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2021年2月18日 (木)

アルド・A・セッティア「戦場の中世史 中世ヨーロッパの戦争観」八坂書房 白幡俊介訳

中世初期では、軍事活動は四月から九月に集中するのが一般的だった。最も多いは六月で、少ないのは十二月と一月である。
  ――第Ⅳ章 季節と時刻 1 四季と農作業

明るい日中だけが「戦闘に臨む戦士にふさわしい」
  ――第Ⅳ章 季節と時刻 3 日没から日の出まで

中世の人間は日常生活のあらゆる局面で絶えず暴力に取り囲まれていた。ゆえに、彼らが暴力を振るい、振るわれる環境を受け入れるのは、さほど難しくはなかっただろう。
  ――第Ⅴ章 身体 2 傷と病

15世紀における大規模な軍事作戦では、医療・衛生組織が準備されることはなかったと言ってよいだろう。
  ――第Ⅴ章 身体 2 傷と病

【どんな本?】

 中世の西欧の戦場といえば、多くの人は騎士たちを思い浮かべるだろう。名誉と忠誠を重んじ、逞しい駿馬を駆って、きらびやかな甲冑をまとい、長槍を構えて突撃する、勇ましい戦士たちだ。だが、それらは物語で語られる風景であって、実際の戦場はどんなものだったのだろうか。

 何のために彼らは戦ったのか。それぞれの作戦は、何を目指していたのか。戦いを仕掛ける者は、敵にどのような打撃を与えようとしたのか。どんな戦術が効果的だったのか。戦場に赴く際は、何を準備し、何を現地で調達したのか。何を食べ、何が原因で倒れたのか。そもそも、戦場に現れた者たちは、何者なのか。

 中世イタリア史を専門とする著者が、その専門を活かし主に中世のイタリアを中心として、実際の戦場を臭気漂うほどに生々しく描く、軍事を中心とした歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Rapine, Assedi, Battaglie : La Guerra Nel Medioevo, Aldo A. Settia, 2002。日本語版は2019年12月10日初版第1刷発行。私が読んだのは2020年1月10日発行の第2刷。売れたんだなあ。単行本ハードカバー縦一段組み本文約400頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント50字×20行×400頁=約400,000字、400字詰め原稿用紙で約1,000枚。文庫なら上下巻ぐらいの分量。

 やや堅苦しくとっつきにくい印象を受ける文体だが、読み始めると意外とわかりやすい。単に言葉遣いが学者っぽいだけで、文の構造は素直なのだ。二重否定などのややこしい表現は少ないし、下手なジョークもない。ただし、中世の西欧が背景のため、内容にはソレナリの覚悟が必要。最も多く扱っているのは、中世イタリアのコムーネ(自治都市,→Wikipedia)の戦争だ。また「マルコ」「カンタロ」「リブラ」などの意味不明な単位が解説なしに出てくるし、サラセン人(→Wikipedia)やムーア人(→Wikipedia)など、当時ならではの言葉も多い。

 とはいえ、中世の西欧史については「小説家になろう」の異世界転生物程度しか知らない私でも充分に面白かった。ええ、「わからない所は気にしない」タイプです。もちろん、西欧史、特に中世イタリア史に詳しい人は、もっと楽しめると思う。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。各項は、最初に「全体のまとめと結論」があり、その後に主な具体例と希少な判例が並ぶ形が多い。なので、忙しい人や西欧史に疎い人は、具体例を読み飛ばしてもいいだろう。

