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2021年3月の4件の記事

2021年3月29日 (月)

サム・キーン「空気と人間 いかに<気体>を発見し、手なずけてきたか」白揚社 寒川均訳

私が望んでいるのは、本書によってあなたが抱いていた気体のイメージが修正されることだ。
  ――はじめに 最後の息

隣人と出会うとき、気体分子は互いに衝突し、四方八方に跳ね返る。(略)その速度は、たとえば摂氏22度の空気の分子であれば、平均して時速1600キロにもなる。
  ――第1章 初期地球の大気

それ(約6億年前)以降の数億年の酸素濃度は、15%まで下がったと思ったら35%まで上昇といったように、酔っ払いの千鳥足のようにふらふらと推移した。
  ――第3章 酸素の呪いと祝福

平均的な大人であれば、常に20トンの力が体の内側に向かってかかっている。
  ――第5章 飼いならされた混沌

水の温度を一度上げるのと、100度の水を蒸気に変えるのでは、必要とする熱量に5倍もの差があるのだ。
  ――第5章 飼いならされた混沌

固体や液体の場合、ものが違えば共通点はほぼない(略)。だが気体は、お互いに信じられないほど似通っている。化学的にそうであるとは言えないとしても、少なくとも物理的には、すべての気体は同じようにふるまうのだ。
  ――第6章 空に向かって

近年、ハリケーンで死亡する確率が1900年の1%にまで減ったのは、気象学者のおかげである
  ――第8章 気象戦争

温室効果ガスがなければ、地球の平均気温はマイナス18度、氷点を下回る。
  ――第9章 異星の空気をまとう

【どんな本?】

 空気。約78%の窒素、約21%の酸素、約1%のアルゴン、そして二酸化硫黄・硫化水素・二酸化炭素・アンモニア・メタン・エタノールなどの微量成分を含む。

 日頃から特に意識もせずに吸い込み吐き出している空気は、いつ・どのように出来上がったのか。空気が含む様々な成分は、それぞれどこから生まれ、どんな性質を持ち、どんな働きを担っているのか。いつ・だれが・どうやって、空気の成分を見極めたのか。

 原始地球の大気から化学肥料と毒ガスの発明、人体発火現象からロズウェルのUFO、おなら芸人から最新天文学による異星探索まで、気体にまつわる科学と歴史の面白エピソードを集めた、一般向けの楽しい科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Caesar's Last Breath : Decoding the Secrets of the Air Around Us, by Sam Kean, 2017。日本語版は2020年12月21日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本約446頁。9.5ポイント44字×18行×446頁=約353,232字、400字詰め原稿用紙で約884枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。科学系の本の中でも、かなり親しみやすい部類だ。内容も易しい。出てくる数式も一つだけだし、単純な比例式だ。化学式はたくさん出てくるが、単純なものが大半な上に、わからなければ読み飛ばしても差し支えない。中学生でも理科にアレルギーがなければ楽しんで読めるだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しいているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

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  • はじめに 最後の息
  • Ⅰ 空気を作る 最初の四つの大気
  • 第1章 初期地球の大気
  •  幕間 爆発する湖
  • 第2章 大気のなかの悪魔
  •  幕間 危険な武器を溶接する
  • 第3章 酸素の呪いと祝福
  •  幕間 ディケンズより熱く
  • Ⅱ 空気を手なずける 人間と空気の関係
  • 第4章 喜びガスの不思議な効能
  •  幕間 フランスの「放屁狂」
  • 第5章 飼いならされた混沌
  •  幕間 悲劇に備える
  • 第6章 空に向かって
  •  幕間 夜の光
  • Ⅲ 未知の領域 新しい至福の地
  • 第7章 放射性降下物の副産物
  •  幕間 アインシュタインと庶民の冷蔵庫
  • 第8章 気象戦争
  •  幕間 ロズウェルからの轟音
  • 第9章 異星の空気をまとう
  •  謝辞/注と雑録/参考文献

【感想は?】

 いくつもの科学系の本から、美味しい所を拾い集めたような本だ。

 例えば「第2章 大気のなかの悪魔」。ここで主役を務めるのはフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュ。そう、化学肥料のハーバー・ボッシュ法を切り拓いた二人だ。彼らは何を成し遂げたのか。

今日でさえ、ハーバー・ボッシュ法に関連して消費されるエネルギーは、世界全体のエネルギー供給の1%を占める。また人類は毎年1憶7500万トンのアンモニア肥料を生産しているが、その肥料で世界の食糧生産の半分をまかなっている。
  ――第2章 大気のなかの悪魔

