき戦い」を観てほしい。各場面の解像度がぐっと上がるから。

 ちょっと分かりにくいのが、華麗島。読んでいけばだいたい見当がつくんだが、これは台湾を示す。叛族のモデルは台湾の高山族(→Wikipedia)、俗にいう高砂族だろう。出草とかは、私も知らなかった。

 他にも朝鮮戦争の開戦間もなくの1950年6月28日の起きた漢江人道橋爆破事件(→Wikipedia)など、太平洋戦争の後遺症とも言える事件を幾つも織り交ぜ、架空の歴史に生々しさを注ぎ込んでゆく。

 こういった芸風は船戸与一が得意とするものだが、山田正紀がソコで終わるはずもなし。

 我々が住む三次元の世界に加え時間までも移動できる高次元生物「戦争獣」だけでもSFとして楽しいのに、黄帝・蚩尤・女媧など中国の神話を加え、死雷・虚雷・死命などの造語を交えて、高次元時空を戦場とした、まさしく「神々の戦い」が展開してゆく。

 もっとも、その神々の姿は神々しいどころか、ハッキリ言って気色悪いんだけどw 特に蚩尤の姿は、ゲーム「地球防衛軍」の巨大ムカデを連想したり。アレ、千切れても節がヒョコヒョコ襲ってくるから、えらくタチ悪いんだよな。

 圧倒的な力をもつ戦争獣の戦いに巻き込まれ、互いに核を向け合う大国同士の火花が散る極東で、四人の異人の運命がもつれ合い、世界の様相を大きく変えてゆく。

 生々しい極東の現代史を舞台としながらも、奔放なアイデアで読者の想像力の限界をブッチ切り世界の認識を塗り替えようとする、SFならではの驚異を詰め込んだ作品。濃いSFをお求めの人にお薦め。

 なお、エラ・フィッツジェラルドの「時すら忘れて」はこちら(→Youtube)。

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