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  • 第Ⅰ章 略奪
  • 1 兵士 楽しき略奪者
  • 2 国境での略奪
    メロヴィング朝のガリア/ビザンツ帝国キリキア地方/襲撃の第二派 ヴァイキング・サラセン・ハンガリー/スペイン 「熱い国境」/ロベルト・イル・グイスカルドの「勝利の戦利品」/都市政府におけるスカラーニ(無法者)/とグアルダーナ(騎馬による略奪)
  • 3 「自然発生的」略奪
    友軍による略奪/傭兵
  • 4 騎馬略奪行 組織化された破壊
    征服と抑圧の技術/フランスにおけるイングランド人の「略奪騎行」/愚弄と挑発/「戦略的」略奪行と「戦術的」略奪行/犠牲者の側から/破壊兵器としての「火」/荒廃と荒廃部隊
  • 5 略奪品
    戦場での「はぎ取り」/大規模な略奪/略奪の筋書きと目録/分配と良心
  • 第Ⅱ章 攻囲
  • 1 城郭建築の普及と攻囲戦という悪夢
  • 2 西ヨーロッパにおける攻囲戦術
  • 3 「驚異の職人」 軍事技師たち
  • 4 飢餓による勝利
  • 5 兵器 有効性とその限界
    攻城塔/「砲撃兵器」/心理的効果
  • 6 土と火
  • 7 はしご攻め、力攻め、裏切り
  • 8 防衛のリソース
    攻撃手段の不足/対抗手段/火という「戦友」/火を点ける技術/攻囲戦の神話的側面 煮たてた油と地下の抜け道
  • 9 騎兵への執着
  • 第Ⅲ章 会戦
  • 1 望まれぬ会戦と虚像の勝利
  • 2 戦場の恐怖
  • 3 戦闘隊形
  • 4 敵と向き合う瞬間
    棍棒と不名誉/騎兵と歩兵
  • 第Ⅳ章 季節と時刻
  • 1 四季と農作業
    春は戦争の季節/牧草の芽吹く五月/「軍事的」刈り入れと葡萄摘み/煩わしい夏/厳しい冬
  • 2 過酷な天候
  • 3 日没から日の出まで
    戦死の短い休息/長い夜/暁の攻撃
  • 第Ⅴ章 身体
  • 1 食料
    軍事作戦中の耐乏生活/肉とパン/食事の配給量/食事と戦術の関係
  • 2 傷と病
    傷ついた騎士/弓矢の隠れた危険/戦場での外科治療/医者にかかるべきか否か
  • 3 死
  • 訳者あとがき/索引/原註

【感想は?】

 物語に出てくる、誇り高く華やかな「騎士」の姿を、木っ端みじんに粉砕する本だ。

 「遠い鏡」や「補給戦」で、ある程度は覚悟していた。それでも、最初の章がいきなり「第Ⅰ章 略奪」ときた。私たちが創造する戦場は、例えばポワティエの戦い(→Wikipedia)だ。英仏百年戦争でエドワード黒太子が長弓部隊を率いて仏軍を粉砕したアレである。が、実際には…

どこの軍隊も会戦を回避したいと考えていたのだが、一方で彼らは戦力を誇示し、戦闘を決意したかのように振る舞うことで敵を畏怖させ、会戦が起こらなかった理由を相手の臆病のせいにしようと考えていたのだ。
  ――第Ⅲ章 会戦 1 望まれぬ会戦と虚像の勝利

 正面切っての戦いは避けたがった様子。そもそも会戦の意味も…

会戦はどの時代でも「特別な儀式」であり、中世では神明裁判であった。全軍が団結し、決定的な結末を迎えるまで戦うことで、神の審判が下される場だったのだ。
  ――第Ⅲ章 会戦 1 望まれぬ会戦と虚像の勝利

 と、心理的な側面が大きかった模様。もっとも、大日本帝国も「神風」なんて名前に、人ならざるものにすがる想いが滲み出てるんで、実は今もあまり変わってないんだろうなあ。

 まあいい、じゃ、実際はどんなモンなのか、というと…

中世を通じて長期間採用され、最も普及した戦争のやり方というのは、時間と空間を限定したうえで行われる、全面的な略奪襲撃と破壊であった。
  ――第Ⅰ章 略奪 1 兵士 楽しき略奪者

 要は焦土作戦ですね。敵の米蔵や金庫を奪う、または潰すのが目的。何せ当時の軍は、ロクに兵站なんか考えちゃいない、というか出来ない。だもんで…

中世のように飢餓が一般的だった時代では、大軍が移動するだけで「人為的な」飢餓を発生させるには十分であった。そうした状況では、従軍する兵士は飢餓の原因であり、かつ犠牲者でもあった。そしてもちろん、そこに住む人々も飢餓に巻き込まれたのである。
  ――第Ⅴ章 身体 1 食料