 現在の人類の半分は、彼らが支えているようなものだ。だが、両名とも無条件に称えられることはない。フリッツ・ハーバーは毒ガスを生み出して第一次世界大戦の戦場を地獄に変え、カール・ボッシュは合成ガソリンを生産してナチス・ドイツの戦線を支えた。それでもハーバーは、職場のユダヤ人を追い出すようナチスから圧力をかけられた際に…

フリッツ・ハーバー「40年余、私は自分の共同研究者を彼らの知性や性格に基づいて選んできました。彼らの祖母が誰だったかで選んだことは断じてありません」
  ――第2章 大気のなかの悪魔

 と断り辞任しているんだが、今でも両名の評価は功罪相半ばといったところだろう。両名のドラマは「大気を変える錬金術」が詳しい。傑作です。なお、ここでは、同じ研究者でも大学のハーバーと企業のボッシュ、その両者の対比も読みどころ。新聞に出る科学・技術ニュースの読み方も少し変わるかも。

 この章で両者を取り持つのが、窒素だ。大気の78%を占め、不活性に思える窒素だが、実はかなりヤバいシロモノでもある。そのヤバさを象徴するのがダイナマイトであり、ダイナマイト誕生の悲話を描くのが「第5章 飼いならされた混沌」。

 この章では「馬力」誕生の意外な真相も楽しいが、私が最も面白かったのは、火薬と爆薬の違い。爆薬の方が圧倒的に反応が速い(約千倍)のは「火薬のはなし」で知っていたが、同時に体積の膨張率も一桁高いのだ。また、現代の兵器に欠かせない雷管の誕生の物語にも驚いた。兵器マニアよ、アルフレッド・ノーベルを崇るべし。

 爆薬より更に物騒なのが、核兵器。原爆の開発プロジェクトであるマンハッタン計画は有名だが、アメリカはその後も熱心に核兵器の開発を続けた。その熱意を示すのが、1946年7月の核実験クロスロード作戦(→Wikipedia)だろう。

それには4万2千人の人員と、データ収集のために2万5千個の放射線検出器および45万7200メートルの長さのビデオテープ(当時における世界の供給量の約半分)が必要だった。
  ――第7章 放射性降下物の副産物

 ビデオテープの消費量の凄まじさが、当時のアメリカの熱意と同時に、科学力・産業力の底力を感じさせる。この物騒なエピソードで始まる「第7章 放射性降下物の副産物」は、核に対する世間の認識が、1940年代から現代まで、どう変わってきたかを物語ってゆく。1940年代だと、核はむしろ歓迎されていたのだ。

 その認識が変わったのは、放射性降下物の恐ろしさが伝わってから。切ないことに、広島と長崎の被害状況からでは、ない。キッカケはフィルム・メーカーのイーストマン・コダック社。インディアナ州産のトウモロコシの皮から作った包装材に、放射性物質がついており、これによりフィルムが台無しになってしまった。この放射性物質は、核実験の産物だ。

人々を核兵器信奉から脱却させたのは、ほかのどんな危険よりも、放射性降下物だったと言ってよい。
  ――第7章 放射性降下物の副産物

 これが切ないのは、世論を変えた原因が、他人である広島・長崎の原爆被害ではなく、「俺にも害があるかもしれない」放射性降下物だって点だ。「他人の痛みなら幾らでも我慢できる」なんて言葉がフト思い浮かんでしまう。

 そんな物騒なネタに対し、妙にユーモラスなのが、麻酔を扱った「第4章 喜びガスの不思議な効能」。ここでは、19世紀末に笑気ガス(N2O)を求めるボヘミアンがブリストルに集う様子が、ヒッピーの根城だった1960年代のサンフランシスコに似ていて、少し笑ってしまう。いつだってドラッグを求める輩はいるんだなあ。

 その元凶となったハンフリー・デービー(→WIkipedia)、間抜けにも笑気ガスの「痛みを感じさせない」効果を見逃し、麻酔の発明者の名誉を逃してしまう。

 その名誉をかっさらったのが、エーテル(C2H5-O-C2H5)をひっさげたウィリアム・モートン。その麻酔効果で特許を申請するも…

歴史を見渡しても、これ(ウィリアム・モートンによるエーテル麻酔)ほど広く侵害されさらにそれが問題視されなかった特許はない。
  ――第4章 喜びガスの不思議な効能

 と、酷い扱いを受ける。あまりの有用さに拒まれたってワケじゃない。彼自身の胡散臭さが原因だ。Wikipediaには「歯科医」とあるが、本書じゃ「ペテン師」と散々な評価。その実体は、まあ実際に読んだうえで判断してください。

 終盤の「第8章 気象戦争」では、SFファンお馴染みカート・ヴォネガットの兄ちゃんバーナード・ヴォネガットもチョいと顔を出し、アーヴィング・ラングミュアとヴィンセント・シェーファーによる降雨実験の顛末を描く。これも「気象を操作したいと願った人間の歴史」に詳しい。更にSFファンなら見逃せないのが、アイス・ナインの話。

 ラングミュアはアイデアをH.G.ウェルズに売り込むがアッサリと捨てられ、同じアイデアをカート・ヴォネガットが拾って結実したのが「猫のゆりかご」。マジかい。ちなみにヴォネガットのファンには猫派と妖女派がいるそうだけど、私は猫派です。

 そんなSFファンが思いっきり楽しめるのが、最後の「第9章 異星の空気をまとう」。今世紀に入ってから太陽系外の惑星を見つけた、しかも大気の組成までわかった、なんてニュースが次々と飛び込んでくるけど、どうやってソレを調べたのかって話がやたら楽しい。テラフォーミングのネタも飛びだして、SFファンとしては思わずアンコールを叫びたくなるところ。

 気体に焦点を絞りつつ、おなら芸人や人体発火現象やロズウェル事件など一見キワモノなネタで野次馬根性を満足させ、また要所では理想気体の状態方程式(→Wikipedia)などカッチリした科学の所見を示す、親しみやすくてわかりやすい理想的な一般向け科学解説書だ。

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2021年3月21日 (日)

山田正紀「戦争獣戦争」東京創元社

「また大きな戦争が始まる……」
「蚩尤が現れる、黄帝が出現する……」
  ――p66

【どんな本?】

 圧倒的なアイデアで読者の脳を激しく揺さぶるベテランSF作家の山田正紀が、太平洋戦争以降の極東を舞台に描く、長編本格SF小説。

 26歳の蒔野亮子は、IAEA=国際原子力委員会の特別査察官として、北朝鮮の使用済み核燃料保管施設を訪れる。使用済み核燃料貯蔵プールは酷い状態だった。水は濁り藻が繁殖し、底では体長15~6cmほどのムカデのようなものまで泳いでいた。

 1950年、広島。地元の暴力団は二つの派閥に分かれ、激しく争っていた。石嶺夏男は争いを煽り、双方に拳銃を流してあぶく銭を稼いでいる。バレればただじゃ済まない。事実、刺客に襲われ…

 身に宿した刺青獣による異能力を持つ四人の異人と、高次元に生息する戦争獣を鍵として、想像を絶する世界を創り上げた本格SF。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2020年版」のベストSF2019日本篇で11位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年10月31日初版。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約404頁。9ポイント24字×21字×2段×404頁=約407,232字、400字詰め原稿用紙で約1,019枚。文庫なら上下巻ぐらいの容量。

 文章はシリアス・モードの山田正紀。内容も、本格SFモードの山田正紀、それもかなり濃い目なので期待しよう。

【感想は?】

 戦後の東アジアの歴史が色濃く出た作品。

 冒頭、北朝鮮の使用済み核燃料貯蔵プールの場面もなかなかショックだ。考えてみりゃ、使用済み核燃料貯蔵プールを清潔に維持するのは、かなりの手間だ。学校のプールだって、半年もすれば水は藻で緑色になる。初夏にデッキブラシでプールを掃除した経験があれば、藻の繁殖力は見当がつくだろう。

 対して使用済み核燃料貯蔵プールは、さすがに室内だから藻は入りにくい。とはいえ、使用済み核燃料は熱を出す。そして温かければ藻の繁殖は勢いを増す。かといって、まさか底をデッキブラシで磨くわけにもいくまい。定期的に水を替えるにしても、使用済み核燃料を浸した水をタレ流したらオオゴトだ…とか考えると、福島第一原子力発電所の汚染水をどうしても思い浮かべてしまう。