 ソコに居る、ただそれだけで、その地域を潰してしまう、そういう存在だったわけ。兵そのものが生物兵器みたいなモンだな。ロクに制御できないあたりも、生物兵器そのもの。だって連中、戦争があれば兵なんだけど、戦争がなけりゃ山賊に早変わりだし。その手段だって…

中世の全期間を通して実用的な破壊手段とは、基本的に「火」の使用であった。
  ――第Ⅰ章 略奪 4 騎馬略奪行 組織化された破壊

 火ったって、火器じゃない。放火だ。家や畑を燃やす、そういう意味だ。目的は、現在の経済制裁や第二次大戦の戦略爆撃と同じ。敵から食料や財産を奪うこと。ついでに財産が自分の手に入れば更によし。先のエドワード黒太子のフランス遠征にしたって、実態は略奪と破壊だし。うん、まるきしヤクザだ。そもそも、当時の兵の練度ときたら…

軍事に奉仕する際の様々な素質の中でも、第一にあげられるのはきちんと隊列に並ぶことができるという能力であった。
  ――第Ⅲ章 会戦 3 戦闘隊形

 その程度でも充分に敵を威圧できたのだ。今でも学校じゃ儀式のたびに生徒並ばせたり行進させたりするけど、それはこういう歴史の名残りなのかも。もっとも、ロクに兵が統率できないのにも理由があって…

多くの兵士はおそらく、「頭脳明晰なままよりは、むしろ完全な泥酔状態で闘争の場へと投げ込まれた」
  ――第Ⅴ章 身体 1 食料

 なんで酔うのかというと、ヒロポン的な意味もあるんだけど、同時に安全な飲み水を手に入れるのが難しいってのもある。あっちの水は硬いし、慣れない水で身体を壊す事もよくあったらしい。だもんで、代わりにワインを飲んだんです。こういう愚連隊を率いるはずの騎士は、というと…

通常、真っ先に逃亡するのは騎兵だった。馬は攻撃をかけるのに優れた手段であるが、一方で危険から素早く身を遠ざけ、無様に逃亡するにも役立った。
  ――第Ⅲ章 会戦 4 敵と向き合う瞬間

 真っ先にトンズラかますんですね。もっとも、当時の重い鎧を着こんだ重騎兵は、馬から落ちただけでも死にかねないとか、意外と脆い所もあったとか。そんな風に、物語と実態の違いは著者も困ったらしく…

「少なくとも記録され書かれたものから、現実の感情を知り尽くすことはできない」
  ――第Ⅲ章 会戦 2 戦場の恐怖

 などと、当時の文献のいい加減さをアチコチで愚痴ってて、少し笑ってしまう。まあ物語は作家がデッチ上げるもんだけど、現場にいた将兵の証言もあましアテにならないのは「[戦争]の心理学」が述べてたり。では、本格的な戦争はどんなのか、というと…

中世は、騎兵が歩兵に対して次第に優位になった時代とみなすことはできない。むしろ城郭が騎兵にも歩兵にも優位を確立していた時代なのだ。
  ――第Ⅱ章 攻囲 9 騎兵への執着

 築城技術が進むにつれ、攻囲戦が主体となっていった様子。となれば、城を築くにせよ、攻略用の武器を作るにせよ、優れた技術者は歓迎されそうなモンだが…

そうした人々(軍事技師たち)の姿が史料から垣間見えることは稀だ。彼らは、金や雇用を求めて各地を転々としながら、軍事技術を必要とする雇用主にその知識でもって奉仕する、社会の最下層に位置付けられた人々たちだった。
  ――第Ⅱ章 攻囲 3 「驚異の職人」 軍事技師たち

 ああ、階級社会のなんと残酷なことか。この身分は死後もつきまとい…

戦死者たちはそれが敵か味方か、キリスト教徒か異教徒かで区別されたが、とりわけ暗に認められていた区別は、彼がどの社会階層に属しているか、つまりあけすけに言えば貴族ないし金持ちであるかどうか、だった。
  ――第Ⅴ章 身体 3 死