 続く広島の場面は、オジサンたちの胸を熱くする広島抗争(→Wikipedia)が背景となる。そう、あの「仁義なき戦い」の舞台だ。

 さすがに核兵器に比べると、地回りヤクザ同士の抗争は、いささかスケールがショボい。が、どこか遠い世界に思える核に対し、ヤクザは身近なだけに、その暴力性は皮膚感覚で伝わってくる。この舞台で主役を務める石嶺夏男のトボけたキャラクターを、更に際立たせるのが広島弁だ。この辺、若い人は、是非とも映画版「仁義なき戦い」を観てほしい。各場面の解像度がぐっと上がるから。

 ちょっと分かりにくいのが、華麗島。読んでいけばだいたい見当がつくんだが、これは台湾を示す。叛族のモデルは台湾の高山族(→Wikipedia)、俗にいう高砂族だろう。出草とかは、私も知らなかった。

 他にも朝鮮戦争の開戦間もなくの1950年6月28日の起きた漢江人道橋爆破事件(→Wikipedia)など、太平洋戦争の後遺症とも言える事件を幾つも織り交ぜ、架空の歴史に生々しさを注ぎ込んでゆく。

 こういった芸風は船戸与一が得意とするものだが、山田正紀がソコで終わるはずもなし。

 我々が住む三次元の世界に加え時間までも移動できる高次元生物「戦争獣」だけでもSFとして楽しいのに、黄帝・蚩尤・女媧など中国の神話を加え、死雷・虚雷・死命などの造語を交えて、高次元時空を戦場とした、まさしく「神々の戦い」が展開してゆく。

 もっとも、その神々の姿は神々しいどころか、ハッキリ言って気色悪いんだけどw 特に蚩尤の姿は、ゲーム「地球防衛軍」の巨大ムカデを連想したり。アレ、千切れても節がヒョコヒョコ襲ってくるから、えらくタチ悪いんだよな。

 圧倒的な力をもつ戦争獣の戦いに巻き込まれ、互いに核を向け合う大国同士の火花が散る極東で、四人の異人の運命がもつれ合い、世界の様相を大きく変えてゆく。

 生々しい極東の現代史を舞台としながらも、奔放なアイデアで読者の想像力の限界をブッチ切り世界の認識を塗り替えようとする、SFならではの驚異を詰め込んだ作品。濃いSFをお求めの人にお薦め。

 なお、エラ・フィッツジェラルドの「時すら忘れて」はこちら(→Youtube)。

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2021年3月16日 (火)

SFマガジン2021年4月号

「いまのところ雪風が本ミッションを拒む様子は認められない」
  ――神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」 第5話

「そのときはリリー・クレマンという登場人物はいなかったけどね」
  ――飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第7回

 376頁の普通サイズ。

 特集は「小林泰三特集」と「追悼:佐治嘉隆」。

 小説は9本。

 まず「小林泰三特集」で4本。「単純な形」,「虹色の高速道路」,「きらきらした小路」,創作落語「時の旅」。

 連載は4本。神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」 第5話,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第35回,飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第7回,藤井太洋「マン・カインド」第15回。

 加えて読み切り1本。高野史緒&佐々木淳子「桜の園のリディア」。

 では「小林泰三特集」から。

 「単純な形」。イラストレーター藤原ヨウコウ「このとはの海 カタシロの庭」とのコラボレーション。わたしは単純な形が好きだ。だから、次元潜水船の製造を頼まれた時は、正八胞体にした。

 正八胞体? へ? と思ったら、二次元だと正方形、三次元だと立方体、なら…ということだろう。しょうもないオチが楽しいw

 「虹色の高速道路」。二年ほど前倒しで、俺は祖父から「操りの儀式」を引き継ぐ羽目になった。七面倒くさい計算を山ほどしなくちゃならん。だが、やらないと天地の均衡が崩れるらしい。嫌になって神社の裏山に逃げ出した俺は、幼馴染の貞子に会う。

 儀式に目盛りやら算盤やら計算尺やらを使うってあたりで、「おお、キタキタ」と盛り上がってしまう。こういう、落人部落っぽい因習が残る村って舞台と、妙にサイエンスっぽいネタの組み合わせの妙も、小林泰三ならではの味。とか思ってたら、なんじゃい銀色のボディスーツってw

 「きらきらした小路」。幼い僕に、親はこう言い続けた。「絶対に脇にそれてはいけないよ」「死んでしまうからね」。普通にしていれば、路からそれることはない。それると、暗い穴の中に落ち込んでしまう。

 童話風に語る本格サイエンス・フィクション。「覗くな」と言われると覗き、「入るな」と言われれば入ってしまうのがお話のお約束。「僕」も、お約束にたがわず…。擬人化って点じゃ「はたらく細胞」なんだけど、これは「BLACK」の方かな?

 「時の旅」。どんな仕事についても長続きしない留さん、今日は「いい金儲けを思いついた」とご隠居に相談にきた。ご隠居は「どうせロクでもない話だろう」とは思いつつ、留さんの話を聞けば、「まず、タイムマシーンを用意させてもらいます」などと言う。

 SF創作落語。新作落語でも、やっぱり留さんやご隠居が出てくるのかw まあ、これは様式ってもんだろうなあ。SF落語ならではのオチが見事w

 「小林泰三特集」はここまで。

 神林長平「戦闘妖精・雪風 第四部 アグレッサーズ」 第5話。アグレッサー部隊としての初任務が始まる。雪風には新機能ATDS=注目対象表示システムが加わった。雪風のコンピュータを調べ、各機能の消費エネルギーを示す。多くのエネルギーを食っている機能が、雪風が注目している機能だろう、そういう発想のシステムだ。

 零もブッカー少佐も、「雪風がミッションを拒む様子は…」「雪風のいまの気持ちが…」と、雪風を単なる機械ではなく生き物のように扱っているのが感慨深い。ATDSもまるきしfMRIだし。そんな緊張感をマイペースで吹っ飛ばす桂城少尉が素敵w いよいよ田村大尉と対決か…と期待させて、いけず。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第35回。救出されバロットと再会したのも束の間、再びウフコックは潜入を試みる。目的はブルーの行方を突き止めること、潜入先は<誓約の銃>のアジト、小型貨客船<黒い要塞>。イライジャの眼鏡にターンしたウフコックは、静かに聞き耳を立て…

 時系列をシャッフルしながら進む本作品、今回は衝撃的な場面で幕を開ける。誰が登場するかではなく、誰が登場しないかに注目してしまう。うーん、どっちなんだ? 今回も懐かしい名前が出てきたが、そうきたかあ。

 飛博隆「空の園丁 廃園の天使Ⅲ」第7回。「クレマンの年代記」を読みふける小野寺早都子に、美術部長の遠野暁が声をかける。小野寺は遠野が苦手だ。早坂の<止体>を平気でスケッチする無神経さが気に入らない。その遠野も「クレマンの年代記」を読んだが、リリー・クレマンは登場しなかった、と言う。

 「同好会棟」なんてのがあるあたりで、かなり偏差値の高い学校なんだろうなあ、と感じたり。こういう風に生徒の自主性を認めるのは、学校側も相応に生徒を信頼しているからで、底辺校じゃこうはいかない。それに加え、ケッタイな同好会がウジャウジャある所は、ちょっと「究極超人あ~る」を思い浮かべた。秘密基地にも粉砕バットが転がってるんだろうか。

 藤井太洋「マン・カインド」第15回。三角州を戦場として、イグナシオ率いる<テラ・アマソナス>が守り、軍事企業<グッドフェローズ>が攻める、公正戦が始まる。それを中継する迫田。

 森林の中を高速で<マスチフ>が突っ走る場面が強い印象を残す。「落葉樹林の進化史」で知ったんだが、ヒトの手が入っていない森は、倒木や落ち葉に覆われていて、移動するのも一苦労だ。こういう所をマシンで移動するには、車輪より脚の方が都合がいい。とはいえ、上下左右にガタガタ揺れるから、迫田も苦しいだろうなあ。

 高野史緒&佐々木淳子「桜の園のリディア」。帝政ロシア末期の1905年8月。ピョートルは26歳になっても家庭教師や翻訳で食いつなぎ、各地をフラついていた。気まぐれに辺境の駅で降りたピョートルに、15,6歳の少女が声をかける。「私よ、アーニャよ」。だがピョートルがこの地に来たのは初めてだ。強引にピョートルを家に招くアーニャ。彼女の家族はみなアーニャにそっくりだった。

 高野史緒お得意のロシア物で、元ネタの一つはアントン・チェーホフの「桜の園」(→Wikipedia)…って、読んだことないけど。沈みゆく地主一族の物語に、エドガー・アラン・ポーを思わせる「不気味な館」物の香りを添え、この時代ならではのヒネリを加えた作品。

 次号は冗談から出た駒で樋口恭介編集の「異常論文特集」。この調子で裏SFマガジンを立ち上げて欲しい。編集は各SF作家の持ち回りでw

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2021年3月 8日 (月)