 と、あるんで、どうにも切ない。まあ、今の日本だって、エンジニアは軽く見られてるしなあ。それはともかく、城攻めで大事なのは…

城郭を攻略する方法は三つある。すなわち渇き、空腹、そして戦闘である
  ――第Ⅱ章 攻囲 4 飢餓による勝利

 はい、まずは水です。「泣いて馬謖を斬る」の街亭の戦い(→Wikipedia)の故事にもあるように、立てこもる際に最も大事なのは、水の確保なのですね。対して攻める側は、というと…

エジディオ・ロマーノいわく、城郭を「戦って」奪取する方法のうち、最も「一般的でよく知られた」ものは、はしごを持って城壁に近づき、弓兵・弩兵・投石兵の援護射撃を受けながら攻撃することである。
(略)こうしたはしごを使った攻撃を行うのはたいてい夜間で、城壁の中でも警備が手薄で、登攀が容易な部分が選ばれた。
  ――第Ⅱ章 攻囲 7 はしご攻め、力攻め、裏切り

 元男の子としては、どうしても派手な投石機とかに目が行っちゃうけど、現実には地味なはしごが最もよく使われたらしい。しかも目立たない夜に。こういう、絵にならない夜こそが本来の襲撃の舞台ってのは、「現代海賊事情」にもあったなあ。

 対して守る側の工夫としては、日本だと楠木正成の赤坂城の戦い(→Wikipedia)の熱湯攻めが思い浮かぶんだが…

城壁をよじ登ってくる敵兵に対して籠城側が投げつけた中世の飛び道具といえば、「煮たった油」が真っ先に連想されてきた。だが近年では、熱した油を敵の頭上にぶちまけるなどというのは、「防衛戦のカリカチュア(戯画)」にすぎないとされている。
(略)実際に使われたのは、固体の投擲物か火、さもなければ石灰を混ぜた水、あるいはもっと平凡なものとしては糞尿桶の中身などだった。
  ――第Ⅱ章 攻囲 8 防衛のリソース

 うん、確かに汚物をひっかけられるのは勘弁してほしいよね。そもそも物資を節約せにゃならん籠城戦で、油を熱する薪をどうやって調達するんだって疑問もあるし。その点、ヒトが出すモンなら捨てるほどあるんだから。

 現代じゃ籠城戦は滅多にないけど、逆に現代も同じだな、と感じるのは、戦いの時刻。

日没と日の出の瞬間こそが最も危険な時間帯である。
  ――第Ⅳ章 季節と時刻 3 日没から日の出まで

 特に、いわゆる「暁の襲撃」は定石で、明るくて戦いやすく、かつ敵の陣営が整っていないうちに叩いちまえってこと。もう一つ襲撃に相応しいのが食事時で、これを常套手段にしてるのがイスラエル空軍。第三次中東戦争じゃエジプト軍の空軍基地(→「第三次中東戦争全史」)を、バビロン作戦じゃイラクの原子炉(→「イラク原子炉攻撃!」)を、いずれも陣が崩れるメシ時を狙って空襲し、大きな戦果をあげている。

 物語じゃ何かと美化されてる中世の騎士たちだけど、描かれる悲惨さは現代の戦場より遥かに酷い。特に最も大きな被害を受けるのは、戦場となった地に住む民間人なのは現代のイラクやシリアと同じ。またコムーネ同士がにらみ合う当時のイタリア情勢は、応仁の乱から関ヶ原の戦いまでの日本を思わせる雰囲気で、あのころの日本の農民も同じような境遇だったんだろうなあ、と思ったり。

 歴史書としては、教科書や物語で主役を務める王や領主の勢力争いではなく、お話に出てこない末端の将兵や市井の人々が描かれるのが嬉しいところ。というか、本書を読むと、当時の権力者って要はヤクザだよね、と思ったり。また、随所を飾るバイユー・タペストリー(→Wikipedia)などの図版は、贅沢な雰囲気を醸し出していて、部屋に飾りたくなったり。

 と、一見とっつきにくそうな印象だけど、実は意外と読みやすく、かつ「物語や聞きかじったエピソードによる思い込み」を根こそぎひっくり返してくれて、本を読む楽しみがギッシリ詰まった本だった。軍ヲタや歴史ヲタ向けの本だけど、むしろそれらに疎い人こそ楽しめる本だろう。

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