ポール・シャーレ「無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争」早川書房 伏見威蕃訳

本書は、急速に進化している次世代のロボット兵器の世界を読者が渉猟する道案内になるはずだ。
  ――序 生死を決定する力

武装ドローン貿易の90%以上が中国からの輸出
  ――7 世界ロボット戦争

禁止令の成否は、三つの重要な要素に左右されているように思われる。
その兵器の恐ろしさがどれほど知られているか。
軍事でどれほど役立つと思われているのか。
協力もしくは禁止を成功させるのに必要な当事者がどれだけいるのか。
  ――20 教皇とクロスボウ

【どんな本?】

 1984年の映画「ターミネーター」では、アーノルド・シュワルツェネッガー演じる殺人ロボットT-800が、リンダ・ハミルトン演じるサラ・コナー を、徹底した冷酷さで執拗に追いかけた。あの頃では不可能だった殺人ロボットが、現代ではRQ-1プレデターなどの無人攻撃機として、現実の戦場に投入されている。

 幸いにして今のところ、RQ-1プレデターのミサイル発射ボタンは人間が握っている。人間が標的を確認した上で、「アレを撃て」と命令を下す形だ。しかし、今後はわからない。機械が自動で「誰を殺すか」を決め、自動的にミサイルを発射する、そんな兵器の登場が目前に迫っている。

 このような兵器の開発は、どこまで進んでいるのか。殺人機械にどんな利益があり、どんな危険があるのか。開発者や軍事関係者は、どう考えているのか。倫理的に殺人機械は許されるのか。国際的な規制は可能なのか。

 米陸軍レンジャー部隊員としてイラクやアフガニスタンで戦い、国防省では自律型兵器の研究に従事した著者が、自律型兵器が抱える利害や現状を生々しく伝える、迫真の軍事ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Army of None : Autonomous Weapons and The Future of War, by Paul Scharre, 2018。日本語版は2019年7月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約453頁+ペイパーバック版あとがき6頁+訳者あとがき3頁+佐藤丙午による解説「無人兵器システムの第一人者による必読書」6頁。9.5ポイント45字×20行×453頁=約407,700字、400字詰め原稿用紙で約1,020枚。文庫なら上下巻ぐらいの文字数。

 軍事系の訳者の中では伏見威蕃は最も親しみやすい日本語を書く。が、本書はやや硬い。いや軍事系の本としては読みやすいんだが、伏見氏の訳書としては硬い印象を受ける。つまりは私の伏見氏に対する期待値が高すぎるってだけなんだけど。

 軍事系のわりに内容はわかりやすい。巻末に略語一覧があるなど、素人読者にも配慮している。切り口も軍事・技術・倫理と広く、初心者に親切な本だ。

【構成は?】

 基本的に各章は独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

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  • 本書への賛辞
  • 序 生死を決定する力
  • 第一部 地獄のロボット黙示録
  • 1 群飛襲来 軍事ロボット工学革命
  • 2 ターミネーターと<ルンバ> 自律とはなにか?
  • 3 人を殺す機械 自律型兵器とはなにか?
  • 第二部 ターミネーター建造
  • 4 未来はいま造られている 自律ミサイル・ドローン・ロボットの群れ
  • 5 パズル・パレスの内部 国防総省は自立型兵器を建造しているのか?
  • 6 境界線を越える 自律型兵器の承認
  • 7 世界ロボット戦争 世界のロボット兵器
  • 8 ガレージ・ロボット DIY殺人ロボット
  • 第三部 ランアウェイ・ガン
  • 9 暴れ狂うロボット 自律システムの故障
  • 10 指揮および意思決定 自律型兵器は安全に使えるのか?
  • 11 ブラックボックス 深層ニューラル・ネットワークの摩訶不思議で異質な世界
  • 12 死をもたらす故障 自律型兵器のリスク
  • 第四部 フラッシュ・ウォー
  • 13 ロボット対ロボット 速度の軍拡競争
  • 14 見えない戦争 サイバースペースの自律
  • 15 “悪魔を呼び出す” 知能を備えた機械の勃興
  • 第五部 自律型兵器禁止の戦い
  • 16 審理にかけられるロボット 自律型兵器と戦時国際法
  • 17 非情な殺し屋 自律型兵器の殺傷力
  • 18 火遊び 自律型兵器と安定性
  • 第六部 世界の終末を回避する 政策兵器
  • 19 ケンタウロス戦士 人間+機械
  • 20 教皇とクロスボウ 軍備管理の雑多な歴史
  • 21 自律型兵器はどうしても必要なのか? ロボット工学の致死原則の探求
  • 結論 運命などなく、私たちが作るものがある
  • ペイパーバック版あとがき ロボット兵器は、現在の戦場をどのように変容させているか
  • 謝辞/訳者あとがき/解説:佐藤丙午/略語/挿絵・口絵クレジット/原注/索引

【感想は?】

 無人兵器を扱った本としては、「ロボット兵士の戦争」に続く本格的なルポルタージュだ。「ロボット兵士の戦争」が無人化に着目したのに対し、本書は自律、つまり完全な自動化を主題としている。機械が標的を定め引き金を引く、そんな兵器の現状と是非を扱っている。

 そう、完全な自動化は怖い。実のところ、完全に自動化した兵器は既にある。地雷だ。

 地雷は設定したとおりに動く。所定の力がかかったら爆発する、それだけの単純な仕掛けだ。ソレが敵兵か友軍兵か民間人か、なんて考えない。戦争が終わったかどうかも知ったこっちゃない。とにかく重さを感じたら爆発する、ただそれだけ。おかげでカンボジアは悲惨な羽目になった。

機械はその行動がもたらす結果など理解せず、なんであろうとプログラムされたとおりのことをやる。
  ――序 生死を決定する力

陸軍の研究者ジョン・ホーリー「機械は過ちを犯していることを知らない」
  ――11 ブラックボックス

 にも関わらず、軍は熱心に自律型兵を研究・開発する。

(2005年から2013年の米国国防総省が公表した未来の無人システム投資に向けた)ロードマップすべてに共通のテーマは、自律性だった。
  ――1 群飛襲来 軍事ロボット工学革命

 とはいえ、本書を読む限り、米軍は研究と開発には熱心だが、実際に使うとなると慎重だ。

米軍の風土には、無人システムに作戦任務を委ねることに強い反発がある。ロボット工学システムは、監視や兵站のような支援の役割はほとんど認められているが、戦闘に適用されることはまれだ。
  ――4 未来はいま造られている

 将兵の命が重い米軍だから、積極的に無人化を進めるかと思ったが、意外とそうでもない。これには「米空軍は戦闘機パイロットの空軍」なんて言われる組織の体質もあるんだろうが、殺すか否かの決定は人間が下すべき、みたいな倫理的な部分も大きいみたいだ。もっとも、世の中はそんな組織ばかりじゃない。

ロシアのさまざまな企業が、われわれはアメリカやイギリスの防衛産業とは違い、自律的な使用について迷ったり抗弁したりはしないと豪語している。
  ――7 世界ロボット戦争

 あー、あの国はそうだろうなー。その客も国家とは限らないし。いやマジ「武器ビジネス」や「死神の報復」とか読むと背筋が凍るよ。そういや傭兵企業もあるなあ(→「ブラックウォーター」)。傭兵は民間だから、国家が決めたルールに従うとは限らないし。そしてもちろん…

フランク・ケンダル米国防次官
“何分の一秒か”で決定しなければならないときには、機械にその役割を担わせるしかない。
「(テロリストが)自動運転を使えば、(略)爆弾を積んだ車を人間に運転させる必要がない」
  ――6 境界線を越える

 テロリストも、だ。

 そんな風に、軍は板挟みになっている。機械はイマイチ信用しきれないが、敵に出し抜かれるのも困る。何より、自律が必要な現状がある。その一つが速度だ。ヒトがどんなに頑張っても、機械の応答速度には敵わない。最終決断をヒトが下すような形にしても…

戦略家トーマス・シェリング「速度が重要であるときには、すさまじい圧力のために事故や誤報の餌食になりやすい」
  ――18 火遊び

 セカされると、アセって失敗する生き物なのだ、人間ってのは。例えば「本日限定」の商品とか、つい買っちゃうよね。いやそんな穏やかな話じゃなくて、核のボタンを押すか否か、みたいな重い話なんだけど。

 もう一つが、敵によるジャミング。昔のアニメだと妨害電波ね。今だって、米軍の無人機やミサイルは、GPSや偵察機などと盛んに通信して精度を上げ、着実に目標に当たるようにしている。

元米国海軍士官ブライアン・マグラス「ミサイルはネットワークに組み込まれなければならない」
  ――3 人を殺す機械 自律型兵器とはなにか?

 でも、妨害電波で通信できなくなったら? そこで自律だ。システムに頼らず、自分で判断して動いてくれたら嬉しいよね。でも、暴走したら怖い。また、お馬鹿な機械は、騙すのも簡単だ。

オートメーションは予想通り動くのが望ましいと人間は見なしているが、敵がいる環境では、それが脆弱性になりかねない。
  ――10 指揮および意思決定

 シューティング・ゲームが上手い人は、敵の動きを読む。単純な敵ほど、先を読むのは易しい。なら複雑にすりゃいいじゃん、と思うでしょ。ところがどっこい。

より複雑な機械は、性能が向上するかもしれないが、使用者が機械の挙動を理解して予測するのが難しくなる。
  ――10 指揮および意思決定

 どう動くのか、使う方もわかんなくなっちゃうのだ。本書に出てくる例の一つが、最近流行りの深層学習=ディープラーニング。画像が犬か否かを見分けるとか、そんな風に使われる。要は機械に条件反射を仕込むと思っていい。ただし、どう見てもゴミな画像を犬と見間違えることもある。困ったことに、なぜその画像を犬と判断したのかがわからない。デバッグ不能なのだ。しかも、このバグは…

この(欺瞞画像)脆弱性は、ニューラル・ネットワークの基本構造から生じるものなので、特定の設計とはかかわりなく、現在使用されている深層ニューラル・ネットワークのほとんどすべてに存在する。
  ――11 ブラックボック

 ヤベーじゃん。でも便利だからアチコチで使われてる。それどころか、人間もそういう機械を相手にすると…

陸軍の操作員は、ペトリオット関係者には“疑問を抱かずにシステムを信頼する”風潮があると結論を下した。
  ――9 暴れ狂うロボット

歩行者は、オートメーション(=自動運転車)のほうが人間の運転手よりも信頼できると考え、違うようにふるまって、その結果、無鉄砲な行動をとる。
  ――17 非情な殺し屋

 「コンピュータなんだから間違わないよね」、そう思っちゃうのだ。ところでそこのプログラマ、あなた、自分がプログラムした飛行機に乗る度胸あります? 私はあります。なぜって、私が作ったプログラムなら、そもそもエンジンすらかからないから。

 ってな冗談はさておき。そんなロボット同士の戦いになるとどうなるかってのは、既にシミュレートされてるよ、って意見が面白い。

オートメーション化された株取引は、オートメーションを軍が取り入れる場合の問題に関して“重要な比較”になると、(DARPA戦略テクノロジー部の部長ブラッドフォ-ド・)タウズリーは考えていた。
  ――13 ロボット対ロボット

 既に株や先物などの取引は、相当数をロボットが動かしている。そのため正のフィードバック・ループに陥って、前触れなく急騰したり暴落したりする。これと似たような状況が起きるんじゃないか、そういう発想だ。確かにあり得る。というか、アシモフが書いてたような気がする。

 そういう怖さはあるにせよ、規制が進むのか、というと…

NGOは、地雷やクラスター爆弾禁止の前例に沿って進むことを期待して禁止運動を進めているが、民間人への危害という懸念を理由に、兵器の予防的な禁止が成功した例はない。
  ――21 自律型兵器はどうしても必要なのか?

 と、なかなか見通しは暗い。そもそも「自律とは何か」って定義すらハッキリしないし。

 などの怖い話が多い中、SF者としては注目したくなるネタもアチコチに出てきて、これが楽しかった。例えば、先の自律の定義だ。なんとなく「知性」と関係ありそうな気がするが、同じ「知性の基準」とされるチューリング・テストも…

AI研究者マイカ・クラーク「知性のある異星の生命体があす地球に降り立ったとして、人間の行動を基準にしているチューリング・テストのようなのもに合格すると予想するのは、正しいだろうか?」
  ――15 “悪魔を呼び出す”

 おお、言われてみれば、確かにそうだよね。同じ知性を測る際に、異星人とコンピュータで基準が違うってのは、なんかおかしい。「じゃ異星人の知性はどうやって測るの?」と言われると、そっこはムニャムニャ。

 また、やっぱりシュワちゃんの印象は大きかったようで…

私の経験では、自律型兵器についての真剣な話し合いの10件に9件で、場所が国防総省の奥の院だろうと、国連の廊下だろうと、かならずだれかが(映画)『ターミネーター』を引き合いに出す。
  ――16 審理にかけられるロボット

 どうしてもそうなるかー。まあ、怖いのはT-800より、スカイネットなんだけど。つか続編じゃ敵(人間側)に乗っ取られてたよね。まあ自律兵器には、そういう危険もあるんです。

 などと、SF者には妄想が広がりすぎて止まらなくなる困った本だった。

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